2014年1月31日金曜日

第764話 馬タンと葉わさび

遠来の友人たちと千代田区・飯田橋で昼食。
ここがよかろうと選んだ店は「雅楽」なる、うどん屋さんだ。
酒肴が充実しており、夜はそば居酒屋ならぬ、
うどん居酒屋として近隣のOL・リーマンたちに愛用されている。
昼どきはかなり混雑するが、その日はたまたま土曜日。
仕掛けも開店同時の11時半とあってラクに席を確保できた。

遠来の片割れは下戸につきグレープジュース、
ほかの二人はビールで乾杯。
昼なので深くは飲まないけれど、軽いつまみは必要だ。
うどんメニューのチョイスは相方たちにまかせ、
当方はビールの合いの手を吟味。

おっ、大好物の葉わさびのひたしがあるゾ、
これは押さえとかなきゃならん。
惹かれたのは馬タンの燻製だ。
馬のタンはきわめて珍しい。
脂身のタテガミや信州名物のおたぐり(腸モツ)を
味わうことはたびたびあった。
でもネ、馬のタンは食べた記憶がないなァ。

馬タンと葉わさびの両方をお願いすると、
タンは2分と掛からずに運ばれた。
生ニンニクが添えられている
これが実に美味しい。
何もつけずに食べてもまことにけっこう。
ニンニクと一緒だとさらに味わい深い。
出来合いなのだろうが
文句のつけようがない。

馬タンを追いかけるように葉わさびの煮びたしが登場。
削り節がこんもりと
一箸口元に運ぶと、予想以上の辛味がツンと鼻をつく。
ここまで辛いのはそうそうないゾ。
ぬる燗の清酒がほしくなるが我慢、ガマン。

ビールを切上げ、うどんを分け合っていただく。
昼どきはうどんメニューを頼むと
じゃこ山椒めしかサラダが付いてくる。
お願いしたのは2品。
J.C.はそれぞれホンの少しづつ、おすそ分けに預かった。
辛味ごまだれせいろ
歯を押し返すコシがたまらない
サザンに言わせりゃ、胸騒ぎのコシつきということになろう。

その上をいったのが
かき揚げおろしぶっかけ
そうは見えないが、こちらは温製だ。

二者択一の付属品はサラダより
じゃこ山椒めし
が断然、秀でている。

三人揃って笑顔で食べながら
近々、夜に再訪することで合議にいたったのでした。

「雅楽」
 東京都千代田区飯田橋3-7-3
 03-3239-8848

2014年1月30日木曜日

第763話 福島の”亀”はホテルに変身

元日は仙台でのんびり過ごし、
翌二日には帰京の列車に乗り込んだ。
東北本線と宇都宮線を乗り継ぐ普通列車のノロノロ旅。
好きなんだな、これがっ!

仙台駅を発ってしばらく、強風のために停車を余儀なくされる。
その後、たびたびかような事態に巻き込まれ、
福島では連絡の列車に乗り遅れた。
よって1時間半ほど身体が空いたが、これはこれでよい。

こんなこともあろうと、心当たりの場所に向かう。
駅から徒歩5分ほどの大亀(おおかめ)である。
今を去ること47年、高校一年生のサッカー合宿で
福島を訪れたときにお世話になった宿だ。
当時は旅館だったが今は建て直されてビジネスホテルになった。

1階にレストラン「トータス」があるから一杯やるつもりで赴いた。
タートル・ネックのタートルは英語で海亀、
店名のトータスは陸亀のこと。
晩めしどきなのに店内はもぬけのカラで
客はゼロ、スタッフも一人のみ。
厨房にもう一人、料理人がいるようではあったがネ。

ビールの中瓶に何か軽いものをと、春巻を所望する。
これが2本で200円と東京では考えられない値段。
もっとも味のほうもそれなりだから、何となくフにおちた。
建物が変わり、懐旧の情とて湧かないが心休まる空間ではあった。

しばらくするとオジさんが独り現れ、カウンターで晩酌を始めた。
焼酎のお湯割りに料理を2品ほど注文した模様。
地元の常連客なのだろう、スタッフと楽しそうに歓談している。
正月二日だから大手チェーン以外の個人経営店はまだ休業中だ。

つまみを軽めに抑えたのは仙台の友人が登米牛のすき焼き重と
みちのく鶏のグリルのチキンバーガーを調製してくれたから。
豪勢な晩めしを車内でいただくことになる。

ところがここでJ.C.、大失態。
福島発の列車には間に合ったものの、ビールを買い忘れた。
ビールどころか飲みものを調達し損なった。
よって、せっかくのご馳走なのに美味しさ半減の憂き目。
黒磯と宇都宮の乗り継ぎの際も購入かなわず、
上野まで飲まず、飲まずの旅と相成った。

夜更けの上野駅に到着。
アメ横あたりならこの時間でも開けてる酒場があろうが
しばらく留守にしたので愛猫が心配だ。
急ぎ帰宅してゆるり水入らずの晩酌である。
こちらは生たらことわさび漬で500ml缶を一気に2缶。
相方は好物の鳥ササミ缶にまっしぐら。
普段はデッカい目をこのときばかりは細めていましたとサ。

「トータス」
 福島県福島市栄町7-3
 024-522-8989

2014年1月29日水曜日

第762話 みちのくの麺処 盛岡へ (その6)

岩手県・北上の駅は待合室もなく寒々としていた。
栃木の足利もそうだったが列車を待つ間、
駅に身の置き場があるとなしでは大違いだ。
北国の停車場ならなおさらのこと、
殊にお年寄りの身体にはこたえるだろう。

乗り継ぎの待合わせは1時間弱。
大つごもりの北上の街を歩くとするか・・・。
取りあえず駅周辺のMAPを見てみよう。
近所には何もなさそうだ。

近郊MAPに目を移したとき、ある駅名に目がとまった。
”江釣子”。
これはえづりこと読む。
JR北上線で二つ目の駅

以前、行きつけた浅草は観音裏のスナック「N」。
ここの常連にO野サンというフォトグラファーがいて
この人の持ち歌が「江釣子のおんな」。
振り返れば、おそらく10回は聴かされているだろうな。

 ♪ 雨がね雪がね 肩にふりかかる
   わたしは よわくて だめになりそうよ 
   ひとり今夜も 北上駅で 
   遅い列車を 待ちました  ♪
       (作詞:池田充男)

歌っているのは竹川美子。

ある夜、店のママに
「ねェ、オカザワさん、江釣子ってなんのこと?」―こう訊かれ、
「さあネ、どこかの地名じゃないの」―こたえたものの、
その後調べることもせず、うっちゃっておいた。
ひょんなことから謎が解けたのだ。
もっともネット検索すれば
ただちに解明することだから、ハナから謎ではないわな。

駅の周りに身の落ち着け場所が見つからない。
駅前の商業ビルに大手居酒屋チェーンがあったので入ってみたら
銭湯みたいな玄関で靴を脱ぎゃなきゃならない。
何だか面倒だし、第一、単独客なんか迷惑がられそうだ。
中から店員が出てこないのをいいことに
逃げるようにして退散の巻である。

結局、駅舎に隣接したホテル・メッツへ。
1Fに中国料理店をみとめたからだった。
店の名は「蓬莢楼」、さっそくビールだ。

じゃじゃ麺の(小)ですら残したくらいだから
マイ・ストマックはもう何も受けつけてくれそうにない。
くれそうにないが料理屋でビールのみではいけない。
苦肉の策がピータン豆腐であった。
突き出しのザーサイとともに味わうともなく味わい、
いっときを過ごして駅に戻り、仙台への帰路に着く。

=おしまい=

「蓬莢楼」
 岩手県北上市大通り1-1-34
 0197-63-6107

2014年1月28日火曜日

第761話 みちのくの麺処 盛岡へ (その5)

昼間、本店でフラれた、じゃじゃ麺の「白龍」。
その仇を夜に川徳デパートの分店で討つ。
大晦日ということもあり、客の影はまばら。
孤独な若者や買い物帰りの家族連れしかいない。
まあ、混んでるよりも空いてるほうがいいけどネ。
メニューはこれだけ
ここは(小)でいくしかない。

そうして届いたのがコレ。
薬味はおろし生姜と紅生姜
麺は何の変哲もないうどんだ。
品書きの脇に美味しい食べ方を伝授するパネルがあった。
卓上備え付けのニンニク・ラー油・酢を好みに加え、
麺・味噌とよく混ぜ合わせて食せよ、とのお達しである。

味噌をなめてみると甘さよりも塩辛さが舌をヒットした。
スパゲッティ・ボロネーゼよろしく、よく混ぜてみる。
その写真を撮影したものの、見映えがよくないので割愛。

一箸味わってみて・・・何だかなァ。
ハッキリ言って中国料理店のジャージャー麺のほうが好きだ。
ニンニクや酢を足してみてが、やはりピンとこない。
しかも「直利庵」のあとでほぼ満腹状態、
(小)すら完食できなかった。

完食できないと問題が生ずる。
メニューにあるちーたんたん(スープ)がいただけないのだ。
カウンターには生玉子が置かれていて
食べ終わったじゃじゃ麺の皿に客が玉子を割り入れないと、
ちーたんたんを注いでもらえない。

このシステムはよくないよォ。
そう思いつつも、あきらめるほかに手立てがない。
不満を抱えたまま、立ち去る盛岡だった。

仙台に戻る途中、乗り継ぎで降りたのが北上駅。

 ♪ 匂い優しい 白百合の 
   濡れているよな あの瞳 
   想い出すのは 想い出すのは 
   北上河原の 月の夜  ♪
       (作詞:菊地規)

「北上夜曲」が流行ったときは
まだ小学校の低学年だったが、よお~く覚えている。
マヒナスターズとダークダックスの競作が
昭和36年の東京にこれでもかと流れていた。
ほかにも菅原都々子が歌っている。

曲の出生はみちのく。
岩手と青森出身の学生が作詞・作曲した佳曲は
歌声喫茶を中心に広まり、レコード会社が目をつけて全国ヒットする。

とにもかくにも、夜更けの北上にやって来た。
さあ~て、どうしよう?

=つづく=

「白龍カワトク分店」
 岩手県盛岡市菜園1-10-1 パルクアベニューカワトク B1
 電話ナシ

2014年1月27日月曜日

第760話 みちのくの麺処 盛岡へ (その4)

陸中・盛岡の日本そば店「直利庵」で
独創的な種物、あゆそばに舌鼓を打ったところ。
それにしてもユニークな品書きは他店の追随を許さぬものがある。

時間がたっぷりあるのでビールをもう1本。
相席になった地元のオバさん二人の注文品が運ばれてきた。
一つはかきそば。
大粒のオイスターがそばつゆに浮き沈みしている。
もう一方は先刻想像をめぐらせた、いもの子そばだった。
チラリ横目で盗み見ると、
おう! 里芋がコロリンコじゃないか。
舞茸もたっぷり入っている。
あゆそば同様にささがきのみょうがもこんもりと。

食べ始める前にオバさんたち、追加の注文を発注した。
それがやはり先ほど刺激された、おろし中華であった。
聞き違いでなければ、
「半おろし中華二つネ」と聞こえた。
これは実物を目にするまで席を立てないゾ。
つとめてビールをゆっくり飲みながら、おろし中華の到来を待つ。
オバさんたちは里芋とかきの物々交換を始めたりもして
なかなかに少女風、ハハ、無邪気なものだ。

10分ほど経ったかな?
オバさんたち待望の、
いや、J.C.にとっても待望の、半おろし中華が登場した。
おや、まあ、なんと、どんぶりの中央に
水気を切った小さな団子状の大根おろしが
ちんまりと乗っかっているではないか!
中華そばに大根おろしねェ。
すじこそばにも驚かされたが、この発想は他店にはまったくない。
いや、実に奇想天外な店だったぜ、「直利庵」は!

夕闇迫る北国の街。
今宵の宿も仙台。
ここ十数年、「紅白」への興味が失せており、
早く戻ってTVを観る必要がない。
よって盛岡をまだウロウロするつもりである。

ふと思い出したのが、すでにあきらめたじゃじゃ麺だ。
何せ年末年始のこと、旅に出る前に飲食店をいろいろ調査した。
「白龍本店」にも電話を入れたが
じゃじゃ麺発祥の店は市内の川徳デパートにも出店している。
確か大晦日でも夜まで開けているはずだった。

出向いてみたらやはり、やってた、やってた。
デパ地下のカウンターだけの小さな出店(でみせ)。
昼どきの本店と違って行列もないし、むしろ閑散としている。
べつにお腹は空いていないけど、
とにかく試してみなくっちゃ、そう決断したのでした。

=つづく=

「直利庵」
 岩手県盛岡市中ノ橋通1-12-13
 019-624-0441

2014年1月24日金曜日

第759話 みちのくの麺処 盛岡へ (その3)

建物の隣りにわんこそば対応の別館が
併設された日本そば店「直利庵」。
冷たい風にさらされること40分、
やっとのことでひと息入れたところだ。
テーブルは9卓、そのうち1卓だけが小上がりの2人掛け。
何だか妙なレイアウトである。
J.C.は4人掛けに独り、そのうち相席になるだろう。

冷たい風には冷たいビール。
アサヒ・キリン・サッポロが揃ってさすがに老舗の名店だ。
客商売はこうでなくっちゃ!
おしんこ(100円)はきゅりとにんじんが入り混じった白菜漬。
それでビールを飲みながら基本のもりそば(570円)を待つ。
斜め向かいのカップル、その男のほうのカツ丼が美味しそう。
でも、ここは我慢、ガマン、あとで種物を1杯食べたいからネ。

品書きを吟味すると珍品が肩を並べている。
店内に立ち込めるカレーの匂いはカレー南蛮系が人気だからだ。
鴨カレー南蛮やカツカレーそばなんてのもあった。

いもの子そばっていったい何だろう?
おろし中華にカツ中華なんてのもあるゾ。
驚いたのはすじこそば(960円)。
おろし中華もそうだけど、生まれて初めて見るメニューだ。
冷たいすじこそばはまだ判るが
温かいすじこそばってのはなァ・・・ちょいと気色が悪いや。

頼んだもりそばが登場。
そばはやや柔らかめのごくフツー。
中(ちゅう)の上(じょう)って位置づけかな。
つゆは甘さ控えめであまり好きではないタイプだが水準に達している。
薬味は細かく刻んださらしねぎのみ。
これは丁寧なシゴトだった。

オニオンそば(1000円)とあゆそば(1100円)で迷いに迷った。
ともに他店では見掛けないものだ。
オニオンそばはおそらく玉ねぎのかき揚げが乗っているのだろう。
あゆそばはにしんそばの鮎版と推測した。

念のためにお運びのオバさんに訊ねると、
オニオンのほうは意外にもオニスラ主体のサラダそば風だという。
これはやめておこう。
ではあゆそばはというと、
やはりにしんそば風だがトッピングは炊いた鮎が丸一匹とのこと。
あゆをお願いした。

そうして現れたのがコレである。
頭に比べて腹のデカいこと
これでもかと真子を抱えていた。
魚卵好きにはまことにうれしい逸品である。
いわゆる落ち鮎だがありがちな甘露煮ではない。
そばつゆ同様に甘さを抑え、これが旨いのなんのっ!
ささがきのみょうがとの相性もよろしい。
頭からしっ尾の先まで丸ごといただき、
この旅ベストの一食となったのでした。

=つづく=

2014年1月23日木曜日

第758話 みちのくの麺処 盛岡へ (その2)

盛岡名物のじゃじゃ麺は
中華麺のジャージャー麺由来であろう。
うどんみたいな麺の上に肉味噌が乗っている。

その発祥の店、「白龍本店」にやって来たものの、
ゲッ、何だヨ、この行列は!
人数を数えてみたら25人の老若男女が寒空の下、
ひたすらおのれの順番を待ちしのんでいる。

根性ナシのJ.C.は瞬間ギブアップ。
明日は”新年おめどとうございます”の年の瀬に、
何の因果で一皿のキワモノ麺のために並ばなきゃならんの?
ここの麺はそんなに旨いのかい?
疑問の答えを見い出せぬまま、盛岡の人気店を立ち去った。

冷麺にフラれ、じゃじゃ麺にソデにされ、
異国の街をさまよう男一匹、どこへ行ったらよかんべか。
わんこそばなんざ食いたくないし、
第一、あんなの独りで食ってるところを他人に見られてごらんなさい。
アタマがおかしいと思われるに決まってる。
時刻は14時前、ちょいとばかり早いが、大つごもりにつき、
晩酌はそば屋でと下調べしてあった「直利庵」へ文字通り直行だ。

岩手銀行(旧盛岡銀行)の旧本店本館が立派な姿を見せている。
明治44年に建てられた赤煉瓦作りに品格が漂っている。
目抜き通りに面したものと早とちりした日本そば屋は1本裏の通り。
よって2ブロックほどゆき過ぎて、
こりゃおかしいゾと気づいたところに折りよく警察署があった。
交番ならまだしも警察署で道を訊ねる者は少なかろうが
立ってる者は親でも使え! 建ってる物は警察署でも使え!
で、まいりましょう。

若い警官が対応してくれ、オーバーランした道程を舞い戻る。
舞い戻ったらヤんなっちゃうぜ、またもや行列ときたもんだ。
いったいどうなんってんの? 盛岡って街は!
おそらく大晦日がその因と信じたい。
3軒目となったら、さすがの根性ナシもあきらめきれない。
意をけっして最後尾に並んだ。

並んだはいいけれど、回転率が悪いのなんのっ!
寒い店外からうらめしげに中をのぞくと、
酒を飲む長っちりは、たかだか1組か2組。
そりゃそうだろう、みんなクルマでの来店だもの。

速やかな配膳を妨げているのは次から次へと現れる持ち帰り客。
そうだよなァ、一年で一番、そばが食される日だもんねェ。
しかも店内食事と持ち帰りを同じデシャップでさばくから
混雑に拍車が掛かり、時間だけがいたずらに過ぎてゆく。
待つこと40分、やっとこさ席にありつけましたとサ。
やれ、やれ。

=つづく=

2014年1月22日水曜日

第757話 みちのくの麺処 盛岡へ (その1)

旧臘は大晦日。
仙台発9時42分の東北本線で盛岡を目指す。
普通列車につき、小牛田(こごた)と一ノ関で乗り換える。

途中、伊豆沼に近い新田(にった)駅辺りだったかな、
車窓から刈入れの済んだ田畑を見やると、
シベリアから飛来した白鳥の一群あり。
野生の白鳥なんてなかなかお目に掛かれない。
旅愁を誘(いざな)われ、うれしくなった。

眺めている間にも次から次と舞い降りてくる。
落ち穂をあさっている様子だ。
それにしても大型の鳥類、白鳥の群れの空腹を満たすほどに
稲穂はこぼれ落ちるものだろうか。

藤原氏ゆかりの平泉を過ぎゆく。
時間が許せば立ち寄りたいところなれど、
わが旅の目的は訪れた土地で食べ飲み歩くこと。
名所旧跡をめぐる旅ではない。
よって、文化遺産よ、さらばじゃ!

雫石川を渡ってすぐ、今度は北上川を渡ると盛岡駅。
太平洋に面する岩手県だが、ここまで北上すると
気温も一気に降下してくる。
盛岡城跡公園の濠も凍てついていた。
この頃、都心の日比谷公園でさえ、
噴水が凍ったというから、さもありなん。

盛岡にはご当地三大麺というものがある。
世に有名な順番から挙げると、
わんこそば・冷麺・じゃじゃ麺だ。
今回はそのうち、冷麺とじゃじゃ麺を食するつもり。

わんこそばはハナから興味がない。
ああいった食べものの食べ方はしたくない。
TVチャンピオンの大食い選手権や
運動会のパン食い競争じゃあるまいし・・・。
J.C.はワンコ派じゃなくて、ニャンコ派だもんネ。

盛岡駅からもっとも近い「大同苑」へ。
大型の朝鮮焼肉店は冷麺だけでも食べさせてくれる。
昼めしどきのピークを過ぎたのに店内には短い行列ができている。
接客係の娘さんに名前を訊かれ、順番待ちリストに追加された。
追加されたが、ここで考えた。

確か、次に向かう「白龍(パイロン)本店」は
大晦日だから15時閉店の早仕舞い。
ここで時間をつぶしていては到底間に合わない。
よって先刻の娘さんに
「またあとで来ます」と断り、じゃじゃ麺発祥の店「白龍」へ急いだ。

岩手県は日本全国43県のうち、もっとも広大な面積を持つ県。
ところが県庁所在地の盛岡はコンパクトな街だ。
冷麺屋とじゃじゃ麺屋は500mと離れていなかった。
5分足らずで到着したが、ありゃりゃ、マイッたぞなモシ。

=つづく=

2014年1月21日火曜日

第756話 夜更けの仙台 ラーメン居酒屋

寒風の山形から一山超えて仙台にやって来ると、
なんぼか暖かい。
日本海側と太平洋側の違いがありありと判る。

山形では焼き鳥屋1軒きりしかいっていないから
当然、仙台でも一杯やらねばならぬ。
ここがホームグラウンドののみともに連れられて
暖簾をくぐったのは北仙台駅前の「欅屋(けやきや)」。

ここはラーメン居酒屋である。
そば居酒屋はよく目にするけれど、
ラーメン居酒屋というのはそう多くはないハズだ。
回転率が命題のラーメン屋で
ゆっくり腰を落ち着けられて飲まれたひにゃ
たまらんと思うんだが、その店、その店の勝算があるのだろう。

1軒とはいうもののの、山形の「楽々」では日本酒と焼酎を
しこたま飲んできているので生ビールに戻す。
突き出しはたこわさびとたくあん。
たこわさはいわゆるたこブツではなく、
出来合いの瓶詰めの模様。
たくあんはもちろん市販品だ。

晩酌セットが、おまかせ(1300円)、本格中華(1500円)、
仙台牛タン(1900円)と3種類もあって
いずれも生ビール1杯付きながら
つまみはもう突き出しだけでじゅうぶん。

J.C.は飲んだあとにラーメンを食べる習慣がないのだが
相方はそこそこのラーメン好き。
しかも訪れているのがラーメン居酒屋では
食べないわけにもゆくまい。
といっても1人1杯はムリだろう。
1/3 ほどお裾分けしてもらうことにした。

ラーメン・メニューがまたユニークきわまりない。
十数種類の品揃えのなか、
大正ラーメン・昭和ラーメン・平成ラーメンというのがあり、
それぞれに醤油味と塩味がある。
いや、味噌もあったかな?

たかだか1杯のラーメンを迷った末、
昭和の塩味にすることにした。
ちょうどここは青葉区・昭和町でもあるしネ。

10分足らずで運ばれた昭和の塩ラーメンは
すっきり味のスープなかなかにして
粉々感ある細麺も心地よい歯ざわり。
こういう店には地元の人の案内なしではまず遭遇できない。

今宵の一宿(いっしゅく)は仙台、明日は岩手・盛岡に向かおう。

「欅屋」
 宮城県仙台市青葉区昭和町6-2
 022-718-5467

2014年1月20日月曜日

第755話 みぞれの米沢 寒風の山形

今は昔、たびたび訊ねた米沢にいる。
駅前の「山庄館」には誰もいない。
カウンターに置かれたパネルに従い、
階上に向かって「すみませ~ん!」と呼んでみた。
「ハ~イ!」の応答とともに白髪のオジさんが降りてきた。
この人が笑うと右の犬歯がすっぽり抜けているのが見える。

瓶がないのでみぞれ模様に冷たい生ビール。
目当ての米沢ラーメン(600円)も同時にお願いした。
米沢牛使用の牛肉ラーメンというのがあり、倍額の1200円。
ラーメンに牛肉が乗っかってもうれしくないから見送った。
期待通りのちぢれ麺
ラーメンはスープの化調が強めながら麺は米沢そのもの。
昭和30年代の東京のラーメンはこんな感じが主流であった。
けっして満足したわけではないが
懐旧の情をじゅうぶんに満たしてくれるどんぶり鉢に
説得されてしまった古い人間が独りありけり。

仙台から仙山線でやって来たのみともが出迎えてくれた山形駅。
思えば1年前に訪れた山形だ。
目星をつけておいた居酒屋は2軒ともいっぱいで入れず。
大晦日の前夜だというのに駅周辺の飲食店、
とりわけ居酒屋の類いはどこも大盛況。
寒風の中をしばしウロウロして
繁華街を外れた場所に1軒の焼き鳥屋を発見した。
「楽々」という店だった。

出羽桜の常温で酒盃を合わせる。
1杯が350円、東京ではなかなかこうはいかない。
手始めの牛煮込みが予想を上回る美味。
仏料理のポトフを偲ばせた。
う~ん、旨いなァ、コレ。

入店時はまばらだった客がだんだんに増えてきて
いつのまにかほぼ満卓。
店主一人だけの営業だから頼んだオニオンスライスが
なかなか出来上がってこない。

他の客が注文する焼き鳥に追随することにした。
ハツ・レバー・つくね・皮・ねぎま・豚シロ、
いずれも東京のレベルには達していない。
とにかく忙しくて孤独なオヤジがてんてこ舞いである。

やっと出て来たオニスラでビールを飲み、
のみともともども仙山線の最終列車に乗り込み、
その日の終着、仙台へと向かう。
降りたのは終点・仙台の二つ手前、北仙台の駅だった。

「山庄館」
 データ不明ながら駅の真ん前

「楽々」
 山形県山形市香澄町1-14-12
 023-632-5896

2014年1月17日金曜日

第754話 郡山では餃子と焼売

栃木県・黒磯をあとにして、到着したのは福島県・郡山。
この街は歩いたことがないから長居はできなくとも
乗り継ぎまで1時間以上の余裕を持たせてあった。

さっそく駅周辺をパトロール。
商店街のアーケードはほとんどシャッターが下りている。
あまり聞いたことのないアイテムながら
まぜそば専門店の前に行列ができていた。

ステーキまぜそば、ネギトロまぜそば、
気色の悪いメニューがこれでもかと並んでいる。
いったい誰がこんなん食うんやろ?
どうでもいいけど中華麺にネギトロは混ぜないだろうから
日本そばなのかな? とにかく自分には関わりのねェ店だ。

商店街を突き抜けたところに
餃子と焼売の店、「包龍(パオロン)」を発見。
ビールで一息つくのにはちょうどいい。
お願いしたのは薄焼きしそ餃子と黒豚焼売。
小ぶりな薄焼きが5枚

せいろに焼売が3個 
餃子はアッサリのサッパリ。
餡の塩梅もよろしく、レベルの高さをうかがわせる。
しかしその上をいったのが焼売。
鳥ナンコツをしのばせ、食感にアクセントをつけている。
お運びの小姐(シャオチエ)に訊ねると、
みちのくで4店舗を展開しているが残念ながら首都圏には未進出、
横浜中華街にここより旨い焼売はないのにねェ。

郡山駅に戻り、今度は奥羽本線、
愛称・山形線の米沢行きに乗り込んだ。
目的地は終点の米沢。
山形へ乗り継ぐまでの時間は47分。
駅の近くでラーメンを食べるくらいの余裕しかない。
1973年代、縁あってこの地方都市を何度も訪れた。
久しぶりにご当地の米沢ラーメンが食べたい。
あのちぢれてツルツルの醤油ラーメンをネ。

駅舎を出ると空模様はみぞれまじり。
ロータリーのあちこちに雪が積もっている。
コンビニでビニール傘を買うのもなァ・・・。
目の前にラーメンとうどんの店が見える。
時間もないことだし、ここは即断であろう。

手動の引き戸を引くと、すぐ目の前はカウンター。
ハハ~ン、こりゃ喫茶店の居抜きだな。
カウンターの上に置き貼り紙があった。
「二階にいるので呼んでください」―
おい、おい、二階で何してるんだい?
またヘンな店に入っちまったぞなモシ。

=つづく=

「包龍」
 福島県郡山市大町1-3-6
 024-925-2315

2014年1月16日木曜日

第753話 はじまりは黒磯のたぬき

2014年も半月が経過してしまった。
早いものですなァ。
年末年始、前年に引き続き、東北地方を訪れた。
なぜか昔からゆかりある土地が多く、
今回はそんな街々と旧交を温める旅でもあった。

赤羽発の普通列車を最初に降りたのは
栃木県の北のはずれ黒磯。
ときに12時03分だった。
およそ30分の乗り継ぎ時間を利用して腹ごしらえである。
朝、出掛けに麦茶を飲んだだけだからはなはだ空腹だった。

駅舎を出ると正面に真っすぐに商店街が走っているのが見える。
視界をさえぎる高い建物がないので空が広い。
ホンの数分、歩いただけで3軒の日本そば屋をみとめた。
駅の真向かいに相対している店舗は
いかにもなァという感じ・・・避けることにする。

結局、一番地味な店構えの「そば処丸山」へ。
先客はゼロ名である。
これまた地味なオバちゃんがマスクをつけて出てきた。
真ん中に石油ストーブが紅く燃えている。
熱い汁ものが欲しくてたぬきそばをお願い。
厨房で動いているのは接客のオバちゃんの娘さんだろうか。
客はほかにいないのにずいぶん忙しそうだ。

天丼やらざるそばやら・・・おっと、アレは何だ?
品書きをチェックすると、豚の生姜焼きであるらしい。
やや! おそらく5~6人前の食事を
親子して外に運び出し始めたぞ。
そういやあオバちゃん、
出来上がった料理に一つづつラップを掛けてた。

たぬきそばの注文から早や15分経過。
そうこうするうち客が次々に来店して店内はほぼ満席状態となった。
こちらも時間が気になりだしたが
他の客にはお茶も出ていないどころか、
そもそも注文すら通っていない。

12時23分、たぬき野郎が湯気を立てて到着した。
時間節約のため、CODで支払った580円である。
ところがこのたぬきが熱いのなんのっ!
おまけにJ.C.はウチの猫より猫舌ときたもんだ。

何とか、やや太・平打ちのそばをたぐり寄せ、
つゆは二すすりしたか、しないかの憂き目を見る。
揚げ玉なんざ、ほとんど手付かずだから、
多少油っ気のある汁ナシかけそばを食ったようなもんだ。
何だか旅のスタートからつまづいた感じ。

トドメは駅の階段だった。
ガラにもなく先のとんがった靴を履いてたものだから
ものの見事にけつまづいた。
危うくお手つきで一敗地にまみれるところだったぜ。
つゆにも揚げ玉にも未練を残してきたせいだろか?

 ♪未練心につまづいて  落とす涙の  哀愁列車  ♪ 

 ってか。?

さて、次の目的地は福島の郡山だ。

=つづく=

「そば処 丸山」
 栃木県那須塩原市本町5-22
 0287-62-0257

2014年1月15日水曜日

第752話 紅燈の江東を往く (その3)

地下鉄都営新宿線・住吉駅前の「ひびき庵」にいる。
豚の串焼きをつまみに飲んでいる。
視線をぼんやり壁に移すと、
全や連の川柳募集ポスターが目についた。
全国やきとり連盟だか、連合会だか存ぜぬがレイジーなJ.C.、
応募のための一句をひねる気にもならないし、
会の正式名称を調べもしない。

カウンター内の女性が笑顔を絶やさず、
接客も丁寧でさわやか。
ハッキリ言ってカシラよりカノジョのほうがいい。
その彼女がウォッチしているのは
やきとりを焼くためのロースターだ。

文章にすると伝わりにくいが串に刺したあと、
逆さにしてぐるりと回す独特の小型ロースターはベルトコンベヤ式。
ちょうど一周で焼き上がる。
いや、多少の追い焼きあるかもしれない。
こういうのは初めて見た。

品書きにはこうもあった。
およそ人口10万人の東松山市には約100軒のやきとり店があって
その人口割合は日本でもっとも多い町なんですと―。
まあ、客観的にみて、いいのか悪いのかはよく判りませんがネ。

夜もだいぶ更けてきたので、そろそろ締めにかからねば。
新大橋通りを西に進む。
行く先は「かねまん」という名の居酒屋だ。
「かねまん」と聞くと
浅草や人形町のふぐ料理屋が第一感として浮かぶ。

ところがこの店はいたって庶民的な飲み処なのだ。
ここでも独り者はカウンター。
目の前の品書きボードを少々紹介しておこうか。

 ふぐ皮ポン酢・甘海老刺身・うなぎ肝串焼き 各480円
 鳥の唐揚げ・ばい貝煮つけ・かきフライ 各530円

ふ~む、これといったクリーン・ヒットはないが
そこそこ上手にまとめ上げた感ははある。 
海のミルク好きのJ.C.は当然、かきフライをお願いした。

少々、手持ち無沙汰につき、備え付けの漫画本を手にとる。
矢島正雄&弘兼憲史のコンビによる「人間交差点」だった。
近頃はちっとも漫画を読まなくなったが何となくなつかしい。

出来上がったかきフライはけっこうなサイズである。
大粒のかきが3個づけ
切盛りは中年に差し掛かるご夫婦二人。
店内は「かねまん」の名に恥じぬ繁盛振りを呈していた。
かくして紅燈の夜はその帳(とばり)を落としたのでありました。

=おしまい=

「ひびき庵」
 東京都江東区住吉2-24-7
 03-3633-3969 

「かねまん」
 東京都墨田区菊川1-7-10
 03-3634-9923

2014年1月14日火曜日

第751話 紅燈の江東を往く (その2)

四つ目通りを南下して住吉の交差点へ。
2軒目はやきとりの「ひびき庵 住吉店」。
あえて焼き鳥とせずにやきとりとしたのは
ここが埼玉は東松山の代名詞、やきとりの専門店だから。
彼の地では豚のカシラの串焼きに味噌ダレを添えて出す。
豚肉なのにやきとりと称するのだ。

キリン一番搾りの中ジョッキを飲みつつ、
感心しない突き出しをつまむ。
コンニャク・ゴボウ・シイタケ・切干し大根だのを
炒め煮にしたピリ辛味の小鉢だが
こういうのおっつける店が多いんだよなァ。
とても客には出せないモノでもチャージしてくる。
まっ、客からすれば必要経費なんだろうがネ。

名物のカシラだけではカッコがつかないから
品書きに黒豚焼きとんとあったのを頼んだ。
その2本がコレ。
ともにネギマ仕立てで手前がやきとり
カシラは豚のコメカミ、黒豚焼きとんはバラかロースみたいだ。
脇にチョコンと味噌ダレが添えられている。
正直いうとJ.C.はこのスタイルを好まない。
はるか昭和の甘辛いタレでじゅうぶんじゃなのに―。

いただいてみると、あんまり美味しくないねェ。
なんだってこんなもんが好きなのかねェ。
でも、若者には人気があるらしい。
いえ、いえ、本場では老若男女を問わず、
絶大な人気を誇っているとのことだ。

とにかく塩と白胡椒が効きすぎ。
特に塩味が強烈だから薄味派にはキツい。
味噌の味見をするとニンニクが主張してやや甘め。
甘めでもやきとりにつける気になれなかった。

おそらく東松山では
ごはんのおかずにも一役買っているのではないかと思う。
酒を飲まない子どもには味が強すぎるもの。
実際にこの店の持ち帰りコーナーに立ち寄る客は少なくない。
時間が時間だから家庭の主婦の姿はないけれど、
仕事帰りのOL・リーマンがやって来るのだ。

数席しかないカウンターの右隣りは中年の女性客が独り。
彼女はきゅうりや大根のスティックを
味噌につけてモリモリ食べている。
そうだよなァ、こういう食べ方なら
けっこう毛だらけ、猫灰だらけなんだろう。

ふと足元を見るとウチの猫が眠っている。
まるで左甚五郎の名作のようにネ。
フン、のんきなもんだ。

=つづく=

2014年1月13日月曜日

第750話 紅燈の江東を往く (その1)

雑誌の取材で江東区の紅燈街を一夜飲み歩く。

1軒目は「たなべ衛」。
好みの銘柄の生ビールでスタート。
手っ取り早いつまみはポテトサラダ。
ポーションが小さいから、たったの150円でまずまず。
かろうじて出来合いではなさそうだ。

続けてオーダーした焼き鳥の皮1本と焼きとんのカシラ1本。
豚のレバーがなぜかなくてカシラにしたが
まっ、こんなものであろうヨ。

壁の貼り紙には”元肉屋が作るメンチカツ”の文字。
この夜はあちこちさまよわねばならず、重いメンチはパスだ。
”刺身は築地直送”
”とにかく大きい鮭カマ焼き(520円)脂のってます!”
なんて謳い文句も。

注文が入るたびに店主の
「ありがとうごさいます!」の大きな声。
接客担当の女性が同句を婦随する。
どう見ても夫婦には見えぬが、とにかくこの二人きりの切盛りである。

彼女に
「この店はいつオープンしたの?」―訊ねると
「2月でしたか、いいえ、去年の12月だったかも?」―頼りない応えだ。
これだけで二人に血縁・地縁のないことは判る。

でも一応、からかい半分で訊いてみた。
「お二人はご夫婦?」―
面くらいましたネ、被質問者は!
「やだ、違いますよォ」―
まるで私にはもっと若いイケメンのカレシがいるんだと言わんばかり。

この店はどうやら焼きモノよりも河岸モノのほうがよさそう。
そこでヒラスズキの刺身を所望した。
見た目悪くない
そこそこ脂が乗って食味は真鯛に似ていた。

その間にもいろいろと注文が入り、
そのたびに
「ありがとうございます!」の連呼、連呼。
「灰皿ください!」―さすがにコレには
「ありがとうございます!」はナシ。
そりゃそうだわな。

芋焼酎の黒霧島を1杯お願いすると、
グラスになみなみと注がれてきた。
ケチケチしないのがよい。

そろそろ河岸を変えねば―。
お勘定は2千円でオツリがきたほど。
費用対効果はよいものがありました。

=つづく=

「たなべ衛」
 東京都江東区1-11-13
 03-3634-1506

2014年1月10日金曜日

第749話 北関東で豚・ぶた・ブタ (その5)

夕闇に包まれた栃木の小山にいる。
 ♪ おやまっ あれまっ 何にもねェゾ! ♪
もっとも小山にせい、伊勢崎にせい、
駅の周囲をチャラッと流しただけで
深場にはまり込んだのではないから
何もないと嘆いたところで始まらない。
地元の人にしてみれば、
「うるせェよ、ほっとけや」―てなとこだろう。

晩酌開始タイムをとっくに過ぎているにもかかわらず、
止まる止まり木が見つからない。
そしてまた線路の旅である。
すでに汽車は夜汽車となっている。

 ♪ 花嫁は 夜汽車にのって とついでゆくの 
   あの人の 写真を胸に 海辺の街へ 
   命かけて燃えた 恋が結ばれる
   帰れない 何があっても 心に誓うの  ♪
             (作詞:北山修)

再びはしだのりひこの歌声が頭の中をグルグルし始めた。
「花嫁」の作詞もまた北山修だ。
シンプルだけど、この人はいい詞を書くなァ。

「夜汽車」といえば、十朱幸代の映画も思い出す。
一人の男を二人の姉妹が愛してしまう愛憎悲劇。
何よりも女の指詰めシーンを観たのは後にも先にもこれきりだ。

さて、夜汽車を降りたのは埼玉県・浦和。
小山から宇都宮線に乗ってやって来た。
浦和は何年ぶりだろうか? 10年は堅いと思うな。
それにしてもこんなにデカい街だったかねェ。
伊勢丹もあれば、PARCOもあるヨ。
いや、昔からあったのだろうが気づかなかった。

ナカギンザの「モルガン」、旭通りの「まるちゃん」、
どちらにしようかしばらく迷った。
前者は立ち飲みにつき、長旅で疲れた身には少々キツい。
よって、向かったのはもつ焼き「まるちゃん」だった。
もつ焼きといえば焼きとんである。
ゲッ! また豚じゃんか!
まっ、いいか。

旭通りだけに飲んだのはアサヒ。
上ハラミのタタキを所望したが
オヤ? これははたしてハラミかいな?
食感がハラミとは微妙に異なった。
まっ、いいか。
ハハ、こればっかりである。

菊正の樽をコップでもらい、焼きとんに突入。
注文したオッパイは入荷ナシとのことで
カシラを塩、レバをタレで1本づつお願いする。
カシラには味噌ダレが付いてきた。
同じ埼玉は東松山のやきとり(焼きとんですが)のスタイルを
踏襲しているようだ。
下町の佳店には及ばぬものの、及第点はあげられる。

群馬県・高崎、栃木県・足利、埼玉県・浦和と、
日帰りの北関東めぐりは”豚行脚”の旅となりましたとサ。

=おしまい=

「まるちゃん」
 埼玉県さいたま市浦和区高砂1-8-10
 048-822-4682

2014年1月9日木曜日

第748話 北関東で豚・ぶた・ブタ (その4)

栃木県・足利の「富士屋」。
店の中が真っ暗なため、そのまま出て来たのだが
自慢焼きを焼いてるオバちゃんに引き止められた。
何のこたあない、客が居ないから電気を消してたんだと。
J.C.、にっこり笑って無事に着水、もとい、着席である。
レトロな喫茶店みたいな店内
いや、店構え以上に中は懐古的だ。

卓上のメニューを手に取る。

 ハンバーグステーキ ポークソテー 各750円
 ナポリタン オムライス タンメン 各550円
 カレーライス 500円  ラーメン 450円

洋食と中華が混在している。
「チケットをお買い求めください」ともあった。
それよりもまずビールだ。
メニューの裏にあった、あった、ありました。
単に ビール 400円 とある。
コーヒーが350円だから、値段からして小瓶かもしれないな。
そのときは2本飲んでやろう。

すると現れたのは中瓶だった。
ずいぶん安いじゃないの。
安いぶんには歓迎だけれど、何と銘柄がサントリーのモルツだヨ。
以前、何度か宇都宮を訪ねたとき、
栃木を牛耳っているのはキリンビールという印象を持った。
キリンは許容範囲だが、いや、油断しちゃったな。

仕方ないから接客のオバちゃんに
「何かつまむものないですかネ」―訊ねると、
厨房に消えた彼女、戻って曰く、
「焼き豚とかならできますけど・・・」―とのこと。
いいでしょう、いいでしょう。
ベター・ザン・ナッシングでありましょう。
6枚の焼き豚と支那竹 

これがたったの250円。
でも、ふと思った。
昼めしにかつ丼食べたのに焼き豚もないもんだぜ。
まっ、いいか。

次の電車に乗り遅れそうになりながらも三たび上毛線。
降りたのはかつて遊園地でならした小山(おやま)だ。
 ♪ おやまっ あれまっ 小山遊園地 ♪
の小山である。
しか、しここも伊勢崎同様、何もなかった。
しばらく歩いてみたが、目についたのは
老夫婦の営むうどん屋兼食堂が目抜き通りにあったくらい。
間違いなく外しそうなので見送った。

はて、どうしたものかいの?

=つづく=

「富士屋」
 栃木県足利市通1-2701
 0284-41-2590

2014年1月8日水曜日

第747話 北関東で豚・ぶた・ブタ (その3)

再び上毛線の車中の人。
次の目的地は定めていない。
候補としては群馬県を離れ、
栃木県の足利・佐野・小山辺りだろうか。

降りたのは一番手前の足利だった。
陽がそろそろ西に傾き始め、吹く風はさらに冷たい。
吹きっつぁらしである。
冷たい風に対抗するには冷たいビールだろう。
ここは毒をもって毒を制するに限る。
はたしてこの町でよい店が見つかるかな?

古(いにしえ)の最高学府、
足利学校の前を通り過ぎるも入館はせず、
小ぢんまりとした鑁阿寺(ばんなじ)の参道を往く。
この日は休日明けにつき、
シャッターを下ろしている店々が目につく。

それにしても何でしょうネ、このお寺の名前、鑁阿寺。
まず読めやしない。
っていうかァ、この”ばん”の字には初めてお目に掛かったわい。
こんなん読み書きできる酔狂な人間はおらんやろう。
でも、通りかかったが百年目、とにかく山門をくぐることにした。

すると、あらあら、カルガモの群れが濠端に遊んでる。
それも半端な数じゃございやせんぜ。
この寒いのに日向を避けてる
マガモやオナガガモと異なり、カルガモは渡りをしない。
ずっと、自分たちが棲みついたいた場所で一生を過ごす。
健気だねェ、可愛いなァ。
それに引き換え、われわれヒューマン・ビーイングときたらもう、
いや、今さら愚痴は言うまい、嘆くまい。

寺に濠は珍しいが、鑁阿寺は足利氏の館(やかた)だったからだ。
日本100名城の一つに数えられ、真言宗大日派の本山でもある。

からっ風に吹きすさばれながら歩くうちに
やはり日頃の行いがよいのであろう、
好みの食堂にバッタリ出くわした。
その名も「富士屋」
確か去年、あいや、すでに一昨年か、
山梨・甲府で2軒の「富士屋」に遭遇したっけ・・・。

とまれ、こういう見てくれの店には弱いJ.C.、
何のとまどいもなく即入店。
ところが店内は真っ暗の暗だ。
店先でオバちゃんが自慢焼きなる、
一種の今川焼きを焼いてたものだから
てっきり営業中と勝手に思ったものの、
なあ~んだ、ガックリの巻である。

=つづく=

2014年1月7日火曜日

第746話 北関東で豚・ぶた・ブタ (その2)

上州・高崎の「栄寿亭」にいる。
ズシリと重いどんぶりを左手に持っている。
かつ丼Aの味はけして悪くない。
ただ、ごはんの盛りがあまりに多く、とても食べきれなかった。

人気のメニューはかつ丼系が主力でカレーがそれに準ずる。
ときたまロースカツ、ポークソテー、ハンバーグの声が挙がる。
持ち帰りの客も少なくない。

厨房内は男性2人、女性4人の計6名。
接客は揃って明るく丁寧でとても感じがいい。
こんな食堂は大好きだ。
よほど職場環境がよいのだろう、
楽しく働けているからこそ、客への心配りが産まれるわけだ。

腹ごなしに市内を徘徊する。
駅前にあった1軒の飲食店の姿に度胆を抜かれた。
屋号は「朝鮮飯店」
近ごろこういう時代がかった建物がめっきり減った。

加えてこのランチメニューは何なんだ。
和風パスタにジャンバラヤだとっ!
こんなコリアン見たことないぜ。
また高崎に来る機会があったらぜひとも立ち寄らねば―。

上毛線・小山行きの列車に乗る。
北向きの車窓に映るのは国定忠治ゆかりの赤城山だ。

 ♪ 男ごころに 男が惚れて
   意気がとけ合う 赤城山
   澄んだ夜空の まんまる月に ♪
       (作詞:矢島寵児 )

東海林太郎の「名月赤木山」。
天然パーマとロイド眼鏡がまぶたに浮かぶ。
ついでに直立不動の”気をつけ姿”も。

列車はさらに東へ。
窓の外は足尾山地の山並みに代わった。

未踏の伊勢崎で下車。
この街はイセサキと呼ぶのが正しい。
イセザキと濁ると、ハマの伊勢佐木町になる。
駅から歩きだしてはみたものの、
何にもないとこだネ、ここは!

それにしても北風が冷たい。
上州のからっ風とはよく言ったものだ。
ここにはただ風が吹いているだけ。

 ♪ 人は誰もただ一人 旅に出て
   人は誰もふるさとを 振りかえる
   ちょっぴりさみしくて 振りかえっても
   そこにはただ風が 吹いているだけ ♪
            (作詞:北山修)

今度ははしだのりひことシューベルツの「風」が
からっ風に乗ってやって流れて来た。

=つづく=

「栄寿亭」
 群馬県高崎市あら町7-1
 027-322-2740

2014年1月6日月曜日

第745話 北関東で豚・ぶた・ブタ (その1)

旧臘(きゅうろう)の一日。
北関東をめぐる日帰りの旅に出た。

最初に降り立ったのは群馬県の交通の要衝、高崎。
駅の売店をのぞいたら紅・白のだるま弁当に交じって
横川名物・峠の釜めしが売られている。
そういえば上野駅の新幹線改札前でも見掛けたっけ・・・。
信越線のダイヤが改正され、売れ行きが危ぶまれたが
高速道路のパーキングエリアなどに売場を拡げて
以前より売上を伸ばしているようだ。

確かにこの駅弁は秀でている。
釜めしは年に一度食べるか食べないかなのに
目にするとつい買っちゃうもんなァ。
ただ、こうあちこちで売りまくられては何だか鼻白む。
今後は食指がストライキを起こすかもしれない。

高崎到着時刻は正午ちょい前。
目指したのは事前に目星をつけた「栄寿亭」なる洋食店。
創業は実に大正8年
第一次大戦集結の翌年だ。
青島要塞で降参したドイツ人捕虜が
日本各地でハム・ソーセージを造り始めた頃のこと。

この「栄寿亭」のウリは400円という信じがたい値付けのかつ丼A。
3枚の小さく薄いカツ片がごはんに乗ったタレカツ丼である。
品書きに一筆あったように、これは俗にいうソースカツ丼ではない。
甘辛の和風タレが味付けのポイントになっている。
米はコシヒカリ、肉は上州もち豚とあった。

店内は15席ほどのカウンターのみ。
外側の客席より中の厨房のほうが3倍近く広い。
到着したのは12時15分だったから
幸いにも昼のピークを迎える直前ですぐに座れたが
ものの5分と経たないうちに順番待ちの列ができ始めた。

右隣の若者がカツカレーを食べている。
黄色いカレーの香りに懐かしみを嗅いだ。
左隣りのオジさんはかつ丼Bだ。
これは玉子でとじたオーソドックス・タイプで450円。
チラリのぞくと三つ葉のほかに椎茸が散見される。

J.C.が注文したのはもちろん基本のかつ丼A。
たくあんを従えて登場
何ともシンプルな景色は殺風景ですらある。
キャベツも不在なら味噌椀もつかない。
周りを見回しても、みな汁ナシだから椀物は作らない主義なのだろう。

カツを1枚パクリとやった。
やったはいいが、前歯の噛み切りが悪く、
薄い豚肉だけが中からズルズルと引きずり出された。
残ったコロモは脱け殻もいいところだ。
2枚目からはグッと心を引き締めてカツを噛み締めるJ.C.でありました。

=つづく=

2014年1月3日金曜日

第744話 日曜日の仔豚ハム

かれこれひと月以上も前の日曜日。
その日の散歩は荒川区・尾久から始まった。
昭和11年、帝都を揺るがす二・二六事件が勃発したその3ヶ月後、
尾久の待合旅館「満佐喜」で発生したのが阿部定事件。
世に有名な局部切取り騒動記である。
そのまた2ヶ月後の上野動物園黒豹脱走事件と合わせ、
昭和11年三大事件というのだそうだ。

大正時代に温泉が湧き出し、かつては遊興地として盛った尾久も
今となっては寂れにさびれて見る影もない。
まあ、それだけに一種独特の風情が漂い、散策する者の興を誘う。

南下して田端駅前の切り通しを抜け、動坂下に出る。
ここからは不忍通りをさらに南下して千駄木を東へ折れ、
やって来たのは谷中のよみせ通り。
夕焼けだんだんで有名な谷中ぎんざとTの字で交わる商店街である。

通りに沿って良質な精肉と肉加工品を
製造・販売する「コシヅカハム」に入店してみた。
当日の夜の予定はウチめし。
となると、適当な酒肴・惣菜を調達しておかねばならない。
散歩はまだまだ続ける予定につき、
あまり手の掛かる食材は購入したくない。
ほぼ出来合いで構わないのだ。

精肉店としてはかなり広い店内を一めぐりして
目を釘付けにされたのがコレであった。
スペイン産乳飲み仔豚ももハムは30本限定
こりゃまた珍しいものに出会ったものである。
ほどよく脂身がくっついてとても旨そうじゃないか。

100g=400円はかなり高級だけれど、
ここで買わなきゃ悔いが残ることになろう。
でもって写真のパックを買った次第だ。

自宅そばのパン屋でバターロールを2個買い求める。
ハムをつまみに飲んだあと、サンドイッチをこしらえる腹積もりである。
いくら仔豚とはいえ、ハムだけでは味気ない。
よって、やはり近所の鮮魚店で酢アジとバチマグロの赤身を少々。

そうしてこうして男やもめの晩酌開始と相成った。
ときに18時ちょうど。
日本TVの「笑点」でひとしきり笑ったのち、
ビールとハムでよ~いドン!
いかにも仔豚といったふう
何もつけずにまず1切れ。
2切れ目にはディジョン・マスタード。
あとは白胡椒だの、イングリッシュ・マスタードだの。

うん、うん、美味しいな、うれしいな。
ビールを赤ワインのキャンティに移行させ、
残りのハムにアジやマグロも参加させ、
独り身の自由を満喫したのでありました。
頭の中ではさっきまで見ていた番組のテーマミュージック、

 ♪ チャンチャカ チャカチャカ スッチャンチャン ♪

が、鳴り響いておりましたとサ。

「コシヅカハム」
 東京都文京区千駄木3-43-11
 03-3823-0202

2014年1月2日木曜日

第743話 この冬最初の河豚を囲んで (その2)

板橋は小竹向原、和食店「樽見」の奥座敷。
先着の特権で独り飲みを始めていると、
鴛鴦(おしどり)夫婦の♀のほうが先に現われた。
かたときも離れていられない番(つがい)につき、
すわっ!異変かと思いきや、何のことはない♂は
他のメンバーを出迎えに駅改札に出張っていたのだった。

やがて”八人のサムクナイ?”が勢揃いし、
定刻には忘年の小宴が始まった。
さっそく大皿に盛られた河豚刺しが登場。
四人前づつの豪勢な二皿である。
ポン酢に添えられた柑橘はかぼすだ。
河豚ポンには本来、橙(だいだい)だが
当世、橙は簡単に手に入らないのだろう。
そういえば、濃いミカン色のことをダイダイ色と言わなくなって久しい。

橙は代々に通じ、縁起がよいから正月飾りに使われる。
収穫せずにおくと、数年はそのままぶら下がっているという。
本当だろうか、にわかには信じがたいハナシだ。
そのすさまじい生命力が代々につながった。
ただし、苦みが強いため、ダイレクトに食されることはほとんどない。
何たって英名がビターオレンジだもの。

「刺身は河豚が旨いが、鍋なら鮟鱇のほうが上だ」―
人間国宝、五代目・柳家小さんの言葉である。
確かにそうかもしれぬ。
この人は永谷園の即席みそ汁ばかり味わっていたわけじゃない。
湯島のうなぎ屋「小福」にはいまだに
故人のマイどんぶりが飾られている。
「うなぎは重箱じゃ旨くない、どんぶりで食わなきゃ!」―
さすが国宝、おっしゃる通りでございます。

J.C.なりに白身魚を語らせてもらえれば、
刺身の筆頭は皮はぎ、それに準ずるのが平目と相成る。
鍋はどうだろう。
筆頭は真鱈、続いて目抜(あこう鯛)か、
ハタ・アラ・クエの仲間たちということになる。

 「樽見」の河豚刺しはもちろん虎河豚。
良心的な価格設定からして
天然ものではなかろうが、旨みはじゅうぶんだ。
ちり鍋を愛でたあと、雑炊はホンのちょっとだけいただく。

店の女将だったかな?
三重県・伊勢市出身の方で締めはご当地名物の伊勢うどん。
日本で一番太いうどんは江戸時代、
お蔭参りの参拝客に供したのが始まりだ。
長旅に疲れた旅人の胃ににやさしいヤワヤワうどんは消化がよい。
加えて茹で時間を気にせずに済むため、
次から次へと押し寄せるせわしない客をさばくのにも最適だった。
いや、満足の満腹であった。

年々、忘れられゆく忘年会。
この顔ぶれは今年の暮れもまた、
この場所に集結するのでしょう。
あと何年続くかな・・・。

「樽見」
 東京都板橋区小茂根1-10-17
 03-3959-0885

2014年1月1日水曜日

第742話 この冬最初の河豚を囲んで (その1)

新年、明けましておめでとうございます。

さて12月のスケジュール表を見返すと、
昨年はいつもの年より忘年会が少なかった。
殊に10人を超える大型宴会がまったくない。
周囲の友人・知人、
あるいは気心の知れた飲食店のスタッフに訊ねてみて
世の中全体の流れがその方向に向かっていることを確信した。

赤穂浪士、吉良邸討ち入りの日の翌夜、
板橋区・小竹向原に同い年の八人が集(つど)った。
老い先それほど長くもない面々は
さながら七人のサムライならぬ、
八人のサムクナイ? といったところでありましょう。

ともあれ忘年会の会場は板橋にはまれな和食の佳店「樽見」。
食の不毛地帯とまで他区民にさげすまれる板橋区ながら、
この店は格別、とってもいいですゾ。
われら同期の仲間うちでは
鴛鴦(おしどり)もうらやむほどの仲睦まじきカップル、K木夫妻、
彼らのホームグラウンドがこの「樽見」なのだ。

月に何度か夫婦で訪れては水入らずの酒杯を重ねているらしい。
何せこの二人、高校の同級生だってんだから
そろそろ互いに見初め合って半世紀、
いったいどんだけ一緒にいりゃあ気が済むの?
てなもんや・・・三度笠。

例によって当夜は早めに仕掛け、
最寄り駅に到着したのは開宴の30分以上も前。
もちろん狙いは見知らぬ店の踏査である。
地元民が和やかに集う酒場が理想なれど、
下町とは勝手が違ってそんな便利なものはまずなかろうし、
あったとしても常連の隠れ家であろうヨ。

名店は隠れないというけれど、それは情報行き交い、
またそれを共有できる都心のことで
この地は帝都のはずれのまたはずれ、板橋ですもの。
都の西北、早稲田の杜の、そのまた西北ですからネ。

結局、ターゲット見当たらず、しばし町をさまよった末、
会場に一番乗りした次第だ。
手持ち無沙汰につき、みんなの到着など待ってられやしない。
さっそくお運びのアンちゃんにビールをお願いの巻と相成った。

するとおしぼりとともに突き出しの小鉢がスッと出る。
出たものには即箸をつけるのがわが信条、
さっそく箸先でつまんでみた。
まぐろ中落ちの山芋和えである。
山芋はありがちな千切りではなく賽(さい)の目にカットされている。
中瓶1本を飲むに打ってつけだった。

そうこうするうち鴛鴦の♀のほうが現れた。
アレッ! ♂はどうしたんだろう?
じぇ、じぇ、もう古いか? 
まさか、50年目の破局なんてことは?

=つづく=