2014年8月29日金曜日

第914話 飲んでうれしいメガジョッキ (その3)

浅草1丁目1番地1号にして、この街のランドマーク、
「神谷バー」の2階に独りくつろいで相棒の到着を待つ。
一足先に特大ジョッキを頼んだところだ。

あまりのジョッキの大きさに注がれる衆目の視線を浴びながら
開き直ったJ.C.、まずはグビグビッとやった。
グビグビッとやったのはいいが
ジョッキを持った右手がふるえてるじゃないか。
いえネ、やさオトコにこのサイズはきびしい。
あわてて左手を添えたくらいだもの。
以後、恥ずかしながらジョッキを両手で支えて飲みました。

女性客がこのサイズを注文することはまずなかろうが
故・森光子媼(おうな)や、故・北林谷栄媼、
はたまた、今も現役で活躍中の浅丘ルリ子サンなんかが
このメガジョッキを片手で持ち上げようものなら
下手を打つと手首を骨折しかねないぜ。

しっかし、デカいがウマい。
飲んでうれしいメガジョッキ、
エンコの酒場で夏を満喫する自分がいる。
ビールをガンガン飲りだすと、
あまりつまみを必要としないJ.C.ながら
「神谷バー」での定番は、いの一番にポテトサラダ。
さすがにそんじょそこいらのチェーン居酒屋とは
異次元の逸品が運ばれる。
自家製(たぶん?)マヨネーズを添えた一鉢はここのイチ推し。
ポテトの下にはオニオンスライスがたっぷり敷かれ、
一鉢で二度おいしい思いをさせてくれるのだ。

そうしておいて串カツをお願いする。
これもデパート屋上のビヤガーデンなんぞ、
足元にも及ばない真っ当なのが2本、
しんなりとしたキャベツを従えて登場する。
オマケにポテサラも串カツも
500円でオツリがくる庶民価格ときたもんだ。

その数日後、出先の本郷から一路、浅草を目指す。
「神谷バー」の生ビールをよりおいしく味わうために
歩いた、歩いた、テクテク、テクテクと炎天下を。

途中、差し掛かったのは入谷の鬼子母神。

 恐れ入谷の鬼子母神、びっくり下谷の広徳寺

地口で有名な鬼子母神である。
もっとも広徳寺のほうは
とっくの昔にはるか遠く、練馬に移転しちまってるがネ。

通りすがった入谷にチェーン居酒屋の「村さ来」があった。
何気なしに見た店頭のポスターは”ビアジャン祭”の広告だ。
スタッフとジャンケンして勝ったら
最初の1杯に限り、460円の中ジョッキが100円になるという。

よほど立ち寄ってジャンケンポンに挑もうと思ったけれど、
待合わせに遅れるおそれがあり、断念した次第。
ことがビールに及ぶと、
あと先のみさかいがつなくなる自分が何ともおぞましい。

=おしまい=

「神谷バー」
 東京都台東区浅草1-1-1
 03-3841-5400

2014年8月28日木曜日

第913話 飲んでうれしいメガジョッキ (その2)

葉月(8月のことデス)の後半は
忙中閑ありで比較的自由な身体。
そんなことも手伝ってか、たかだか1週間のあいだに
わが安息のビヤホール、浅草の「神谷バー」を3度も訪れた。
たっぷり飲んだというより、しこたまヤッツケたって感じなりけり。

暑い中をつき合ってくれた御三方、
M鷹サン、K木クン、C子サンには
この場を活用して心から感謝したい。
アリガトさんでした。
もっとも三者三様、それぞれに楽しんでいたがネ。

何でそんなに足繁く通ったんだ! ってか?
おっと、いきなりそうきましたか!
それはでんな、この期間(6月1日~9月29日)、
毎年恒例の”生ビール特大ジョッキフェア”と称して
大ジョッキ容量の1割増し、1100mlのの特大ジョッキが
値段据え置き(1050円)で振る舞われるからですねん。

と、言いたいところなれど、
そこまで意地汚いJ.C.ではございませぬ。
何たってオーガスト(これも8月ネ)に味わう生ビールは最高だもん。
冬は冬で美味いけど、やっぱり真夏に如くはなし。

それにつけても「神谷バー」の特大ジョッキはスゴいんだ。
もともとここの中ジョッキは他店の大ジョッキ並み。
ウェイターくんの運ぶメガジョッキを見て
2卓向こうの四人家族のうち、息子のヤツが叫んだネ、
「うわっ、デケえッ!」―ほっとけや。
バカ息子の叫び声に促されて家族全員、
揃いも揃ってジョッキの行く先を確認の巻ときた。
ぶしつけにも振り向いて、まともにこっちを見てやがる。
ムッときたが、見つめられるとテレちゃうじゃんかヨ。
いや、マイッたな。

家族は、電気ブランを飲むパパ、
小ジョッキのママと息子、
パフェみたいなのをなめてる娘であった。
こちらを凝視した4人のうち、娘と目が合った。
何となればJ.C.、中で一番可愛いのに目が向いてたからな。

もっとも目の合った瞬間、即座に視線を外し、
みんなを均等に眺めたけどネ。
ジョッキの行く先に心なしか、八つの瞳は納得した様子だった。
いや、ちょっと待てや!
われは傍目にそんな飲んだくれに映るのかい?
それはないぜ、セニョール!

今さら他人の目なんか、気にするのはよそう。
とにかく、M鷹サンに10分も先着したJ.C.、
相方の到来を待つヒマもあらばこそ、
着席と同時に、くだんのメガを注文していたのでした。

=つづく=

2014年8月27日水曜日

第912話 飲んでうれしいメガジョッキ (その1)

日本各地で豪雨が猛威をふるっている。
被災地とは比べようのない、
それこそ申し訳程度ながら
東京の空模様もぐずついて猛暑はどこへ行ったのやら・・・
今、夏が終わろうとしている。

夏となれば、何たって生ビール。
読者におかれましては
「何だ! またビールかヨ!」―
なんて言わないでネ。

例年同様、この夏もよく飲んだ。
でも、ビヤガーデンにはただの一度も行っていない。
その理由は
第一に、クソ蒸し暑いところが多い。
第二に、料理が不味いくせにやたら何とかセットを押し付けられる。
第三に、虫刺されのおそれがある。

よって、ガーデンよりもホールを好むのだ。
Hello,Hall!Good-by,Garden!
なのである。

わが愛しののビヤホールは
銀座7丁目の「ライオン」と浅草1丁目の「神谷バー」。
前者は1階、後者は2階が気に入りだ。

人生最後の晩餐は
浅草は馬道通りの「弁天山美家古寿司総本店」で
平目・小肌・穴子のにぎりと決めているが
最後の晩酌となれば、上記2軒をハシゴする。
そのとき隣りに(向かいでもかまわぬが)、
愛する伴侶(籍はいとわぬが)が寄り添ってくれれば、
それ以上のシアワセはありまっしぇん!

さて、今夏のビヤホールだ。
銀座に出る機会がほとんどなく、
訪れたのはマイ・ホームタウンの浅草。

軽い気持ちで Just have a drink or two の場合は
吾妻橋を東に渡って「23 BANCHI CAFE」。
ここには氷点下のエクストラ・コールドがあるからネ。
炎天下を歩き回って
汗をビッショリかいたあとのコイツは何者にも代えがたい。
もう、つまみなんか何も要らない。
2杯のグラスが最高のエクスタシーを与えてくれる。

腰を落ち着けてジックリ飲るときは
吾妻橋の西詰、「神谷バー」の2階に上がる。
庶民的なつまみの揃う1階も悪くないけれど、
食券制度がわずらわしいし、
とにかく常に客があふれていて
その熱気と騒音に耐えられなくなってしまうのだ。

=つづく=

「23 BANCHI CAFE」
 東京都墨田区吾妻橋1-23-36アネックスビル1F
 03-5608-3831

2014年8月26日火曜日

第911話 さいはてのスピリッツ (その4)

豊島区・大塚は三業通り、居酒屋「さんぺい」にいる。
泡盛の有無を訊ねてみると、恐ろしきかな、
アルコール度数60度のスゴいのがあるというじゃないか!
いや、マイッたな。
でも、ここで引き下がるJ.C.ではない。
自宅にあるポーランド産ウォッカ、
スピリタスははるか高く96度だからネ。
何たってボトルの裏ラベルにこうあるもの。

 蒸留を繰り返すこと70数回、
 純度を極めたポーランド産ウォッカの雄です。
 アルコール度数が高いため、火気に注意してください。

スピリタスほどではないが、そのキツいヤツをロックで注文。
おっと、その前にひとこと。
お待たせしました、江東区のM村サン、
これが”さいはてのスピリッツ”にござんす。

なぜ”さいはて”かというと、
この”どなん”なるスピリッツ、
沖縄は南西諸島八重山列島、与那国島の産なのだ。
日本最西端の島の向こうはもう台湾、
与那国島はさいはての国境の島である。

さて、どなん。
実はコレ、泡盛であって泡盛ではない。
酒税法によって泡盛は45度以下と定められており、
これを超えると”花酒”と呼ばれるそうだ。

なみなみと注がれたロックグラスのサイドには
しっかりとチェイサーを置いて飲み始める。
「くわ~っ、キツいや!」
こりゃ、とてもじゃないがロックじゃ飲めないゾ。
ロックのまま、キュ~ッとやって
何とか追い水のスペースを作った。

つまみはJ.C.をこの店に誘い込んだめじまぐろ刺しだ。
鱧と水茄子もよかったけれど、めじは大当たり。
切り身はピンクと真紅のツートンカラーで
これはめじはめじでも、かなりの年長であろう。
本わさ混じりの粉わさだ少々残念だが
実に美味しいまぐろであった。

調子に乗って2杯のどなんをやっつけ、
気分よく夜の街に出る。
駅に向かって歩き始めると、何だか足元がおぼつかない。
こりゃ、千鳥足もいいとこだぜ。
こんな状態、何年ぶりだろう。

平均台の上を歩くように真っ直ぐ行こうと思っても
どうにもフラついて仕方がない。
そうこうしながら夜風に当たっているうち、
どうにかまともになってきた。
いや、”さいはてのスピリッツ”、おそるべし。

=おしまい=

「さんぺい」
 東京都豊島区南大塚1-50-10
 03-3942-6240

2014年8月25日月曜日

第910話 さいはてのスピリッツ (その3)

池袋が大塚を凌駕するようになったのは
山手線と赤羽線の分岐点として選ばれたことがすべて。
当初、鉄道省は現在の地下鉄丸の内線の新大塚駅付近に
新駅を設置するる予定だったが池袋に変更された。
西武池袋線と東武東上線の乗り入れも大きく寄与して
池袋は都内有数のメガステーションとなったわけだ。

「富久晴」をあとにして三業通りに足を踏み入れる。
往時の面影をそこかしこに残すストリート。
通りの中ほどにある「一松」は何回か訪れた。
行ったり来たりしてさんざ迷った挙句、
此度は「さんぺい」に白羽の矢を立てた。
初訪問である。

惹かれたのは店頭の品書きにあった、
新玉ねぎのスライスとめじまぐろの刺身。
新玉ねぎはみなさんご存知だろう。
めじは本まぐろの幼魚のこと。

本まぐろの中とろ・大とろに興味のないJ.C.は
もっぱら赤身を好んで食べている。
めじは赤身よりもっとあっさり、
身肌も赤に染まる前のピンク色だ。
夕方の買い物でスーパーを訪れる主婦ならば、
何度か目にしているのではなかろうか。
値段も親の本まぐろに比べてずっとお求めやすい。

「さんぺい」は細長いカウンターのみの小体な店だった。
「富久晴」ではキリンラガーの大瓶だったので
さっそくスーパードライの中ジョッキをお願い。
お通しに鱧(はも)のお通し、もとい、落としが出された。
葛で化粧を施された鱧はなかなかにオツ。
お出汁も上品、塩加減も淡い。
下世話な居酒屋のどうでもよい小鉢と違い、
これだけで期待が高まろうというものだ。

残念だったのは店外のボードにあった新玉ねぎが
店内のそれには見当たらなかったこと。
代わりというのでもないが、水茄子を所望した。
水気をたっぷり含んだ茄子は口中に涼感を運んでくれる。
いや、まことにけっこう。
余計な味付けを極力排しているところがよい。
鱧と茄子だけで中ジョッキを2杯飲んだ。

はて、お次は何を飲もうかな?
カウンターの目の前の調度品に
シーサーなんぞがあって沖縄チック。
ならば、泡盛があるだろうと思い、店主に訊ねる。
すると、ありました、ありました、
それもトンデモないヤツがっ!

=つづく=

2014年8月22日金曜日

第909話 さいはてのスピリッツ (その2)

豊島区・大塚はかつて都内有数の三業地。
若い人、というより団塊の世代以降に
三業地は耳慣れない言葉だろう。
三つの業者が互いに支え合って共存する地域で、いわゆる花街のこと。
三業は芸者置屋、料理屋、待合である。

旧三業地入口に位置する昭和22年開業の「富久晴」にいる。
大好きな焼きとんでこれまた大好きなビールを飲んでいる。
読者の須賀川市在住・Y本サンと練馬区在住・K柳サンから
最近の「生きる歓び」は飲み&食べネタに関しては
やたらめったらビール&焼きとんが多いですネと、
取り様によってはクレームとも取れないご意見をいただいた。
いや、これはコンプレインではないにせよ、
ほとんどクレームなのでしょう。
あいすみません。

読者のみなさんには誠に申し訳ないが
歳を重ねると保守的になってしまうらしい。
朝鮮焼肉屋やホルモン焼き屋にはめったに入らぬ身。
最近は好物のとんかつも以前ほど食べなくなった。
よって焼きとん屋がたんぱく質&ミネラルの補給源なんですわ。
腹具合によっては2~3本で切上げられるのもありがたく、
独り焼肉屋でカルビ1皿ってわけには
なかなかまいりませんからネ。

さて、「富久晴」、タンの次はシロとレバだ。
この2本はもちろんタレでいただいた。
どちらも旨いがシロはやや固く、レバはちょいとばかり火の通り過ぎ。
そんな印象であった。

それもそのはず、ここんとこ焼きとんとなれば、
金町の「ブウちゃん」を訪れる機会が増えている。
「ブウちゃん」での気に入りは
じっくり下茹でされて柔らかいシロ、
ちょい焼きでレアーに仕上げられたレバ、
以上2種類であるからにして
歯も舌もその食感に慣れ親しんでしまったんだネ。
いやはや、慣れっちゅうのはコワいもんでっせ。

1軒目はここでお勘定。
2軒目に向かう前に読者からのご質問に対する回答である。
最初に江東区のM村サン。
「サブタイトルの”さいはてのスピリッツ”って何のこと?」―
ハイ、これはつづきをお読みくだされ。

もう一方は明石市のS浦サン。
「よく大塚は池袋より盛っていたって
 書かれてますけど、本当ですか?」―
本当ですとも。
この件の説明は次話で―。

=つづく=

「富久晴」
 東京都豊島区南大塚2-44-6
 03-3941-6794

2014年8月21日木曜日

第908話 さいはてのスピリッツ (その1)

 ♪ 上野発の夜行列車 おりた時から
   青森駅は 雪の中
   北へ帰る人の群れは 誰も無口で
   海鳴りだけを きいている
   私もひとり 連絡船に乗り
   こごえそうな鴎見つめ 泣いていました
   ああ 津軽海峡 冬景色     ♪
          (作詞:阿久悠)

言わずと知れた石川さゆりの「津軽海峡・冬景色」。
「天城越え」と並ぶ、彼女最大のヒット曲であろう。

さて、その日のJ.C.、上野発は上野発でも
夜行列車とはほど遠い、都営バスに乗り込んだのだった。
松坂屋前から乗ったバスは池袋東口行き。
通常はこの路線、大塚駅前どまりだが
5~6本に1本、その先の池袋まで運行する。

降りたのは終点ではなく手前の大塚である。
東京では3本の指に入る酒亭、
「江戸一」に出向くと、思った通り休業中。
お盆明けの月曜のことで
もともと「江戸一」の休みは月曜日だから当然だ。
店のシャッターに貼られたお達しを読むと、
お盆をはさんで10日間ほどの長期休暇ではないの。
名店の余裕というほかはない。

当ブログでも何回か書いているから
ご存知の読者も多かろうが
大塚に来ると「江戸一」&「富久晴」はワンセット。
さっそく焼きとんの「富久晴」に向かった。
両店の距離は徒歩2分足らずである。

店先に縄のれん。
縄では店名を染められず、のれんは無名。
しかし、晩酌が恋しくて訪れる夕雀にとって
縄のれんは実にシックリくるのである。
帰巣本能を受け止められたような気がするもの。

キリンラガーを飲みつつ、
所望した串はカシラとハツを塩で―。
相変わらず、良質な豚もつだ。
カシラの噛み応え、ハツのクニュクニュ感がたまりません。

続いてのタンも塩、これはまずまず。
もともとあまり好まぬ部位だけに満足感も中くらい。
朝鮮焼肉屋でタン塩は頼まないし、
洋食店でタンシチューを注文することもない。
したがってみちのく・仙台を訪れても牛タン屋には入らぬ。
牛タンの駅弁やみやげ品ともまったく無縁の身なのだ。

=つづく=

2014年8月20日水曜日

第907話 利休鼠のよもぎ切り

 ♪ 雪の白樺並木 夕日がはえる
   走れトロイカほがらかに 鈴の音高く
   走れトロイカほがらかに 鈴の音高く ♪
       (訳詞:楽団<カチューシャ>)

ロシア民謡の「トロイカ」。
ちなみに、楽団<カチューシャ>は第二次大戦後、
ハバロフスク地区に抑留された日本人捕虜による楽団。
原曲は金持ちに恋人を奪われた、
トロイカ(三頭立て馬車)の 馭者(ぎょしゃ)にまつわる悲しい歌だが
カチューシャのメンバーが間違えて
他の曲の歌詞を訳してしまったらしい。

さて、日本人の耳になじみの深い「トロイカ」。
今回、訪ねたのは歌詞の中にある”白樺並木”である。
といっても雪化粧の並木道ではなく、
2ヶ月ほど前に紹介した日本そば店「白樺」だ。

前回はイベリコ豚の肉せいろと小えび5本の天丼による、
ランチのCセットをいただいた。
その際、壁に見とめた1枚の貼り紙がずっと気になっていた。
 
 丹沢山麓よもぎ使用 よもぎ切りそば 670円

この一品である。
忘れ去ること能わず、舞い戻ったのだ。

よもぎとなると第一感は寅さん映画でおなじみ、
柴又は帝釈天参道の草だんご。
当地の団子屋は千葉県産を使っているらしい。
江戸川の向こう岸も千葉県・矢切だが
もっと遠くから調達しているようだ。

そういえば、寅さんのおばちゃんが映画の中で嘆いていたっけ。
「こんなもん、昔は江戸川の土手でいっくらでも採れたのにねェ」
べつに団子屋が乱獲したわけでもなかろうに
自然界は刻一刻と変遷していくんだなァ。

ヨモギは食用や薬用以外にお灸のもぐさとしても
人類に効用を与えてくれている。
欧州にもヨモギの仲間のニガヨモギが
各種リキュールの原料になっている。
一番有名なのがフランスのアブサン。
ただし、この酒、薬用酒としての効能よりも、
アルコール中毒者を大量に産み出したことで悪名が高い。
フランス政府など長いこと、製造禁止令を出していたくらいだ。

運ばれたよもぎ切りはかくの如し。
草団子よりも緑がくすんでいる
茶人・千利休が好んだ色に緑を帯びたねずみ色、
そう、利休鼠があるが、その色に限りなく近い。

嗅いでみても香りがそれほど立ち上ってくるわけではない。
食してもよもぎがその味を主張するでもない。
マイルドと言えばそれまでだが変わりそばなら
しそ切り、あるいはゆず切りに一日の長があるように思われた。

「白樺」
 東京都葛飾区東金町3-17-12
 03-3607-3684

2014年8月19日火曜日

第906話 串から串へと (その4)

東京メトロ・丸の内線の終着駅・荻窪で
うな串店「川勢」のあと、焼きとん店「カッパ」に流れた。
ここのビールの銘柄もキリン、ただし今度は一番搾りだ。
クラシックラガーと比べて、こちらのほうが好みにより近い。

さまざまな部位の豚もつが串を打たれて並んでいる。
焼き手は珍しくも女性である。
若くはないが、そんなに年齢を重ねてもいない。
奥でつまみ類を担当しているのも女性で、こちらはオバちゃん。
とにかく男性スタッフが一人もいない。

最初の串は塩でホーデンである。
隣りの相方が
「なあ~に、ソレ?」―素朴な疑問を投げかけてくる。
「まあ、食ってみりゃ判るヨ」―底意地の悪いJ.C.、即答はしない。

数分後のご感想。
「なんかコリコリして、不思議な食感だネ」―
そうでしょうとも、おそらく口にするのは初めてであろうヨ。
ここで種明かし。
「コレはだな、牡豚の睾丸なのサ」
「ハイィ~ッ!」
卒倒はしなかったが、カッと見開いた目は真ん丸のマル。
ハハハ、こういうのは楽しいねェ。

続いて注文したリンゲルは売切れ。
というより、入荷がなかったのだろう。
ちなみにコイツは牝豚の膣(チツ)である。
日本人も実にいろんなモンを食うんだネ。
あんまり中国人を揶揄(やゆ)できないゾ、ジッサイ。
臭みを拭うために、よくよく水洗いするのだろう。
膣だけに洗浄は必要不可欠だ、なんてネ。
いけねッ、また下ネタに振っちゃったヨ。

オーソドックスなシロとレバーはタレで、
カシラは塩でいただく。
食感といえば、独特な個性を持つチレ(脾臓)と
マメ(腎臓)も在庫ナシであった。
とっても残念。

ここでふと記憶がよみがえった。
確か年度が変わる3月末。
「カッパ」の中野支店のあとで
やはりうな串の元祖ともいえる「川二郎」を訪れたのだった。
う~む、歴史は繰り返すんだなァ。

飲んで食べての会計は2200円。
ビッタシ「川勢」の半額だった。
安くて美味い店のハシゴ酒、
荻窪は実に佳い街でありました。

=おしまい=

「カッパ」
 東京都杉並区上荻1-4-3
 03-3392-5870

2014年8月18日月曜日

第905話 串から串へと (その3)

荻窪北口にある、うな串専門の店「川勢」にて
6本セットを食べ終えたところ。

そう、そう、レバーだけを1串にまとめた純レバは
常連にならないと口に入らないと述べたが
いただく手立てがもう一つ、
セットのあとの追加注文という手があった。
これなら一見客でも臆することはない。
モツ類の接種不十分という状況下で
レバーの追加はまさにお誂え向きではないか―。

それでも結局は薬局、断念の止むなきにいたった。
レバーに加えてすでにいただいた、
肝・エリ・バラの三羽ガラスをもう1本づつ、
余裕でいける腹具合だったのに
決意をにぶらせたのは紀州備長炭の強烈な火力であった。
焼き場の真ん前で長時間の滞在はムリだヨ。

すみやかに済ませた会計は二人で金4400円也。
1箱のうな重より、6本の串焼きは大きな幸福感を与えてくれた。
池袋西口や新宿・思い出横丁は未訪なれど、
J.C.の知る限り、うな串専門店で「川勢」の右に出る者はない。

時刻は19時ちょうど。
せっかくの再会に積もるハナシはまだまだある。
っていうか~、串焼きに追われて思い出話どころじゃなかったぜ。

しばし界隈をウロついて入店したのが「カッパ」。
こちらは同じ串でもうなぎじゃなくて豚である。
そう、大好物の焼きとん屋だ。

 ♪ 酒場女の ぐちなど誰も
   どうせまともにゃ 聞くまいに
   死んでもいい程 命をかけた
   だめなのね だめなのね
   お酒があなたを 変えたのね
   花から花へと 花から花へと 行った人 ♪
            (作詞:白鳥園枝)

1980年、島津ゆたかのヒット曲、「花から花へと」だが
われわれ二人は「串から串へと」である。

他にも「ホテル」などのヒットを持つ島津ゆたかだが
2002年、NHKラジオ第一の公開生放送番組で
暴言・失言を繰り返し、レッドカードを食らって以来、
おおやけの場から姿を消した。
口は禍の元の典型例だ。

あれから12年が経つが、数年前に噂を聞いた。
何でも西浅草でカラオケ・スナックを開業しているという。
その後、散歩の途中、
「島津ゆたかの店」なるスナックをこの目で確認した。

実際に店で飲んできた友人のレポートによれば、
店内はさびれてわびしく、
本人も健康を損なっている様子だったという。

おっと、ハナシがまたもや脇道にそれた。
「カッパ」の串については次話で―。

=つづく=

「川勢」
 東京都杉並区上荻1-6-11
 03-3392-1177

2014年8月15日金曜日

第904話 串から串へと (その2)

荻窪の「川勢」。
焼き場(火葬場を喚起させるイヤな言葉だけど)の前で
汗をかきかき飲んでいる。

うなぎはうなぎでもうな重を供する店とは違い、
こちらは串焼きをウリにしている。
言わば焼き鳥や焼きとんのうなぎ版だ。
数ヶ月前に紹介した中野の「川二郎」同様、
アラカルトで数本というわけにはいかず、
一応、6本セットを注文するのが客の習わしとなっている。

郷に入れば郷に従え、ローマではローマ人の行いに倣え、
なのである。
よってご多分にもれず、セットをお願いした。
近頃、とみにその苦さが気になりだした、
キリンのクラシックラガーを飲みながら焼き上がりを待つ。

突き出しはしその実を散らしたキャベツの浅漬け。
これは「川二郎」とまったく一緒。
「川勢」の店主は「川二郎」で修業したというから
さもありなん。
串揚げ屋の定番の生キャベツ&味噌より、
ずっと気が利いているし、スマートでもある。

最初の3本が皿に並べられた。
肝・エリ・バラである。
肝というのは通常、肝臓のことだからレバーだ。
しかし、うな串店では
1尾から1つしか取れない貴重な純レバは常連客に回される。
よってフツーの客には
腸管や心臓や胃袋などの総合内臓が出される。
もちろん、純レバにありつければ、僥倖として悦ばしいが
J.C.はむしろいろいろくっついてるほうが好きかも知れない。

エリは背ビレや尾ビレのニラ巻き。
ニラの個性が川魚のクセを緩和してグッド・コンビネーション。
バラは中骨周りの脂が乗った部位で
朝鮮焼肉のカルビみたいなもんですな。

前半の3本はそれぞれに美味しかった。
今のところ、本家の「川二郎」より一段上である。
料理人の目利きやセンスが一枚上なのだろう。

後半の3本は短冊・くりから・八幡巻きだ。
短冊は蒲焼きの小片。
くりからは小ぶりのうなぎの尻尾に近い部分を
串にクネクネと巻きつけてある。
八幡巻きは正肉でゴボウを巻いたもの。
もいちょい内臓を食べたかったが満足度は高いものがあった。

=つづく=

2014年8月14日木曜日

第903話 串から串へと (その1)

20年来の友人、
と言っても音信不通のブランクが17年もあったが
出会ったときはハタチそこそこ、
今じゃ四十路を迎え、一児の母となって子育て中。
当ブログにも何回か登場したN美と数か月ぶりに会った。

その翌日からお盆休みで息子を引き連れ、帰省するという。
しかも2週間の長きに渡って―。
ふ~む、主婦とは実に気楽なものよのォ!
と言いつつも女性はたくましかった。
40代になりながら、それも育児のかたわら
コンパニオンのお仕事でけっこう稼いでいるんだと―。
いや、ご立派であります。

待ち合わせたのは杉並区・荻窪。
駅東口の改札に18時。
N美はいつものように先に来て待っていた。
これがエラいところでホメてやりたい。
若い娘サンたちにはぜひ見習ってほしいものだ。

訪れたのはうなぎ串焼きの専門店「川勢」。
実は数ヶ月前にも彼女と同行する予定だった。
ところが当日は大雪の予報、
互いに怖気づいて、デートはキャンセルの憂き目をみた。
その仕切り直しということである。

駅から歩いて2分足らず。
到着すると同時に店から初老の夫婦が出てきた。
われわれを見とめた旦那のほうが声を掛けてくる。
「ラッキーだネ、今、空いたとこ!」―
狭い店なのですんなり入店できないこともあるが
オジさん、べつに恩を売っているのではないらしい。

すると、カミさんがたしなめた。
「若い女性を見ると、すぐちょっかい出すんだからっ!」―
ハハ、いいでしょう、いいでしょう、
いくつになっても、世のオトコたちはそんなものサ。

確かに「川勢」は界隈の人気店。
いや、地元の常連のほか、
噂を聞きつけて遠出してくるファンも多い。
カウンター10席のみだから
オジさんの言う通り、ラッキーだったと言えなくもない。

入口近くの席に座った。
いや、マイッたな、焼き場の真ん前じゃないか。
とにかく暑いのなんのっ!
いや、暑いのを通り越して熱いんだわ。

=つづく=

2014年8月13日水曜日

第902話 そば屋の少ない飯田橋 (その2)

千代田区・飯田橋と新宿区・神楽坂。
JR飯田橋駅の神楽坂下寄り改札を出ると、
目の前には牛込橋。
橋を左に渡れば千代田区、右なら新宿区だ。
橋の下には外濠が緑水をたたえている。
濠ばたは都内有数の桜の名所でもある。

さて、飯田橋にはうどん店が多く、
神楽坂はそば店がとってかわる、その理由であった。
これは単に前者がオフィス街で
後者が遊興の地であることによる。
だからどうした! ってか?
それはですな、オフィス街は昼のランチ客が主体で
遊興街は夜の晩酌族がメインになるためだ。

近年、日本そば屋がそば居酒屋と称して
深い時間まで営業するようななったが
うどん居酒屋というのはめったに聞かない。
結果、そば圏とうどん圏がすみ分けされたのだ。
まっ、セレブの街・銀座とオヤジの街・新橋が隣接するのと同じ。

それはそれとして九段下から歩き、飯田橋に到達した。
界隈の地番は富士見である。
町名の由来はこの台地からはかつて富士山が見えたからだ。

今回、訪れたのはうどん屋の「悠讃(ゆうざん)」。
ネットのカキコミによる評価は非常に高い。
時刻はまだ11時半でピーク前、すんなり座れた。
通されたのは壁にまともに対峙するカウンターだ。

食事をとるとき、目の前に居てほしいのは
老若を問わずとも美女に如くはなく、なるべくなら壁は避けたい。
避けたいけれど、単身客に選択権などありゃしない。
接客のオネエさんの指示に従うほかはない。

注文の品は来店前から決めてあり、
手はず通りにぶっかけうどん(650円)をお願いする。
盛り付けに品がある
やや太打ちのうどんに乗った具材は
スダチ半個・削り節・わかめ・おろし生姜・大根おろし・きざみねぎ。

ランチタイム・サービスとして青菜ごはんが付いた。
それがコレ
視覚にうったえる、お食べ得なセットといえる。
期待に胸をはずませてまずはうそんを一箸。
モグモグ・・・ん? コシがあるのはけっこうながら
ちと固すぎるんではないかい?
アルデンテにすぎるんだよなァ。
青菜ごはんとともに完食はしたものの、
人気の理由が最後まで理解しかねたJ.C.でありました。

と、ここまで綴ってきたが
実を言うと、訪問したのは4ヶ月も前のこと。
なぜかその月ずえにはこのお店、閉店してしまった。
どこぞで再開の噂はあるものの、詳細は知らない。
遅ればせながら、アップした次第で悪しからず。

2014年8月12日火曜日

第901話 そば屋の少ない飯田橋 (その1)

その日の午前中は図書館で調べもの。
家を出る前にかぼすを搾って
アイスかぼすティーを飲んできただけだから
正午前には空っぽのストマックが不満を訴えはじめた。

当夜は食事会の予定が組まれていたため、
ガッツリした献立は避けたい。
となれば、第一感は麺類だ。
さいわいどんなに腹ペコでも
胃袋を軽くあやす術(すべ)には長けている。

長けているとエラそうにほざいているが
実際はビールの助けを借りている。
中瓶、いや、大瓶ならもっとよく、
1本のビールさえあれば、
空腹の絶頂にあっても1切れのサンドイッチ、
あるいは1枚のもりそばでまったく問題がない。

以前、九州在住の読者、Y池サンから
オカザワさんはそんなにしょっちゅうビールを飲んでて
よくアル中にならないですネ?
というメールをいただいたけれど、
ビールではアル中にはなりようがない。

歴史上、アル中を作るアルコールは
ロシア人ならウォッカ、フランス人ならアブサンと相場が決まっている。
ビールでは浴びるほど飲んでも
絶対にアル中にはならない、というよりなれない。

まっ、それはそれとして、その日の昼めしである。
とりあえず、図書館のある九段下からテクテク歩き始めた。
進んだ方向を明らかにすると、北北西。
A・ヒッチコックのサスペンス映画、
「北北西に進路をとれ」に倣ったことになる。

目指したのは飯田橋方面。
なぜなら飯田橋には真っ当なそば屋が少ないかわり、
うどんの佳店がかなりあるからだ。

不思議にも隣り町の神楽坂にはたくさんそば屋があるのに
飯田橋にはそば屋よりもうどん屋が目立つ。
逆にそば屋には事欠かない神楽坂で
うどん屋を見ることはほとんどない。
J.C.の知る限り、うどん専門店は皆無じゃなかろうか―。
うどんも供するそば屋は多々あるけれど・・・。

なぜだろう? なぜかしら?
じっくりと考えてみた。
すると、行き着いた答えは実に単純明快であった。

=つづく=

2014年8月11日月曜日

第900話 深川が葛飾にあった! (その3)

「深川酒場」に秘かに持ち込んだのは
危険ハーブならぬ本物のハーブ、
あいや、本物のわさび、いわゆる生わさびであった。
こいつがそばについていると、刺身の旨さが倍増する。
いや、三倍増いたしますな。

で、その夜のサカナたちのラインナップは
まぐろ赤身、〆さば、つぶ貝の三種。
白身の不在が寂しくはあった。
注文したのは赤身とつぶ貝。
それに大皿に盛られた煮物類の盛合わせだ。

”おふくろの味”的な、あるいは京の都にありがちな煮物は
さほど好まぬJ.C.だが
ツレのK音サンは大好物なのだと―。
事実、刺身より煮物を合いの手としてグラスを重ねている。
陣容は、高野豆腐、切干し大根、ぜんまい、きのこ類。
少しばかり化調が気になるけれど、許容範囲内に収まっている。

そこそこのレベルの赤身とつぶ貝はわさび効果で
もちろんレベルアップした。
うれしかったのはつぶ貝の肝の煮付け。
常連さんを差し置いてわれわれにサーヴしてくれた。

ここで生ビールを1杯ずづつ。
ジョッキのサイズは大と中の間くらいだ。
値段は大瓶と同じく550円。
お飲み得と言えよう。
「深川酒場」の名に恥じぬ、良心的な値付けだ。

ちなみに他の種類は
日本酒の小徳利が350円、大徳利と冷酒が650円。
酎ハイが300円で、緑茶ハイ、梅干ハイが350円。
下町の大衆酒場と同レベルだ。

料理ボードの焼きものには
いさき・新にしん・ぶりカマ・鮭・銀だらとあった。
われわれ意見の一致をみて、新にしんをお願い。
同時に冷酒を所望した。

焼き上がった夏のニシンはイワシやサンマとは異なる、
固有の旨みをたたえていた。
おのずと酒盃の上げ下げのピッチが早まる。

 ♪ あれからニシンは どこへ行ったやら
   オタモイ岬の ニシン御殿も
   今じゃさびれて オンボロロ
   オンボロボロロー
   かわらぬものは 古代文字
   わたしゃ涙で 娘ざかりの 夢を見る ♪
          (作詞:なかにし礼)

北原ミレイの「石狩挽歌」が
頭の中をグールグルの夜でした。

=おしまい=

「深川酒場」
 東京都葛飾区金町5-31-9
 03-3608-1515

2014年8月8日金曜日

第899話 深川が葛飾にあった! (その2)

藤圭子の「はしご酒」で

♪   金がなくても 金町は  
  させてあげます いい思い  ♪  
     (作詞:はぞのなな)

と、歌われた金町で見つけた「深川酒場」。
舞い戻ったのは初回の二日後のこと。
暑中涼あり!
夕風そよぐ宵の口であった。

同行をうながしたのは
江戸川の向こう岸、松戸市在住のK音サン。
J.C.も1980年前後に7年ほど棲んだ松戸の近況を訊いてみたい。
K音サンと一緒に飲んだのは
記憶が確かならば、二年半ほど前だろうか。
なかなかにイケる口で”はしご愛好派”である。
”たしなむ程度”と差し向かいではこちらもピッチが上がらず、
イマイチ、ノリが悪い。

隅田川近辺ならのみともに事欠かないけれど、
江戸川の両サイドまで遠征すると、
さすがに手駒は限られてくる。
とにかく相方がすぐに見つかってよかった。
めでたし。

早めに仕掛け、入店のは17時半。
まだガラガラと思いきや、すでにカウンターは近所の常連、
それも中高年の男女でいっぱいだ。
中にはあぶれて小上がりのヘタに腰掛け、
身体をカウンターに向けて
他の客との会話に割り込んでいるジイさんまでいた。

われわれはそのジイさんの脇をすり抜け、
小上がりの奥におさまったのだった。
人なつっこい御仁はこちらに
「よォ~!」ってな感じの笑顔を見せる。
当方も軽く会釈を返す。

瓶ビールを注ぎあって乾杯。
旧交を温める前に料理の注文を済ませておかねば―。
この店の献立はおおむね三本立て。
刺身と煮物がメインで
それを補うのが焼き魚だったり、焼き鳥だったり、
あとはチョコチョコっとした手料理だ。

実は今宵のため、秘かに持込んだ一品があった。

=つづく=

2014年8月7日木曜日

第898話 深川が葛飾にあった! (その1)

JR常磐線・金町。
駅から歩いて3分ほどで到着する焼きとんの佳店、
「ブウちゃん」については、つい先日綴った。
今話はその「ブウちゃん」を訪れる道すがら、
たまたま発見した酒場を紹介したい。

その名は「深川酒場」。
そう、葛飾・金町に深川があったのだ。
寂れた旧商店街をちょいと横に入ったところにもかかわらず、
意想外に間口の広い店。
掲げた暖簾に相応の風格が漂う。
地元の方には失礼ながら、金町にこんな酒場があったとは―。
いや、ビックリなのであった。

その夜はすでに更けて
たとえ入店できたにせよ、そう長居はできまい。
よって後日、出直すことにした。

でもって初訪問の夜である。
22時前後であったろうか?
暖簾がしまわれていないし、店内からは灯りがもれている。
初めて入る飲み屋は出たとこ勝負の楽しさがある。

屋号からして昔かたぎのオヤジさんが取り仕切る店と想像したが
あにはからんや、初老の女将と彼女を補佐する中年女性、
二人だけの切盛りであった。
そして二人が二人とも若かりし頃はそれなりの器量良しと、
うかがい知れる容貌の持ち主だ。
そこはかとない気品が匂い経つ。
(ちょっとホメすぎかな?)

大瓶のビールを頼むと、突き出しに出たのがタコ酢だ。
気が利いており、これだけで期待がふくらむ。
座ったカウンターの真ん前にショーケースがあって
まぐろ赤身、〆さば、そして白身が一サク。
ちょっと見、平目でも真鯛でもないからカンパチあたりだろうか。
品書きに縞アジがあったからこれに違いない。
しかし、驚いたなァ、縞アジを供する大衆酒場が葛飾煮あったとは―。

品書き札とメニューボードを吟味したうえで、その縞アジをお願いした。
すると、するとですヨ、想像を超えた傑物ふが登場したのだ。
ふ~ん、やるモンですねェ。
わさびこそニセなれど、良質な素材はうれしい誤算であった。

ケースには串打ちされた鳥ハツもあって好物につき、追加した。
「ブウちゃん」に焼きとんはあっても
焼き鳥はないから好都合、ちょうどよかった。
こりゃ、いい店に出会ったゾ。

浅い時間に再訪してもうちょっと長居をしてみたい。
その夜は早々にお勘定。
何と2千円でオツリがきたのだった。

=つづく=

2014年8月6日水曜日

第897話 馬よアナタはウマかった! (その4)

徳川の時代となってほどなく、
世紀でいえば、17世紀中頃から
世界最大の性都に君臨し続けている吉原。
その入場ゲート、吉原大門の真正面で生ビールを飲んでいる。

桜鍋が名物の「土手あつみや」に集結した仲間が
おのおの選んだ小肴を分け合ってビールの合いの手としている。
いか塩辛に対する不満は昨日書いたが、
この塩辛、他のメンバーにはそこそこウケたから
まずまずのデキだったのかもしれない。

ここで悪評を一手に集めたのが和雄サンのオーダーした一鉢だった。
正式名称を失念したが、納豆だのオクラだのメカブだの、
隣りのトトロ、もとい山芋のトロロだの、
とにかくネバネバした素材を好みで何種か選び、
盛合わせで注文するシステム。

何をチョイスしたのか覚えていないけれど、
とにかく箸でグチャグチャに混ぜて味わう一鉢は
みなで分けるに不都合だし、何だか汚らしい。
本来、下町の小粋な飲み屋のレパートリーには
そぐわない無粋な品目なのだ。

酒を生ビールから麦焼酎に切り替える。
ボトルのラベルには”吉原大門”とあった。
ほう、そうきましたか。
もっとも、こういうのは近頃ひんぱんに目にする。

いよいよ馬肉の登場だ。
最初に馬刺し。
深紅の肉色もヌメヌメとなかなかに食欲をそそる。
添えものは新玉ねぎのスライスだった。

おろし生姜でいただくのだが
ここでJ.C.すかさず、ニンニクをお願いした。
薬味としてのニンニクが不可欠の刺身は
一に鰹、二に馬であろう。

続いては味噌仕立ての桜鍋だ。
牛肉のすき焼きのようにシツッコくないところがよい。
玉子焼きに使用される上質の玉子にくぐらせ、
口元に運べば、その口元が瞬時にほころぶ。
う~ん、いいねェ、桜肉は!
馬よアナタはウマかった!

そうしてこうしてお勘定は一人アタマ5千円。
一同、満足して大門をあとにする。
向かった先は観音裏ののスナック「N」だ。
生まれてこのかた、音楽にトンと興味のなかった東海林御大も
いつしかカラオケになじむようになった。
さだお&T子の歌う”銀恋”が夜の浅草に流れたのでした。
いや、変われば変わる物語。

=おしまい=

「土手あつみや」
 東京都台東区日本堤1-8-4
 03-3872-2274

2014年8月5日火曜日

第896話 馬よアナタはウマかった! (その3)

さだお&和雄サンとは吉原大門の交差点で落ち合った。
いつものようにオトコは不動の三匹。
ジャイアンツ打線もかように固定して組めれば、
首位独走も見えてくるのだろうに―。

イケメン三人(?)の揃い踏みであるからにして
それ相応の相手役が必要不可欠となる。
面子選びは会場の決定とともにJ.C.の重要なミッション、
選り抜きの元三人娘にお越し願った。

”元”を冠するとはいえ、
元祖三人娘のひばり・チエミ・いづみより、はるかに若く、
二代目のミエ・ゆかり・まりより、なおも若々しい。
メンバーはT子・R子・A子の御三家ならぬ”御三子”である。
いづれも容姿端麗、いや、容姿淡麗、
いやいや、容姿淡白といったところか・・・。
とまれ「男女六人夏物語」の始まり、はじまり。

膝を故障中の東海林御大のために
座敷は避けて椅子席に陣を取る。
各自、生ビールの中ジョッキを掲げてガチンと合わせた。

プファーッ! たまりませぬな。
チンチン電車の終着駅・三ノ輪から
炎天下をテクテク歩いて来たものだからなおさらだ。
しかも浅草界隈はアサヒビールのお膝元。
銘柄もスーパードライときたひにゃ、
そのノド越したるや、何モノにも替えがたい。
六人の先頭を切って一気に飲み干して
「お替わりっ!」

突き出しは鳥皮の南蛮漬け。
まあ、取るに足らない小鉢だけれど、
味自体はけっして悪くはない。

十二の瞳が品書きを記した壁の短冊を見つめている。
馬刺しと桜鍋は必食の二品目につき、それらは置いといて
一人一品、好みのつまみを注文することにする

ビールのアテには揚げ物がピッタリ。
すかさず川海老と白魚の唐揚げの声が挙がった。
名代の玉子焼きが連呼されたが
「あつみや」のそれは一人前を六人でシェアするにじゅうぶん。
J.C.の所望は「浅草を食べる」でも推した、いか塩辛だ。

ところが、なぜかこの夜の塩辛は
鮮度が劣ったのか、下処理を損なったのか、
判然としないものの、ちと生臭かった。
玉子焼きの美味さが際立っただけに
塩辛の不作が残念ではあった。

=つづく=

2014年8月4日月曜日

第895話 馬よアナタはウマかった! (その2)

吉原大門前の馬肉専門店のいま1軒、
「土手のあつみや」の紹介である。

「土手あつみや」                                        
 =厳選された 玉子と玉ねぎ =              
 「中江」、「土手の伊勢屋」の威容ほどではないが
 やはり往時を偲ばせる「加藤風呂店」と
 そば屋の「大むら」に挟まれるように建つ。
 割烹・料亭を自認しており、
 客数のまとまる宴会・法事等をターゲットにしているようだ。
 しかし実情は見た目も料理もグッと庶民的。
 店には申し訳ないが居酒屋の様相を呈して
 刺身や鍋ものも揃うし、穴子天ぷら(500円)、柳川(850円)の人気も高い。
 店の宣伝文句にゃ
 「玉子焼きが大好評でわざわざ遠くから食べに来る人もいます」
 とのこと。
 それはそれとして馬肉を注文する客が多く、それが一番だから
 ここでは準馬肉専門店として扱わさせていただく。
 まず馬刺し(1000円)。
 「中江」では生姜と千切りキャベツが添えられた。
 ここでは生姜と新玉ねぎのスライスにあさつき。
 値段はずっと安いし、味に遜色はない。
 こいつはいいやと、思わず頬もゆるむ。
 定石通りにお次は桜鍋(1700円)だが馬刺し同じ肉に
 白滝・焼き豆腐・春菊・玉ねぎのザクも込みと、これまた割安。
 割下に溶かし込む味噌玉は
 いっぺんにやると味が濃くなるのでゆっくり溶かすが得策。
 玉子焼きを自慢するだけあって、おいしい生玉子であった。
 
と、吉原大門に現存する桜肉屋はこの2軒だけだ。

そう、そう、ちなみに吉原大門は”よしわらおおもん”と訓ずる。
徳川家の菩提寺として名高い増上寺の芝大門は”しばだいもん”。
なぜ、読みを変えるのかというと、
聖俗をごちゃ混ぜにはできないからだ。

まっ、J.C.に言わせれば、
芝は仏さま、吉原は”観音さま”で似たようなもんだけどネ。
エッ?  意味が判らん! ってか?
いや、マイッタなァ。
シモネタは好きじゃないんで
サラッとスルーしてほしかったんですがネ。
ほら、よく言うじゃないですか、観音開きって―。

ハナシを元に戻して馬肉屋である。
今回、訪れたのは、より大衆的な「あつみや」のほう。
実に久しぶりに
東海林さだおサンを囲む食事会だった。
もちろん、御大の相棒にして片腕、中野和雄サンも一緒である。

=つづく=

2014年8月1日金曜日

第894話 馬よアナタはウマかった! (その1)

久方ぶりに吉原へ行こうと心に決めた。
大江戸の昔から天下に名を馳せた性の都である。

往時、江戸三千両なる言い回しがあった。
世界一の人口を誇ったメガロポリスは
日に千両の金がオチる場所が3箇所もあった。
日本橋の魚河岸、浅草の芝居小屋(猿若三座)、
そして新吉原の遊郭である。
朝の河岸、昼の芝居、夜のフーゾクと上手く分かれたものだ。

いつの間にかアタマの”新”が外れてしまったが
開楼の頃は新吉原が正しい名称。
もともと徳川幕府が遊郭開設の許可を与えた場所は
日本橋にほど近い葭原だった。
現在の人形町にあたり、
一昔前まで界隈に葭町(よしちょう)の名が残っていた。
それが振袖火事として知られる明暦の大火(1657年)を機に
葭原(元吉原)から日本堤(新吉原)へ移転を遂げたわけだ。

さて此度、吉原を訪れようと思ったのは
遊郭が目当てではない。
もっとも遊郭なんて、とうの昔に消え去っており、
現在、この地は日本最大(?)のソープランド街に変身している。
ソープには縁のない身ゆえ、定かではないが
おそらく日本最大なのであろう。

それじゃ、何を求めて吉原くんだりまで行ったんだ! ってか?
実はですな、性をつけるた、もとい、精をつけるために
馬肉を食いに行ったんでさァ。

かつて吉原大門のあった場所の真ん前に
今も2軒の馬肉屋が営業を続けている。
「中江」と「土手あつみや」である。
11年前に上梓した自著、
「J.C.オカザワの浅草を食べる」から引用してみたい。

「中江」
= レースより 馬はロースが 人のため =
 明治三十八年創業。
 震災で倒れはしたが再建され、幸運にも戦災は免れた。
 威風堂々の大正建築が「土手の伊勢屋」と肩を並べて、
 土手通りの向こうの吉原を見据えている。
 東京の現役の料理屋でこれだけクラシカルに立派なのは
 ちょいとほかに思いつかない。
 一階は入込みの板の間、二階は座敷、二階へ上がる階段の急なこと、
 曲垣平九郎が馬で駆け上がった愛宕山男坂の石段を想起させる。
 酔っ払いが滑落しなければいいのだが。
   ロースの肉刺し(2000円)は色鮮やかにして味もすばらしい。
 しばし舌と戯れてスッと奥へ消えてゆく。
 薬味は生姜だけだが、これほどの逸品になると
 にんにくをお願いする気になれない。
 桜鍋はロース(1700円)と霜降り(3600円)の両方を食べ比べてみる。
 さすがに軍配は霜降りながら、値段にして倍以上の違いはない。
 ここはロースでおんのじだ。
 ごはんのおいしさは特筆モノ。
 この店でごはんをドンブリによそってもらい、隣りの「伊勢屋」に駆け込んで
 天丼を作ってほしいくらいのものなのだ。

「あつみや」は次話で。

=つづく=

「中江」
 東京都台東区日本堤1-9-2
 03-3872-5398