2014年12月31日水曜日

第1002話 北の横丁をさすらう (その10)

2014年も今日でお別れのどん詰まり。
おとといだったか、TVを観てると桂歌丸師匠がボヤいていた。
入退院を繰り返した今年は人生最低の年であったと―。

ここでわれ想う、ゆえにわれもまたボヤく。
2014年は実に最低の年だった。
まっ、それもあと15時間あまりで往く年来る年、
グッバイ・ホース! ハロー・ラム! である。
来年は余計なことは言わず、
厳に口を慎み、極力トラブルを避けるように努めたい。
口は災いの元、沈黙は金というからネ。
何たって、”羊たちの沈黙”って映画があったし・・・。

とは思ったが、言うべきことを言わなきゃ自分を棄てたも同然。
結局は薬局、通年どおり、
いや、それにも増して舌鋒に磨きをかけようと考え直した。
三つ子の魂、百までである。

今話もまだ杜の都のつづき。
いったん始めちゃうとなかなか終わらせないのが悪いクセだ。

一訪で気に入ってしまった文化横丁の「八仙」でくつろいでいる。
ビールの突き出しは一昨夜と同じ菜花のおひたし。
基本は春のモノが初冬のみちのくに登場するのだから
わが列島の季節感も年々怪しくなっているのが判る。
まっ、不味くなけりゃいいんだし、
出来合いのおざなりな小鉢を出されるよりはずっとマシ、
豊富なビタミンと植物繊維の効果も期待できるとあって
ありがたくビールの友とした。

選んだ一品料理はニラモツ炒め。
カウンター内で一心不乱に餃子を包む店主夫妻に
「ニラモツ炒めってどんなんでしょう?」―こう、ハナシを向けると、
「ニラレバ炒めみたいなもんです」―即答された。
つややかなニラにモツがパラパラと
東京の下町では純レバなる一品を見掛けること珍しくないが
こちらは純レバならぬ純ニラに近い。
レバのほかにハツや砂肝も散見される。
モツ類はみな酢豚のように下揚げが施されていた。
柔らかなニラの風味が活きており、グッド!

ついでに一昨夜、永ちゃんコンサート帰りの旦那がすすっていたラーメンを所望した。
変哲のない中華そば風
ドンブリを縁取る雷門模様が食欲を刺激する。

ところが好事魔多しのころわざ通りにコレで外した。
麺もスープも標準を超えているのにシナチクがいかんせん甘すぎ。
せっかくのラーメンをぶち壊してしまった。
しかしながらシナチクの邪魔さえなければ、
仙台指折りのラーメンと推奨しておきたい。

それではみなさん、よいお年をお迎えください。
仙台も年またぎになっちゃいやす!

=つづく=

2014年12月30日火曜日

第1001話 北の横丁をさすらう (その9)

白身の昆布〆の旨い鮨屋であった。
好みにピタリと合う店はどちらも台東区・浅草にある。
馬道の「弁天山美家古寿司」と観音裏の「栄寿司」がソレ。
この2軒を都の双璧としたい。

さて、仙台、センダイ。
そうだ、壱弐参(いろは)横丁のスナップを載せ忘れていた。
”ふれあい商店街”の灯りが点る
生ビールを瓶ビールに切り替え、真子鰈の昆布〆をじっくりと味わう。
ここに生わさびがあったらどれだけシアワセだろうと思いつつも
ぜいたくは言えない、一人前が500円ポッキリのワンコインだもの。

切盛りは老夫婦二人だけ。
一見、亭主関白に見えるがトンデモなかった。
おとなしそうな女将は客のご馳走で生ビールは飲むわ、
煙草を一服つけるわ、まことに自由闊達、いや、マイッタな。

珍しい岩魚の骨酒はサカナのサイズ次第で2合が1500円より。
骨酒は小上がりのグループに人気。
連中、ずいぶんお替わりしていたな。
使用されるのは地元の鳳陽なる酒だ。

客は常連ばかりでフリの飛び込みはJ.C.のみだが居心地は悪くない。
ふらりと訪れる旅人に迷うことなく推奨できる。
会計は2200円だったから、逆算すると突き出し2品は700円程度か。
いや、実に佳い店を見つけたものだ。

いまだ北国の夜は宵の口、はて、どこに回ろう。
まさしくこの瞬間が楽しく、ウキウキと心も弾むのだ。
男に生まれてよかった、酒呑みに育ってよかった。
縁薄い知人に酒を一滴も飲めないくせに
ミシュランの三ツ星を食べ漁る目出度い御仁がいるが
不シアワセなことだヨ、ジッサイ。
もっとも本人は己の不幸にこれっぽっちも気づいちゃいないがネ。

 酒も煙草も女もやらず 百まで生きた馬鹿がいた

江戸の粋人、みごとなり!

2軒目は近場で間に合わせた。
すぐ隣りの文化横丁に吸い寄せられてしまったのだ。
一昨夜、来たばかりなのに再訪する。
くぐった暖簾はまたもや餃子元祖の「八仙」。
そう、確か2、3話前に打ち明けました。
この店にはまた来ることになろうって―。

前回と同じカウンターに着くひまもあらばこそ、
「あら、オニイさん、おとついもいらしたでしょ?」―
ちゃあんと覚えていてくれたんだ。
しかもオニイさんときたもんだ。
こちらはホロ酔いも手伝ってご機嫌もいいところ。
あとで判ったことだが店のオバちゃんたちは
かなりの年配者までオニイさんって呼んでたとサ。
やれやれ。

=つづく=

「居酒屋 金八」
 宮城県仙台市一番町2-3-30
 022-266-5626

2014年12月29日月曜日

第1000話 北の横丁をさすらう (その8)

読者のみなさん、お久しぶりです。
恥ずかしながらオカザワ上等兵、故国に帰ってまいりました。

PCの破綻をはじめ、
いろいろな椿事が重なっての休載でしたが
先週の金曜日にPCが手元に戻り、
順次、アーティクルの穴埋めをしました。
お時間に余裕のある方は、
12月16日(火)にさかのぼって
ご一読くださいますよう、お願い申し上げます。

”生きる歓び”はちょうど今回が記念すべき第1000話。
これもまた天の配剤でございましょう。
それでは決意もあらたに筆を進めてまいります。

仙台は一番町、壱弐参横丁の「金八」。
店主と常連客が釣り上げたサカナを供する居酒屋である。
生ビールとともに出された突き出しにややゲンナリ気味のJ.C.、
まず、切り昆布の小鉢に共存する豆もやしを得意としない。
ほうれん草にしてもおひたし・バター炒めは好むが
白和え・胡麻よごしはあまり好きではない。

店先のメニューボードと同じものが店内に掲げてあり、
それを吟味しながら切り昆布をつまんだ。
おやっ? あっさりとした味付けがけっこうではないか。
豆もやしと油揚げとのアンサンブルも舌に心地よい。
竹輪・白滝・にんじんが散見され、油っ気を感じる。
これは炒め煮、あるいは炒り煮と呼ぶのが正しいようだ。

隣りの白和えに箸先を移した。
ややっ! こちらも負けず劣らずであるゾ。
ほうれん草がヤング・スピナーチとでも
表現したくなるほどの若い香りを含有して佳味。
隠し味の塩っ気は明太子だ。

こうなりゃ、あとは自慢のサカナだから
客は大船に乗り込んだつもりで余裕を保てる。
「平目と鰈の昆布〆はどっちがオススメですか?」―女将に訊ねた。
「そうですねェ・・・」―女将は店主の顔をうかがい見る。
店主が応える前に
「鰈は真子かしら?」―重ねて訊ねると、
「そうです、真子鰈ですヨ」―店主のニッコリ笑顔が返ってきた。

薄くスライスされた真子の昆布〆が目の前に。
左上にエンガワもちょびっと
東京でも昨今は白身の昆布〆を置く鮨屋が減った。
酒の合いの手によし、酢飯との相性もよし、
再び脚光を浴びてしかるべき先人の知恵、復活を切に願う。

昆布〆の旨い店、さしずめ、東京の鮨屋だったら・・・
と、ここまで綴って以下は次話。
今後ともご愛読よろしくお願いいたします。

=つづく=

2014年12月26日金曜日

第999話 北の横丁をさすらう (その7)

夜の仙台。
一昨夜は文化横丁の餃子屋「八仙」で飲んだ。
ビールのほかに老中(ママ)も2合ほどネ。
とてもいい酒だった。
いや、老酒自体ではなく、場の雰囲気と自分の気分がだ。

仙台二大横丁の文化横丁は訪れたから
次はもう片方の雄、壱弐参(いろは)横丁にゆくべし。
十数年前、この横丁の居酒屋で一夜飲んだ記憶がある。
古いダイアリーを調べれば、どこで何を飲食したのか
詳細が判明するはずだが近頃は何をするのも面倒にして億劫、
気が向くまでうっちゃっておくことにする。

午後は歩いた、歩いた、あっちゃこっちゃと―。
ときには陽射しの中を、またときには寒風に吹かれながら―。
でも、ちょっと繁華街を外れるだけで
うらさびしい景色が目に映るため、足はすぐにUターン、
市の中心に2軒あるデパートの地下にもぐりこもうとするのだった。
何もパルチザンや反政府組織だけが地下にもぐるわけじゃない。

 ♪ 宵闇せまれば 悩みは果てなし
   みだるる心に うつるは誰が影
   君恋し 唇あせねど
   涙はあふれて 今宵も更け行く ♪
        (作詞:時雨音羽)

昭和36年、フランク永井が戦前の佳曲をカバーして
レコード大賞を獲得した「君恋し」。
オリジナルは二村定一が歌い、昭和4年にリリースされている。

とにもかくにも北国の宵闇がせまり、夜の帳(とばり)は降りた。
壱弐参横丁を2周半して吟味に吟味を重ね、
意を決して飛び込んだのが「金八」なる居酒屋である。
決断を促したのは店先の品書きだった。
ソレがコレ
シンプルきわまりない。
余計な料理の羅列が一切ないでしょう?
生モノと焼きモノ以外は真子がれいの煮付けが一品あるのみ。
仕入れたサカナに自信がなければ、とてもこうはいかない。
しかも平目と鰈(かれい)に赤字で”つり”を謳ってござる。
つり”はもちろん”釣り”のこと。

店内はやけに狭かった。
カウンターが5席ほど、あとは小上がりに1卓しかない。
5席のうちの左はしに腰を下ろして生ビールの中ジョッキを所望する。
生を搾った女将がすかさず並べたオッツケの突き出しを
一瞥(いちべつ)したJ.C.の顔に落胆の色が浮かび上がる。
正直言って少々ガッカリ。
とまれ、ご覧あられたし。
切り昆布と白和え
まっ、平目か鰈が食えりゃあ、それでいいわい。

=つづく=

2014年12月25日木曜日

第998話 北の横丁をさすらう (その6)

みちのく・仙台でこの日は1日フリー。
二日酔いもはなく、それでもゆっくり休んで昼めしに出た。
前日に会ったFサンご推奨の店を目指す。
精肉店直営の牛肉料理屋は
仙台牛を良心的な価格で提供しているとのこと。
お昼のすきやき膳が千円だというのだ。
もっともこの値じゃ銘柄牛というわけにはいかんだろうがネ。

めったに昼からすき焼きを食べる機会はないが
手頃な値付けからして牛肉がどっさり出てくるハズもなく、
軽い気持ちで暖簾をくぐった。
1本のビールの肴とすればよい。

ほう、やはり「すき焼・割烹かとう」は人気なのだネ。
どうにか席を確保したものの、
入れ替わり立ち代わり、ひっきりなしに人が出入りする。
着席した8人掛けのテーブルはハナから単身客の相席用らしい。

仙台名物・牛タン焼きセット 1500円
冷やしゃぶセット 1800円
人気の逸品 牛ステーキ重 2500円

う~ん、それなりの値段が付いてるねェ。
価格は外税につき、プラス8%になる。
さすがに仙台牛のステーキは7~8000円出さなきゃ口に入らない。
すきやき膳にしたって(並)と(上)があり、1000円と1500円だ。
お願いしたのは(並)、それにビール(600円)。
計1600円の支払いだから(上)の客より費消金額は上、
これで肩身の狭い思いをする必要はなくなった、エヘン!

あまり時間を掛けずにすきやき膳が到着。
そこそこの量がある
肉にきれいなサシが入っているのじゃないけれど、
一応、霜降り風ではある。

さて、すき焼きなんだから
肉を生玉子にくぐらせていただきましょうと鍋の周辺を見やると、
ありゃりゃ、目についたのはコレだった。
何とうずらの生玉子がチョコンと鎮座
フフッ、思わず笑みがもれてしまう。
急遽、生玉子(ニワトリの)をお願いの巻だ。
ちなみに写真は白飯・味噌椀(油揚げ・わかめ・三つ葉)・
実山椒入り昆布佃煮・高菜漬である。

牛肉も野菜類も美味しかったし、昆布山椒もけっこうだった。
ただ、気になったのはごはん。
量は若者の胃袋を満たせるほどながら炊きムラを感じた。
銘柄はひとめぼれだろうが、この点だけは改善を求めたい。

店を出たのは13時過ぎ。
この時点で (今晩、どこで飲もうかな?) そう考え始めていた自分。

=つづく=

「すき焼・割烹かとう」
 宮城県仙台市青葉区上杉1-14-20 
  022-225-4129

2014年12月24日水曜日

第997話 北の横丁をさすらう (その5)

一夜明けて気分は爽快。
前夜の酒が軽かったせいだろう。
基本的に朝食は取らないので午前の散歩に出る。

広瀬川のせせらぎが寒々しい。
水というものは冬に眺めるもんじゃないネ。
春になって水がぬるんでから岸辺にやって来ればいいんだ。
やはりこのシーズン、歩き回るのは町中がいい。

Yクンとのランチに待ち合わせたのは広東料理の「美香園」。
なんでも料理長はホテル内の飯店の出身で
上品な料理に定評があるとのことだった。

ランチメニューは日替わり(1種)が750円。
麺・飯類が11種類、定食が5種類あってともに850円。
とりあえず生ビールで再会を祝して乾杯。

興味を刺激されたのは”当店の人気メニュー”、ご披露しましょう。

■麺・飯類 各890円
 五目焼きそば 五目チャーハン 白胡麻担々麺
 海老野菜ラーメン 黒酢スーラータン麺

■料理 各780円
 黒酢のスブタ 鶏肉の辛子炒め 北京ダック」(2枚)
 国産牛バラ肉柔らか煮 熱々土鍋マーボー豆腐

結局、数ある料理の中から選んだものはすべて
この”当店の人気メニュー”からだった。
注文品はかくのごとし。
北京ダック、黒酢のスブタ、海老野菜ラーメン、五目チャーハン。

ホテル出身だけあって味付けや油の使用量はみなおだやか。
おだやかな中に隠された滋味がやんわり控えめににじむタイプだ。
都内にこういう中国料理店は少なくなったなァ。
中国人料理人の手になる安くて早くて小皿出しの店が
圧倒的多数を占めているものねェ。

この日の夕食はYクンともども共通ののみともであるFサン宅に招かれていた。
寒い季節となり、あちこちから食材が届いたってんで
当夜はイタリアンとおでん鍋の二本立てだという。

一旦、Yクンとは別れて18時過ぎにタクシーで向かう。
おう、おう、どちらにも合うように
酒も青森の地酒とトスカーナのキャンティが並んでいるじゃないか。
むろん相手にとって不足のあるはずがない。

なんかゴチャ混ぜの酒と料理ではあったが、
アレはアレでなかなか美味しかった。
何よりも友がいて酒があり、会話が弾めば、
もうそれだけで饗宴は大きな花を咲かせたことになるのだろう。

=つづく=

「美香園」
 宮城県仙台市国分町3-6-16
 022-262-0731

2014年12月23日火曜日

第996話 北の横丁をさすらう (その4)

文横は餃子の老舗「八仙」に独り。
隣りでは左右それぞれに単身の男女が酢(ママ)辣湯麺をすすっている。
熱々のあんかけが表面をおおっているので
食べ手はレンゲと割り箸を駆使して苦闘しているようにも見える。

1軒目の「くろ田」ではこれでもか!というくらい豚のハラミ肉を食べてきた。
それが今になってボディブローのように効いてくる。
「八仙」の餃子はかなりのレベルに達しているのに
パクパクというわけにはとてもまいらないのだ。

中瓶はすぐカラになり、もう1本追加。
腹はくちくともビールにはベツの行き先があるのかネ、
まるで春の小川のようにサラサラと流れてゆく・・・不思議だ。

食べものはもう入らない。
冷めかけた餃子がまだ3カンも残っている。
このあと予定があるじゃなし、腰を落ち着けることにした。
料理の追加が無理ならば、そこは酒でカバーすればよい。

アルコール類はほかに
清酒・生酒・焼酎・老中・中国酒・ウイスキーがあった。
中国酒は白乾(パイカル)あたりの蒸留酒だと思われる。
老中は徳川幕府の”ろうじゅう”ではなく、
もち米から作る老酒(ラオチュウ)のことだろう。
酢辣湯麺の”酢”の字といい、
店主は故意なのか無学なのか、こちらが判断しかねる当て字が目立つ。

その老中はこうあった。
 老中(大)2合 1230円  老中(小)1合 820円
1合じゃすぐ飲み切っちゃうし、
第一、(大)のほうがずっと割安だ。
かくして老中の手酌酒が始まった。

独りでいても孤独を感じさせない明るさが店内にみなぎっている。
嬉しかったのはカウンター内にいるオバちゃんの接客ぶりだ。
着かず離れずの呼吸がまことに好もしい。
言葉のはしばしに気持ちの温かさがにじみ出ている。
東北人なんだねェ。

酢辣湯麺のOLが帰ったあと、
左隣りに中年、いや、実年というのかな? とにかく夫婦が入店してきた。
店の常連らしくスタッフとの会話も活発である。
どうやら、矢沢永吉のコンサート帰りらしい。
旦那のほうが大ファンでカミさんは嫌々つき合った様子だ。
実はJ.C.もキャロルや矢沢の良さが判らない一人。
彼らの全盛時代に日本を留守にしていたせいかもしれない。

焼餃子をつまみながらカミさんがボヤいた。
「ああいうの観てると、くたびれに行ってるみたいで・・・」―
そうでしょう、そうでしょう、その気持ち、よお~く判ります。
苦痛どころか拷問に近いもんネ。

旦那がたぐる旨そうなラーメンを目の端にとらえてのお勘定は3千円。
おそらく今回の滞在中にもう一度来ることになろう。
何せまだ餃子しか食べてないんだから―。

=つづく=

「八仙」
 宮城県仙台市青葉区一番町2-4-13
 022-262-5291

2014年12月22日月曜日

第995話 北の横丁をさすらう (その3)

胸に不満を抱えて向かったのは文化横丁、通称・文横だ。
おっと、まだ仙台の第一夜、2軒目探しである。
旅程は3泊4日のつもり。
この街は何度も訪れているのに、この横丁で飲むのは初めてだ。
横丁からおもての商店街を臨む
慎重に慎重に店選びに入る。
琴線にふれたのはこの店だった。
餃子元祖の「八仙」
いきなり入店したのではない。
横丁を行ったり来たりしたすえに白羽の矢を立てた。

ガラス戸を引くと1本のカウンターが左右に一直線。
オバちゃんのリードに従い、左側に席をとる。
あ~、昔の中華屋の匂いがプンプン、なんだか落ち着くねェ。
こんな空間に身を置けることのシアワセよ。

真後ろのビールケースを振り返る。
ややっ、アサヒドライ・キリンラガー・サッポロ黒ラベル・
サントリープレミアムモルツ、すべてが肩を並べている。
ご立派、原っぱ、ヨーロッパ、飲食店たるものかくあるべし。
ビールなんてものはおのおの好きな銘柄を飲めばそれで済むこと。
やれ、アサヒは水っぽい、これ、キリンは苦すぎる、
そんな論争は不毛の極み、論ずること自体がバカげている。

いつもの銘柄をお願いすると、
突き出しはたっぷりの菜花ひたし。
肉はさんざ食ってきたから、野菜の補給がありがたい。

J.C.の右隣りは30代のリーマン、左は20代のOLだろう。
驚いたことに二人ともそれぞれにビールも飲まず、
あんかけの汁そばをすすっている。
メニューを確かめて判明したが酢辣湯麺(サンラータンメン)だった。
通常、サンラーのサンには”酸”の字が使われる。
ここでは”酢”であった。
これは元祖の餃子に匹敵する店の名物とみましたネ。

例によって菜譜のご紹介。

 焼餃子 580円  水餃子 740円  蒸餃子 1160円(2人前)
 クラゲの甘酢だれ 850円  むし鳥 750円  ニラモツ炒め 720円
 酢豚 1030円  八宝菜 1250円  麻婆豆腐 850円
 五目(海鮮)ヤキソバ 1050円  カニチャーハン 1050円
 梅しそチャーハン 750円  ラーメン 550円  広東メン 850円
 上海メン(しょうゆ味炒めのソバ) 680円  ビーフン 1000円

さすがに餃子の専門店、焼・水・蒸と三拍子の揃い踏みである。
オーソドックスな焼餃子を所望した。
8カン付けの大判振る舞い
カタチ細長く、やや大きめのが皿に所狭しである。

=つづく=

2014年12月19日金曜日

第994話 北の横丁をさすらう (その2)

仙台にいる。
「くろ田」という焼き鳥屋である。
頼んだのはサッポロ黒ラベルとオッツケのセット。
2杯目のビールを飲み干した頃、煮込みが目の前に。
豚もつのガツとシロに豆腐、その上に定番のきざみねぎだ。

これがほとんどコリアン風。
味付けはチゲ鍋と塩煮込みの中間といった趣きだった。
好みとはかけ離れてあまり嬉しくない。

やきとり5本というのは豚ハラミのあぶり焼きに替えることも可。
ここでちょいと迷った。
左隣りのリーマン二人連れはやきとりとハラミを一つづつオーダーし、
分け合ってつまんでいた。
右隣りのカップルの頼み方も同様だ。

こちらは何せ独り身だからねェ。
この二者択一は重要な岐路に立たされているも同然、
悩むのも仕方がなかろうヨ。
結局、見た目がより美味しそうなハラミにしてみた。

ところがこのチョイスは大失敗。
とにかく肉がいかんせん硬い。
量もたっぷり過ぎるほどあるから
途中でアゴが疲労骨折するくらいのものだ。
甘みが一切ない醤油ダレのほかに
おろした大根とニンニクが添えられていたが
噛んでる間にタレはノドを滑って、あとに残るのは肉の味だけになる。
いや、マイッたぞなもし。

隣りのやきとりを盗み見ると、
内容は鳥砂肝、豚ハツ、タン、レバ、ナンコツのようでいずれも大串。
やっとのことでハラミを八分目までやっつけ、
ためしにやきとりのレバを1本所望した。
かなりの大きさのレバーの間には長ねぎがはさまっている。
いわゆるレバのねぎまだけど、火の通し過ぎのためパッサパサ。
しかも血抜き不十分で手に、もとい、口に負えない。
こういうものは何と言っても東京の下町に如くはなし。

ビールから酎ハイに切り替える。
東京の酎ハイはレモンか梅風味が多いが
この店はそのどちらにも非ず、奇妙な味がした。

残ったハラミに再挑戦。
タレの表面に豚脂が白い粒を作り始めている。
何となく残すのは気が引け、冷め切った肉片をつまむ。
すると意に反してずいぶんと柔らかい。
大根おろしが肉の硬さを分解したのだろうか?
いや、まことに不可思議なり。
会計が2410円だったからセットは1200円くらいのハズ。
でも、オススメはしませんネ。

=つづく=

「くろ田」
 宮城県仙台市青葉区国分町2-11-23
 022-261-2637

2014年12月18日木曜日

第993回 北の横丁をさすらう (その1)

みちのく仙台へひとり旅。
のみとも・めしとも計3人と個別に旧交を温めるための遠征だ。
とまれ、夕暮れの仙台駅に到着した。
当夜はたまたま独り、まったくのフリーであった。

バタバタと家を出てきたので
行く店を絞ってきたわけじゃない。
足の向くまま気の向くままに夜の街をさまよう腹積もり。
これがまたとてつもなく楽しい。
店の構えを見ただけである程度は
その内実まで推し量ることができる。
長い人生、それなりの修業と経験を培ってきた。

駅周辺に心惹かれる店は少ない。
最終的には仙台の二大横丁、
壱弐参(いろは)横丁と文化横丁あたりにシケ込むことになろう。

とりあえず、駅からつながるアーケードをテクテクと
仙台一の繁華街・国分町を目指す。
青年は荒野をめざすが、老年は酒池をめざすのだ。

振り返れば十数年前、当時のGFと杜の都を訪ねた際、
ストリップ劇場に入ったことがあった。
勇猛果敢な女であったネ。
普通は女の身でストリップなんぞビビッてしかるべき。
ところがぜひ観てみたいという要望をかなえての入場だった。
案の定、劇場内に女性客は皆無。
われわれの席そばの客どもは
ステージの肉体とツレの面貌を半々にうかがっていたしましたとサ。
まったくイヤになっちまった。

その劇場は今も健在。
都内や近郊のストリップ劇場が壊滅状態のご時世に
これはきわめて稀有なことだろう。
いや、ご同慶のいたりというほかはない。
われ思うに、キャバクラなんかよりよっぽど文化的だがネ。

劇場近くの角地に「くろ田」なる店を認めた。
庶民的な焼き鳥屋といった風情である。
ちょいとばかりひなびており、いかにもJ.C.好み。
国分町にはほかにかような店はないからダメ元で敷居をまたぐ。
いや、この佇まいならば、
ハズしても大怪我にはつがらない自覚はもちろんあっての決断だ。

カウンター数席のみの店内はほぼ満席。
勝手が判らないから壁の貼り紙を注視する。
”セットなってます。やきとり五本、煮込み、飲み物一ツ、一人様”
肝心の値段が未記載につき、
見当もつかないけれど、雰囲気からして怖るるに足らんだろう。
とにかくこのセットを頼まずば、先には進めぬシステムのようだ。

=つづく=

2014年12月17日水曜日

第992話 名代なるかな寿そば (その2)

亀有の「寿々喜」、前話でご覧にいれたように一品料理、
いわゆるつまみ類の品揃えはけっして多くはない。
町場のそば屋の分をわきまえ、生モノも一切ない。
アンテナを刺激されたのはアサリ天ともつ煮込みであった。

J.C.はもつが大好き。
前述の池之端「新ふじ」の煮込みなど都内屈指だ。
大衆酒場・居酒屋の本格的煮込みを含めて
東京のベストテンにランクされる傑物である。
やはり煮込みにゃ惹かれるなァ。

ところが選んだのはアサリ天のほうだった。
狙いは名代の寿そばだから
そば前にもつ煮込みは少々クドい。
その点、アサリ天ならサクッといける。
お願いすると、ポッチャリ女将がすかさず叫んだ。
「おすすめでェ~す!」―
ほう、そうかい、そうかい、お前さん、なかなかの愛嬌者だネ。

待つこと10分、揚げ立てが運ばれた。
一つづつバラで揚げられピーマンも1片
さっそく一つつまんで数えてみたら総勢15粒。
じゅうぶんな量といえよう。

ふむ、噛みしめるほどに貝類特有の滋味が口中を支配する。
添えられた粗塩の助けを借りなくともビールにピッタンコ。
ピッタンコだが欲しくなるのは日本酒の上燗だ。
いや、どうせこれからどこかに回ることになろう、
よってここは我慢、ガマンの三度笠。

選択肢に限りのあるなか、よいものを選んだという実感が湧いてくる。
このあと注文する手はずの寿そばにも二つ三つ浮かべてみようか。
と、思いつつもバカですねェ、気がついたらみんな食っちまっていた。
我ながら浅はかなり。

いよいよ目当ての寿そばだ。
半ライスを従えての登場
ドンブリ鉢を彩る面々はまず揚げ玉と油揚げ。
この時点でたぬきときつねの合体版、むじなそばの条件を満たす。
続いてかまぼこ・わかめ・南蛮ねぎ・玉子、そして餅である。
生湯葉のようなのが玉子、いわゆるポーチドエッグですな、これは。
あらためて俯瞰すれば、
海老天のような値段の張る具材は不在ながら百花繚乱の趣きがあった。
うむ、うむ、予は満足じゃ!

しっかし、これが600円とは
日本経済のデフレはいまだ冷めやらぬものがある。
いや、いや、そうではなく、
この佳店の良心の表れと受け止めるべきだろう。
暖かい季節を迎えたら
ぜひ、冷やし寿そばを食べにまた来よう。
そう思いながらの支払いは金1600円也。
再び満足であった。

「寿々喜」
 葛飾区亀有-35-4
 03-36012005
 駅北口に同名店あり、ご注意あられたし。

2014年12月16日火曜日

第991話 名代なるかな寿そば (その1)

またまたJR常磐線の葛飾区・亀有である。
実は最近「栄楽飯店」を訪れた際、
駅前から続く商店街のゆうろうどにて
ちょいと気になる日本そば屋を発見したのだった。
屋号は「寿々喜」、そこへ出掛けてみた。

入店したのは16時過ぎで先客はナシ。
この店は昼と夜の間に中休みをとらないから
混雑する時間帯を極力避けたいJ.C.にとってはまことに都合がよい。
ゆるりとくつろぐことができる。

ビールの銘柄はキリンラガーの大瓶のみ。
好みではないものの、550円の値付けは庶民の味方だ。
行きつけのそば屋、上野・池之端の「新ふじ」は650円だからネ。
同時にお新香もお願いした。

すると30代と思しき若い女将がひとこと。
「お通しにお新香をお付けしますが・・・」―
渡りに舟とはこのことである。
歓んでお受けしました。
それがこれである
そもそも一人前を一人で食べるのは多すぎなのだ。
まさに適量の一皿は自家製のきゅうりと大根のぬか漬けに
こちらは既製品のたくあんだった。
コイツはうれしいなァ、うれしいねェ。
ビールの合いの手として過不足がない。
しかも見た目は何の変哲もないたくあんはシソ風味、
歯ざわりもパリパリと、まことにけっこう、おざなり感がまったくない。
これだけであとの品々に期待感が生まれる。

品書きをザッと見てみよう。

冷たい蕎麦・うどん
 せいろ 450円  ざる 550円  鴨せいろ 700円
 天せいろ 800円  天ざる 900円  冷やし寿そば・うどん 700円

温かい蕎麦・うどん 
 かけ 450円  たぬき・きつね 500円  おかめ 600円
 肉なんばん 650円  カレー南蛮・鴨なんばん 700円
 鍋焼きうどん 900円  おすすめ寿そば・うどん 600円

丼物
 玉子丼・カレー丼 650円  親子丼 750円  天丼 900円

一品料理
 お新香 250円  アサリ天 450円  玉子焼き・板わさ 500円
 もつ煮込み 500円  茶碗蒸し 650円  そばがき 700円
 ちらし天ぷら 900円

尚、蕎麦・うどんを注文すれば、
300円で好きな丼のミニサイズをお付けしますとのこと。
さて、さて、如何いたそうかの。

=つづく=

2014年12月15日月曜日

第990話 イスキアの光よ パリの影よ (その4)

最近のメトロポリタン・オペラハウスの人気演目となれば、
2001年の悲劇を体験したあとは
ヴェルディの「椿姫」、「リゴレット」、「仮面舞踏会」や
プッチーニなら「トスカ」か「蝶々夫人」、
あるいはベルカント・オペラの代表作、
ドニゼッティの「ランメルモールのルチア」、
ベッリーニの「ノルマ」、「カプレッティとモンテッキ」あたりが
注目されているのかもしれない。

ちなみに「カプレッティとモンテッキ」は「ロミオとジュリエット」。
もっともメトはベッリーニをほとんど取り上げない。
シチリア出身のこの作曲家は悲劇的に過ぎる。
アメリカ人には基本的にマイナー・コードを好まぬ傾向がある。
その点、ロシア人と真逆と言い切ってよいくらいだ。

おっと、カラスのパリのはずがニューヨークに飛んじまった。
ハナシを戻そう。
1950年代に全盛を誇ったマリア・カラス。
’60年代に入るとすでに高音域が乱れ、
最後のステージとなった’74年の日本公演は見るも無残の惨状。
しかしそれでもなお、カラスの前にカラスなく、
カラスのあとにカラスなしなのだ。

朝霧に抱かれた湖のように薄いヴェールのかかった声音。
例によって彼女のマイ・ベストテンとまいりましょう。

① トスカ(トスカ)
② ノルマ(ノルマ)
③ 椿姫(ヴィオレッタ)
④ ランメルモールのルチア(ルチア)
⑤ リゴレット(ジルダ)
⑥ カルメン(カルメン)
⑦ セビリアの理髪師(ロジーナ)
⑧ アンナ・ボレーナ(アンナ)
⑨ カヴァレリア・ルスティカーナ(サントゥッツァ)
⑩ 仮面舞踏会(アメリア)
 次点: シチリア島の夕べの祈り(エレナ)
      ( )内は役柄名

オペラ全体ではなく、アリア1曲を選ぶとすると、
「ノルマ」の「清らかな女神(カスタ・ディーヴァ)」が
ベストかもしれない。
でも「トスカ」の「愛に生き、恋に生き」も
けっして負けるものではないし、
何よりも役柄的にトスカが一番のハマリ役なのだ。

それもそうだヨ、トスカはローマの歌姫につき、
地で歌い、地で演ずればいいんだからネ。
そしてコンサート形式でなく、
オペラとしての映像が残されているのは
ロンドンのロイヤル・オペラ(コヴェント・ガーデン)における、
「トスカ」の第2幕だけなのである。

毒殺説もささやかれるカラスの死。
パリで亡くなったときに53歳だった。
美貌と美声の持ち主は薄命だったが
にっぽんの歌姫・美空ひばりより、2歳ほど長く生きたのでした。

=おしまい=

2014年12月12日金曜日

第989話 イスキアの光よ パリの影よ (その3)

20世紀最高のディーヴァ(歌姫)と誰もが認める、
マリア・カラスはギリシャ系米国人。
生まれはニューヨーク・クイーンズのギリシャ人街である。
マンハッタンからクイーンズボロー・ブリッジを渡り、
道なりに左折してゆけば、ほどなく到着の近場だ。
近いといってもさすがに徒歩ではなくクルマでネ。

J.C.は橋のすぐそば(橋の下に非ず)に棲息していたこともあり、
ギリシャ料理を食べたくなると、気軽に愛車を走らせた。
何せ10分掛からないんだもんネ。

橋の下では島全体が医療施設といってはばからない、
ルーズベルト・アイランドがイースト・リバーに浮かんでいる。
この島へはセカンド・アヴェニュー(二番街)から
ケーブルカーを利用しないと行き着けない。
すでに20年も以前のTVドラマ、
「ニューヨーク恋物語PARTⅡ」にはたびたび登場した。
確か、高島政宏か三田寛子が棲んでいたハズ。

さて、グリーク・ディストリクトには当然、
グリーク・レストランが目白押し。
本来、J.C.はギリシャよりトルコの料理が好きだが
魚介類となると海洋国、もとい、海運国・ギリシャに一日の長がある。

ちなみにカラスの二番目の夫(事実上の)は海運王・オナシス。
そしてJ.F.ケネディ大統領夫人だった、
ジャクリーンの二番目の夫もオナシス。
サングラスのおとっつぁんは莫大な財力をもって
超セレブなレディを渡り歩いた感、否めず。
おっと、ハナシが脇道にそれると、
とどまるところを知らない自分を反省!

映画「永遠のマリア・カラス」は
カラス晩年の隠遁生活を中心に綴られる。
おのれの人生をはかなんだカラスはパリに逼塞(ひっそく)しており、
私生活でも親しかったゼッフィレッリ監督が
あえてその暗い影に光を当てた。
史実を多少フォローしてはいるものの、
ほとんどがゼッフィレッリの想像に基づく創作である。

カラスを演じたフランス女優、ファニー・アルダンの演技が輝かしい。
殊にジョルジュ・ビゼーのフレンチオペラ、「カルメン」のシーンは圧巻。
今のカラスの映像に絶頂期の声をかぶせて
映像化を目論むプロデューサーが主張する。
世界でもっとも人気のあるオペラは「カルメン」であると―。
それをかつて貴方(カラス)はただの一度も演じてないと―。
フ~ム、そんなものかいな。

1990年代、メトロポリタン・オペラハウスに足繁く通った。
アメリカン、いや、少なくともニューヨーカーの間で
絶大な人気を誇った演目はプッチーニの「ラ・ボエーム」と
モーツァルトの「魔笛」が双璧だった。
これはメトの広報担当お二人に聞いたハナシだから間違いはない。
あれから20年を経た現在ははたしてどうであろう。

=つづく=

2014年12月11日木曜日

第988話 イスキアの光よ パリの影よ (その2)

前話で「お熱い夜をあなたに」の冒頭にふれたら
さっそくのご反響、お二方から便りをいただいた。

青森県・八戸市のK藤サンは
何で男が二人でトイレ?
いろいろ考えたけど、その理由が判らない。
おかげで一日仕事が手につかなかった。
どうしてくれるんだ! というもの。
ハハハ、何もそんなに思いつめなくとも―。

もう一方はお住まい不明のK滝サン。
おそらくジャック・レモンは自分で手の届かない、
背中の絆創膏か何かの交換を頼んだのでは?
ときたもんだ。
フフッ、考えましたネ。

読者のなかには同様の疑問を持たれ、
想像をたくましくされたた方が多々おられたことでしょう。
真相を明かしてもあらすじ暴露にはつながらないので
この際、発表しちゃいますか。

実は二人は服装をそっくり入れ替えて出てきたんですな。
元々レモンは派手なゴルフウェア、
老紳士はダークスーツ姿だったんです。

大企業の副社長であるレモンはゴルフのプレイ中に
社長である実父のイスキア島における自動車事故死を知らされ、
取るものも取りあえず、ローマ行きの飛行機に乗らずばならなかった。
赤ずくめの恰好で遺体安置所に向かうワケにもいかず、
苦肉の策のスーツ調達に及んだのでした。

脚本も手がけたワイルダー監督はこのアイデアがひらめいたとき、
小躍りして歓んだに相違ない。
洒脱だねェ、いや、実に洒脱、すばらしい才能の持ち主だ。

さて、本作品を楽しんだその二日後、先週金曜日のこと。
そう、夜には柔道グランドスラムで
高校二年生・阿部一二三クンの雄姿を拝んだ日であった。

ヒマを持て余したJ.C.は朝からすることなく、
またまたTVの前に陣取り之助。
ニュース、スポーツ番組以外はほとんど民放を観ない。
合わせたのはひかりTVの映画チャンネルである。

画面では「永遠のマリア・カラス」が始まったばかり。
この作品は封切り時(2002年)に日比谷の映画館で観た。
監督はかつてルキノ・ヴィスコンティの恋人(?)だった、
あのフランコ・ゼッフィレッリである。

彼は映画も撮れば、オペラの演出も手がける。
レナート・ホワイティング&オリヴィア・ハッセー(元布施明夫人)のコンビ、
「ロミオとジュリエット」(1968年)は一世を風靡した。
当初、ゼッフィレッリはロミオ役をポール・マッカートニーに
出演依頼したものの、丁重にに断られたそうだ。
フム、あの顔はロミオに合わないこともない。
もし実現していたら興行収入は莫大なものになったろうなァ。

=つづく=

2014年12月10日水曜日

第987話 イスキアの光よ パリの影よ (その1)

先週の水曜日。
朝から所用であちこち飛び回っていた。
順調に日程をこなし、夕方には帰宅する。
なぜならひかりTVで16:15放映の洋画を
是が非でも観たかったからだ。

タイトルは「お熱い夜をあなたに」。
原題は「Avanti !」、伊語で「お入り!」である。
イタリアのホテルでは接客係やハウスキーパーが
客室をノックしながら「ペルメッソ(失礼します)」と声掛けするのがしきたり。
それに返して「アヴァンティ(どうぞ)」となるわけだ。

ところでこの作品、どこかで聞いたようなタイトルだと思いませんか?
監督はビリー・ワイルダー、これがヒントです。
とても洒脱な映画を作る人で大好きな監督の一人だが
そう、彼にはマリリン・モンローを起用した「お熱いのがお好き」があり、
シャーリー・マクレーンを使った「あなただけ今晩は」がある。
そして二つのタイトルを組み合わせたような「お熱い夜をあなたに」だ。
もっとも前述のごとく、原題は似ても似つかないがネ。

主演女優は英国人のジュリエット・ミルズ。
モンローやマクレーンに比べればほとんど無名に近い。
マリリンやシャーリーよりずっと太目の豊満な肉体の持ち主で
フェデリコ・フェリーニの「甘い生活」に出てきたアニタ・エグバーグばりだ。
とにかくプリップリの乳房やヒップを惜しげなくご披露あそばされる。
残念ながら1972年の作品のため、
ヘアのボカシが胡散臭いことこのうえない。

舞台はイタリア南部、チレニア海に浮かぶイスキア島。
隣りのカプリ島では青の洞窟(グロッタ・アズーロ)がつとに有名で
一年を通じて観光客が押し寄せるのに
この島は金持ちのリゾート・アイランド的な性格が強い。
バック・パッカーが訪れて面白い島ではない。

かくいうJ.C.も映画の作られた前年の1971年、
カプリからイスキアを眺めたことはある。
おそらく憧憬の眼差しで見つめていたことだろう。
そう、わが人生に大きな影響を及ぼした映画、
「太陽がいっぱい」の大部分は陽光きらめくこの島で撮られたのだ。

「お熱い夜をあなたに」のあらすじは明かさないけれど、
とても良くできたラブ・コメディだった。
ただ一つ冒頭シーンだけ紹介しておこうか。

赤に染まった派手な服装のジャック・レモンが自家用機から
大型旅客機に乗り込んでくる。
隣りの席はカソリックの神父さまだ。
機内をキョロキョロしたレモン、
一人の老紳士に狙いをしぼって彼の隣りに移動する。
耳打ち話で交わした会話はふたことみこと。
やおら立ち上がった二人は前方に進み、揃ってトイレに消えたのだった。

さあて、お立会い、機内は大変なことになった。
大の男が二人一緒に狭いトイレで何するのヨ?
スチュワーデスたちは騒ぎ出し、
コックピットからは副機長みたいのも出てきた。
乗客たちの好奇な眼差しはトイレ、その一点に集中の巻である。
カソリックの神父なんざ、身を乗り出して背伸びまでする始末。

ねッ! 面白いでしょう?
書き忘れたがジャック・レモンは上記3本のワイルダー映画、
そのすべてにおいて主役を張っている。
黒澤・三船の関係に近いですネ、こりゃ。

=つづく=

2014年12月9日火曜日

第986話 秋の日の一人歩き

結局は薬局、前話のつづきみたいだが
こち亀タウンで昼のラーメンを食べたあと、
まっすぐ都心に戻ったのではなかった。

小春日和りを心の支えに
進路をとったのはヒッチコックのごとく北北西に非じ。
あえていえば真東であった。

荒川と江戸川のあいだに中川なる川が流れている。
その中川を中川橋で渡った。
するとほどなく現れたのがコレだ。
新しくとも老舗ベーカリーの匂いあり
以前にもたびたび述べているが
J.C.は古いパン屋に弱い。
オサレなブーランジェリーには興味がない。

でもって入っただヨ。
スペースのある店ながら品数はきわめて少ない。
それでも惹かれたのがコレだ。
三色パンと称する
いや、マイッたなァ、懐かしいなァ。
実はこのパンを見るのは30年ぶり。
小学生の頃には確か、”三っ島”と呼ばれていたハズだ。
ちゅうちょなく買い求め、一人歩きはなおも東へ東へ―。
いえ、正確には東北東かな。

JR常磐線・金町駅のロータリーを横切り、
ガードをくぐり抜けて北上し、かなり歩いて水元公園にやって来た。
何年ぶりだろうか、たぶん35年ぶりだが水周りの風景はよく覚えている。
この池は小合溜というのだ。

そこからテクテクさらに歩いた。
ふと気がつけば、目的地をはずれて埼玉県・三郷市に入県。
いや、この日めざしたのは埼玉ではなく、千葉県・松戸なんだけど―。

かなり遠回りの末、やっとこさたどり着いた松戸であった。
松戸神社や旧平潟遊郭跡を散策したものの、まだ16 時前だ。
かつて訪れた酒場の開店までまがある。

ええい、ままよ! 再び徒歩で都内の金町に引き返す。
引き返したが、さすがの健脚もくたびれはててヨタヨタのヨタ。
息も絶えだえにやってきた「末広飯店」だった。
お願いしたのはまたもやラーメン(550円)である。
店は上湯(シャンタン)をウリにしており、この値付けはお値打ち。
具はチャーシュー・シナチク・うずら玉子
さすがにスープ上質して麺もシコシコと、極上のラーメンを味わえた。
金町まで遠出する価値、大いにあり。
結局、昼も夜もラーメンの一日であった。

おっと、帰宅後に切り開いた三色パンの中身をご披露せねば。
ジャム・クリーム・あんこの3点
煎茶を淹れて食したものの、
美味しさはまずまず止まりでありました。

「星野ベーカリー」
 東京都葛飾区新宿2-11-1
 03-3607-2930

2014年12月8日月曜日

第985話 こち亀タウン再訪 (その3)

先週の金曜日は丸一日、予定がなかった。
朝からひかりTVで映画鑑賞三昧である。
夜は夜で柔道のグランドスラムだ。

いや、びっくりしたなもぅ!
高校生の阿部一二三クン。
あれよあれよという間に並みいる強豪をくまなく撃破して
66kg級の金メダルに輝いちゃった。
まさに柔道一直線である。

2年前のロンドン五輪と今年の世界選手権を制した海老沼匡とは
準決勝で当たったが、ここでJ.C.、一言もの申す。
阿部の試合はいくつも映すのに
準決勝まで勝ち上がった海老沼はここまでまったくの無視。
あまりにもヒドい扱いというか、はっきり言って無礼千万だろう。
まったくTV東京のやることといったら。

くわえて担当アナウンサーのお粗末なこと。
技の変更など、試合進行についていけないわりに
やれ、リオへの通行手形だの、これ、この試合はまばたき厳禁だのと
口だけは達者だから、聴いているほうは苦笑をどころか失笑である。
まじめにやれヨ、TV東京!

気を取り直して前話のつづき。
満腹につき、しそ餃子だけで退散した「栄楽飯店」だ。
舞い戻ったのはその6日後のこと。
正午ちょうどに入店した。

当日の第一食なれど、
前夜の深酒がたたってあまり食欲がない。
よってビールは封印。
注文したのはラーメンだけである。
前話のラーメンと見比べてみてください
繊細と粗野の差が歴然でしょう?
ホテル内の中華料理店と町場の中華屋ほどに違いますネ。

それでもこのラーメン、味はけして悪いものではなかった。
ただし、「綾瀬」が500円で「栄楽」は570円。
値付けは逆じゃないかしらとも思う。

結局、二度訪れて餃子とラーメンしか食べていないのだから
せっかくのI川サンのご紹介を半分は無にしたようなものだ。
先述の通り、つまみに類するものは餃子・焼売・春巻しかない。
麺類・飯類は揃っているが、あとは一品料理が15種ほど。
一部を披露しておこう。

 レバニラ炒め 720円  回鍋肉・かに玉 各1140円
 酢豚・青椒肉糸 各1240円  海老のチリソース 1340円

といったところ。

秋深くとも陽光はうららか。
天高き青空の下に出たとき、時刻はまだ12時半だった。

=おしまい=

「栄楽飯店」
 東京都葛飾区亀有2-33-1
 03-3602-2409

2014年12月5日金曜日

第984話 こち亀タウン再訪 (その2)

北千住に寄り道したあと、
綾瀬駅南口にJ.C.オカザワの姿を見ることができた。
ベツに見たくもないってか? 
はい、ハイ。

実は前話で紹介させてもらった、
I川サンのメールにも登場した「綾瀬飯店」に立ち寄ったのだ。
あっさりとしていながらも旨みじゅうぶんのラーメンが食べたくて―。
この次に訪問する亀有は「栄楽飯店」のそれと、
食べ比べてみたくもあったからネ。

「綾瀬飯店」のラーメンは相変わらずの美味しさ。
心なしか頬の緩みを感じつついただいた。
見るからにシンプルなラーメン
ルックスはラーメンというより支那そばのそれである。
支那なんて呼んじゃいけないと指摘されてしかるべきながら
NHKのニュースでさえ、
東シナ海、南シナ海を連発してはばからないから何を臆することがあろう。
文句があるならいつでもお相手つかまつりますヨ、
習近平国家主席さんよっ!

そうしてこうして、やっとこさ隣り駅の亀有に到着した。
I川サンのおっしゃる通り、駅から歩くこと15分余り、
入店した「栄楽飯店」は予想に反して先客ゼロだった。
やはり出前中心なんでしょうな。

おもむろに菜譜に目を通すと、
つまみというか、小皿というか、とにかくその類いがほとんどない。
ここは晩飯にはよくとも、晩酌には向かない店である。
いざ、ラーメンを注文しようと思ってはみたものの、
歳はとりたくないもんですネ、
もう8割方、マイ・ストマックは満たされてしまっていた。
こんなときに自分の老いを痛感する。

いや、困った、マジで困った。
別腹のビールはまだまだ入るのに固形物は苦しいんだ。
綾瀬と亀有の”ラーメン食べ比べ”は早くも頓挫してしまった。
ビールだけではお店に礼を失することになる。
苦肉の策でエスケープしたのが餃子、
お願いしたのは、しそ餃子だった。
緑色はニラでなくシソ
むぐ、ムグ・・・ふむ、フム・・・
ややっ、コイツは悪くありませんゾ。
何と言おうか、手造り感を
直接フリーキックでズドンと決められた感あり。

完食してこれなら何とかラーメンまでイケるんじゃないかと、
失いかけた自信を取り戻しかけたのだった。
ところが思ったのもつかの間、やっぱりダメでござった。
老兵は死なず、ただ消え去るのみでありました。

=つづく=

「綾瀬飯店」
 東京都足立区綾瀬2-23-20
  03-3603-9948

2014年12月4日木曜日

第983話 こち亀タウン再訪 (その1)

3ヶ月前に「こち亀タウンに出没」と題し、
長々と駄文を綴ったことがあったが
その際、便りをくれた方がおられた。
葛飾区・亀有在住のK・I川サンである。
以前は中央区・銀座に住まわれて
「J.C.オカザワの銀座を食べる」を愛読・活用された由、
ありがたいことである。
感謝の気持ちを抱きつつ、
そのメールをダイジェストで紹介してみたい。

銀座一丁目に住んでおりましたので比較的近かった「栄庵」、
「一休庵」等、ご著書を通じて知ったお店によく通いました。
これらの店もなくなってしまい、寂しいかぎりですが。。

葛飾に住むようになってからも金町の「喝」や「ぶうちゃん」等、
ブログを通じて知ることになったお店に頻繁に通っており、
とても重宝しております。

さて、今回亀有とのことで興味深く拝見していたのですが
予想通りといいますか、
あまりインパクトのあるお店がありませんでしたね。
いずれも私の居住地に限りなく近い場所ではありますが。。

そんななか1軒ご紹介できそうなお店がございます。
「永楽飯店」といいまして
家族で営まれる昔ながらの中華料理屋です。
「ときわ食堂」前のバス通りを新小岩方面に500mほど歩くと、
「ときわ食堂」の反対側の通り沿いに面しておりますので
探しやすいかと思われます。

以前紹介された綾瀬の「綾瀬飯店」に近い雰囲気のお店でしょうか。
リーズナブルなわりに良質な品を提供してくれます。
駅から若干距離があるせいか、ほとんど地元民の出前だけで
成り立っているような閑散としたお店ですが
ひっきりなしにバイクで出前に向かう姿が目撃されますので
地域の人にはかなり深く根付いているのだと思います。

もし、お口に合うようでしたら
ぜひ一度、陽の目を見させてやっていただけますと(笑?)幸いです。
こちら方面にお立ち寄りの際はぜひご訪問いただければと思います。

ということであった。
紹介されてからずいぶん日にちが経ってしまったが訪れることができた。

初回は10月の末。
亀有に乗り込む前に北千住に立ち寄った。
西口の飲み屋横丁のつまらない居酒屋で
不味い焼き鳥をサカナにビールを飲んだのだった。
一度立ち寄ろうとかねがね狙っていた店はドはずれ。
一番のティーショットでOBの感あり。

打ち直しは真っ直ぐ亀有に向かえばよいものを当夜は違った。
魔がさしたというのじゃないけれど、
今度は隣り駅の綾瀬で途中下車の巻である。

=つづく=

2014年12月3日水曜日

第982話 巨星は星の彼方に (その7)

巨星・高倉健の映画をたどっていたらとうとうここまで来た。
われながら好きなこととなると、まったくもって止めどがない。
そのあいだに文太兄ィまで亡くなってしまった。
あらためてお二人のご冥福を祈りたい。
合掌。

「駅 STATION」のつづきだ。
大晦日の夜、桐子の店に現れた三上。
二人だけで燗酒を酌み交わす。
まるで何年も連れ添った夫婦みたいに―。

TVでは紅白歌合戦がたけなわである。
流れるのは八代亜紀の「舟歌」。
紅白に限らず、「舟歌」はたびたび流れる。
ちょいとばかりクサいんじゃないかと思われるくらいだ。
結局、二人は添い遂げることなく、男は札幌に去ってゆく。

以上、健サン映画のマイ・ベストスリーでした。

ほかに印象に残った作品にもふれておこう。
第4位の「新幹線大爆破」(1975年)では
健サンは新幹線の車両に爆弾を仕掛けるテロリスト。
2時間半に及ぶ大作は映画のデキもよかったのに
諸処の事情が絡んで興行的には不発に終わる。
その代わり、大幅にカットされた仏語吹き替え版がフランスでヒットした。
監督は「君よ憤怒の河を渉れ」に続いて佐藤純也。

第9位の「三百六十五夜」(1962年)は
上原謙・高峰秀子・山根寿子のトリオで撮られた1948年版のリメイク。
キャストは高倉健・美空ひばり・朝丘雪路に替わった。
どちらもけんサンであるところが奇遇。
監督も市川崑から渡辺邦男へ。

同名主題歌を歌ったのは1948年版が霧島昇・松原操のご夫婦。
当版ではもちろん美空ひばりだ。
ストーリーは二人の女性に愛された男が本命と結ばれるというもの。
結婚相手はひばりではなく雪路であった。

 ♪ みどりの風に おくれ毛が
  やさしくゆれた 恋の夜
  初めて逢(お)うた あの夜の君が
  今は生命(いのち)を 賭ける君 ♪
        (作詞:西條八十)

ちなみに作曲は古賀政男、まさにゴールデンコンビである。
さすがに詞も曲もすばらしい。
ただし、同じ古賀政男作曲(作詞は佐藤惣之助)の
「緑の地平線」と混同されることも多い。
原因は1番冒頭の ”みどりの風に おくれ毛が” であることは言うまでもない。
一方の「緑の地平線」では曲の一番最後(3番)まで来てやっと
”緑うれしや地平線” が登場するのだから、さもありなん。

健サンは今ごろきっと、天国で緑の風に吹かれているに違いない。
巨星は星の彼方に消えてしまった。

=おしまい=

2014年12月2日火曜日

第981話 巨星は星の彼方に (その6)

サードベストの「駅 STATION」である。
警察官の健サンは射撃の名手で
メキシコ五輪の候補選手だ。
劇中、東京五輪のマラソン銅メダリスト・円谷幸吉の自殺が
TV報道されて遺書が読み上げられたりもする。
かなりショッキングなシーンだ。
署員食堂で食事中の健サン、三白眼が画面に釘付けである。

3人の女優陣が大変重要な役割を担うが
その前に男優の共演者はというと、

大滝秀治、根津甚八、宇崎竜童、永島敏行、
池部良、田中邦衛、小松政夫、室田日出男、
武田鉄矢、阿藤海、名古屋章、織本順吉、
佐藤慶、寺田農、竜雷太、藤木悠、小林稔侍

キリがないからこのへんでやめるが
とてつもない顔ぶれであることがお判りいただけよう。

根津甚八と宇崎竜童が好演。
小松政夫の演技も心に残った。
武田鉄矢はほんのワンカットながら笑わせる。

さて3人の女優たちだ。
最初に登場するのがいしだあゆみ(直子)。
一度のあやまちを許されず、夫の高倉健(三上英次)から離縁される。
小さな男の子を連れて東京へ追われゆく、
銭函駅のプラットホームがもの哀しい。

ここでJ.C.はちょいとばかり違和感。
直子はどこからどうみても不倫をしそうな人妻に見えないのだ。
相手は出てこないが、いったいどこのどいつが一線を越えたのだろう。
旦那は道警のピストルの名手だヨ、こうなりゃ不倫も命がけだぜ。

二人目の女性は烏丸せつこ(すず子)。
増毛駅前の大衆食堂で働くウエイトレスだ。
彼女の兄が連続殺人犯の根津甚八。
町のチンピラ・宇崎竜童に弄ばれた挙句に堕胎。
しまいにゃ宇崎の裏切りで兄まで逮捕されてしまう。
知恵が少々足りないものの、兄を慕い、かばう気持ちは一途(いちず)。
彼女も哀しい生を健気に生きていた。

三人目は倍賞千恵子(桐子)。
健サンとは山田洋次監督の「幸福の黄色いハンカチ」、
「遥かなる山の呼び声」で共演し、息もピッタリである。
思い起こせば倍賞はご存知、寅サンの妹・さくら。
寅サン・健サンとこんなにたくさん共演した女優はほかにいない。

桐子はカウンターだけの赤ちょうちんを独り営む女将。
三上と出会っったのは暮れの12月30日で
翌日の大晦日に二人は結ばれる。
寡黙にしてストイックな警察官もけっこう手が早かったのである。

=つづく=

2014年12月1日月曜日

第980話 巨星は星の彼方に (その5)

健サン映画のマイ・セカンドベストは
大方の予想に反して「夜叉」。
1985年公開作品の監督は降旗康男、
舞台は北陸の福井県・敦賀だ。

健サンはもと大阪・ミナミの伝説的ヤクザ。
ウブな娘、いしだあゆみと出会い、
足を洗う約束のもと、所帯を持って今は
若狭湾で漁師をしている。

いしだあゆみは小・中学生時代のJ.C.のアイドルだった。
あとにも先にもブロマイドを買ったのはわが人生で彼女のみ。
TVドラマの「七人の侍」、もとい、「七人の孫」に出演していたが
歌手としてのいしだあゆみこそがマイ・アイドル。

この女(ひと)はセシルカットのよく似合う明るい歌い手だった。
「ブルー・ライト・ヨコハマ」でブレイクする以前、
「サチオ君」や「緑の乙女」を歌っていた初期が一番よかった。
それがちょっと目を離しているすきに女優道まっしぐら。
結果として成功したが、どこか不幸の匂いの染みついた、
”かげり”のある女性に変身してしまった。
以来ずっと”かげり”を引きずって今日(こんにち)にいたっている。

そう言えば、寅さんシリーズの「男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋」で
ヒロインを演じたときの役名が”かげり”じゃなかったかな?
いえ、いえ、そんな不吉な名前はあるはずもなく、
実際は”かげり”じゃなくって”かがり”でありました。

「夜叉」では平和な漁港にもう一人のヒロイン、
田中裕子が現れて居酒屋「蛍(ほたる)」を開くのだが
彼女のヒモがシャブの売人、ビートたけしときたもんだ。
ここからハナシは急展開で動き始める。
健サン最晩年の相手役はもっぱら田中裕子。
「夜叉」は両者初共演のメモリアル・ムービーである。

健サンの背中にビッシリ彫られた夜叉の刺青がすばらしい。
残侠伝シリーズの唐獅子牡丹の上をゆくほどの墨だった。
ミナミと若狭のコントラスト鮮やかにして
バックに流れる音楽も”完の璧”、
好きなんだよねェ、こういう映画。
ヤクザと漁師の二つの顔にゃ、いや、マイりましたわジッサイ。

そして第三位は同じ降旗監督で1981年公開の「駅 STATION」。
脚本を「北の国から」の倉本聰が担当しており、
この人となれば、お約束の如く舞台は北海道となる。
珍しくも健サンはヤクザでも前科者でもなく北海道警の警察官。

映画はオムニバスを想起させる仕立てで
登場する俳優陣もオールスター・キャストと言い切って過言ではない。
ポイントとなるのが3人の女性たち。
いしだあゆみ、烏丸せつこ、倍賞千恵子であった。

=つづく=