2015年6月30日火曜日

第1131話 偶然の澄ましバター (その1)

先週末の一夜、前話で宣言した通りに自宅で独り酒の巻。
そう、作詞家・横井弘が手がけた珠玉のナンバーを聴きながら
晩酌を楽しんだのだった。
ヒマな一日だったから出来合いのつまみを排除して
自ら自慢の腕を振るおう、そんな気にもなっていた。
手の込んだのは無理だが
チョコチョコっとしたものをチャチャッと作るのは得意なのだ。

まずは買い物、お買い物である。
その前に行き着けた散歩コース、恩賜上野公園へ出向く。
ひとしきり、お山の上を歩いたあと、山下に降ってゆく。
このとき、広小路方面なら買い物は
百貨店・松坂屋かサカナのデパート・吉池となる。

たまたま、その日は不忍池のほとりにやって来た。
寒い時期の渡り鳥はみんな北へ帰った。
代わりに南からツバクロが飛来している。
しかし燕は水鳥ではないから池とは無縁、
水面を泳いでいるのはカルガモだけだ。
ユリカモメの姿はあるものの、彼らはめったに泳がない。

近くのコンビニで缶ビールとプラスチックのカップを購入、
ほとりのベンチで優雅に楽しむ。
楽しみながら考える。
界隈の台東区・池之端と文京区・根津にはスーパーが2軒、
マルエツ・プチと赤札堂がある。
そうだ、わざわざ広小路に出ることもあるまい。
買い物はここで済ませてしまおう。

さすれば、献立を決めねば―。
つらつらと思いをめぐらせると、食べたいモノが二つ浮かんだ。
まあ、どちらも居酒屋メニューなんだが
まぐろの山かけとマカロニサラダ。
ただし、そこいらの居酒屋のソレよりもずっと繊細なヤツがいい。

たとえば山かけはバチまぐろのブツなんかじゃなく、
本まぐろの赤身を使いたい。
山芋は大和芋が望ましいが、これは長芋でもOKだ。
マカロニサラダにしたって、黒胡椒ドバッの刺激的なのじゃなく、
素材を吟味した上品なのがいい。

池から徒歩2分のマルエツに向かう。
ここの本まぐろは常に養殖モノで産地は地中海に浮かぶ小国・マルタ。
以前はずっとトルコ産だった。
マルタにせよ、トルコにせよ、チュニジアにせよ、
地中海で養殖される本まぐろは良質である。

惜しむらくはこの店舗、すでにスライスされており、
いわゆるサクでは売られていない。
よって、ここからさらに徒歩3分の赤札堂に移動したのでありました。

=つづく=

2015年6月29日月曜日

第1130話 横井サンが死んじゃった (その2)

作詞家・横井弘は1926年10月生まれ。
大正時代の最々末期である。
終戦直後、キングレコードに入社したが
社団法人・日本音楽著作権協会(JASRAC)に移籍したりもしている。
 
作話では彼の手になるマイ・フェイヴァリット「下町の太陽」つながりで
1962年のヒット流行歌を紹介したが
今話では横井サン本人に主役を務めてもらわねばならない。
そう、彼が作詞を手掛けた歌のマイ・ベストテンだ。
 
詩だけに焦点を当てる方法を考えもしたが
やはり流行歌は詩と曲が一体となって人口に膾炙してゆくもの。
詩が膾(なます)なら曲は炙り肉だろう。
よって横井弘のベストテンでありながら
作曲の出来具合が大きく影響していることも確かなのだ。

  ♪  ほこりまみれの 巷の夕陽
   ビルにかくれりゃ 灯が点る
   昨日みた夢に すがって泣いちゃ
   生きては行けない 銀座だよ
   弱音吐いちゃ駄目さ にっこりと
   夜の蝶々は あゝ 飛ぶんだよ  ♪

今、コレを書きとめながら、この曲を聴いている。
若き日の大津美子が歌った「銀座の蝶」の作曲は桜田誠一。
リリースは1958年4月で
あの長嶋茂雄が読売巨人軍に入団した時期と重なっている。
ちなみにこのJ.C.の小学校入学ともネ。

銀座のホステスさんを書いた作品だが
曲調がとってもユニーク。
弦楽はジプシー風にして打楽はアイヌ調。
おまけに小唄チックでもあるのだ。
名曲と迷曲の中間に位置しているネ、これは―。

それでは、アラ・ミュージック!

① 「下町の太陽」(倍賞千恵子)
② 「哀愁列車」(三橋美智也)
③ 「川は流れる」(仲宗根美樹)
④ 「さよならはダンスの後に」(倍賞千恵子)
⑤ 「銀座の蝶」(大津美子)
⑥ 「達者でナ」(三橋美智也)
⑦ 「あざみの歌」(伊藤久男)
⑧ 「心の窓にともし灯を」(ザ・ピーナッツ)
⑨「夕焼け雲」(千昌夫)
⑩「虹色の湖」(中村晃子)
 次点:「ネオン川」(バーブ佐竹)

横井弘がもっとも自分の詩を提供したのは三橋美智也。
三橋のデビュー当時から、あまり注目されなかった晩年まで
その関係は変わることがなかった。

今宵は彼が手がけた作品をあらためて拝聴しながら
自宅での独酌とシャレ込もう。

  ♪  つらいホームに 来は来たが
   未練心に つまづいて
   落とす涙の 哀愁列車  ♪

ってか!
 

2015年6月26日金曜日

第1129話 横井サンが死んじゃった (その1)

 ♪ 下町の空に かがやく太陽は
  よろこびと 悲しみ写す ガラス窓
  心のいたむ その朝は
  足音しみる 橋の上
  ああ太陽に 呼びかける   ♪
       (作詞:横井弘)

横井サンが死んじゃった。
グアム島から生還した横井サンじゃないヨ、
大好きな作死者、もとい、作詞者の横井サンだヨ。

冒頭に掲げた「下町の太陽」は
小学校五年生のとき、リアルタイムで聴いていた。
倍賞千恵子のトランスペアレントな歌声が東京のみならず、
日本全国に響き渡ったハズだ。
横井弘の作詞もさることながら
江口浩二の曲がまたすばらしい。

その年は1962年。
J.C.は下町もド下町、深川に暮らしていたのでありました。
この1962年、昭和なら37年は歌謡曲の当たり年。
ズラリ並べるというより、
その年のマイ・ベストテンをご披露しようじゃないか。

① 下町の太陽 (倍賞千恵子)
② 赤いハンカチ (石原裕次郎)
③ 遠くへ行きたい (ジェリー藤尾)
④ 川は流れる (仲宗根美樹)
⑤ コーヒー・ルンバ (西田佐知子)
⑥ 湖愁 (松島アキラ)
⑦ 寒い朝 (吉永小百合とマヒナスターズ)
⑧ 江梨子 (橋幸夫)
⑨ 若いふたり (北原謙二)
⑩ 星屑の町 (三橋美智也)
 次点:なみだ船 (北島三郎)

自他ともに認める寅さんファンのJ.C.ながら
女優であり歌手である倍賞千恵子に関しては
たとえば寅次郎の妹・さくらよりも
歌手としての実力を高く評価している。

彼女のナンバーでは「下町の太陽」の3年後、
「さよならはダンスのあとに」もスマッシュヒットを記録した。
これがまた無類の名曲なんですヨ。
驚いくべきは「下町の~」、「さよならは~」、
ともに作詞は横井弘なのだ。

作曲家に比して作詞家は過小評価されてきた感がある。
その証拠に国民栄誉賞をもらった作曲家が何人もいるのに対して
作詞家は誰一人としていない。
どうやらこの国においては国語は音楽より劣るのであるらしい。

=つづく=

2015年6月25日木曜日

第1128話 「のんき」は呑気に非ず (その2)

ここ数年、城北における一大呑ん兵衛タウンとして
活気を増している赤羽にやって来た。
「のんき  堀切」の看板にひかれ、
うなぎの「川栄」を見送っての入店である。

接客のアンちゃん曰く、こちらが本店とのこと。
よく言うヨ、と思ったものの、
はは~ん、この実態にはカラクリがありそうだ。

よって問い質してみた。
「要するにロイヤリティを買い取ったんだネ?」―
そうとしか思えなかったもの。
「まあ、そうです」―
素直な応えが返ってくる。

ふ~む、なんだかイヤな渡世になったものよのぉ。
買い取ったというからには
そこには当然、互いのメリット、
いや、プロフィットに基づく金銭のやりとりが生じたハズ。
ちょいと苦々しい思いが脳裏をよぎる。
どっちの「のんき」も呑気どころか、金儲けにはしったわけだ。
「のんき」は呑気じゃなかったんだ。

この件に固執すると酒が不味くなるから努めて一件を忘れ、
とにかく生ビールで乾杯に及ぶ。
銘柄を確かめずに注文した結果はサントリー・モルツ。
やっちまっただヨ。
イヤな予感がしていたんだヨ。

とまれ、つまみはもちろん焼きとん。
カシラ・タンすじ・ハツもとを塩で所望した。
味わってみれば、
なるほど堀切菖蒲園のソレに近いレベルに達してはいる。
達してはいるが、どうも気分が乗ってこない。

続いてレバとシロをタレで―。
こちらもまったく悪くはない。
悪くはないけれど、やはり「のんき」の焼きとんは
けだるい空気に満ちた本家で
時の過ぎゆくままに食べたほうがしっくリくる。
 
ただ、元部下たちが頼んだ、アレは何というんだろう?
目にしたことがないから本家にはないものだと思う。
豚の肉、おそらくカシラかな?
もやし・ニンニクと一緒に炒めた一皿が旨い。
殊にほとんど生のニンニクは実に効果的だ。
 
先に帰った介護士・A澤を見送り、
来月には保険屋となるT村との2軒目はOK横丁の「若大将」。
加山雄三のイメージとかけ離れているものの、
相棒はたこ刺し、J.C.は焼きピーマンで飲み直す。
すぐにラストオーダーの時間を迎え、
店の批評は控えざるを得ない。
 
思いはただ、ただ、彼の空く末に
”成功”の二文字が待ち受けていることを祈るばかりなり。
 
「のんき 堀切 赤羽店」
 東京都北区赤羽1-19-16
 03-6840-8910
 
「若大将」
 東京都北区赤羽1-16-5
 03-3901-0917

2015年6月24日水曜日

第1127話 「のんき」は呑気に非ず (その1)

一昨夜のこと。
以前、直属だった二人の元部下と旧交を温めた。
同じ釜の飯を食いながら、苦楽をともにした仲間である。
かたや、数年前から介護関連の職について生きがいを感じている。
こなた、来月からふるさとの新潟県に戻り、
保険関係の仕事に従事する予定だ。
 
今現在、二人とも埼玉県在住につき、
彼らのゴー・ホームに都合のよい赤羽で落ち合った。
東口を出ると、すぐ目の前に見えるのがOK横丁の入口。
幅の狭い小路に飲み屋が並ぶ、呑ん兵衛には垂涎の一郭である。
 
かれこれ40年も通っている有楽町「八起」の本店がここにある。
あるけれども居心地のよい有楽町店のほうがずっと好きだ。
よって「八起」はパス。
十数メートル先には姉妹店の「だるまや」が控えている。
こちらの雰囲気は悪くないが、ここもパスした。
 
なぜか?
それはすでに目当ての店があったから。
赤羽で一番有名な、
いわばランドマークと言い切ってもよい「まるます家」である。
ところがあいにく定休日ときたもんだ。
そう、赤羽の人気店は月曜休みの店が多い。
いや、マイッたな。
 
仕方なく、うなぎと焼き鳥の「川栄」に向かう。
徒歩30秒足らずの至近である。
元部下たちをここにしようと促して入店しかかったものの、
ふと右隣りに目をやると、今まで認知していなかった、
「のんき」なる焼きとん屋に気づいた。
 
しかも暖簾には「のんき 堀切」とあるではないか。
堀切菖蒲園の「のんき」は気に入りの店である。
確か、当ブログでも紹介したハズだ。
ただ、店内の雰囲気が全く異なっている。
あくまでもレトロなたたずまいの本家とは似ても似つかない。
どことなくチェーン店みたいな安っぽさが浮き出ている。
 
注文を取りにきたアンちゃんにすかさず訊ねた。
「ここは堀切店の支店なのかい?」
アンちゃんが応えるには
「いえ、ここが本店なんですヨ」
じぇ、じぇ、そんなことあるわきゃないだろう。
 
たわごともいい加減にしなさい!
そう思いながらグッとこらえてなおも追及すると、
意外な事実が浮かび上がったではないか―。
こんなことがまかり通るんだねェ。
 
=つづく=

2015年6月23日火曜日

第1126話 ジョージのお次はジョルジュ (その3)

平日の暖かい昼下がり。
言問通りと不忍通りが交差する根津の町。
「ちゃんこ大麒麟」の小上がりにて独り、
ランチの出来上がりを待っている。

フランス人の、おそらく夫婦であろう、
カップルが隣りに座っている。
ほとんど理解できない仏語の会話を心地よく聞いていた。
ところがあわてたのは接客のオバちゃんだ。
ランチメニューを片手に途方に暮れているではないか。
可哀相に―。

仕方なしに、というより多少の興味が生じていたので
「I think  I can help you」―
かような運びとなったわけだ。
オバちゃんは胸をなで下ろして席を離れて行った。
自分で言うのもなんだが
懇切丁寧に料理内容を説明して差し上げた。

ちょうどJ.C.が所望した③番が運ばれたおかげあってか
それを肉眼で確かめたご両人が選んだのも同じ定食。
百聞は一見にしかず、だものネ。
手元に届いた膳を披露しながら今一度の説明。
好奇に満ちた二十四の瞳、もとい、四つの瞳が輝きを増してきた。

じゅうぶんに納得してもらってからおもむろに箸をつける。
南まぐろの赤身と中とろ、
真子がれいの刺身はいずれもそこそこの水準。
惜しむらくはみな切り身が厚い。
殊にプリッとした白身の真子は食感がよろしくない。
ふぐだって、厚く切りつけると有り難みが薄れるもの。
小ぶりの桜海老かき揚げは期待通りの美味。
ごはんがすすみにすすんだ。

食後、仏人夫婦としばし談笑に及ぶ。
彼らの名前はジョルジュとミレイユだった。
ともに学者で今回の来日は学会への出席とのこと。
住まいは花の都・パリの中心部、
オペラ座近くのアパルトマンだというではないか。
へぇ~っ、あんな繁華なエリアに
アパルトマンがあるとは驚きだなァ。
もっともミレイユはとてもプチな物件だと言ったけれど―。

ところでジョルジュなる男子名は英語圏ならジョージ。
つい先日、ジョージ少年とランチをともにしたばかりだ。
何の因果かジョージのお次はジョルジュと相成った次第。
「Have a nice déjeuner (lunch)」―
そう言い残して、彼らより一足先に店を出た。

=おしまい=

「ちゃんこ大麒麟」
 東京都文京区根津1-1-11
 03-3823-5998

2015年6月22日月曜日

第1125話 ジョージのお次はジョルジュ (その2)

文京区・根津の交差点そば、足をとめて見入ったのは
「ちゃんこ大麒麟」のランチメニューだった。

① さば文化干し&豚肉生姜焼き・・・890円
② 銀だら煮付け&かつおたたき・・・1100円
③ 南まぐろ中とろと赤身・真子がれい刺身&桜海老かき揚げ・・・1200円

以上、3種類の献立が並んでいた。
あちこちでフラレたために、すでに時計は12時半を回っている。
早いとこ決断しなければ―。

入店すると店内は7分の入り。
右手にカウンターがあるがランチタイムは使用されていない様子だ。
左手に座布団を敷いた入れ込みの板の間があって
こちらは堀りごたつ形式となっていた。

接客はパートのオバちゃんらしき女性が一人。
お茶を運んで来た彼女にいきなり告げられる。
「すみません、②番は売り切れました」―
銀だらを好まぬ当方、まったく意に介さず。

選んだのは③番であった。
桜海老のかき揚げは大好物ですからネ。
出(で)を待つ間、壁に貼られた夜の品書きを眺めて過ごす。
いくつか紹介してみよう。

初かつお刺身・・・860.円  初かつおたたき・・・880円
北寄貝刺し or 焼き・・・各1100円  真子がれい刺し・・・1200円
鱧落とし梅肉醤油・・・1080円  鱧とコシアブラの天ぷら・・・1200円
桜海老かき揚げ・・・780円  銀鱈煮付け・・・1100円
鯨立田揚げ・・・950円  フルーツトマトとポテトサラダ・・・700円
枝豆・谷中しょうが・・・各600.円

魚介類を中心に気の利いた料理が揃っているが
厨房の板前も一人なので料理の出はスローペースだ。
どうやらランチ営業にはあまり力を入れていない様子。
途中、満席でもないのにすし詰めを避けるためか
何組かの客を断っていたからネ。

ここへ突然、中年の外人カップルが入ってきて
隣りの卓に陣を取ったではないか。
いえ、べつに外人客がいけないこともないが
なんとなく場違いな印象があったし、
店の外観とメニューボードから想像するに
よくぞ、入店を決意したな、という思いもあった。

ほどなく耳に心地よいフランス語の会話が流れてきた。
差別するのじゃないけれど、
やかましい中国語じゃなくてよかったぞなもし。

=つづく=

2015年6月19日金曜日

第1124話 ジョージのお次はジョルジュ (その1)

幸薄そうなハーフの小学生、ジョージと焼肉を食べた数日後。
本郷の東京大学で所用を済ませ、
弥生坂を下りきって根津の交差点である。
ときは正午過ぎ、まさに昼めしどきだ。
 
リピーターではなかったJ.C.だが近年はリピート率が上がっている。
身を置いて心安らぐ場所がほしくなったのだろう。
行動範囲も狭まってきたし、
寄る年波というヤツであろうか・・・。
 
行きつけの日本そば店、池之端の「新ふじ」までは徒歩3分。
この日は午後にもミッションを抱えており、
昼から飲むつもりは毛頭ない。
もりそばか中華そばをサクッとやるだけでよいのだ。
 
ちなみに「新ふじ」の中華そばはなかなかである。
子どもの頃からの経験に基づけば、
日本そば屋における中華そばは当たりの確率が高い。
概して支那そばに源流を求める古典的なスタイルが多く、
根っからのラーメン好きを大きく裏切ることがない。
 
近頃流行りの煮干しの匂いがプンプンするヤツ、
いや、煮干しだけならまだしも魚粉の悪臭漂うヤツ、
挙句の果てはさらに魚粉をぶっ掛けちゃうってんだから
もう人間の食いモンではないわな。
魚粉なんてもともと作物のための肥料じゃないの。
われわれ人類は生き物であって、田畑(でんばた)には非ず。
 
でもって「新ふじ」に到着。
ありゃりゃ、珍しくも店先に3人の客が順番を待っている。
それもそうだヨ、一番混雑する時間帯だもんネ。
こりゃ、中を覗くまでもあるまい。
即、あきらめた。
 
このまま不忍通りを真っ直ぐ行って湯島に向かうか、
不忍池の遊歩道を突っ切って上野方面に抜けるか、
しばらく思案をめぐらす。
決断して今来た道を引き返すことにする。
 
根津の交差点を右折し、言問通りに入ってすぐ、
入店したのは「中華オトメ」である。
ここ数年、料理人が替わりでもしたのだろうか、
味が落ちている町の中華屋ながら
久しぶりに五目焼きそばを食べる気になっていた。
 
すると、ここでも空席が見つからない。
根津神社のつつじ祭りはとっくに終わったのに
界隈は熟年層が押しかけてきて
夫婦仲良く揃い、散策にいそしむ姿が目立つ。
ご同慶の至りなれど、いや、マイッたぞなもし。
 
またもや「オトメ」をあきらめ、周辺の物色に及ぶ。
交差点にほど近く、献立を記した立て看板に目がとまった。
 
=つづく=

2015年6月18日木曜日

第1123話 昼下がりのジョージ (その2)

ビリー・ワイルダー監督、
オードリー・ヘップバーン&ゲイリー・クーパー主演、
「昼下がりの情事」を最初に観たのは中学二年のときだった。
記憶は定かでないけれど、今は無きテアトル池袋ではなかったか―。

半世紀を経て目の前にいるのは昼下がりのジョージだ。
JR巣鴨駅前の焼肉店は「金剛苑」。
狭い間口の階段が2階に続いており、
その入口にランチメニューが貼り出されている。

おお、コイツはありがたいぞなもし。
米国産だか豪州産だか判然としないが
カルビ定食もロース定食も税込みで680円という安さ。
小学生にはピッタリといえよう。

ジョージの手を引いて階段を上がる。
店内はわりかし空いていてコリアン・レディーの促すままに
掘りごたつスタイルの小上がりに収まった。

注文したのはカルビ定食とハラミ定食である。
カルビは680円だが、ハラミは1000円だ。
レディーが「ライスは大盛りにできますヨ」―
こう言うので、ジョージのぶんだけはと思ったものの、
こちらも大盛りにしてもらった。
せっかくのサービス、その恩恵を受けるに越したことはない。

5分と待たずに運ばれた定食は
ワンプレートにそれぞれの生肉、
白菜キムチ、豆もやし&青菜のナムルが盛られ、
わかめタップリのスープが付いた。
炊き立てとお見受けしたライスも粒が立って美味しそう。

こちらは焼肉をチョコチョコつまみながらビールを飲む。
いや、ジョージのヤツ、よく食べること、食べること。
肉だけでなく、飯のほうもモリモリやっつけている。
大盛りのどんぶり飯がまたたくまに消えてゆく。
こちらも大盛りにしておいてよかったヨ、
そのまま大盛りのお替わり状態だもの。

肉が足りなくなったので追加する。
カルビとロースを追加したが、それぞれたったの500円也。
食いなはれ、食いなはれ、これならフトコロはまったく傷まない。

満腹になって口が軽くなった少年のハナシにしばし耳を傾ける。
ジョージが懸念しているのはペアレンツの行く末である。
ふむ、やっぱりねェ。
どうなることやら他人がとやかく言っても始まらないが
それなりのアドバイスはしてやるつもり。

子どもを不幸にするのは常に両親の不仲、
これだけは洋の東西を問わぬ、永遠の課題であるぞヨ。

「金剛苑」
 東京都豊島区巣鴨2-1-1新川ビル2F
 03-3918-8929

2015年6月17日水曜日

第1122話 昼下がりのジョージ (その1)

いよいよW杯ロシア大会の予選がその火ぶたを切った。
昨夜の対シンガポール戦、
GKマフブートは敵ながらあっぱれであった。
あれはもう神がかりというほかはない。
いや、しかし、あんなシンガポールの雄姿を見るのは初めてだぜ。

いずれにしても日本の1位通過は
絶対に動かないから悲観することなど何もない。
むしろJ.C.にとってシンガポールは
ニューヨークと並ぶ第二のふるさとにつき、
心から彼らの健闘を祝福したいくらいなのだ。

それはそれとして数日前である。
ひょんなことから小学生の男の子と昼食をともにすることになった。
それも二人だけで―。
話せばとてつもなく長くなるし、
関係者のプライバシーにふれざるを得ないので詳細は省く。

とにかく日本人の父とアジア人の母を持つ少年の名はジョージ。
身柄を受け渡されたのは文京区・千石の大鳥神社前だ。
ついでだから、と言うのもバチ当たりなハナシだが
神社に賽して手も合わせた。

そのあとでジョージにフィッシュ or ミートを問い質すと、
か細い声でミートを指定したではないか―。
ふ~ん、肉ねェ・・・。
近頃の日本のガキどもとまったく同じじゃないか。

さてさて、年端もいかないハーフの男児が肉を欲している。
何をごちそうしたら歓ばれるものかのう。
大鳥商店街を突っ切って白山通り、JR巣鴨方面に進路をとった。

道すがら、もう一度訊いてみる。
「チキン・ポーク・ビーフ、キミの好きなのはいったいどれだい?」―
まあ妥当な質問であろうヨ。
またもや、か細い声が返ってきてビーフだとサ。

ふ~ん、ビーフねェ・・・。
ここでステーキというわけにもいくまい。
子どもにそんなぜいたくはさせられない。
第一、こちらのフトコロが激しく傷むじゃないか。
となれば、ハンバーグあたりで誤魔化すしかないか―。
う~ん、ハンバーグかァ。

JR巣鴨駅前の、その名も巣鴨橋を渡った。
橋の下に川は流れていない。
山手線の電車が走っている。
今、山手線の内側から外側へ出たわけだ。

道のはす向こう、交番の先にセブンイレブンが見える。
その上に焼肉屋の看板があった。
そうだ! これでいくしかないじゃん!

=つづく=

2015年6月16日火曜日

第1121話 さしともと飲んだべサ (その3)

駒込の「食堂ときわ」。
一年ぶりの来店になろうか?
店内は大型店「巣鴨ときわ食堂」の4分の1ほどの広さ、いや、狭さである。
 先客は単身者が二人だけ、それぞれに夕食をとっている。

TVの下にいるお客の献立は見えないが
近くのオジさんが食べているのはサンマの開きで、これが実に美味しそう。
何となれば、中骨の周りの身肉がほんのりとピンク に染まっているのだ。
この部分が黒ずんでいては食欲が湧かない。

晩夏から初秋にかけて出回る新鮮な生サンマの塩焼きに
酢橘(すだち)を搾り掛け、大根おろしとともにいただくのは
よくぞ日本に生まれけりの美味だが通年楽しめる開きもまた捨てがたい。
少なくとも年をまたいで食べる、
前年に漁獲された解凍モノよりずっと美味である。
そりゃそうだヨ、干物は獲れて獲れて仕方がない旬の時期に
製造されるのだから、さもありなん。

しかるに当夜のわれわれはサンマの開きを注文しなかった。
飯のおかずにはよくとも、
酒の肴としては?マークが付くのが魚の開きだ。
サンマにせよ、アジにせよ、開きは朝食向きで、晩酌には不向きと言えよう。

取りあえずビールで乾杯したあと、
いきなりの一品はこの店におけるわが定番、ホヤ塩辛。
別段、好物というほどでもないけれど、
他店ではあまり見掛けぬ品にて、つい頼んでしまう。
赤貝にも似たオレンジのグラデーション美しく、
適量なのが頼みやすさにつながる。

ところが、いや、実に驚いたのだが
K子老人はかつてホヤを食べた記憶がないと言うではないか。
さっそく試食してもらうと、美味しいネのひと言があったものの、
あまり口に合わなかった様子が何となく伝わってくる。

老人がおもむろに所望した白菜漬は
なかなかの漬かり具合ながら、いかんせんしょっぱい。
J.C.の推奨によりオーダーした肉ニラ炒めまでヤケにしょっぱい。
前回の訪問ではとてもよかった料理だけにショックだ。

年配者の健康を害してはならじ。
何か塩辛くないものをと思い、お願いしたのがポテトサラダ。
うん、これなら安心、安心。

この頃には二人とも冷酒に移行しており、
日本酒にポテサラというのもねェ・・・
そんな気がしないでもなかったが意外と合った。
もしもこれが燗酒なら、こうはゆくまい。

2時間ほど談笑してお勘定。
夜の町を不忍通りまで歩き、クルマを止めてお見送りである。
はて、今宵はどこで飲み直すとするかの?

=おしまい=

「食堂 ときわ」
 東京都北区田端4-1-1
 03-3824-6070

2015年6月15日月曜日

第1120話 さしともと飲んだべサ (その2)

盤上の友・K子老人とひとしきり指したあと、
二人揃って晩酌に出掛けることとなった。
日中は汗ばむほどだったが、
日が沈むと涼やかな風が吹き渡る快適な夕べは
酒交にもってこい、楽しい一夜になりそうだ。

相方にリクエストの有無を訊ねると、
大衆食堂で飲みたいとの仰せである。
K子老人はマイ・ブログの読者であるから
食堂で飲む楽しさをすでに学習済み。
いいでしょう、いいでしょう、お望み叶えて差し上げましょう。

目的地の第一感は、ときわ食堂グループだ。
文京区・本駒込から出向くとなると候補は5軒。
さして広くもないエリアに5軒もの「ときわ」がひしめいている。
これは「巣鴨ときわ食堂」のなせるワザ。

高岩寺、いわゆる、とげぬき地蔵のはす向かいに
古くから店を構える旗艦店を始めとして
地蔵通りの先の庚申塚にオーナーの息子の店があり、
数年前にはJR駒込の駅前にも出店をはたした。

駒込には商店・飲食店が軒を連ねるアザレア通りに
昔から「食堂 ときわ」がある。
したがって何だか縄張り荒らしの感否めず。
それでも駅の東と西の棲み分けが功を奏して
喧嘩入り(でいり)の刃傷沙汰もなく、共存している様子だ。

最後の1軒は「ときわ食堂 動坂」。
都内に50軒ほどある「ときわ食堂」の中でもかなりの古株は
不忍通りに面していて、タクシー運転手の利用が多い。
その反面、地元の呑ん兵衛が夜な夜な集まるので
いつ訪れても立て混んでいる。
「入谷 ときわ」で働き始めた店主が
この地に開業したのは1968年のことだ。

はて、どうしたものよのう・・・。
老いたりとはいえ、まだまだ健脚の衰えを知らぬK子老人。
何処へでも歩いて行くヨ、なんちゃって鼻息が荒い。
さすがに庚申塚は遠いから除外するとして
結局、選んだのは駒込の「食堂 ときわ」だ。

二人肩を並べて夕暮れの動坂をぶらぶら降っていった。
不忍通りと交わる動坂下の交差点を左折する。
途中、くだんの「ときわ食堂 動坂」を左に見つつ、
(このとき老人うらめしそう・・・入りたいんだネ、きっと)
なおも直進して右手の小道に入った。

ほどなく到着した「食堂 ときわ」の最寄り駅はJR駒込だが
地番は北区・田端になる。
住所を頼りに隣り駅の田端で下車してしまうと、
かなりの距離を歩くことになるので要注意だ。
とまれ、TVから一番遠い隅のテーブルに着席した。

=つづく=

2015年6月12日金曜日

第1119話 さしともと飲んだべサ (その1)

わが友だちは千差満別、多種多彩。
のみとも・めしとも・うたともに加え、さしとも・うちともまでいる。
 何だソレ? ってか?
指しともは将棋のお相手、
打ちともは麻雀卓を囲む仲間、いわゆるポン友だ。

或る土曜の昼過ぎだった。
当ブログにいくたびか登場しているK子老人よりケータイに着信あり。
ちなみにK子は女性のファーストネームではなく、男性のサーネームだ。

例によって、ヒマならば即刻やって来いとのお達しだった。
 いやはや、お年寄りには太刀打ちするすべがございませんな。
言い出したら最後、聞く耳というものを持たないんだから・・・。
そういう意味では幼児と変わるところがない。
昔の年寄りのほうがまだ聞き分けがよかったような気がする。

でもって結局は薬局、遠征して行きました。
地下鉄に乗って到着すると、
なぜかビールとつまみの用意がされておる。
しかも冷えたビールは当方の好みの銘柄ときたもんだ。
まずは飲みなはれ、ということなんだろうが
こんな心配りは初めてのことである。

はは~ん、酔わせてたたこうという腹積もりかもしれないな?
そう思いながらも嫌いなほうじゃないから
策略にのったフリをして駆けつけ三杯に及んだ。
フ~ゥ、昼のビールは効くねェ。
こいつはほどほどにしておかないとトンデモないことになるゾ。

麻雀なら飲みながら打てるが
将棋はアルコールが入るとなかなかに厄介。
思考能力がガクンと落ちて
一手、二手ならともかくも、数手先までは読めなくなってしまうのだ。

え~い、面倒だ、どうにでもなれ!
厚いほうじ茶をすする老人を尻目に
こちらは冷たいビールをなおも飲りながら
取りあえず盤上に駒を並べた。

夕方の5時まで何局指したか記憶にないが結果は大きく負け越し。
ひと昔前からプロの女流棋士のあいだで流行りだした、
ゴキゲン中飛車戦法にこっぴどくやられてしまった。
こりゃ知らないまに、かなり研究を重ねたに違いない。
次回はこちらも何か新手で挑むしかなさそうだ。
松尾流のイビ穴で王様を囲ってみようかな?

戦いすんで日が暮れて、
いつもならこのまま一人でおいとまするところなれど、
当夜の老人は晩酌に連れて行けとホザいたではないか。
夜早く寝て朝早く起きる老人にしては珍しいこともあるもんだと思いつつ、
二つ返事で諒としたJ.C.でありました。

=つづく=

2015年6月11日木曜日

第1118話 夜明けの缶ビール

ここしばらく、午前中に片づけるシゴトがいろいろ舞い込み、
めったに食べなかった朝食をとるようになった。
真っ当な仕事をするためには
脳にちゃんとブドウ糖を与えなけりゃならんからネ。

たまさか、ごはん&味噌汁のケースもあるけれど、
パンで済ませるほうが圧倒的に多い。
それもほとんどバターを塗ったトーストである。

「ティファニーで朝食を」のオードリーよろしく、
クロワッサンにコーヒーで決めたくなったりもする。
だけどネ、そう簡単に美味しいクロワッサンを
ゲットするのはまず不可能なんですわ。

トーストにおけるJ.C.の気に入りは
敷島製パンのPascoブランド、その8枚切り食パン。
ガスレンジ下のグリルで焼くが
うっかりして焦がすことは日常茶飯事だ。
そのたびに自分の愚かさをつくづく嫌悪する。
本来、トーストの好みは”よく焼き”なれど、
さすがに黒焦げはアカンぞなもし。

心乱れて焼け焦げた箇所をバターナイフでこそげ落とすが
何だかブルーな気持ちになったりもして、挙句は食欲まで失せてくる。
おまけに塗りこむバターのノリが極端に悪くなる。
前夜、夜更かしをした若い女性の化粧のノリが
翌朝、めっきり悪くなるのと因を同じくするものであろうヨ。

トーストに合わせるのは決まって紅茶、
コーヒーではけっしてない。
それもストレートが主流で、ごくまれにレモンティーだ。
今は昔、若かりし頃、ロンドンに長く暮らしたから
ミルクティーには心底なじんでいる。

ところが大きな問題が一つ。
ミルクティーにスジャータはまったく駄目。
コーヒーの友、森永のクリープでさえしっくりこない。
ミルクティーにはミルク、そう、牛の乳でなければ絶対にならない。
能天気な日本の喫茶店は
コーヒー用のクリームで代用する店が多すぎるヨ。

だけどパックの牛乳を買ったりすると、
1週間、いや2週間、いやいや下手を打てば
1ヶ月もそいつに冷蔵庫の一画を占められてしまう。
よって、ストレートに落ち着かざるをえないのだ。

そんなこって、今この時間もトーストをかじり、
ストレート・ティーをすすりながら、コレを書き進めているワケ。
すでに窓の外はしらじら。
ベッドに転がり込む前に
夜明けの缶ビールをプシュっと開けたところなんざんす。

2015年6月10日水曜日

第1117話 渋谷はやっぱり駄目な街 (その4)

「にゅう鳥金」の焼きとんには何と粉わさびがたっぷり添えられていた。
豚のモツにわさびかえ?
感心しないねェ、わさびだったら断然、練り辛子であろうヨ。
東松山名物のやきとり(実際は豚のカシラ)には辛味噌が定番。
その影響からか都内の焼きとん屋でも辛味噌を見掛けることが
珍しくなくなった昨今だが、わさびは初めての経験だ。

無視するのが当然と思いつつもちょこっとレバに塗ってみた。
テヘッ、やっぱ駄目じゃん! 合うわけないヨ。
おまけにレバは焼き過ぎでパッサパサ、肉汁が完全に蒸発しちゃってる。
これにはこのままこっちが蒸発したくなったぜ。
シロのほうは辛うじて及第点といったところだ。

気を取り直して今度は焼き鳥。
正肉(もも)を塩で通すと、これにもわさび、そして櫛切りのレモンだ。
わさびには目もくれず、レモンを搾って口元に運ぶ。
う~む、さして旨いもんじゃないが、渋谷ならこんなものだろう。
やはり渋谷は食の不毛地帯だわい。

まともな昼めしを食べていなかったため、
3本の串では空腹を満たせない。
品書きを吟味するとオススメの一品に台湾焼きそばというのがあった。
ここで迷ったのはチキンライスに興味を持ったからである。

オムライスに席巻されて食べもの屋のメニューから
ほとんど姿を消してしまったチキンライス。
子どもの頃にずいぶんとお世話になった感謝と郷愁が相まって
オムライスを注文することはなくとも
たまさか食指が動くチキンライスだ。

はて、どうしたものかのう・・・。
まっ、あの程度の焼き鳥を供する焼き鳥屋のこと、
チキンライスで再びガッカリさせられるのが関の山であろうて―。
よってオススメの台湾焼きそば(600円)を選択した。

焼きそばは中太平打ち、パスタのリングイネを連想させる。
投入された具材は、豚バラ肉・きくらげ・キャベツ・
にんじん・ピーマン・玉ねぎ・にら・もやし。
肉野菜炒めに麺が混入する景色であった。

はたして食味のほうは突き出しに反して
化調に頼らないのがけっこうながら、まったく旨味ナシ。
結局は薬局だネ、これは―。
好感を持てたのは心温まるサービスで応じてくれた、
チャイニーズ・ウェイトレスのみ。

駄目な店に駄目な街、
こんな渋谷で遊び呆ける若者の行く末は推して知るべし。
”老爺心”ながらそう案じつつ、災厄の街から引き揚げたぞなもし。

=おしまい=

「にゅう鳥金」
 東京都渋谷区1-27-1
 03-3400-8270

2015年6月9日火曜日

第1116話 渋谷はやっぱり駄目な街 (その3)

理髪を済ませた帰り道。
渋谷はハチ公のいる広場のすぐ向かい、
ガード下の「にゅう鳥金」のカウンターに独り。

ヘアサロンでは飲みものを辞退したので殊更にビールが旨い!
しあわせの夕べを迎えている。

Evening is the time of day
I find nothing much to say
Don't know what to do
But I come to

When it's early in the morning
Over by the windows day is dawning
When I feel the air I feel that life is very good to me, you know
In the sun there's so much yellow
Something in the early morning meadow
Tells me that today you're on your way
And you'll be coming home, home to me

Night time isn't clear to me
I find nothing near to me
Don't know what to do
But I come to

思い起こせば1960年代。
イギリスのポップスシンガー、
クリフ・リチャードが歌った「しあわせの朝」(Early in the morning
この曲は彼のナンバー中、断トツのマイベストである。
ヴァニティ・フェアなんぞもカヴァーしているが、クリフのほうを好む。
いや、実に名曲でありました。

クリフは「しあわせの朝」だが、J.C.はもっぱら「しあわせの夕」だ。
かたわらに恋人の姿なくとも、ビールがあればそれでよい。
それでじゅうぶん、シ・ア・ワ・セ。
ハハ、単純なもんですな。

ビールのお供の突き出しは青菜のひたし。
化学のチカラが主張する妙な味付けに閉口して一箸でやめる。
どうせ有料だろうが、こんなもん食わされてもなァ。
店主のセンスと造り手の舌を疑ってしまう。

「にゅう鳥金」は焼き鳥屋だが焼きとんもやる。
あまり期待はせずに
とにかく好物の焼きとんからレバとシロをタレでお願いする。
カシラ・タン・ハツなど豚の上半身に属する部位は塩が合うけれど、
ガツ(胃)から始まる、レバ・テッポウの下半身はタレがよい。
これは焼きとんを味わうときの鉄則なのだ。

10分ほど待ったかな?
焼き上がった2本の串が運ばれた。
おや? 皿に珍しいモンが添えられてるじゃないか―。

=つづく=

2015年6月8日月曜日

第1115話 渋谷はやっぱり駄目な街 (その2)

東京で一番歩きにくい街が渋谷。
そのエリア内では代々木公園近くの安全地帯から
よりによってわざわざ危険地帯の駅そばに向かっている。

メトロ銀座線のガード沿いにはのんべえ横丁が控えているが
意外とこの横丁、のんべえにとって居心地があまりよくない。
これも渋谷という土地柄の為せるワザだろうか。
フフッ、われながらずいぶん嫌ったものよのぉ。
坊主憎けりゃ袈裟(けさ)まで憎いってか―。

ふと思ったがメトロのガード下ってのもヘンだよねェ。
通常、メトロは地下を走ってるんだから
線路が地上に出てきて
なおかつ、線路の足元にガードがあるってのもなァ。

そう、大江戸線、副都心線など、比較的新しい路線は
地下深くを走っているので地上に飛び出すこともないが
東京最古の地下鉄・銀座線と二番目に古い丸ノ内線は
モグラみたいにひょっこり顔を出しちゃったりするのだ。
それが渋谷であり、四谷であり、茗荷谷である。
ごらんなさい、揃いも揃って”谷”でござんしょう。

当夜はスクランブル交差点から向かって
のんべえ横丁の手前、銀座線ガード下の「にゅう鳥金」に入店。
予備知識どころか名前も聞いたことのない焼き鳥居酒屋だ。
初めて訪れる知らない場所や旅先の場合は
入る店を入念にチェックするけれど、
そうでないところは手を抜くようになった。

第一の理由は晩飯よりも晩酌におもきを置いているため。
食いもんは造り手の舌&腕に大きく左右されるが
飲みもんはまったく関係ないからネ。
「吉野家」で飲もうが「日高屋」で飲もうが
「東急イン」で飲もうが「帝国ホテル」で飲もうが、
キリンはキリンだし、アサヒはアサヒだからネ。

でもって「にゅう鳥金」のビールはスーパードライの大瓶(600円)。
もちろん、あらかじめ店先のメニューボードでチェック済みである。

店内は右手に焼き場があり、
そこを取り囲むようにカウンターが走り、
左手はテーブル席が並び、回り込んだカウンターの前、
実はトイレの前だが、そこにもテーブルが1卓あった。

J.C.が陣取ったのはカウンターの角だ。
この席に案内してくれたウエイトレスが
彼女は間違いなくチャイニーズなのだが
意想外に親切というか、気配りに長けているというか、
いわゆる民族特有の粗雑さがまるでない。
魔が射したとしても他人んちのサンゴを盗んだりはしないタイプだ。
接客係はこうでなければならぬ。
かように「にゅう鳥金」の第一印象は好もしいものであった。

=つづく=

2015年6月5日金曜日

第1114話 渋谷はやっぱり駄目な街 (その1)

2か月に1度のヘアカットに赴いた。
緑のそよ風に吹かれながら
東京メトロ千代田線・明治神宮前(原宿)から歩く。
実に気持ちがよい。

これが途中、一つ手前の表参道で乗り換え、
銀座線、乃至は半蔵門線の渋谷駅で下車すると面倒なことになる。
渋谷駅界隈は若者を中心に芋を洗うがごとくだからネ。
芋を洗うのは夏の湘南海岸と相場が決まっている。
おっと、港区・六本木にも芋洗坂ってのがあったか―。

理髪に要する時間は1時間足らず。
夕暮れの街に出た。
一日でもっとも楽しいひととき、そう、心ウキウキの晩酌タイムである。

渋谷区役所の真ん前に位置するヘアサロンから
さっき来た道を逆行してはいけない。
国立代々木競技場があるだけで
身を落ち着ける止まり木なんぞ、なあ~んもないからネ。

よしんば原宿に達したとしても
ジェネレーション・ギャップの餌食(えじき)になるだけだ。
ん? 竹下通り?
オッサンがそんな場所に足を踏み入れてごらんなさい、
自殺行為もいいとこだってのっ!

チョイスは二つある。
まず、NHK放送センターを右手に見ながら
まだ大通りにならない細めの井の頭通りに入り、
小田急線・代々木八幡駅に向かう道筋に
手軽な飲み処がズラリと並んでいる。
もう一つは渋谷駅周辺にあまたある繁華街のいずれかに
一夜の身を委ねればそれで一件は片づく。

当夜は第二のチョイスにしてしまった。
センター通りの坂を上がって来る若者たちの群れとすれ違いながら
早くもイライラがつのる。
だってなかなか前に進めないんだからネ。
よって毎度のことながらほとんど車道を歩くことになるのだ。

歩行者天国の真逆、歩行者地獄を代表するのが渋谷。
それに続くのが下北沢と自由が丘。
この3タウンではもっぱら車道を闊歩することにしている。
近頃はマイ・テリトリーの上野・御徒町も怪しくなってきた。

エッ? お巡りに注意されないかって?
そんなこたあ気にしやしませんネ。
元はと言えば、こんな道路を作った役所が悪いんだ、
その役所の飼い犬にとやかく言われる筋合いはござんせん。

=つづく=

2015年6月4日木曜日

第1113話 こんなサラダにほれました (その3)

千駄木は三崎坂にある洋食屋「Ryu」。
やはりミートソースの掛かったキッシュはダメだった。
キッシュはもともとフランスでもドイツに近い、
アルザス・ロレーヌ地方の料理。
とりわけロレーヌの名物でキッシュ・ロレーヌと称する。

玉子とほうれん草がふんだんに使われたパイは
さほど美味しいものとも思わぬが
1970年代の都内のシティホテルにおいては
パーティー料理の一品として重宝がられたことは事実だ。

キッシュのあとにいただいたのが前話で紹介したRyuサラダ。
凡庸な粉モノの直後だけに殊に印象深かったのかもしれない。
いや、そんなこともあるまい。
再訪する価値を見いだせるほどに優れた一皿だった。

サラダのお次はマカロニグラタン。
これも独りならまず注文しない料理だ。
何だかこの夜は相方のM鷹サンが仕切りまくり。
自分の好きなものをパッパッパと3皿も選ばれてしまい、
気弱なJ.C.のつけ入るスキなどあったものではない。

もっともこちらは冷たいビールさえあれば
とやかく言うつもりは毛頭ナシ。
たあ~んと頼みなはれ、う~んと食べなはれ、であった。

フードメニューは前話で紹介した。
リカーメニューでは特に赤ワインの良心的な値付けが目立つ。
何せ、トスカーナのキャンティ・レセルヴァ、
ボルドーのシャトー・ジャガール、
甲州・勝沼のルバイヤート、
そのすべてがフルボトルで2300円也。
ワイン好きが安心して赴ける料理店といえる。

ただし、この夜は比較的重めの二次会が控えていた。
ワインはスキップするのが賢明ゆえ、
メインディッシュの選択にいそしむことにする。

ところがここでもM鷹サンの主張衰えることなく、
ハンバーグ&海老フライの盛合せを注文に及ぶではないか―。
いやはや、ほんまにマイッたぞなもし。
ハンバはともかくも大海老が2尾
すべてのディッシュを二人で分け合ってきたが
さすがにこのメインは双方、ややもて余し気味。
でも言い出しっぺの相方には奮闘努力してもらった。

振り返って当店のベストはRyuサラダ。
もしも再訪するとしたら、目当てはこれにつきましょうゾ。

=おしまい=

「Ryu」
 東京都文京区千駄木3-27-17
 03-3824-1288

2015年6月3日水曜日

第1112話 こんなサラダにほれました (その2)

悪いクセで少々回り道をしたが本題。
お相撲さんがほれたのが”そんな夕子”なら
J.C.がほれたのは”こんなサラダ”でありました。
出会ったのは町の洋食屋さん「Ryu」だ。

当ブログにもたびたび登場するD坂こと、千駄木・団子坂。
坂下から団子坂とは反対方向の三崎(さんさき)坂を上りかける途中、
「菊見せんべい」や中華「砺波」の手前に「Ryu」はある。
ちなみに三崎坂を上り切った突端は
谷中霊園の入口になる。
春にほころぶ桜並木が美しい。

エニウェイ、百聞は一見にしかず。
いきなり”こんなサラダ”をお目に掛けてしまおう。
盛りだくさんのRyuサラダ
レッドビーンズが印象的だ。
かくれているが生ハムも盛られていた。
とにかくおざなりではない個性が好ましい。
ドレッシングはクリーミータイプのフレンチで
このタイプのサラダには打ってつけなのだろう。

食味はとてもよかった。
ヴァラエティ豊かな味覚を楽しむことができた。
J.C.はレストランでめったにサラダを注文しない。
ビヤホールや大衆酒場でオーダーするのはもっぱらポテトサラダ。
ポテサラだけは例外中の例外といえる。
当夜ものみとものM鷹サンがこのRyuサラダを所望したのだった。
それがスマッシュヒットとなったのだから相方に恵まれたわけである。
とにかくこんなサラダにほれました。

ここで洋食店「Ryu」のメニューを紹介しておこう。

今週のおすすめ (ワカメスープ・ライス又はパン)
 鶏ももニクのステーキ マスタード風味・・・1300円
 ハンバーグとエビフライの盛合せ・・・1480円  
 アジのソテー香草風味とメンチカツ・・・1350円

定食 (ごはん・味噌汁)
 カニコロッケ膳・・・1250円
 ロースカツ膳・・・1350円
 ヒレカツ膳・・・1350円

このほかに前菜的な品目が何品か並んでいたがメモり忘れた。

キリンの生ビールで乾杯し、
最初にお願いしたのが珍しくもキッシュだ。
これまたM鷹サンの好みである。
なぜかミートソースが掛かっており、
(キッシュにミートソースは要らんやろ!)
そう心に感じたことだった。

=つづく=

2015年6月2日火曜日

第1111話 こんなサラダにほれました (その1)

 ♪   やさしいことば 暗い過去
   みんな鏡が しっている
   一人ぽっちの かわいい女
   そんな夕子に・・・
   そんな夕子に ほれました ♪
     (作詞:海老名香葉子)

ときは1974年。
郷ひろみや山口百恵の歌声が列島を席巻し、
フォークのゴールデン・コンビ、
岡本おさみ&吉田拓郎の手になる「襟裳岬」に
演歌歌手・森進一が挑んで予想外の大ヒットを飛ばす中、
この人の甘い声もまた人々に受け入れられていた。

「そんな夕子にほれました」を歌ったのは当時、
小結と前頭の間を行ったり来たりしていた現役の力士、増位山大志郎。
作詞の海老名香葉子は初代林家三平の女将さんである。
彼にとって初めてのヒットとなった作品は
4年後に大ブレイクした「そんな女のひとりごと」につながってゆく。

世の中にカラオケが普及し始めたのは1977年ころ。
カラオケボックスが生まれる以前で
もっぱらスナックが素人歌唱の舞台となった。
「そんな女の~」は数少ないマイ・レパートリーの1曲、
今思えば8トラックのミュージックテープが無性になつかしい。

ちなみに1978年はサザンや松山千春がデビューした年。
前年にオーディオセットを買い揃えた音楽好きの青年は日々、
ターンテーブルで回すレコードの楽曲を
カセットデッキに収めたテープに録音するのに夢中だった。
数々の曲たちがまたなつかしくも愛おしい。

1974年から’78年に飛んじゃったが
ついでだから例によって’78年のマイ・ベストテン、行っちゃいますか。

① 勝手にシンドバッド(サザンオールスターズ)
② たそがれマイ・ラブ(大橋純子)
③ 迷い道(渡辺真知子)
④ しあわせ芝居(桜田淳子)
⑤ この空を飛べたら(加藤登紀子)
⑥ 季節の中で(松山千春)
⑦ いい日旅立ち(山口百恵)
⑧ みずいろの雨(八神純子)
⑨ ダーリング(沢田研二)
⑩ ディスコレディー(中原理恵)
 次点: カナダからの手紙(平尾昌晃&畑中葉子)
     飛んでイスタンブール(庄野真代)

あらあら、ジュンコが3人も並んじゃってるヨ。
それにして女性歌手が圧倒的だなァ。

おっと、ハナシが脇道にそれてしまって恐縮至極。
以下、次話ということで―。

=つづく= 

2015年6月1日月曜日

第1110話 何処よりも此処を愛す (その14)

金龍山浅草寺のおひざ元、「弁天山美家古寿司」の夕べ。
いただいたにぎり鮨は二人寸分たがわぬ種を食べ続け、
すでに12カンを数えている。
土地柄、銀座の鮨店より一回り大きめにつき、相当な食べ応えである。
そろそろ仕上げに掛からねばならない。

13番バッターは玉子だ。
振り返れば1978年、初めてこの店を訪れ、
つけ台に着いたとき、目に飛び込んできたのは
つけ場で一心に玉子を焼く四代目のうしろ姿であった。
心なしか背中から後光が射していたように・・・
は見えなかったけど、職人の風格を存分に放っていたっけ―。

関西風の出し巻きと対照的な「美家古」の玉子。
芝海老のすり身に砂糖を加えて練り上げ、
味醂と日本酒でのばし、同量の溶き卵を合わせて焼き上げる。
どうにも文句のつけようがない。

市場の量販店で買ってきた出汁巻きに
海苔の黒帯を巻いたヤツを臆面もなく出す店があとを絶たない。
いや、臆面どころかドヤ顔で腕組みまでして
威張ってやがるんだから、まったくバカにつけるクスリはありやせん。

思い出深い玉子はあくまでも味わい深かった。
いよいよ締めである。
ここは前回同様、おぼろ巻きとわさび巻き。
相方にとっていずれも生まれて初めて口にする巻きものは
やはり新鮮な驚きを招いたのだろう、瞳がキラリと輝いている。

長いことおつき合いいただいたシリーズの最後に四代目の逸話。
十数年も以前、五代目とまだお元気だったお内儀が口々に語った。

「オヤジもこのところめっきり弱っちまいましてねェ」
「それに食事んとき、何にでもマヨネーズを掛けちゃうんです」
「本当にあのお父さんがですヨ」

問わず語りのハナシを聞いていて何だか哀しくなった。
そう・・・女将さんのおっしゃる通り、
酢とわさびをこよなく愛した、あの繊細な味覚の持ち主をして
老いという魔物はここまで衰えを促すのだ。
世の無常とはこういうことなのか・・・。

ある日、ぼんやりといにしえの「美家古」の情景を思い描いていて
ハタと気がついた。
日本の典型的な食卓に置かれているのはまず醤油差し。
せいぜい、それにソースと塩・胡椒くらいが関の山ではなかろうか。
昭和の昔じゃあるまいし、
赤いキャップの化調サンはとっくに姿を消しているハズ。
ましてや食酢を並べている家庭はきわめてまれであろうヨ。

日本人が手っ取り早く酢を摂取できる調味料はマヨネーズ。
四代目は生涯連れ添った”酢”という名の伴侶を
無意識のうちに求めていたに相違ない。
マヨネーズには卵黄とオイルのコク味よりも
酢の酸味を求めていたんだヨ、きっと!

そうだ、こんど店に寄ったらこのハナシをしてやろう。
そして四代目の名誉を回復してやろう。
晴れがましい気持ちで、そう心に決めたのでした。

=おしまい=