2016年1月29日金曜日

第1284話 漱石ゆかりの洋食屋 (その5)

 ♪  道はときには 曲がりもするが
  曲げちゃならない 人の道
  どこへゆくのか 
  どこへゆくのか 銭形平次
  なんだ神田の 明神下で
  胸に思案の 
  胸に思案の 月をみる  ♪
     (作詞:関沢新一)

ご存じ、いや、若い人にはそうでもないか、
とにかく大川橋蔵主演のTV時代劇、
「銭形平次」の主題歌、その3番である。
当時、抜群の人気を誇った舟木一夫が
歌い出したのは番組がカラー化されてからだから
1967年あたりだったと思う。
毎週水曜午後8時のTBS、
日本中に彼の歌声が響き渡ったのであった。

今は誰も歌わない。
歌わないからJ.C.が歌っている。
こんな名曲を埋もれさせてなるものか!
そう意気込んで必死こいてるわけであります。

それはそれとして
明神下からそれほど遠くない神田淡路町の「松栄亭」にいる。
M代サンと互いの近況を語り合ってるうちに
メインディッシュが運ばれた。
ランチAはロースカツとハンバーグ
盛合せだからどちら比較的コンパクト。
別段、これといって特徴はないが
ハンバーグのデミグラス(仏語ではドゥミグラ)にシナモンが強烈。
いや、悪いわけじゃないけれど、
前はこんなじゃなかったと思うんだがねェ。
まっ、いいか。

少しく遅れてわれわれにとっての本日の主役、
かきフライがやって来た、ヤア、ヤア、ヤア。
ふ~む、ザ・ビートルズの来日から今年で丸半世紀になるんだねェ。
懐かしいなァ、あの六月の一夜。

また脱線しかかったところで何とか持ちこたえ、かきフライ。
大き目のかきが4カン付け
タルタルソースとレモンが添えられている。

最初は何も付けずにレモンも搾らずにパックリコ。
う~ん、旨いんだけど、以前ほどではない。
「レバンテ」の逸品を食してからあまり日が経っていないしねェ。
結局は薬局、この日のベストは漬物でありました。
洋食屋のベストがぬか漬けというのもなんだかなァ。
再び、まっ、いいか。

=おしまい=

「松栄亭」
 東京都千代田区神田淡路町2-8
 03-3251-5511

2016年1月28日木曜日

第1283話 漱石ゆかりの洋食屋 (その4)

「松栄亭」でメニュー選びが大詰めを迎えている。
ハンバーグにするか、あじフライを取るかである。
そうです! ここはハンバーグです!

あじフライを選択したひにゃ、
ロースカツとかきフライを合わせて
揚げ物オン・パレードになってしまう。
よってお願いしたのはAとE。
落ち着くところに落ち着いた感じだ。

そしてここに来ると必ず注文する漬物を二人前。
浅めのぬか漬けは洋食のおかずと白飯のよきつなぎ手となり、
恰好の箸休めにもなってくれる。

それぞれの値段を忘れてしまったが本日のランチ5種は
おおむね1000円から1500円のレンジに収まったと思う。
いわゆる定食スタイルだからスープ付き。
ここがアラカルトと比べてお得なわけだ。

ビールのグラスを合わせてほどなく、最初に漬物が登場。
これが100円とはお値打ち
大根の白、きゅうりの緑、にんじんのオレンジ。
この三色(トリコロール)は縦縞ならアイルランドの国旗と一緒。
横縞で真ん中の白部分にポッチンがあったらインドだ。
とまれ三色カラーは美しい。

ビールをグビッとやって、にんじんをポリポリ。
う~ん、ぬか漬けは浅めの漬かりに限るなァ。
かく言うJ.C.、古漬けが大の苦手。
あの匂いとあの酸っぱさにお手上げ状態となってしまう。
つい先日も江東区・森下の天ぷら屋でギヴアップした。
天ぷら大好きの気に入り店なのに
強烈な匂いを発するぬか漬けのせいで
しばらくは再訪すまいと心に決めたのだった。

ビールは好みとしないキリン一番搾りながら
美味しいぬかチャンのおかげでもう1本と相成った。
わが身にとってビールは清涼飲料水だから
酒類にカテゴライズされない。
されないけれど、隣りの卓の客から見れば、
”昼酒カップル”と判断されよう。
それはそれでまたヨシ。

スープがやって来た。
化調が主張するコンソメであった。
おざなりに過ぎて感心しないが
サービス品にイチャモンつけても始まらない。
だけど、これならなきゃあないでいっこうに構わない。
ってことは定食の食べ得感は雨散霧消の巻である。
やれやれ。

=つづく=

2016年1月27日水曜日

第1282話 漱石ゆかりの洋食屋 (その3)

旧神田連雀町の洋食店「松栄亭」。
壁のボードに本日のランチが何種類か貼り出されている。
ちゃあんと、かきフライもその一翼を担っていてうれしい。
こういったオススメ品は素直にオーダーするのが得策。
迅速に供されるから待たされることもないし、
割安感があってお食べ得なのだ。
 
その日のランチメニューはAからEまで計5種類。
つれづれなるままに紹介してみましょう。

 A ロースカツ&ハンバーグ
 B ロースカツ&あじフライ
 C ロールキャベツ
 D ビーフハンバーグ
 E かきフライ

もちろん品揃え豊富なアラカルトも注文可能。
でも、ここは前述した理由により、
本日のメニューボードから選ぶことにした。
採用したのは消去法で真っ先にビーフハンバーグが脱落。
殊更に牛肉を強調されてもねェ。
日本人が食べるハンバーグは合挽きでよかろうもん。

次いでロールキャベツが馬群に消えた、というより消した。
数日後に本郷・菊坂下のロシア料理店「海燕」で
ソイツを食べるつもりだったからだ。
ところがその時点ではそう思ったものの、未だ出向いていない。
モタモタしているうちに来月、
「海燕」で夕食会を催すことになり、
ロールキャベツの昼食は見送りの公算が強まった次第だ。

この会合はロシアのビールに始まり、
同じくロシアのウォッカ、ストリチナヤをガンガン飲る習わし。
料理は自ずからザクースカ(冷前菜)中心となる。
温かい料理はウォッカとの相性がよろしくない。
ロールキャベツの出る幕はまずないだろうなァ。
二月だから冷え込む夜であったならロールキャベツも悪くはないが
そのケースはむしろボルシチが人気を集めることになるだろう。

さてさて「松栄亭」の午餐であった。
残るランチメニューはA、B、Eである。
かきフライのEは当選確実。
そもそもコレを食べに来たんですからネ。
たとえ本日のボードにその名がなくとも必ず注文しとるもん。

さすれば、AかBかの二者択一である。
どちらも盛合せで片割れはロースカツだから
相棒が決め手となる。
かたやハンバーグ、こなたあじフライ。
これはもう明らかでしょう。
そう、読者諸兄のお察しのとおりであります。

=つづく=

2016年1月26日火曜日

第1281話 漱石ゆかりの洋食屋 (その2)

千代田区・神田淡路町の洋食店「松栄亭」。
漱石の稿を続ける。

でもこの店は好きだ。
好物はいろいろあり、串カツとオムレツは特筆に価する。
ポークカツもよく、季節のかきフライも上等。
揚げ油にラードを使用するため、
カキアゲは別として揚げ物の風味に秀でているのだ。

極め付きはぬか漬けとライスなのだが
安定感抜群のぬか漬けに反して
炊き上がりにムラがあるライスが難点。
カレーライス・ドライカレー・チキンライスなどのライスものには
今一歩の独自性が求められる。
チマチマとまとまった印象がぬぐえず、
食べ進むうちに退屈してきてパンチ不足が浮き彫りとなる。

文豪・漱石にはカキアゲよりも串カツやポークカツを食べさせたかった。
さすれば漱石もその旨さに目覚め、
再訪の際には注文の掛け声がこのように転じたことだろう。
「ちょいとネエさん、吾輩はカツである!」

秋も深まり冬の到来を前にして
「松栄亭」の品書きにかきフライが載るようになった。
ここのかきフライは好みのタイプ。
そりゃ有楽町の「レバンテ」や
銀座の「煉瓦亭」を凌駕するとまでは言わない。
言わないけれど、かなりの水準に達していることは確かだ。
 
感心しない洋風かき揚げを注文するなら断然こちらだろう。
めしとも・M代サンを誘い出し、旧連雀町にやって来た。
日本そばの「まつや」、あんこう鍋の「いせ源」、鳥鍋の「ぼたん」、
甘味処「竹むら」が昔ながらの佇まいを見せている。
 
惜しむらくは数年前の火災で「かんだやぶそば」が焼失したこと。
再建されて往時の面影を少しく偲ばせてはいるものの、
店内の雰囲気は変わってしまった。
界隈を10分ほどぶらぶらと散策し、
相方に蘊蓄(うんちく)を語ったあとで白い暖簾をくぐった。
 
実はこの「松栄亭」も前述した店々に匹敵するほど、
レトロな景観を誇ったものだった。
それがかれこれ十数年前だったかな?
改築されてモダンな姿に生まれ変わってしまった。
現在の店舗は見た目だけでなく、
漂う匂いまで変わったような気さえする。

例によって、いの一番にビールをお願い。
わがのみともは言うに及ばず、めしとももみな、
そこそこアルコールをたしなんでくれるからありがたい。
昼めしどきの独り飲みは旨くも何ともないからネ。

=つづく=

2016年1月25日月曜日

第1280話 漱石ゆかりの洋食屋 (その1)

1ヶ月ほど前に「鯛や鰻の舞踊り」と題して
文豪・夏目漱石が愛したうなぎ屋、
「竹葉亭銀座店」を紹介したのだが
此度はやはり漱石ゆかりの洋食屋、
「松栄亭」にご案内してみたい。
まずは自著「文豪の味を食べる」よりその稿である。

漱石は和食よりも洋食を好んだ。
すき焼きやビフテキが食膳に上ると機嫌がよかった。
すき焼きは今でこそ和食の範疇だろうが
当時ではかなりハイカラな料理だった。
ロンドン留学時代の劣悪な食事とは
ケタ違いの牛肉料理を満喫したことだろう。

ロンドンでは人種差別に悩み、
それが肉体的コンプレックスにもつながった。
漱石は小柄な男だった。
下宿先の主人とハイドパークへ
ヴィクトリア女王の葬列を見に行った折、
その主人に肩車をしてもらっている。
三十男が肩車のお世話になることなど、
常識では考えられず、相当な小男だったと思われる。

東洋人の肉体が西洋人のそれに見劣りするのは
食べる物の”差”と信じていたはずで
その思いが漱石をして積極的な洋食の摂取に駆り立ててゆく。
このあたりビフテキとボディービルで
肉体改造を図った三島由紀夫に似ていなくもない。

神田須田町・淡路町界隈は旧くは連雀町と呼ばれ、
奇跡的に戦災を免れたエリアだ。
「かんだやぶそば」、鳥鍋の「ぼたん」、鮟鱇の「いせ源」など、
老舗が往時の姿をとどめて軒を連ねている。
その片隅、白地に黒く「洋食 松栄亭」と染め抜いた暖簾を
掲げているのが漱石ゆかりの洋食店である。
1907年の創業だから、ちょうど去年で百周年。

漱石が好んだ洋風カキアゲ(850円)をまず食べてみる。
豚肉と玉ねぎを玉子と小麦粉でつなぎ、
油でカラリと揚げたものだが時間がかかるわりには
さほど美味しいものでもない。

何だかお好み焼きのキャベツを玉ねぎで代用し、
鉄板で焼く代わりに油で揚げたようなものだ。
10年以上も前に一度食べたきり、
カキアゲ君との再会を果たすつもりもないが
そのうち魔が差すこともあろう。

=つづく=

2016年1月22日金曜日

第1279話 ライムを爆買い (その2)

帰宅後、袋から解放してやったライムは20個。
安値に刺激され、ハズミがついて爆買いしたものの、
さすがにちょいと当惑気味である。

取りあえず半量の10個をスクイーザーでキッチリ搾った。
果汁は小さなペットボトルに移して冷蔵庫にキープする。
ついでだからわが家の冷蔵庫の中身を発表しちゃうか。

常備されている飲食物を重要性に沿って
順にランク付けしてみよう。
いわゆるベストテン・イン・マイ・フリッジである。

① ビール  ② 生わさび  ③ ソーダ  ④ ロックアイス
⑤ 柑橘果汁  ⑥ バター  ⑦ 玉子  ⑧ 食パン
⑨ ロースハム  ⑩ 牛乳

といった感じでありまっしょう。
ソーダに違和感を持たれる向きがおられようが
ここ10年ほど、ずっと愛飲している。
そのまま水変わりに飲むこともあるがほとんどの場合、
酎ハイやその他アルコール飲料を割るために使う。
二日酔いのときに飲みたくなるソフトドリンク、
例えばオランジーナや三ツ矢サイダーさえも、
甘みを制御するため、ソーダで半々にするのだ。

ハムはサンドイッチかハムエッグ用。
あとはポテトサラダやマカロニサラダに
入れたり入れなかったり。

牛乳はミルクティー専用、そのまま飲むことはない。
生まれて間もなく母猫から引き離されたせいか
愛猫・プッチも牛のミルクにゃまったく興味を示さない。
ハッキリ言って猫またぎに等しい。

当夜は冷蔵庫の中に夏みかんの果汁がたっぷりあった。
にも関わらず、搾りたてのライムでモヒートを作った。
季節はずれのモヒートだが
ホワイトラムとスペアミントをちゃあんと使った本格派。
しかもバーテンダーがJ.C.本人とあっては
銀座のオーセンティック・バーに勝るとも劣らない。
と、悪乗りして自画自賛の巻。

氷だってコンビニで買ってきたロックイス。
これが冷蔵庫の製氷器で作ったアイスではまったくダメ。
妙な匂いが入り混じって味わうに耐えないモノと化す。

今現在もこれを書きながらカンパリソーダを飲っている。
カンパリソーダには通常、
スライスレモンを浮かべるスタイルがポピュラーだろう。
ところが違うんだな、
スライスライムの香りがよりシンクロナイズする。

カンパリを2杯やっつけたので
お次はボンベイ・サファイアでジンソーダといきたい。
もちろんライムの果汁少々にスライスも添えてネ。 

2016年1月21日木曜日

第1278話 ライムを爆買い (その1)

フルーツを口にすることはめったにない。
食事にデザートを必要としないし、間食も嫌いですからネ。
ただし、柑橘系の果汁を使ったカクテルやミックスドリンク、
はたまた酎ハイの類いは大好きだ。

オレンジやグレープフルーツだと甘みが勝ってしまうので
もっぱらレモンとライムを愛好している。
あとは夏みかんがけっこうですネ。
殊に酸味が強くて食用には向かない冬場のそれがよい。

真冬でも散歩を欠かさぬJ.C.
道端や公園で実をつけている夏みかんを見つけると、
一つ二つ失敬してきては酎ハイにして楽しむ。
でもこういうのは窃盗あるいは
置き引きの罪に問われるのだろうか?
確信はないけどまず大丈夫であろうヨ。

鎌倉在住の旧友が上京してきて
とんかつが食いたいと言うから浅草へ赴く。
とある老舗でロースとヒレを分け合いながらビールを飲んだ。
互いにライスよりビールのほうがありがたい。
夜に横浜で飲み会を控える相方を
都営地下鉄・浅草駅の改札口で見送った。

自宅の冷蔵庫内にキープしている、
というよりも飼育していると言うにふさわしい生わさびが
だいぶチビてきて余命はあと数日と思われていた。
雷門のはす向かいにあるスーパー「オオゼキ」に立ち寄る。

ここのところ築地の魚河岸にはあまり行っていない。
わさびは築地が一番安い。
デパ地下で本わさびを買おうものなら
本まぐろの刺身より高くつくから
もっぱらこの「オオゼキ」で調達するのが近年の習わしである。

大き目な海鼠(なまこ)くらいの立派なサイズが1000円前後で買える。
わさびをドボンと浸す水道水をこまめに交換してやれば
ゆうにひと月はその命を永らえてくれる。
ありがたきかな。

当夜も真っ先にわさびを確保。
そのあとで掘り出し物を物色するため、
店内を徘徊していると、ありました、ありました、
発見したのはメキシコ産のフレッシュ・ライムでありました。

国内市場に出回るライムはほぼ100%がメキシコ産だが
ほとんどの場合、1個約200円というのが相場。
それが何と1袋5個で98円(プラス税だったかな?)ときたもんだ。
前代未聞の価格破壊がここにあった。

こんなに安いライムはかつて見たことがない。
歓び勇んだJ.C.、4袋も買っちまっただヨ。
自分のあさましさにめまいがしたくらいであった。

=つづく=

2016年1月20日水曜日

第1277話 ひきこもって「グロリア」

一昨日の朝。
目覚めて窓を開ければ港が見える。
もとい、路上に積もった雪塊が見えた。
前日の天気予報で降雪は覚悟していたが
またずいぶん積もったもんだなァ。

山下達郎の「クリスマス・イブ」では
雨が夜更け過ぎに雪へと変わるが
おとといは夜更け降った雪が早朝に雨へと変わった。
Silent morning, holly morning.
・・・とはいかなかったけど―。

この日のスケジュールは降り積もった雪のごとく真っ白。
朝刊を開くと午後3時頃に雨は止む予想。
この時点で昼めしのための外出はあきらめた。
こうなったらパンでも焼いてミルクティーでも淹れて
のんびりとブランチを楽しもう。
そう思ったことだった。

夕刻に雨が上がったとしても
雪解け道は歩きにくくてしょうがなかろうヨ。
滑って転んで大分県はイヤだから夜も出かけるのは控えよう。
となれば丸一日ひきこもりということになっちまうな。
いいでしょう、いいでしょう、こういうのもたまにはいいんだ。

バターをたっぷりぬり込んだトーストをかじりながら
朝刊のTV番組表に目を通す。
おっと、13時半からTV東京が「グロリア」を放映するじゃないの。
ジョン・カサヴェテス監督、
ジーナ・ローランズ主演のオリジナル(1980年)ではなく、
シドニー・ルメット監督、
シャロン・ストーン主演のリメイク(1999年)である。

すでにオリジナルは3回、リメイクは1回観ている。
デキは前者がはるかによい。
それでも後者を今一度観たくなった。
雪は雨に変わったけれど、ひきこもりを決め込んだのだ。

読者のみなさんはゴールデンラズベリー賞をご存じだろうか?
アカデミー賞が各部門のベストを選出するのに対し、
ゴールデンラズベリーはその反対、ワーストを選ぶのだ。
実は不名誉なこの賞の主演女優賞にシャロンがノミネートされ、
名匠・ルメットの評判も地に堕ちたのがこの作品。

そうかねェ、そうかしら・・・
かなり楽しめるサスペンス映画に仕上がってるのに―。
もっともラズベリー賞なんかちっとも気にすることないんだ。
マドンナとデミ・ムーアは常連中の常連、
男優では」シルベスター・スタローンとケビン・コスナーが
しょっちゅう槍玉に上がっている。
どことなく選出者に意図的な悪意を感じるネ。

とまれ、予期せぬ降雪のおかげで
懐かしい映画を見ることができ、
少しくシアワセな一日ではありました。

2016年1月19日火曜日

第1276話 食べ比べて ゆず切り (その6)

御徒町のそば処「吉仙」。
注文を取ったものの、
すぐに戻って来た接客のアンちゃんが言うことには
桜海老のかき揚げが売り切れ。
代わりに海老と蓮根のかき揚げを推奨された。
相方と目線を合わせ、互いにうなずきながら
出したサインは”OK、Go!”である。

天ぷらたちはなかなかに食べ応えがあった。
そもそも穴子の脇に蓮根と獅子唐が添えられている。
蓮根はかき揚げと重複してしまった。
穴子だけに天つゆを使用し、あとは塩だけでいただく。
日本そば屋の天ぷらには”当たり”が多いことを
あらためて実感した次第だ。

芋焼酎に切り替えて山ねこをロックで。
以前と比べて焼酎を飲む機会がずいぶん少なくなった。
一応、自宅にはロック用に一刻者(赤)。
各種酎ハイ用にキンミヤをストックしてはいるけどネ。

いよいよ締めのゆず切りである。
日暮里の「大宝家」のソレに満足できず、
かねて馴染みのある「吉仙」のコレを食べに来たんだからネ。
そば前の小肌や穴子は言わばバイプレイヤー、
本日の主役はあくまでもゆず切りである。

そんならハナから食えや! ってか?
いえいえ、昼めしどきならいざ知らず、
晩酌どきにいきなりそばはないでしょう。
池波正太郎翁など、昼日なかから
「酒を飲まぬくらいなら蕎麦屋には入らぬ!」とまで
言い切っておられる。

J.C.はゆず切り2段(1200円)、
T栄サンはせいろとゆずを1段づつ(1000円)、それぞれお願いした。
ここのそばは小さめのせいろが2枚で1人前なのだ。
一箸たぐってみると、う~ん、ぜんぜん違うなァ。
歯応え、舌ざわり、のど越し、非の打ちどころがない。

せいろや田舎にも兼用するつゆは
変わりそばにちょいと強すぎるきらいはあっても
じゅうぶんに満足のゆくものである。

会計時に手を伸ばしたビジネスカードを
今、何気なしにつまんでビックリ!
前述したディズカウントストア「多慶屋」の周りだけでも
老舗の当店「吉仙」を筆頭に
「心洗庵」、「萬丸」、「和奈庵」と計4軒も出店している。

いや、儲かるんだねェ。
そりゃそうだわ、町場のそば屋としては高すぎるもの。
食わすアホウに食うアホウ、
同じアホなら食わなきゃ損、ソンってことかいな。

=おしまい=

「吉仙」
 東京都台東区台東4-8-5 T&T御徒町ビルB1
 03-5688-1200

2016年1月18日月曜日

第1275話 食べ比べて ゆず切り (その5)

JR山手線・御徒町駅から徒歩2分の日本そば屋「吉仙」。
東京メトロ日比谷線・仲御徒町からなら1分と掛からない。
地番は台東区・台東四丁目だ。
都内有数のディスカウントショップ、
「多慶屋(たけや)」のすぐそばにある。

相方のT栄サンとつまみの吟味に入った。
本まぐろや寒ぶりはお高いので目を付けたのが小肌酢。
われわれの小肌酢が到着する前に隣りの卓の刺身が大皿で運ばれた。
べつに盗みみたわけじゃないが
チラリ、目に映った光景はかなり豪勢な印象。
男二人に女一人の三人組は雰囲気からして接待だと思われた。
どちらがする側される側までは図りかねましたがネ。
 
彼らはJ.C.から見て左サイド、
今度は右サイドに中高年の男ばかりが三人着席した。
みな真っ黒や濃いグレーのスーツ姿だ。
接客係には全員揃ってから始める旨を伝えている。
四人用テーブルなのでメンバーはもう一人。
 
そうこうするうち、われらの小肌が整った。
品書きに長崎産とあったからおそらく天草だろう。
まず壱岐や五島ではあるまい。
かすり模様が美しく、なかなかの上物とみた。
 
あくまでも“小肌”であって“巨肌”ではない。
”巨肌”だけは願い下げだ。
わさびは残念ながらマゼ。
ただし本物の香りを失っておらず、質自体は悪くない。
天草の海の幸を一切れ口元に運ぶ。
酢の〆具合よろしく、けっこうな仕上がりである。
 
さすがに「本陣坊」グループ、
そば屋でありながら生モノを豊富に取り揃えて
売上を伸ばしてきただけのことはある。
 
ここでわれわれは日本酒に移行。
特段、愛飲しているわけでもない八海山を冷酒で所望する。
しっかりと正一合を謳って金800円也。
これまたやや高めの値付けだ。
ときたま訪れる文京区・道灌山下の食堂「K」は
同じ銘柄がやはり正一合で600円だからネ。
 
「吉仙」は生モノのみならず、
天ぷらもウリにしている。
穴子天に桜えびのかき揚げをお願いした。
経験上、そば屋においては刺身よりも天ぷらで飲むほうがよい。
もっとも刺身のあるそば屋はめったにないがネ。

1分後、接客のオニイちゃんが手ぶらで戻って来た。
何事であろうや?
 
=つづく=

2016年1月15日金曜日

第1274話 食べ比べて ゆず切り (その4)

日暮里の里での一件から1週間が経とうとしていた。
その日の夕刻、御徒町は昭和通り沿いに
J.C.オカザワの姿を見ることができた。
通りの上に首都高速がかぶさってやがって
歩いていてもちっとも楽しくないストリートだ。

やって来たのは新橋「本陣坊」系列の「吉仙」。
このグループは新橋・浜松町界隈を中心にチェーン展開しているが
すべて屋号が異なり、関連性を疑わせないから
それぞれ独立店舗のように映る。

せいろ・田舎・変わりそばはどの店を訪れても期待に応えてくれる。
今のところ変わりそばはゆず切りのみ。
これが十数年前の「本陣坊」ではしそ切りとの二段構え。
しかもこのしそ切りときたひにゃ秀の逸にして抜の群。
ゆず切りの上をいってそれこそ都内随一、
いや、日本一の変わりそばと断言してもよいくらいだった。

それが忽然と姿をかき消したのだ。
理由をスタッフに訊ねても真っ当な答えなんか返ってきやしない。
深くはツッコまないから
何とか再び打ち始めてくれないものかなァ。
しそ切りの復活を切に望むわが心根である。

当夜はのみとも・T栄サンと待ち合わせた。
ほとんど同時に入店し、サッポロ黒ラベルで乾杯する。
J.C.はここに来る前、御徒町ガード下の「味の笛」で
アサヒスーパードライの生を飲ってきた。
300ml くらいのプラスチックのコップで2杯飲んだ。

ゆえにいきなり日本酒でもよかったのだが、
根っからのビール党につき、何の問題もない。
ただしチラリと見た品書きに驚いた。
中瓶が700円とある。
エッ、こんなに高かったかいな?
町のそば屋でこの値段はほとんど異常である。
行きつけのそば店、根津の「新ふじ」なんか大瓶で650円だもの。
銀座の一等地、尾張町のうなぎ屋「竹葉亭」よりも高いんだから。

「たかがソバ屋が」―なんて言いたくないけれど、
アッ、もう言っちゃってるか!
とにかくずいぶん強気の値付けだねェ。
もともと商いの仕方にあざとさ満載のグループにつき、
今さら驚くこともないんだが
やはり他店と比べると、鼻についてしょうがない。
ありゃりゃ、ゆず切りを食べ比べるつもりが
値段の見比べになっちゃった。

ドリンクがそうなら当然のごとく、
料理のほうもどんどんプライス・アップされている。
刺身の盛合せなんぞオーダーしたら
ちょいとした鮨屋並みになってしまう。
まったく何考えてんだか!
くわばらくわばら・・・。

=つづく=

2016年1月14日木曜日

第1273話 食べ比べて ゆず切り (その3)

根岸の里の住人、正岡子規が愛した羽二重団子、その本店を左手に
ワンコインランチで近隣の人気を集める「思い出定食」を右手に
それぞれ見ながらJR日暮里駅前にやって来た。

その気になれば、”昼から酒場”の「いづみや」は目と鼻の先。
サッポロラガー、いわゆる赤星の大瓶が待っているけれど、
なぜか当日はその気にならなかった。
まずはそばである。
ゆず切りである。

目当ての「とお山」の数軒手前で足が止まった。
ややっ、これもまた日本そば屋じゃないか!
こんなところにそば屋なんてあったかいな?

見たところ最近開業した新参の店舗ではない。
店の前を何度も通り掛かっているはずなのに見過ごしていた。
文字通りの素通りで、こんなこともあるんだなァ。
マスト・ペイ・モア・アテンションである。

でもって店先の品書きを吟味すると、
あらまっ、ゆず切りがあるではないの。
何の躊躇もなく入店の巻と相成った。
ちなみに屋号は「大宝家」という。

昼のピークを過ぎているというのに
テーブルは五割がた埋まっている。
客はほぼすべてジモティらしく、それなりの人気店とみた。
あらためて品書きに目を通すこともせず、
かねて狙いのゆず切りをお願いした。

この8分後、失意のどん底とまでは言わぬが、
落胆の淵に沈む自分がいた。
だめじゃん、コレ。
そばの実の芯とその周りだけで打った更科そば自体は悪くない。
でもネ、ゆずの香りが薄すぎるんですわ。

ゆずをガツンと利かせりゃいいってもんでもないが、あまりに弱い。
ユウヅウが利かないヤツは困ったもんだけれど、
ゆずの利かないゆず切りは味気ないったらありゃしない。

過去を振り返っても行き当たりばったりで飛び込んだそば屋、
いや、そば屋に限らず、すべての飲食店に共通するが
”当たり”に出会うケースはきわめてまれなのだ。
とは言え、よくよく考えれば香りが足りないものの、
更科系のそばはそこそこなのだから
期待しすぎたこちらの方に非があるかもしれないねェ。

ランチを終えて散歩の再開。
歩きながら思った。
やはり不完全燃焼につき、
近々どこかへまたゆず切りを食べに出掛けよう。

=つづく=

「大宝家」
 東京都荒川区西日暮里2-18-7
 03-3891-3775

2016年1月13日水曜日

第1272話 食べ比べて ゆず切り (その2)

「哀愁列車」の歌詞にある”ホームは”もちろんプラットホームのこと。
これは和製英語で本来は platform だから
プラットフォームであるべきところだ。

まっ、それはそれとして歩いて行ったのは
都内に唯一残るチンチン電車、都営荒川線の早稲田駅である。
新宿区・早稲田と台東区・三ノ輪橋を結ぶ荒川線は全30駅。
あいや、全30停留所というのが正しい表現かもしれない。

始発だったので座席に腰かけて行った。
面影橋を過ぎ、学習院下を通りながら漠然と思う。
はて、どこで下車するかの?
候補としては巣鴨の庚申塚、王子の飛鳥山公園、
はたまた荒川区の交通の要衝、町屋あたりだろうか・・・。

何のことはない、珍しくも座った座席が暖房でぬくぬく、
つい居眠りしちまったじゃないか。
よって到着したのは終点の三ノ輪橋。
結局は薬局であった。

三ノ輪とくればアーケード商店街のジョイフル三ノ輪には
「砂場総本家」がある。
あるけれど、砂場系にゆず切りはまずあるまい。
なぜか、正午を過ぎてもいまだ空腹感が襲ってこない。
前夜、飲み過ぎてもいないのにどうしたことだろう。
ええい、ままよ、ここから歩き始めるか。

せっかく三ノ輪まで来たのだからジョイフル三ノ輪を軽く流してみた。
アーケードの中ほどに差し掛かったとき、強烈な異臭が鼻腔を直撃。
そうだ、そうであった、これに弱かったんだよなァ。
異臭といってもサリンみたいに生命に及ぼす危険はないから
怖るるに足らないものの、早いとこトンズラするに越したことはない。

国際通りを南下し、進路を浅草方面にとりながら
ふと思いついて鷲(おおとり)神社の手前、竜泉で右折する。
昭和通りを横断して金杉通りを左に曲がった。
このまま真っ直ぐ進めば根岸の里である。」

ところが根岸には心当たりの日本そば屋がない。
むしろ隣り町の日暮里のほうが何とかなりそうだ。
よって日暮れの里を目的地と決めた次第なり。

記憶が確かならば、
駅東口ロータリーに近い「とお山」は変わりそばを提供しているハズ。
冬場のこの時期、当然ゆず切りはあってしかるべきだろう。
バスにチンチン電車にオン・フット、
いろいろ取り交ぜた末に
ようやくわがストマックもエネルギーの補給を要求し始めた。
心なしか足の運びにもリズム感が生まれてきたのだ。

=つづく=

2016年1月12日火曜日

第1271話 食べ比べて ゆず切り (その1)

前話では長きに渡り、三重県・的矢湾の牡蠣を愛でたが
食事会の翌日、ママ・H恵よりメールが来信。

岡ちゃん、昨夜はごちそうさまでした。
食評論家の岡ちゃんの薦めてくれたものは
やはりすべて美味しかったですね。
生牡蠣と牡蠣ピラフはまた絶対に食べに行こうと思いました。
あっ、ローストビーフは
Y子ちゃんが作ってくれた方が美味しかったかも?
ということで昨夜は不完全燃焼だったので
来年は週末に一度、またたっぷり遊んでください。
お願いします。
いやぁ、岡沢伸介節、笑えるわぁ。

またずいぶん入れ込んだものだネ。
不完全燃焼というのは当夜、互いに時間の束縛があったため。
”来年は週末”というのも土・日なら夜の銀座がお休みだからネ。
J.C.のことを”岡ちゃん”と呼ぶのは
ニューヨーク時代の友人たちにほぼ限定されますな。

さて、冬至から20日ほど経過した。
冬至だからってベツにかぼちゃも食わなきゃ、ゆず湯に入ることもない。
ただ、そんな風習を告げるTVニュースや新聞記事のおかげで
ゆず湯ではなく日本そばのゆず切りに気がいったことであった。

J.C.はゆず切りやしそ切りなど、変わりそばが大好き。
けし切り、菊切り、よもぎ切り、レモン切りなんかもいいねェ。
ただし、茶切りと胡麻切りだけはあまり好まない。

ふむ、ゆず切りか・・・
どこへ行ったらよかんべェ?
第一感は新橋の「本陣坊」だが
何となく新橋には行きたくない気分。

とにかくその日は昼前に自宅を出て早稲田行きのバスに乗った。
終点で降りると、目の前にリーガロイヤルホテルだ。
ホテルで一憩を休しながらぼんやりと身の振り方を思う。
早稲田にだってそば屋はあるが
足が向かないのはまだ空腹を感じないからだ。
そこで向かったのがホテルから至近のプラットホームだった。

 ♪   惚れて 惚れて
   惚れていながら行く俺に
   旅をせかせるベルの音
   つらいホームに来は来たが
   未練心につまずいて
   落とす涙の哀愁列車  ♪
     (作詞:横井弘)

三橋美智也の「哀愁列車」は1956年のリリース。
同年の「リンゴ村から」と並ぶ彼の二大ヒットである。
ここに「古城」が加わると、マイ・ベストスリーが完成する。

=つづく=

2016年1月11日月曜日

第1270話 牡蠣よ 愛しの 牡蠣よ (その8)

OLのY子はともかくも
クラブ・ママのH恵の舌は相当に肥えているハズ。
おそらく日々、東京で一番美味しいものを食べているのは
夜の銀座で働く女性たちであろうヨ。
これが京都なら祇園、大阪なら北新地ということになろう。
その彼女が的矢の牡蠣に驚嘆している。
さもありなんて―。

唐突ながら映画監督・小津安二郎の作品中、
マイベストは「東京暮色」(1957年)。
劇中、小料理屋「小松」の女将に扮した浦辺粂子が
客の笠智衆に奨めている。
「旦那さん、今日は的矢からいい牡蠣が入ってますヨ」―
半世紀以上前に撮られた映画で
すでに的矢の牡蠣のすばらしさが認知されている。
幼少年期から三重県・松坂に住まわった小津は
そのことを熟知していたのだ。

「レバンテ」で必食の牡蛎料理・御三家は
生牡蠣にフライにピラフであるが
となるとお次はフライだ。
この店の牡蠣フライにはいわゆる(上)と(並)があって
粒の大小が違うのだけれど、ここは(並)がオススメ。
ディープ・フライドされることにより、
小粒のほうがよりクリスピーさを感じさせてくれるからだ。
 
フライとピラフのあいだに二品はさんでみた。
まずスズキのソテーだが、これは可もなく不可もなく、
なくてもよかった一皿であった。
 
続いてはローストビーフだ。
冬場は牡蛎専門となるレストランながら
ここのロービーは悪くない。
少なくとも「銀座ライオン」のそれよりもはるかによい。
 
おっと、牛肉で思い出した。
以前、美食家・ロッシーニの名を冠した、
ヒィレ・ド・ブッフ・トゥルヌド・ア・ラ・ロッシーニの
トゥルヌドのことを竜巻だと記したが、これは誤り。
牛肉の部位の一種であった。
3名の読者の方からご指摘いただいた。
 
若い頃働いたホテルの料理人が上記の料理を
「竜巻、タツマキ」と呼んでいたので
よく調べもせずに鵜呑みにしていたのが間違いのもと、
あらためて訂正します。
 
締めの牡蛎ピラフとともに
2本目のシャトーメルシャンがカラになり、
2時間ほどのディナーはお開き。
Y子は豊洲の自宅へ、H恵は西銀座の職場へ、
J.C.は大塚の飲み会の”あとからジョイン”へと
それぞれ行動を別にした。
 
=おしまい=
 
「レバンテ」
 東京都千代田区丸の内3-5-1
 03-3201-2661 

2016年1月8日金曜日

第1269話 牡蠣よ 愛しの 牡蠣よ (その7)

立ち飲み酒場の名は「もつくし 有楽町店」。
”有楽町店”を名乗るからには
チェーン展開しているのかもしれない。
もっとも有楽町駅前の一等地とあっては
個人経営では保証金すらままなるまい。

店内を見回すとオープンしてさほど月日を経ていない様子。
スタッフはバイト風のアンちゃんとオネエちゃんが一人づつで
オジさん、オバさんの姿はない。
もっともまだ浅い時間につき、
来客数の増加に合わせてスタッフも出勤してくるのだろう。

「和民」に代表されるような若者酷使のチェーン店舗は
大嫌いだが見たところそんな気配は感じられないし、
短時間の滞在でぜいたくなんか言ってられない。
それなりに楽しんだ40分間だった。

「もつくし」から「レバンテ」までは徒歩2分。
待合わせ時間より10分先着し、
生ビールの中ジョッキを所望する。

ここへ来るたびにいつも思う。
現在「イトシア」が建っている場所にあった、
旧「レバンテ」がつくづく懐かしいと―。
東京広しといえどもあんなに素敵なビヤホールが
都内にはたしてあっただろうか?

浅草一丁目の「神谷バー」、
銀座七丁目の「ライオン」を別格とすれば、
かつて御茶ノ水にあった「コペンハーゲン」、
銀座にあった「ピルゼン」、
そのほかにここぞといった店がトンと思い浮かばない。
現況を嘆くべし。

定刻にどこかで合流したのだろう・・・
手に手を取るようにして同時に人店してきた。
H恵の着物は白地にインクブルーの細かい柄が散った渋いもの。
さすがに銀座の夜の蝶(死語かな?)、
一目でソレと判るほどにあか抜けている。

エニウェイ、再会を祝しての乾杯だ。
酒はシャトーメルシャンの白である。
予約の際に一人当て2個確保しておいた生牡蠣が
レモンを従え、すぐに登場した。

二人とも的矢の牡蠣は初めてだと言う。
「オメエたち今まで銀座でどんな牡蠣食ってたの?」―
答えは返らず、揃って海のミルクを口元に運ぶ。
十数秒後、異口同音に感嘆の声が上がった。
そうでしょう、そうでしょう、
こんなに美味しい牡蠣は世界のどこにもありまっしぇん!

=つづく=

「もつくし」
 東京都千代田区有楽町1-7-1有楽町電気ビルB1F
 03-6269-9102

2016年1月7日木曜日

第1268話 牡蠣よ 愛しの 牡蠣よ (その6)

有楽町は行きつけの「八起」に向かう途中である。
当店におけるわが定番、
ビールの大瓶&もつ煮込みの鉄板コンビが
目の前に浮かびチラチラと揺れ出した。

いや、ちょいと待てヨ、これからサッポロの生ビールで
三重県は的矢の生牡蠣をいただこうってのに
煮込みはあまり賢い選択とは言えないんじゃないの?
自問自答が始まった。

「八起」の煮込みはそこそこ食べ応えがあるし、
ビールもキリンしか置いてないハズ。
思いとどまって渡りかけた晴海通りを
駅側に逆戻りの巻である。

駅の真ん前、有楽町電気ビルの地下には
居酒屋やバルが何軒かあったことを思い出し、
地下鉄改札に続く階段を降りて行った。

 ♪  ABC ・XYZ これは俺らの口癖さ
  今夜も刺激が欲しくって
  メトロを降りて 階段昇りゃ
  霧にうず巻く まぶしいネオン
  いかすじゃないか 西銀座駅前 ♪
       (作詞:佐伯孝夫)

フランク永井が歌った「西銀座駅前」は1958年のリリース。
立教大学を卒業した長嶋茂雄がジャイアンツに入団した年である。
往時、地下鉄・丸ノ内線の現・銀座駅は西銀座駅と称していた。

フランクは階段を昇って来たがJ.C.は降りて行った。
そうしておいて降り切る前に
電気ビル地下1階の入口に飛び込んだのだ。
すると目の前に一軒の立ち飲み酒場ありけり。
渡りに舟とはこういうことを言う。

ガラス張りの店内をガラス越しにのぞくと先客は2名。
かたや生ビール、こなたホッピーを飲んでいる景色。
時間も止まる、のんびりとした空気が流れている。

さして長くもないカウンターの3人目の客となり、
注文したのはサッポロ黒ラベルの大瓶(430円)、
イカと里芋の煮物(200円)だ。
立ち飲みとはいえ、ずいぶん安いなァ。

煮物は目の前の大皿に盛られていたヤツ。
大皿からだと、独りで食べ切れないほどに
ドッサリやって来ることはまずない。
小鉢あるいは小皿での提供が常である。
したがって客は安心して頼めるのだ。

=つづく=

2016年1月6日水曜日

第1267話 牡蠣よ 愛しの 牡蠣よ (その5)

ニューヨーク時代の友人・Y子から
突然電話をもらったのは晩秋から初冬への変わり目。
久方ぶりに同時代の共通の友人・H恵を交え、
三人で食事をしようという誘いであった。

1990年代初頭のマンハッタン。
彼女たちとはグランドセントラル駅に近い、
ジャパニーズ・ラウンジ「E」で出逢った。
当時、Y子は二十代半ば、
H恵は三十路に足を踏み入れたばかりだったろう。

二人とも若く見えるものの、
月日を経てそれなりの歳になってきている。
最後に会ったのは2年前で大人数の食事会。
三人水入らずとなると7~8年も以前になるんじゃないかな?

現在、Y子は日比谷の保険会社に勤めている。
H恵はコンパクトな店舗ながら
西銀座のれっきとしたクラブのママである。
オープンして早や10年になろうか。
震災後、銀座を直撃したクラブ淘汰時代を乗り越え、
ちゃあんと生き残っている。
エラいもんだねェ。

まっ、久々でもあることだし、
何か美味しいモノをご馳走しなっくっちゃと、
腕まくりまではしないけれど、とにかくそう思ったことだった。

ここでJ.C.が選んだのがご想像の通り「レバンテ」である。
意外にも二人は未訪とのこと。
互いの職場から目と鼻の先にも関わらずだ。
Y子にいたってはなぜか、
都内各地に点在する「銀座ライオン」と取り違えていた。
相変わらずバカだネ、あやつは―。

商売柄、着物を肌身から離せないH恵からメール来信。
「着物では行きにくいお店のようですが頑張って行きます」―
おっと、そこまでは気が回らなかった。
「レバンテ」のある東京国際フォーラムは
日本最大のビジネス街・丸の内だからネ。
西銀座とは打って変わってこのエリアでは
客とホステスとの同伴なんか見たことないもん。

当夜は1時間ほどの余裕が生まれ、
銀座ををブラブラしてもよかったのだが
中国語のマシンガントークを見舞われるのは真っ平だし、
さりとて夜の日比谷公園に独りで出没しても
痴漢と間違えられるのが関の山であろうヨ。

よって有楽町駅界隈で一酌に及ぶこととした。
さすればガード下が第一感、
気に入りの「八起」に向かい掛けたのであった。

=つづく=

2016年1月5日火曜日

第1266話 牡蠣よ 愛しの 牡蠣よ (その4)

さらにさらにつづきであります。

このときの清張の悔しさはいかばかりだったろう。
臓腑が沸騰する思いであったに相違ない。
辛酸なめつくしの半生をじっと耐え忍び、
やっと花開かせた当代一の流行作家が
自分より16歳も年少の人生に
何の苦労もなかった文壇の貴公子に
文学性を否定され、さんざん愚弄された挙句、
文学界から放逐されるが如くの仕打ちを受けたのである。

三島のサディスティックなまでの残虐性がここにある。
清張が復讐の鬼と化すのも判らぬことではない。
清張は三島の割腹による自決の理由を「才能の枯渇」、
冷淡きわまりない言の葉で片付けた。
死者に唾棄することも厭わぬ憎しみの深さに暗澹とする。

食べものの味がよく判らなくとも
三島はファッション性を重視しながら
おしゃれなレストランに出入りした。
一方の清張の食跡はかいもく見当がつかない。

銀座にあった「コック・ドール」で
犯人に食事をさせたのも「点と線」だった。
あとは「風の視線」で柴又の川魚割烹「川甚」に触れる程度だ。
もっとも著作をすべて読み返したわけではないから
ほかにもあるかもしれない。

清張は作家として大成する前、
美食とはほど遠い食生活を送っていたと推察される。
女性についても同じことがいえよう。
三島とは打って変わって
青春時代にモテたことなどただの一度もなかったに違いない。
恋愛における不遇も三島に対して敵愾心を燃やす要因となった。

松本清張は食べものに深い関心を寄せることがなかった。
しかし女は違う。
前半生の空白を埋めるかのように美しい女性に惹かれ続けた。
何人かの美女をモノにもしている。
思うにその愛欲は女色に溺れて
肉欲にふけるという風ではなかったろう。
閨中のことは想像するしかないが
しとやかでつましい人をやさしく慈しんだのではないだろうか。
そうするほかに
若き日々の無聊を慰める手立てはなかったのだ、おそらく

長々とおつき合いくださり、ありがとうございます。
明日は今冬の「レバンテ」にご案内いたしましょう。

=つづく=

2016年1月4日月曜日

第1265話 牡蠣よ 愛しの 牡蠣よ (その3)

さらにつづき。

的矢の牡蠣はたとえば、
宮城・唐桑や岩手・赤崎、あるいは北海道・厚岸など、
それぞれに名産地の濃醇さを特徴とするものに対して
淡麗なデリカシーこそが命だ。

ワインにたとえるとほかの産地がみなボルドー的なのに
的矢だけはブルゴーニュ的なのだ。
とにかく理屈抜きに旨い。
日本に牡蠣の産地は数あれど、この的矢に勝る牡蠣はない。
と、個人的には思い込んでしまっている。

山口瞳風にキザを承知で言わせてもらえれば、
「この店の生牡蠣を食わねば、ワタシの冬は始まらない」ー
ということになる。
必然的に冬場の訪問が増えるため、
夏の間は暇(いとま)をもらうことにしている。

「レバンテ」ではハシリの季節に生牡蠣を出さない。
その時期は牡蠣フライやホースバック(ベーコン巻き)、
はたまたグラタンやカークパトリック(チーズ焼き)で
口火を切るのである。

冷たい秋風が立ち始める頃、初めて生牡蠣が供される。
レモンだけを搾るのが最良の食べ方で
カクテルソースやヴィネグレットは牡蠣本来の風味を損なう。
殻付きが3個で1350円と値が張るのは致し方ない

合わせる酒はサッポロの生ビールで文句はないが
日本酒党なら流麗な越乃寒梅、
ワイン好きにはシャトーメルシャンの白か、
ソアーヴェ・クラシコがおすすめだ。
もちろんフトコロの温かい向きが
シャブリを注文しても止めはしない。

食事の締めに忘れちゃならないのが牡蠣ピラフ。
ドミグラ風のシャトーソースでいただくが
ソース無しでも牡蠣とバターの香ばしい匂いに
食欲をそそられること請け合いだ。

最後に世に有名な松本清張と
三島由紀夫との確執に触れておきたい。
1964年、東京五輪の年に中央公論が
80巻からなる大全集「日本の文学」を発刊するが
当時、谷崎や川端とともに
編集委員に名を連らねていた三島が
強硬に主張して清張の排除という結果につなげる。

=つづく=

2016年1月1日金曜日

第1264話 牡蠣よ 愛しの 牡蠣よ (その2)

新年おめでとうございます。
今年もよろしく願います。

さっそく松本清張のつづきです。

その後、読み返してみたら
この小説が欠点だらけの穴だらけということに
否が応でも気づかされるのだが
最初の男が悪い奴にもかかわらず、
情を移してしまった哀れな女の如くに
この粗悪な作品を憎めないまま今日まできた。

たまたま昨年の11月に
テレビ朝日の開局50周年記念ドラマとして放映されたので
興味を持ってテレビの前に座った。
二夜連続の第1部では
ビートたけしの鳥飼刑事にどうにもなじめず困惑したものの、
二晩目になると慣れてきてシックリくるようになり、
それなりに楽しめた。

デキ自体も第2部のほうがよかったが
やはり不自然な筋書きに違和感を覚えた。
ターゲットだけを殺害すればこと足りるのに
余計な心中に見せかける。
アリバイ工作のつもりが逆に捜査陣に手懸りを与えてしまう。
犯人が自ら墓穴を掘る不始末が多すぎるのだ。

第一ポイントとなる東京駅ホームの4分間に
目撃者がトイレに行ったりしたらどうなるんでしょうね。
原作の不首尾がそのまま忠実に
ドラマ化されるご愛嬌に苦笑いだ。
 
3年ほど前、九州・博多を旅した際、
ふと思いついて「点と線」の舞台となった、
香椎を訪れ実際に町を歩いてみた。
小説の鳥飼刑事さながら
JR鹿児島本線・香椎駅から西鉄・香椎駅を抜け、
事件の発生した海岸を目指す。
ところがその後の埋立て工事のせいで
もはや原形をとどめていない風景にぼう然とした。

この数年前、やはり松本清張作「砂の器」の舞台、
島根県のJR木次線・亀嵩駅を訪ねて
変わらぬ山間の素朴な駅舎を目に焼き付けてきただけに
失望と落胆は小さくなかった。

小説「点と線」の冒頭、
犯人たちの待ち合わせに利用されるレストランが登場する。
1947年創業の「レバンテ」である。
自作品に載せるくらいだから清張も何度か訪れていよう。
数年前まで有楽町駅前でレトロな姿を見せていたが
現在は線路のの反対側の東京国際フォーラムに移転している。
元あった場所には今マルイが出店する有楽町イトシアが建っている。

この「レバンテ」は大好きな店だ。
清張が食べたかどうか定かでないが
シーズンを迎えると三重県・的矢湾から直送される、
牡蠣が最大の目玉商品になる。

=つづく=