2016年5月31日火曜日

第1371話 北区の旅人 (その1)

狸の読んでるそば屋をあとにした二人。
足の向くまま気の向くままに歩き始めるのも何だか無節操。
とにかく夕暮れどきには
どこか居心地のよい酒場にたどりついていたい。
陽が傾くまでかなりの時間を要するから
そこそこ距離を出しておきたい。

つらつらと思うがままに浮かんだのは三つの方向。
下記の如くであった。

① 町屋から北千住
② 王子から赤羽
③ 白山から神保町 

①ならば行き着く先は「大はし」か「永見」
②だったら「まるます家」あるいは「八起」
③の場合は「たこ八」または「ランチョン」
といったところであろうヨ。

店々を思い浮かべているとそれぞれの名物メニューが
脳裡の中の横断歩道を順番に渡って行った。
さすがに渡るときに手は挙げなかったがネ。

方角が異なるため、
すぐに決めないと最初の一歩が踏み出せない。
道端に棒っ切れでも転がっていてくれりゃ、
映画「用心棒」の三船敏郎扮する桑畑三十郎よろしく、
宙に放り投げもするが今の世の中、
棒切れどころか石コロ一つ探すのにも苦労する。

そこで相方に委ねることにした。
足立区・北区・千代田区の三択でお願いすると、
ヤッコさんが選んだのは北区であった。
またその言いぐさがいい。
「北区で飲んでから帰宅するっ!」だとサ。
すかさずJ.C.
「オババギャグはおやめ!」
「アナタにだけは言われたくないことヨ」
「ハイ、すんまそん」

駒込駅方面に歩み始める。
途中、少々迂回して田端銀座へ。
商店街をゆくのは楽しいけれど、住宅街は面白くも何ともないからネ。
殊に田端銀座は昭和の匂い立ち込めるのんびりストリート、
相方の好奇心を刺激もするし、
何より仲良く歩けば「二人の銀座」だもの。

ここで和泉雅子と山内賢の一曲を披露したいが
グッと我慢の子を決め込む。
われながら日々成長していることの証しといえよう。

=つづく=

2016年5月30日月曜日

第1370話 狸が呼んでるそば屋 (その5)

狸といえば、こんなことを思い出す。
あれは15年ほど前、信濃町の明治記念館だった。
夏のビヤガーデン「鶺鴒(せきれい)」で
二人の部下とともに納涼を楽しんでいた。
立ち入りはできないが目の前に広い芝生が広がる、
都内有数のビヤガーデンである。

何度か書いたことがあるけれど、
1970年代における都心のビヤガーデンは
東京プリンスが断トツのベスト。
続いて御茶ノ水は駿河台の「コペンハーゲン」であった。

それが今はどうだろう?
明治記念館と山の上ホテルになろうか・・・
あとは新高輪プリンスかな。
いずれにしろ、夏季限定の商売につき、
そんなに金も掛けられないし、
高望みするのはコクかもネ。

おっと、その「鶺鴒」であった。
21時頃だったろうか?
 ウエイターがラストオーダーを取りにやって来たので
中ジョッキをもうワンラウンド追加した。

ちょうどそのとき芝生の向こう奥、
木立の影から二匹の犬が現れた。
先頭を歩く大きいのに、あとから小さいのがついてゆく。
明らかに親子、そう思ったことだった。

ありゃりゃりゃ、瞳を凝らすとどうも犬じゃなさそう。
犬にしちゃ鼻が低めで丸っこいもの。
まさかとは思ったものの、接客のオニイさんに訊いてみた。
「あそこ歩いてるの狸の親子じゃないよネ?」
「ハイ、狸の親子ですヨ」
こちら三人、揃って
「ギョッ、ギョッ!」
いや、ビックリしたな、もう!

もっと驚いたのは「蛍の光」が流れる中、
(たぶん流れていたんだと思う)
親子がわれわれのテーブルのそばにやって来たじゃないの。
植木の陰からこちらを見つめる二十四の瞳、
もとい、四つの瞳がたまらなく可愛い。

いい塩梅に卓上には食べ残した鳥の唐揚げが2~3片。
放ってやると連中、歓んだのなんのっ、
生きる歓びを身体で感じておりました。
その証拠に親子揃って立ち上がり、陽気に踊り出したもの。
というのは冗談デス。

2年後、「鶺鴒」を再訪。
もちろん目当ては狸ッコロである。
夜が更けても現れないので接客係に訊ねると、
驚くなかれ、前年に捕獲して山に返したんだそうだ。

「山って、どこの山ヨ?」
「さァ・・・、存じません」
行く先は判明せずとも、J.C.には判ってるんだなァ。
カチカチ山に決まってらい。
おあとがよろしいようで―。

=おしまい=

「大和屋」
 東京都文京区本駒込5-58-7
 03-3821-2072

2016年5月27日金曜日

第1369話 狸が呼んでるそば屋 (その4)

駒込の「大和屋」でビールを飲んでいる。
相方は鴨なんばんの器片手に
もう一方で箸の上げ下げに勤しんでいる。

3本目の中瓶が到来したので
一片の鴨肉を譲り受け、ビールのアテとした。
モグモグ・・・ふむ、まずまずの合鴨であった。

ほどなくくだんのかき揚げせいろとかき揚げ丼が運ばれる。
豪華なセットは食べでがありそう
鴨なんばんとは裏腹に相当なボリュームである。
しかもコレが800円だから、お食べ得というほかはない。

セットをP子に任せ、こちらは残り半分の鴨なんに取り掛かった。
温そばの常としてややノビかかっているものの、つゆは及第点。
急に日本酒が欲しくなったが
どうせここ1軒で終わるハズもなく我慢した。

鴨なんばんを食べ終えたとき、相方はかき揚げせいろの道半ば。
今度はソレをもらい受け、かき揚げ丼を先方に託す。
やれやれ、卓上はそれなりに忙しい。

かき揚げに使用されている小エビは桜海老より一回り小さい。
南氷洋のヒゲクジラが大量に補食する、
オキアミではないかと思われた。
香ばしさは足りなくとも玉ねぎの甘さが功を奏して
そこそこの水準には達していた。
そばは冷たいせいろのほうが温ものより美味しくいただける。

全品、半分づつシェアしてきれいに平らげた。
はて、これからどうするか?
会計しながら思いを致す。

店を出たとき、相方から質問。
「お店、特におそば屋さんの玄関に
 どうして狸の置物があるの?」―素朴な疑問である。
「そりゃ、一種の商売繁盛祈願だヨ」―こう応える。
「どうゆうこと?」―まっ、それだけじゃ判らんわな。
よって、狸→タヌキ→他抜き
他店を抜いて自店が繁栄する言葉の活用を説明してやった。

「ところでP子、鎌倉ではしょっちゅう狸を見掛けるんじゃない?」
「田舎だからってまたバカにして! めったに見ないわヨ」
つい最近、新聞で読んだが都内じゃ狸がずいぶん増えてるそうだ。
ところが都心寄りに棲んでいるせいか、トンと見掛けない。

古来、狸はいつも狐にだまされてガミを食う役割。
他を抜くどころか、間が抜けたイメージだ。
ただし、そのぶん愛嬌が生じて
キツネ目の男より、タヌキ目の女のほうがずっとずっと好もしい。

=つづく=

2016年5月26日木曜日

第1368話 狸が呼んでるそば屋 (その3)

自分は無類の音楽好き、歌好きのため、
どうもそのジャンルに寄り道してしまうクセがある。
これを悪癖とは認知してないから、いつまでたっても直らない。
こう書き記しただけで頭の中を
敏いとうとハッピー&ブルーの「よせばいいのに」が駆け巡り始める。

 ♪   馬鹿ね 馬鹿ね よせばいいのに
   駄目な 駄目な 本当に駄目な
   いつまでたっても 駄目なわたしね ♪
           (作詞:三浦弘)

この体たらくだもの、どうしようもないわいな。
大阪の読者、歯科医助手のらびちゃんじゃないけど、
「いいかげんにせい!」と言われちゃうので
1番の歌詞を割愛してお届けした次第である。

さてさて、日本そば店「大和屋」だ。
スッキリした暖簾がお出迎え
店頭のタヌ公といい、
こんな面差しの飲食店はまずハズさない。
なぜか?
店主のセンスが感じられるからだ。
センスのよい者が作る食べものには美味しいものが多い。
相方のP子もこういうポイントを見逃さない。
しきりに感心しておった。

さっそくの乾杯はサッポロ黒ラベルの中瓶。
1本は即刻空いて直ちに追加の2本目である。
つまみ系は取らずに目当ての献立をお願いする。
言わずと知れたコレである。

 小エビと玉ねぎのかき揚げせいろ(2ヶ付) 650円
 2ヶの内1ヶ使用 プラス100円で半ライスのかき揚げ丼

前々話で紹介した例のタヌ公が加えていたヤツである。
ところがあの写真はずいぶん以前に撮影したもの。
此度、注文したら50円値上げされて700円になっていた。
半ライスのかき揚げ丼オプションは
そのまま据え置きのプラス100円。

もう一品はP子が選んだ鴨なんばんである。
こちらは単品で850円と上記の700円+100円を上回っている。
鴨肉のほうが小エビ&玉ねぎより高価なのだろう。

2本目が空いた頃にその鴨なんばんが整った。
気取りのないシンプルな風情
時代劇に出て来るそば屋のそばみたいだ。
下手したら立ち食いそば屋とほとんど変わるところがない。
でも、さっそくツルツルやった相方がニッコリ微笑んだから旨いのだろう。
よかった。

=つづく=

2016年5月25日水曜日

第1367話 狸が呼んでるそば屋 (その2)

もう、その歌声を識る人とてめっきり数を減らした三橋美智也。
1955年には出世作、「おんな船頭唄」をはじめ、
「あゝ新撰組」、「あの娘が泣いてる波止場」と
立て続けにヒットを飛ばす。

翌年の「リンゴ村から」、「哀愁列車」に上手く継いで
人気歌手の座を不動のものとした。
代表曲の「古城」はまだしばらくあとの登場となる。

生前の立川談志は言っている。
もしも三橋が私生活を律し、余計なビジネスに手を染めず、
ひたすら歌の道に邁進していれば、
美空ひばりに匹敵する国民的大歌手になったであろうと―。
さもありなん。

脇道からメインストリートに戻る。
鎌倉のP子からのメールで思い出したんだった。
「大和屋」にイパネマ、もとい、行かねば―。
でもって、ことの経緯を差出人に説明し、
こまごめしたこた抜きにして駒込まで遠征願った次第である。

何のこたあない、鎌倉のかき揚げを馳走になる前に
駒込のかき揚げを振る舞うことになったわけだ。
萩本の欽チャンじゃないけど、何でこうなるのっ?

相方はJR京浜東北線で来襲に及ぶとのこと。
遠路はるばるやって来るのだ、
乗り換えの煩わしさを省いてやるため、
駒込でなく、田端で待ち合わせた。

田端駅北口を出たら都内では珍しい、
鎌倉にも似た切通しを突き抜けて動坂下を目指す。
坂下の手前を右折してほどなく、
しばらくぶりのタヌキと再会を果たした。

 ♪   逢えなくなって  初めて知った
   海より深い 恋心
   こんなにあなたを 愛してるなんて
   あぁあぁ鴎にも わかりはしない ♪
          (作詞:佐伯孝夫)

松尾和子の「再会」を聴いたのは小学校三年生のとき。
東京五輪の4年前、ローマ五輪の年だった。
この1960年には橋幸夫が「潮来笠」でデビューして
花村菊江の「潮来花嫁さん」と相まり、
ちょいとした潮来ブームが起こったのだった。

ほかにも「月の法善寺横町」、「僕はないちっち」、
「雨に咲く花」、「アカシヤの雨がやむとき」など、
心に残る名曲の数々が生まれている。

=つづく=

2016年5月24日火曜日

第1366話 狸が呼んでるそば屋 (その1)

コヤツに初めて逢ったのはかれこれ5年前。
JR駒込駅東口から商店が軒を連ねる、
アザレア通りを南下していてばったり出くわした。
一般的な信楽焼きとはちと違う
「大和屋」なる日本そば屋の店頭である。
もともと狸は好きな動物なんだが
殊にそのときはヤツがくわえるプラカードに目がいった。
写真だと細かくて読みづらいので書き改めてみる。

 小エビと玉ねぎのかき揚げせいろ(2ヶ付) 650円
 2ヶの内1ヶ使用 プラス100円で半ライスのかき揚げ丼

強く印象に残ったことだった。
何せ、小エビのかき揚げは好物。
桜海老のかき揚げとなったら大好物だもの。
もし小エビじゃなくって桜海老だったら
おそらく1週間以内に出向いて行ったろう。

桜海老ならずとも750円でもりそばに小エビかき揚げ1ヶ。
さらに1ヶのかき揚げ丼とあらば御の字もいいところ。
近いうちに行かねば、行かねば、イパネマの娘と思っているうち、

 月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり

アッという間に5年の歳月が流れてしまった。
いつしか「大和屋」のことも店頭の狸のことも、
すっかり忘却の彼方に消え去ったのだった。

それがある日、旧友にして盟友のP子から1通のメールありけり。
鎌倉在住の彼女、当地のとある天ぷら屋で
食した小柱のかき揚げにいたく感動した様子。
ちなみに小柱はアオヤギ(バカ貝)の貝柱のこと。

メールは
”その店でごちそうするから、乞う、鎌倉来訪!”
で結ばれていた。
招待はありがたいけど、そうおいそれとは行ってられない。
まあ、秋風の立つ頃には遠征してみようと思う。

そんなことより、このメールのおかげで
突如、「大和屋」の狸を思い出したのであった。

 ♪   思い出したんだとさ
   逢いたくなったんだとさ
   いくらすれても 女はおんな
   男心にゃ わかるもんかと
   沖のけむりを 見ながら
   あゝ あの娘が鳴いてる 波止場 ♪
         (作詞:高野公男)

三橋美智也の「あの娘が泣いてる波止場」は1955年のリリース。
昭和を代表する歌手の実質的デビューはこの年であった。

=つづく=

2016年5月23日月曜日

第1365話 肉汁滴るメンチカツ (その2)

またまた回顧談で恐縮ながら
相方に奥浅草で通りすがった鮨屋に再度電話を入れてもらった。
即断即決、その日の晩めしの予約である。
本わさびしか使わない鮨店にハズレはまずない。
つけ台に2席確保して10分後には暖簾をくぐっていた。

親方と目が合って
「らっしゃい!」
「今晩は!」
以来、長~いつきあいが始まったのだ。

その親方も今は亡き人、つくづく淋しい。
故人が可愛がったシュナウザーの愛犬ナナは
いまだにときどき遺影を見つめているという。
つくづく健気だ。
女将さんとひとしきり話し込み、握手して別れた。

久しぶりの「ニュー王将」。
まだ誰も来ておらず、一番乗りとなった。
オーナー夫婦と短い会話を交わし、
サッポロラガーの赤星を飲み始める。
メンバーが揃う前に早くもサッポロ生に移行した。

幹事なので大まかに注文の料理を通しておいた。
刺盛りはまぐろ赤身&中とろ、真あじ、たこ。
これを中皿に2台。
かにオムレツを2皿。
あとはメンチカツが人数分である。

何を食べても美味しい店ながらイチ推しは断然メンチカツ。
浅草にこれ以上のメンチカツはない。
いや、浅草どころか東京、
いいえ、東京どころか日本中探しても見つからない。
とにかくジューシーもジューシー、
ナイフを入れると肉汁がほとばしる。

この夜は集まりが悪く、フルメンバーとなる前に
こちとらビールだけでデキ上がってしまった。
中ジョッキを5杯ほど飲んだのではなかろうか。

追加料理のハムカツサンドはパンが売切れで不発。
代わりにソース炒飯をお願いする。
聞きなれないネーミングの炒飯は
何のこたあない、ウスターソースで味付けただけのこと。
でも、これが意外と美味しい。

あとは誰が頼んだのか、チーズ・クラッカーがやって来た。
「ニュー王将」の料理はすべて制覇したつもりでいたが
こればかりはオーダーしたことないねェ。
というより、存在すら気がつかなかった。

肉汁滴るメンチがイチ推しならば
ボロボロこぼれるチークラはイチ外しじゃあ、ないのかえ?
まっ、いいけどサ。

「ニュー王将」
 東京都台東区浅草5-21-7
 03-3875-1066

2016年5月20日金曜日

第1364話 肉汁滴るメンチカツ (その1)

その夜は数ヶ月に一度くらい顔を合わせる仲間の食事会。
元カレーミュージアム名誉館長のO野チャンや
ブレッド研究家のA子サンたちの集いである。
別段、テーマがあるわけでもなく、
互いの近況や世間話をしゃべり合う気楽な会だ。

今回はたまたまJ.C.が幹事。
しばらく無沙汰をしている観音裏の「ニュー王将」に予約を入れた。
このエリアは観光客とはまったく無縁。
日本人さえ来ないから
近頃、激増している外国人の姿などまず見掛けない。
夜中に歩くときにゃ提灯が必要なくらいだ。

とまれ、「ニュー王将」は大好きな店である。
メンバーより早めに到着するつもりで
ひさご通りから千束通りを経て
以前、通い詰めた鮨屋の脇に差し掛かったとき、
だしぬけに呼び止められた。

「あら! オカザワさんじゃないの?」―
おやまあ、今は未亡人となった鮨屋の女将であった。
実は親方が昨年、他界している。
立ち話すること15分。
当時のいきさつやら、その後の顛末を知らされた。

思い出すなァ、かれこれ13年前。
自著「J.C.オカザワの浅草を食べる」の取材で
日々、浅草中をシラミつぶしに食べ歩いていた頃だ。
とある江戸前鮨屋のたたずまいに惹かれ、
立ち寄ってみたくなったものの、
待てヨ?
繁華街・浅草の喧騒から距離を置いた、
言わば場末の鮨店では
本わさびをを使いこなすのは難しいだろう・・・
このことであった。

それでも店先の暖簾に染め抜かれた、
電話番号を携帯にインプット。
その場を離れて同行のGFに電話を入れさせた。
女性だとことが穏便に運ぶからネ。
質問はただ一つ、本わさびの有無である。
固唾を飲むというほどでもないが結果を待っていると
受話器を耳にあてた彼女からやおら出たサインは
親指と人差し指のサークルである。

「何て言ってた?」―こう質すと
「本わさありますか? って訊いたら
 ウチはそれだけでやってます! 
 って叱られちゃった」

ベツに先方、叱ったわけでもあるまいが
まあ、頑固オヤジにはありがちなこと。
ところが電話に出たのは女将サンだというじゃないか!

ふむ、フム、ことここに及び、
相方に今一度、電話を入れてもらった。

=つづく=

2016年5月19日木曜日

第1363話 あの味がよみがえる (その7)

ラムももローストに付合わせのじゃが芋まで完食したので
あとはデザートでおしまいにしようと
意見の一致をみたものの、
最終確認のため、またまた料理ボードに向かう。

まだ未食のフカヒレ入りラーメンとビーフカレーがちと気になる。
気になりはしたが、もはや身体が受けつけてくれない。
「ムリだよなァ・・・」―そうつぶやくと
「そうねェ、限界だわねェ」―あきらめの応えが返ってきた。

「昔よく食べたカレーはいっときたかったな」
「う~ん・・・」
「いや、ムリ、無理」
「う~ん・・・ムリじゃないっ!」
「エッ?」
「いきましょう、ついでにフカヒレも!」
「ゲッ!」

土壇場になるとオンナは強い。
よってライスを少なめによそい、カレーも控えめにかけた。
フカヒレラーメンは担当のオネエさんに麺半分でお願いした。
懐かしのカレーライス
あゝ、あのの味がよみがえる。
ホテル特有の風味が勝つカレーにとうとう胃袋が押し切られた。
さらに白鵬ならぬフカヒレにも土俵の外でダメを押された。
哀れJ.C.、黒房下にもんどり打って転げ落ちの巻である。

そうしてこうして千秋楽を迎えた。
対戦相手はデザートのスペシャリティ、ベイクド・アラスカだ。
ボンブ・カッサータ・シチリアーナ(シチリア風アイスクリーム)を
メレンゲで包み、焼き上げたものである。
このホテルのアイスは28年ぶり
確か友人の結婚披露宴が最後だったと思う。
かくも長き月日を経てもベースの風味は変わることがない。
いやはや率直な驚きを覚える。

ブラックコーヒーを飲み終えて
お勘定は2万円でオツリがきた。
食事が12000円、飲みものが約7000円の計算になる。

夜はまだ浅い。
大門か浜松町辺りの飲み屋という選択肢があるものの、
居酒屋系はもうインポッシブル。
つまみどころか突き出しにすら箸先がのびない。
よってホテルのメインバー、「ウインザー」へ流れた。

あちらホワイトレディ、こちらサイドカー。
カクテルグラスを合わせるうちに
芝公園の夜は更けてゆく。

=おしまい=

2016年5月18日水曜日

第1362話 あの味がよみがえる (その6)

久しぶりにロービーを食したわれわれの感想は
オヤッ?・・・う~ん! であった。
明らかに30年前のほうが良質。
したがって懐かしさもイマイチだ。
仕方ないから先に進む。

次は結婚披露宴の花形料理だった海老のテルミドール。
本来は伊勢海老を半身に縦割った甲殻にその身のクリーム煮を詰め戻し、
オーヴンで焼き上げるのだが
此度はココットに小分けのグラタン仕立て。
海老自体も高価な伊勢海老を使うことは不可能だろうから
おそらく冷凍のオマール海老を代用したものと思われる。
海老よりほうれん草が主役
この料理はテルミドールというより、
海老の代わりに平目が多用されるフロランタンに近い。
よって懐かしさもイマニ。

すでにロービーをいただいたが
これから肉料理を本格化させる前に
ちょいと中華系をのぞきたくなった。
”のぞく”は除くじゃなくって覗くほうネ。

とは言うものの、それほど選択肢があるわけじゃない。
無難な点心を軽くつまむことで相方と意見の一致をみる。
焼売2種&餃子1種
かにと豚の焼売に海老の餃子だ。
海老チリと同じ「満楼日園」の作品ながら出来映えはかなりの差。
もちろん海老チリの圧勝である。
肉に戻る。
スペシャリテ四天王の一翼を担う牛肉のパイ包み焼きを一つだけゲット。
見た目はロシア料理のグリヴーイ
核廃絶を謳うオバマッチには食べさせたくない感じ。
爆発後はこんな風
すばらしき美味には非ざれど、そこはホテル、
ある程度のぜいたくな仕入れは許容されているのだろう、
素直に美味しかった。
 
ここまでなんとか二人でシェアしながtら乗り切ってきたが
さすがに第四コーナーを回ると、
バタバタのアップアップ、落馬寸前である。
 
最後の力を振り絞って仔羊のローストに挑んだ。
ラムはビーフに勝ちました
ラック・オブ・ラム、いわゆるアバラ骨付きの上物ではない。
比較的安価なモモ肉だが逆に家庭では処理しきれぬ大きな塊、
よい機会に恵まれたとと思えば納得できる。
しかもこれはこれでじゅうぶんに楽しめたのだった。

=つづく=

2016年5月17日火曜日

第1361話 あの味がよみがえる (その5)

東プリのブッフェをエンジョイしている。
ブッフェ、いわゆるバイキング。
オール・ユー・キャン・イート・スタイルの食べ放題となると、
中国に限らず、アジアの人々のマナーはまだまだ発展途上。
もちろん、われわれ日本人も含めてのハナシだ。
 
予算の限られたパーティーの料理ボードとは違い、
ホテルのブッフェで料理が消滅することはない。
足りなくなったらバカスカ再登場する。
それがキマリだもんネ。
 
ん? それじゃあ、
パーティーのときだけ急いで食えばいいのか!ってか?
オー・ノー!
パーティーにおける正しいマナーというか、
スマートな振る舞いは料理には手を出さないこと。
それに尽きるのだ。
 
ご馳走を前にしてツラい選択かもしれないが
ここは日本古来の伝統、
武士は食わねど高楊子を貫きましょう。
さすればアナタの品格に傷がつくことはない。
 
品性の”ひ”の字も持ち合わせていない、
わが都のハジ、もとい、
チジみたいになったら人間はもうおしまい。
自らおのれの命を絶つほかはないだろう。
というのは言い過ぎか・・・。
 
でもさァ、あれはどうひいき目に見たってチジじゃなくてハジでしょ?
一都民としてすみやかな辞任を望む。
辞めないって言うならクビにしましょう。
あの手の生きものを東京の空の下に放し飼いにしては
他県のいい笑いものになるだろうヨ。
この愚か者がっ!
 
さらに食べ続けた。
何だ、オマエラもけっこう爆食してるじゃん! ってか?
いいえ、これでもセーブしてるほうなんですヨ。
それにもう逢えなくなるやもしれぬ料理の写真を収めておきたい。
そのためにはボードの大皿より小皿に盛付けたほうが
見映えがずっといい。
小皿にしたってほとんど二人でシェアしてるしネ。
 
お次は切り出しのローストビーフ。
これまた懐かしのひと皿である。
グレーヴィー(肉汁ソース)をたっぷりかけてもらい、
レフォール(ホースラディッシュ)は自分で多めに添えた。
願わくば一片のクレソンが欲しい
もっともクレソンはパセリのように
食べ残されることが多いからネ。

=つづく=

2016年5月16日月曜日

第1360話 あの味がよみがえる (その4)

その小品とはレーズンバターでありました。
とにかく目にした瞬間、わが目に疑問を持ったくらい。
ご覧のようにカナッペ仕立て 
かつて(今はどうだろう?)ホテルの宴会では
カナッペがたびたび供されることがあった。
コース料理におけるオードヴル(アペタイザー)・プレートに盛込まれたり、
カクテルパーティーにおいて持回られたりしたのだ。

だけど東プリでレーズンバターを見たことはただの一度もない。
何で今、レーズンバターなのか?
市井のスナックに成り代わって復刻させたのだろうか。

せっかくのご厚意とあらば、それに報わねばならない。
よって1ピースだけつまんでみたら
さすがにホテル、堀切の「きよし」よりワンランク上ではあった。

ネクストは魚介のテリーヌ。
どうです? この美しさ
自分でソースをあしらったのだが
われながら見事なものヨと自画自賛。
ギャルソンの経験なくして、こんな芸当はできやしない。

そしてなおかつ、この料理は二人共通のフェイバリット。
肉系テリーヌより好きなくらいだ。
海老・ホタテ・サーモン等をふんだんに使って
デリケートな食味を生み出している。

でも、以前はソースなんか付かなかった。
ましてや小学校の給食の定番(今もそうかな?)、
オーロラソースとはまことに意想外。
ところがこれがとても美味なのだ。
欲しくなってグラスの白をお願いした次第なりけり。

以後、どんどんずんずん食べ継いでいった。
海老とアスパラの天ぷら、まぐろ赤身とゆで海老のにぎり鮨。
天ぷらはともかくも、にぎりはよしたほうがいいんじゃないの?
といったレベルながら隣国の団体には打ってつけだろう。
事実、彼らは皿にてんこ盛りで爆食しておった。
こんなんなららいっそのこと、
にぎりコーナーに”爆食限定”の札でも置いときゃいいじゃん。

あらためて食事どきのマナーの大切さを思う。
給食は一つ間違えると、給餌に堕してしまうのだ。
そうなったらおしまい。
現代の人類が古代の類人に逆戻りしてしまう。
それだけは絶対に避けなきゃネ。

=つづく=

2016年5月13日金曜日

第1359話 あの味がよみがえる (その3)

フォワグラのムースに懐かしさは覚えないが
シュリンプ・カクテルはとことん懐かしい。
かつて幾度口にしたか数えきれないくらいだ。
レモンとレフォール(西洋わさび)の利いた、
ケチャップベースのカクテルソースは
往時のままの風味を醸していた。

お次はコンソメ・ミルファンティ。
玉子と粉チーズ入りのスープだ。
以前は100%ビーフの純粋なコンソメで
その面影は残されているものの、
いわゆる洋風かき玉に堕している。

今どき真っ当なビーフコンソメを供する、
ホテルやレストランはきわめてまれだろう。
かく言うJ.C.も本格的なコンソメにめぐり逢ったのは
マンハッタン52丁目のレストラン「Four Seasons」だった。
かれこれ20年近くも以前のことである。
ここではアメリカ野牛のフィレステーキもいただいた。
その美味たるや筆舌につくし難し。

芝公園に戻ろう。
いよいよ中華飯店「満楼日園」が誇る海老チリである。
なぜか小皿に2尾のみ
おそらく食べ残しのロスを防ぐためだろうが
鮨屋の醤油皿みたいなところに2尾だけというのもねェ。
もっともわれわれはお替わりして4尾づついただいた。
お味のほうはまことにけっこう。
たっぷりの刻みねぎが決め手となっている。
片栗粉のトロみが勝ちすぎてデレッとした海老チリなんか食べたかないもん。

ちょいとばかり順序が前後したが
典型的な冷前菜、スモークサーモンに戻る。
一粒のケッパーにサワークリームも少々
この歳になって再び、
スモークサーモンの美味しさに目覚めている。
とんまな鮨屋が生サーモンなんかやり出すから
若いカップルなんぞ、そっちに目が行って
本物の美味が脇に追いやられてしまうのだ。
嘆かわしい。

サーモンに続いては金目鯛である。
根菜との炊き合わせ
まずまずながら少々火の通りが強いかな。

ここで面白いものを見つけた。
ふた月ほど前、堀切菖蒲園の「きよし」で遭遇し、
あまりに久方ぶりだったため、
食べたくもないのに注文した小品である。

=つづく=

2016年5月12日木曜日

第1358話 あの味がよみがえる (その2)

東京プリンスホテルのレストラン「PORTO」。
中庭に面した窓際の席に案内された。
ビールで乾杯を済ませてから料理ボードへ。

ホテルのブッフェは朝食をのぞけば、
ほとんど利用したことがない。
おそらく10年近くも以前、
お台場のホテル日航が最後だったと思う。

そのときはランチだったから
ディナーとなるとパーティー以外はまったく記憶がない。
まず端から端を手ぶらで流す。
何十種類もの品目をすべて食べることなど出来やしないから
こうして好みに合った料理を物色するわけだ。

いったんテーブルに戻り、残りのビールを飲み干し、
お替わりをお願いしてから再びボードへ。
先日、復刻料理フェアのポスターを見た際に
ホテルズ・サジェッションの4品は
しっかりと記憶にとどめておいた。

いま一度振り返ると、

① 金目鯛の煮付け
② 牛肉の赤ワイン煮
③ 小海老のチリソース
④ ベイクド・アラスカ

ということになる。

でも、いきなりオススメには疾らない。
物事には順序というものがある。
ましてや多種多彩な料理の山を目の前にしたら
自分なりのコースを組み立てねばならない。

マジシャン・マギー司郎による、
サントリー・グルコサミンのTVコマーシャルじゃないが
そうでもしないと、まことに”もったいない”。

ブッフェ慣れしていない日本人が犯しやすい過ちは
なんでんかんでん一皿に盛込み過ぎること。
ヒドいケースになると、冷菜・温菜が呉越同舟状態。
これは明らかなマナー違反でみっともないことこのうえない。

われわれが最初に選んだのは
小海老のカクテルとフォワグラのムースだ。
あっさりと軽やかにスタート
かつてこのシュリンプ・カクテルと
たらば蟹のクラブミート・カクテルは
輝ける前菜の両雄だったが蟹のほうは高騰してしまい、
いつの間にか表舞台から姿を消した。

=つづく=

2016年5月11日水曜日

第1357話 あの味がよみがえる (その1)

先日、ザ・プリンス パークタワー東京における、
元部下の結婚披露宴(第1218~1223話)に出席したおかげで
東京プリンスホテルの四月から1年間に及ぶ、
リノヴェーション休業を知ることができた。
おまけに三月いっぱいホテルの伝統料理を
復刻させる催しについての情報も得たのだった。

三月も残り数日となったある日、万難を排して出掛けた。
この日の相方は往年の仕事仲間、Y美サンである。
往時はY美、Y美と呼び捨てにしていたが
今はお孫さんが3人もいるというから
そんな非礼は厳に慎まねばならない。

横浜方面からやって来る彼女の都合を慮って
待合わせはJR浜松町駅にした。
足さばきも軽やかに改札口を出てきた、
尊顔を拝するのはおよそ15年ぶり。
にもかかわらず、容貌の変化はほとんど認められない。
ふ~む、日頃のケアの賜物なんだろうネ。

人の目も気にせず、
電車内で顔面塗装に励む愚女たちに言ってやりたい。
今さら無駄なことはおやめ!
いや、やってもいいけど、
人目につかないところで存分におやり!

ホテルまでは徒歩5分。
こちらはときどき訪れる町につき、
これといった感慨はないけれど、
Y美サンにとっては20年ぶりの町並みだ。
景観がずいぶん変わったものとみえて
歩きながらも終始キョロキョロの巻である。

そうして到着したのは東プリ3Fのレストラン「PORTO」。
カジュアルなブッフェを中心としたイタリアンである。
日曜なので浅い時間の予約を入れたのが正解。
開店30分後の17時半には8割方埋まってしまった。
18時過ぎには隣国の団体客が来襲し、
天地をひっくり返したかの如くの”爆食い”が
その火ぶたを切ったのだった。
おお、神よ!

「PORTO」はホテル開業当時(1964年)、
「グリル・プリンセス」という名のメインダイニング、
いわゆるシティホテルの顔だった。
その後、フレンチの「ボー・セジュール」に変身したが
ホテルにおけるフレンチの衰退とともに現在の姿に定着。
往時の栄華を知る者の心にすきま風を吹かせている。

=つづく=

2016年5月10日火曜日

第1356話 五月のそよ風 (その3)

今年もよい季節がやって来た。
街を歩いていて、とても気持ちがいい。
入浴にしたってバスタブに湯を張る頻度が減り、
シャワーだけで済ますことが増えた。

毎晩、腕まくらをせがむ愛人、
もとい、愛猫も今では
飼主の上半身から下半身にその居場所を替え、
向こうずねにアゴを乗っけて”爆睡”している。
くぬっ、オメエは中華猫か!
ったく、平和なヤツよのぉ・・・。

おっと、キャットじゃなくってチキンでありました。
松戸にあるチキンの殿堂「鳥孝」で一酌に及んでいる。
気分を変えてビールからホッピーに切り替えた。
周りを見渡すと、ホッピーを飲む客きわめて多し。
若いカップルの中には
注しつ注されつの仲良しコンビまでいる始末だ。

ふ~ん、とうとう娘ッ子がホッピーを飲む時代になったか―。
何となく感慨深いものがある。
まっ、カシスソーダを飲む乙女よりも
ナンボかマシではあるけどネ。

焼き鳥は4本で切り上げ、
赤字表示の揚げたて厚揚げというヤツを所望した。
振り返ると居酒屋ではずいぶん厚揚げのお世話になっている。
冷奴より好きだ。

ものの5分も経たないうちに揚げ立てが登場した。
揚げ立てだから”焼き”は省略されている。
箸を入れた瞬間、
閉じ込められていた湯気がふんわ~っと立ち昇った。

そのまましばらく置き、冷ましてから口元に運ぶ。
むむっ・・・、ややっ・・・、独特の風味が鼻腔を抜けた。
チキンの殿堂だけにチキンの匂いがするじゃないのっ。
はは~ん、これは唐揚げと一緒の鍋で揚げたせいの移り香だネ。
偶然の賜物かもしれないが、こういうのも特徴的でいいかもしれない。

せっかくだから、匂いの元の唐揚げを追加した。
鳥唐揚げは(並)と(上)があって
(並)は骨つき、(上)は骨抜きなのだ。
ここは食べやすい骨ナシでゆく。

上唐揚げはチキン自体もさることながら付合わせがぜいたく。
マヨネーズを添えたきゅうりのスティックに
フレンチ惣菜の定番、キャロット・ラペ風ニンジンも盛込まれていた。
ホッピーの中(焼酎)をお替わりしてお勘定。

このまま帰路に着く気にもなれず、
そよ風に誘われるように江戸川へ向かう。
途中、コンビニで買ったワンカップの樽酒を
土手でしみじみと飲んだ。
西空を見上げると、またしても頭の中を
三波春夫の「大利根無情」がグルグル回り始めただヨ。

=おしまい=

「鳥孝 松戸店」
 千葉県松戸市本町19-21
 047-362-7378

2016年5月9日月曜日

第1355話 五月のそよ風 (その2)

 ♪   みどりのそよ風 いい日だね
   ちょうちょもひらひら 豆の花
   なないろ畑に いもうとの
   つまみ菜つむ手が かわいいな ♪

      (作詞:清水かつら)

童謡「みどりのそよ風」を覚えたのは
確か小学校5年のときだった。
大田区・大森の大森大五小学校から
江東区・深川の平久小学校に転向したのが五月。
転校早々、音楽の時間に教わった。
季節がピッタリで文部省もなかなか考えてたんだネ。
 
千葉県・松戸市、JR松戸駅からほど近い、
チキンの殿堂を自称する「鳥孝」の2階は
入れ込みの座敷に胡座をかいている。
 
座敷といっても畳ではなく籐敷き、いわゆるラタンである。
よって浅草のどぜう屋か森下の馬肉屋に来た気分にさせるから
こんな田舎(失礼!)でも下町情緒の片鱗を実感できる。
開け放たれた大きな窓からそよぎ入る薫風が肌に快適だ。
 
折しもこの日はみどりの日。
文字通り、みどりのそよ風に吹かれているわけ。
読者にはすでに耳だこだろうがビールの美味さに酔いしれている。
いえ、まだ酔っちゃいませんがネ。
 
突き出しのひじきには箸をつけなかった。
ひじきはあまり好きじゃない・・・
と言うより苦手の部類だ。
どうも相性がよろしくない。
それに歯にはさまってるのを気づかずに
ニッと笑ったりしたらみっともないしネ。
 
とにもかくにも殿堂とあらばチキンをいただかずばなるまい。
黒字の品書きにはところどころ赤い文字が散見され、
これは店の名物、あるいはオススメであるらしい。
手っ取り早い焼き鳥から注文することにした。
 
皮とハツを塩でお願い。
特筆すべき点はないけれど、まずまず平均点はクリアしている。
これだけで大瓶がカラになったのですかさず2本目。
焼き鳥のお替わりよりもビールが先だ。

そうしておいてレバと赤字表示のつくね棒をタレで―。
するとつくねが売り切れ。
代わりにすすめられた団子で妥協した。
レバはよかったが団子には何の特徴もない。
まっ、代替品だから仕方がないや。

=つづく=

2016年5月6日金曜日

第1354話 五月のそよ風 (その1)

大型連休も残り少ないみどりの日。
朝方まで降りしきっていた雨も上がり、
初夏を感じさせる陽射しがまぶしい。

思い立って昼過ぎに出掛けた。
何を思い立ったかというと墓参である。
我が家(け)の墓所は千葉県・松戸市の八柱霊園。
新京成線線の起点、松戸から4つ目の八柱にあるのだが
ここ1週間ほど歩き不足なので
JR常磐線の北松戸で下車し、ぶらぶら歩いた。

途中、松戸新田やみのり台の駅前商店街に立ち寄ったりしたから
1時間半近くも費やしてしまった。
香華を手向け、墓前を掃(はら)う。
うららかな陽光の下、そよ風が心地よい。

帰路、松戸に出て飲み場を探す。
第一感は焼きとんの「ひよし」だが近所の「鳥孝」に入った。
こちらは焼き鳥をウリにしている店だ。
箸袋には”チキンの殿堂”と明記されている。
ふ~ん、殿堂ねェ、ってことは殿堂入りしたわけだ。

稔台、元山、六実など新京成沿線に
流山、南柏、柏など常磐線沿線、
北総を中心にチェーン展開している。

ただし、少なくとも松戸店に限っては
チェーンの”チェ”の字も感じさせない。
殊に2階は古く良かりし昭和の匂いが立ち込めて
昭和30年代の浅草の老舗酒場で飲んでるような、
そんな錯覚を呼び起こす。

万歩計を肌身から離して10年は経つだろうか・・・。
ところが身体は感覚を忘れないもので
訊ねてみたら、2万5千から3万歩との回答あり。
そうだろうな、ノドはカラカラ、両太腿はパンパンだもの。

飲み干したビールが瞬時に体内を駆け巡り始める。
いえ、実際にそんな現象が起こりうるハズもなく、
ただそんな気がしただけなんですけどネ。

ビールの美味さを何に例えよう。
読者の中には山田洋次監督の映画、
「幸せの黄色いハンカチ」をご覧になった方も多いことでしょう。
網走刑務所から出所したばかりの高倉健が食堂に入って
注文したのは、瓶ビール、醤油ラーメン、かつ丼でありました。
コップのビールを飲み干す健サンの身震いを覚えてるでしょ?
この日のJ.C.も恥ずかしながら震えました。

2階の接客係はオバちゃんとオネエちゃん。
オバちゃんが通りに面した大きな窓を開け放つ。
「今日はあったかいからこの方が気持ちいいわヨ」―
飛び込んできたのはみどりのそよ風でありました。

=つづく=

2016年5月5日木曜日

第1353話 ズブロッカは桜餅の匂い (その5)

女郎衆のリクエストを却下すること能わず、
仕方ないのでスペインの赤ワイン、トーレスを抜いてやった。
飲むピッチを下げさせ、
彼女たちの胃をプロテクトするために
注文したストロガノフとシャシリクだったのに
返って火に油を注ぐ結果となった。
しかも俗に言うチャンポンだヨ、これは―。

ちなみにストロガノフはいわゆるビーフシチュー。
牛肉はもちろん、
サワークリームと玉ねぎ、マッシュルームが主要食材だ。
殊にサワークリームの酸味が必須で
手に入りやすい生クリームで代用すると、
本場の味に比して間が抜けた感じになる。

バターライスやヌイユ(平打ちロングパスタ)を添えることが多く、
米や麺のほうがパン系より相性がよい。
J.C.はバターライスが好みで
アメリカのハッシュドビーフや本邦のハヤシライスよりずっと好きだ。

なぜか?
洗練された大人の味がするからネ。
スパゲッティに例えれば、
ナポリタンとポモドーロ、
あるいはミートソースとボロネーゼくらいの違いがある。

シャシリクは香辛料に漬け込んだ肉のバーベキューで
ラム使用がポピュラーながら、牛・豚・鶏肉でも構わない。
カスピ海沿岸地方ではキャヴィアのお母さん、
チョウザメまで焼いちゃうらしい。

ロシア南西部の祭りには欠かせないファーストフードだから
日本の屋台でおなじみのイカの丸焼きみたいなもんだろうか。
世界最古のワインのふるさと、グルジアが発祥とされ、
なるほど名産の赤ワインとはピッタリである。

野郎二人はトーレスを1~2杯飲っただけでズブロッカに戻る。
もう料理どころか、つまみすら要らない。
ただ、ただ、グラスを重ねるだけである。
とは言うものの、立て続けにあおると
ノドや胃を傷めそうな強い酒、
あいだにバルティカをチェイサー代わりにはさむ。
でも、この飲み方はノドを守っても
かえって酔いを助長するんだよな。

四人ともしたたかに酔って星の見えない外に出た。
白山通りは西片の交差点で三人をクルマに押し込め、
”また逢う日まで”と手を振った。
こちらは酔い覚ましに帰路も歩きと決める。
千鳥足で言問通りの坂を上り始めたが
けっこうキツいねェ、この坂は―。

=おしまい=

「海燕」
 東京都文京区本郷4-28-9
 03-6272-3086

2016年5月4日水曜日

第1352話 ズブロッカは桜餅の匂い (その4)

ストーリとズブロの心地よい酔いが回ってきた。
みんながみんな饒舌になってきた。
(ちょっと、ヤバいヨ)
このままじゃオトコはともかく女郎衆に
爆沈の危険度が高まっているように見えた。

小休止を与えなければならない。
”飲み”から”食い”にシフトさせなければ―。
注文したのはロシア人の大好物、セリョートカである。
何だ!それは? ってか?
何を隠そう、いやべつに隠す必要はないんですが
ニシンの酢漬けであります。

わが国に小肌の酢洗いがあるごとく、
イスパーニャにイワシのボケロネスがあるごとく、
ロシアにはニシンのセリョートカがあり申す。

魚種は変われど、
共通するのは調味液のヴィネガーである。
魚の生食において酢は必要不可欠、
これなくして江戸前鮨は成立しないし、
欧州人は生臭い青背のサカナを
食べることなどできやしないのだ。

セリョートカはゆでたじゃが芋とともに供された。
ニシンとポテト、
このコンビネーションがまことに卓抜。
互いの魅力を引き立て合う。

ところが予期せぬ弊害をまたもや生んでしまった。
レディースの飲むピッチが余計に上がってしまったのだ。
何かメインディッシュを供給しなければ―。

ここでJ.C.、つらつらと思い浮かべる。
前述した通り、ロシア人は酒を飲むときに温かい料理を好まない。
よってメインは外国由来の料理が多い。
ロシア料理店における三大メインは
フランス人の料理人が発案したとされるストロガノフ。
ウクライナのキエフ風カツレツ。
グルジアのシャシリク(バーベキュー)ではあるまいか?

それぞれビーフ、チキン、ラムと
上手いこと棲み分けが成されている。
ただし一般的ロシア庶民の口には
まずなかなか入らない高級食材だ。

考慮の末、ストロガノフとシャシリクを一皿づつお願いした。
すると調子をぶっこいた女郎衆、
今度はワインが欲しいとのたまうでないの。
いったいこのあとどんな幕切れが待っているのだろう?
「とらや」のおいちゃんじゃないが、オラ、知らねェ!
女が強くて男はつらいよ、いや、ジッサイ。

=つづく=

2016年5月3日火曜日

第1351話 ズブロッカは桜餅の匂い (その3)

樋口一葉ゆかりの本郷菊坂。
その坂下にあるロシア料理店「海燕」。
ウォッカのストリチナヤでザクースカを楽しんでいる。

北海道を旅していて釧路の和商市場や函館の朝市で
生鮭とイクラの親子丼に出会うことたびたびなれど、
あの手のドンブリよりも
今、食している親子、オン・ザ・ブリヌイのほうがずっと美味しい。
そりゃそうだろう、旨味の凝縮という点においては
生鮭よりもスモークサーモンだからネ。
生のほうが美味だったら
手間ヒマ掛けてスモークする意味がまったくない。
 
ここでJ.C.の提案により、
ロシアのストーリからポーランドのズブロッカに移行した。
みなさん異論をはさまず、素直についてくる。
実にエスコートしやすいねェ。
 
ズブロッカとはウォッカにバイソングラスを漬け込み、
その成分を抽出したものだ。
バイソングラスは直訳すると野牛草。
ヨーロッパ野牛の主食となる野草てある。
 
乱獲がたたり、20世紀初頭に一度は絶滅したバイソンだが
動物園などの生き残りを人工飼育して
現在はポーランドのビアウォヴィエジャの森に
およそ400頭が棲息している。
ちなみにベラルーシとの国境沿いのこの森は
ヨーロッパに唯一残された太古の自然として
世界遺産に登録されている。

ズブロッカはポーランドで正しくはジュブルフカ。
バイソングラスのことである。
イネ科の植物・ジュブルフカは
ビアウォヴィエジャの森にしか自生しないといわれている。

ポーランド国内でズブロッカはポルモス・ビャウィストク社の独占販売。
アメリカ製などは天然のジュブルフカが使用されていないため、
世界で唯一の本物と言える。

生まれて初めてズブロッカを飲んだ女性陣は声を揃えて
「桜餅みた~い!」―
そう、まことにその通りである。
ひと月前の桃の節句で口にしたばかりだから
味覚が即座に反応した様子だ。

これはクマリンという芳香族化合物の成せるワザ。
桜の葉やバイソングラスに含まれるクマリンは
抗菌及び抗酸化作用があるが
大量かつ継続的に摂取すると肝臓・腎臓に害を及ぼす。
したがって晩酌にズブロッカを毎晩飲むのは
控えたほうが身のためなのだ。

=つづく=

2016年5月2日月曜日

第1350話 ズブロッカは桜餅の匂い (その2)

本郷菊坂下の「海燕」に”男女四人春物語”。
ザクースカの到着とともに全員がウォッカに切り替えた。
ロシアン・ウォッカの筆頭銘柄、ストリチナヤである。
ニューヨークあたりではストーリの愛称で親しまれる銘酒だ。
キンキンに冷えたヤツをショットクラスに注いで再びの乾杯。

 ♪  そして24時間 あの都会(まち)あとに
   霧にしめった列車 ひとり降りた時
   まさか待ってるなんて にくらしいひと
   思いつめてる気持ち もろくターンさせるの
   
   乾杯モンテカルロ 好きよあなたが楽園
   シルクハットを月に飛ばして 明日は明日よ
   踊ってモンテカルロ 熱いタンゴで夜通し  
   割れてしまえ 地球なんか
   恋は狂詩曲(ラプソディ)      ♪

          (作詞:ちあき哲也)

一度は自粛したものの、二度目の乾杯ときたひにゃ、
こらえきれずにやっちまっただヨ。

庄野真代の「モンテカルロで乾杯」は1978年7月のリリース。
この3ヶ月前には彼女最大のヒット曲、
「飛んでイスタンブール」が世に出ている。
Best1&2が同時期に重なったわけだ。

J.C.的にはどちらが好きかというと、ものすごく迷う。
聴き込んだのは間違いなく”イスタンブール”だが
迷った末に”モンテカルロ”かな?
ただし、実際の街はイスタンブールのほうがはるかに好き。
モンテカルロはまったくもってつまらない。
あんなとこへ嫁ぐからグレース・ケリーの人生は暗転するんだ。

ハイッ! 脱線はこのくらいにして「海燕」。
スモークサーモンや牛タンや野菜の酢漬けをつまみながら
極冷えのストーリを飲る。
旨いんだな、これがっ!

人数分のブリヌイを焼いてもらっている。
ブリヌイはそば粉入りの薄いパンケーキ。
フランスはブルターニュ地方のガレットに近い。
これをイクラとサワークリームとともに楽しむ。
もちろんイクラもたっぷりとお願いしてござる。

当日の昼の数の子、10日前のたら子、そして今宵の鮭の子。
さすがにチョウザメの子(キャヴィア)は高すぎて手が出ないが
一応、魚卵三兄弟の揃い踏みではある。

イクラだけじゃもの足りず、
ザクースカにも盛込まれていたスモークサーモンを単品で追加。
これもまたブリヌイにピッタリなのだ。
イクラとサーモン、
パンケーキの上で親子の対面する景色が美しくも微笑ましい。

=つづく=