2017年2月28日火曜日

第1568話 ある日旅立ち (その2)

午前10時の上野駅。
いまだ行くあて定まらぬ旅の始まりである。
「小洞天」の焼きそばをブラ下げて
駅構内のコンビニで缶ビールを調達し、
準備万端、さあて何処サ行くべか・・・。

JR東日本各線の発車時刻を告げる電光掲示板を見上げた。
茨城の土浦、栃木の宇都宮、群馬の高崎、静岡の熱海と
在来線ですら何処へでも行けちゃうゾ。

 ♪ 上野は俺らの 心の駅だ ♪

かつて主に東北地方から
集団就職で上京した金の卵(死語ですネ)たちには
上野は確かに心の駅であった。
それが今、行く先を探し求めるJ.C.にとっては
ドラえもんのどこでもドアに匹敵するのだ。

時季も時季だし、多少なりとも暖かそうな場所がいい。
季節的要因を考慮して
乗り込んだのは上野東京ラインの熱海行きだった。

ちなみに上野東京ラインとは
単に上野と東京を結ぶ短距離電車ではない。
2年前に開業した東北本線ほか各線と
東海道線を結ぶ相互直通運転のことである。
もっとも首都圏在住の人は先刻ご承知でしょうがネ。

車内は意外に混んでいた。
すぐに缶ビールをプシュッとやりたかったが
とてもそんな状況にない。
第一、席が確保できないんだもの。
場末の立ち飲み酒場じゃあるまいし、
あまりみっともないマネはできない。

東京駅で乗客がごっそり降りたので着席。
それも飲食しやすいボックス席である。
ただし、向こう二席に片隣り、
見知らぬ人たちに包囲されている。

こいつは焼きそばはおろか、
ビールすら飲める雰囲気じゃないぜ。
夜汽車ならともかく昼前からいい歳こいたオッサンが
人目もはばからずグビグビ飲ってたんじゃ、
若いモンに示しがつかないしネ。

いや、マイッたな。
この様子だと品川を過ぎるまではムリだろう。
いや、横浜あたりまで待たずばなるまいて。
急ぐ旅でもないし、まっ、いいか。

=つづく=

2017年2月27日月曜日

第1567話 ある日旅立ち (その1)

  ♪   雪解け間近の北の空に向かい  
     過ぎ去りし日々の夢を叫ぶ時 
     帰らぬ人達熱い胸をよぎる 
     せめて今日から一人きり旅に出る
     あゝ日本のどこかに 
     私を待ってる人がいる
     いい日旅立ち夕焼けをさがしに
     母の背中で聞いた歌をみちづれに・・・  ♪
             (作詞:谷村新司)
ハイハイ、当ブログの読者におかれましては
サブタイトルを一目見ただけで
どの曲が登場するのかお見通しでございましょう。
そう、「いい日旅立ち」であります。
山口百恵の清純な歌声が列島を席巻したのは1978年でした。
作詩のみならず、作曲もアリスのリーダー、
チンペイさんこと谷口新司でアリス、もとい、ありんす。

日本のどこかに私を待ってる人などいやしないが
ふと思い立って旅に出た。
と言っても日帰りのショートトリップですがネ。
しかも別段、これといったアテもない。

とにかく東京の北の玄関口、
上野のステンションにやって来た。
そうしておいて行く先を決める気だった。
われながらノンキなもんだわ。

当日は朝から何も口にしていないかったから
遅めの朝食を列車内でとる腹積もり。
となると、ecute GARDEN で買い込むのが得策だ。
GARDEN では奈良の柿の葉すしが手に入る。

中谷本舗調整のこの寿司、いろんな組合わせが楽しめる。
中には好物の小肌入りまであって
J.C.にとっては実に魅力的な一折なのである。
ただし、一度改札を出ねばならず、
ここは改札内の ecute が便利だ。
何せプラットフォームの真上にあるからネ。

できれば旅先でランチといきたい。
よって軽めのものがよい。
っていうか~、ビールのつまみ程度でかまわないんだ。
結局は薬局、食うより飲むほうを優先してしまう。

店内をザッと見回って購入したのは
日本橋に本店を構える中国料理店、
「小洞天」の特製焼きそばだった。
コンパクトなサイズにてワンコインの500円ポッキリ。
ほとんどおやつでんな。

=つづく=

2017年2月24日金曜日

第1566話 平和の証しの焼き鳥論争 (その2)

串からはずして箸で食うか、
串に打たれた鳥肉を前歯で引きちぎって食うか―。
サッカーに例えると
間接フリーキックと直接フリーキックの違いみたいなもんだ。

はるかむか~し、ステーキを一切れづつナイフで切るか、
あらかじめまとめて小口に切ってしまうか―。
はたしてどちらが正しいのか?
そんな論議を想起させられた。

まっ、ステーキの場合、
ハナからの全部切りには賛同しかねる。
肉汁がみんな流れちゃうからネ。
それに比べりゃ焼き鳥の串はずしはナンボかマシだろう。

夜更けの2軒目として焼き鳥屋に入店すると、
何本かまとめていろんな部位を注文しますわな。
大皿で運ばれた数本の串を迎えて
だいたいの場合は世話好きの女性が
せっせせっせとバラかしに励んでくれる。

彼女の行為はべつに迷惑でも何でもない。
そうでもしなきゃ、ある者はレバーばっかり丸一本。
またある者は徹頭徹尾、つくねということになろう。
串からはずされたら悲しいと嘆く店主でさえ、
まとめて注文されたら、まとめて大皿に盛り込むハズ。
J.C.に言わせりゃ、焼き鳥は盛合せたらそれまでで
はずす、はずさないは大した問題ではなくなる。

本当に美味しく食べてもらいたいのなら
盛合せはありえない。
1本づつ、せめて2本づつ、
少な目に丁寧に焼きましょうや。

それにもう一つ、串ぬき容認の理由がある。
焼き鳥はおおむね塩かタレかの二者択一。
塩ならよくともタレのケースは
串からはずさぬとタレをからめにくい。
はたしてそこまで考慮に及ぶ焼き鳥店が
都内に何軒あるだろうか?

なんだかんだと書き綴っていたら
旨い焼き鳥が食べたくなった。
よって今週末、
ノスタルジックな小路にある店の予約を済ませた。

数ある焼き鳥の部位のうち、もっとも好きなのは背肝。
この店の背肝が旨いんだよなァ。
訪問後、ご報告に及びましょうゾ。

2017年2月23日木曜日

第1565話 平和の証しの焼き鳥論争 (その1)

焼き鳥の食べ方について―。

ひと月近く前だったかな?
TVを観ていたら、ある焼き鳥店の店主が
せっかく串に打った焼き鳥を
箸でバラして食べられるのは悲しいヨ、云々。
おっと、ちなみに云々はウンヌンでありまして
間違ってもデンデンではございませぬ。

国を、国家を、国民を率いていくべき宰相が
この程度の漢字を読めぬとは!
開いた口がふさがらないとはこのことである。
まったくもってバッカじゃねェの。
電電公社なんぞ、とっくの昔に民営化されちまってんだヨ。

それはそれとして焼き鳥であった。
アナタは串から派?
それとも串ぬき派?
 TV放映の数日後には朝日新聞まで特集記事を組む始末。
こんなことが論争の的になるんだから
今の日本、平和以外の何ものでもないやネ。

そんんなん、どっちでもいいやん。
ひと言で片付けちゃったらミもフタもないから
J.C.なりにわが身を振り返ってみた。
割り出した結論は時と場合によるんじゃないの・・・。
てなところに落ち着いた。

例えばですヨ、俗に言うこだわりの焼き鳥店を
その日の1軒目として訪れたとき。
「ササミわさびでございます」
続いて
「ハツ塩でございます」
なおも続いて
「血肝でございます」
こんなふうに一串ずつ供されたら
まず串からはずさずに口元に運ぶこととなる。

だけどネ、夜更けに当夜の2軒目、3軒目として
ある程度の人数で焼き鳥屋に流れた場合は
いささか事情が異なるのではないか―。
そんなケースは予約困難の人気店ではまずない。
場末にひっそり暖簾を掲げる無名店だったり、
安価にして安直なチェーン店だったりすることが多い。

言わば惰性でハシゴ酒に及んだ結果だから
仕上げの酒が飲めりゃ、
つまみなんか要らないシチュエーション下にあるのだ。
店側にしても飲まれるだけで
フードメニューがサッパリでは商売にならないから
そのあたりを忖度できる真っ当な客は
一人一品とまではいかなくとも
何かしらつまみを注文しようとするだろう。

=つづく=

2017年2月22日水曜日

第1564話 素晴らしき土曜日 (その18)

千駄木の「毛家麺店」に流れ出した歌声。

  ♪   嫌われてしまったの 愛する人に
     捨てられてしまったの 紙クズみたいに
     私のどこがいけないの
     それともあの人が変わったの
     残されてしまったの 雨降る町に
     悲しみの眼の中を あの人が逃げる
     あなたならどうする あなたならどうする
     泣くの歩くの死んじゃうの
     あなたなら あなたなら       ♪
       (作詞:なかにし礼)

そう、いしだあゆみの「あなたならどうする」であった。
脇道にそれ続けてきたから曲の説明はもう控える。
それより豚耳が常温に戻りつつあった。
うむ、うむ、酢の効いたマスタードとの相性はよろしい。
BGMが百恵の「プレイバック Part 2」に替わった。

冷たい豚耳だけではものたりなさを感じる。
そこでもう一品。
当店のスペシャリテ、担々麺を食べきる自信はないし、
ちょいとばかり心惹かれた豚しゃぶしゃぶ麺、
蟹3匹使用の蟹炒飯、それらとて担々麺同様に食べきれまい。

やはり軽めの点心に戻ろう。
面白くも何ともないが無難な焼き餃子を選ぶ。
これならよしんばハズしてもダメージが少ないし、
不味い餃子にはあまり出会うこともない。

時間がしばらく経過して餃子が焼き上がった。
おや? 意に反して皿には棒状の物体が数本。
餃子は半月状が一般的だが春巻と見まがうほどである。
まっ、味に変わりがあるじゃナシ、
そのまま何も付けずにいただいた。

ふと思って熱い餃子の上に半分残った豚耳を並べてやる。
みるみるうちに温まった耳が半透明になってきた。
おう、おう、ヌクいほうが断然いい。
心なしか紹興酒までその旨味を増している。

BGMは小柳ルミ子の「冬の停車場」。
そして八神純子の「思い出は美しすぎて」。
どちらも好きな曲である。
どうでもいいが女性シンガーばかりだネ。

紹興酒を飲み干し、今日の日を振り返り、
そろそろ幕引きとするかの。
お勘定をお願いして夜の帳(とばり)が下りた町へ。
思えばずいぶん歩いたもんだ。

翌日曜は何も予定ナシ。
デスクに積み上がった書籍の数々を
片っ端から読むことにしようっと―。
長々とお読みいただき、ありがとさんにござんす。

=おしまい= 

「毛家麺店」
 東京都文京区千駄木3-34-7
 03-3823-0039

2017年2月21日火曜日

第1563話 素晴らしき土曜日 (その17)

「異邦人」が流れるなか、ニラ饅頭が湯気を立てて運ばれた。
よほど腹がすいていたのか、
箸先で小分けにするひまもあらばこそ、そのままパクリとやる。
 
「ア~ッチッチ!」―いや、熱いのなんのって!
火傷まではいかなくとも舌と唇にダメージを負った。
がっつく不作法者にロクなことはない。
ともかくもエビスの中ジョッキとともに
二つの饅頭を食了した。

2杯目の生を頼んでおいて
さらに菜譜の吟味に入る。
実はニラ饅頭と最後まで競ったのは割包(クワパオ)だった。
割包とは何ぞや?
蒸したパンに豚の角煮をはさみ込んだ、
いわゆるチャイニーズバーガーのことである。

聞くところによると
中国本土よりも台湾で人気の高い食べものらしい。
何でも12月の或る日の忘年会においては
定番なのだそうだ。

興味深々なれど、
いくらなんでも饅頭のあとにバーガーはあらへんやろ。
糖質の取り過ぎちゃうやろか?
よって二品目の候補から外す。

そこで好物のモツ類から選ぶことにした。
ここでも最後まで競り合った料理が二皿。
かたや豚ハツの生姜風味、
こなた豚耳のフレンチマスタードである。
滋味の深さではハツ、食感の小気味よさでは耳だろう。

迷った末に決め手となったのはフレンチマスタード。
中華でフレンチマスタードはきわめて珍しい。
意表を衝かれるとともに
試してみたい・・・そんな好奇心が頭をもたげた。

2杯目のジョッキがカラになる頃、
切りきざまれた豚耳がやって来た。
冷蔵庫から取り出されたばかりなのか
冷え冷え状態だった。
冷たすぎて味がよく判らん。
マスタードの風味しか感じない。

こりゃしばらく放置して常温に戻したほうがいいな・・・
そう思ったことである。
常温つながりからついでに紹興酒を常温で所望した。

  ♪   嫌われてしまったの 愛する人に
     捨てられてしまったの 紙クズみたいに  ♪

聞き覚えのある歌声が流れてきた。

=つづく=

2017年2月20日月曜日

第1562話 素晴らしき土曜日 (その16)

台東区と文京区にまたがる谷根千の一郭、
団子坂にほど近い「毛家麺店」のカウンター席にいる。
迷いながらも生ビールの友として選んだのはニラ饅頭だった。
 
ニラは好きな葉野菜ながら、
その使い途がけして多彩とは言えず、
ニラ玉、ニラレバのほかは
せいぜい餃子にチラリと顔を出す程度。
 ところが中華料理の点心となればこのニラ饅頭、
海老餃子や小籠包子と肩を並べる人気者なのだ。

  ♪   子供たちが空に向かい
     両手をひろげ
     鳥や雲や夢までも
     つかもうとしている
     その姿はきのうまでの
     何も知らない私
     あなたにこの指が
     届くと信じていた    ♪
      (作詞:久保田早紀)

BGMが久保田早紀の「異邦人」に替わった。
当時21歳だった彼女のデビュー曲。
ハタチそこそこの女の子がどうしたら
こんな詞が書け、あんな曲がつくれるのだろう?
あふれ出る才能に瞠目したものである。
殊に二番の歌詞がすばらしい。

  ♪   市場へ行く人の波に
     身体を預け
     石畳の街角を
     ゆらゆらとさまよう
     祈りの声 ひづめの音
     歌うようなざわめき
     私を置き去りに
     過ぎてゆく白い朝   ♪

子どもの頃から当時イランに赴任していた父親が持ち帰る、
当地の音楽に慣れ親しんだのが
彼女の音楽的下地に大きな役割を担ったとはいうものの、
あの若さではなかなか書けない詞なのだ。

J.C.はイランを訪れたことはないが
エジプトのカイロやトルコのイスタンブールでは
そこそこの時間を過ごしている。
歌詞の赤字部分はまさしく、
カイロであり、イスタンブールであった。

もともと「白い朝」というタイトルだったこの曲を
「異邦人」にすげ変えたのは
敏腕プロデューサーの酒井政利。
キャンディーズや山口百恵を世に送り出したカリスマで
あの帝銀事件の犯人とされた、
死刑囚・平沢貞通の隠し子と噂されている人物である。

=つづく=

2017年2月17日金曜日

第1561話 素晴らしき土曜日 (その15)

団子坂下から北へ1分。
おそらく店主が毛沢東の信奉者なのだろう、
店名を「毛家麺店」という。
”飯店”ではなく”麺店”とある。

なるほど、立て看板のメニューには
担々麺だけが赤字でしっかり記されていた。
ほかに赤字モノは見当たらないから
これが当店のスペシャリテであることに疑いはない。

コンパクトな店内は
カウンターが数席のほか、テーブルが1卓のみ。
先客は単身の2名だけで卓は空いている。
すんなりとカウンターに身を沈めた。

生ビールはエビスのみ。
好きな銘柄ではないが
生ならなんとかスッキリ飲めないこともない。
よって注文に及ぶ。

御徒町から千駄木まで歩いたから
いや、もとをただせば本日、走破したのは

上中里―駒込―動坂下―道灌山下―谷中銀座―
上野桜木―上野公園―アメ屋横丁―御徒町―
不忍池―根津―千駄木

以上の順でまことにけっこうな距離である。
脇目も振らず一気にルートを歩き抜いても
3時間近くはかかるんじゃないだろうか―。
したがって御徒町の「味の笛」で一息入れたものの、
マイ・スロートはガス欠を強く訴えていたのだ。

菜譜を手に取ると、意外にも点心類が豊富だ。
独り飲みにこのスタイルはありがたい。
ここでハッと店内に流れるBGMに気がついた。
和田アキ子の「あの鐘を鳴らすのはあなた」である。
おう、おう、いいじゃないの歌謡曲、
有線放送だろうから行く末に期待が持てるというものだ。

カウンター内の店主にニラ饅頭をお願いした。
毛沢東の肖像画を大っぴらにしているから
彼は間違いなく、フロム・メインランド・チャイナ。
開業後かなりの歳月を経ているはずなのに
どうも日本語が覚束ない。
まあ、何とか意思は通じたがネ。

団子坂に至近の一等地で、この日本語力で、
よく商売を立ち上げたものよと感心していると
奥から女将が現れた。
こちらは流暢ではないものの、
格段に日本語がお上手、口八丁手八丁であった。
婦唱夫随かァ、なるほどねェ。

=つづく=

2017年2月16日木曜日

第1560話 素晴らしき土曜日 (その14)

御徒町で下地は作ってきたものの、
目当ての店の予期せぬ満席でちょいとした晩酌難民状態。
はて、どうしたものかのぉ。

池之端のそば屋「新ふじ」を断念して根津の町に到着。
よく利用する広東料理の「楽翠荘」は小皿料理を供する。
今のシチュエーションに合致するけれど、
どうせなら二人で訪れたほうがより楽しめる。

ほかにも「華」、「オトメ」、「BIKA」など
東京メトロ千代田線・根津駅周辺には
ある程度のレベルに達したチャイニーズが少なくない。
少なくないけれど「オトメ」のほかは単身利用に向かない。

駅裏の路地には食堂と酒場を兼ねる「かめや」、
その隣りには居酒屋「車屋」がある。
どちらも悪くはないがイマイチ決定力に欠けるため、
心動くことなく見送りとする。

裏筋の通称・へび道をゆく。
道がくねくねと曲がっているのは藍染川の名残りで
現在も道路の下に暗渠となって川は流れているハズ。
ほどなく三崎(さんさき)坂に抜け出た。

このまま坂を横断して直進すれば谷中よみせ通り。
そうは行かずに坂を左折し、
ほどなく不忍通りにぶつかって千駄木交差点。
明治の日本文学香り立つ団子坂下である。

進むべき方角は二者択一。
西は白山上、北なら道灌山下となる。
このままずっと北に行ったら本日の散策のスタート地点、
駒込に通じ、双六(すごろく)ならば振り出しに戻ることになる。

いくらドヒマな休日とはいえ、
ひとまずそいつは避けておきたい。
承知のうえで進路を北に取った。
その間たったの1分、
以前から気になっていた中華屋の前を通り過ぎた。

振り向けば店の横壁に大きな毛沢東の肖像が描かれている。
この絵は相当にインパクトが強いから一度拝んだら忘れられない。
おそらく読者の中にも
かなりの数の目撃者がおられるのではないか―。
いつか入店しようと思っていたこともあり、
それは今日だ! と決断に及ぶ。

ちょうどこの時期、朝日新聞の夕刊で
毛沢東と林彪(リンピョウ)の確執を
つまびらかにする特集記事が組まれており、
そんなことにも背中を押されるカタチとなった。

=つづく=

2017年2月15日水曜日

第1559話 素晴らしき土曜日 (その13)

不忍池の水面には
北の国から飛来した水鳥が羽を休めている。
年々、その数を減らしているように感じるのは
気のせいだろうか―。

公園を出てやって来たのはそば屋の「新ふじ」。
ここのもりそばは気に入りなのだ。
しなやかなコシとなめらかなノド越しが
快適なそば自体もさることながら
ほどよい甘みをたたえたつゆが好もしい。

J.C.は中学生時代、板橋区・弥生町に住んでいた。
最寄りの駅は東武東上線・中板橋。
最寄りの商店街は下頭橋通り。
その通りに「満留賀」なる、
ごくフツーの町場のそば屋があった。
そこのそばつゆにそっくりな「新ふじ」のソレ。
懐かしみが拍車をかけて、好きだなァ。

「新ふじ」にはもり以外にも楽しみがある。
その第一は滋味あふれるもつ煮込み。
赤と白、二種類の味噌を合わせたものだろう、
煮汁のコク味が最大の魅力となっている。
豚の白もつの煮え具合もバッチリ、
ビールにも日本酒にも恰好の合いの手だ。

加えてアッサリ塩味のニラ玉がさりげなく美味しい。
ほどよい陽光を浴びたニラが柔らかい。
絡んだ炒り玉とのバランスよろしく、シンプリー・テイスティ。
これまたビール・日本酒を選ばぬ佳品である。

ついでに言えば、ビールが中瓶のほかに
大瓶があるのがうれしい。
中瓶だとあまり飲んだ気がしない。
自宅の冷蔵庫には缶しか眠っていないから
大瓶から注ぐビールには格別な醍醐味がある。

さて、さて、久々の「新ふじ」である。
暖簾をくぐり、引き戸を開けて敷居をまたいだ。
すると・・・ややっ、目の前の光景に立ち尽くす自分がいた。
店内は満員御礼のご盛況にて空卓は一つとしてない。
土曜日のことで客たちの仕掛けが普段より早目なのだろう。

中で立ち待つのも間抜けなハナシだし、
すでに陽が落ちた外には寒風が立ち始めている。
まさに内憂外患を身をもって知る破目に陥った。
ここまで来た末の肩透かしはツラいものがある。

ほかに順番待ちの人影はナシ。
10分も経てば席にありつけるハズ。
でもネ、これは天からのお告げと受け止めて
ビールも煮込みももりそばも脳裏からワイプアウト。
不忍通りを根津の交差点方面に北上して行った。

=つづく=

2017年2月14日火曜日

第1558話 素晴らしき土曜日 (その12)

JR山手線・御徒町駅のガード下、
「味の笛」の2階で独り飲んでいる。
禁煙席と喫煙席の境目あたりだ。
隣りで競馬新聞に見入っているオジさんが
ふかした煙草のけむりがプカ~リ、プカ~リ。

冷たい北雪の味わいは舌の上に粉雪が舞っているよう。
この銘酒に初めて出会ったのはマンハッタンのトライベッカ。
ロバート・デ・ニーロが出資する和食レストラン「Nobu」だった。
以前、当ブログで紹介したが
デンゼル・ワシントンとたまたま隣り同士になったのが
この店のカウンターだった。
新聞を拡げて読みやがって鬱陶しいアンちゃんだぜ、
そう思ったことである。

コクよりもキレに主眼をおいた北雪は好きな酒。
ところが良き合いの手となってくれるハズ、
そう期待した、ヘチマがアカンかった。
見た目の色合い、漬け粕の塩梅、
ともにけっこうながら、いけなかったのは食感である。

奈良漬の白瓜のパリパリ感まではのぞまぬが
歯触りが悪すぎやしたネ。
何と表現したらよろしかろう。
フルーツの砂糖漬けみたいな噛み心地なのだ。
パリパリせずにズリズリする感じ。
あらためて見つめ直すと
薄切りのドライ・マンゴーに見えないこともない。

1300年の歴史を誇る奈良漬は白瓜が絶対の主力。
あとは、きゅうり、豆西瓜、生姜、守口大根といった布陣だが
糸瓜は入っていない。
やはり漬物には向かないものと思われる。
って、ゆうかぁ、もともと美味しいモンじゃないんだろうな。
旨かったら鍋洗いや人洗いに
その身を落とすことはなかったろうし・・・。

つまみに鰻の肝焼きを一串。
ついでに酒も同じ新潟の麒麟山に移行する。
肝はまぁまぁ、麒麟は旨し。
そういえば、麒麟山を初めて飲んだのは
同じ上野のおでん屋「大凧」だった。
もう14年も以前のことである。

いいくら加減に酔いが回ってきたので
この店はこれにて打ち止め。
外へ出ると西空が暮れなずんでいる。
広小路から仲通りを経て不忍池へ。
ほとりをたどり、目指すは根津の日本そば屋だ。

=つづく=

「味の笛本店」
 東京都台東区上野5丁目20-10
 03-3837-5828

2017年2月13日月曜日

第1557話 素晴らしき土曜日 (その11)

とんこつラーメンの「一蘭」を左に見ながら直進。
中央通りを横断してアメ屋横丁へ入った。
急に人口密度が上がり、速やかな歩行がままならない。
昼から飲ませる居酒屋・酒場はどこもいっぱいだ。

結果としてランチを抜いたために腹はペコペコ。
それでも店々にあふれ返る呑ん兵衛たちを
目の当たりにすると飯より酒にはしりたい。
それがJ.C.の生きる道、マイ・デストニーでありまっしょう。

腕時計をしないタチだから携帯電話の画面を見る。
時刻はちょうど午後3時だ。
上野界隈におけるわが憩いの場、
「味の笛」が開店するのが3時。
春日通りを渡り、JR御徒町駅のガード下へ。
1階の立ち飲みコーナーは4時開店ながら
2階の椅子席は1時間早く開けてくれる。

工場直送のスーパードライがノドをすべり落ちてゆく。
フ~ッ、実に美味いなァ。
ただちにもう1杯。
いくらなんでも空腹時につまみナシは身体によくない。
よってカウンターの小鉢&小皿を睥睨(へいげい)に及ぶ。
およそ十数品のうち、珍しい糸瓜の粕漬に惹かれた。

イトウリとはなんぞや?
これはヘチマのことである。
繊維質が豊富なので糸瓜と呼ばれるようになったが
オリジナルはポルトガル語のフェチマだ。

その後、と言っても江戸時代のことながら
イトウリがやがてトウリに転じ、
”ト”の字がいろは歌の”ヘ”と”チ”の間にあることから
ヘチ間→ヘチマとなった由。
いや、昔の人はいろいろ考えたんだねェ。

面白いのは沖縄ではヘチマをナーベラーと言うこと。
ヘチマの繊維で鍋を洗ったために
鍋洗い→ナーベラーとなった。
言われてみりゃ昭和30年代の東京の銭湯では
スポンジ状のヘチマで身体を洗う人が珍しくなかった。
さしずめヒートラーでありますな。
あのヒットラーもビックリだろうヨ。

せっかく粕漬を購入したのだ、日本酒に切り替えよう。
当店の清酒の品揃えは新潟産が主流。
というか、ほかの産地はないんじゃないかな?
J.C.が決まって頼むのは佐渡の北雪。
今宵はその大吟醸の冷たいのを選んだ。

=つづく=

2017年2月10日金曜日

第1556話 素晴らしき土曜日 (その10)

日活映画、「警察日記」でデビューした宍戸錠。
彼を初めて見たのが1958年の同じ日活映画、
「錆びたナイフ」であった。

映画の冒頭、ある殺人事件現場を目撃者した宍戸錠が
走る列車から突き落とされて殺される。
とにかくやたらに人が死ぬ映画で
小林旭や杉浦直樹も消されてゆくのであった。
この作品は小学一年生にとってインパクトすさまじく、
瞳にも心にも強く焼きつけられたのでありました。

やれやれ、またもや寄り道を延々と続けてしまったが
散歩に寄り道はつきもの、どうかお許しあられたし。
それにしても上野警察に出前されたかつ丼から
「警察日記」、「錆びたナイフ」と
ずいぶん精神が分裂したものよのぉ。

ええっと、どこまで綴ったかの?
そうそう、アメックスカードを拾って届けてくれた、
上野公園のカフェテリア「GREENSALON」であった。
以上の次第でこの場所には一恩ありなのだ。

ビールでも飲もうと入店したら
長くはないものの、やはり行列が連なっている。
土曜日の上野はかなりの人出ながら
新宿・渋谷の繁華街と違い、スペーシャスにつき、
人口密度が低くストレスを感じない。
でも、やはり列に並ぶのはイヤなんだよなァ。

上野という街は、お山の上と下では
まったくその様相を異にしている。
前者を”聖”、後者を”俗”と定義すれば、
聖俗が混在してはいなくとも、背中合わせにはなっている。
そこをつなぐのが上野ステーションだ。

ためしに公園口と不忍口を別々に出てごらんなさい。
両者の距離は200mちょっとしか離れてないのに
目にする光景はまったく異なる。
まっ、それはそれとしてのんびりお山を降りていった。

博多生まれの人気ラーメン店、
「一蘭」の店先に大行列ができている。
いや、すさまじい客の数だ。
日本語だけでなく中国語と朝鮮語も飛び交っている。

先日、コリアンの夫を持つ、
マイ・ヘアスタイリストのK子チャンに聞いたのだが
半島でも中国同様に春節がお正月なのだそうな。
どうりでなァ。
「一蘭」の行列を目にしておのれの空腹感に気づいた。

=つづく=

2017年2月9日木曜日

第1955話 素晴らしき土曜日 (その9)

  ♪   砂山の砂を
     指で掘ってたら
     まっかに錆びた
     ジャックナイフが 出てきたよ
     どこのどいつが 埋めたか
     胸にじんとくる
     小島の秋だ

     薄情な女(やつ)を
     思い切ろうと
     ここまで来たか
     男泣きした マドロスが
     恋のなきがら 埋めたか
     そんな気がする
     小島の磯だ

     海鳴りはしても
     何も言わない
     まっかに錆びた
     ジャックナイフが いとしいよ
     俺もここまで 泣きに来た
     同じおもいの
     旅路の果てだ      ♪

       (作詞:萩原四朗)

そう、裕次郎初期の主演映画、
「錆びたナイフ」の主題歌である。
リリースされたのは1957年6月。
翌年3月には映画化されている。

作詞の萩原四朗は敬愛する石川啄木の詩、
「一握の砂」をモチーフにこの詞を書き上げた。

 いたく錆びしピストル出でぬ
 砂山の
 砂を指もて堀りてありしに

コレですネ。

さて、「錆びたナイフ」の映画のほうである。
石原裕次郎・小林旭・宍戸錠。
日活ダイヤモンドラインを形成するスターが
3人揃って競演した唯一の作品なのだ。

舞台は西日本の一地方都市に設定されているが
J.C.の見た限りでは福岡県・博多市だと思われる。
モノクロの画面が美しい。
のちに石原夫人となりしヒロインの北原三枝も美しい。

=つづく=

2017年2月8日水曜日

第1554話 素晴らしき土曜日 (その8)

警察の取調室とかつ丼の相互関係のつづき。
ルーツは映画「警察日記」っであった。
ところがこの映画では
置き引きの父に無銭飲食の母子、
一家三人がかき込むのはかつ丼ではなくて天丼。
おそらく当時の丼物においては
かつ丼よりも天丼のほうが
よりポピュラーでだったのだろう。

時代の流れとともに
天丼からかつ丼に移行していったのではないか―。
それに大海老2本入りの天丼では
被疑者が食べるにちょいと豪華すぎるきらいあり。

「警察日記」はぜひ読者にもご覧いただきたい名画である。
森繁の名演もさることながらバイプレーヤーたちが素晴らしい。
しかも顔ぶれが豪華絢爛、オールスターキャストと言い切ってよい。
せっかくだから紹介してみましょう。

★男優陣

 三島雅夫   三國連太郎   伊藤雄之助   殿山泰司
 十朱久雄   織田政雄   東野英治郎   左卜全
 三木のり平   多々良純   稲葉義男

★女優陣

 杉村春子   岩崎加根子   小田切みき   飯田蝶子
 坪内美子   二木てるみ   千石規子

どうです、半端じゃないでしょう?
ものスゴいでしょう?
まったくもってキラ星の如し。
誰をとっても文字通り、スターである。
こんな映画はもう二度と撮れまいネ。

涙をさそうのは坪内美子(のちの美詠子)と
二木てるみの母娘であった。
当作を観た池袋の映画館では幕間に
二木本人がステージに登場して観客を歓ばせてくれたりもした。

そして脇役陣で忘れてならない役者がもう一人。
若き日の宍戸錠である。
(新人)と銘打たれていたから
これが彼のデビュー作なのだ。

J.C.が初めて宍戸錠を見たのは小学一年生のとき、
わが心のスター、石原裕次郎のあの傑作であった。

=つづく=

2017年2月7日火曜日

第1553話 素晴らしき土曜日 (その7)

上野は公園口の真ん前に位置する、
東京文化会館へ出かけたときのこと。
開演前のひとときをすぐ脇の「GREENSALON」で過ごした。
会計の際、キャッシャーで手が滑り、
現金とカード類を床にバラまいてしまった。
周囲の人たちがかき集めを手伝ってくれたっけ・・・。

何しろ数十年も札入れを持たぬ身につき、
いつもパンツの尻ポケットを財布代わりとしてきた。
折りたたんだ札のあいだにクレジットカードやキャッシュカード、
はたまたドライビングライセンス等をはさみこんでいる。
それをバア~ッと景気よくやっちまった。

すべて回収したつもりのカードだったが
オペラの終演後、アメックスの紛失に気が付いた。
明朝にでもカードの無効通知をしておくか―
のんびり構えていたら翌日、
当のアメックスから電話連絡があった。
なんでも落としたカードが上野警察署に届けられている由。
何とまぁ、手回しのよいことで―。
「GREENSALON」のスタッフがちゃんと届けてくれたのだ。

さっそく上野警察に出向き、カードを無事回収。
帰り際、玄関でそば屋の出前とすれ違う。
プ~ンときたのは紛れもないかつ丼のいい匂いである。
ふり向けば出前のオジさんの肩には
もりそばのせいろが数段にドンブリが二つ。
そばの香りはしなかったが、かつ丼の匂いはしっかり嗅いだ。
ちなみにこのそば屋は
浅草通りをはさんで署のはす向かい、老舗の「翁庵」である。

めったに立ち入らぬ警察署ながら
警察とかつ丼はピタリとハマる。
これはたぶんにTVドラマの影響だろう。
取調室ですべてゲロした容疑者に
ふるまわれるのはきまってかつ丼だからネ。

もっともこのときすれ違ったドンブリは
おそらく昼めしとして署員の胃袋に収まるものだろう。
それにつけてもいったいいつの頃から取調室に
かつ丼が出入りするようになったのでありましょうや?

いろいろと調べてみたら
行き着いたのは1本の日活映画であった。
森繁久彌主演の「警察日記」(1955年)が
どうやらそのルーツであるらしい。

10年ほど前に池袋の名画座で初めて観たが
人情味あふれるなかなかの佳作にて
ついホロリとさせられたことであった。

=つづく=

2017年2月6日月曜日

第1552話 素晴らしき土曜日 (その6)

前話で紹介した「白鯨」の一等航海士、
スターバックスだが大事なフレーズを書き落としてしまった。
あのままでは真意がイマイチ伝わらない。
あらためて、コーヒー好きの一等航海士と加筆しておきたい。

ところで、
おヒョイこと藤村俊二サンが逝ってしまった。
あの人は逝って逝ってしまった。
ユニークなマルチタレントであった。

思い出すのは1973年夏。
列島には天地真理の歌声が流れていた。

  ♪  若葉が街に 急に萌えだした
    ある日わたしが 知らないうちに ♪

な~んてネ。
もっとも演歌好きには五木ひろしがより印象的だったろう。
そのときJ.C.は飛騨高山の奥、白川郷の合掌村にいた。

宿で晩酌を楽しみながらTVを観ていると、おヒョイが登場。
番組は大橋巨泉が司会をつとめる、
TBS系列の「お笑い頭の体操」である。
ということは土曜日の夜、19時半~20時だ。

出題は日本語の言葉が一字の違いで
トンデモない変化をもたらすというもの。
おヒョイの回答はかくの如し。

世の中はシの字とスの字の違いにて
ブシ(武士)は日本の鑑(かがみ)
ブスは日本の恥

いや、大笑いしやしたネ。
以後、何十年ものあいだ、画面に彼が現れると、
あの珍答が頭の中をグールグル状態になるのであった。
合掌村を懐かしみつつ、あらためて合掌!

さて、こちらもあらためて素晴らしき土曜日。
なおも上野公園を歩く。
東京のオペラの殿堂、東京文化会館が見えてきた。
ふ~む、オペラの殿堂かァ・・・
ニューヨークのメト、ウイーンの国立劇場あたりに比べると、
どうしても見劣りしてしまう。
音楽史の差、これも致し方なし。

傍らに「GREENSALON」なるカフェ、
というより飲食物を提供する休憩所がある。
そういえば数年前、
あれはベッリーニの最高傑作オペラ、
「ノルマ」の観劇に赴いた日であった。

=つづく=

2017年2月3日金曜日

第1551話 素晴らしき土曜日 (その5)

東京芸大のキャンパス内。
驚きのパンケーキ屋は「サクラ・バレット」といった。
パレットじゃなくてバレット、どうもよく判らんなァ。
でも、彼のアイデアにはアッパレ!の一票を投じたい。

もう一つの学食「キャッスル」には寄らず、正門を右に出た。
そこはすでに緑の上野恩賜公園。
足を踏み入れると、かなりの数の人だかりである。
黒っぽい服装の群衆が数十人、
みんながみんな黒いどんぶりを抱えていた。

おっと、そうか!
ホームレスだけじゃなさそうだが
経済的苦境にあえいでいる人々を助けるための
いわゆる炊き出しだネ、これは―。

こういうカタチの救済には
行政がもっと金を出してもいいと思う。
北欧並みの福利厚生とまでは願わねど、
せめて食事くらいは提供してあげましょうヨ。

どんぶりの中身は何だろう?
のぞくわけにはいかないけれど、
チラリ垣間見えたのは玉子焼きとホウレン草みたいな青物。
ふむ、ふむ、栄養バランスを考えてるんだネ。
ボリュームもけっこうありそうだった。

公園内にある大噴水のほとりで一休み。
だだっ広い広場の両サイドには
大型店舗の「STARBUCKS」と「PARK SIDE CAFE」。
いずれも満員御礼のご様子である。

ここでウンチクを一くさり。
今や世界最大のコーヒー・チェーンとなった「STARBUCKS」だが
店名の由来をご存じだろうか?

19世紀の米作家、ハーマン・メルヴィルの長篇大作に「白鯨」がある。
巨大な白いマッコウクジラ、モビー・ディックに片足を奪われ、
復讐に燃える捕鯨船長エイハブの片足、
もとい、片腕として活躍するコーヒー好きの一等航海士
彼こそががスターバックスなのだ。

血気にはやる老船長をいさめる知的な好人物ながら
ラストのクライマックスではふるさとに最愛の妻子を残したまま、
船長とともに海底へと消えてゆく。
イギリスの詩人、エドマンド・ブランデンは
英米文学における三大悲劇として
「嵐が丘」、「リア王」、そして「白鯨」を挙げている。

それにしてもコーヒー・チェーンの大成功は
このネーミングによるところが大きい。
一等航海士も草葉の陰ならぬ、
波間の底で歓んでいるかもしれない。

=つづく=

2017年2月2日木曜日

第1550話 素晴らしき土曜日 (その4)

上野恩賜公園のはずれ、東京芸大のキャンパスにいる。
「大浦食堂」でビールを飲もうとするも肩透かし。
はは~ん、ここもやっぱり東大と同じなんだな、
飲めるのは夕方かららしい。
スタッフに詳細を訊ねることなく、スッパリとあきらめた。

帰宅後、TVを観ていたら
テレビ朝日の「スマステ!!」に横綱・白鵬が登場。
どんぶりの食べ比べのメインゲストなのだが
ここで「大浦食堂」の名物・バタ丼が出て来たじゃないの?
いや、びっくりしたな、もう!

ワンコインで食べられるバタ丼は
フライパンに投じた木綿豆腐とモヤシを
バター(実際はマーガリン)で炒め、
というより蒸し焼きにして醤油で味付けしたものを
ライスにぶっかける、ただそれだけだ。

先日も福島県・郡山市の「三松会館」を当コラムで紹介したら
その数日後、最近各局が競ってオンエアする”バスの旅”、
田川クンと蛭子サンがその店に現れたもんなァ。
偶然って重なるもんですねェ。

さて「大浦食堂」にフラレて
よほど音楽学部内の食堂「キャッスル」(こちらも独立営業)に
足を向けようと思ったものの、
一つの屋台を囲む人だかりに興味をそそられた。

群衆の頭越しにのぞくと、
若いオニイさんが何やらクレープだかパンケーキだか、
とにかく粉モノを卓上コンロの上のフライパンで焼いている。
つぶれたハート形みたいに珍妙なカタチだ。
目に前には、赤・黒・緑・空色・ピンク・オレンジ、
さまざまな色彩をちりばめたいくつもの瓶が並んでいる。

順番待ち先頭のオバちゃんがオニイさんに告げている。
「えっと、アタシ、黄色とオレンジ、それとう、紫に赤!」―
お好みで注文しているのだ。
絵具のような物体はすべてペースト状の食材で
それをパンケーキの上にひと刷毛づつ乗せてゆくのだ。
ご丁寧にパンケーキにはパレットのような穴まで開けられている。

赤や黒やオレンジは想像がつくけれど、
ピンクや、殊にスカイブルーの正体は何なんだろうネ?
いや、不思議にして芸術的な食いモンでありました。

さらに驚かされたのはその営業姿勢。
パレット形パンケーキには値段がないのである。
いただいた者は屋台に置かれた空き缶に
チップを投ずるだけなのだ。
チラリ中をのぞくと千円札は1枚のみ。
あとは小銭ばかりでありましたとサ。

=つづく=

2017年2月1日水曜日

第1549話 素晴らしき土曜日 (その3)

明るい陽射しのもと、徘徊しているのは上野桜木界隈。
やがて店舗も民家も絶え、
通りすがったのは東京芸術大学正門前だ。
おりしも学内では芸術祭みたいな催し物が開催中。
よって人の出入りが普段より激しい。
人影まばらであったなら、すんなり門を通過できまい。
もしもし・・・守衛のオジさんに誰何(すいか)されちゃいそうだ。

あれは数年前。
すぐ近くのJR鶯谷駅南口から芸大方面に歩きだしただけで
若いアホ警官に職質を食らった不快な経験がある。
品行方正を貫いて生きてきた善良な市民を自覚するJ.C.、
にもかかわらずバカお巡りの目には不審人物として映ったらしい。
やれやれの、やれであった。

東京芸大の創立は1945年。
当時の官立専門学校、
東京美術学校と東京音楽学校が統合されて現在に至る。
学内に入って右手が美術学部、左手が音楽学部に二分されている。

右にゆくと、目の前の学生食堂が大賑わい。
テラスにまで人があふれている。
時刻は13時過ぎで
ランチタイムのピークは越えたものの、
土曜のせいか、あるいは催事のおかげか
次から次へとハングリー・ピープルが押し寄せてくる。

かく言うJ.C.にも空腹感が襲ってきていた。
しかも食堂入口には
ビールの空き瓶を収めたラックが山積みである。
おう、おう、ビールが飲めるのかい?
あの東大だって多々ある学食のうち、
ビールを出すのは本学の「銀杏メトロ食堂」のみ。
それも16時以降に限定されている。

さすがに芸大だなァ。
適度の飲酒は芸術家にひらめきをもたらすもんねェ。
食事に期待はできずとも、ビールが飲めれば文句はない。
歓び勇んでご入館と相成った。
ひょっとしたら肩で風切ってたかもネ?

美術学部の学食は「大浦食堂」といい、
歴史ある独立営業の店舗であった。
ありゃりゃ、なんだよこの行列!
長蛇のラインはキャッシャーへと続いている。
少々メゲながらもビールのためだ、多少の我慢は乗り越えよう。
自分で自分の説得に成功。

わがオアシス、あるいは愛の泉、
茶色のボトルを探してみたものの、ぜんぜん見つからない。
食事中の群衆を見渡しても誰一人として飲んでる客などいない。
いったい、どうなってんだ? 責任者出て来い!

=つづく=