2017年5月31日水曜日

第1634話 多摩川渡って新丸子 (その6)

1分足らずでえんどう豆が到着した。
塩茹でのそれはちょっと見、60粒はあるだろうか。
十中八九、中国産の冷凍品であろう。
200円の値付けでは、さもありなん。

期待せずに一粒づつ箸でつまんでは口元に運ぶ。
おやっ、あれっ、捨てたもんじゃないゾ。
それなりにビールの友となってくれる。
おかげで割り箸はプレートとマウスの間、
40cmの距離を60往復することになった。
右手の指先に「ご苦労さん!」―
ねぎらいの一声を掛けてやる。

続いてデシャップ台にしょっちゅう現れる餃子を注文。
中華料理屋に来たら何か中華モノをいっとかなきゃネ。
餃子は1皿5カン付けで280円。
コンパクトにして廉価、
取りあえずの一品として人気があるわけだヨ。

冷たい清酒をと思ったものの、
明るいうちからの深酒は慎もう。
特に今宵は早目に帰宅して
夜の決戦に備えなければならない。
いや、戦うのは自分じゃなくてプロボクサーだけど―。

最後のビールをお願いし、最後のつまみの吟味に入る。
神奈川名物・サンマーメンで締める手はあるが
ドンブリ一鉢はちょいと重たい。
レバーの生姜焼き、穴子の天ぷら、どちらも好物だ。
しかし、はるばる遠征したんじゃないか、
当店ならではのユニークな一品を選ばなきゃ。

実は入店時から気になっていたポスターがあった。
頭上に貼り出されたそれは、まぐろメンチ串カツ。
写真もちゃあんと載っている。
ふ~む、まぐろのメンチカツねェ。

あまり食指は動かぬものの、頭が指を説得した。
いや、指が頭を忖度したのかもしれない。
げに珍しい獣医学部、もとい、まぐろメンチなのだから
ここは赤信号を青に変えても行かねばならぬ。
行かねばならんのだァ~!
とまあ、そうなったわけでありまして―。

可愛い串が3本並んで繊切りキャベツ、
レモンスライス、練り辛子を従えて登場した。
既視感があるのは3ヶ月前に蒲田の「鳥万本店」で
同じく3本の串、アメリカンドッグを食べたからだ。

熱々の1本にレモンを搾り、フ~フ~吹いてパクリ。
ほくほくの歯ざわりが快い。
あっさりとした口当たりにまぐろの風味もふんわり。
うん、うん、これは当たり!だネ。
得心してのお勘定は2千と7百円ほどでした。

=おしまい=

「三ちゃん食堂」
 神奈川県川崎市中原区新丸子町733
 044-722-2863

2017年5月30日火曜日

第1633話 多摩川渡って新丸子 (その5)

せっかく若鮎さかのぼる多摩川を越えて来たのに
巨肌を目前にして肩を落とすJ.C.であった。
追い打ちを掛けたのは三年前の悪夢である。

  ♪   あれは三年前 止めるアナタ駅に残し
     動き始めた汽車に ひとり飛び乗った
     ひなびた町の昼下がり
     教会のまえにたたずみ
     喪服のわたしは 祈る言葉さえ失くしてた  ♪
               (作詞:吉田旺)

ちあきなおみの「喝采」は1972年9月のリリース。
この頃、東京の街には
小柳ルミ子と吉田拓郎の歌声が流れに流れていた。
「瀬戸の花嫁」、「旅の宿」である。

それほどにヒットしたという実感がないまま、
年の暮れに「喝采」は日本レコード大賞を受賞する。
レコード発売から3ヶ月での受賞最短記録は
今でも破られていないが
こんなことって起こりうるんだろうか?

それはそれとして、あれは三年前。
ところは横浜の岩亀横丁だった。
JR桜木町からほど近いこの横丁に
誰が定めたのか市民三大酒場の一つ、
「常盤木」が暖簾を掲げている。

そこで供されたのが如何ともし難い巨肌であった。
あの生臭みは今でも忘れることができない。
おそらく自家製ではあるまい。
たまたま仕入れたブツが悪かったのかもしれない。
でも脳裏というより鼻腔に沁みついて離れないのだ。

そんなこんなを思い出してしまい、
すんなりと箸を付けること能わず、しばし呆然とする。
どうにか気を取り直し、一切れつまんでみると、
かすかながら三年前のモノよりよかった。

添えられた大葉の助けを借りつつ、
粉わさびにも協力を願って、取りあえずの肴とする。
心なしか落とした肩の位置が元に戻ったような気がした。
やれやれ。

再び品書きに目を移して
追加したのはめったに見掛けることのないえんどう豆。
これは珍しい。
もともと豆はあまり好きじゃない。
それでも珍しさに誘われて、つい注文してしまった。

=つづく=

2017年5月29日月曜日

第1632話 多摩川渡って新丸子 (その4)

ここ1週間、スポーツ界にはいろんなことがあった。
あらためて応援し始めた白鵬はすんなり優勝しちゃった。
宮里藍チャンはまさかの早期引退。
今日これから婚約(?)記者会見があるようだが
これで藍ベソ(藍チャンのおヘソ)が見られなくなると、
ベソをかくゴルフ少女もいるだろう。

怒り狂ったのはボクシングのWBA世界ミドル級。
あんな判定がまかり通るんだったら
お天道様が西から上ったっておかしくないわ。
まあ、真っ当な会長サンのおかげで
溜飲が下がったけどネ。

さて、神奈川県川崎市中原区の新丸子に来ている。
町の集会所みたいな「三ちゃん食堂」にいる。
6席のみのカウンターにどうにか身を置けた。
デシャップの脇で厨房から出て来る料理を品定めしていた。

見てるとやたらにアジフライの注文が多い。
焼き餃子もかなりの人気だ。
中華料理を謳うわりには生モノをかなり扱う。
まぐろ刺し、かつおたたき、つぶ貝などが
目の前を通り過ぎていった。

カウンターの頭上にホワイトボードがあり、
生モノだけが明記されている。
一通り紹介してみよう。

★さしみ類
 本まぐろ・・・1000円   くじら・・・700円   
 たこ・いか・サーモン・赤貝・・・500円   
 小肌酢・・・450円     
 活つぶ貝・かつおたたき・・・600円

ラインナップは以上。
サカナたちの鮮度は先ほどこの目で確かめた。
信頼感指数はそこそこの数字に達している。
ここは何か一品いっとこう。

赤貝・小肌・かつおで迷った。
鮨屋での赤貝は貝類の中で一番好き。
個人的にキング・オブ・シェルの称号を与えている。
ただし、良品・悪品の差が激しい。
小肌ともども実物を見てないので判断しかねた。

かつおの質はすでに検証済みながら
独り身には少々盛りがよすぎる。
あれでは終盤、手を焼くことになりそうだ。
よって、たとえハズした場合でも
赤貝よりはどうにかできそうな小肌酢を所望した。

ビールを生から瓶に切り替え、なおも待つこと数分。
運ばれ来たる皿を一べつして後悔のほぞを咬んだ。
(やっちまっただヨ!)
コイツは小肌じゃなくて巨肌だぜ。

=つづく=

2017年5月26日金曜日

第1631話 多摩川渡って新丸子 (その3)

飼い犬の危険度、飼い猫の安全性はともかく、
新丸子の「三ちゃん食堂」である。
いかにも町の中華屋然とした暖簾をくぐって入店した。
ウワッ! 店内は熱気ムンムンである。

見渡せば4~50席はあるだろうか、
そのほとんどが客で埋まっている。
大小のテーブルが店の両サイドに二直線。
2~3の空席があるものの、
四人掛けを三人組が占める卓で
最後の椅子に座っての相席はありえない。

こちらは落ち着かないし、
第一、三人組が歓迎してくれるハズもない。
こんなケースで当方が妙齢の美女だったら
ウェルカムなんだろうがネ。

店の突き当り、一番奥に6席ほどのカウンターがあった。
その1席が空いている。
マギー司郎風に横文字で
「ラッキー!」とつぶやきながら一路直進の巻。

赤坂見附から明治神宮前。
短い距離の散歩ながら
その時点で渇いたノドになおも我慢させて
ここまでやって来たのだ。
猫じゃないけど、ノドはカラカラを超えてゴロゴロのゴロ。
注文するいっときでさえ、もどかしい。

あゝ、新丸子はすでに神奈川県。
キリンのテリトリーである。
生ビールは一番搾り、瓶はラガーかクラシックラガーだ。
思い迷うヒマもあらばこそ、中ジョッキをお願いした。

1分と待たずに運ばれたジョッキをググゥ~ッと飲った。
半分以上を一気に飲み干し、一息入れる。
生とともに運ばれたのは小皿の白菜新香だが
小鳥のエサ程度の分量しかない。
まっ、サービス品のようだから文句は言えない。
ちょいと酸味が立って、これは塩漬けでなくぬか漬けだろう。

暖簾にあるごとくメインは中華料理だが
刺身・天ぷら・フライなど、メニューは150種に近いという。
迷うなァ、目移りするなァ。
ふと気がつくと、自席はデシャップ台のすぐ脇だった。

デシャップ=dish up
いわゆる料理が出る窓口である。
よって店内の客に供されるすべての皿が丸見えなのだ。
こりゃもっけの幸い、じっくり見極めて注文するとしよう。

=つづく=

2017年5月25日木曜日

第1630話 多摩川渡って新丸子 (その2)

先週末だったか、朝日新聞の夕刊1面に
素晴らしいカラー写真が掲載されていた。
多摩川を遡上する若鮎をくちばしで捕らえたカワウの姿だ。
カワウにしろウミウにせよ、ウという野鳥は好き。
どこか孤高の哲人をしのばせる風情、
コロニーでは群れても
あまり団体行動を取りたがらない、その生き方がよろしい。

乗った電車は今まさに多摩川に架かる鉄橋を渡ってゆく。
ほどなく神奈川県に入って最初の駅、新丸子に到着した。
目指す「三ちゃん食堂」は
西口改札を出て1分の距離にあった。

創業から半世紀。
店先に立つと、
なるほど行き過ぎた歳月の長さがモロに伝わってくる。
ありがちな暖簾には”中華料理”の大きな四文字。
その左側には”湯麺”、右には”餃子”の小文字が
染め抜かれていた。

駅周辺がモダンに生まれ変わった新丸子にあって
歴史を感じさせる稀少な1軒と言えよう。
振り返れば、この町に来るのはおよそ15年ぶり。
記憶が不確かながら様子はすっかり変わっている。

当時のGFは新丸子の生まれ。
たまたまこの辺りを訪れた際に
その生家の現在を見に行ってみよう、となった次第だ。
生家はそのまま建っていた。

彼女曰く、
「子犬を飼ってたんだけど、向かいのネ、
 そう、このウチの犬に咬まれちゃって・・・」―
数日後に愛犬は息を引き取ったそうだ。
今もある向かいのウチをにらむ瞳に怨みがこもっていた。

そう言えば、何年か前に英国のバッキンガム宮殿で
エリザベス女王の愛犬がアン王女のこれも愛犬に
彼女たちの面前で咬み殺された事件があった。

最近は日本でも祖父母の飼うリトリバーに
孫娘が殺される悲劇が起こった。
犬はコワいねェ。
犬に限らず殺傷能力を内在する動物は
例え飼主になついていても危険なのだ。

その点、猫は安心、安全。
蝉や雀をいたぶることはあってもせいぜいが鼠どまり。
間違っても乳飲み子を殺めることはないネ。
近頃の猫ブームは
そんなところに一因があるのかもしれない。

=つづく=

2017年5月24日水曜日

第1629話 多摩川渡って新丸子 (その1)

その日の小散歩は赤坂見附スタート。
クルマの行き交う青山通りを歩いてもつまらんから、
裏道を南西に向かって行く。
地下をメトロ千代田線が走る青山墓地を横断し、
表参道から明治神宮前にやって来た。

気温は摂氏30度にならんとする暑さ。
湿気がないから汗をかくまでにはいたらんものの、
どこぞで一服入れなきゃならん。
そう思って周囲を見回した。

時刻は13時半を回ったところ。
明治神宮前ということは原宿駅前ということである。
気取ったカフェで冷えたビールという手もあるが
そういう店は好まぬ性分。
かといって近場に昼飲みの大衆酒場なんかありゃしない。

目の前のメトロの入口に気づいた。
千代田線と副都心線の2ラインが走っている。
副都心線はめったに利用する機会がない。
しかし、このラインのおかげで新宿・池袋、
その先の埼玉県までが横浜につながった。
以前はJR山手線をグルリと回り、
品川を経由しないと横浜には出られなかったのだ。

ふ~む、横浜かァ・・・。
仲木戸や野毛なら真ッ昼間から飲みたい放題。
大した距離でもないし、好きでもない原宿の街で
若者にもまれて行き惑うよりはるかにいい。
ほとんど直感的に階段を降りた。

折よく入線して来たのは
各駅停車の元町・中華街行きである。
これ幸いと乗り込んで揺られることしばし―。
ちょいと待てヨ、横浜よりずっと手前に
新丸子や武蔵小杉があるじゃないか。
一生懸命に記憶の糸をたぐり寄せる。

多摩川駅で目黒線に乗り換え、蒲田という手もあった。
蒲田なら帰りがラクだ。
帰路、大森か大井町に立ち寄ってもいいし・・・。
電車は田園調布を過ぎてゆく。

次の駅が乗り換えの多摩川だが
ここで再びちょいと待てヨ。
確か新丸子には以前から行きたいと思っていた店が1軒。
12時のオープンから20時のクローズまで
常に客がワイワイガヤガヤの「三ちゃん食堂」である。
よお~し、決まった!
サヨナラ蒲田、新丸子よコンニチハ!
心の中で指パッチンのJ.C.であった。

=つづく=

2017年5月23日火曜日

第1628話 ラーメンと焼きそば (その2)

そんなこってラーメンは好きなのだが
ここ数年、あまり食べなくなった。
理由は二つ。
まず昔ながらの昭和の町中華が激減していること。
餃子か野菜炒めでビールを飲み、中華そばで締める。
こんな芸当のできる店はほとんどない。

二つめはラーメンと酒、これがどうもシックリこない。
ハッキリ言って、ラーメンは酒の友に不向きなのだ。
ドンブリを前にしてチンタラ飲んでいたら
麺はノビるし、スープは冷める。
そうしてはならじとドンブリに挑むと
今度はせわしなくて仕方がない。
やはりラーメンは飲んだあとにススるものらしい。

では、どうするか?
ここで頼りになるのが焼きそばだ。
ビールやホッピーや酎ハイのつまみにピッタリだし、
加えて同時に昼めしもちゃあんと取れる。
まったくもって一石二鳥の一人二役ではないか―。

ただし、焼きそばったってペヤングや UFO じゃありやせんぜ。
まあ、あれでもいいんだけど、ちとサビしい。
独り暮らしの若者ならいざしらず、
中高年が湯を沸かし、湯切りして、
ソースをからめる一連のプロセスは
サビしさを通り越してワビしさを感じさせる。
できれば避けておきましょう。

さて、世間一般でいう焼きそばは大きく分けて4種類。

① 炒めた焼きそば(上海風)
② 柔らかいあんかけ焼きそば(広東風)
③ 硬いあんかけ焼きそば(広東風亜流)
④ ソース焼きそば(日本流)

いずれをとっても一人二役をきちんとこなしてくれるのだ。
好みを基準にあえて順位をつけるとすれば、
②→①→④→③ ということになろうか―。

② のあんかけに関しては
シンプルに豚肉&もやしだけでもいいし、
什錦炒麺と呼ばれる五目もまたよし。
海老を主役に据えた蝦仁炒麺はさらにけっこう。
ラーメンより好きですネ。

そんな観点から焼きそばに似た、ある一皿が大好物。
それは何かというと、長崎名物・皿うどんである。
食べ出しは麺パリパリ、中盤ほどよくアタマと麺がからみ、
仕舞いにゃ両者なじんで一体化。
この三段活用が食べ手をけっして飽きさせない。
皿うどんは首都圏でももっと愛されてしかるべき。
そう思うんだがなァ。

2017年5月22日月曜日

第1627話 ラーメンと焼きそば (その1)

ときどき読者の方から訊かれることに
「ラーメンがちっとも出てきませんが
 おキラいなんですか?」―というのがある。
いや、キラいどころか
どちらかと言えば好きなほうだ。

同様のお訊ねにカレーや焼肉がある。
カレーについては子どもの頃より、
大人になってから好むようになった。
インドやタイなど本格的なカレーの普及も一因だろう。

焼肉はその逆。
若い時分にはずいぶん食べたが
40歳を過ぎてからトンと魅力を感じなくなった。
むしろ避けるくらいなのだ。
しばしばビールの友としたキムチやナムルにもご無沙汰。
チゲ鍋、テグタンの類いも敬遠気味である。
まっ、人の嗜好は歳とともに移ろうからネ。 

今話は冒頭に登場したラーメンを語ってみましょうか。
一口にラーメンと言っても
そのスタイルたるやまことに多種多彩。
これほどご当地色が
前面に押し出される食べものはほかに類を見ない。

試しに日本列島を北から南下してみる。
旭川・札幌・函館・米沢・喜多方・佐野・富山・
和歌山・尾道・徳島・長浜・熊本、
ザッとこんなところだろう。

ほかにいくつか見落としがあると思われるし、
加えて東京風だの横浜系だの、
京都流なんてのもあるから
とても一括りには出来やしない。

J.C.の好みは東京風の醤油ラーメン。
ラーメンというより中華そば、
中華そばというより支那そばがよい。
よって東京のそれに近しい旭川や米沢が好き。
あとに続くのは函館の塩ラーメンになろうか。
要するにアッサリ系が嗜好に合うのだ。

コッテリとした札幌の味噌、
あるいは長浜や熊本のとんこつもキラいではない。
当地に赴けば必ずいただく。
札幌はボリュームがあってちょいと厄介だが
長浜なんかは替え玉さえしなけりゃ、
胃もたれもないし、スッと胃袋に収まってくれる。

ただ一つの苦手は横浜の、殊に”家系”というヤツ。
数あるこの系統の中には豚ゲンコツの臭みが
店内に満ち満ちているところがあったりして
そんなときにはスタコラさっさ、
尻尾を巻いて逃げるほかに手立てがないのだ。

=つづく=

2017年5月19日金曜日

第1626話 鰻美味し 彼の店 (その3)

ぬか漬けと奈良漬をアテに土佐の銘酒、酔鯨を酌み交わす。
酒友との話題は主としてスポーツ、それも相撲に集中する。
K下サンは遠藤の大ファンなのだった。
(伸び悩んでますネ)
気分を害するといけないから口には出さない。

ここでふと思った。
自分がひいきにする力士は誰なのか? と。
そりゃ稀勢の里の横綱昇進はうれしいし、
三連覇を成し遂げてほしい気持ちはやまやま。
モンゴリアン・トリオの三横綱に太刀打ちできるのは
新横綱と、その弟弟子の高安くらいしかいないからなァ。

あらためて思い起し、ひいき力士の不在に気づいた。
相撲自体は好きだが
これといった対象が見当たらないのは淋しいこと。
振り返れば小学校低学年の頃、
全盛期を迎えていた褐色の弾丸、
房錦が唯一無二の存在だった。
人気絶頂の大鵬と相性がよく、
多くの番狂わせの立役者だった。

それにしても日本の相撲ファンは
大相撲の隆盛を独りで支え続けてきた白鵬に
ちょいとばかり冷たすぎやしないかい?
他人には言えない辛さ、苦しさをすべてのみこんで
角界に尽くした横綱にはもっと敬意を払ってしかるべき。
そうだ! これからは晩節を迎えた白鵬を応援しよう。

まっ、そんなハナシを酒の肴に飲んでいた。
さて、実物の肴、肝焼きはそれなりの美味しさ。
珍しいヒレ焼きは鰻のあっちゃこっちゃのヒレをまとめ、
串にクルクル巻いた大葉を芯にして焼いたもの。
美味である、珍味である。

さらに盃を重ねた末、
締めには相方がまむし重、J.C.は一番小さなうな重だ。
当店は関西風のまむし重、関東風のうな重に加え、
名古屋名物のひつまぶしまで取り揃えてある。

蒸しのプロセスを省く関西スタイルはワリと好き。
名古屋のひつまぶしは
邪道とまでは言わないけれど、まったく好まぬ。
よって関の東西の二者択一と相成るワケだ。

何のことはない、セレクトの決め手となったのは
サイズがワンパターンのまむしに対し、
オーソドックスなうな重には(小)サイズがあったから―。
そうなんですヨ、
どんなに美味いモンでも食いすぎれば不味くなる。
かの文豪、夏目漱石だってそう断言している。

ただ、残念だったのは添えられた新香。
初っ端お願いした盛合せから
奈良漬が外れただけで、あとはまるで同じ。
ここは一ひねり欲しかったぞなもし。

=おしまい=

「千根や」
 東京都台東区谷中5-9-25
 03-6319-8457

2017年5月18日木曜日

第1625話 鰻美味し 彼の店 (その2)

JR日暮里駅そば、谷中霊園の脇に朝倉彫塑館あり。
硬い素材を彫り刻む彫刻(カーヴィング)に対して
粘土などの盛り付けにより造形するのを彫塑(モデリング)という。
でもってその彫塑館だが、あまり興味を惹かれないせいか、
そのうち行ってみようとは思うものの、未だ入館したことがない。

その代わり、と言っちゃあなんだが
はす向かいにある鰻屋に惹かれた。
記憶が確かならば、開業は去年の秋口。
まだ1年に満たない新店である。
もっとも惹かれたワリには未訪問だったんだが―。

屋号を「千根や」という。
ロケーションが千駄木と根津の間で
地番は谷中5丁目だから「千根谷」。
右から音ずれば「やねせん」となって
近年、老若男女を問わず、
お散歩コースの定番となった谷根千に通ずる。

店頭には品書きのほかに
いろいろとご託宣が提示され、
しかも英語訳まで用意されてる周到さ。
加えて英文が素人のつたない翻訳に非ずして
そんなところにも店側の並々ならぬ意欲が見てとれる。

うなぎ大好きのK下サンを誘い、
初訪問に及んだ春の夕暮れ。
谷中随一の名所、夕焼けだんだんに近いため、
界隈には洋の東西の垣根を越えた散歩者がウヨウヨ。
まことに賑やかなことである。

家を出る前にビールはたっぷり飲んできた。
これにはビール嫌いで
清酒好きの相方に合わせる意味合いもあった。
よっていきなり高知の酒、酔鯨を上燗でいただく。

好みの銘柄ではないにせよ、
日本酒ファンには定評のある酔鯨ではある。
その証拠にK下サンは満足の笑みを浮かべて
盃を重ねている。

肴はまず鰻屋の定番、お新香。
内容は、きゅうり・かぶ・にんじんの浅漬けに奈良漬。
ほぼ完璧なラインナップと言える。
締めのうなぎに添えられるはずの新香とは
多少なりとも異なることを希むばかりだ。

鰻屋でうざくやう巻きを頼むことはないが
肝焼きは必注中の必注。
その肝焼きに加えて幸いにも品書きに載っていた、
ヒレ焼きを2本づつお願いした。

=つづく=

2017年5月17日水曜日

第1624話 鰻美味し 彼の店 (その1)

  ♪    兎ひし彼の
     小鮒釣りし
     夢は今もりて
     忘き故郷


     如何にいます父母
     恙無しやがき
     雨ににつけても
     思づる故郷


     志たして
     いつの日にからん
     山故郷
     水は清故郷   ♪


      (作詞:高野辰之)

小学唱歌、「故郷」が尋常小学校六年生の教科書に載ったのは
大正3年(1914)のこと。
「城ヶ島の雨」、「カチューシャの唄」、「朧月夜」も同年の作品。
そして遠く欧州では第一次世界大戦が勃発していた。

教科書の歌詞にはふりがなが送られている。
小学六年生だから
恙(つつが)無しや、歸(かへ)らんは判るけど、
山、川、雨、風にまで送るのはやり過ぎだろう。
一年生じゃないんだから―。

「故郷」の舞台となっているのは
詞を書いた高野辰之の生まれ故郷、長野県・中野市。
善光寺平の北東部に位置し、
県庁所在地・長野市に隣接している。

J.C.のふるさとは長野市。
善光寺のすぐ裏で生を受けた。
幼少の頃、山で兎を追ったことはないが
裏山に上った記憶はある。

小鮒を釣ったこともない。
代わりに善光寺のすぐ裏手にあった、
つばめ池でオタマジャクシやザリガニを
つかまえるのが大の楽しみだった。
池のほとりには銭湯があり、
15時になると、毎日のように通ったものだ。

普段、古い流行歌ばかり取り上げているので
たまには心洗われる唱歌を紹介してみたのだが
べつに兎を追う機会に恵まれたのではない。
そう、サブタトルにあるごとく、
鰻が美味しかったのであった。

=つづく=

2017年5月16日火曜日

第1623話 真子と白子の強力コンビ (その3)

白金は四の橋のスーパーで買い求めた、
愛媛県産・養殖真鯛のアラを調理している。
下ごしらえの湯通しを終えたところだ。

水・日本酒・醤油・砂糖を煮立て
生姜数片とともにカブトをゆっくり炊いてゆく。
落としブタなどわが厨房にはないから
適当に裁断したアルミホイルをかぶせる。

半分ほど火が通ったところで
真子&白子をカブトの両サイドに分けて滑り込ませた。
そのまま中弱火で10分くらいかな?
いや、もっと短かったかもしれないが
こういうものは大体でいいんだ、大体で―。

一方、あまり身肉の付いていないアラのほうは
やはり少量の生姜とともにゆっくり水煮にしてゆく。
こちらは潮汁にするので、つゆに透明感を残したい。
強火だとどうしても濁ってしまう。

味付けは塩のみ。
今回はゲランド産の粗塩を使ってみた。
サン・マロ産の海藻入りである。
ゲランドはフランス北西部、
ブルターニュ半島の南側の付け根にある街。
サン・マロは逆に半島の北側付け根に位置している。
広大なサン・マロ湾が目の前に拡がり、
あのモンサンミッシェルが湾に浮かんでいる、
といったほうが通りがいいだろう。

その日の晩酌は小田原産・かまぼこで、まず板わさ。
それに北海道産・たら子のチョイ焼きで
よく冷えたビールを飲んだ。
かまぼこは普及品だが、わさびがいいから美味しさ倍増。
たら子は北海道・虎杖浜の上物につき、不味いワケがない。

菊正の樽に切り替えるとき、厨房に立ったついでに
いただき物の葉わさびでおひたしを手際よく作る。
これまた貰ったエシャレットには信州味噌を添えた。

続いて潮汁。
出汁が出過ぎるほどに出ており、
こんな吸い物は日本酒との相性がピッタリだ。
早くも樽酒は2カップ目。

そしていよいよ真子&白子の煮付けである。
真子はときどき機会に恵まれても白子は滅多に出会えない。
当然、稀少価値のボーナス点が加わり、
舌がより反応してしまう。

締めのカブトは目玉の周囲までしゃぶって堪能しつくす。
本来は多少クセのある真鯛より繊細な平目を好むが
当夜は真鯛の底力に圧倒され、翻弄された。
こういう夕餉もまた、
「孤独のグルメ」と呼んで差し支えないのでありましょう。

=おしまい=

2017年5月15日月曜日

第1622話 真子と白子の強力コンビ (その2)

白金は四の橋商店街のスーパーで真鯛のアラを買った。
カブトに加え、真子ばかりか白子までも付いている。
白いレジ袋を手に魚籃坂を上り、伊皿子坂を下った。
S寺に立ち寄り、西国の義士たちの墓前で手を合わせる。
門前にメトロの駅があるが、もうちょっと歩きたい気分。
第一京浜国道を北上していった。

15分ほどでJR田町駅に到着。
国道の反対側はメトロの三田駅だ。
JRの階段を上ろうとしたとき、右手に立ち飲み酒場を発見。
以前、見たことがあるような、ないような・・・
いずれにしろ入店していないことだけは確かだ。

入口に積まれたビールのラックが気になったが
帰り掛けの駄賃とばかりに敷居をまたいだ。
店名は「立呑処 やまとや」。
けっこうな混みようで
近隣のサラリーマンやOLがよく利用する人気店らしい。

以前は和菓子の老舗だったのが
酒場に転じて十数年になるという。
立ち飲み処としての居心地は悪くない。
ただし、下町の酒場が持つノスタルジックな雰囲気はない。
まっ、高望みしても始まるまい。

キリン一番搾りの中ジョッキと店の名物らしき馬刺しを注文。
ずっと歩いて来たからノドの渇きはかなりのもの。
ジョッキはまたたくまにスッカラカン。
即刻お替わりして馬肉に箸をのばした。

馬刺しはつまみの中でやや高めの600円。
霜降りの上物ではないものの、
価格に見合った質はキープしている。
弾力に富んだ赤身はおそらくハラミだろう。

1本100円の焼きとんを追加した。
シロとレバをタレで1本づつ。
下町の佳店には及ばなくともアベレージは超えている。
すぐ近くの芝浦市場から直接引いているとのことだが
それならもっと上を目指してほしい。

生ビールから冷たい清酒に移行した。
信州の千曲錦は純米寒仕込み。
焼きとんに合わせるには少々上品に過ぎるかもしれない。
皿に2切れほど残った馬肉との相性のほうがいい。
焼きとんにはホッピーや酎ハイが似合うのだ。

小一時間過ごして帰宅する。
かったるかったが鯛アラの調理にかかった。
まずはヤカンで湯を沸かす。
臭みを消すため、ヤカンの中に生姜を皮付きのまま、
数片投ずることを忘れない。

そうしておいてザルにあけたアラに熱湯を注ぎかけた。
このとき真子と白子だけは外しておく。
二つの”子”に生臭さなどないからだ。

=つづく=

「ホームマート四の橋」
 東京都港区白金3丁目22-6 ·
 03-3446-2399

「立呑処 やまとや」
 東京都港区芝5-34-7
 03-3451-3550

2017年5月12日金曜日

第1621話 真子と白子の強力コンビ (その1)

ひと月以上も前のこと。
まだ桜花が散り切らずに
時折り風に吹かれた花びらが頭上に舞い降りていた。

その日は故あって二つの寺を参詣。
初めに訪れたのは白金のK寺だ。
隠れた桜の名所ながら近年、
多くの幹や大枝が伐採されて名所とは呼び難くなった。

次に向かったのが高輪のS寺である。
途中、四の橋商店街を通ると、
古びたスーパーマーケットの前で足が止まった。
胸の奥からなつかしさがこみ上げてくる。

ニューヨークから帰国した20年前。
棲み家を探すまでの2ヶ月ほど、
あちこちの友人・知人宅に居候を決め込んだが
そのうちの1軒が四の橋商店街の近くにあった。

世帯主は時間の不規則な仕事をしていたため夜が遅く、
朝早くに起き出すことはめったにない。
こちらは週末でも習慣からワリと早起き。
空きっ腹を抱えていつもやって来たのがこのスーパーだった。
「ホームマート四の橋」の店名を今初めて知った。
何を買い求めたのかよく覚えていないが
サンドイッチやおにぎりの類いだろう。

なつかしさに誘われて店内に足を踏み入れる。
見覚えのある空間は昔とほとんど変わっちゃいない。
高級住宅街には不釣り合いな古ぼけ方だ。
ザッと見回すと、野菜や果物はみずみずしい。
鮮魚類も悪くない。

鮮魚売り場の一つのパックに目が留まった。
真鯛のカブトとアラである。
よく目にする愛媛県産の養殖モノだ。
真鯛のアラはときどき買うが
つとめて天然モノに限定している。

驚いたことにパックには真子(卵巣)と白子(精巣)が
それぞれ半腹(1ピース)づつ入っているではないか。
真鯛の真子は助宗鱈のそれに酷似しており、
食味の点では若干ではあるものの、助宗を上回る。
そして白子はめったなことでは手に入らない。

こんなのを見つけちゃうと、
天然だの養殖だのとこだわってなどいられない。
これからレジ袋をぶら下げて歩くのは厄介だし、
立ち寄るお寺に生臭モノを持ち込むことにもなるのだが
真子&白子の強力ペアには抵抗すること能わず。
しかも値段をみたら300円少々ときたもんだ。
ハイ、即お買い上げと相成りました。

=つづく=

2017年5月11日木曜日

第1620話 街に花咲く すずらん通り (その2)

  ♪   カトレアのように 派手な人
     鈴蘭のように 愛らしく
     また忘れな草の 花に似て
     気弱でさみしい 眼をした子
     みんなみんな どこへゆく
     街に花咲く 乙女たちよ
     みんなみんな どこへゆく
     街に花咲く 乙女たちよ  ♪
        (作詞:西条八十)

舟木一夫の「花咲く乙女たち」は1964年9月のリリース。
東京オリンピック開催のひと月前だった。
街には「東京五輪音頭」と「愛と死をみつめて」、
そう、三波春夫と青山和子の歌声が流れていた。
かたやお祭り騒ぎ、こなた悲恋の死、
列島はまさに悲喜こもごもであったのだ。

それはそれとして千駄木すずらん通りの「囲味屋」である。
およそ1年ぶりの再訪となった。
此度はカウンターが予約客でいっぱい。
二人掛けの小卓に案内された。

例によってビールとともに供された突き出しは
蒸しがきと春菊の酢味噌和え。
酢味噌和えなら名残りのかきより旬のホタルイカが
ありがたいけれど、ぜいたくは言えない。

一品目にはサッと出てくる鯨のベーコンを所望。
浅草で遭遇した豪州娘、ブリの面影をしのびつつ味わう。
続いての刺身盛合わせは
真鯛・黒かれい・ホッケ・飛び魚・すまがつおの5点。

初めて食べるホッケの刺身は水っぽくもなく、
あっさりとした中にほのかな脂を感じさせてなかなかだった。
スマガツオはいわゆるスマのことでこれも珍しい。
カツオの仲間だから体形はソウダガツオによく似ているが
味のほうはむしろマグロに近く、生姜よりわさびが合うようだ。

前回同様、赤霧島のロックに切り替え、
焼き湯葉、穴子白焼き、こまい干しと食べ継いでゆく。
みなそこそこの水準に達しているものの、
「これは旨いっ!」―感嘆の声をあげるまでに至らず。

会計をしながら振り返ると、既製品の鯨ベーコン、
それに多種多彩な刺盛りがよかったように思う。
ただ、すぐに再々訪しようという気にはなれない。
客の心を惹きつけるサムシング・エルスがほしいところだ。

夜の更けたすずらん通りには
あちこちのスナックからもれる酔客のカラオケが入り乱れている。
千駄木のすずらん通りは商店街ではなく飲み屋街なのだ。
この様子じゃ東京すずらん通り連合会への入会は拒まれるだろう。
いや、入る気なんて毛頭ないか―。

「囲味屋」
 東京都文京区千駄木3-44-16
 03-3821-9833

2017年5月10日水曜日

第1619話 街に花咲く すずらん通り (その1)

   ♪   触れあう頬  夜の二人
     甘い香り 熱い二人
     みゆき通り すずらん通り
     何もいわず ときめく胸の
     二人の銀座        ♪
         (訳詞:永六輔)
     
和泉雅子と山内賢のデュオによる「二人の銀座」は
1966年9月のリリース。
ビートルズ来日から3ヶ月あとのことだ。
紹介したのはその2番。
作詞・作曲は日本で息の長い人気を誇るザ・ベンチャーズの面々。
英語原題の「Ginza Lights」を永六輔サンが訳した。

当初は越路吹雪に提供された楽曲だったが
自分より和泉雅子と男性歌手のデュエットが
ピッタリじゃないかしらと
越路から和泉に譲渡されたというエピソードが残っている。

それはそれとして
東京にはすずらん通りが20箇所もあるそうだ。
そのほとんどが商店街で
中でも銀座、神田、経堂、荻窪、立川の5つは
東京すずらん通り連合会を組織している。

デュエットソングのおかげだろうか、
すずらん通りと聞けば、第一感は銀座。
そして神田となる。
神田といってもJRの駅からはずいぶん離れ、
通りがあるのは神保町。
古書店が立ち並ぶ靖国通りの裏手を並行して走っている。

毎週のようにTVで紹介される谷根千の名所、夕焼けだんだん。
石段から続く商店街が谷中銀座で
Tの字で突き当たるとよみせ通り。
通りを北に向かって100mほど進み、
左に折れたらすずらん通りである。
100mに満たない小路は突き抜ければ不忍通りにぶつかる。

千駄木すずらん通りに季節の板前料理を謳う、
「囲味屋」を発見したのはちょうど一年前のこと。
数日後に入店し、カウンターに独り着くと
ビールとともに突き出しが置かれた。
鶏の挽き肉を使った松風である。
和食における八寸の一翼を担ったりする小品だ。

目の前のガラスケースに
カサゴらしきサカナのカブトとアラを見つけ、煮付けてもらう。
訊けばアヤメカサゴだという。
白身魚のアラは大好物。
殊に目玉の周りとホッペタに目がなく、美味しくいただいた。
合わせたのは芋焼酎・赤霧島のロック2杯。
短い時間ながら、まずまずの初訪問だった。

=つづく=

2017年5月9日火曜日

第1618話 上野広小路の夜は更けて (その3)

上野広小路の「すしざんまい」。
おろし生姜を頂いたかつおは悪くなかった。
皮目をあぶったタタキ風である。
ニンニクがほしいところながら当店はニンニクを扱わない。

まぐろ赤身は良質だった。
きめこまやかなテクスチャーに
本まぐろ特有の酸味が立っている。
色合いも紅ばらのごとく鮮やかだ。

  ♪   I love you, yes I do
     愛しているよと 君に云いたくて
     そのくせ 怖いのさ
     君に今度 逢うまでに
     みつけておこうね その勇気を
     I love you, yes I do
     夜空に歌えば 僕の心に
     愛の炎(ひ)は 燃える 

     僕と今度 逢う時は
     黙ってお受けよ この愛を
     I love you, yes I do
     恋とは男の 胸に息づく
     紅いバラの 花       ♪   

        (作詞:弾厚作)

加山雄三の「恋は紅いバラ」は1965年初夏のリリース。
彼にとって3枚目のシングルが初めてのヒットで
実質的にはデビュー曲に近い。
そしてこの半年後に「君といつまでも」が世に出るのだ。

何もまぐろの赤身で
「恋は赤いバラ」を引っ張り出すこともないやネ。
まっ、当時中学二年生だったJ.C.にとって
思い出深いナンバーにつき、お許しを。
それにしても、あのときのマイ・ローズは
今頃どこでどんな暮らしを送っているのだろうか―。

ヨタはいいかげんにして、にぎりの続き。
酢で〆た光りものはほかに鯖だけだというので
それと穴子を。
う~ん、鯖は当たり外れが激しいからネ。
煮モノの穴子は意想外に良質だった。

小肌のアンコールと締めの煮はまぐりで計8カン。
緑茶ももらわずのお勘定は三千円弱。
まあ、こんなものでしょう。
そう、そう、書き忘れたが漬け生姜はなかなかだった。

夜更けの広小路にはまだ人がいっぱい。
これからどこへ行こうかの?
ここは帰宅の一手、ほかに指す手が思いつかない、
上野午前0時半でありました。

=おしまい=

「すしざんまい 上野店」
 東京都台東区上野2-7-12
 03-5807-6543

2017年5月8日月曜日

第1617話 上野広小路の夜は更けて (その2)

上野広小路に面する「すしざんまい 上野店」。
つけ台に着いて生ビールの到着を待っていた。
ようやく届いたのはジョッキじゃなくてタンブラー。
ほぼ一息で飲み干せる容量だ。

一緒に供されたのは愚にもつかないお通し。
くらげとわかめの和え物である。
これには箸をつけず、脇に追いやった。
あとで勘定書きを見たら金二百円也。
正月の本まぐろの初セリでは
金に糸目をつけぬワリにセコい真似をするものよのぉ。

職人さんは客の飲みものが出る前に鮨をにぎらない。
ビールの到着を見届けて
すぐに平目の昆布〆と小肌を目の前に置いた。
生をグイッと飲ったらガスがちと弱い。
それなりに冷えてはいるがパンチ力に欠ける。

常々、ビールの泡が嫌いと言ってきたが
理由が二つあって、もちろん泡自体を好まぬのと、
いま一つは泡立ちをよくしてしまうと、
液体から炭酸ガスが抜けるからだ。
ぬるいビールと気の抜けたビールだけはごめんこうむりたい。

平目の上には塩昆布が乗っていた。
そのぶん〆加減がゆるい。
ここで以前に食べて失敗したことを思い出した。
学習効果がないというか、記憶力が衰えたというか、
自責しながら後悔のホゾをかむ。

小肌はまずまず。
酢も塩も弱めだが素材の香りは立っている。
あゝ、ここに生のわさびがあったらなァ。
またまたないものねだりをしてるヨ。

だけどねェ、日本一のまぐろが
どの店舗で出されるのか知らないけれど、
粉わさびを添えられたひにゃ、大間のまぐろが可哀そう。
それこそオードリー・ヘプバーンに
ジバンシーの代わりにユニクロを着せるようなもんだ。
いや、べつにユニクロを卑下するわけじゃありやせん。
現に今コレを書きながら来ているTシャツだって
3枚1500円のユニクロ製だもの。

ネクストのにぎりを頼む前にビールを瓶に切り替えた。
うん、やっぱりこれだ。
グラスに静かに注いだから炭酸に力が残っている。
生は信頼のおける店舗じゃないとダメだネ。

白身と光りモノのあとはかつおとまぐろ赤身を所望。
以前食べて、そこそこだったのを覚えている。
とかくこの店、白身ははずすこと多いが
青背は信頼感指数が上がるのだ。

=つづく=

2017年5月5日金曜日

第1616話 上野広小路の夜は更けて (その1)

東京から遠く離れてはいないが
その夜、北の町から上野駅に帰ってきたとき、
中央改札の時計は23時を回っていた。
夕めしを満足にとらなかったから腹が空いている。
スターヴィングではなくともハングリーだった。

駅舎前の中央通りを横断して
アメ横方面をブラついてみた。
大箱の立ち飲み2軒は向かい合わせ。
その脇にはこれまた大箱の焼きとん屋。
夜が更けてもみな活況を呈している。
少々疲れていたせいか、
喧騒の中に身を沈める気になれなかった。

浅草と違い、上野は夜の深い街。
とはいっても日付けが変わる頃ともなると、
選択肢はあまり残されていない。
はて、どうしたものかなァ。

通りを渡り返して上野広小路にやって来た。
湯島に通ずる仲通りの入口である。
通りには居酒屋・鮨屋・ビアパブと
様々な業態が軒を連ねているが
風俗系の客引きが手ぐすね引いて待ち受けている。
それもいかがわしいのばっかり。
わずらわしいから通りに足を踏み入れることはしない。

今宵はちょいと飲んでサクッと食べればそれでよい。
TSUTAYAの隣りのビルには1階に「すしざんまい」、
2階に「サイゼリヤ」が早朝まで門戸を開いている。
(どっちでもいいや)
期待は持てないから何となく投げやりな気分。

粉わさびで食べるにぎり鮨より
ポルチーニのスパゲッティを選びたかったが
やはり疲れてたんだネ。
ワンフロアの階段を昇るのが億劫だった。
それに鮨屋には好みの銘柄のビールが置かれている。

鮨職人たちの威勢のよい掛け声に迎えられて入店。
ここは過去に三度ほど利用した。
10年ほど前のオープン時には
店先に大きな水槽が二つ並んで
数種のサカナが群れ泳いでいたものだ。
撤去されたってことは回転が悪くて
採算が取れなくなったのだろう。

目の前の職人さんにビールを注文すると、
生か瓶かを問われる。
それなりの繁盛店だから常に生ビールは新鮮なハズ。
生を選択した。
ほぼ同時に平目の昆布〆と小肌のにぎりをお願いする。

待つこと5分。
いまだにビールは未着であった。
たまりかねた職人が催促の声を上げてくれた。

=つづく=

2017年5月4日木曜日

第1615話 ラブホ三連荘 (その5)

京都産ホタルイカの赤ちゃんはホントに可愛いい。
そりゃ、そうだろう、
大人のホタルイカですら小っちゃいんだから。
とにかく小指の爪先ほどしかない。
いや、もっと小さいかな。

見つめていると、健気に何か訴えてくる。
「どうぞ、ウチを食べておくれやす」―
言葉など交わさずとも目と目でつぶやく二人の心。
互いの意思はじゅうぶんに通じ合った。

いや、通じ合わなくともせっかくの出会い、
機を逃さず、ちゅうちょなく買い求めた。
グラスから受け皿にあふれる北の勝を
こぼさぬよう注意しながら自席に運ぶ。

ベイビー・ホタルは15匹ほど群れていた。
さっそく一つ、指でつまんでポリポリ。
これは煮干しというよりもスルメ干しだネ。
噛んでるうちに旨みがジンワリにじみ出てくる。
濃厚ではなく繊細な味わいだ。

小皿に北の勝と生醤油を割り入れ、即席づけにしてみた。
ついでに残ったボイルのホタルも同居させてやってしばし待つ。
フム、硬さがほぐれ、酒と醤油を身肌にまとい、
美味さ倍増と相成った。

北国の清酒の酔いが回ってきた。
振りかえれば、浸し豆、ゆでホタル、伸子ホタル、
食したものはほとんど腹の足しになっていない。
空腹感はちっともないけれど、満腹感などもっとない。

足元を少々ふらつかせながら3杯目。
”帰りがけ”の駄賃と此度はホタルイカの沖漬けを購入。
二度あることは三度あった。
これまでのつまみ3品はみな薄味ものばかり。
初めてしょっぱいのを所望したわけだ。

いや、ホントにしょっぱいぜ。
味はよいけど塩辛い。
日本酒を飲み過ぎると翌日に差しさわりがあるので
何とか3杯目の北の勝で沖漬けを食べきった。
まったくもってホタルイカの三連荘であった。

ホタルイカは判ったからラブホへはこれから行くのか?
ってか?
第一、ラブホなら御徒町じゃなく、
JRで二つ先の鶯谷だろがっ! ってか?

ありゃ、何か勘違いしてません?
三連荘は、ラブ・メイキング・テルじゃなくって
ラブリータルイカラブホなんすヨ。
読者の中には意外とエッチな人が多いのネ。

=おしまい=

「味の笛」
 東京都台東区上野5-20-10
 03-3837-5828

2017年5月3日水曜日

第1614話 ラブホ三連荘 (その4)

御徒町ガード下の「味の笛」。
15時の開店から四半刻を経過して
店内がだいぶ立て込んできた。
1階の立ち飲みコーナーは
まだ開いていないからなおさらだ。

サッとボイルされたホタルイカに
舌の鼓をポンポン打ち鳴らしながら思った。
ビールだけの友にしておいてはもったいない、
日本酒と合わせてみよう。

この店に来ると佐渡の北雪を慈しむのが常。
確か前回は北雪に加えて麒麟山を楽しんだ。
旨い酒だった。
当店の清酒の取り揃えは新潟の産が主流。
ほかには道産も数種類ある。
たまの北帰行も一興、釧路の北の勝をチョイスした。

  ♪    窓は 夜露に濡れて
     都 すでに遠のく
     北へ 帰る旅人ひとり
     涙 流れてやまず   ♪
      (作詞:宇田博)

1961年、日活スターの小林旭が歌って大ヒットした、
「北帰行」は元をただせば旧制旅順高等学校の愛唱歌。
作詞・作曲ともに同校の一回生、宇田博である。

旭は中央大学学生歌の「惜別の歌」をも
持って生まれた高いキーを駆使して広く世に知らしめた。
誰の企画か存ぜぬが
卓越した着眼及び着想に敬意を表したい。
ここで「惜別の歌」を一綴りしたいところなれど、
グッと我慢でまたの機会を待とう。

場面を「味の笛」に戻そう。
選んだのは北の勝だった。
しっかり期待に応えてくれて、なかなかの美酒である。
北帰行を決断したのは間違いではなかった。
いつぞやも書いたが日本人は北へ回帰する民族なのだ。
おっと、アメリカにもそんな人物がいたな。
そう、「北回帰線」のヘンリー・ミラーという作家がネ。

北の勝をお替わりするため、サービスカウンターへ。
ここでたまたま見つけたのが生まれて初めて目にする珍品だ。
名札には”伸子いか煮干し”とあった。
伸子にはノブコではなくシンコのふりがな。
おそらく小肌の幼魚の新子に掛けているものと思われる。

伸子いかはホタルイカの赤ちゃんで3~5月限定とある。
しかも、あら珍しや! 京都産との由。
へェ―ッ、京都でホタルイカが穫れるんかいな。
おもむろに老眼鏡をかけ直した。

=つづく=

2017年5月2日火曜日

第1613話 ラブホ三連荘 (その3)

浅草の「神谷バー」同様に、
上野界隈で行き着けの「味の笛」には
すでに十数名の行列が形成されていた。
いやはや、門仲の「魚三酒場」並みですな、これは―。

待つことホンの2~3分。
暖簾が掲げられて一同2階へ。
去年の改築時に階段の位置が変わった。
しかもこれが螺旋階段(らせんかいだん)ときたもんだ。

  ♪   螺旋階段 昇る靴音で
    愛されてると 感じた  ♪

ハイ、やめます、やめます、やめときます。
でも歌い手さんとタイトルだけは一応、明記。
桂銀淑の「夢おんな」であります。

「味の笛」2階のキャパは20数席といったところだろうか。
さいわいにも並んだ全員が居場所を確保できた。
すると今度は最初の1杯のため、
ドリンク&フード・カウンターに並ばなければならない。

グループ客は旗振り役が
「オマエ何飲む? アンタは?」なんて自席でやってる間に
こちらは素早くカウンターに直行した。
ゲットしたのはスーパードライの中ジョッキならぬ、
中コップ(プラスチックの)と数の子入り浸し豆だ。
枝豆は好物でも何でもないが浸し豆はワリと好き。
殊に数の子とコラボすれば大好きだ。

子どもの頃のお正月。
おせちで伊達巻きや栗きんとんなど、
女子どもが好むものよりも
真っ先に箸をのばしたのは数の子だった。
他の食物にはない、あの歯ざわりに加えて
ユニークな風味にも惹かれた。

生をお替わりするときに先刻、
見定めておいたホタルイカを購入。
富山産と明記されている上物である。
その身はプックリとはち切れんばかり。
口福が約束されたも同然だ。

本来は辛子酢味噌で味わいたいところなれど、
添えられていたのはおろし生姜のみ。
まあ、これはこれで粉わさびよりはいい。
一つつまんで納得の美味さである。

店内を見回すと、ほぼ満席に近い。
さらに来客が詰めかけて空席が見つからず、
あきらめて引き返すカップルや三人組が出てきた。
いや、早めに仕掛けて正解だったぞなもし。

=つづく=

2017年5月1日月曜日

第1612話 ラブホ三連荘 (その2)

  ♪   長崎から船に乗って 神戸に着いた
     ここは港まち 女が泣いてます
     港の女はお人好し 
     いいことばかりのそのあとで
     白い鴎に あゝ騙される
     あゝ騙される 彼岸花   ♪
        (作詞:山口洋子)

苦労に苦労を重ねた末にようやく花を咲かせた五木ひろし。
半世紀近くも日本を代表するトップ歌手の座をキープしている。
「長崎から船に乗って」は「よこはま・たそがれ」に続く第二弾。
前曲同様に山口洋子&平尾昌晃のコンビによる作品だ。

スポーツ選手に2年目のジンクスが立ちはだかるように
歌手のあいだにも2曲目のジンクスがある。
もちろん1曲目は大事だけれど、
あとが続かず、一発屋で消えた歌手を
あえて枚挙はしないが何人見てきたことだろう。

そんな意味で「長崎から船に乗って」は
五木の歌手人生において文字通り、
順風満帆の航路を開いてくれた価値ある一曲。
まさしく”ヨウソロ!”だったのだ。

エッ? 黙って読んでりゃいい気になって
いったいどこから五木ひろしが出てくるんだよ!
ってか?
いや、べつに必然性は見当たらないんでやすが
ホラ、日比谷で買い物をしたあとに
御徒町まで移動したでしょ? 
JR山手線に乗って―。

”有楽町から電車に乗って 御徒町に着いた”
そう思ったわけでありやして
ここはひとつ、笑って許してやっておくんない。
でもここで銚子こいて
和田アキ子の「笑って許して」をやったら
さすがにヒンシュクを買うからやめとく。

御徒町の北口改札を出てすぐ、
ガード下の「味の笛」にまたまたやって来た。
1階は立ち飲み、2階は座り飲みである。
短時間なら1階で事足りるが開店が1時間遅く、
16時まで待たなきゃならない。
よっていつも2階に直行している。

この日は15時ちょっと前に到着。
もう何十回と訪れているが
開店時間前に来たのは初めてだ。
(ややっ! 行列ができてるじゃん)
いつのまにこんな人気店に―。
驚きも露わなJ.C.でありました。

=つづく=