2017年7月31日月曜日

第1677話 ニュージャージーから来た夫婦 (その1)

35年来の友人、米国はニュージャージー在住の
F田夫婦が揃って一時帰国して来た。
ダンナはLou、カミさんはコヅルちゃんと呼んでいる。
もちろんニックネームだけどネ。
そいでもってランチをともにすることになった。

ちょくちょく帰って来るコヅルはともかく、
Louと会うのは20年ぶりである。
落ち合う場所は互いの都合を考慮して日本橋にした。
コヅルと電話で約束する際、
日本橋三越のライオン像の前で、そう提案すると、
三越より高島屋のほうが判り易いと言うので
その1階のネクタイ売場に決めた。

当日の13時。
高島屋に赴いたが1階からネクタイ売場が消えている。
周囲はコスメチックばかりだ。
お化粧のおかげで見目麗しき女店員に訊ねると、
案内書をパラパラめくり、
「6階でございます」―戸惑いがちな笑顔が返ってきた。

そうかァ、もう何年も、いや、十数年も
ここでネクタイを買ってないもんねェ。
利用するのは常に地下の食料品街。
かつては2Fか3Fにあった(今もあるだろうか?)、
ロベルタ・ディ・カメリーノのシャツを
定期的に購入したものだがネ。

6Fへはエスカレーターで上がった。
紳士服全般という感じでタイの常設売り場はない模様。
広い店内を徘徊するうち、すぐにコヅルと出逢った。
ダンナのLouは1Fに待機して
両面待ちの受け態勢を取っていたそうだ。

三人揃って向かったのは、かの有名な「たいめいけん」。
高島屋内の特別食堂と迷ったが、こちらを択んだ。
J.C.にとっては8年ぶりである。
過去に20回は訪れているんじゃないかな。

土曜日の13時半なのに店先の行列は10名以上。
30分は列に並ばされた。
その間、思い出ばなしに花を咲かせる。
当時、J.C.が勤務していたのは
英国のマネーブローカー、A&P社。
そこへ2年ほど遅れてLouが入社してきた。

一番の思い出は彼らの結婚披露宴である。
ときは1982年6月。
舞台は石川県・金沢市の結婚式場。
あれは生涯忘れ得ないなァ・・・
絶対に―。

=つづく=

2017年7月28日金曜日

第1676話 上野発の私鉄電車 (その3)

柴又駅前の「春」にいる。
かつて寅さんこと渥美清が訪れた店である。
撮影の合間に酒を飲まない渥美が
ここで納豆オムレツを食べたという。
それは15年前にママから聞いた。

数片の竹の子だけで大瓶がカラになり、
下町酎ハイだったかな?
そんなネーミングの酎ハイに切り替える。
あまり特徴とてないフツーの口当たりだ。

熟慮の末、ハムカツを注文。
即座に横から「ハムカツこっちも!」の一声。
オジさんたちはこういうのが好きなんだねェ。
揚がってきたハムカツはハムを2枚重ねてあった。
脇にはナポリタンみたいなケチャスパと
刻んだレタスが添えられている。
ハナから厚めのハムを揚げりゃよさそうに思うが
スーパーで買ってきたパックだとそうもいくまい。
味のほうはマアマアで秀でてなくとも不満もない。
ちなみに揚げもの担当は娘さん。
揚げもの限らず、調理全般を仕切っているようだ。

ドリンクメニューの短冊に毒りんごハイを発見。
ゲッ! 毒りんごでっか?
何が入ってるのか知らんが試してみるか・・・。
ここで配合物を詳しく訊ねるような無粋なマネはしない。
たとえ問いかけても「ヒ・ミ・ツ!」、
そう返されてウインクの一つももらうのがオチだ。
おまけに周囲の常連の失笑を買うに決まっている。

その毒りんごは何やら黄色っぽいとうか、
オレンジ色が混じっているというか、
少なくとも黒や青や紫といった、
毒物を連想させる色ではない。
一口飲み下すと甘みが舌に拡がった。
どちらかというと女性向きである。
あまり時間をかけずに飲み干して酎ハイに戻し、
同時に行者にんにくをお願いした。

行者にんにく、別名アイヌネギ。
山菜の中でもわりと高山で採れ、
自生しているのは自然保護区がほとんどだそうだ。
30年以上も前、
長野の善光寺境内で売られているのを見たことがある。

小鉢に盛られた行者にんにくは醤油漬け。
これがまた、しょっぱいのなんのっ!
どんぶりめしでもなけりゃ、とても食べ切れるものではない。

柴又駅でトイレを借用し、帰路へ。
そうだった! 「春」にはトイレがなく、
駅員さんに店名を告げて借りたのだった。
きっと、今でもそうなのだろう。

=おしまい=

「春」
 東京都葛飾区4-8-16
 03-3657-3518

2017年7月27日木曜日

第1675話 上野発の私鉄電車 (その2)

夢に出てきた居酒屋は
柴又駅前の小さな広場に面した「春」。
調べてみたら訪れたのは15年も以前のこと。
堀切菖蒲園の「きよし」のあとに寄っている。
当時は店主とママと、記憶が定かでないが
確か、娘さんがお手伝いという感じだった。

常連たちに挟まってわれわれ二人、けっこう長居した。
なぜかママがツレを気に入ってくれて
帰る際には柴又駅のホームまで
見送りに出てきてくれたりもした。
夢のおかげでそんなことが思い出され、
つい懐かしくなって訪問を決断した或る土曜日の朝である。

久方ぶりにやって来た柴又。
駅前広場には寅さんの像から少しく離れて
オニイちゃんを見送るさくらの像が新設されている。
反論を怖れずに言わせてもらうと、
ここの寅さん像はあまり好きではない。
どこか暗くって、悪人的雰囲気が漂って
渥美清のイメージではない気がする。

新しいさくら像も倍賞千恵子にちっとも似てないし、
幸薄い乙女といった印象がつきまとう。
別れのシーンだから二人揃って
ニコニコ笑顔というわけにはいかないだろうが
明るさがまったくないと、見る者は救われない。

「春」の店先には椅子とテーブルが配置され、
いかにも観光に訪れたというふうな若いカップルが
氷入りの飲みものを楽しんでいる。
おそらく酎ハイだろう。

店内のカウンターには空席が二つのみ。
引き戸に近い一番端に着席した。
カウンターの中にはママとその娘。
15年も経っているのだ、
二人ともそれなりに歳を重ねている。
店主の姿が見えないけれど、
経緯を訊くことなんかできやしない。

ビールの大瓶をお願いしたとき、
ママと視線が交差したが、そりゃ覚えちゃいないわな。
別段、言葉を交わすこともない。
コップに自酌して一気にあおった。
ク~ゥッ、たまらん。

銘柄はキリンラガーながら
灼熱のウォーキングを敢行したあとのこと、
身体が生き返るようだ。
突き出しは竹の子の煮たのである。
さて、何か1品、つまみの所望とまいろうか。

=つづく=

2017年7月26日水曜日

第1674話 上野発の私鉄電車 (その1)

  ♪   上野発の夜行列車 おりた時から
     青森駅は雪の中
     北へ帰る人の群れは 誰も無口で
     海鳴りだけをきいている
     私もひとり 連絡船に乗り
     こごえそうな鴎見つめ 泣いていました
     ああ津軽海峡・冬景色        ♪
            (作詞:阿久悠)

石川さゆりの初めての大ヒット曲、
「津軽海峡・冬景色」は1977年元日の発売。
歌詞からして夏に売り出される曲ではないわな。
前年の「北の宿から」(都はるみ)に続き、
日本列島には”北”に焦点を当てた歌謡曲が流れていた。

猛暑日となったその日、J.C.は上野駅にいた。
駅といっても「あゝ上野駅」の舞台となった、
JRの大ステンションではなく、
不忍口からちょいとばかり歩く、京成電鉄の上野駅である。
駅の真上には西郷さんがはるか遠く、
ふるさと薩摩の方向を見据えている。

  ♪   上野発の私鉄電車 おりた時から
     高砂駅は炎天下
     家へ帰る人の群れは 誰も無口で
     改札口を抜けてゆく
     私もひとり 額の汗を拭き
     うだるような暑さの中 歩いていました
     ああ柴又街道・夏景色       ♪

てなこって京成高砂で下車。
向かったのは寅さんのふるさと葛飾・柴又であった。

白状すると上記の替え歌には嘘があって
実際に高砂から歩いてきたのは
ほぼ京成金町線の線路に並行している近道で
通りに名前があるのかないのかも存ぜぬ道である。

実際の柴又街道はJR金町駅南口から南下して
江戸川区・篠崎町で京葉道路ぶつかる大通りだ。
街道を来るとだいぶ遠回りになってしまい、
おまけに見る物とてないから炎天下ではキツい。

柴又には一つの目的があった。
いえ、参道を抜けて帝釈天に詣でるためではない。
柴又駅前にある1軒の居酒屋を訪ねるためだった。

その日の明け方に見た夢に柴又の町が出てきた。
隣りを歩いているのは昔別れたGFである。
そして二人が入店したのはくだんの居酒屋だったのだ。

=つづく=

2017年7月25日火曜日

第1673話 年に2回の仲間メシ (その4)

西日暮里エリアにおいては
数少ない人気店「たぎつ屋」の卓に四人。
これから追加注文に及ぶところであった。

もったいぶって申し訳なかったが
その一品はフォワグラのソテーであった。
日本の女子のあいだでフォワグラは人気が高い。
肥大したガチョウの肝臓を食うことを
一種のステイタスと考えているフシがないでもない。
レバーは嫌いだけどフォワグラは好き。
聞いてて張り倒したくなるような若い娘もいるくらいだ。

とにかく三人前お願いした。
値段(850円)が値段だけに本場・フランス産ではあるまい。
フォワグラの普及品は
現在、世界水泳開催中のハンガリーからの輸入品。
当店も例外ではなかろう。

まっ、言われてみれば、
確かに焼き鳥屋や焼きとん屋のレバーとは違うわな。
血生臭いところがないもの。
これはいわゆる血肝ではなく脂肝なんだネ。

三人前を四人で取り分け、一同それなりに得心。
そろそろ仕上げに入らねば―。
ここでJ.C.、ふと食べたいものを思い出した。
一見お好み焼き風なのに粉を使わないとん平焼きである。

元来、お好み焼きをあまり好まぬ身ながら
玉子と豚肉が主役のとん平焼きはちょくちょく注文する。
ほかに頼む品目がほとんどないから
来ればお願いの定番メニューとなっている。
もっともお好み焼き店を利用するのは年に1回か2回程度だ。

Hがサイコロステーキを食べたいと言い出してこれも追加。
(小)でいいと言うのを四人もいるんだから(大)にしなさい。
そう言ったのはほならぬJ.C.。
結果、みんな満腹とみえて
鉄板の上にはサイコロがコロコロと残る始末。
まったくの無駄遣いで余計なことを言ったものよのぉ。
お勘定は一人アタマ3700円也。

徒歩約5分、やって来ましたスナック「Y」。
ビールとハイボールで再度乾杯し、
H&Wの「恋のバカンス」でスタートの巻。
途中、利発なWはともかくも
オッチョコチョイなHはスナックにおけるマナーに関して
姉貴分のTから何回か教育的指導を受けている。
とまれ、スナッキー・シスターズはこぞってハッピー。
まことにけっこうな夜でありました。

=おしまい=

「たぎつ屋」
 東京都荒川区西日暮里5-15-13
 03-5615-2342

2017年7月24日月曜日

第1672話 年に2回の仲間メシ (その3)

JR西日暮里駅そばの「はってん食堂」にて
生ビールの中ジョッキと小皿の肉野菜炒めをやっつけ、
そそくさと舞い戻った「たぎつ屋」。
すでに三バカ、もとい、三ワカ・トリオは揃い踏んでいた。
おのおの好みのドリンクで乾杯に及ぶ。

この夜のJ.C.はビールをあきらめ、通しで黒ホッピー。
卓には突き出し的な半熟煮玉子と鳥団子が並んでいた。
シナチクもあったが、これは誰かの注文品のようだ。
こちらは飲みに徹し、フードの選択は女子に任せる。

たこ焼きのお好み焼き風、
その名もお好みたこ焼きなんてのが着卓した。
1個づつ独立してるほうがいいように思うが
他店にないところが彼女らの興味をそそったのだろう。
食味は別段どうということもない。

きのこのアヒージョがバゲットを従えて登場。
これもオイルばかりで何だかなァ。
近頃の女子はイタリアンだとバーニャ・カウーダ、
スパニッシュならアヒージョが定番中の定番だという。

このハナシはマイ・ヘア担当のK子チャンに聞いた。
そう言えばK子チャン、無事にママとなったものの、
仕事復帰が遅れていてマイ・ヘアはどんどん伸びる一方。
どうしたものかと途方にくれている。
何せ十数年の間、
他の美容師に理髪をまかせたことがないからネ。

J.C.早くも黒ホッピーの”中”をお替わり。
ホッピーなんか知らねェ、という向きに説明すると、
”中”というのは焼酎、”外”がホッピーのボトルだ。
東京ではそこそこの人気を誇っており、
すでに市民、もとい、都民権を得ている。

生ビールのあと、女性陣はいろんなもんを飲み分けていた。
塩レモンサワー、バイスサワー、グレープフルーツサワー、
白州ソーダ、知多ソーダ、手当たり次第というか、
オルモスト、しっちゃかめっちゃかでんがな。

誰かの頼んだ知多ソーダをテイスティング(?)してみると、
これがかなり美味いウイスキーで
シングルモルトなのだソーダ、もとい、そうだ。
サントリーのビールはいただけないが
(昔はサントリー純生が好きだった時期もある)
ウイスキーはワールドクラスだネ。
ウイスキー派ではないけれど、久々に飲んでそう思った。

ここで当夜の目当ての一品をお願いする。
1人1枚を主張したものの、とりあえず3枚にしとこうヨ。
ストップを掛けたのは誰だったかな?
それよりも必食の料理とはいったい何でありましょうか?

=つづく=

2017年7月21日金曜日

第1671話 年に2回の仲間メシ (その2)

仲良し4人組の集まりである。
メンバーの狙いは食事のあとのスナックとあらば、
まずはそちらの選定を優先させる。
選定といっても候補がたくさんあるわけではない。

以前、しょっちゅう出没していた、
浅草観音裏の店々にはご無沙汰しているし、
なかにゃその間に閉業してしまったところもある。
よって前週に観音裏から流れた、
道灌山下のスナック「Y」にする。
2週連続の襲来を決め込んだワケだ。

さすれば、一次会は移動に便利な近場がよい。
第一感は、谷根千スリー・タウンのいずれか。
第二は、西日暮里、あるいは動坂下。
第三なら、田端・本駒込・白山あたりだろうか。

結局は薬局、「Y」に最寄りの西日暮里に決定。
イカした店の少ない町につき、
ハナからオサレなところはあきらめている。
そうして選んだのは「たぎつ屋」なる鉄板焼き屋だ。
おしなべて女子は粉モノ好き。
お好み焼きでも食わせておけば、
まずクレームの出る心配はない。

スタートは17時。
定刻に現れると早くもT&Wが生ビールを飲んでいる。
それではこちらもと注文しかけるが
両人のジョッキを見てガックシ。
苦手のサントリー・モルツじゃないの。

係の女性スタッフに訊ねても
ビールは生のみ、銘柄はモルツのみ。
われに救いの手は伸びなかった。
ところがJ.C.、少しもあわてず一考に及ぶ。

ひらめいたのは徒歩1分の距離にある大衆食堂だった。
かつて当ブログでも紹介した「はってん食堂」だ。
ここなら24時間休みナシでスーパードライが飲める。
Hは遅れて来るとのことでその間を利用し、
独り「たぎつ屋」を抜け出した次第なり。

足早に歩いて入店した「はってん食堂」。
いつもは大瓶をお願いするところなれど、
じっくり飲んでるヒマはないから中ジョッキを所望した。
ググ、グイッと飲りながら思う。
生ビールだけってのも愛想ナシやなァ。
店にとっちゃ、イヤな客だねェ。

やおら立ち上がり、小皿料理が並ぶボードから
肉野菜炒めをピックアップし、自分でチンして自席に運ぶ。
これから粉屋でいろいろ食べるってのに
いったい何やってんだかなァ。
自分で自分がバカバカしい。

=つづく=

2017年7月20日木曜日

第1670話 年に2回の仲間メシ (その1)

定期的ではないものの、
平均すると年に2回は食事をともにするメンバーがいる。
別段、会の名称はない。
6月の下旬、集まることとなった。
W・H・Tの三人で、Tがリーダー格。
常にまとめ役を買って出てくれている。
前回は確か1月だったから、ほぼ半年ぶりになる。

ここでふと思い出した。
1月の会は春日の「フーゴー」なるワインバーだった。
仏名を「bar a vins FOUGAU」という。
昨年の11月、文京シビックセンターで創作オペラ、
「改ざん!! フィガロの結婚」を観たあとに立ち寄ったが
近いうちにウラを返し、
あらためて紹介すると予告したのだった。
それをコロリと忘れちまった。

そんなこって半年遅れながらサラリと紹介したい。
当夜はカールスバーグの生でスタート。
脚付きグラスに満たされたビールが4つ、
テーブルに運ばれたのだが、ビックラこいたネ。
何と、J.C.のだけ泡少なめに注がれてるじゃないか。

生ビールを注文する際、いつも泡少なめでお願いするが
たった1度、それも2ヶ月前のことを
このギャルソンはちゃあんと覚えてくれていた。
恐るべし。
そして称えるべし。
まっことプロの仕事であり、仕業であった。

ワインは白がイタリアのピノ・グリージョ。
赤はスペインのテンプラニーリョ。
ニース風サラダ、ポム・フリット、水たこ&有頭海老のソテー、
USビーフのハラミ・ステーキなどを食べ継いだ。
よく飲み、よく食べ、よく喋り、楽しい夕餉でありました。

そして今回である。
オーガナイザーのTによるとメンバーのリクエストは
一次会の食事処ではなく、二次会にある由。
とにかくカラオケ・スナックに行きたいらしい。

以前にもその手の店に案内したが
どうやら気に染まったようだ。
そりゃそうかもしれない。
HとWの年代にカラオケといったらまずボックス。
ヨソで歌ったことなど、まったくなかったろう。

雁首揃えて自分の選曲に没頭するボックスなんかより、
他の客への気配りが欠かせない、
スナックのほうがワンランク上だわな。
一種、大人の社交場といった気配があるからネ。
T曰く、最近増えたこの手の女子を
スナッキーと呼ぶんだそうだ。
ホンマかいな?

=つづく=

「フーゴー」
 東京都文京区春日1-15-9
 03-3830-0525

2017年7月19日水曜日

第1669話 策に溺れた小肌酢 (その4)

観音裏の「さくま」にて。
煮込みのあとにわれわれが選んだのは
小肌酢と手羽先焼きだった。
前者はJ.C.、後者は相方のチョイスである。

手羽先は嫌いじゃないけど、あまり好まない。
(そんなん自分ちで焼いて食えや)
言葉を飲み込み無言でうなずき、オーダーを通す。
とにかく手羽は手が汚れるし、食べにくいからネ。

これが蒸し上げた毛蟹だったりすると、
大好物でもあり、全身全霊をかたむけて挑むから
手がべたつこうが指の腹が傷つこうが
いっこうにかまわず、没頭するんだ。
われながら勝手にしてわがままなものよのぉ。

まっ、手羽はそれなり。
むしろがっかりしたのはおのれが頼んだ小肌であった。
絣模様はそんなに大きくもなく、
巨肌に非ずして、何とか小肌のカテゴリーに属している。

問題だったのはその仕事ぶり。
酢漬けというか味付けである。
一切れ口元に運んで驚愕した。
ん・・・? ややっ!
「太陽にほえろ!」のジーパンじゃないが
何じゃこりゃあ! だったのである。

漬け酢を脇に押しのけて
かつお節のダシが効いている。
いや、効き過ぎている。
煮ても焼いても食えないサカナ、
小肌に必要なのは酢と塩だけだ。
せめて砂糖は許せるが、ダシはダメでしょ。

まぐろを凌駕するとまでは言わないまでも
江戸の昔から続く鮨屋の花形がこの青背。
どこの鮨屋がこんなシゴトをするだろうか。
策士、策に溺れるとはまさにこのことだ。

作り手は土佐酢の要領のつもりだろうが
食べ手のほうは大迷惑。
とにもかくにも生まれて初めてダシに犯された小肌に遭遇。
小肌本体が悪くないだけに残念ながら
とてもとても完食はできない。

言問通りを渡り返し、
折からやって来た日暮里行きのバスに乗る。
時間もまだ早いことだし、
コリアンのママのいるスナック「Y」で
飲み直しを目論むのでありました。

=おしまい=

「さくま」
 東京都台東区浅草3-4-2
 03-3876-4752

2017年7月18日火曜日

第1668話 策に溺れた小肌酢 (その3)

3人の女性たちが切り盛りする大衆酒場「さくま」。
何とか席を確保でき、飲み干すビールの美味さよ!
プッファ~!
ホンの一瞬だが死んでもいいと思う。
いえ、直後に命が惜しくなるんですけどネ。

先刻の「神谷バー」では生のメガジョッキだったが
「さくま」では大瓶をグラスに注いで飲む。
銘柄はどちらもスーパードライ。
浅草はアサヒの縄張りである。

目の前の女性スタッフ、おそらくママの娘さんだろうが
「真っ先に食べていただきたいのは煮込みです」―
かようなひと言。
当店の牛すじ煮込みは名物だからネ。

とかく浅草の煮込みは牛すじの醤油仕立てが多い。
下町でもヨソの地域だと、
圧倒的に豚もつの味噌仕立てとなる。
これには浅草の地域性が反映されているものと思われる。

馬道と大川にはさまれた狭い地域に花川戸なる町あり。
歌舞伎十八番「助六所縁大江戸桜」の主人公、
助六は花川戸の人だ。
ここは履物の一大タウンで履物といえば皮であろう。

浅草の奥の奥、地番なら東浅草や清川辺りには
あまたのシューズ・メーカーが今も営業を続けている。
吉原周辺に馬肉屋、
浅草全域に焼肉屋が多いのもうなずけよう。
皮革と精肉のあとに残るのはスジや臓物。
浅草の煮込みの主流が牛すじである理由がここにある。

オススメに従い、いただいた煮込み。
適度な脂身をたたえて、さすがに名代である。
ハイボールを楽しむ相方を尻目に早や大瓶も2本目へ。
あゝ、死んでもいい。

1962年の米・仏・希合作映画、
「死んでもいい」を思い出すなァ。
ギリシャ悲劇を題材としたこの作品の原題は「フェードラ」で
悲劇のタイトルをそのまんま借用している。

メルナ・メルクーリとアンソニー・パーキンスの許されない愛。
近頃は古き良き欧州の香りに満ちた映画が
少なくなったような気がする。
もっとも大きなことは言えない。
ほとんど観てないんだから―。

すぐに命が惜しくなってつまみの追加である。
ここは両者、慎重に品定めに入った。

=つづく=

2017年7月17日月曜日

第1667話 策に溺れた小肌酢 (その2)

浅草の観音裏にいる。
目の前のバス停には奥浅草のパネルがはめ込まれている。
2年ほど前だったか、唐突に停留所名が変わった。
以前は浅草三丁目だったハズだ。
 
ところで東京都内最古のお寺は金竜山浅草寺。
ご本尊が観音菩薩ゆえに
親しみをこめられて観音さまとも呼ばれる。 
 
        さあさ着いた 着きました
     達者で永生き するように
     お参りしましょね 観音さまです 
     おっ母さん ここがここが浅草よ
     お祭りみたいに にぎやかね    
         (作詞・野村俊夫) 
 
小節の効いた千代子姐さんの美声が
列島を席巻したのは昭和32年。
戦後の復興がほぼ成されんとする頃だった。

不朽の名曲「東京だよおっ母さん」では
田舎から上京して来た母親を娘が案内して
東京見物をさせる姿が情感たっぷりに描かれる。
戦死した娘の兄は靖国神社にねむっている。
二重橋では天皇陛下に、九段坂では英霊たちに、
こうべを垂れ続けた末、ようやくたどり着いた浅草。
ここで初めて自分たちのささやかな幸せ、
達者で永生きするようにお参りするのであった。

聴くものは誰しもいつしか二人の将来に
幸多からんことを祈らずにはいられない。
島倉千代子のナンバーではこの曲がマイ・ベストだ。

さて、当夜の二人は言問通りを東に向かった。
このまま進めば隅田川に架かる言問橋に到達する。
こまどり姉妹の「浅草姉妹」を披露したいところなれど、
さっき、お千代サンにご登場いただいたばかり、
ここは自重せざるをえませんな。

言問橋のはるか手前、
ちょうど観音堂の裏辺りに居酒屋の灯りが見えてきた。
半世紀をゆうに超えて暖簾を掲げる酒場「さくま」である。
観音裏の深いエリアに沈もうと思ってはいたものの、
名代牛すじ煮込みで飲りたくなった。
よって速やかに入店の巻。

おう、おう、店内は活気に満ちていた。
入口に一番近いカウンターの隅に
2席空いていたのでそこへ促される。
止まり木に止まれさえすれば、ほかに何の不満があろう。
二人、素直に着席と相成りました。

=つづく=

2017年7月14日金曜日

第1666話 策に溺れた小肌酢 (その1)

上野公園から炎天下を歩いて
昼下がりのエンコ(浅草)に到着。
吾妻橋を渡り、アサヒビールの直営店で
冷え冷えのエクストラコールドを1杯飲りたい、
その欲望を抑えに抑えて「神谷バー」の階段を上がる。
待合せに間に合わなくなるからネ。

ところが2階に相方の姿なく、代わりにメールが着信。
20分ほど遅れるとのことだ。
今さら大川渡りに挑む元気もなく、
生ビールのメガジョッキ(1L入り)をお願いする。
60歳超えてのメガジョッキ、
われながらけっこう元気あるじゃん。
ちなみにメガは夏季限定のお徳用なのだ。

昼メシ抜きだったのでカツサンドを頼んでみた。
普段はアウト・オブ・メニューだから
当月のスペシャル・アイテムらしい。
こういうサンドイッチなら食事を兼ねたつまみになる。

ほどなく待ち人来たる。
カツサンドを分け食いしながら
相方はタコの燻製マリネを追加した。
そういえば最近、袋詰めのタコ燻を見掛けない。
イカは目にするがタコはトンとご無沙汰だ。
昔はイカよりタコがワンランク上で値段も割高だった。

いったい、タコはどこへ消えた?
みんなたこ焼きになっちまうんだろうか?
やい、築地銀だこ! オメエのせいだぞ!
ネーミングの勝利だろうが
銀だこは若者を中心として人気があるからなァ。
まっ、しっかたねェか―。

メガから電氣ブランのオールドに切り替え、
しばしの歓談に及ぶ。
「神谷バー」の2階、正式には「レストラン神谷」だが
店内は意外と静かで空席がチラホラ見える。
夕暮れせまるこの時間でこの客入りは極めて珍しい。

吾妻橋を渡って・・・ハハ、まだ言ってるヨ。
もっとも再び生ビールなんて提言したら
却下されるのが見え見えにつき、
2軒目はほかを当たることにする。

かんのん通りから新仲見世。
オレンジ通りからホッピー通り。
ひさご通りのアーケードを抜けて言問通りを横断した。
ここは観音裏である。
目の前のバス停には”奥浅草”とある。
何のための謀略か、行政はそう呼ばせたいらしい。

=つづく=

「神谷バー」
 東京都台東区浅草1-1-1
  03-3841-5400 

2017年7月13日木曜日

第1665話 大森で小盛り上がり (その5)

JR京浜東北線・大森駅の西北に潜む山王小路飲食店街。
俗称・地獄谷は芝居の書き割りの如くである。
深川・門前仲町の辰巳新道を大幅に拡げた感じだが
谷底にあるぶん、独立性が強く保たれて
来る者を拒む気配すら漂っている。

われわれの狙いはバーかスナック。
腹はいっぱいだからフードはもうムリ。
受け入れ可能なのは
別腹を活用してドリンクのみである。

固くドアを閉ざした店々の扉を開くのは
なかなかに勇気を必要とするもの。
いきなりドアノブを引くと、
止まり木に止まるスズメたちが一斉に振り向くし、
客を値踏みするママさんの訝しげな視線にも
耐えなければならない。

ところがこの夜は強い味方がいた。
ツレである。
扉を開くにしても女性のほうが断然好都合。
常連たちの警戒心は薄れ、
むしろこぞってウェルカム状態となり、
ママは歩み寄って声を掛けてくれるし、
料金システムに関する質疑応答も速やかに進む。

よってこの駒の活用を図らぬ手はない。
銭形平次よろしく、
「八、ひとっ走り、走りねェ!」
「ヘイ、合点だ、親分!」
てなもんや三度笠。

小当たりに当たりを初めて3軒目。
「C」という名のスナックに白羽の矢を立てた。
カウンターには常連が単身で2人。
中には和服姿のママ独り。
ちょっと見、還暦は超えていそうだ。

あまり記憶が定かでないが
この手の店には珍しくも生ビールのサーバーが据えられて
ソレをお願いした模様。
銘柄が好みだったのは覚えちゃいても
恥ずかしながら何杯飲んだかはアウト・オブ・メモリー。

しばらくすると常連の一人がカラオケを始めた。
これを機に客たちが歌い継ぐカタチとなり、
唄好きのツレは上機嫌である。
懐かしの小川知子や黛ジュンなんぞを歌っている。

どうにかこうにかささやかに盛り上がった大森の夜。
もっとも二人じゃ大盛り上がりってワケにもいくまい。
したたかに酔いは回っちゃいても
苦も無く地獄谷を這い上がることができました。

=おしまい=

2017年7月12日水曜日

第1664話 大森で小盛り上がり (その4)

そうしてやって来た大森・地獄谷。
酒場・料理屋・スナック、いろんな業態がひしめいている。
まずは南の端から北の端へ進み、
どん突きで引き返して、ザッと一往復。
これから訪れる店の品定めである。

今一度、北に向かって再びどん突きへ。
見上げれば鉄階段の2階に
バーらしき灯りが点っている。
マンハッタンのウエストサイド風と言えなくもない、
意を決してアイアン・ステアーズを上っていった。

2階にあったのは
オープンして数ヶ月のシンガポーリアン・バー「M」。
1980年代に4年の長きを棲み暮らしたシンガポール。
深い愛着を持つ身である。
ここは一も二もなく止まり木に―。

  ♪   あなたの似顔を ボトルに書きました
     ひろみの命と 書きました
     流れ女の さいごの止まり木に
     あなたが止まって くれるの待つわ
     昔の名前で 出ています   ♪
          (作詞:星野哲郎)

小林旭が止まった止まり木とは
まったく趣きを異にするバー・カウンター。
取りあえずの1杯はシンガポールのラガー・ビア、
タイガーの小瓶である。

先客は4人連れの男女で
止まり木に止まらずダーツに興じていた。
そんな彼らも20分ほどでヨソに移ってゆき、
店内は急に静かになった。

店を営むのは中年のご夫婦。
以前もこの物件はバーだったようで
ほとんど居抜きのカタチを取ったから
内装に金をかけずにすんだのだという。

2本目のタイガーとともに
東南アジアの焼き鳥、サテーを所望した。
焼き鳥とはいうものの、
チキンとポークを混ぜてもらう。

定番のピーナッツソースを絡めていただくが
ここではカレーの風味を加えている。
心なしか東南アジア色がより深まった気がする。
大手焼き鳥チェーンは利用したことがないけれど、
おそらくその水準は超えているだろう。

滞在時間は1時間弱。
鉄階段を下り降りて
再び地獄谷の検証を始める二人であった。
夜はまだ浅い。

=つづく=

2017年7月11日火曜日

第1663話 大森で小盛り上がり (その3)

「蔦八」の煮込みはなかなかである。
どちらかというと、
豚のシロ使用の味噌仕立てが好きだが
たまにゃ少々脂っこいのも悪くない。

ずっとビールを飲んでるんで
目先、いや、舌先を変えたくなった。
久しぶりにバイスサワーでもいってみようか。
バイスとはコダマ飲料って会社が
製造・販売している焼酎用の割り材だ。
キャッチを紹介しておこう。

しそうめエキス入のさわやかな酸味
昔懐かしいレトロな風味
お酒で割って美味しい炭酸飲料

まさしくその通り。
4~5年前に初めて飲んだときの第一感は
むか~し噛んだ、森下仁丹のチューインガム。
そう、今は無き、うめぼしガムだった。
本当にバイスは昔懐かしいレトロな風味なんだ。

そういえばコダマ飲料の本社は大森じゃなかったかな?
調べてみたらやはり大森南5丁目。
この「蔦八」は大森北1丁目だからまさにお膝元。
偶然とはいえ、こんなこともあるんだネ。

何かほかにもと、ツレが頼んだのはポテトサラダ。
珍しくも上にガーリック・チップがふりかけられている。
ヨソではまず見ないスタイルだ。
J.C.も負けじと新玉ねぎの天ぷらを所望。

玉ねぎ、それも新玉ねぎの天ぷらは美味い。
高級店のお上品なペコロスなんがよりずっと美味い。
ザクザクッと切ってかき揚げにしたのが一番だ。
殊に釜揚げの桜海老と一緒に揚げたひにゃ、
もうたまらない。
キング・オブ・テンプラの称号を授けたいくらいのものだ。

「蔦八」をあとにして夜の街に出る。
行く先は、これが目当ての山王小路飲食店街、
人呼んで”地獄谷”である。
この谷にはまったら簡単には抜け出せないため、
いつしかそう呼ばれるようになったそうな。

一説には石段が整備される以前、
雨が降ると坂道がすべって
酔っ払いが上れなくなったためとも。
こりゃ地獄谷というより蟻地獄だネ。
まさか火蟻はおらんだろうが―。

=つづく=

2017年7月10日月曜日

第1662話 大森で小盛り上がり (その2)

昭和の酒場「蔦八」のカウンター。
ノスタルジックなアトモスフェアに満ち満ちている。
足りないものといえば白髪まじりの店主だけかな。
江戸屋猫八みたいな親父サンが居てくれりゃ、
文句無しなんだがなァ。
いえ、女性スタッフが悪いわけじゃないけんど―。

さっそくの瓶ビールはサッポロラガー、いわゆる赤星である。
真の昭和の酒場、
あるいはその雰囲気だけを粧うエセ酒場、
実際は後者のほうが多いけれど、
とにかくそんな場所でよく見かけるのがこの赤星だ。

以前、どこかで書いたと思うが
一度、赤星と黒ラベルを飲み較べたことがあった。
結果は黒ラベルに軍配。
後味のスッキリ感がまったく違う。
そんなことは生産者のサッポロビールも承知のハズ。
でなきゃ自分とこの主力商品を
黒ラベルから赤星に戻すことだろう。

まっ、ともかく赤星でノドをうるおす。
先刻からうるおしっ放しだが再度うるおす。
突き出しには春キャベツの浅漬けが来た。
シャキっとしていながらフンワリと柔らかくもある。
ビールの友として、いや、日本酒だろうが酎ハイだろうが
まっこと申し分ない。

よく、串揚げ屋やもつ焼き屋で提供される、
生のキャベツがあるでしょ?
味噌かなんかと一緒のヤツ。
あれはイケませんネ。
旨くも何ともない。

生ならトンカツの露払いみたいに繊切りがいい。
葉っぱのまんまバリバリやるのは見た目にも見苦しい。
まったくウサギじゃないんだから―。
もっともオイラは卯年だけんどヨ。

さて、つまみである。
こういう店ではまず、もつ煮込みでしょ。
ここで使用されているのは牛もつ。
それも腸壁にちょっぴり脂の付いたヤツだ。

このタイプの最たるものは江東区・木場の「河本」だろう。
しばらくおジャマしてないけど、あすこの煮込みは脂ビッシリ。
夏場はともかく、冬になると冷たいすきま風のせいで
脂肪がすぐ固まるから急いで食べにゃならんのサ。

=つづく=

2017年7月7日金曜日

第1661話 大森で小盛り上がり (その1)

大田区・大森は小学校時代を過ごした思い出の土地。
2年近くごぶさたしていたが、ふと訪れたくなった。
実際に棲んでいたのは京浜急行・大森海岸駅と、
その南の平和島駅の中間辺りだ。

降り立ったのはJR京浜東北線・大森駅だった。
小腹が空いていたので待合せの前に
何か軽いものをというより、軽く一杯の目論見だったが
生憎、これといった店が見つからない。

駅南側のアーケード、
大森海岸方面に向かう商店街を歩いていると、
目にとまったのは1軒の惣菜屋である。
京都あたりの老舗漬物店をしのばせる店構えは
惣菜や弁当を商うにそぐわない風格に満ちていた。

屋号は「柏庵(はくあん)」。
店頭を冷やかす程度のつもりが
つい、内に足を踏み入れていた。
パックの惣菜を見ただけで
スーパーやチェーン弁当店のそれとまったく違うのが判る。
手作り感が伝わってくるのだ。
これから持ち歩くわずらわしさを厭わず、
買い求めたのは八宝菜とコールスローの2パックなり。

大森駅で待合せた相方とぶらぶら歩き始めた駅東口。
普段の行いがいいんだろうねェ、かっこうの場所に遭遇。
コンビニのセブンイレブンである。
セブンにしろ、ミニストップにしろ、
イート・イン可能なコンビニは少なくないが
当セブンにはウッディーなテラス席が設置されていたのだ。

まさしく渡りに舟、一憩にテラスである。
店内で冷たいビールを調達し、
いそいそとテラス席に腰を落ち着ける。
いや、けっこう、けっこう、うれしいな。

ビールの合いの手の八宝菜は
優良中華料理店の水準に達し、
コールスローもセブン自体やケンタッキーの上をゆく。
加えて飲食物の持ち込み云々を問われる懸念もない。

しばらく幸せなひとときを過ごし、
向かったのは先刻の「柏庵」からそう遠くない「蔦八」。
かつては大森を代表する大衆酒場が後継者に恵まれず、
閉業したのを飲食店を数軒手掛ける現オーナーが
引き継ぐかたちでリオープンさせたそうだ。

なるほど、コの字カウンターは昔のまんま。
変わったのは中で立ち働くスタッフだけだ。
若年から中年にかけての女性ばかりになった。
もっとも若い客にはこっちのほうが歓ばれるかもネ。

=つづく=

「柏庵」
 東京都大田区大森北1-29-1
 03-3298-0015

2017年7月6日木曜日

第1660話 プチッと噛まれた小籠包 (その4)

たびたびの”ところが・・・”で失礼さんにござんす。
いやベツにもったいぶってるワケじゃないけれど、
目の前の光景に茫然とする自分がいた。
やってくれちゃったのは相方のO戸サンだった。

何と彼女、蓮華の上に乗せた小籠包を
前歯でプチッと噛み切りやがった。
そうして肉汁を蓮華で受けて
本体とともに口内に押し込んだのであった。

オー・マイ・ゴッド!
マンマ・ミーア!
それはないぜ、セニューラ!
そんな食い方したら意味ないじゃん。

料理人がせっかく皮の内に閉じ込めたスープを
外に出しちゃったら彼らの着想と努力を無にするも同じ。
これには温厚なJ.C.もイエロー・カードを出すしかない。
やれやれ、しょうがねぇなァ。

彼女悪びれずに曰く、
「友だちからこう教わったんだもん」―
あ~あ、友だちに恵まれねぇなァ。
(そういう輩とは交わりを絶ったほうがいいんでねぇの?)
この言葉は相手を傷つけるからグッとこらえて飲み込む。
しっかし、世の中には
トンデモないことを吹聴する輩がいるもんだ。

小籠包自体は可も不可もなく、まあそれなり。
特筆すべき点はない。
2杯目の陳10年を飲りながら
追加したのは当店の名物だという三杯鶏。
それにバタープロウンと焼きビーフンだ。

三杯鶏は鶏のもも肉と赤唐辛子とバジルの炒めもの。
特徴はこれでもかと投じられた塊りのニンニクである。
インパクトの強い料理ながら極め付きの美味でもなく、
小籠包同様にそれなりだった。

タップリのココナッツ果肉を使ったバタープロウンは
ユニークな料理でコレは食べる価値あり。
ただし、台湾というよりも
東南アジアの香りに満ちた一皿だった。

締めの焼きビーフンはあまりにも凡庸。
家で自分で炒めるケンミン・ビーフンとほとんど変わらない。
あまり台湾料理を食べた実感が伴わないけれど、
振り返ってみれば豆苗が断トツの一番だ。
けだし本物は偉大なり!

=おしまい=

「府城」
 東京都荒川区西日暮里2-54-6
 03-3801-5778

2017年7月5日水曜日

第1659話 プチッと噛まれた小籠包 (その3)

 ところが・・・のつづき。
詳しいことは知らないがピータンには
台湾産と中国産があって好みは前者。

どこが違うのかというと、
黄身の部分がトロリと柔らかいのだ。
ともすると白身も固まりきらずにゼリーではなく、
ジュレ状態のものに出くわすことすらある。
それが当たりのピータン。

「府城」のピータンは黄身まで固かった。
台湾ビールはよかったものの、
台湾ピータンは当たりといえなかった。
だが、けっして不味いというのではないから
誘われるように紹興酒が飲みたくなった。

選んだのはちょいと奮発して陳10年。
舌ざわりなめらかにしてノド越しスッキリ。
まことにけっこうである。
3年物ではとてもこうはいかない。

続いての豆苗は本物の豆苗。
スーパーで売られている豆苗は
緑豆のもやし、いわゆるスプラウトだ。
漢字の持つ本来の意味からすると
それこそが豆の苗だから文句は言えない。

しかしながら本格中華料理の豆苗は
緑豆の若葉、あるいは若芽と言ったらいいだろうか、
格段に味わい深く、はるかに美味なのだ。
いわば、まったくの別モノである。

豆苗はガーリックとともに炒められ、塩味仕上げ。
久しぶりに本物と出会った。
ここ5年はお目に掛かっていないハズ。
初めて食べる相方も大きな目を細めている。

お次は小籠包。
点心類の中ではハーガウ(海老蒸し餃子)とともに
大好きな一品といえる。
やや大き目なソレをちり蓮華に取って口元に運んだ。

小籠包をいただく際に注意を払わなければならないのは
一にも二にもヤケドである。
フウフウと息を吹きかけある程度冷まさないと
皮の中からあふれ出る肉汁に唇や舌をヤられてしまう。
もちろんJ.C.は用心にも用心を重ねて
慎重に味わった。
ところが・・・

=つづく=

2017年7月4日火曜日

第1658話 プチッと噛まれた小籠包 (その2)

台湾料理屋「府城」のテーブル席。
勘違いにより、そばの他店に入ったあとだった。

 勘違い コタツで母の 手を握り

でありました。

そうしてこうして目的地に入店の巻。
ふと気がついたが日暮里の、殊に東口のロータリー側は
やたらめったら中華料理屋が多い。
ほとんど乱立状態だ。

そんなら横浜の中華街はどうなんだ! ってか?
おやおや、そう来やしたか。
あちらは世界中に存在するチャイナタウン、
一緒くたにされちゃ、かないやせん。

乱立の日暮里といえども台湾系は当店だけと思われる。
まずは二人、台湾産の、その名も台湾ビールで乾杯。
すっきりラガー系である。
中共の青島より口当たりがいい。
おっと、中共は死語か?
でも、共産党独裁の中華人民共和国である以上、
略して中共の、いったいどこが悪かろう。

「府城」のスタッフは接客とレジが女性、
厨房が男性のそれぞれ1人づつ、計2人。
客はほかにカップル1組のみだから
これでじゅうぶん回るのだろう。

女性スタッフの物腰と客当たりが柔らかい。
お国柄からか、おっとりしたところがある。
やはり中国本土とは違うなァと感心。
と思ったのは違いは違いでも、再び当方の勘違い。

 勘違い コタツで ・・・

さっきやったからやめとくが
訊いてみたら南京郊外の出身だった。
そりゃ本土にだっておとなしい人はいるわな。

第一次のオーダーは
台湾ピータン・豆苗炒・小籠包のトリオ。
われながら完璧な組合わせであろうと自画自賛。
出来上がりを楽しみに待つ。

小瓶の台湾ビールは
アッと言う間に飲み干されてお替わり。
初めに運ばれたのはピータンくんでありました。
ピータン、殊に台湾のものは好きなんだよネェ。
ところが・・・

=つづく=

2017年7月3日月曜日

第1657話 プチッと噛まれた小籠包 (その1)

テーブルテニスの国民的アイドル、
愛ちゃんがオメデタとの報。
相方はタイワニーズの好男子だから
利発で可愛い子が生まれてくることだろう。

台湾かァ・・・。
あれは35年前の1982年。
ひょんなことから台北を二度訪れた。
現地にはまだ日本語を解する人がたくさんいて
あゝ、ここは親日国なんだなァ・・・
そう実感したことだった。
あれ以来、台湾の地を一度も踏んでいない。
まっ、いつか行く機会があるでしょう。

関東地方が梅雨入りするだいぶ前。
都内にそれほど多くはない台湾料理店を訪問した。
荒川区・日暮里の「府城」だ。
府の城、何だか大阪城みたいだが
これをフジャーと音ずるらしい。

知人のオススメに従って行く気になったのだった。
当夜のパートナーはのみとも・O戸サン。
JR日暮里駅から西日暮里方面に向かってすぐ、
かつてオモチャや駄菓子の一大問屋街があった辺りに
小さな立看板をみとめた。

時間が早いせいか店内はガラガラ。
接客係が現れる前に菜譜を開く。
あれっ? 
いったいどこが台湾料理なんだい?
月並みな品目がズラリとと並ぶだけで
ローカル色などまったく感じられない。

そのとき相方がつぶやいた。
「ちょっとぉ、店名がちがうんじゃない?」
「ありゃあ、ホントだ! どうなってんだコレ?」
にわかに状況の把握ができないところへ
したり顔で近づいてきたウェイター君、
われわれの勘違いをとがめることもなく、
目当ての店を教えてくれた。

間違えて飛び込んでくるオッチョコチョイが
ほかにもかなりいるのだろう。
何のことはない「府城」はこの店の脇の路地奥にあった。
まぎらわしいなァ、ったく。

ラジオで聴いたCMソングを思い出しちゃったぜ。

  ♪   わたしの バイト先は
     大人気の 中華料理屋の
     前にある フツーの料理屋よぉ
     間違えて来る人も いるんだよぉ
     バイトで青春 マイベスト・ジョブ  ♪

=つづく=