2017年11月30日木曜日

第1755話 谷中でちょい飲み3軒 (その4)

「立呑 写楽」で自家製レモンサワーを飲んでいる。
炎の岩塩焼きが今にも整いそうな気配だった。
1枚の和牛サーロインはステーキサイズではあるものの、
すき焼き用くらいの薄切り。
ちょいと割高じゃないかな?
そうは思っても食べてみなけりゃ始まらない。

岩塩の上に牛肉を寝かしつけて準備万端、
女性がガスバーナーに着火しようとする。
ところがこのバーナー、ウンともスンとも言わない。
二度三度試みても着火しないのだ。
業を煮やしたワケでもなかろうが
厨房から料理人が現れて再三トライ。
何とか火はついた。

バーナーで炙ること十数秒で完成。
岩塩焼きにはポン酢とニセわさびが添えられている。
何もつけずにそのまま1切れ。
うん、これは確かに和牛だネ。
適度な脂身がそれほどシツッコくない。
あとはポン酢でいただいたものの、
レモンサワーとの相性ははなはだ疑問である。

滞在時間は15分と少々。
次はどこにしようかな?
腰を浮かせたときに英語の会話が耳に飛び込んできた。
振り向くと、入口そばのテーブルで何かモメている。

おそらく米国人だろう。
40代と見受ける夫婦に小学校低学年くらいの娘、
親子三人連れである。
父親が接客の青年にしきりに何かを訴えている。
”portion”という単語が聴こえた。

店を出るために入口に向かうと、
必然的に彼らのテーブルの脇を通ることになる。
卓上には小鉢に盛られた3皿のじゃがバターが並んでいた。
ここでピンときやしたネ。
ダディーの主張は「あまりにも少ないんじゃないの?」
というものだろう。
ウエイターにはイマイチ真意が伝わってないかも知れんがネ。

見ればそれぞれのじゃがバターのトップには
ラクレットチーズがホンのちょっぴり。
確かプレーンのじゃがバターが300円で
じゃがバター・ラクレットは800円じゃなかったかな?
ってことは三人前で2400円。
判る、判る、父ちゃんヨ、アンタの気持ちはよく判る。
いくら何でもコレで800円はないよねェ。

=つづく=

2017年11月29日水曜日

第1754話 谷中でちょい飲み3軒 (その3)

ここ数年、外国人観光客がドカンと増えた谷中銀座。
「立呑 写楽」の前にいる。
南イタリアはカプリ島の名物、
リモンチェッロによく似た黄色い液体を見つめている。
中をのぞくと小卓に空席があった。
あゝ、われレモンの魅力に抗えず、
足が勝手にいそいそと店内へ―。

散歩のたびに何度も見ていた「写楽」のレモンサワー。
テイクアウトして飲み歩く散策者も少なくない。
初めて口にするソレはなかなかのフレッシュ感だった。
ちょいと原液が濃く、甘みも勝っているから
焼酎とソーダと氷が余分にあれば、
1杯で2杯分取れそうな気がした。

フードメニューで目立つのはじゃがバター。
トッピングは塩辛だの明太子だの、
はちみつレモンまであって
ヴァリュエーションが豊富。
けしてじゃが芋は嫌いじゃないが
あえてオーダーすることはあまりない。
居酒屋のポテトサラダくらいかな。

ほかにもう一つ、ポテトフライが好きだ。
フライドポテトじゃなくってポテトフライ。
ゴルフボールよりやや小さく切ったのに
パン粉をつけてカラリと揚げたものである。
いわゆる精肉店の揚げ物コーナーで売られてるヤツ。
そう言ったら判ってもらえるだろうか。

近頃は肉屋でもほとんど見かけなくなったが
古い店にはときどきあったりする。
これを買って来てフライパンに並べ、
弱火でじっくり炒りつけて
熱いところにウスターソースをジューッ!
ビールには恰好の合いの手になってくれる。

取りあえず、じゃがバターはパスしておこう。
店の名物かどうかは知らぬが
炎の岩塩焼きというのがあった。
和牛サーロインが千円だという。

ソーセージ3本にバゲット2切れを食べたから
ベツに欲しくはなかったけれど、
モノは試しと注文に及ぶ。
サーロインを口にするのは久しぶりである。

これはすぐにワゴンに乗って登場。
大きな岩塩の塊りと
サーロインの薄切りが1枚だけ皿に―。
サービスする女性はガスバーナーを握っていた。

=つづく=

2017年11月28日火曜日

第1753話 谷中でちょい飲み3軒 (その2)

七面坂下のカフェ「nekojitaya」にいる。
キャンティのグラス片手にメニューをながめていた。
浅草ハム製のソーセージがある。
ランチ代わりにちょうどいいや、そう、うなずいて注文。

皿にはボイルされた細長いソーセージが3本。
3本とも同じモノである。
芸がないなァ、退屈だなァ、これじゃ飽きちゃうヨ。
浅草ハムのハムは好きだけど、ソーセージはイマイチだ。
この状況を救えるのはパンしかない。
よってバゲットをお願いした。

ハム・ソーセージ・ベーコンの類いは
パンのアル・ナシで格段に違う。
もちろんあったほうがいいに決まっている。
納豆や漬物に対する白飯と同じことだ。

例えばハムエッグならともかくも
ハムステーキを好む向きの気が知れない。
ハムはサンドイッチにするのが一番。
そしてJ.C.がもっとも好きなサンドイッチはハムサンドだ。
それも生ハム系ではなく、ごくフツーのロースハムがいい。

いえ、生ハムだってそれなりに好きですヨ。
ジャンボン・クリュ、プロシュート、ハモン・セラーノ、
ラックスシンケン、みんな好きだ。
好きだが、その国々のパンがなければ魅力は半減してしまう。

2千円弱の支払いを済ませ、谷中銀座に入った。
よみせ通りに向かってゆるやかな下り坂である。
かなりの人出、いや、ほとんどごった返し状態だ。
外国人、オバタリアン、ヤングカップルで芋を洗うが如し。
この狭い道に洋の東西、老若男女を問わず、
人波が押し寄せている。

メンチカツをウリにする2軒の肉屋。
うち1軒などメンチカツで商売が成り立つものだから
精肉業をやめちまったほどだ。
ほかにも激安惣菜店、和栗を使ったスイーツショップ、
イカのお好み焼き専門店、
そんな人気どころの前に行列ができるから
狭い道が余計に狭くなる。
いや、歩きにくいヨ、ジッサイ。

谷中銀座の中ほどに最近オープンした飲み処、
その名も「立呑 写楽」に差し掛かった。
ここの自慢は自家製の搾りレモンを使用するレモンサワー。
店頭にはレモンイエローの果汁を詰めた瓶が並び、
「アタシを飲み干してちょうだいネ」とばかり、
道行く人に訴えかけているのだった。

=つづく=

「nekojitaya」
 東京都荒川区西日暮里3-14-7
 03-5834-7357

2017年11月27日月曜日

第1752話 谷中でちょい飲み3軒 (その1)

その日は小春日和。
好天下の散歩は
三ノ輪→入谷→根岸→三河島→日暮里→谷中
のルートだった。

いくつもの鉄道路線が通る日暮里駅は
プチターミナルといった様相。
駅の東と西ではかなりの高低差があって
駅舎は谷中霊園の崖っぷちに建っている。

東口ターミナルからエスカレーターで駅のコンコースへ。
北口から出て御殿坂を上り、真っ直ぐ行くと
世に知れた夕焼けだんだんである。
御殿坂上は馬の背の如くで今度は下りになる。
だんだんの手前の二又を
右へ行くとそのままだんだん、左ならば七面坂。
階段ではなく、坂を降りた。

突き当りの右角に小ジャレたカフェがある。
1年ほど前に開業した「七面坂 nekojitaya」だ。
ふ~む、猫舌かァ。
そのくせ”煮込みとワインの店”とあった。

とにかくあっちフラフラ、
こっちフラフラで2時間以上歩いてきた。
ここは当然、冷ったいのを1杯でしょ。
アサヒビールの立て看板があることだし、
迷うことなく速やかに入店でしょ。

プッファ~!
グラスはやや小さめの中ジョッキサイズ。
クイッと傾けた。
瞬時にノドが歓びに震えたものの、
気に入らないことが一つ。

グラスのくびれた胴のせいで一飲ののち、
傾きを戻してカウンターに置くと
新たな泡が湧き上がるデザインになっているのだ。
苦労してアサヒが開発したのだろうが
泡嫌いにとっては有難迷惑もいいところ。
従ってお替わりは控えた。

ドリンク・リストにトスカーナのキャンティを発見。
造り手はポリツィアーノでグラス注文も可だ。
これはいただいちゃうでしょ。
1杯580円だったかな?
イタリアの大地の香りが鼻腔を抜けてゆく。

トスカーナよりピエモンテが好みなれど、
じゅうぶんに楽しめる。
いいねェ、いいですねェ。
ランチ抜きで歩いたから何かつまみが欲しくなった。

=つづく=

2017年11月24日金曜日

第1751話 一球ファウル 二球目ヒット (その3)

京王線・飛田給にやって来た。
東急東横線・元住吉を連想させる即物的な駅舎を出る。
目指す「いっぷく」まで歩くこと5分弱。
店先に立つと、ずいぶんと時代がかった構えである。

入口近くにカウンターがあり、数人の単身客が飲んでいた。
てっきりそこへ案内されるものと思いきや、
女将らしき女性に促されたのは誰もいないテーブル席だった。
カウンターのほうがいいのになァ・・・。
未練を残しつつも初めての店ではなるべく従順に―。

ビールは大瓶のサッポロ黒ラベル、異存はない。
店内を見回すと、何じゃ、こりゃあ!
すさまじい数の短冊が貼りめぐらされている。
短冊といっても七夕まつりの可愛らしいヤツではない。
もちろん料理名を記した品書きである。
枚数を数え始めたが途中でやめた。
これが本当の”数えきれない” と言うのでしょう。

けっこうな時間を費やして吟味に及ぶ。
意に染まった数品を紹介してみよう。

岩手の地だこ(400円)
お麩とゴーヤのチャンプル(600円)
ハムチーズカツ レバーフライ(各500円)

そんなところだが、これぞと選んだのは
ナマズフライ(380円)だ。
これは珍品にしてインパクトも強烈である。
滅多に口に入らぬ魚種だが好きなサカナだ。

以前、コリアンタウンの新大久保になまず料理専門店、
その名も「なまず家 魚福」があったが
10年近く前に閉業してしまった。
お昼のず丼、夜のず鍋が好評で
それなりの集客力もあっただけに惜しい。

数分後、整った皿には千切りキャベツを従えたナマズが数片。
ひと目で白身魚のフライと判るが
誰が見てもナマズとは到底、想像できまい。
端正な一皿に美味を確信した。

はたして・・・カリカリサクサクの食感はまさにカリサクの極み。
生臭み、泥臭さともまったくの無縁。
実に美味しく、加えてビールとの相性もピッタシカンカン。
これがたったの380円とは! 言葉を失っちゃうヨ、ジッサイ。
ナマズの「いっぷく」のおかげで
今回の対京王線は1安打を記録、歓ぶべし。

それにしても思い出すのは幼い頃、
初めてナマズを食したときの母親との会話。
「ナマズってどんな味がするの?」
「そうねェ、鶏肉とおサカナの中間かしらネ」
言い得て妙でありました。

=おしまい=

「いっぷく」
 東京都調布市飛田給2-13-15
 042-483-5601

2017年11月23日木曜日

第1750話 一球ファウル 二球目ヒット (その2)

京王線とJR南武線が乗り入れている分倍河原。
駅そばの立ち飲み酒場「いっさ」のカウンターに独り。
ビールのアテに頼んだエシャレットには
味噌とマヨネーズが添えられていた。
エシャは好物だし、ビールとの相性もよい。
ただし、味噌は出汁入りでないほうがありがたい。

姦しいオバちゃんの携帯電話が鳴った。
すると話し始めた彼女の興奮度が急上昇するではないか。
電話を切った彼女曰く、
「今のレース、ウチの旦那がとったんだって。
 小遣い貰うからみんな飲んで、飲んで。
 マスターも1杯飲んで」
仲間も店主もみんなニッコリ、ご同慶の至りである。

中瓶がカラになり、清酒に移行した。
山梨の七賢を冷やで―。
南アルプスの麓、白州の名水から成る銘酒が
スゥ~ッとノドを通ってゆく。
”七”を冠する日本酒は木曽の七笑が好きだが
あちらは中央アルプスだ。

つまみをもう一品。
目を惹くもの、珍しいものは何もないから
仕方なくというんじゃないが厚揚げ焼きを頼む。
5分足らずで焼き上がった厚揚げは
当たり前のごくフツーの味がした。

店自体もフツーの立ち飲み屋だが
この小横丁に昔懐かしの裏ぶれ感があり、
その効果もあって評価が多少アップする。
ヒットとまではいかないものの、
とにかくバットに球が当たって空振りは避けられた。
ファウルとでもしておこうか。

ビールと日本酒、エシャレットと厚揚げで
お勘定は1430円也。
ちょい飲みには打ってつけといえよう。

次の目標は飛田給。
あまりなじみのない駅名ながら
味の素スタジアムの最寄りがここだ。
言わずと知れたFC東京(J1)と
東京ヴェルディ(J2)のホームスタジアムである。

調布在住の友人からここに佳店ありと聞いた。
店名は「いっぷく」、大衆食堂を兼ねた酒場とのこと。
ふ~む、「いっさ」のあとの「いっぷく」ねェ。
すんなり流れに乗った感じがしないでもないわな。

=つづく=

「いっさ」
 東京都府中市片町 2-21-17
 090-8307-2351

2017年11月22日水曜日

第1749話 一球ファウル 二球目ヒット (その1)

ひと月ほど前に三球三振を食らった、にっくき京王線。
リベンジはいつのことになるのやら・・・。
そう思ったものの、機会はすぐにやって来た。

その日は御茶ノ水で一つの案件をこなし、
まだ陽の高いうちからフリーの身となった。
JR中央線の快速電車なら新宿まで10分少々。
腕まくりして、いえ、実際にまくりはしないけれど、
まあ、そんな意気込みで乗り込んだワケでした。

三球三振に抑えられれば
多少なりとも相手ピッチャーの研究をする。
確実な情報を得たのではではないにせよ、
何とかしたいと心に期するものはあった。

降り立ったのは京王線・分倍河原駅。
府中の一つ先になる。
元弘3年(1333年)、
この地で討幕派の新田義貞と幕府側の北条泰家が戦った。
1333年は鎌倉幕府滅亡の年。
中学時代、”一味さんざん”と覚えた記憶がある。

分倍河原の駅前に京成立石やJR大井町を思わせる、
懐旧の心をくすぐる一郭ありとの情報を得て
これは行かねばならぬ、そう決意を固めたのだった。

はたしてレトロな小路はあった。
ただしスケールはまことに小さい。
ホンの十数メートルの距離に
数軒の飲み屋が並んでいるだけだった。

しかも時間が早かったせいか、
開いていたのは「いっさ」なる立ち飲み酒場のみ。
ほかに選択肢がないから入店するしかない。
引き戸を引くとけっこうな賑わいだ。
立ち飲みといっても客はみんな腰かけていた。

いや、賑やかなワケだヨ、
客たちは競馬新聞片手に
TVの競馬中継にかぶりつきだもの。
殊に一人のオバちゃんが
ワァワァ、ワァワァと姦しいことこのうえナシ。
読んで字のごとく、独りの女が三人分騒がしい。
とにかくやたらめったら興奮してるんだ。
まっ、大衆酒場は活気があったほうがいいかもネ。
なぜか立って飲んでるのはJ.C.だけである。

カウンター内では店主が独りで切盛りしている。
スーパードライの中瓶とエシャレットをお願いした。
よく居酒屋でエシャロットの表記を見るが
あれはフランス料理に欠かせぬ別物。
エシャレットは若いラッキョウのことで日本独自のモノだ。

=つづく=

2017年11月21日火曜日

第1748話 鮭・鱒・サーモンを一日で (その3)

サケ・マス類を朝・昼・晩と三連荘。
いやはや、こんな日もあるんだねェ。
まっ、自分で択んだんだから仕ッ方なかんべサ。

 生ビールと電氣ブランのあとは
美味しい日本酒をいただきたいと相方が主張する。
ちょうど潮時、2軒目に移動した。
彼女の案内で赴いたのは「吾妻屋」は
おでんと地酒がウリという。

雷門の筋向かいにスタバがあるが
小道を挟んでその隣りに店舗はあった。
カウンターが数席にテーブルが2卓だったかな?
あまり居心地がよくない卓に席を取る。

一杯目は屋守(おくのかみ)の冷たいのを―。
東京は東村山の豊島屋酒造の手になる酒だ。
東村山となれば第一感は志村けん。
豊島屋酒造といえば第一感は桃の節句の白酒。
第二はその名も目出度い金婚正宗だろう。

屋守は10年ほど前に製造開始された比較的新しい銘柄。
サラリとした口当たりのわりに
複雑なミネラル感があとを追いかけてくる。
あまり地酒を飲みつけない舌にも違和感なくなじんだ。

お通しは小さな冷奴と切干し大根。
まっ、こんなモンだろう。
品書きとにらめっこしていた相方が刺盛りを注文した。
まさかサーモンが一役買っていなかろうが
はたして陣容はコチ・アジ・マダイ・クロソイ・カンパチの5種。
白身と青背のバランスよく、
サーモンの出る幕もなくホッとする。

おでんは大根・つみれ・はんぺんをつまむ。
下町風ではなく上方の関東だきといった感じだ。
おでんなら燗酒といきたいところなれど、
芋焼酎が飲みたくなった。
お願いしたのは宮崎の山ねこである。

考えてみれば最近はあまり焼酎を飲んでいない。
ひと昔前は鮨屋でも天ぷら屋でも
もちろん居酒屋でも軽くビールを飲って
すぐに芋のロックに切り替えたものだ。
これが大衆酒場となると、酎ハイやホッピーが常。
甲類といえども焼酎は焼酎だからネ。

ひとときを過ごし、さァお開きと思いきや、
相方はカラオケに流れてみたいという。
彼女は一時期、長唄を習ったくらいだから
歌好きなのは承知していたが
そちらが長唄ならこちらは小唄の稽古に励んだこともある。

要望を叶えてやったものの、いささか酔いが回って
二人が何を歌ったのか、まったく記憶にない。
それはそれとして、まあ楽しい一夜ではありました。

=おしまい=

「吾妻屋」
 東京都台東区雷門1-13-10
 036802-8147

2017年11月20日月曜日

第1747話 鮭・鱒・サーモンを一日で (その2)

上野、いや正確には御徒町から浅草へ移動。
この日は以前一緒に仕事をした編集者のM月サンと
旧交を温めるために一献の予定だった。

花の雲鐘は上野か浅草か

あえて季節外れの芭蕉の句に
お出まし願ったのにはそれなりの理由がある。

酒酌もう店は上野か浅草か

こう振ったら彼女が選んだのは浅草だったのだ。
上野か浅草、この二択で選んでもらうと、
男女を問わず、その八割、いや九割方が浅草を指定する。
だよねェ、浅草は観る場所、飲む場所、遊ぶ場所が
混然一体となっているのに対し、
上野はお山の上と下では別世界、
一体感の魅力に欠けるものがある。

落ち合った「神谷バー」の2Fで再会を祝し、
さっそく中ジョッキで乾杯。
先刻、御徒町の「味の笛」にて
行き掛けの駄賃とばかり、2杯も飲んできたのになお美味い。
Nothing can be better than this !
である。

相方に先着して飲み始めていたが
その際、目を通したメニューに
今月のおすすめというのがあった。
それが何とサーモンハンバーグ。
ゲッ、またもや鮭でっか!

数えきれないほど訪れている「神谷バー」。
試していない料理はまずないけれど、
このスペシャルとは初顔合わせ。
横綱の白鵬や朝青龍は初顔に強かったが
野球の巨人は初顔の投手に弱い。

J.C.も弱いのだろう。
朝は鮭、昼過ぎには鱒を食べたというのに
試さざるを得ない状況に追い込まれていた。
恒久メニューなら看過するところなれど、
当月(10月)もあと数日を残すだけ。
エイッ!っとばかりにイッチャッてました。

はたしてコレがなかなかだった。
ふっくらほっくりと焼き上がって味付けもよろしい。
使用しているのは生鮭系であろう。
アトランティックやノルウェイジアンサーモンは高価だから
サーモントラウトあたりかな?
もともと料理に特筆する点のない店にしてはヒットだ。
相方の選んだジャーマンポテトともども
電氣ブランに移行して楽しんだのでありました。

=つづく=

「神谷バー」 
 東京都台東区浅草1-1-1
 03-3841-5400

2017年11月17日金曜日

第1746話 鮭・鱒・サーモンを一日で (その1)

=はじめに=

ただいまJ.C.オカザワのgmail address に
不都合が生じており、
いただいたメールが開けません。
よって交信不能であります。
しばらくのあいだ、
送信をお控えくださるようにお願いいたします。
せっかくいただいたのにナシのツブテ状態が
発生していることも多々あるかと思われます。
失礼の段、何とぞお許しを―。

さて、その日の朝食は
炊き立てごはん、塩じゃけ、せり&油揚げの味噌汁、
その他小物が数品という献立。
メインの鮭は時鮭であった。

15時過ぎ、行きつけの酒場「味の笛」に赴き、
工場から直送されたアサヒの生ビールを楽しんだ。
小腹が空いていたのでつまみ類が並ぶカウンターへ。
あやっ、北海道産の桜鱒(サクラマス)があるじゃないの。
かなりのサイズの塩焼きはサーモンピンクも艶やかに
「さァ、私を召し上がれ!」―
とばかりに秋波を送ってくる。

いや、考えましたネ。
桜鱒はとても美味なサカナですからネ。
問題は二つ。
① こんなデカいの食べ切れない
② 今朝、時じゃけを食ったじゃないか
でありました。

せめてこの半分程度なら・・・。
鮭と鱒は違うだろ・・・。
そんな思いが頭ン中をグールグル。
結局は薬局、手に取るのを断念したのだった。

ところが塩焼きのそばのちゃんちゃん焼きに目がとまる。
ちゃんちゃん焼きは北海道の郷土料理である。
その日は鮭の代わりに桜鱒が使われていた。
別段、食べたい一品でもないが
この小皿によって未練を残した桜鱒を賞味できるのだ。
塩焼きよりポーションが小さく手頃、これならOKと購入した。

桜鱒のほかにキャベツ、にんじん、ぶなしめじが入り、
薄味の味噌仕立てにほんのりとバターが香る。
ビールの合いの手としても申し分ない。
生を2杯やっつけて向かったのは
約束のある浅草であった。

=つづく=

「味の笛本店」
 東京都台東区上野5-27-5
 03-3837-5828

2017年11月16日木曜日

第1745話 小雨降る日のはしご酒 (その4)

豊島区・大塚の「江戸一」。
この空間に身を置くだけで幸福感に包まれる。
若大将こと加山雄三ならさしずめ、

シアワセだなァ、
ボクはここにいる時が一番シアワセなんだ。

とでも言い出すだろうヨ。
大女将亡きあとを若女将がしっかりと受け継いでおられる。
いや、若女将とはもう呼べないけれど―。

2~3年前、月に一度くらいのペースでおジャマしていた頃、
必ずといっていいくらい、今横にいるW邊サンと鉢合わせした。
ってことは先方はほぼ毎晩お越しだったのだ。
いやはや、恐るべし。

さっそくビールで乾杯する。
ここにはキリンラガーしかない。
あとは黒ビールの小瓶である。
ほとんどの客がビールで軽くノドを湿らせておいて
あとは自分の前に飲み終わった銚子を並べ立てていく。

J.C.は白鷹の樽酒をお願いした。
この日はコレを飲み続けること4本。
第4コーナーを回った時にはしたたかに酔いも回っていた。
コの字のカウンターを客が囲むレイアウトだから
誰が何本飲んだのかは一目瞭然。
1~2本並べてるんじゃ、丸っきりカッコがつかない。
愚か者の多い呑み助には
意地っ張り、見栄っ張りがあとを絶たないのである。

つまみは赤貝の刺身。
かつて才人・丸谷才一氏が岡山市の鮨店、
「魚正」の赤貝についてかように書かれている。

こんなに見事な赤貝をわたしは見たことがない。
大きくて華麗である。
倉敷の大原別邸の緑の瓦は、
戦前ドイツに注文して作らせたさうだが、
昔のドイツの名工の作つた赤い瓦が
倉敷の春の雨に濡れたならば、
かういふ色艶で照り輝くのではないかとわたしは思つた。
         =「食通知ったかぶり」より=

いえ、そこまでの感慨はないにせよ、
そこそこの色艶で輝ける赤貝が目の前にあった。

当方が3本目の銚子に挑んでいた頃、
W邊夫妻が店を出られた。
J.C.の目の前に浅漬けの小鉢が置かれている。
頼んだ覚えがないのだがW邊サンのご厚意であったのなら
今ここであらためてお礼を申し上げたい。
ごちそうさまでした。

=おしまい=

「江戸一」
 東京都豊島区南大塚2-45-4
 03-3945-3032

2017年11月15日水曜日

第1744話 小雨降る日のはしご酒 (その3)

巣鴨は地蔵通りの「ときわ食堂本店」にて
かきフライを賞味している。
播磨灘の一年珠カキは極めて美味である。
1粒目は練り辛子で食べた。

この辛子が涙が出るほどにおっそろしく効いた。
自宅の冷蔵庫に常備してるチューブとはまったくの別物。
実はコールマンのイングリッシュ・マスタードもあるんだが
何せ、缶入りの粉末だからメンドくさくてくさくて・・・
いけませんなァ、怠け癖がついちゃ―。

もう一つはタルタルソースだが、こっちがベターだ。
わざわざ別注文するだけのことはある。
かきフライは何もつけずにレモンを搾るだけ。
あるいはサラリとウスターソースにマスタードが好きだが
ここへ来るとタルタルは看過できない。

ビールの2本目を。
何かもう一品、つまみがほしい。
壁の品書きを見上げる。
当店では初めて目にする、
めひかり竜田揚げ(580円)をお願いした。

すると、めひかりはすぐさま消去され、
いなだ刺身に取って代わられた。
運ばれた皿には大小おりまぜて9尾もある。
これにはハーフサイズがないから仕方がない。

こんもり盛られたキャベツに串切りレモンが添えられている。
熱々、カリカリ、しっとり、歯と舌が感じた三段階に頬がゆるむ。
めひかりは一夜干しが一番ながら竜田揚げも秀にして逸なり。
だけど9尾はいかんせん多いわな。
 
勘定を済ませて小雨降る道をゆく。
巣鴨駅には戻らず、
逆方向の都営荒川線・庚申塚駅まで歩いた。
チンチン電車の乗客となり、
目指すはさっきビールを飲みながら
心に決めたJR大塚駅前の「江戸一」。
久しぶりの訪れにちょいとばかりワクワクしていた。

開店10分前に到着すると、すでに数人の列ができていた。
この程度なら大丈夫だろうと天祖神社あたりをブラブラ。
そこで以前何回か酌交したW邊サンご夫婦とバッタリ。
彼は「江戸一」の常連の中の常連なのだ。
当然、目的地は同じ店。

何でも1年ほど前に京都へ移転されたそうで
10ヶ月ぶりの訪問だとおっしゃる。
こちらも1年以上のご無沙汰だ。
せっかくだから一緒に入店し、
カウンターに3人、横並びと相成った。

=つづく=

「巣鴨ときわ食堂 本店」
 東京都豊島区巣鴨3-14-20
 03-3917-7617

2017年11月14日火曜日

第1743話 小雨降る日のはしご酒 (その2)

豊島区・巣鴨にいる。
いつの間にか「ときわ食堂 駅前店」が開業していた。
ちょいとのぞくと何だか狭苦しい感じ。
テーブル間の距離が詰まってリラックスできそうもない。
パスしてとげぬき地蔵のある地蔵通りを歩いていった。
ご存じ、婆ちゃんの原宿である、ここは―。
 
途中、そば屋や”なんでも食堂”で何度も迷ったが
居心地と使い勝手を重視して「ときわ食堂本店」へ。
ここは食事する客、飲む客が半々の、
過ごしやすい大衆食堂だ。
 
時刻は14時過ぎ。
窓際の小卓に案内された。
嬌声に振り向けば六人掛けに四人のママとも連。
すでに食事は終えた様子で
井戸端、もとい、食卓会議に花が咲いている。
 
かしましいグループが席を立ったのは15時半だった。
こちらも長居だから他人のことをとやかく言えないが
女は弱し、されど母は強し、
されどされどママ連はさらに強し。

スーパードライの大瓶で一息ついた。
この店はハーフサイズ・メニューが充実していて
小食派にはとても使い勝手がよろしい。
注文したのはまぐろ赤身刺し(350円)と
かきフライを2粒(520円)。
それに別売りのタルタルソース(70円)だ。

4切れの赤身は御一人様にちょうどよい。
スジが目立つものの、口にすると意外になめらか。
日本酒をもらって即席のヅケにしたいところなれど、
明るいうちはビールにとどめておきたい。

かきフライもみずみずしい。
壁に貼られたポスターには播磨灘産一年珠カキとあった。
数年前、根津にあった鮮魚店にて
兵庫県・坂越産の生がきを購入したことがある。
小粒ながら実に美味しかった。

播磨灘産かきは相生とか室津とか、
兵庫県下いろいろあるが、おそらく坂越じゃないかな?
坂越は赤穂浪士で世に知られた赤穂市東部に位置する。
町を流れる千種川の滋養をもとに
通常、成長に2~3年を要するカキが
1年で出荷可能となるそうだ。
これぞオイスター・ヌーヴォーでありますな。

=つづく=

2017年11月13日月曜日

第1742話 小雨降る日のはしご酒 (その1)

  「小高い丘の城跡の崩れかけた東屋で、
  その子は父を待っていた。
   この日の朝には帰るはずの父であった。
  それが三つ目の朝となり、四つ目の夜が来て、
  五つ目の朝 が雨だった。」

  ♪   しとしとぴっちゃん・しとぴっちゃん・
    しとぴっちゃん

    哀しく冷たい 雨すだれ
    幼い心をを 凍てつかせ
    帰らぬ父(ちゃん)を 待っている
    ちゃんの仕事は 刺客ぞな

    しとしとぴっちゃん・しとぴっちゃん

    涙かくして 人を斬る
    帰りゃあいいが 帰りゃんときは
    この子も雨ン中 骨になる
    この子も雨ン中 骨になる
    ああ・・・大五郎 まだ三才(みっつ) ♪

          (作詞:小池一夫)

橋幸夫と若草児童合唱団の歌った、
「子連れ狼」は1971年12月のリリース。
当時、棲んでいた板橋区・成増駅前のパチンコ屋で
初めて聴いとき、こりゃいったい何の歌だい?
そうは思ったものの、
”ちゃん”が出て来て得心した記憶がある。

聴いたのは1972年初頭だろうが
この年の3月にモスバーガーの第一号店が
同じ成増の駅前にオープンしている。
オープン直後にトマトスライスが挟まった、
あのモスバーガーを食べたことは何度か書いた。

小雨そぼ降る昼下がり。
しのつく雨というのじゃないが
朝からずっと、しとしとぴっちゃんの鬱陶しい日であった。
現れたのは豊島区・巣鴨駅前である。

例のごとく、遅めのランチをとるつもり。
チェーン展開かどうかは知らぬが
都内各所にあるラーメン店「蔵王」にて
塩ラーメン(これワリと好きなんだ)でも食べようか・・・。
だがネ、ビールを2~3本飲めばそこそこの長居になるしなァ。
料理するオジさんやサービスの女の子(フィリピン系?)に
白い眼で見られそうな気がする。
それも尻の座りの悪いことだよなァ。

=つづく=    

2017年11月10日金曜日

第1741話 ある晴れた日に「風速40米」(その2)

日活映画「風速40米」(1958年)を半世紀ぶりに観た。
監督は当時、新進気鋭の蔵原惟善、
企画は茶の間の人気者でもあった水の江滝子。
タイトル通りに嵐で始まり、
クライマックスは嵐の中の乱闘シーンだ。
おりから来襲した台風11号下でもロケが行われ、
それなりの迫力があった。

昭和33年の台風11号は”よろめき台風”と揶揄されたくらいで
何度も方向を変えたうえ、静岡県・御前崎に上陸する。
7月23日の夕刊に死傷者29人と報じられ、
江戸川区の旧中川が決壊している。

アクション映画とは裏腹に
強い印象を残したのは女優陣だった。
ヒロインの北原三枝は
親同士(山岡久乃&宇野重吉)が再婚したため、
裕次郎の義妹となる。

冷たさを備えた、さやけき黒い瞳が見る者を魅了する。
しなやかな肢体も往時の女優たちにはないもので
長身・足長の裕次郎には打ってつけの相手役だった。
二人の共演は新しい時代の幕開けを
文字通り、スクリーンに現出させていたのだ。

もう一人、渡辺美佐子がすばらしい。
裕次郎の弟分、川地民夫の姉はパリ帰りのシャンソン歌手。
役名が根津踏絵で
小池都知事が聴いたらギクリとするような名前だが
娘に踏絵なんて名を付ける親がいるものだろうか。

彼女の魅力は第一に演技力だけれど、
主役には向かない、あの面差しが好きだ。
主役に向かないのは暗さというか、
ちょいとした意地悪さが表情に出るからである。
しかし、それはそれで美貌に深味を与えてもいる。

加えてうなじのラインが美しい。
うなじとなれば日本の女優では桑野みゆきがナンバーワン。
一目見て惚れ込んでしまった。
みゆきには一歩ゆずるとして美佐子もなかなかだ。
とりわけ独りでステージに立つことの多い、
シャンソン歌手には大事だからネ。

現在でも女優業を続けていると聞くがトンとお目に掛かれない。
何年か前に観た「渡る世間は鬼ばかり」が最後だろうか―。
ちなみに彼女の亡夫はTBSのプロデューサーだった大山勝美。
「岸辺のアルバム」、「ふぞろいの林檎たち」を手掛けた敏腕だ。
そんな関係から「渡鬼」はじめ、
橋田壽賀子原作のドラマ出演が多いものと思われる。

男優陣は裕次郎映画の常連、
宇野重吉・金子信雄・小高雄二といった面々。
あまりに類型的ながら、それぞれにハマリ役では致し方ない。
とにかく半世紀も経って作品の真髄にふれた思い。
楽しい1本でありました。

2017年11月9日木曜日

第1740話 ある晴れた日に「風速40米」(その1)

2週連続で台風にたたられた日曜日。
八月に並ぶように十月もまた雨多き月だった。
ヒマさえあれば降ってたもんねェ。
あんまり続くと気持ちがクサクサしてくる。

ようやく好天に恵まれたビューティフル・サンデー。
そうは思ったものの、いきなり強風に襲われた。

    「何だいありゃ、何、風速40米? ハッハ・・・」
 
   ♪   風が吹く吹く・・・やけに吹きゃァがると
     風に向かって 進みたくなるのサ
     俺は行くぜ 胸が鳴ってる
     みんな飛んじゃエ 飛んじゃエ
     俺は負けないぜ・・・       ♪

    「おい風速40米が何だってんだい、
                    エ、ふざけるんじゃねえよ」

         (作詞:友重澄之介)

センセーショナルな「嵐を呼ぶ男」以来、
「錆びたナイフ」、「明日は明日の風が吹く」と
映画も歌もヒットを飛ばし続けてきた裕次郎。
世はロカビリー全盛だったにもかかわらず大健闘だ。
ブームの中心にいたのは
この7月に亡くなった作曲家・平尾昌晃である。

風速40米」は1958年6月のリリース。
平凡出版主催の「石原裕次郎の歌う詞募集」に応募、
そして当選したのがこの作品だった。
詞を書いた友重サンは当然、無名のアマチュア。
そのわりには度胆を抜くセリフをはじめ、
プロ顔負けの迫力が感じられる。

作曲は「俺は待ってるぜ」、「錆びたナイフ」、
「赤いハンカチ」、「夕陽の丘」、「こぼれ花」、
多くの裕次郎ナンバーを世に送った上原賢六で
名曲のオンパレードである。

さて、久しぶりに晴れたその日曜日。
数日前に朝日新聞出版から送られてきたのが
映画「風速40米」だった。
好天ならオモテに出りゃいいものを
なぜか部屋にこもっての映画鑑賞、それもまたヨシ。
てなこって嵐に見舞われたワケなのでした。

この映画は小学校二年か三年のときに一度観た。
よって筋はぼんやり覚えていても
細部は忘却の彼方である。
今回、あらためて観直して、あらためて見直した。
秀作とはいえないまでも
子どもには理解しえなかった魅力を感じ取れたのだ。

=つづく=    

2017年11月8日水曜日

第1739話 京王線で三球三振 (その2)

調布銀座から天神通り商店街に移動した。
旧甲州街道から甲州街道を経て
布田天神社へと続く参道である。
ここにも「やきとり処 い志井」があった。
どちらかといえば、
調布銀座より天神通りのほうが肌になじむ。
でも、ここぞという店は見当たらなかった。
ここは見切り千両、調布はあきらめることにした。

次に降りたのはお隣りの布田駅。
松本清張の「不安な演奏」では
重要な場面として登場する。
湯島のいかがわしい旅館から
タクシーに乗った被疑者が下車したのが布田。
足取りを追う主人公の雑誌編集者が
乗せた運転手とともに手がかりを求めて歩いた町なのだ。

行ってみて驚いた。
見事になあ~んにもない。
駅前に小さなロータリーがあって
周りはいきなり住宅街になっちゃってる。

ロータリーといったって
タクシーが客待ちをしてるでもなく、
市営バスがグールグルなんてこともない。
駅に向かうようにイタリア料理店が1軒あったが
その店とて時間が早かったせいか閉まっていた。
二球続けて空振りの巻、ダメだこりゃ!

こんなことでくじけるJ.C.オカザワではない。
なおも新宿方面を目指し、東へ東へ。
乗った電車が停車駅に近づくと
目を皿のようにして駅前の様子をうかがう。
ここぞと思ったら急遽、降りる用意である。

つつじヶ丘、千歳烏山、八幡山、いずれもパッとしない。
あらあら下高井戸まで来ちゃったヨ。
ここは繁華街だから店はいくらでもあるが
何度も飲んでるしなァ。

しょうがないからダメ元の明大前で下車。
10年は来ていないんじゃないか。
それでも駅周辺の景色に見覚えがある。
すずらん通りだったかな?
そこを通り抜けて
甲州街道沿いの日本そば屋を訪れたのは
もう15年の以前になる。

四半刻も歩いたろうか。
案の定、なあ~んもなかった。
結局は薬局、
明大前でも空振ってあわれ三球三振のていたらく。
いや、京王線だけにKO負けが正しいかもネ。
リベンジはいったいいつになるのやら・・・。

2017年11月7日火曜日

第1738話 京王線で三球三振 (その1)

先日もしたためた因縁の京王線である。
この歳になって初訪問した高幡不動だったが
人生ってのは面白いもんですなァ。
ひと月も経たぬうちに再訪する機会、
いや、破目と言ったほうがいいかもしれない。
とにかくまたもや京王線・高幡不動駅に降り立った。

目的地は多摩モノレールで高幡不動から
立川方面に向かって一つ目の万願寺駅。
地図を手に取ると徒歩15分ほどの距離なので歩いた。
途中、浅川という、その名の通りに川底の浅い川を渡る。

橋の欄干から見下ろすと、流れる水の清らかなこと。
濁りというものがまったく見られない。
調べてみたら東京都・八王子市と
神奈川県・相模原市の間にある、
陣馬山(じんばざん)あたりが源流。
見下ろした地点からしばらく東に流れて多摩川に合流する。
過去にたびたび氾濫して流路を変えてきたという。

所用を済ませ、来た道を高幡不動に戻った。
不動尊には行かずに短い時間、駅界隈をぶらぶら。
本日の目標はここではなくヨソにあるからネ。
そう、京王線沿線で一杯飲ろうという腹積もりであった。

準特急電車、だったかな?
下車したのは調布駅。
数日前に商業施設、トリエ京王調布が
オープンしたばかりなのでけっこうな人出だった。

最初に向かったのは調布銀座。
本物レトロと偽レトロが入り混じって
飲食店が軒を連ねている。
いろいろと物色してはみたものの、どうも気に染まない。

「牛たん処 い志井」の前でメニューボードをながめていたら
中から可愛い女性スタッフがビジネスカードを手に出てきた。
入店をすすめられたものの、やんわりお断りして立ち去る。
そう、この街は”い志井グループ”が席巻しているのだ。
業種は違うが浅草の芋ようかん「舟和」に近いものがある。

「い志井」はもともと焼きとん店。
それが焼き鳥や牛たんにも手を伸ばして発展してきた。
それはそれでけっこうなハナシながら
J.C.の嗜好には合わない。
鉢巻きのジイさんが煙に巻かれながら
しかめっ面で串を焼く。
傍らではバアさんがビールの栓を抜いている。
そんな店が好きだ。

=つづく= 

2017年11月6日月曜日

第1737話 私を森下に連れてって (その7)

江東区は深川エリアの北端、森下の町で
オッサン二人が飲んだくれている。
とは言っても互いに良識人につき、
周りに迷惑をかけることとてなく、
ましてや高歌放吟に及ぶはずもない。

さて「三徳」のカウンターの隅である。
3軒目の「三徳」とはずいぶん縁起がいいじゃないか。
ところがそうでもなかった。
店内がやたらに騒々しいのだ。

奥のグループは大目に見るとしても
われわれの真後ろにいる若者三人組のノイズがヒドい。
殊に女性の嬌声たるやすさまじい。
もしも手元にあれば、
キンチョールを吹き掛けたいくらいだ。

気を取り直して下町酎ハイというのを所望した。
つまみのチョイスをおおせつかったので
もつ煮込みを一つ、
焼きとんのレバたれ&団子塩を2本づつお願いする。

煮込みはグツグツとシズリング状態で運ばれた。
これが当店のウリなのである。
演出はけっこうなのだが
今回は食べてみて「おやっ?」であった。
もっと旨かった記憶があるんだけどなァ。

焼きとんにしてもごくフツー。
そのせいでフツーの店になっちまった、てな感じ。
心なしか酎ハイまでも「何だかなァ・・・」なのだ。
騒音に悩んでいたこともあり、
一杯だけで退散に及ぶ。

夜もそこそこに更けてきた。
そうは言ってもそれぞれの店に長居をしないため、
日付が変わるまで時間的余裕がある。
はて? どうしたものかのぉ。

菊川方面に歩いて「みたかや酒場」、
新宿線で西大島に行き「ゑびす」、
そんなところが近隣の気に入り店ながら
互いに「もう大衆酒場はいいや」、
かような厭世観にとらわれていた。

食べるモンはいいから
どこか静かなところでゆっくり飲みたい。
思いついたのは、たま~に出向くスナックであった。
良質の洋酒をキープしていることもあって決断する。

「どこ行くの? どこまで行くの?」
「それは教えられない、着いてからのお楽しみ」
相方の背中をメトロの車内に押し込んだのでした。

=おしまい=

「三徳」
 東京都江東区常盤2-11-1
 03-3631-9503

2017年11月3日金曜日

第1736話 私を森下に連れてって (その6)

前話の締め方には説明が必要かもしれない。
小糠雨→欧陽菲菲
のくだりである。
歌謡曲ファンならすぐにピンとくるところながら
なにぶん40年以上も前の曲だからねェ。

  ♪   小ぬか雨降る 御堂筋
    こころ変りな 夜の雨
    あなた… あなたは何処よ
    あなたをたずねて 南へ歩く   ♪
        (作詞:林春生)

欧陽菲菲のデビュー曲「雨の御堂筋」は1971年9月のリリース。
街には「また逢う日まで」、「よこはま・たそがれ」、
そして「わたしの城下町」が流れていた。

欧陽菲菲となれば大方のファンが
この「雨の御堂筋」か「ラヴ・イズ・オーヴァー」を
気に入りの曲として挙げるだろう。
しかしながらJ.C.の好みはまったく異なる。
マイ・ベストスリーは

① 雨のエアポート
② 夜汽車
③ 恋の追跡(ラヴ・チェイス)
 次点:恋は燃えている

もっと正確に伝えると
1に雨エア 2に夜汽車 3、4がなくて 5にラヴ・チェイス
ということになる。
①、②、③はみな初期のナンバーで
それぞれ2、3、4枚目のシングルだ。
作詞・作曲はすべて橋本淳と筒美京平のゴールデンコンビ。
次点の「恋は燃えている」も同じくである。
橋本淳も好きな作詞家だが
あらためて筒美京平の偉大さを認識する次第なり。

小糠雨の下、オッサンたちの夜はまだ終わらなかった。
さっき来た方向へトボトボと戻る。
「魚三酒場」のデカい袖看板を左に見ながらなおも西へ。
ずっと行くと隅田川に到達するが
手前を左折して地域で人気の居酒屋「山徳」にやって来た。
5年ぶりのことである。

店内は「魚三」に負けず劣らずの盛況を呈していた。
キャパはそれほど大きくなくともほぼ全席が埋まっている。
それでもカウンターの右端、
入口近くのあまり良い席ではない場所に二人並んで座れた。
ひとまずやれやれである。

=つづく=

2017年11月2日木曜日

第1735話 私を森下に連れてって (その5)

江東区・森下の夜はまだ終わらない。
いや、まだまだ夜とはいえない。
だって17時過ぎだもの。
これで終わっちゃ遠来の相方にも申し訳が立たない。

あらかじめ2軒目として心に決めていたのは「はやふね食堂」。
「魚三酒場」から徒歩5分ほどの距離にある。
のらくろゆかりの、のらくロード商店街を歩いていった。
この通りの店々にはずいぶんお世話になっている。
うなぎ、中華、ピザ、みな今も営業中なのは歓ばしい。

およそ4年ぶりで訪れた食堂は相変わらず、
店の顔ともいえる女将が接客を独りで取り仕切っていた。
70代とお見受けするが
あれからほとんど歳をとっていないかのよう。
声に張りがあって動きもそれなりに機敏、いや元気だなァ。
口八丁手八丁とはこういう人をいうのだろう。

おのおの菊正宗の一合瓶を燗してもらった。
同時にサービスのぬか漬けが運ばれる。
きゅうりと大根葉がちょっとづつだが
これを小鉢の単品で頼んでも
驚くなかれ、たった30円なのだ。
今どき30円で口に入るものなんてほかにあるだろうか。
手を合わせたくなるような値付けである。

つまみにはたら子ちょい焼きと里芋煮をお願いした。
それぞれ300円と100円。
相方は目をパチクリさせて言葉が出てこない。
世田谷区の住人にとっては
信じられない価格ギャップなのであろうヨ。

すでに1軒目でそこそこ飲んできてから
菊正のお替わりは自重したが
正一合はけっこう飲み出がある。
ほうれん草ごま和え(100円)と
玉子焼き(150円)を追加した。
いずれもおざなりでなくポーションがしっかりしている。
デフレもここに極まれり。

勘定を済ませて夜の町へ。
いつの間にか外は雨模様となっていた。
「あらあら、雨じゃないの、傘だいじょうぶ?」―
見送りに出てきた女将のやさしい言葉。
「うん、小糠雨だからネ」―
応えると、間髪入れずに
「欧陽菲菲だワ」
いや、その速いこと速いこと。
頭がちゃあんと回転してるんだ。

=つづく=

「はやふね食堂」
 東京都江東区森下3-3-3
 03-3632-3130 

2017年11月1日水曜日

第1734話 私を森下に連れてって (その4)

森下の「魚三酒場」にいる。
シャコわさでビールを飲んでいる。
江戸前モノがほぼ絶滅したシャコ。
瀬戸内か天草か存ぜぬが身がシットリと柔らかい。

シャコはヒドいのになると素材がよくないうえに
解凍の失敗が重なってパッサパサだもの。
その点、ここのは水準をクリアしてあまりあった。
値段からして稀有なことだ。

ハゼ天がやって来た。
つみれ汁も来たが、これは分けにくいので相方に任せ、
ハゼをパクリ。
おっ、いいじゃないの。
二口目は天つゆにくぐらせてみた。
おっ、これもいいじゃないの。
数年ぶりの訪問だが以前より美味しくなったようだ。

瓶ビールから日本酒の常温に切り替える。
銘柄は大関のからくち。
からくちは固有名詞である。
大関や菊正は裏切らないから安心して飲める。
何せ子どもの頃から親しんだ味だからネ。
いえ、そうしょっちゅう飲んでたわけじゃないけど―。

穴子のフライが登場。
世の中にありそうでないのが穴子のフライ。
エビやキスやイカは平気で
天ぷらとフライの二刀流になるのに
なぜか穴子だけはめったにフライ化しない。

記憶をたどっても築地場内の食堂、
「小田保」くらいしか思いつかない。
これは偶然なのだが同じ森下の洋食店、
「ブルドッグ」のメニューには載っている。
載ってはいるが二度注文して二度ともなかった。
これではやらないのと同じだ。

穴子フライはけっこうだった。
本モノの平目フライが消滅した今、
穴子にはその代役を務めてほしいものだ。
高価に過ぎる平目と違って
穴子はまだまだ庶民の味方である。

大関をお替わり。
つまみも何かもう一品いっておきたい。
選んだのはまたしても揚げ物の白魚かき揚げ。
刺身を食わずにフライや天ぷらばかり頼んじゃってるヨ。
でも、これまた当たりであった。

かっきり1時間の滞在。
こういう店で長居は野暮というものだ。
お勘定は3500円ほどだった。
ありがたいけど、いったい何なの、この安さは?

=つづく=

「魚三酒場 常盤店」
 東京都江東区常盤2-10-7
 03-3631-3717