2017年12月29日金曜日

第1776話 聖蹟で鶏皮を (その2)

邱さんコラムの「食べる歓び」を引き継ぐカタチで
綴り始めた「生きる歓び」も7年弱の歳月を要して
第1776話を迎えることができました。
1776年、アメリカ合衆国独立の年号を想起させますな。

それはそれとして聖蹟桜が丘の「神鶏」である。
自慢の鶏皮を食したところだ。
そこそこ旨いが感慨は浅い。
そんなに何度も火入れしなくていいんじゃないか・・・
率直な思いである。

ただ、ほかの部位が200円近くするのに皮は1本99円と破格。
豪の者はまとめて5本、10本と注文するそうだ。
鶏の皮は脂肪&コラーゲンが豊富だから
男性の活力、女性の美容に効果てきめんであろう。

2本の鶏皮をやっつけた頃、ほかの全ての串が焼き上がった。
ハツは最も好きな部位の一つ。
ハツモトなんかもっと好きだが
ともに味というより食感がすばらしい。

ここで突き出しのうず玉入りおろしを一つまみ。
舌先を整えたわけだが
おろしはタレものより塩ものによく合う。
おでんやふろふきの場合は
砂糖や味醂の甘みとマッチする大根も
おろしだけはダメなのだ。

心残りはホルモンというより他店のハラミに近い。
あばら骨の周りの横隔膜で
これまた味ではなく食感が楽しめる。
クニュクニュの噛み心地が口内にシアワセを運んでくれる。

ホッピーの中(焼酎)をお替わりした。
外は250円、中は200円である。
後客のオッサンが頼んだ生ビールの中ジョッキに
チラリ視線を動かすと容量がずいぶん小さい。
串モノは比較的大ぶりなのに飲み物は少なめだ。

近頃はこういった居酒屋や酒場が目立つ。
フード系の値付けは安めに設定し、
ドリンクで儲けようというスタイル。
べつに非難されるべきではないがネ。

2杯目のホッピーでレバーを楽しみ、
さて、何か1品いきたいな。
白レバーたたき(680円)に惹かれるな。
いや、待て、待て、
帰り道にどこかで途中下車して、もう1軒行っとこう。
ターゲットを千歳烏山に絞った。

そんなつもりで乗り込んだ急行だか準急だったが
ありゃりゃ、千歳烏山を通過して明大前まで来ちゃったヨ。
やる気なくして新宿の京王デパートは地下食品売り場。
適当な刺身と惣菜を購入し、
ゴーイング・ホームの巻でありました。

本年もご愛読いただき、ありがとうございました。
どうぞ、よい新年を!

「神鶏」
 東京都多摩市関戸1-10-1
 042-311-7030

2017年12月28日木曜日

第1775話 聖蹟で鶏皮を (その1)

数ヶ月前に初めて訪れた高幡不動。
ヒョンなキッカケで向こう一年ほどの間、
月一のペースで出向くことに相成った。
いわゆる同好の士の集まりである。

よって帰り際には京王線沿線のどこかで
軽く1~2杯の機会に恵まれるわけだ。
J.C.以外はみな、
徒歩かチャリンコ圏内メンバーにつき、
沿線で途中下車の独酌は致し方ない。

そんなこって前回の寄り合いのあと、
寄り道したのは聖蹟桜が丘。
初めて降り立つ駅である。
”聖蹟”を冠するのは
かつて天皇陛下が行幸に及んだことを意味する。
はたして明治天皇のお狩場が近くにあった由。
でもねェ、そのたんびに聖蹟を名乗られたひにゃ、
日本全国、聖蹟だらけになっちまうヨ。

駅近くに鶏皮の串焼きをウリとする、
焼き鳥屋があると聞き及んでいたので
周辺の散策を打っちゃって直行した。
店は徒歩数分の距離、京王線の高架下にあった。
その名を「神鶏」という。
へえ~っ、神でっか!

15時半に入店すると先客はゼロ。
1時間弱の滞在だったが
後客もオッサンが一人現れただけだった。
まあ、時間が時間だけにこんなものだろう。
スタッフは20代と思しきアンちゃんが二人。
一人が焼き手、もう一人は飲み物&接客担当だ。

残念なことにビールはプレモルの生だけである。
天の代わりに天井を仰いだものの、
精神的立ち直りは早い。
間髪入れずにホッピーの白を所望した。
突き出しはうずらの玉子をポチッと落とした大根おろし。
そのまま箸休めにしてもいいし、串焼きに絡めてもいい。

焼き鳥の注文は推奨品の鶏皮を思い切って2本。
この鶏皮、品書きには博多名物とあった。
加えてハツと心残りを塩、レバーをタレでそれぞれ1本づつ。
心残りとはハツ(心臓)のそばのホルモンとのことだ。
鶏皮は二日かけて何度も焼き直しするらしい。
その手間によって絶妙な食感を生むんだそうだ。

最初に到着したソレをパクリ。
旨いか不味いか問われたら、旨いと応えるけれど、
それほどの美味というのでもない。
ちょいと拍子抜けしたというのが偽らざる感想であった。

=つづく=

2017年12月27日水曜日

第1774話 祝・55周年の洋食屋 (その2)

板橋の田園調布、ときわ台の「キッチンときわ」。
お願いしたカキフライを待つ間、
常連・老夫婦のテーブルを盗み見している。
いや、盗むつもりはないが丸見えなのである。
 
二人で餃子2皿、肉野菜炒め、酢豚、ライス2皿。
ビールも頼まず、お茶だけで
ひたすらの夕食が今まさに始まろうとしていた。
 
だけどさァ、みんな中華モンじゃないの。
キッチンを名乗りながらも
ここは中華が一推しなんだろうか。
ハナからカキフライと決めていたから後悔はないけれど、
あらためて壁に貼りめぐらされた、
品短(品書きの短冊)を見上げる。
 
ちょいと紹介してみよう。
餃子と肉野菜炒めは各450円、酢豚定食が850円だ。
中華はほかに麻婆豆腐とチャーハン。
ラーメンはないが焼きそば&つけめんはある。
そうだよねェ、ラーメンはスープの仕込みが厄介だもんなァ。
 
どんぶりモノにうな玉丼があった。
うな丼、あるいはうな重は見当たらない。
700円の玉丼がどんぶりでは一番安い。
おっと、開花丼かァ・・・こりゃ今どき珍しいな。
 
じっくり眺めてみて、やはり洋食が主流だ。
特に揚げ物がズラリと並んでいる。
ヒレカツ・ロースカツ・海老フライ・鮭フライ・平目フライ・
キスフライ・アジフライ・イカフライ・・・
ややっ、わかさぎフライまであるじゃないか!
 
実は今朝がた、当店ではカキフライにしようか、
それとも平目フライにしようか、ずいぶん悩んだのだった。
今や東京のほとんどの洋食店から姿を消した平目フライ。
一昔前まではたとえあっても安価なオヒョウのフライだった。
そのオヒョウですらトンとお目に掛からなくなった。
しかもライス付きで800円とカキの850円を下回る。
信用しないワケじゃないが見送りを決め込んだ次第なり。
 
カキフライは5カン付けで現れた。
付合わせはマカロニサラダ・きゅうり・トマト・キャベツ。
そこにタルタルソースとレモンスライスが添えられている。
やや小ぶりのカキは細かいパン粉をまとって
カリッと揚げられており、中は半生状態。
及第点はあげられるが
やはり連荘の揚げ物はけしてOKではなかった。
 
朝起きたときにはじゅうぶんイケると思ったけれど、
それは結局、机上の空論、
もとい、食う論に過ぎなかったのだ。
現実を甘く見ちゃあイケない。
自戒しながら帰途に着いたのでした。
 
「キッチンときわ」
 東京都板橋区常盤台2-6-1
 03-3967-7230

2017年12月26日火曜日

第1773話 祝・55周年の洋食屋 (その1)

東武東上線・ときわ台。
沿線きっての高級住宅街が背後に拡がるため、
板橋の田園調布とも呼ばれている。
わが母校、上板橋一中の最寄り駅はここである。
今も昔もいたって庶民的な中学校だがネ。

入店したのは「キッチンときわ」。
下町を中心に散在する「ときわ食堂」とは
ゆかりがないものと思われる。
当店はこの11月に創業55周年を迎えたばかり。
ご同慶のいたりなり。

先客は1組の老夫婦のみ。
常連さんなのだろう、
傍らにシェフが立ってハナシに花が咲いている。
フロアの接客はママさんまかせ。
姿は見えないが厨房に息子さんがいるようだ。

聞くともなしに聞こえてくる会話から
店主は齢90歳を迎えたとのこと。
脚が弱って歩行がままならず、
殊に革靴は重たくてムリだという。
体力も衰え、握力が20以下で
調理に支障を来たしているという。

ビールを運んできたママがお酌までしてくれた。
先刻の日本酒の酔いも醒めて
冷たいビールが極上ののど越し。
たまりませんなァ。
サービスのお通しは可愛い甘らっきょが2粒。
意表を衝かれたが、これはこれでいい。

オーダーしたのはこの日の朝から決めていたカキフライ。
「住友」では魚介の天ぷら、
「ときわ」ではカキフライと連荘の揚げ物である。
唐揚げとトンカツは厳しくともシーフード同士ならOKだ。

らっきょをポリポリ、ビールをグビグビやっていると、
老夫婦の注文品が整い始めた。
「ほら、アナタが話しかけるから〇〇サン、
 煙草吸えないじゃないの」
ママに諭されてシェフはキッチンに消えた。
〇〇サンは目の前の餃子に箸をつけることもなく、
店外の喫煙スポットへ。

ふ~ん、常連は餃子かいな?
それも2皿の二人前である。
一服し終えた〇〇サンが戻ったときには
肉野菜炒めが到着。
彼らの席がJ.C.の斜め右前につき、
状況は手に取るように判る。
なっ、なんだ! 今度は酢豚がやって来た!

=つづく=

2017年12月25日月曜日

第1772話 環七をバスは行く (その2)

高円寺発―赤羽行のバスに揺られていた。
幹線道路だから、かなりの速度でバスは行く。
停留所の間隔もかなり空いている。
降車するのは中板橋駅入口と決めていた。

暮れなずむ街並みが窓外を走り去ってゆく。
ぼんやりと眺めているうちに眠くなってきた。
高清水と菊正宗が効いてきたらしい。
まことにけっこうな心持ちである。
「次は大和町に停まります!」―
車内アナウンスに居眠りを妨げられた。

大和町だって?
さっき大和陸橋を渡ったはずだが
寝過ごして高円寺に戻っちまったんかい?
まさかとは思ったものの、やっちまった感にとらわれる。

何のこたあない、ここは板橋区・大和町であった。
大和から大和かい?
しっかたあんめェ、ここは大和の国だかんネ。
なんて呑気なことは言ってられない。
すでに中板橋駅入口を二つも乗り越してるじゃないの。

あわてて飛び降りて環七を歩いて戻る。
一本道だから迷うことはない。
しかしながら、ここでスケベ根性が頭をもたげた。
だいたいの土地カンはあるから路地を抜けて近道を行こう。
急がば回れの逆バージョンである。

大和町とはいうものの、電信柱の番地は本町だった。
しばらくして清水町に入った。
数年前に清水稲荷を通りすがった記憶がある。
目指す東武東上線・ときわ台駅前へは
まだずいぶん距離があるぜ。

中山道に出ると目の前に交番があった。
せっかくだから近道を訊いてみようかの。
”パトロール中”の立て札出して
留守中の交番が多いなか、ここは違った。
驚くなかれ、お巡りさんが3人も駐在していたんだ。
年配の巡査長が着席、ほかの二人は立っていた。
中へ入ったら一番若いのなんか敬礼までしてくれやんの。
いえ、べつに返礼はしなかったけどネ。

結局は薬局、環七へ戻って真っ直ぐ行けというのがオススメ。
そうじゃなくって近道を教えてチョーライ!なんて言えんもん。
素直に丁寧にお礼を述べて環七へは戻らず、再び裏道へ。
あっちフラフラ、こっちフラフラ、
小さな商店街を見つけるたびに浮気の寄り道をするもんだから
延々1時間も歩いて、やっとときわ台に到着した。
いいんだもん、腹ごなしにはちょうどいいんだヨ。
自分で自分を納得させ、目当ての洋食屋に入店の巻である。

=つづく=

2017年12月22日金曜日

第1771話 環七をバスは行く (その1)

中野区・中野の「天ぷら 住友」で一飲したあと、
杉並区・高円寺へ向かって早稲田通りを行く。
歩き始めてすぐ、立派な建物の東京警察病院に遭遇。
あれっ、ここには警視庁警察学校があったハズだけど―。

帰宅後、調べてみたら学校の跡地に
千代田区・富士見から病院が移転していた。
ふ~ん、お巡りさんは何かあったとき、
近代的な病院で治療を受けられるんだねェ。

それはそれとしてこの場所は
警視庁警察学校ができる以前に
陸軍中野学校が在ったところである。
名優・市川雷蔵の主演映画では
数少ない現代劇シリーズが思い出される。
現代といっても戦時中のハナシだけどネ。

早稲田通りをそのまま15分ほど歩いて
環状七号線(東京都都道318号)を横切った。
ラジオの交通情報でよく耳にする、
大和陸橋の真下である。

そうして高円寺に到着。
この町には大好きな町中華「七面鳥」があるが
今回は立ち寄らない。
いや、正直に白状すれば、
チラリと脳裏をかすめたものの、
当日は訪れる予定の洋食屋があった。

「七面鳥」でビール1本と行きたい心持ちなれど、
あそこで酒を頼むと
サービスのつまみが何品か出てきて
完食すれば胃にこたえるし、
ほかの料理を頼まぬわけにもいかない。
ちょい飲みにははなはだ不向きな店なのだ。

高円寺駅北口ロータリーで乗り込んだのは
北区・赤羽行きのバスだった。
向かったのは板橋区・ときわ台である。
夕陽に照らされたバスは
さっきくぐったばかりの大和陸橋を走行して行く。

  ♪   真菰の葦は 風にゆれ
    落ち葉くるくる 水に舞う
    この世の秋の あわれさを
    しみじみ胸に バスは行く ♪
      (作詞:萩原四朗)

裕次郎とルリ子がデュエッた、
「夕陽の丘」の3番を口ずさむ。
西空を見やれば、落ちる夕陽が目に痛い。

=つづく=

2017年12月21日木曜日

第1770話 ブロードウェイの天ぷら屋 (その3)

「住友」で穴子の天ぷらをいただいたところ。
昼下がりの高清水を飲りながら
ネクストのメゴチを待っている。
シアワセなひとときであった。

品書きに2~3匹とあったメゴチは小さいのが3匹できた。
江戸前天ぷらを代表する魚種、
キスやメゴチは大ぶりのほうが旨みが強くて好き、
そういう向きが多いなか、J.C.は小ぶり派なのだ。
3匹のメゴチを見つめながら、こいつはラッキーだと独り、
文字通りゴチていた。

うん、うん、美味い、旨い。
まず2匹を塩、残った1匹を天つゆで楽しむ。
キスとは異なり、やや硬さの気になる尻尾もすべて完食。
海老やサカナの尾を残す人の気が知れないネ。

清酒を菊正宗の常温に替える。
やはりこのほうが好みだ。
何たって子どもの頃からなれ親しんでいるからネ。
いえ、正月とか誕生日とか、特別な日だけですがな。

穴子1尾にメゴチ3尾、もう1種いっときたい。
選んだのはアジでなく、イワシでなく、ましてや海老でもなく
今が旬のハゼである。
ほかの魚種は通年出回っていても
ハゼばかりはそうはいかない。
サカナに限らず、季節感を運んでくれる食材はうれしい。

2匹付けとメニューにあったハゼは3匹登場した。
菜箸で盛付けながら若旦那が再び一言。
「今の時期は小さいので3匹揚げました」
いいですねェ、ありがたいですねェ。

ハゼのトリオはメゴチ同様に
初めの2匹は塩、最後の1尾は天つゆでやった。
う~ん、天つゆのほうがいいかな。
当店のつゆには少量の大根おろしとおろし生姜が
ハナから投入されている。

ハゼの身は穴子以上にホックリしていた。
骨に硬さがないから尾まで美味しくいただける。
そして本日のベストがこの小ハゼたちであった。
中瓶1本、お銚子2本、サカナ3種、お代は締めて2760円也。
どんぶりは食べなかったが満足のランチ兼一酌といえる。

中野ブロードウェイをあとにして早稲田通りを西下する。
向かったのは隣り町の高円寺である。
高円寺で一飲に及ぶのではないが
一つの心づもりがあったのだ。

=おしまい=

「天ぷら 住友」
 東京都中野区中野5-52-15
 03-3386-1546

2017年12月20日水曜日

第1769話 ブロードウェイの天ぷら屋(その2)

中野北口にあるショッピングモールのブロードウェイ。
その2階の「住友」にいる。
イカゲソのサッと煮でビールを飲み終えた。
穴子の天ぷらをお願いしておいて日本酒を選ぶ。

おやっ、世にも珍しい京正宗があるじゃないか!
未飲の銘柄ながら
以前、何かで新撰組が愛好した酒だと読んだ。
これは新撰な、じゃなかった、新鮮な出会いである。

歓びに満ちて
「すみません、『京正宗』ありますか?」
若女将即答して
「ありません」
ガ~ン!
フォローした若旦那曰く、
「蔵元がつぶれちゃったもんですから・・・」
それじゃ仕方ないやネ。

でもなァ。
旦那いない、女将いない、甘海老ない、京正宗ない。
ナイナイづくしでありました。
ナインティナインじゃないんだからさァ、まったく!

そうして所望したのは高清水の常温。
秋田の酒である。
あちこちで見かける銘柄だからメガ酒造なのだろう。
普段は菊正宗の樽酒を飲むことが多いから
ちょいとばかりサラリとし過ぎているキライがあった。

熱い穴子は天つゆでいただいた。
これは一本揚げで430円。
海老やキスに使うことはまずないが
穴子には天つゆが一番合うように思う。
それか大根おろしに生醤油がよい。

うむ、これはまぎれもない真穴子だネ。
ホックリと上々ながら
この店の天ぷらはコロモに花を咲かせないタイプ。
どちらかといえば、天丼向きなのだ。

お次はメゴチをお願い。
江戸前天ぷらに必須の小魚類は一律390円だ。
品書きには
メゴチ―2~3匹
ハゼ―2匹
アジ―2つ
イワシ―2つ
とあった。

=つづく=

2017年12月19日火曜日

第1768話 ブロードウェイの天ぷら屋 (その1)

やって来たのはJR中野駅。
ただし利用した交通機関は
乗り入れている東京メトロ・東西線である。
ガラケーを開くと時刻は14時半だった。
もうこんな時間かァ、腹が減るわけだ。

北口を出てサンモールを直進。
芋の子を洗うが如くの人混みである。
それも駅に向かって南下する人々が圧倒的に優勢。
逆行する北上組は歩きにくいことこのうえない。

突き当りのブロードウェイに入館する。
目指すは2階にある天ぷら店「住友」だ。
うっかりしてエスカレーターに乗ると3階に直通してしまう。
よって階段を上るが、よおく考えてみれば、
3階から階段を下ったほうが足腰はラクだ。
それでも若々しい(?)肉体を保持する身.は上りチョーOK。
足取りも軽く2段歩きで2階へ。

アイドルタイムだというのに店内は5割超えの入りである。
館内では人気の1軒なのだ。
懐かしい空間に気分を和ませつつ、カウンターに陣を取った。
大手の銘柄を取り揃えた中から好みのアサヒをお願いする。

あれっ!
店主の姿が見えない。
息子さんが揚げ場に立っている。
女将さんの姿も見えない。
息子の嫁さんだろうか、貫禄がなさすぎて
若女将とは呼びにくい女性が接客を担当している。
老夫婦は引退したのかもしれない。
でも、こういうのって気安く訊きにくいのよねェ。
よって未だに消息は定かでない。

天ぷらを揚げてもらう前に何か軽いつまみをいただこう。
品書きに甘海老刺身があった。
魚介類の豊富な店ではまず頼まない甘海老だが
当店の当日の刺身はこれしかなかった。
ところが売切れだという。
売切れではなく、仕入れナシであろうヨ。

代わりに所望したのはイカゲソ煮だ。
これが何と150円。
いくら何でも安過ぎるんじゃないの?
ほとんど儲けがないだろうに―。

10分ほどかかって運ばれた煮付けは
サッと煮立てた出来立てのホヤホヤである。
甘みを抑えた大人の味だった。
こりゃあ、いいや!

=つづく=


2017年12月18日月曜日

第1767話 牡蠣と鰯と鹿肉と (その4)

大田区・大森の「イタリアニタ」の止まり木に
二羽の雀が止まっている。
主菜の鹿肉ステーキを待っていた。
鹿肉・・・、肉食禁止令をかいくぐる隠語は紅葉もみじ)。
英語ではヴェニスン、仏語ならシェヴルイユ、
当店はオステリアにつき、チェルヴォである。

到着した皿には適度な脂身を備えたステーキが1枚。
付合わせの鮮やかな黄色は安納芋のマッシュだ。
はは~ん、これはポレンタに見立てたな・・・。
ピンときて接客のオニイさんに訊ねると
「おっしゃる通りです」―
予想通りの応えが返ってきた。

安納芋が種子島特産の甘みの強いさつま芋なら
ポレンタは北イタリアで好まれるコーンミール、
いわゆるとうもろこし粉である。
ふ~む、代用品としてはグッド・アイデアじゃないか。

安納芋もさることながら
肝心のチェルヴォが相当の美味。
めったに出会えぬ鹿の脂身が
その効力をじゅうぶんに発揮している。

ワインを店主オススメのフラッパートに切り替えた。
シチリア島で修業を積んだ彼は
どうしてもシチリアのワインを飲んでほしいとみえる。
「だからさァ、ネロ・ダーヴォラは不得手なのっ!」―
再びその旨伝えると
「いえ、いえ、これはネッビオーロに近い品種なんですヨ」―
ゆずる気配はまったくない。
そこまで言うならと試してみたら
ホントに軽いキレ味が小気味よかった。

パンをお替わりしたせいか、
お腹がふくれてしまい、締めのパスタはパス。
8千円ほどの支払いを済ませて夜の町に出る。
行く先はまたもや山王小路飲食店街、
人呼んで地獄谷である。

このエリア最古のスナックといわれる「T」の扉を開けると、
70代だろうか? 
和服を小粋に着こなしたママがニッコリお出迎え。
ビールを飲みながらしばし昔話を伺う。
頃合いを見計らい、彼女に歌をリクエストすると、
島倉千代子の「鳳仙花」、美空ひばりの「悲しき口笛」、
2曲披露してくれた。

最後にママと「夕陽の丘」(石原裕次郎&浅丘ルリ子)を
デュエットして店を出たのが23時半。
大森に来たら必ず立ち寄る地獄谷になってしまった。
それにしても相方のスナック好きには困ったものよのう。

=おしまい=

「イタリアニタ」
 東京都大田区大森北1-7-1
 03-3762-3239

2017年12月15日金曜日

第1766話 牡蠣と鰯と鹿肉と (その3)

  ♪   昼間のうちに何度もKISSをして
    行く先をたずねるのにつかれはて
    日暮れにバスもタイヤをすりへらし
    そこで二人はネオンの字を読んだ

    ホテルはリバーサイド
    川沿いリバーサイド
    食事もリバーサイド
    Oh Oh Oh リバーサイド  ♪

         (作詞:井上陽水)

陽水の「リバーサイドホテル」は1982年7月のリリース。
だけど、この曲を広く世に知らしめるきっかけとなったのは
何と言ってもフジテレビ系列で放映されたドラマ、
「ニューヨーク恋物語」だろう。

映画俳優というよりTV俳優といったほうが通りのよい、
田村正和の代表作の一つがこのドラマであることに
疑いの余地はない。
共演陣は
岸本加代子、桜田淳子、夏桂子、五十嵐いづみ、
真田広之、柳葉敏郎といった顔ぶれで
実にユニークな取合わせ。
それにしても心に印象を灼きつけてくれた、
韓国女優の李恵淑(柳葉敏郎の恋人役)は
いったいどこへ消えたのだろう。
彼女の行く末を知りたい。

J.C.は当時、ニューヨークに滞在していた。
日本の貸しビデオ屋に赴き、
全話まとめて借りてきては
週末に読破ならぬ、観破した記憶がある。

ん?
イタリアンのつづきはどうした! ってか?
こりゃまたスンマソン。
いえネ、「イタリアニタ」にて
壁のメニューボードを見上げたとき、
”ここで二人はボードの字を読んだ”
のだったけれど、
「リバーサイドホテル」が頭の中を回り出したのでした。

ハナシを元に戻しましょう。
白羽の矢を立てた料理は鹿肉のステーキだ。
世の中はジビエの季節。
猪、あるいは雉や鳩でもあれば、
そっちにしたかもしれないが鹿が唯一のジビエ、
致し方のない選択でありました。

=つづく=

2017年12月14日木曜日

第1765話 牡蠣と鰯と鹿肉と (その2)

JR大森駅東口から徒歩1分。
ほとんど駅前、というか駅脇の「イタリアニタ」。
店名は”イタリアらしい”、”イタリアっぽい”という意味だ。
内装や雰囲気にあまりそんな感じはないけどネ。

最初の1皿に広島牡蠣のコンフィを選ぶ。
コンフィはフランスに古くから伝わる食材の保存法。
肉の脂漬け、野菜の酢漬け、果実の砂糖漬けなどだが
日本では主として肉の脂漬けを指すことが多い。
とりわけ鴨もも肉のコンフィが有名だ。

牡蠣のコンフィは中国野菜のターツァイ(搨菜)と一緒盛り。
ターツァイも炒め煮状態だが
牡蠣に合わせて冷製で供される。
両者の相性はとてもよかった。

パンはフォカッチャとバゲットが半々。
バゲットにはバターがほしいけれど、
シチリア産のオリーヴオイルが香り高く、
どちらも美味しくいただける。

牡蠣のコンフィにはパン類が必須で
これはハム・ソーセージと同じこと。
パンがなければ牡蠣の魅力も半減されてしまう。
パクパクパク、うん、美味い!

2皿目はトロ鰯のマリネ。
トロを冠するくらいだから脂のノリはかなりのものだろう。
はたして油はノッていたものの、
シツッコくはないし、鰯特有の生臭みとも無縁であった。

スペイン・バルでは、あれば必ず注文するボケロネス。
いわゆるカタクチイワシの酢漬けだが
そんなつもりで鰯のマリネをお願いしたのだった。
これには薄切り大根が添えられて
聖護院蕪の千枚漬けを連想させた。
当店のシェフは野菜の使い方に秀でている。

良質のオリーヴ油のおかげでパンがすすむ。
珍しくお替わりまでしてしまった。
ストマックのキャパを忘れた愚挙と言えなくもない。
こういうのってあとで利いてくるのよねェ。

アンティパストのお次は
パスタ類のプリモに行くのが普通なれど、
J.C.の場合は主菜のセコンドを先にする。
パスタは中華料理における麺類のような位置づけだ。
魚介が続いたので肉が食べたい。
ここで二人はボードの字を読んだ。

=つづく=

2017年12月13日水曜日

第1764話 牡蠣と鰯と鹿肉と (その1)

大田区・大森へ。
この半年で3回目の遠征になる。
まっ、そんなに遠方ではないから遠征はオーバーか。
相方は飲む・食う・歌うの”さんとも”、O戸サンである。

少し早めに着いたので駅東口をぶらぶら。
西口方面に抜けるガードのそばに
どうしても気になる中華料理店が1軒。
大森駅東口の階段を降りて右手にゆくと、
ガード下に飲食店が連なっている。

鯖専門の定食屋、行列の絶えないとんかつ屋などが
並んでおり、その先にある町中華は「喜楽」という。
10年ほど前に訪れた際、ふと思った。
ここは小学生のときに一度来たんじゃなかろうか?
もやしソバを食べたように思う。

記憶は確かでなかったけれど、
年を経るに伴い、逆に確信度が高まっている。
今ではまず間違いはないという気がするくらいだ。
近いうちに再訪してゆっくり飲食し、
頃合いを見計らって年配のスタッフにでも訊ねてみよう。

当夜のディナーは「喜楽」ととんかつ屋のあいだにある、
「オステリア・イタリアニタ」。
何度も通りすがっているものの、初見参だ。
店内は1階にカウンター、2階にテーブルといった造り。
予約の有無を問われたけれど、入れてはいなかった。

何とか入口に一番近いカウンターの端っこに座れる。
祐天寺の「かっぱ」と「立花」もそうだったが
近頃、カウンターの末席ばかりだ。
いえ、席にありつければ、
ポジションの良し悪しにはあまりこだわらないけどネ。

すでにビールは引っかけて来たので
初っ端から赤ワインにする。
グラスワインの揃えはなかなかに豊富だ。
シェフがシチリア島で修業したため、当地の銘柄が多い。

シチリアの主力セパージュ、
ネロ・ダーヴォラは重くて苦手。
その旨伝えてピエモンテ産を所望すると、
ランゲ・ネッビーロがあった。
ネッビオーロはわが最愛の品種である。
これはありがたい。

相方とグラスを合わせ、アンティパストの品定めに入る。
ボードにはそれほど個性的ではないにせよ、
それなりの料理が明記されていた。

=つづく=

2017年12月12日火曜日

第1763話 肩透かし三連発 (その6)

よしこサンが手がけた54年モノぬか床による、
新香盛合せが目の前にある。
にんじん、大根のほかに主役級がもう1種。
好物につき、これが何かはすぐにひらめいた。

そのとき他の客から声がかかった。
同じ新香を注文したものとみえる。
「女将サン、この胡瓜みたいの何だい?」
「あっ、それは隼人瓜っていうのヨ」
思った通りであった。

中南米原産の瓜は鹿児島に伝来し、
薩摩隼人の国柄から隼人瓜と命名されたという。
今からちょうど一世紀前、1917年のことで
当年の世界の一大ニュースはロシア革命であろう。

隼人瓜は歯ざわりよく、みずみずしい。
市場にはあまり出回らないが
最近では笹塚と田端の青果店で見かけた。
もちろん見かければ買い求めるJ.C.である。

大盛りの新香を完食するのは荷が重かったが
そこは54年モノ、五十五万石との相性よろしく、
肩透かしの悪夢をいったん拭ってくれたのだった。
三千円弱の会計後、来た道を戻る。
焼き鳥の「立花」で背肝をいただくためだ。

入店前に隣りの「鮨たなべ」をチラリのぞくと、
未だにノー・カスタマーで親方は引き続き手持無沙汰。
これからの来訪客あらんことを祈る。

「立花」の店内は堀ごたつのカウンター、
それに板の間にテーブルという設え。
客は靴を脱がなければならない。
カウンターの端っこ、入口に一番近い席に促され、
先ほどの「かっぱ」とまったく同じポジションとなった。

日本酒はじゅうぶん飲んだからビールに戻す。
瓶はなく生だけで、それもエビスのみ。
背に腹は代えられず、仕方なく中ジョッキを―。
突き出しは鳥肉に大根・コンニャクが混ざった煮込みだ。
一箸つけると、あんまり美味しくない。
ちょいとイヤな予感である。

焼き鳥はハツを塩、レバーと背肝をタレでお願い。
ハツもレバーも下町の焼き鳥屋の水準に達していない。
予感は的中しつつあるが稀少な背肝を仕入れている店だ、
まだ希望を棄てるには早い。

そうしてこうして真打ち・背肝の登場。
ガッビ~ン!
焼け焦げだらけで食感悪く、苦味が出てしまってる。
焦げた部分をハサミでチョキチョキ、
剪定の一手間を怠るからこういう結果を招くのだ。
女性の焼き手だったが串を焼くシゴトの根本を理解していない。

熟れ寿司の売切れ、ほねくの未入荷、そして背肝の不手際。
肩透かし三連発を食らって哀れJ.C.、
黒房下にもんどり打って転げ落ちましたとサ。
ヤだ、ヤだ。

=おしまい=

「かっぱ」
 東京都目黒区中央町2-28-9
 03-3710-3711

「立花」
 東京都目黒区中町2-44-14
 03-3793-7434

2017年12月11日月曜日

第1762話 肩透かし三連発 (その5)

紀州名物・熟れ寿司がウリの小料理屋「かっぱ」にて
その熟れ寿司にフラれ、
それではと選んだいま一つの紀州特産、
ほねくにもありつくことができなかった。
度重なる肩透かしで土俵に転がされ、
背中も尻も砂まみれである。
それでもどうにかヨロヨロと立ち上ったところだ。
 
和歌山の銘酒・世界一統の五十五万石。
2杯目はその辛口というのをお願いした。
確か紀州という名だった。
こちらのほうが辛口である。
 
世界一統はもともと南方酒造の主力銘柄。
名付け親は天保生まれの佐賀藩士で
のちに明治政界の重鎮となり、
早稲田大学を創設した大隈重信である。

その威光にあやかったものか
社名も南方酒造から世界一統に変更されている。
ちなみにこの酒蔵は稀代の博物学者にして
欧州言語のほとんどを操ったという奇才、
南方熊楠の実家だ。
 
梅干し入りの玉子焼きはおそらく、鶏卵2個分だったろう。
8切れあったが残りは一つ、つまみをもう1品いただこう。
これは先刻から目星をつけておいた、
かっぱ名物・お新香盛合せでキマリ。
品書きに
よしこが手がけた54年モノぬか床
との但し書きがあった。
女将のお名前はよしこサンだった。

その後の会話でお歳八十路半ばとも聞いた。
見た目もお若いし、動作もてきぱきとしている。
玉子焼きにしたって手際がよかった。
たばこ屋や煎餅屋の店番と違い、
小料理屋の女将にはかなりの肉体的負荷がかかるハズ。
そこをちゃんとこなしているのがエラい。

さて、54年モノのぬか床で一眠りした新香だ。
大きめの小鉢、と言うのもヘンな言い回しだが
かなりのサイズの盛合せだった。
大根とにんじんは一目でそれと判る。
しかし、鉢の8割方を占める緑の野菜は何だろう?
瓜の類いは確かだけれど、
胡瓜・白瓜・青瓜ではなさそうだ。

箸をつける前に一考してピンときた。
ははあ~ん、アレだネ、アレだ。

=つづく=

2017年12月8日金曜日

第1761話 肩透かし三連発 (その4)

目黒区・中央町の「かっぱ」。
そのカウンターの隅に心砕かれたJ.C.がいた。
狙いを定めた熟れ寿司がなんと5種全滅の大惨事。
何とかほねくを見つけ出し、注文に及んだところである。

女将の顔色がパッと明るくなると思いきや、
なぜか曇ったときにイヤ~な予感がしたものだ。
「ごめんなさい、しばらく入荷がなくって―」
ガッビ~ン!
一度ならず二度までも無情の嵐が吹きすさぶ。

こういうのを駄目押しっていうのかな?
いや、トドメが正しいのかな?
どっちでもいいけど、
夜空のムコウに飛んで行きたくなっちまったぜ。

残る余力もないままに三たび品書きを手に取った。
結局は薬局、
お願いしたのは玉子焼きという悲劇。
いえ、悲劇と断ずるのは当事者のわれ一人。
おおかたの読者の目には喜劇としか映らないわな。
はるばる祐天寺まで遠征してきて玉子焼きとはこれいかに?
まったくよう、小学生の遠足じゃないんだから―。

仕方なく頼んだ玉子焼きは4種の中から選んだのだった。
 ふつう ねぎ 各450円
 梅干し 納豆 各500円
熟れ寿司もそうだったが品揃えだけは豊富だネ。
種類はいいから在庫の管理をお願いしますヨ、ホントに。

玉子であれば売切れや入荷ナシの懸念はない。
ふつう・ねぎじゃつまんないし、
酒の席の納豆は異臭を放ってイヤだ。
消去法ってわけじゃないけど梅干しを所望した。

考えてみりゃ梅干しの玉子焼きって初体験かもしれない。
おそらく初めてだろう・・・だって記憶がないもの。
女将自らが焼いてくれたソレは
大した時間も掛からず、目の前に置かれた。

ここで日本酒に移行する。
指名したのは世界一統・紀州五十五万石の冷たいヤツ。
大そうなネーミングである。
もちろん由来は石高・五十五万石の徳川御三家・紀州藩。
紀ノ川の伏流水から成る本醸造酒だ。

キレとコクが調和する酒は美味かった。
梅干しの玉子焼きもけっこうだった。
梅干しだけでなく赤紫蘇が同居していて
アクセントの妙を楽しめる。
やっとこさ、本来の落ち着きを取り戻した、
J.C.オカザワでありました。

=つづく=

2017年12月7日木曜日

第1760話 肩透かし三連発 (その3)

目黒区は祐天寺と学芸大学のあいだにある「かっぱ」。
名物は紀州名物の熟れ寿司である。
さば・ます・あじ・たい・えび、5種類もあるそうな。
いや、楽しみ、愉しみ。

その前に何か手軽なモノをと品書きに目を凝らす。
まだ何も食べていないのに早くも大瓶が残り少ない。
そのとき、目の前にやって来た、って言うかァ、
女将はほとんど入口近くを担当しており、
奥の常連客は娘が相手をしている。

その女将が口を開いた。
「熟れ寿司がお目当てではないでしょう?」
「いえ、お目当てですヨ」
「アラ、ごめんなさい、今日は全部売切れてしまって―」
ガァ~ン!
まだ宵の口でっせ!

この衝撃は大きかった。
いや、デカかった。
いや、いや、バカデカかった。
ソレはないぜ、セニョーラ!
怪我はしないが、まるでビール瓶で殴られたみたい。
そう言やあ、あの事件。
いや、ソレはまた機会をあらためて語ることにしよう。
当事者の証言が終わってからネ。

何と、5種ある熟れ寿司、全滅の巻。
強烈な肩透かしに一敗地にまみれた思い。
訊けば前夜の客がまとめてお持ち帰りした由。
どこのどいつか知らねェが
少しは他人の迷惑ってもんを考えろヨ。
今度会ったらタダじゃおかねェからな。
シャンパン・ボトルにぎっちゃうかんな。
それが滑ったらリモコンだってあんだかんな。
あゝ、書いてて疲れるわ。

ガックシ肩を落として品書きを再見。
店には失礼ながら月並みなモノばかりで
惹かれるモノが見当たらない。
ここで席を立つほど子どもじゃないし、
とにかく何かしのぎの1品を見つけなければ―。

おっと、あった、あった、紀州名物が一つだけ。
地獄に仏のひらがな三文字、その名を”ほねく”という。
太刀魚を骨ごとすり身にして油で揚げたヤツ。
いわゆる上品なさつま揚げでんな。

相撲を取り直した、もとい、気を取り直したJ.C.、
声高らかに
「ほねくを下さい!」

=つづく=

2017年12月6日水曜日

第1759話 肩透かし三連発 (その2)

目黒区・祐天寺は「鮨 たなべ」の思い出。
煮つめを一刷毛した子持ちヤリイカをつまみに飲んでいた。
燗酒を口元に運びながら
目の前のヤリイカを子どもだと言う親方の説明に
一応、納得はしたものの、
しばらくして、いや、ちょいと待てヨ。
酒盃を置いて再び投げかけた。

「だけど、腹に子を持ってるってことは
 このチビも親なんじゃないの?」
「ん? んん? アッ、そうか!
 そうだねェ、親なんだねェ」
二人で笑い合ったものだった。

15年近くの時を超えて「鮨たなべ」の店先に立つ。
時間がまだ早いせいか客はいない。
つけ場に親方が座っている。
いかにも手持無沙汰といったふうである。

顔が奥を向いているから見覚えがあるとは言えない。
よしんばこちらを向いていても15年前に一度見たきり、
思い出せるものではあるまい。
帰りにちょいと寄ろうかな?
瞬間そう思ったものの、和歌山の熟れ寿司のあとで
江戸前鮨でもなかろうて―。

それよりも隣りの焼き鳥屋に心づいた。
店先の品書きに”背肝”の二文字を発見したのだ。
数ある焼き鳥の部位のうち、もっとも好きな背肝である。
もうこれだけで2軒目はキマリの巻であった。

さらに歩くこと数分。
「かっぱ」は区役所通りに面していた。
敷居をまたぐと、
カウンターのみ8席ほどの小料理屋といった感じの店内。
奥のほうは常連が占めており、
入口に一番近い端っこの席に着座する。

切盛りするのは女将とその娘さんである。
ビールはキリンラガー、サッポロ黒ラベル、
アサヒスーパードライの大瓶が揃い踏み。
飲み屋の正しい姿がそこにあった。

予約というほどではないが
数日前に確認の電話は入れておいたので
「ああ、お電話の方ですネ?」―
物腰の柔らかい女将が笑顔を見せてくれる。

ビールを飲みながら、
何か1品つまんで
すぐに日本酒と熟れ寿司をいただこう、
そんな心づもりでおりました。

=つづく=

「鮨 たなべ」
 東京都目黒区中町2-44-15
 03-3792-5855

2017年12月5日火曜日

第1758話 肩透かし三連発 (その1)

渋谷のサロンで理髪後、渋谷駅にやって来た。
この日は家を出たときから夜の目的地を決めていた。
東急東横線の祐天寺である。
駅名の由来は明顕山祐天寺、浄土宗のお寺だ。

十数年前、この地にはちょくちょく現れた。
GF の住まいがあったからである。
よってご当地の祐天寺だけでなく、
近隣の中目黒・学芸大学・武蔵小山辺りではよく飲んだ。

この夜、ターゲットとした店は居酒屋「かっぱ」。
和歌山県出身の女将が
紀州名物の熟(な)れ寿司を手造りしているという。
一種の押し寿司である。
奈良の柿の葉寿司が好きだから
隣県の熟れ寿司もぜひ食べてみたい。

「かっぱ」は祐天寺駅からあるいておよそ10分、
どちらかと言えば学芸大学からのほうが近いが
愛着のある祐天寺界隈をブラブラしてみたかったのだ。
それが人情というものだろう。

駅の周りを流したあと、駒沢通りに出て区役所通りに入る直前。
エリアでは人気の高い中華料理店、
「菜香」の大きな看板が見えた。
あれっ、こんなにデカい看板あったかな?
それに大通りから見える場所だったかな?
記憶が曖昧なのかもしれないが二度は来てるしなァ。

帰宅後、調べてみたら最後の訪問はおよそ10年前。
でも、近所は近所だろうが、やはり違うような気がする。
今では店主夫婦が高齢となったためか、
週2回しか店を開けないそうだ。
それでも営業が成り立つのだから
集客力に拍車がかかったものとみえる。

目黒区役所の前にこれもまた懐かしい鮨屋があった。
「鮨 たなべ」を訪れたのは2003年2月。
あれから14年半かァ。
小体な店ながら、よくまァ存続しているものよのぉ。

その際に何をいただいたのかは忘却の彼方。
食日記をめくれば判明するけれど、
膨大な数にのぼる日記を引っ張り出すのが億劫。
こちらは根気の欠乏に拍車がかかっている。

覚えているのは店主との短い会話だ。
子持ちの小さなヤリイカがつまみに出て
「これはヤリイカの子どもなんですかネ?」―
 問いかけるJ.C.に、親方応えて曰く、
「そりゃそうでしょう、このサイズじゃ親にゃ見えないもの」

=つづく=

2017年12月4日月曜日

第1757話 谷中でちょい飲み3軒 (その6)

谷中よみせ通りの「花いち」。
ビールの友にテッポウとレバーを食べたところ。
品書きにはチヂミなんてのもあり、
コリアン色がうかがわれた。
串をバカスカ注文するわけにもいかないので
店主一人に客一人、ちと重苦しい空気が立ち込める。

しばらくして子連れの三人家族が入店して来た。
何となく救われた感じのわれわれはホッと一息つく。
それにしても今日は子連れ三人組に縁があるな。
さっきは女の子だったが今度は男の子だ。
まっ、ベツに言葉を交わすワケじゃないから
どうってことはないんだけどネ。

父親がいきなり豚バラ串を各自2本づつ計6本注文した。
聞くともなしに聞いたJ.C.、顔には出さぬが
(ゲッ、オール豚バラでっか?)
胸の内でつぶやいた。

流れてくる一家の会話から推察するに
両親と息子ではないことが判明する。
言葉遣いや年恰好からして
これは60代と見受けるオヤジさんに
たぶんせがれの嫁さんと彼女の息子、
オヤジさんにとっては孫なのだ。

焼酎ボトルをキープしているくらいだから
オヤジさんは常連であろう。
店主との会話にも和みが見てとれる。
しかし、焼きとん主体の店なのに
いっこうにモツを頼まない。
代わりというわけでもあるまいがチヂミをオーダーした。

短時間で手際よく焼かれたチヂミを
孫がパクパクやっている。
珍しい組合わせのトリオながら
店内に平和な空気が流れ始めた。

続いてこれもまた常連らしき二人組が入店。
スーツ姿のサラリーマンだ。
こちらはビールとともに何種かの焼きとんを注文。
そうだよネ、ここのモツはなかなかだもの。
彼らのおかげで勘定しやすいシチュエーション。
機を逃さずの支払いは2500円でオツリがきた。

昼間はそれなりの客を呼び寄せる力のある谷根千エリアも
夜の帳(とばり)が下りると人影が途絶えがち。
よって気の利いた酒場には恵まれない。
ましてや焼きとんを商う店舗はほとんどないに等しい。
あっても焼き鳥屋ばかりなのだ。
そんな中でよみせ通りの「花いち」は使える。
再訪はアリですな。

=おしまい=

「花いち」
 東京都文京区千駄木3-37-12
 03-3827-8562

2017年12月1日金曜日

第1756話 谷中でちょい飲み3軒 (その5)

ところは谷中の名所、谷中銀座は「立呑 写楽」。
外人の親子連れが店側と一悶着の巻である。
目の前の光景によほど中に入ってやろうと思ったが
君子(?)危うきに近寄らず、っていうかァ、
憤懣やるかたない夫を妻がなだめ始めたのだ。

笑顔すら浮かべて彼女曰く
「これも勉強ってことなのヨ、アナタ」
知的にして冷静である。
彼らの祖国の大統領とは真逆であった。

この一言により、大事に至ることなく、
一件落着の気配を察知して店をあとにした。
でもネ、アレで800円はないぜ、ジッサイ。
国際基準から大きく逸脱してるもの。
にっぽんの恥と言い切っても過言ではあるまいて―。

後日、事件の10日後くらいだったかなァ、
再び「写楽」の前を通りかかると
じゃがバタ・ラクレットには臆面もなく、
そのまま800円の値付けがなされておりました。
反省の色まったく見えず、憂うべし。

それはそれとして「写楽」のあとだ。
そのまま谷中銀座を西下して
よみせ通りとのT字路にぶつかった。
レトロ感あふれるすずらん通りの飲み屋かバー。
あるいは三崎坂方面の居酒屋か大衆鮨屋。
まあ、そんな選択肢があった。

ここでひらめいたのは未訪の1軒。
焼きとんが主力の飲み屋「花いち」である。
よみせ通りの南端に近く、
目の前には地域の人気パン店「リバティ」がある。

「リバティ」の人気商品は
レーズンいっぱいのぶどうパンと
厚切りトンカツをはさんだカツサンド。
しかしJ.C.のイチ推しは
コンビーフの三角揚げサンドですがネ。

「花いち」の先客はゼロ。
カウンターの端では店主が居眠りしていた。
口明けとみえて炭火を熾し始める。
瓶ビールの突き出しはキンピラである。

焼きとんは好物のシロとレバをタレで2本づつ。
当店の焼きとんは1種2本しばりなのだ。
モグモグ、ふむ、予想を上回る出来映えじゃないですか。
シロは歯応えからしてテッポウだな。

=つづく=

「立呑 写楽」
 東京都台東区谷中3-9-15
 03-5834-8474