2018年4月30日月曜日

第1860話 「男女6人ピザ物語」 (その1)

死んだ子の歳をいつまでも数えていたって仕方ないから
「三州屋 神田駅前店」にはもう触れない。
忘れよう・・・そう、心に決めた。
それでも近々「三州屋 六本木店」に行こうと思う。
神田の仇を六本木で討つつもりなり。

さて、悲劇の当日。
足立区・五反野の「幸楽」で独りゼロ次会を催したあと、
東京メトロ日比谷線直通の電車に乗った。
到着したのは
どこかに故郷の香りを乗せて列車が続々と入ってくる、
あゝ上野駅であった。

中央通りを南下して
広小路の春日通りを右折、本郷方面に向かって歩く。
小雨がパラつき始めたが
コンビニでビニール傘を買うほどではない。
天神下の交差点を渡り、切通坂を上って行った。

1969年築の分譲マンション、
湯島ハイタウンの前を通り過ぎると、
目前の狭い歩道を3人のバカおんなが横並び。
揃いも揃って傘の花を咲かせてるじゃないの。
ったく、どうしようもねェな。

歩道をはみ出し、車道で歩調を速め、
3人まとめて追い抜いた。
すると、
「あらっ、J.C.!」―
バカに呼び止められる筋合いはないぜ。
そう思って振り返ったら当夜の相方、紅組の3人だった。
やれやれ。

そこから歩くこと十数秒、入店したのは「アランジャルシ」。
界隈では人気の高いピッツェリアである。
ほどなく白組3名も揃って初対面同士の紹介を済ませ、
イタリア産の瓶ビールで乾杯の巻。

軽いアストロ・ナズーロ派と
ややコクのあるモレッティ・ラ・ロッサ派が半々の景色だ。
J.C.は五反野でスーパードライを飲んできたため、
あえてラ・ロッサを。

もう30年以上も前、トレンディ・ドラマの嚆矢と言われる、
「男女7人夏物語」ってのがあったが
今宵は「男女6人ピザ物語」の幕開けである。
ピッツァは大人数でも取り分け安いからネ。

ベツに合コンを企画したんじゃないけれど、
ちょっとした「パンチDEデート」感はなきにしも非ずだ。
いや、こりゃもっと古いや。
調べてみたら45年前の番組だから
ご存じの読者はほとんどおらんでしょうヨ。

=つづく=

2018年4月27日金曜日

第1859話 くじベコとハゼ天 (その2)

東京拘置所のある足立区・小菅から
東武伊勢崎線で一つ先の五反野。
地元民の集会所みたいな酒場「幸楽」のカウンターにいる。
壁に貼られた短冊に日光唐揚げを見とめた。

何だい、日光って?
日光名物の食べものを思い浮かべる。
養殖のニジマスかな?
立ち上がってよくよく見ると、日光じゃなくって目光だった。
常磐沖で穫れる小魚、メヒカリのことだ。
だけどサ、カタカナ表記しないんだったら、
目光と送り仮名をお願いしますヨ。

結局、食指が動いたのはハゼの天ぷら。
キス天はどこでも食べられるがハゼ天はそうはいかない。
しかも昨今、大衆店で出されるキスは
ほとんどがタイから輸入された冷凍品のハズ。
ハゼなら日本近海の生鮮品だろうしネ。

ビールのお替わりを飲みつつ、
なおも品書きをながめていた。
焼き鳥はモモとツクネのみ。
どちらも1本100円と安めの価格設定だ。

焼きとんもオール100円で王道の6種が居並んでいた。
王道の6種って何だってか?
ハツ・タン・カシラ・レバ・シロ・ナンコツ。
以上、春の七草ならぬ、豚の6モツなり。

届いたハゼ天は2尾、大葉と茄子が添えられている。
大根おろしの頂きには生姜もチョッピリ。
卓上の塩をサッと振ってパクリ。
真っ白な身は湯気を立ててホックリ。
揚げ上がりはサクサクとカリカリの中間のサクッカリ。

天つゆをくぐらすと、
薄めで甘めのつゆもけして悪くない。
最後は残ったおろしと生醤油で完食。
尻っ尾まで残さず食べちゃった。

酔っぱらったオッサンが入店して隣りに着席。
常連だねこれは―。
お運びサンになれなれしくちょっかいを出す。
幼く見えた彼女は酔客のあしらいも上手だ。
チラリと足元を見たら
赤いサンダルにミッキーマウスが描かれていた。

品書きに、いかいろりってのを発見し、
彼女に訊ねたら炙ったイカとのこと。
なるほど囲炉裏焼きかァ・・・炉端焼きだネ。

  ♪    お酒はぬるめの 燗がいい
     肴はあぶった イカでいい  ♪

瞬時に八代亜紀の「舟唄」が
脳裏を駆け巡ったのは言うまでもありません。

「幸楽」
 東京都足立区弘道1-1-16
 03-3849-6981

2018年4月26日木曜日

第1858話 くじベコとハゼ天 (その1)

電車1本乗り遅れて愛しい店に先立たれた夕べ。
いまわの際に間に合わず、と言うか、
消えゆくことなど露ほども知らぬ夕べ。
代わりに訪れたのは足立区・五反野の「幸楽」である。

同じ足立区の一大ターミナル駅・北千住にも
同名の酒場があるが別段つながりはないらしい。
「幸楽」と聞くと第一感は
TBSドラマの「渡る世間は鬼ばかり」の中華屋だネ。

駅そばのふれあい通り商店街に店はある。
入店したら目の前の水槽が出迎えてくれた。
水の中にはサザエが十数個、ほかには何もいない。
サザエの刺身はここの名物なのである。

スーパードライの大瓶を飲りながら考える。
サザエねェ・・・。
今朝、朝日新聞で昔の「サザエさん」を読んだばかり。
これも何かの縁、サザエのつぼ焼きでもいただくか。
そう思ったとき、本日のおすすめを記したボードに
鯨のベーコンを見とめた。

子どもの頃は嫌いだった、くじベコは大人になって
要するに酒を飲むようになって好きになった。
昔は豚のベーコンが食べたいなと思っていたのにネ。
よお~し、まずは鯨、それからサザエでいいだろう。

あっと言う間にくじベコ登場。
お運びの女の子は高校生かとみまごうばかりに幼いが
キビキビとした動きにムダなく、
言葉のやりとりにもソツがない。
バイトなんだろうが、なかなかのプロフェッショナルだ。

ベーコンはけっこうな量があった。
レモンのスライス、きざみ小ねぎ、練り辛子が添えられている。
おっと、鯨の下にはワカメが敷き詰められているじゃないか。
ん? ワカメ?
即座に判断しやしたネ。
これでいいじゃん、何もサザエを頼むこたあないや。
妹のワカメで手を打とう、あいや、舌鼓を打とう。

鯨はもちろん、ワカメも完食。
お次のつまみの物色である。
老眼鏡で壁の品書きを見上げた。

山うど酢味噌、小肌酢、キス天、うな玉・・・。
生ほたるいかがあるじゃないか。
ほたるいかはボイルだったけれど、前夜に食べてるし・・・。
おや? 日光唐揚げっていったい何だろう?

=つづく=

2018年4月25日水曜日

第1857話 たった10秒のいたずら (その2)

4月15日の日曜日に開いたメールは
もう何年も以前に飲み屋で知り合ったK井サンからのもの。
そのまま紹介してみる。

既にご存知かも知れませんが、年の為。
三州屋神田駅前店が4月14日(土)で閉店します。

昨日訪問したら貼紙がありました。
社長が突然決めたようなことをオバちゃんが言っていました。
寂しいことです。。。。。


K井

ガッビ~ン!!
メールをもらったのは数日前なのにあとの祭り。
おのれのズボラを恨むしかない。
ホンの10秒早く駅に着いて
都心に向かう電車に乗ってさえいれば、
偶然とはいえ、営業最終日に最後の晩餐ならぬ、
最後の晩酌を楽しみながら別れを告げることができたのに―。

何やってんだヨ、J.C.!
取返しのつかない失態をやらかしちゃったぜ。
おのれの短慮、気まぐれを再び恨むしかない。
K井サンは寂しいとおっしゃるが、J.C.は哀しい。

実はこのハナシにはオマケがある。
いや、オマけというより伏線、あるいは前触れが正しいかな。
最終日のちょうど1週前の4月7日土曜日。
駅前店に行ったんだヨ。

相方と待合せたJR神田駅に向かい、
小川町から歩いている途中の通りから
裏路地をのぞいて駅前店を見やると
シャッターが下りているじゃないの。

そのときは
あっ、そうか、今日は第一土曜で休業日じゃないか。
遠くからのぞいただけで店先に立つことはしなかった。
立っていれば件の貼紙を目にすることができたのに―。
悔やんでも悔やみきれないとはこれである。

その夜の1軒目として訪れるはずだったが
相方には
「『三州屋』は休みだからヨソへ廻ろう」―
そう、促したのだった。

振り返れば、この店には本当にお世話になった。
ほとんどが独り飲みだったけれど、
この空間に身を置くだけでシアワセだった。
まさに極上の孤独を満喫していたのだ。
あゝ無情!
あの日々はもう帰らない。

2018年4月24日火曜日

第1856話 たった10秒のいたずら (その1)

それはちょうど10日前、4月14日のことだった。
たった10秒の時のいたずらに翻弄されたのは―。

  ♪  時のいたずらだね 苦笑いだね
    冷たい風が今 吹き抜けるだけ

    かわす言葉もなくて すれちがう心
    一人歩きだした 君を見つめて
    昔愛した人を 思い出しただけさ
    今さら言えないよ それは君だと

    時のいたずらだね 苦笑いだね
    冷たい風が今 吹き抜けるだけ  ♪

         (作詞:松山千春)

松山千春の「時のいたずら」は1977年晩秋のリリース。
自身3枚目のシングルは翌年の大ヒット、
「季節の中で」に続く重要な楽曲だった。
J.C.にとってこの曲は千春のマイ・ベスト。
例によってベスト〇〇をいきたいところなれど、
今話は先を急ぐこととする。

14日土曜日。
夜には仲間と湯島のピッツェリアで会食の予定あり。
動き出したのは16時過ぎだった。
夕食の前に神田の行きつけで
独りビールを楽しむ腹積もりでいた。

最寄りのメトロ駅改札を抜け、
都心方面に向かうプラットフォームに着くと、
ありゃ~、電車のドアが閉まらんとしている。
これは間に合わん。
あと10秒早く家を出てればなァ。

フツーは次の電車を待つところなれど、
フツーじゃないJ.C.は
かと言ってイジョーでもないんだけど、
次の電車の代わりに反対方面の電車を択んだ。
あとで判ったことながら、これが運命の分かれ道だった。

その日は北千住でわざわざ乗り換え、
東武伊勢崎線・五反野に到着。
駅から1分、この町きっての大衆酒場の暖簾をくぐった。
顛末はあとにゆずるとして1時間の滞在後、
メトロ日比谷線直通の電車で上野に戻り、
湯島天神へと歩いたのだった。

問題は翌日曜日に発覚。
予想だにしない事実を伝えてくれたのは
1通のメールでありました。

=つづく=

2018年4月23日月曜日

第1855話 名残りの桜に迎えられ (その2)

調布市・仙川町の「きくや」にいる。
焼き鳥のねぎまとボンジリを塩で追加注文すると
どちらも浅い火の通しがよろしい。
鳥と豚の二刀流をウリとする串焼き処は
鳥のほうがまさっているように感じた。

予定通り、ビールの2本目はスーパードライ。
うん、やっぱりな。
新一番搾りの直後だと、キレ味の鋭さが際立つ。
1987年発売のこのビールを初めて飲んだのは
確かニューヨークの「レストラン日本」だった。

たまたまその夜は顧客の接待で
先方はアサヒビールのメインバンク。
何の因果かねェ。
とまれ、あれから30年、月日の流れは
五月雨をあつめた最上川より早いものと思われる。

30年来の友を注いだグラス片手に再び品書きを吟味。
特上赤身の馬刺しでもいってみようか。
いや、ちょっと待てヨ。
馬刺しは専門店ですら当たり外れがあるから
そう簡単には行かれない。

ふむ、豚すじキャベツの辛味噌炒めねェ。
牛すじはちょくちょくお目にかかるが
豚すじってのはあまり聞かない。
オケツの下はすぐアンヨみたいな豚から
はたして市場に出回るほどのすじが取れるのかいな。

そう言えば、短足で知られる(?)、
かつての人気歌手について
元NHKアナウンサーの山川静夫サンが語っていたっけ。
布施明 お尻の下は すぐかかと
まさかそんなに短くはなかろうに―。

いずれにしろ布施明が家庭を築くんなら
英国人のオリビア・ハッセーより
柴又出身の森川由加里がふさわしいんじゃないの。
いえ、足の長さの問題じゃなくってネ。
布施は寅さん映画にもヒロインの相手役で出てるしサ。

豚すじをとっかかりにして
ああだ、こうだと、思いを巡らしているうちに
どうやら注文のタイミングを逸したようだ。

中瓶を2本だけにとどめて
あとは見知らぬ町を徘徊すること小一時間。
さまよいながら頭の中では
由加里チャンが歌った、
「SHOW ME」のメロディーが渦巻いていたのでした。

「きくや」
 東京都調布市仙川町1-19-1
 03-3309-5622

2018年4月20日金曜日

第1854話 名残りの桜に迎えられ (その1)

やって来たのは京王線・仙川駅である。
改札を抜けると、駅前広場で何だか判らんが
イベントが執り行われていた。
見上げれば立派な桜の木から花びらが舞い落ちている。
風情ある出迎えにほほがゆるんだ。

目当ては広場にほとんど面した酒場、
「さくらや」ならぬ、「きくや」である。
桜に菊、花札のバカッパナなら”花見に一杯”の役。
いや、めでたし。

昭和38年開業の「きくや」は串焼処を謳っている。
早いハナシが大衆的な焼き鳥&焼きとん屋だが
ちゃんと備長炭を使用する店だ。
8席ほどのカウンターに先客は3名、余裕で座れた。

カウンターの脇にビール用冷蔵ケースがあって
チラリのぞくとキリンラガー、新一番搾りが並んでいる。
着席と同時に注文を取りに来たオニイさんに
一番搾りを指定した。

キリンビールが堤真一、満島ひかり、石田ゆり子、
挙句は西郷どんまで駆使して
一大CM攻勢をかけている新一番搾りの初飲みだ。
堤真一なんか、試飲してみて
旧商品と全然違うとのたまうが
それじゃ以前はそんなに不味いビールを売ってたのかと
ツッコミを入れたくなるネ。

卓上のメニューを手にとってつまみの吟味。
あれっ! 何だよ、アサヒがあるじゃないか!
まっ、いいや、あとで飲めばいいんだし・・・。
中瓶と一緒に笹かまが運ばれた。
へぇ~っ、突き出しに笹かまとはリッチじゃん。
これだけでこの店がおざなりな仕事をしないことが判る。

新一番搾りはクセがなくなってアッサリとまろやか。
好きなタイプながらそのぶん踏み込みが足りない。
まずは鳥のハツを塩、とんのシロとレバをタレでお願いした。
目の前で串を焼くオジさんの姿をながめながら待つ。

ハツはちょいと焼き過ぎ。
レバはだいぶ焼き過ぎ。
素材が悪くないだけにもったいないな。
ところがシロは下ゆでの塩梅よろしく理想的なクニュクニュ感。
いや、これは旨いゾ。
一串で斜めになりかかった機嫌が直った。
ハハ、われながら単純至極なりけり。

=つづく=

2018年4月19日木曜日

第1853話 過ぎたるは猶及ばざるが如し (その2)

荒川区・南千住の「中国茶寮 一華」にいる。
南千住はかなり広くて
当店の最寄り駅は都内に残る唯一のチンチン電車、
都営・荒川線の荒川区役所前だ。

突き出しのちりめんピーナッツ和えで
紹興酒を飲み始めた頃、二人連れの若い女性が入店。
J.C.の真後ろに着いたものだから
片割れの娘とは背中合わせの位置関係となった。

始末の悪いことに着席するやいなや、
厨房の店主と声高に会話を始めた。
われわれの卓の頭越しに言葉が飛び交う。
耳元で怒鳴られてるようなものだから
いや、たまったもんじゃない。

注意するのも角が立つし、何か方策を考えねば―。
相方のアイデアで、われわれ二人は席を入れ替わった。
これが効を奏しやしたネ。
店主は、アッ、このお客さんは嬌声耐えがたく、
ツレの女性を娘たちの側に配置したんだな・・・
そう、感じ取ったワケだ。

以後、彼は厨房の奥に引き下がり、調理に専念。
自ずと頭越しの会話はやみ、
心なしか娘たちの声も多少ひそやかになった。
やれやれ。

次々と運ばれる料理の中で特質すべきは
第一にやはりクエの清蒸。
ガタイの大きなサカナにつき、
尾頭付きではないが旨みじゅうぶんだった。

清蒸に白飯は必要不可欠。
皿に溜まったつゆをかけていただく。。
香菜と白髪ねぎがよいアクセントになり、
とても美味しい。
ところが白飯のせいで胃袋はパンク寸前となった。

よって直後ののカンパチ刺しがシンドいったらない。
平目や真鯛の白身ならともかく、
ブリより繊細な食味を持つカンパチも所詮は青背。
好んで食べる魚種ではないだけに四苦八苦だ。
どう頑張っても完食できなかった。
そして最後のイチボにトドメを刺されたわけである。

それぞれに秀でた料理もここまでやられると、
孔子の残した名言が脳裏をよぎる。
過ぎたるは猶及ばざるが如し
横文字だと、
More than enough is too much
ということでありますな。

「中国茶寮 一華」
 東京都荒川区南千住6-6-4
 080-7708-1045

2018年4月18日水曜日

第1852話 過ぎたるは猶及ばざるが如し (その1)

荒川区のはずれに近い南千住6丁目に
優れた中国料理店が存在すると聞いた。
部外者はまず立ち入ることのないエリアである。
中華フリークの友人を誘って一夜、訪れてみた。

その名は「中国茶寮 一華」。
JR常磐線・三河島駅から歩くこと15分あまり。
店はマンションの1階ながら
通り道から奥まっていて目立たない。
つい通り過ぎてしまったヨ。

それでもそんなに迷わずに発見&入店。
週末の18時近くだが先客はゼロである。
ビールは新一番搾りかハートランド。
どちらも製造者はキリンだ。

キリンがTVで盛んにCMを仕掛けている、
一番搾りで行こうかと思ったものの、
ワリと好きなハートランドを選択。
グラスを合わせてから
たった一人で切盛りする店主と対峙した。

実は10日ほど前に電話予約を入れた際、
ハタの清蒸だけは用意しておいてもらった。
真ハタだろうが赤ハタだろうがハタ類は総じて美味。
広東料理の花形スターである。

香港では石斑魚と称され、
地元民にも観光客にもこよなく愛されている。
高級魚として知られる紀伊半島のクエ、
長崎地方のアラも同じ仲間だ。

甕入り紹興酒を飲みながら
ほかの料理は店主と相談して決めてゆく。
その夜、いただいたものはかくの如くだった。

揚げちりめん・ピーナッツ・青ねぎ・鷹の爪の和えもの
白油鶏w/甜麺醤・辣油・ピーナッツ・きゅうり・レタス
白バイ貝煮のにんにく風味
ピータンと茄子の揚げびたしw/トマト・大葉・白髪ねぎ
モンゴイカの変わり揚げとホタテ貝柱のフリッター
揚げ蒸しパンw/コンデンスミルク
クエの清蒸w/白飯
カンパチの広東風刺身w/揚げ雲吞・香菜・揚げニンニク
牛イチボの黒胡椒炒めw/シメジ・宍唐・赤ピーマン・クレソン

こんなハズではなかったに大変なボリュームだった。
とてもじゃないが二人で食べ切れるものではない。
最後のイチボは2皿のステーキ仕立てでしっかり二人前。
1皿は相方に持ち帰ってもらったくらいだ。

=つづく=

2018年4月17日火曜日

第1851話 旨くも何ともミックスづけ丼

週末の朝だった。
かつての部下から電話あり。
すばらしい和食店を見つけたとのことだ。
なんでもN県人会御用達らしい。

さっそく、その日のレイトランチに赴いてみた。
文京区・動坂下にその店はあった。
「魚我志 むさし」という。
魚我志は”うおがし” と訓ずるのだろう。

ビルの2階に上がって入店。
先客は1組ながら8名ほどのご婦人がかしましい。
いわゆるママともたちは子どものハナシで花盛り。
泣く子と地頭とチャイナとママともには勝てんわ。
いや、マイッたな、もう。

ランチタイムの主力メニューはづけ丼である。
づけは江戸前鮨の仕事で
まぐろの赤身を煮切り醤油に漬け込んだもの。
づけ丼はそのづけを酢めしの上に並べたものだ。

昼は軽めに済ませたいタチだから
それだけでじゅうぶんだが
丼一つでは店の力量をはかりかねる。
よってづけ丼が組み込まれた、むさし膳(1400円)をお願い。
キリンラガーの中瓶(500円+)も忘れずにネ。
食事は内税、飲みものは外税のようだ。

さて、むさし膳の陣容である。

冷し鉢(白身魚しんじょ・花豆・カリフラワー・菜の花)
出汁巻き玉子 茎わかめ炒め煮山椒風味
茶碗蒸し(蟹・しいたけ・銀杏)
ぶり大根(こんにゃく・小松菜)
サラダ(大根・うるい・デトロイト)
香の物(つぼ漬け沢庵・野沢菜・キャベツ浅漬け)
焼き麩・わかめ赤出汁
づけ丼(桜ます・ほっけ・わらさ)

豪華絢爛といってよい。
脇役の小鉢類はいずれも水準に達している。
問題は主役のづけ丼だった。
たまり系の醤油を使用しているから
見た目はみな同じでほとんど真っ黒、区別がつかない。

お運びの女性に訊ねても即答できなかった。
厨房から戻った彼女の応えが上記3種のサカナたちだ。
それぞれ味わってみたものの、なお違いが判らない。
いずれがホッケ? サクラマス?
おまけにちっとも美味しくない。
ちなみに当店は鮨屋じゃないから酢めしではなく白飯である。

サカナは日替わりだが言ってみれば前夜の余りもの。
前夜の余りモノが言い過ぎなら前夜からの贈りもの。
早いハナシが”賄い” ですな。
でなきゃ高級魚の桜ますは使えないだろう。

夜に再訪して一飲に及ぼうかな?
どうしたものかな?
こういうのって結局は行かないんですよネ。

「魚我志 むさし」
 東京都文京区千駄木4-7-15朝日動坂マンション2F
 03-3823-4634

2018年4月16日月曜日

第1850話 焼きとん待つこと1時間 (その2)

丸八通り南詰にある「仙台屋」。
待ち時間が1時間に成らんとしたところで
倅がオモテに出て来た。
そういやあ数分前に店を出た先客がいたな。

相方のハナシ相手になっててくれた男性が無事入店。
つかの間の隣人とはここでお別れ。
もっともこのあと再びカウンターで隣り合うんだけどネ。
小さな店だから、さもありなん。

われわれの番が来たのはこの15分後。
ただし、倅曰く、
「取り合えず、仮のお席ですけど、どうぞ」
裏口から通されてJ.C.が座ったのは
2階へ続く階段の最下段。
相方はその前に置かれた簡易丸椅子ときたもんだ。

いずれにしろ立ってるよりはマシ。
飲食物の提供も始まった。
スーパードライの大瓶でお疲れさんの乾杯を。
次々に運ばれる焼きとんはカシラ・シロ・レバ。
狭苦しい空間で文字通り肩身の狭い思いをしながら
それでも何とか舌鼓を打つ。

カウンターに誘導され、かつての隣人と再会。
ここで酎ハイに切り替えた。
当店のベストはカシラである。
塩やタレを駆使して当店の専門用語、
オモテ、ウラと趣向を変えて供される。

「仙台屋」のたこ焼きを意味する、せんだこが面白い。
いわゆるつくねのタレ焼きに長ねぎが散らされ、
マヨネーズが掛けられたシロモノ。
タコもうどん粉も使われないが
舌先に変化をもたらしてまことにけっこう。

炭火で串を焼く店主の前に陣取ったおかげで
言葉を交わすことができた。
訊けば屋号の由来は先代の出身地が仙台だったから―。
酎ハイをお替わりし、季節外れの湯豆腐を突つきながら
いろいろとハナシに花が咲く。

スナッキーを自認する相方が
盛んに情報取集を試みている。
1時間以上待って1時間少々の滞在後、
店主と常連たちの推す、スナック「Y」に顔を出してみた。
歩いて数分の至近である。

ここもまた地元の常連で賑わっていた。
客に媚びる素振りをまったく見せぬママが逆に好印象。
ホールの真ん中を胸を張って
スタスタと歩く姿がサマになっている。
銀座に夜のある如く、江東のはずれにも夜ありき。

「仙台屋」
 東京都江東区北砂5-18-11
 03-3647-9489

2018年4月13日金曜日

第1849話 焼きとん待つこと1時間 (その1)

ふむ、今日は13日の金曜日じゃないか―。
英語圏諸国とフランス、ドイツでは不吉な日である。
これがスペイン語圏になると、13日の火曜、
イタリアでは17日の金曜が忌み日になるそうだ。

わが国では英米同様に13日の金曜が
おおむね不吉と認識されているが
読者のみなさんには
平和にして穏やかな一日が訪れますように―。

柄にもなく良い子ぶっちゃったが、それはそれとして
その夜、出没したのは江東区・亀戸だった。
相方とJR亀戸駅から30分あまり歩き、
丸八通りは丸八橋の南詰、
焼きとんの佳店、「仙台屋」に到着した。

開店の30分後だったが
店先で順番待ちの客が一人たたずんでいる。
四十代と思しき男性だ。
話をしてみると、開店前から行列に並んだものの、
ちょうど彼の前で満席となった由。
これはまたツキのない人だねェ。

「仙台屋」は夫婦と倅、計3人による家族経営。
その倅がオモテに出て来て
申し訳なさそうに状況を説明してくれる。
まだまだ席は空きそうにないとのこと。
待ち客と相方にしばしの対話をうながして
J.C.はその場を離れた。

丸八通りをさらに南下すること10分。
砂町銀座にやって来た。
いつ訪れても活気に満ちて
庶民的な匂いがプンプンする商店街がここ。

手造りシューマイの「サカイ」の店頭では
シューマイを蒸し上げるせいろから湯気が立ち上っている。
この店のシューマイはまことに美味で
横浜の有名店なんか目じゃない。

焼き鳥屋「鳥光」はシャッターが下りていた。
道端の簡易卓で焼き鳥片手に持ち込んだ酒が飲める店。
ツバメ飛び交う夏になったらあらためて再訪するとしよう。
そのときには「サカイ」のシューマイも携えてネ。

「仙台屋」に舞い戻ると進展はまったく見られない。
逆に列は5名ほどに増えた。
最初に入店した客たちは
すでに1時間以上も飲み食いに費やしたわけだ。
その間、誰一人として席を立たない。

どうなってんのヨ、この店は―。
温厚な性格のJ.C.も安倍・麻生&佐川みたいにキレかかる。
おっと、このときまたもや倅がオモテに出て来たぜ。
やっと席にありつけるのかな?

=つづく=

2018年4月12日木曜日

第1848話 ヒョンなことからクスクスを (その3)

ちょいと変わった店構えのバー「桃と蓮」。
最寄りは地下鉄千代田線・根津駅だが
地番は台東区・谷中1丁目である。
店主と途切れとぎれの対話を交わすうち、
ラムと野菜のクスクスが出来上がった。

カレーライスみたいに
シチューとクスクスが一緒盛りになっており、
そこそこのボリュームがある。
骨付き仔羊とにんじん主体の野菜がたっぷりだ。
明るいうちから重いものを口にしたくないが
空腹を抱えた遅めのランチにつき、この程度はいいだろう。

プレートを差し出すとき、
「辛子です」
言いながら店主が添えてくれたのは
紛れもないハリッサである。

北アフリカ、特にチュニジアで重用される、
赤唐辛子とオイルをペースト状にしたものだ。
コリアンのコチュジャンに似ているが甘みはなく、
赤唐辛子の辛みがダイレクトに口中を襲う。

まずはハリッサを使わずにクスクスの前半戦。
一口すくうと、いや、いや、熱々である。
熱すぎて味がよく判らないくらいだ。
ここで思い出したようにビールをお願い。
キリンラガーの小瓶だった。
つい数日前、久々に国産ビール(スーパードライ)の
小瓶を飲んだばかりだから連荘だネ。

ビールで舌を鎮め、再びフォークを手に取る。
今度は味蕾が味覚を正確に感じ取った。
うむ、うむ、コイツは旨いや。
少々、冷めてきたのをいいことに
ハリッサを加えて賞味する。
やはり、この香辛料があるとないではずいぶん違うネ。

骨付き仔羊はよく煮込まれて骨離れがよい。
高級な、いわゆるラムチョップの部位ではなく、
おそらくスネだと思われるが
クスクスにはむしろこちらのほうがマッチしている。

靴屋は無駄足だったけれど、
おかげで懐かしくも美味しい一皿に遭遇できた。
店主とはさらに対話を重ね、
次回は夜にバー利用することを約して店をあとにした。
支払いは1500円也。
充実のレイト・ランチでありました。

=おしまい=

「桃と蓮」
 東京都台東区谷中1-1-27
 電話ナシ

2018年4月11日水曜日

第1847話 ヒョンなことからクスクスを (その2)

上野桜木から根津交差点に続く善光寺坂。
バー「桃と蓮」のランチメニューに
クスクスを見とめて決断したところだ。
料理に自信がなければバーで出せる一品ではない。

茶室のにじり口みたいな低く狭い木戸を引き、
腰を屈めて入店した。
あらっ、またずいぶんと暗いねェ。
バーカウンター内に初老のチーフが立っている。
「営業してますか?」
「ええ、やってますヨ」

コンパクトな店内のカウンターに椅子は6脚。
常連をつかんでないと、
商売が成り立たないんじゃないか?
余計な心配までしてしまう。

ラムと野菜のクスクスをお願いして
徐々に気配を探り、雰囲気に溶け込もうとする自分がいた。
バックバーに掲げられたフードボードに目を凝らすが
薄暗くてなかなか読み取れない。
ゲーテじゃないが
「もっと光を!」
どうにか読んだメニューは

ノルウェーサーモンのディル漬け
トリッパ・ア・ラ・ロマーナ
自家製燻製盛合せ
スペシャル・レバーパテ
トルティージャ(スペインオムレツ)
サバカツサンド(イスタンブール風)
参鶏湯の雑炊

おやまあ、何とインターナショナルな品揃えだこと。
思うに店主は若い頃、世界各地を放浪したに相違ない。
自分がそうだから容易に察しがつく。
すかさず訊ねると、案の定だった。
サバカツサンド(イスタンブール風)
なんて、実際にイスタンブールの街を歩かなければ、
浮かんでこない発想だ。

しばらくして小サラダが整った。
トマトとレタスの変哲もないサラダには手をつけず、
あとからやって来るクスクスの箸休めならぬ、
フォーク安めにする腹積もり。

目の前に抜栓されたワインボトルが並んでいる。
ベソス・デ・カタとパソス・デ・タンゴ。
前者のラベルには女性の紅い唇が描かれており、
セパージュはマルベックとあった。
マルベックならアルゼンチン産にほぼ間違いあるまい。
後者はタンゴを謳っているから
これもまたアルゼンチンであろうヨ。

=つづく=

2018年4月10日火曜日

第1846話 ヒョンなことからクスクスを (その1)

谷中霊園で孤独の花見を楽しんだ日。
花見のあと、言問通りを鶯谷方面に歩いていて
目にとまったのが半地下にある1軒の靴店だ。
通りに面して並べられた靴の中に気に入った1足を発見。
これから靴をぶら下げて飲みに行くのはイヤなので
そのままスルーするしかない。

数日後、再訪に及ぶ。
階段を降りてガラス戸を引くと、
店主だか店長だか判らぬが女性が出てきた。
開口一番、
「すみません、婦人ものばかりで―」
「エッ、紳士靴は?」
「ほとんどないんですヨ」
「外に並んでいる靴は?
「え~、あれも24.5までなんですヨ」

ないものは仕方がない。
スッパリとあきらめた。
靴をあきらめると腹が減る。
靴が鳴らずに腹が鳴る。

ところがこの界隈、カフェはあるけど、
食事処がきわめて少ない。
東京藝大に続く道にフレンチがあったが
ランチもコース仕立てでちと重々しい。

言問通りを西下して善光寺坂を下りかかった。
見覚えのあるバー「桃と蓮」の前に
ランチメニューがぶら下がっている。
レギュラーメニューは

オリジナル激辛タイ風カレー
ラムと野菜のクスクス

ほかに週変わりランチとして

豚角煮丼温泉添え
ハンガリー風ロールキャベツ
キーマカレー温泉添え

以上5品が一律900円とある。
細かいことながら卵と玉子は統一してほしいネ。
何となく惹かれたのはクスクス。
しかもラム肉使用だし。
ふ~む、クスクスかァ・・・
しばらく口にしてないなァ。

よお~し、決めた。
これで行こう!

=つづく=

2018年4月9日月曜日

第1845話 桜のあとを 櫻で締める (その2)

鶯谷は根岸の里
女性だけでは入店できぬ、
フェミニズムなんぞ、クソ食らえの酒亭にいる。
幕末に鍵屋の辻(現三重県・伊賀市)から遠来して
開いた酒屋をルーツとする「鍵屋」である。

外国産ならともかくも
国産ビールの小瓶は実に久しぶり。
グラスに注いで一気にノドへ流し込んだ 
人の世にかような美味がほかにあろうか。

江戸の市井に生きた人々にも
飲ませてやりたいくらいのものだ
銭形平次、大岡忠相、水戸黄門、平手造酒、
虚実ない交ぜに、さまざまな候補者が思い浮かぶ。
赤胴鈴之助はお子チャマだから駄だよネ。
 
ヨタはたいがいにして品書きを手に取った。
これも変わらないねェ。
焼き鳥は皮ともつ(レバー)の2種のみ
どちらも甘辛醤油味の小鍋仕立てに応用が効く。

2本しばりの鴨ねぎ串焼き。
1本でもOKの鰻くりから焼き。
豆腐は冷奴と煮奴の二本立て。
他店ではメニューに載せにくい、
大根おろしまでリストアップされている。

共通するのは作るのに手がかからず、
食べるのに時間のかからない料理であること。
暗に ”長居はなるべくご遠慮願います” と訴えている。
サッと切り上げるのが粋、ダラダラ居座るのは野暮、
ということであります。

小瓶はすぐにカラとなり、日本酒に切り替えた。
ラインナップは櫻正宗、菊正宗、大関のトリオ。
そう、お察しの通り、桜のあとは櫻でしょ。
正一合を冷や(常温)でいただく。
それにしてもこの銘酒を飲ませる店が少なくなったなァ。

女将からオチョコとグイ飲みを差し出され、
気の迷いから普段使わぬグイ飲みを手に取った。
瞬時に後悔したんだけどネ。
グビッ、う~ん、サラリとしていながら
ほのかなコクが鼻腔を抜けてゆく。

次々に客が現れ、17時半には満席となり、
立ち待ちまで出る始末。
そりゃそうだヨ、開店後30分じゃ誰も席を立たぬわな。
こんなとき、お店に歓ばれるのは
スッと会計を済ませるKKK(気配りの利く客)だ。

櫻正宗をキッチリ一合飲み干したことだし、
ここは後進に席をゆずるとしますかの。
ほろ酔い気分ででズンズンと
浅草に向かって歩き出しました。

「鍵屋」
 東京都台東区根岸3-6-23-18
 03-3872-2227

2018年4月6日金曜日

第1844話 桜のあとを 櫻で締める (その1)

桜並木を抜けて谷中霊園をあとにした。
ケーキ屋「マルグリート」を右に見たあと、
台湾スイーツの「愛玉子」を左に見て
突き当たった言問通りを左折する。

界隈の地番は上野桜木。
昔から桜に恵まれた土地柄らしい。
花は桜木、人は武士・・・か。
花も人も散り際は潔くありたいもの。
麻生(あえて呼び捨て)! 判ってんのか? 

ここでハッと思い当った。
そうだ、この先にも桜並木があるじゃないか!
徳川慶喜の墓所に続く通りは
スイーツファンなら知らぬ者とてない、
「パティシエ・イナムラ・ショウゾウ」のある道だ。

花の下を歩いてみると、こちらのほうがより美しい。
花見の人は少なく、花の散りはさほどでない。
のどかな春の日を実感した。
桜を愛でながら再びハッと思い当った。
そうだ、今宵は櫻を飲もうじゃないか!
何のこっちゃい?
これでは読者に判りませんな。
まっ、先をお読みくだされ。

やって来たのは根岸の里である。
時刻は16時過ぎ。
目当ての酒亭が開くまでにかなりの余裕があった。
鴬谷、入谷あたりを散策して時間を費やす。

昭和の名残りというよりも、
江戸情緒すら漂う酒亭「鍵屋」に到着したのは
開店直後の17時5分だった
おそらく列を成していたのだろう、
すでに6割がた席が埋まっている。

カウンター内の女将にすかさず問われた。
「ビール、お酒?」―彼女のキマリ文句だ。
花の雲の下でビールは飲んだから
いきなり酒のつもりだったが、やはりちと飲みたりない。

幸い、ここには小瓶がある。
しかもアサヒスーパードライ。
大瓶はキリンラガーかサッポロ赤星の取り揃えで
まさしく渡りに舟の小瓶だった。

突きだしは数十年間変わらぬ茹で大豆の醤油掛け。
けして旨いものではないが
ヨソではなかなか味わえぬ稀少な一品、
いにしえの江戸を偲ぶ、よすがとしよう。

=つづく=

2018年4月5日木曜日

第1843話 ひとり墓場で 観る花は (その2)

降り立ったのはJR日暮里駅。
北口改札を出て御殿坂を上っていった。
坂は台東区と荒川区の境界に当たり、
まっすぐ行けば、”夕焼けだんだん”に通ずる。

ここからそれほど離れていない文京区・白山に
同名の坂があり、
あちらは小石川植物園の脇の歩くからに陰気な場所。
夜遅くに女性が独りで歩ける道ではない。

日暮里・御殿坂の途中にあるコンビニで
まずはペットのお茶を購入する。
ハハ、そんなこたあ、あるハズもなく、
買い込んだのは缶ビールでありました。

さっき来た坂を戻り下って
谷中霊園の北端から入園した次第なり。
ソメイヨシノが生まれた地、
旧染井村にある染井霊園よりも桜は断然、谷中霊園。
最近はずいぶん改善されたようだが
あちらは霊園内の管理、手入れが行き届いていない。
殊にトイレ周りは目を覆うばかりであった。

春の陽射しを受けて花々が光り輝いている。
どこか近くで鐘の音でもゴーンと響けば
芭蕉の句を思い出させて風雅を増すところなれど、
都内随一の寺町にかような気を利かせる寺は
ひとつとしてなかった。

代わりに浮上したのが前話で紹介した「山谷ブルース」。
そして瞬時に出来上がったのが
例によってくだらぬ替え歌だ。

  ♪   ひとり墓場で 観る花に
     かえらぬあの娘が いとおしい
     咲いて 咲いてみたって
     なんになる
     今じゃ谷中に ふる花よ  ♪

路を歩んで駄詞は頭をかけめぐる

で、ありますな。

焼失した五重塔跡の桜並木は葉桜になりつつあった。
上野のお山のすぐ近くなのに
花見を楽しむ人々の数はさほど多くない。
花の下で催す宴よりも桜並木をそぞろ歩くのが
正しい花の愛で方ではあるまいか。
さて、さて、今宵はいずこで独酌に及ぶとしますかの。

2018年4月4日水曜日

第1842話 ひとり墓場で 観る花は (その1)

  ♪   ひとり酒場で 飲む酒は
     別れ涙の 味がする
     飲んで棄てたい 面影が
     飲めばグラスに また浮かぶ  ♪
        (作詞:石本美由起)

美空ひばりの「悲しい酒」は1966年6月のリリース。
数々のエピソードに事欠かぬ名曲は
これだけを語っても2~3話はこなせるくらいだが
それはまた別の機会にゆずるとしよう。

ただ、カラオケなどなかった時代に
亡き母が口ずさんでいたのを思い出す。
だいぶあとになって知ったことながら
PTAの宴会などでは、よく歌っていたらしい。

  ♪   一人酒場で 飲む酒に
     かえらぬ昔が なつかしい
     泣いて 泣いてみたって 
     なんになる
     今じゃ山谷が ふるさとよ ♪
        (作詞:岡林信康)

フォークシンガー、岡林信康の「山谷ブルース」は
1968年9月のリリース。
ひばりの「悲しい酒」から遅れること2年あまり。
時代は過激な学生運動の真っただ中だった。

歌詞はその2番である。
出だしのフレーズが「悲しい酒」にそっくりで
岡林が石本美由起の元詞に
インスパイアーされたことは明らかだ。

面白いのは後年、ひばりと岡林は知遇を得て
ともにグラスを合わせていたこと。
殊に新宿のゴールデン街では
二人の姿がたびたび目撃されている。

 ♪ ふたり酒場で 飲む酒は ♪

いったいどんな味がしたことやら・・・
うれし涙の味がしたのかもしれないネ。

さて、その日のわが身。
東京の桜が満開と報道された数日後。
散り急ぐ花びらがほほをかすめる午後だった。
独りで訪れたのは墓場。
そう、墓地、霊園ですな。
目的は墓参ではなく、花見でありました。

=つづく=

2018年4月3日火曜日

第1841話 大衆酒場とビヤホール (その2)

銀座1丁目の「三州屋 銀座一丁目店」。
刺盛りにも〆あじにも納得がいかず、
J.C.が食指を動かしたのは、どぜう丸煮。
これに相方が反対の巻であった。

「エッ、ドジョウ? 勘弁してヨ」―
いい歳こいてドジョウを怖がってるぜ。
ドジョウが怖くてウナギが喰えるか、ってんだ!
こういう物言いは角が立つので
言葉を胸の奥にたたみ込み、何とかなだめすかす。

そう言やあ、行きつけの神田駅前店にどぜうメニューはない。
しかし「三州屋」の始祖、蒲田本店には
丸鍋・ヌキ鍋・柳川と3品が揃い踏んでいる。
本店で食べたことはないけれど、
その流れを汲んだどぜう物、いっとかなきゃネ。

小皿に10尾ほど、ささがきごぼうを従えて現れた。
浅めの皿につき、煮汁はヒタヒタ程度。
小柄などぜうたちは一様に口ひげをたくわえている。
それでもなかなかに旨そうだ。

いや、これがアカンかったネ。
とにもかくにも中骨がキツい。
口内が傷つくんじゃないかと心配したくらい。
おっと、相方の目がにらんでる、にらんでる。
「だから言ったじゃないの!」
「スンマソン」
結局は薬局、こちらドジョウ、あちらゴボウと
見事に食べ分けが成立したのでした。

口直しに再びJ.C.が推したのはかにサラダ。
先日も紹介したが神田駅前店のソレ(1300円)は
毛蟹と生野菜のハーモニーに優れた逸品である。

ただ、少々気になったのは
当店のコレ(850円)との価格差だった。
案の定、こちらは毛蟹系ではなくズワイ系。
クラブミートの質に埋めきれないギャップがあった。

宵闇せまる銀座の街。
この街に来ると、立ち寄りたくなるのが
サッポロのビヤホールだ。
1丁目から7丁目まで銀座(中央)通りを歩く。

相変わらずの大盛況ながら、すんなりと席に案内された。
ジョッキをカツンと合わせて
悠久の歴史を刻んだ空間に身を任せる。
ここに通い始めて半世紀近く、
床が卓が壁が天井が、わが人生を知り尽くしているのだ。

年配の接客係がやって来て
「7時半にローストビーフが焼き上がりますが、いかが?」
「いただきましょう」
「三州屋」の品書きに鳥豆腐のほか肉系は皆無。
サカナ系ばかり食べ継いだから
あまりデキがよくないことを承知で注文に及んだ。
ジョッキをお替わりして早めのお開きとなりました。

「三州屋 銀座一丁目店」
 東京都中央区銀座1-6-15
 03-3561-7718

「ビヤホール ライオン 銀座七丁目店」
 東京都中央区銀座7-9-20
 03-3571-2590

2018年4月2日月曜日

第1840話 大衆酒場とビヤホール (その1)

この日は有楽町でショッピング。
本格的な春を迎える前に身の回り品を買い揃えた。
築地で仕事をしている友人にメールを送り、
”軽く1杯” を誘いかける。

5分後には二つ返事でOKの返信あり。
落ち合ったのは「三州屋 銀座一丁目店」だ。
「三州屋」は2丁目にも銀座店があり、
雰囲気は銀座店だが、あちらはかなり立て混む。
その点、一丁目はだいぶ静かだからリラックスして飲める。

入店したのはほぼ同時。
おきまりのサッポロ黒ラベルで再会を祝した。
店内を取り仕切るのは
ちょっと見、八十路にならんとするオバちゃんがただ独り。
コンパクトなスペースといえども
ある客は食事、またある客は晩酌と相当な数である。
これを一人で捌くのだから、チャイナ娘ではハナからムリだ。

ビールを飲みつつ、料理注文のタイミングを見はからう。
いや、これがホントに難しい。
こちらと思えばまたあちら、オバちゃんは始終、
動き回っているから、なかなか捕まらない。

どうにかお願いできたのは刺身の盛合せ。
厨房には年配と若いのと二人いて品物はすぐに整った。
まぐろ赤身・ぶり・真鯛の3種。
真鯛は皮を残して霜降りにした松皮造りである。

つい、行きつけの「三州屋 神田駅前店」と比較してしまう。
見た目も食味も行きつけには遠く及ばず。
皿の上のサカナたちに活気がない。
躍動感がまったく伝わってこない。

これもまた「三州屋」の定番、白鶴の燗に切り替えた。
都内各地に散在する「三州屋」は
それぞれ採算は独立していても
ビールはサッポロ、清酒は白鶴、これが不文律である。

刺盛りに満足がいきかねて、〆あじを追加した。
オバちゃんにずいぶんと気を遣いながらネ。
しばらくして届いた〆あじ。
一切れ口元に運んで、またもやガックシ。
塩気を感じるばかりで酢がまったく足りない。
酢〆でなくって、塩〆なのだ。
好きなタイプじゃないなァ。

口直しに何かほしいねェ。
壁の品書きから1品選んでみた。
すると、普段はおとなしい相方が
珍しくも異を唱えたのだった。

=つづく=