2018年6月29日金曜日

第1904話 神田なきあと六本木 (その2)

六本木は東京ミッドタウン近くの「三州屋 六本木店」。
仲間に先着して
生たらこをつまみに瓶ビールを飲んでいる。
普段、外食する際のたら子はちょい焼き一本やりだが
この日はあえて生をお願いした。

たらこはまったくピンキリだから
外したら最期、もうどうにもならない。
よってチョイ焼きに多少の救いを求めるわけだ。
刺身に適さぬイワシやアジは
煮焼きするしかないのと同じ。

都内に散在する「三州屋」だが
店によってバラツキがあるのも確か。
それでもそこは腐っても鯛、
この屋号にはある程度の信頼がおける。
めったなことにはなるまいとタカをくくった。
はたしてなかなかの上物。
添えられたおろしとともに楽しむ。

ほどなく面子が揃った。
Sクンの成功を祈り、ビールで乾杯。
彼が天豆、Fサンはかれい煮付けを通した。
かつて常連だったFサンが女将をみとめ、
立ち上がって彼女の元へ。
固唾までは飲まなくとも、われわれが注視するなか、
今にもハグせんばかりである。

ところが女将のほうはちっとも覚えちゃいなかった。
拡げた両腕は哀れ空振りの巻である。
アハハハ。
そりゃそうだろう
訊けばすでに20の月日が流れたというじゃないか
Fサンの髪は白いものが混じるどころか真っ白だもん。

本まぐろ刺しと肉どうふを追加して
一同、芋焼酎のロックに切り替えた。
鹿児島は小正醸造の小鶴くろである。
女将がグラスに満たす芋ロックは豪快。
ガッシリとしたタンブラーに氷を放り込んで
あとは一升瓶をドボドボドボ。
他店の倍近くはあるんじゃないか。

主役のSクンは本まぐろの刺身に舌鼓をポンポン打っている。
赤身と中とろのあいだってな感じかな。
これがたっぷりの1人前で880円はお食べ得。
あまりに美味い、旨いを連発するからもう1皿とってやった。

各自、キツい焼酎ロックを3~4杯飲ったろうか。
へべれけ一歩手前である。
さて、これから渋谷・三軒茶屋方面へ繰り出すとしようか。

「三州屋 六本木店」
 東京都港区六本木4-4-6
 03-3478-3796

2018年6月28日木曜日

第1903話 神田なきあと六本木 (その1)

この四月、なじみの「三州屋 神田駅前店」に
突然閉業されて途方にくれたJ.C.。
それではと、よすがを求めて
六本木店の訪問を心に決めたものの、
いたずらに2ヶ月の時を費やしてしまった。

ひょんなことから酒場で出逢い、
その後、酌交を続けているFサン。
ある夜の飲み会に彼が会社の後輩を連れてきた。
このSクンがJ.C.の高校の後輩と判明。
以来、何度か酒を酌み交わす仲となる。

此度、五十路を歩むSクンが転職するというので
ささやかな送別会を開く運びとなった。
実はFサン、「三州屋 六本木店」が
移転する前の旧店舗で常連だったそうな。
東京ミッドタウンそばの新店舗は未訪につき、
ぜひ、そこで飲ろうとなった次第だ。

六本木店は以前、ひいきにした鮨屋「兼定」のすぐ隣り。
その並びの突端にはもっと以前、
ひいきにしたワインハウス「ミスター・スタンプス」もある。
ともに数十年を超えて盛業中でまことに歓ばしい限りなり。

当日の仕掛けはちょいと早めの16時。
入口は開いていたものの、窓際はシャッターが下りていた。
昼からの通し営業と早合点していたのは間違いで
土日祝は16時オープンの由である。
まっ、往年のセブンイレブンのキャッチじゃないが
「開いててよかった!」

一部の例外はあるにせよ、
都内に散在する「三州屋」は基本、
ビールがサッポロ黒ラベル(または赤星も)、
清酒は白鶴と決まっている。

お運びのオバちゃんに
「お待ちになります?」―訊かれる。
「いや、大瓶ください、それと生たら子も」―応える。
背にした窓のシャッターがスルスルと上がった。

それにしても旧店とは似ても似つかぬ新店である。
小ぢんまりという形容がピッタリだ。
カウンター席はない。
お運びは中年の女性が2人。
厨房に店主の影が見える。

たら子は好物中の好物で、家ではもっぱら生食。
日本酒を振りかけて酒のつまみとするのだ。
外では常にチョイ焼きをお願いするのだが・・・。

=つづく=

2018年6月27日水曜日

第1902話 東京で初めて出会ったビアリー

文京区・千駄木の「とくじろう」にて
牛すじカレーをいただいたあと、
台東区・谷中との境界線上、へび道を歩いていた。
へび道だからクネクネである。
だいじょぶ、だいじょぶ。
ここではあえて渡辺真知子サンに登場は願わない。

出会ったのは「ルベーグ」というパン屋さん。
というよりベーグル専門店である。
カレー屋「とくじろう」も昨年の開店だが
こちらも昨年、しかも6月だからちょうど一周年。
何でも奈良県からやって来たそうな。
遠路はるばる、ご苦労さん!

ベーグルは好きではない、むしろ嫌いである。
質感があり過ぎて一噛みすると、
いつまでも口内にとどまってるのがイヤなのだ。
ベーグルの本場、ニューヨークに10年以上も棲んで
口にしたのはホンの数回に過ぎない。

ところが世の中よくしたもので
ベーグルの弟分に当たるビアリーは大好きだ。
日本人女性の中にはパンフリークが少なくないが
ビアリーをご存じの方はほとんどいまい。

小麦粉その他をこねて発酵させたあと、
熱湯でゆで、発酵を止めて焼き上げるのがベーグル。
一方のビアリーは”ゆで”の過程を省いている。
モチモチ感が抑制されており、食べやすい。

往時、ウォール街のオフィスに出勤すると、
最初に掛ける電話は近くのデリカテッセン。
朝食のデリヴァリーを頼むのだ。
毎朝、ほとんど変わらぬオーダーはかくの如し。

フライド・ボローニー w/ライトバター(バター少なめ)
ソフトボイルド・エッグ(3ミニッツ)
パイナップル・ジュース(缶)
トーステッド・ビアリー or イングリッシュマフィン
 w/ライトバター

ボローニーというのはボローニャ・ソーセージで
ぶっといヤツの薄いスライス。
ビアリーとイングリッシュマフィンは
それぞれ200回以上は食べてるネ。

「ルベーグ」で足がとまったのは
店頭の貼り紙に”桜海老のビアリー”を発見したから。
東京で初めて出会った懐かしきビアリー。
昔の恋人に遭遇した想いがした。

さっそく購入して翌朝食べると、どこか違うんだよなァ。
あちらでもオニオンやケシの実をトッピングするけれど、
しょっちゅう食べてたのはプレーンなヤツ。
それでもベーグルよりは断然ビアリーが好きだ。
肌を重ねた過去は
そう簡単に払拭できないものがあるんだネ。

「ルベーグ」
 東京都台東区谷中2-5-13
 03-6874-2538

2018年6月26日火曜日

第1901話 鮨屋転じてカレー屋に

上野は不忍池のほとりをめぐったあと、
不忍通りを北上していた。
根津から千駄木に差し掛かったとき、一棹の幟に出会った。
=スパイスカレー とくじろう=
変わった店名である。
昨今、大阪由来のスパイスカレーが
下北沢辺りから都内各地にまん延し始めているらしい。

そもそもスパイスカレーって稚拙なネーミングは何なんだ?
カレーにスパイスは当たり前じゃないの。
言わば、うどんを出汁うどんと呼ぶが如し。
いまだ大阪系のスパイスカレーを食べる機会に恵まれず、
いえ、機会なんぞいくらでも作れるんだが
とにかく食べたいという気が起こらない。

でも、このときは何の抵抗もなく、
「とくじろう」の店先に立ったのだった。
大阪のソレとは違うタイプみたいだし・・・。
不忍通りから小道に入ってすぐの場所。
店頭のメニューに見入った。
カレーは牛すじ、牛タン、キーマの3種が基本で
すじとキーマを合わせたダブルというのが売れ筋のようだ。

店内はカウンターが5席、2人掛け2卓、
3人掛け1卓とかなりコンパクトで先客は2組。
以前は鮨屋だったというが
こんなところに鮨屋なんかあったかいな?
まったく記憶にない。

カウンターの端に座って牛すじカレー(790円)を通す。
ほどなくサーヴされた大きな陶器のどんぶりには
真ん中にライスの島、その上に牛すじの丘、
そして周りを取り囲むようにカレーの海。
食卓でちょいとしたリゾート気分が味わえた。

こうなると政府・自民党が躍起となってる、
IRなんて必要ないんじゃないの。
そもそも現在の日本人の民度に照らすと
カジノとオペラはまだまだハードルが高すぎるんだ。
年間21兆円もパチンコに費やす国民性から
少しでも脱却するのが最初の一歩であろうヨ。

さて肝心のカレーである。
元鮨職人がカレー職人に転じて作るカレーである。
ボリュームはじゅうぶん。
牛すじもケチケチしていない。

ひたひたのソースをすくって口元に運ぶ。
ファーストアタックはクローヴ、いわゆる丁子だ。
他のスパイスはほとんど抑え込まれている。
美味いか不味いかと問われたら美味いと応えたい。
ただ、カレーらしいカレーではない。

牛すじ、牛タンはたっぷりだから
当店のカレーはカレー好き向けではなく、
肉好き向けでありますな。

「スパイスカレー とくじろう」
 東京都文京区千駄木2-47-10
 03-6338-8373

2018年6月25日月曜日

第1900話 焼きとん屋の焼肉

くさやオジさんを連れて四ツ木の2軒目。
先刻、駅から「ゑびす」までの道すがら、
前を通った焼きとん屋「吉か」に入った。
こちらも「ゑびす」と同じく、地元の人気店である。

開店の17時直後につき、先客はテーブルの1組のみ。
われわれはカウンターの左隅、
焼き台の真ん前に陣をとった。
ちょいと熱いが店主の手元丸見えの上席だ。

互いにビールに戻りたくなってスーパードライの大瓶。
お腹はかなりくちくなっているから
串は厳選にも厳選を重ねて注文しなければならない。
相方に任せっきりだと、
トンデモない事態を引き起こす懸念があるため、
ここでは当方が主導権を握った。

タン(塩)、こめかみ(塩)、テッポウ(ニンニク)、
そして特別に味付けされた焼肉というのを
それぞれ2本づつ通した。
気がつけば客が続々と押し寄せて
テーブルはほとんど埋まりつつある。
焼き方はてんてこ舞いの様子だ。

ビールは1本だけにして次は冷酒。
大関の300ml入りだったかな?
それを1本づつ飲んだ。
普段、飲みつけている菊正よりも甘めながら
嫌いな銘柄ではない。

やんちゃな相方が店主にいろいろ質問し始めた。
隣りで女将がハラハラして見ている。
「オヤジさん忙しいんだからあまり話しかけないのっ」
こう諫めると、すかさず女将、
「そう、そう、そうなのヨ」
ハハハ、くさやオジさんテレ笑い。
焼きとんオヤジは苦笑い。

タン、こめかみはどちらもグッド。
テッポウはそんなに硬くはないんだが
とにかくクニュコリ感強く、なかなか飲み込めない。
先刻のくさや同様に適当なところで嚥下したら
此度はノドチンコに痛みが走らなかった。
やれやれ。

最後の1本は焼肉というやつである。
部位はハラミでこれもまた串打ちされて出てきた。
噛み締めてみると、
おう、なるほど、本当に焼肉味だネ。
正真正銘、朝鮮焼肉の味付けだった。
ふ~ん、こういうのもアリなんだ。

すっかり出来上がったMr.Kusaya を
引きずるようにして四ツ木駅に戻る。
こちら北東、あちら南西、
酔いの口、もとい、宵の口にサヨウナラ。
葛飾・四ツ木、どこまでも平和なり。

「吉か」
 東京都葛飾区四つ木1-14-5
 03-3691-4211

2018年6月22日金曜日

第1899話 三重のカワハギ 愛媛のシマアジ

京成押上線・四ツ木駅で相方と合流。
向かったのは地域の人気店「ゑびす」だ。
数年前に近隣移転したおかげで駅により近くなった。
移転後は今回が初訪問である。

開店の16時ちょい前に到着すると
店先には3名の客が並ばずにたむろしていた。
時間がきて暖簾が出て中に招き入れられる。
カウンターに着こうとすると、
見覚えのある女将から
「お座敷でいかがですか?」
「いや、カウンターがいいな」

いきなり座敷はないやろ。
ほとんど言葉を無視して着席の巻。
まっ、常連をカウンターに座らせたいのは
判らないでもないがネ。

スーパードライの大瓶をシェアしながら
カワハギを2人前にシマアジを1人前お願い。
それぞれ三重と愛媛の産である。
本日の狙いはカワハギだったから
あえて2皿通した次第なり。

大食らいの相方は肉野菜炒め、
そしてヒトの忠告に聞く耳持たずのくさやを注文。
しばらくすると
「誰だァ、頼んだのは?」―
常連客のつぶやきが聞こえてきた。
さもありなん。

ちょいとばかり匂ったカワハギには大不満。
三軒茶屋・三角地帯の「KUNIKAGE」の肝和えが
すばらしかっただけに悔いが残る。
その代わり、シマアジがとてもよい。
間違いなく養殖だろうが
コリコリ感快く、滋味にあふれてもいた。
迷うまでもなくシマアジに軍配を挙げる。

こちらはボール(焼酎ハイボール)、
くさやオジさんは河豚のひれ酒と
それぞれ移行した。
下手な中華屋よりデキのよい肉野菜炒めが
ビールを誘うがボールにもピタリと寄り添う。

渋々、一切れだけ相伴に与かった、
くさやを噛みながらボールをお替わり。
それにしてもかてェな、このくさや。
適当なところで飲み下すと、
ノドチンコの辺りに痛みが走りやがった。
だから言わんこっちゃないんだヨ。
少々、八つ当たり気味のJ.C.であった。

「ゑびす」
 東京都葛飾区四つ木1-28-8
 03-3694-8024

2018年6月21日木曜日

第1898話 白くはなかった白レバー

数か月前に門仲・木場とハシゴした、
のみともからメールが来信。

―明日空いてたら北千住で飲まない?
―いや、空いちゃいないが四ツ木あたりで独り飲み。
―四ツ木ってどこ? ジョインしていい?
かまわんヨ。

てなこって、べつにジャマになるわけでもなし、
オッサンを引率する運びとなった。

例によって行き掛けの駄賃を検討する。
葛飾区・四ツ木へは京成電車を利用。
浅草方面からではなく、
上野から京成本線で向かったため、
途中、青砥で京成押上線に乗り換え、
都心方面に戻るカタチとなった。

よって四ツ木の一つ手前、立石で飲むのが好都合。
終戦直後の闇市の面影を残す立石駅界隈は
世界遺産に登録されずとも
都内遺産としての価値はじゅうぶんにあろう。

初めて入った店は「温故知新」。
店内を見回しても品書きに目を通しても
ネーミングの意図はさっぱり伝わってこない。
さっそくスーパードライの中ジョッキをグイッと飲った。

串モノの注文を通す。
鶏トロハツは大きめの心臓が3個。
下に敷いたもやしは必要ないが、とにかく旨い。
それよりもここの串は竹串ではなく鉄串。
「熱いのでお気をつけください」―
注意を忘れてつまんじまい、「アッチッチ!」

ピーマンもデカかった。
半割りにしたのが3切れだから1個半分だ。
これは振り塩がトゥーマッチでしょっぱかった。
それでも好きな野菜につき、バリバリと平らげる。

もっとも期待度の高かった白レバーが
大根おろしを従えて現れた。
立派なサイズながら見た目はフツーのレバーである。
一噛みしても別段、濃厚な脂っ気は感じない。
割り箸で裂いたが、やはり脂肝ではなく血肝だ。
白くはなくて赤かった。
当然、不満が残る。

不満といえば席料100円というのも何だかなァ。
呑ん兵衛の聖地、
立石でこういうマネはしてほしくないねェ。
駄賃のせいで時間に追われてしまい、
再び押上線に乗って隣りの四ツ木に向かいましたとサ。

「温故知新」
 東京都葛飾区立石7-2-4
 03-6657-6674
 

2018年6月20日水曜日

第1897話 三角地帯でハギとシラウオ (その2)

三軒茶屋の三角地帯にある「KUNIKAGE」。
兼八をゆるりと味わっているところへ
かわはぎ肝和えがサーヴされた。
実は注文の際、目の前の造り手、
おそらく店主だろうが、短いやりとりがあった。

「かわはぎの状態はいいですか?」
「ハイ」
「オススメできる?」
「ハイッ!」
いいでしょう、いいでしょう、いただきましょう。

すでにカワハギは自身の肝と和えられている。
これをポン酢でいただくのだ。
一箸つけて、う~ん、いいネ、美味いネ、コイツは―。
こういうモノはそのタチもさることながら鮮度が命。
殊に肝はアシが速いのでちょいと時間を置くと
たちまち臭みが出てしまう。
その点、当店の一品は文句のつけようがなかった。

期待通りのハギ君に頬は緩み、機嫌までよくなる。
われながら単純なものだ。
グラスがカラになり、芋焼酎・山ねこのロックに。
相方はサントリー竹鶴の水割りをなめている。

肝和えはまったくもって兼八に良し、山ねこに良し。
つまみがさらにもう一つほしい。
協議の末、しらうお天ぷらを所望した。
これもまたJ.C.の好物なのである。

やや大き目のシラウオはバラ揚げにされて登場した。
ちょいと高級な天ぷら店では
数尾まとめて揚げられることが多いが
ここは専門店じゃないからネ。

いや、これもなかなかである。
塩を振っていただくのが何よりである。
この時期なら青森は小川原湖の産とみて
まず間違いはなかろう。

思いがけない佳店にめぐり逢え、
頭の中にミック・ジャガーの歌声が響き渡る。
どの曲だ? ってか?
もちろん「サティスファクション」でんがな。

お勘定は7千円でオツリがきた。
ありがたきシアワセなり。

夜の三角地帯を再び迷歩。
吟味に吟味を重ねて1軒のスナックに突入。
いやはや、これがまたアタリ!
いかん、いかん、またミックが歌い始めたぜ。

  ♪ I can't get no satisfaction  ♪


「KUNIKAGE」
 東京都世田谷区三軒茶屋2-14-16
 03-6413-8026

2018年6月19日火曜日

第1896話 三角地帯でハギとシラウオ (その1)

松陰神社から三軒茶屋へとぶ~らぶら。
世田谷通りと環七が交わる場所は
ラジオの道路情報で耳に馴染みのある若林交差点。
ゆっくりと20分ほど歩いたろうか、三軒茶屋に到着した。

この日の夜は都内に残ったプチ・ラビリンス、
三角地帯で飲むつもりだ。
時計の針は・・・というのは嘘で
腕時計をしないから
ケータイのデジタルをチェックすると15時ちょっと前。
いくら何でも晩酌には早すぎる。

向かった先はカラ館である。
本当は遠い町まで数時間歩いて
移動するのが理想なれど、
ターゲットがこの地だから致し方ない。
マイクを手に、しばしのキリング・タイムである。

夜がやって来た。
迷宮の迷路を迷走、もとい、迷歩して
狙いをつけたのは「KUNIKAGE(クニカゲ)」。
日本酒の取り揃えに秀でた和食店のようだ。

小ぢんまりとした店のカウンターに落ち着いた。
ビールはサッポロラガー(赤星)だ。
昨今、この銘柄にこだわる店が増えて別段、
珍しくも何ともなくなった。
いえ、嫌いじゃないですけど―。

突き出しはタコときゅうりの酢の物。
二杯酢だった。
初めの注文は相方がリクエストした〆さばと水なす刺し。
そして当方が寵愛するかわはぎ肝和え。
何たってハギ君には目がないからネ。
刺身に限ればフグより好きなハギである。

〆さばも水なすもそれなり。
水なすは泉州・岸和田の特産だが
昨夏、近所のスーパーで購入した、
茨城産水なすも悪くなかった。
味覚にさしたる落差はないし、価格が5分の1だもの。

ハダカ麦焼酎・兼八のロックに切り替えた。
最後に飲んだのは去年の9月。
谷中の「のんびりや」だったと記憶する。
特有の香ばしさは焼酎界のシングルモルトと言ってよい。
もっともウイスキーはほとんど飲まなくなったけれど―。

さてさて、かわはぎ肝和えが整った。

=つづく=

2018年6月18日月曜日

第1895話 再訪かなった松陰神社 (その2)

世田谷区は松陰神社の参道に店を構える中華「一番」。
最初に運ばれた焼き餃子はニンニクが効いていた。
塩気も強いから醤油が要らないほどだ。
一つそのまま食べて、あとは辣油と酢で―。

ラーメンの中細麺はつるりとしてスープには酸味がある。
バラ肉チャーシュー・シナチク・ナルト・ほうれん草が
どんぶりを彩るなか、シナチクの美味しさが際立つ。
こいつを一皿もらってビールの友としたいくらいだ。

オムライスはどこでも見掛けるけれど、
近年、ぱったり姿を見せなくなったチキンライス。
その稀少さについ誘われて注文したわけだが
残念ながらあまりデキはよくなかった。

ケチャップが多すぎるせいかベチャッとした仕上がり。
ありがちな豚バラ肉ではなく、鶏もも肉が使われており、
あとは玉ねぎだけの正統派チキンライスである。
6粒のグリーンピースが懐かしくも可愛らしい。
おそらく創業当時と変わらぬ味であり、姿なのだろう。

いつしかテーブルは埋まり、
カウンターにも何人か着席するようになった。
たまたまかもしれないが昼からビールを飲む客が多い。
浅草か上野の中華屋にいるみたい。
台東区と世田谷区、意外なところに共通点を見いだした。

食後、松陰神社を訪れ、あとは界隈の散策にいそしむ。
若林公園から国士館大学正門に差し掛かると、
何とも古びた建物に出くわした。
コンクリートの廃墟と言っても過言ではない。

驚くなかれ、これが世田谷区役所ときたもんだ。
台東区役所も古ぼけちゃいるが、こちらはそれ以上。
文京区や墨田区の立派なソレと比べると、
相当に見劣りがする。
これが同じ23区内の区を代表する、
お役所とはとてもとても思えない。
しかも都内随一のセレブ感伴う世田谷区でっせ。

区役所の正面玄関に回ってみると、
そこは表の面(おもて)、裏の顔とはずいぶん違う。
化粧を施したというんじゃないが
どうにか見られる顔になっていた。
オマケにカレーのいい匂いが漂っているしネ。

ふと思って匂いの元、地下の食堂に降りてみたら
券売係のオジさんがやたら人なつっこい。
アフターランチと見て取られたか、
「お茶もありますヨ」だってサ。
「はい、また今度うかがいますネ」
世田谷通りを三軒茶屋方面に歩いて行きました。
 
「一番」
 東京都世田谷区若林4-20-10
 03-3414-3354

2018年6月15日金曜日

第1894話 再訪かなった松陰神社 (その1)

あれは去年の7月初旬だった。
小田急線・梅ヶ丘駅近くの「いこま寿司」で
ちらし寿司をいただいたあと、訪れた松陰神社。
その参道に1軒の中華屋を見つけ、
あふれる昭和の匂いに懐旧の思いを抱いた。

即座に連想したのは
小津安二郎の遺作、「秋刀魚の味」。
東野英治郎と杉村春子の父娘が営む、
うらぶれた町中華が脳裏をよぎったのだ。

照明を落とした店内は薄暗く、
中休みの時間帯の様子だった。
以来、行こう行こうと思っていたものの、
なかなか機会に恵まれず、
飲む・食う・歌うの相棒を誘って
ようやく願いがかなう運びとなった。

東急世田谷線・松陰神社前で落ち合う。
踏切を渡り、神社に向かって進むと
「一番」の袖看板が見えてきた。
切盛りはオバアちゃんとオバちゃん、
それに若い男性の3人である。

先客はカウンターに1人、4人卓に1組。
ほとんど食事は終っている。
4人卓をすすめられたがカウンターに着いた。
照明のせいか、最初のイメージより明るく、
さほど古びてもいない。
それでも昭和の匂いが濃厚に漂っている。

接客のオバちゃんにキリンラガーの中瓶をお願いし、
菜譜に目をこらす。
タイトルロールの一番メンには
いろんな具が入っていて、塩味卵とじあんかけ
の但し書き。
これをごはんに盛ると一番丼となる由。
餃子には
手造りにて、売り切れ御免。5つ。
とある。
味噌ラーメンの隣りに
他店では見掛けぬ”味噌つゆなし”というのがあって
竹の子、しいたけが具。
とのこと。
なかなか親切な説明である。

吟味に吟味を重ね、ラーメン・餃子・チキンライスを所望。
さっそく調理担当のオバアちゃんが動き出した。
あれっ! あれれれっ!
オバアちゃんじゃなくてオジイちゃんじゃんか!
よく見りゃ、白髪にパンチパーマがかかってるヨ。
バッハみたいな頭してるから、てっきり女性かと思ったぜ。
相方はお茶の水博士と呼んでたがネ。

=つづく=

2018年6月14日木曜日

第1893話 北へ南へ 亀有の迷走 (その3)

亀有の「空(くう)」である。
何と表現しようか、有態にに言えば創作和食の店だ。
ビールのあとに供されたのは小松菜&京揚げの煮びたし。
これは悪くない突き出しである。

品書きをながめながら相談して決めてゆく。
と言ってもほとんどが相方の好みだがネ。
まず刺身から、かつお・つぶ貝・水なす。
そしてグリーンアスパラと舞茸のバター炒めを。

盛合せで来た刺身を一べつして驚愕した。
生まれてこのかた、こんなに黒いかつおは見たことがない。
かくも黒ずんだ生モノを提供する料理人の良識を疑う。
ここで席を立つわけにもいかないし、
どうにか1切れだけ味わうと、見た目よりは多少マシだった。
とてもじゃないが、あとは手をつけず。
ただし、つぶ貝、水なすはそれなりで
バター炒めは相方が歓んだくらいだ。

山形県・酒田の産、初孫の冷酒に切り替え、
まっくろ、もとい、まぐろ、もとい、かつおには目をつむり、
九条ねぎのぬたと穴子の天ぷらを追加。
ともに水準に達していたから一品の狼藉を嘆くしかあるまい。
会計は5200円。

不完全燃焼の二人は再び南口へ。
あちこちさまよった挙句、
ここぞと狙いを定めたイタリアンには満席で蹴られた。
それではビールでも飲み直そうと
困ったときの「ときわ食堂」にすがる。

スーパードライの大瓶に
マカロニサラダとかつおの口直しのまぐろ中落ちを。
過ごすこと30分と少々だったが
隣りの卓の婆さん四人組がかしましいのなんのって!
しまいにゃ店主をイジりだしての大騒ぎ。
つけるクスリがねェな、ったく。
1300円を支払って退散の巻である。

先刻、蹴とばされれたイタリアンはまだ満席状態。
ここで迷走に愛想をつかした相方が提案したのは
「PRONTO」だった。
「エッ? プロントでっか? 入る気しないなァ」
「悪くないわヨ、ダイジョブだって―」
コーヒーを好まぬJ.C.はほとんど利用したことがないけど、
仕方があるまい。

ところがホントに悪くなかった。
ちょい飲みワイン赤というのを2杯づついただき、
つまみはどろソースのたこ焼きに鳥取すいかのカプレーゼ。
たこ焼きはごくフツーながらカプレーゼは特筆の珍しさ。
トマトの代わりに鳥取産源五兵衛すいかの醤油漬けを
使用したもので一食の価値大いにありの1皿だった。
日付が変わる前にお開きとしての勘定は金2300円也。
疲れたビー!

=おしまい=

「空(くう)」
 東京都葛飾区亀有5-23-11
 03-3628-6099

「ときわ食堂 亀有店」
 東京都葛飾区亀有3-11-13
 03-3603-7041

「PRONTO 亀有店」
 東京都葛飾区亀有3-25-1
 03-3601-6116

2018年6月13日水曜日

第1892話 北へ南へ 亀有の迷走 (その2)

JR常磐線・亀有駅の改札を抜けて北口に出た。
今宵の相方と会いまみえる前に
行き掛けの駄賃にあずかろうという腹積もりである。
焼きとんの「江戸っ子」は本日休業。
閉まっているシャッターを尻目に道を真っ直ぐ歩いて行った。

駄賃は「大八たから丸」。
漁船みたいな屋号の店は生モノ中心の立ち飲み酒場だ。
店内には常連と思しき先客が一人のみ。
サッポロ黒ラベルの中ジョッキをお願いする。
1杯390円は安いっちゃ安いネ。

本日のオススメからスミイカ刺し(490円)を選択した。
真っ白い身肉の上にトビッ子が添えられている。
味覚的には必要ないが彩りを重視したのだろう。
白い皿に白いイカだけじゃ殺風景だ。

これがなかなかに美味しい。
最初の一噛みはコリッ。
咀嚼を続けるとネトッ。
コリッネトですな、こいつは―。

気をよくして生中をお替わりしながら店主に訊ねた。
「平目とインドの赤身、どちらかオススメのほうを」
「平目じゃないですかネ」
「じゃ、ソレを」
はたして平目刺し(590円)はスミイカほどではなかった。
もうちょい硬直を残して歯応えがあったほうがよい。
お会計は1860円也。

亀有駅に舞い戻り、相方を拾って南口の「こぶた」へ。
北口の「江戸っ子」同様に焼きとんをウリとする居酒屋だ。
オリジナル酎ハイ(300円)のグラスを合わせた。
ん? 何だろう、コレ? バニラのような甘い香りがする。
好みのタイプじゃないな。

カシラを塩、シロ、レバをタレで2本づつ発注。
まずまずの焼き上がりながら特筆するものはない。
平均値よりやや上かな? といった印象だ。
グループ客が数組入店してきたので
早々のお勘定は1310円と割安だった。

次に向かったのは再び北口の「空(くう)」。
実は「大八たから丸」を出たあとで当店の前に差し掛かり、
店頭の品書きにそそられたのだった。
経緯を伝えると、相方の瞳が期待感に輝き始めた。

ところが、とかく人生はままならぬ。
スーパードライで本日2度目の乾杯をしたとき、
希望が瞬時にして絶望に変わることなど、
われわれの想像の範囲を超えていた。

=つづく=

「大八たから丸」
 東京都葛飾区亀有5-20-8
 03-5613-8540

「こぶた」
 東京都葛飾区亀有3-40-5
 03-6323-0126

2018年6月12日火曜日

第1891話 北へ南へ 亀有の迷走 (その1)

しばらく遠征していなかった葛飾区・亀有。
そう「こち亀タウン」ですな。
かつてこの町は亀有ではなく亀無、
あるいは亀梨と呼ばれていた。

かつてといってもはるか昔で
鎌倉幕府滅亡後の室町時代から戦国時代、
さらには江戸時代初期までのことだ。
それが江戸幕府開府後数十年を経過して亀有となった由。
有ると無しでは正反対だから
世にも珍しい改名といえよう。
まっ、亀無でも亀有でも、こち亀はこち亀だネ。

その亀有に東欧料理の店があると聞き及んで
訪れるつもりになったのだった。
誘いを掛けたのはワイン好きの旧知の友。
飲める場所にはどこにでも現れる御仁である。

日取りを決めて予約の電話を入れると
なんでも当日は臨時休業なんだと―。
JR日暮里駅前の広場にて催される、
イベントに出店するんだと―。
なんだってわざわざ葛飾区から
荒川区にしゃしゃり出て行くんだよぉ!
ご苦労なこったが、こちとらには迷惑だ。

この旨、相方へは報告しなかった。
やりとりが面倒くさいし、代替店など簡単に見つかる。
時の流れに身をまかせて
そのまま亀有駅で落ち合うことにした。

その夕べ。
時間を少々もてあましたので日暮里へ。
くだんのレストランの屋台を
冷やかしてみようと思ったのだ。
予想通りにあまりパッとしなかったが
出店(でみせ)とは元来、こんなものであろうヨ。
ほかに惹かれる店とてなく、早々に立ち去った。

日暮里と亀有はJR常磐線で繋がってはいるものの、
北千住で各駅停車に乗り換えなければならない。
メトロ千代田線の延長線上だから
亀有と金町は東京メトロの駅として
認識している乗客も少なくないだろう。

「こち亀タウン」に到着。
待ち合わせの時間にはまだまだ余裕があった。
今宵の候補を何軒か頭に思い描く。
相方は穏やかな性格の持ち主だから
急な変更にもヘソを曲げることはない。
ましてや、あのアホウみたいに
もとい、アソウみたいに唇を曲げることなどあり得ない。
まったくもって、あり得ないバカだヨ、
あのひょっとこ野郎は―。
あゝ、書いてて気分が悪くなってきたぜ。

=つづく=

2018年6月11日月曜日

第1890話 ローラじゃないわ ドローラよ (その2)

NHK・FM「オペラファンタスティカ」の「仮面舞踏会」。
ヴェルディ中期の傑作である。
キャスト紹介にドローラ・ザジックの名を聞いて驚喜した。
そう、ローラじゃなくってドローラ。
役柄は女占い師というか、ほとんど呪術師のウルリカである。

アメリカでもっとも成功を収めたメゾソプラノの一人に
数えられる黒人歌手は
オレゴン生まれのネヴァダ育ちの66歳。
彼女を初めて観たのは1991年12月28日だった。
メトロポリタン歌劇場(以下メト)における「アイーダ」で
実はこれがわが人生初のオペラ鑑賞であった。

おつき合いで同行した初オペラはよく判らなかったものの、
漠然と自分にはミュージカルより
オペラのほうが合ってるな、そう感じたのも確かだ。
オペラに出会うまでは人並みにブロードウェイに出掛けた。
「コーラス・ライン」、「ミー・アンド・マイガール」、
「レ・ミゼラブル」、「オペラ座の怪人」、「美女と野獣」、
「ミス・サイゴン」、つらつら思いだすに
スラスラ出てくるのはそこそこ観てる証しといえよう。

それがヴェルディの「リゴレット」や「ラ・トラヴィアータ(椿姫)」、
プッチーニの「トスカ」や「ラ・ボエーム」や「トゥーランドット」、
はたまたモーツァルトの「フィガロの結婚」など、
とっつきやすい演目をむさぼるように観続けることとなる。
ブロードウェイよさようなら、リンカーンセンターよこんにちは。
日常生活にコペルニクス的転回が訪れたわけだ。

さて、初体験のオペラ「アイーダ」の際、
エジプトの王女アムネリスを演じたのがドローラ。
タイトルロール・アイーダの恋敵だが
素人の目と耳にさほどの印象が残ったわけでもなかった。

先述のように、いつしかオペラにハマッてメト通いのJ.C.。
それなりに耳目が肥えたのだろう、
’94年2月5日に再度、同劇場にて
「アイーダ」に接したときは感動に身を震わせましたネ。

とりわけドローラのアムネリスには鳥肌が立ちまくる。
ドラマティックでありながら澄み切った声色に魅了された。
以後、ドローラ・ザジックの名は
我が脳裏に深く刻まれたのでした。

もっとも劇中、ちょいと太めの彼女が
ステージを走り抜けるシーンでは
富永一朗の漫画、
「チンコロ姐ちゃん」を連想してしまい、
思わず苦笑いしたのも事実だった。

まだまだ現役で頑張るドローラ。
ソプラノに比してちとドロくさい役回りが多いメゾだが
これからも末永く歌い続けてほしいのです。

2018年6月8日金曜日

第1889話 ローラじゃないわ ドローラよ (その1)

大阪市内で歯科医院に勤務する読者のらびちゃんから
メールが飛来した。
当コラムにおける”懐かしのメロディー”には
鋭い反応を示すお嬢である。

先々週のヒデキの稿について
1曲くらい歌詞の披露があってもいいんじゃない?
というご意見だ。
ごもっともながら亡くなった直後は
どのチャンネルも「YOUNG MAN」や
「傷だらけのローラ」を流し続けていたからねェ。

彼女のメールにあった彼女のベストファイヴを
無断で掲載させてもらいましょうか。
 
① 傷だらけのローラ
② 情熱の嵐
③ 激しい恋
④ 勇気があれば
⑤ 君よ抱かれて熱くなれ
 次点:ブルースカイ ブルー

ということでありました。
「傷だらけのローラ」のベストワンは一致しているし、
「情熱の嵐」と「激しい恋」もちゃんとファイヴ入りしている。
「ブーツをぬいで~」と「ブーメラン~」の選外は意外だけどネ。
 
山口達也と日大アメフトを取り上げろ!との仰せに
この場を借りて返答しておきましょうか。
理由は語らぬが勘弁してくださいヨ。
 
さて先週の金曜日。
ラジオのNHK・FMに周波数を合わせた。
「オペラファンタスティカ」なる番組が
ヴェルディの「仮面舞踏会」を流してくれるからだ。
バルセロナのリセウ劇場公演版である。
 
「仮面舞踏会」は大好きな作品。
史実に基づいており、1792年に起こった
スウェーデン国王グスタフ3世暗殺事件を題材にしている。
初演された1859年当時は事件の記憶が
まだ欧州全体に残っていたため、
脚本の舞台は北米のボストンに移された。

その後、スウェーデン版も広く上演されるようになり、
J.C.はニューヨークのメトロポリタン歌劇場で
両版に接する幸運に恵まれている。
ともにすばらしい舞台ながら
より緊迫感に満ちたスウェーデン版のほうに軍配かな。
とはいえ、どちらもフランコ・ゼッフィレッリが
手がけたステージは息を飲むほどの美しさであった。

=つづく=

2018年6月7日木曜日

第1888話 満足のフレンチ惣菜

平和でのどかな尾山台から帰宅した。
軽めの夕食はディナーというよりサパーだ。
ワインは2日前に抜いたキャンティ・クラシコ。
マッツェイのフォンテルートリ2015年がボトル半分ほど残っている。
フレンチ惣菜にイタリアワインもまたよかろう。

日本では鎌倉幕府が滅亡した頃から
ワイン造りを始めていたマッツェイ家が
カステッロ・ディ・フォンテルートリを買い取ったのは1435年。
キャンティという名称の名付け親もまたマッツェイ家である。

まずカイエットを4枚ほど薄くスライスした。
カイエットは豚の粗挽き肉とほうれん草を
豚の網脂に包んで焼き上げたもの。
ちょいと手の込んだハンバーグといった趣きかな。

ワインとグラス、カイエットとナイフ&フォーク。
冷凍庫にはこぶし大ほどにカットした、
フェルツのバゲットが数個あるのでそいつを一つ解凍し、
バターとともに食卓へ。

う~ん、ハーブの効いたカイエットがいい感じ。
キャンティとの相性もきわめてよろしい。
「オー ボン」はスイーツだけじゃないんだネ。
どこのデパ地下にもある某社の惣菜のはるか上をゆく。
しかもそんなに高くもなく、むしろ割安感があるくらい。

その翌日。
ピエ・ド・コション(仔豚の足)のカツレツと
グラタン・ドフィーヌ(ドフィーヌ風ポテトグラタン)の夕食である。
この豚足料理を初めて食べたのは1971年のパリ。
精肉市場があったレ・アール地区の
その名も「オー・ピエ・ド・コション」だった。
深夜まで開けている店でオニオン・グラタンがつとに有名。
まっ、どちらもさほど美味しいものではなかったと記憶する。
1997年に再訪したが初回同様、料理には感心しなかった。

はたして「オー ボン」の豚足はよかった。
骨を外してあり、とても食べやすい。
ゼラチン質が口中でクニュクニュと溶けてゆく。
これには酢の効いたフランチ・マスタードがピッタリだ。

アルミのケースに入ったグラタン・ドフィーヌは
すでに調理済みで焼き目がついている。
そのままフライパンに乗せ、弱火で下部を温め、
そうしてから上面をオーヴンで軽くあぶる。
こちらはまあそれなりの仕上がりだった。

とはいえ、カイエットとピエ・ド・コションは二重丸。
ほかの惣菜もぜひ試してみたい。
毎月はムリとしても 3ヶ月に1度くらいは
東急目黒線の乗客になる覚悟を決めました。

2018年6月6日水曜日

第1887話 可愛い町並み尾山台 (その2)

「オー ボン ヴュー タン」のフレンチ惣菜をぶら下げて
ぶらぶら歩く尾山台の町。
今度はソーセージ専門店の前で足がとまった。
近頃、アブナいと話題になっているハム・ソーセージだが
好物だからしょっちゅう食べている。

ハムはロースが一番。
プロシュートやハモン・セラーノなど生ハムも好む。
多種多様のソーセージなら
スライスして食べる大型のボロニアやモルタデッラ、
ミュンヘン名物のヴァイスブルストあたりが好きだ。

窓に貼り出されていた製品写真に見入っていると、
その端っこに猫の写真を1枚発見。
そう、里親探しである。
推定2歳の三毛猫はもちろんメス。
トイレのしつけも済んでおり、とても可愛い面立ち。
実物に逢いたくなったが逢うと別れがツラくなる。
ここはガマンの一手、心を残して立ち去った。

ランチのハンバーグはだいぶ消化された様子で
そろそろ1杯飲りたくなってきた。
あっちゃこっちゃフラフラした挙句、
探し当てたのは大衆食堂にして大衆酒場の「とんみ」。
目抜き通りからちょいとはずれた場所にあった。
この町らしからぬ下町風情がふんわか漂っている。

先客はオッサン1人、そして初老の3人組。
3人組はJ.C.と入れ替わりに退店していった。
壁にビールを値上げした旨が明記されている。
この春、各メーカーは業務用を値上げしたからネ。
それでもスーパードライの大瓶が750円だ。
生ビールみたいにジョッキの底上げで
客の目を欺くことのできない瓶ビールは
儲けが少なく、飲食店泣かせなのだ。

オバちゃんの接客にオジさんの調理。
息の合った二人体制はご夫婦だろうか?
いや、どうもそうではないらしい。
まっいいや。

突き出しのゆでもやしをつつきながら
先刻、大岡山で頼みそこなった串かつを通すと売切れ。
というより仕込みをサボッたのだろう。
それではと厚揚げ焼きをお願いした。

TVは”ミツバチを襲う農薬”の問題を特集していた。
養蜂農家が岩手県と全農を訴えたという。
そうだよなァ、農薬を散布されたひにゃ、
ハニービーはひとたまりもなかろうに―。

ここでドヤドヤっと、
老若織り交ぜたサラリーマンが8人で来襲。
こちらはカウンターに席を移してビールを飲み切り、
厚揚げを食べ切って早々にお勘定。
今宵はこのまま帰宅してワインでも飲むとしよう。
「オー ボン」のカイエットをつまみにしてネ。

「とんみ」
 東京都世田谷区尾山台3-34-1
 03-3702-0365

2018年6月5日火曜日

第1886話 可愛い町並み尾山台 (その1)

やって来たのは東急大井町線の尾山台駅。
なぜこの町のことを思い出したのかというと、
昼食後に通り過ぎた目黒線・洗足駅前の光景に
インスパイアーされたからだ。
大木に育つ前の可愛いいちょう並木を目にして
あゝ、尾山台の駅前通りに似ているなと感じた。

前回訪れたのは2003年。
「鮨 徳助」のつけ台で独り飲んだのだった。
あれから15年も経っているというのに
ハッピーロードの並木はちっとも変わっていない。
いちょうってのは成長が遅いのかネ。

懐かしさのつれづれに歩を進めてゆく。
おおっと、「徳助」が同じ場所で営業してるじゃないの。
あれれ、「オー ボン ヴュー タン」が消えちゃってるヨ。
ここでは2001年に当時のGFとお茶を喫んだ。
コーヒーだったか紅茶だったか、
生菓子だったか焼き菓子だったか、
まったくのアウト・オブ・メモリーなれど―。

ほどなく駅前から続いたハッピーロードが環八にぶつかる。
おやおや、「オー ボン」があったヨ、あった。
すぐそばに移転したんだ。
今日はスイーツをねだるツレもいないし、
もともと甘いものに興味もなければ、
外でお茶する習慣もないJ.C.である。
いったん駅方面に戻ろうと思ったが
旧懐につまづいて入店してみた。
いえ、別れたGFにじゃなくて、昔訪れた店にネ。

うわっ、店内は買い物客でごった返している。
それもほとんど女性ばかり。
さすが世田谷区、このプチタウンには
セレブがいっぱい棲んでるんだねェ。

でも、よお~く見ると、みんなそんなにキレイじゃないんだ。
ただし、みんなとてもキレイな洋服を着てるんだ。
あんまりジロジロ見てると通報されかねないので
奥の惣菜コーナーに向かった。
はて? 以前は惣菜なんてあったかな? 

荷物を持って歩くのがきらいなクセに
魔が射して結局は薬局、
3品も買い込んじまっただヨ。
ピエ・ド・コション、カイエット、グラタン・ドフィーヌ。
何のこっちゃい?
そりゃ、そうでしょう、判らないのがフツーです。
説明は次話にゆずるとして
さらに尾山台の散策を続けましょうゾ。

=つづく=

「オー ボン ヴュー タン」
 東京都世田谷区等々力2-1-3
 03-3703-8428 

2018年6月4日月曜日

第1885話 「やかん」のやかんはヤバかった (その2)

大岡山は「大衆酒場 やかん」のカウンターに独り。
当店の名物はその名もやかん。
やかんに入った焼酎をグラスに注いでくれ、
ジョニ赤のボトルに入ったシロップで
客がおのおの勝手に割るスタイルだ。

せっかくだからそのやかんを所望した。
割り材のスペースをあけるために生(き)でやると、
いや、けっこうな度数であった。
梅風味のシロップで割ろうにも
とにかく焼酎を飲まなきゃ、割るに割れないのだ。
お1人様3杯までのローカルルールが設定されてるけど、
こりゃ3杯も飲めんぜよ。

豆あじを2尾残したので何かつまみを頼まねば―。

塩豆(150円)  揚げ立てとうふ(260円) 
かりかりウインナー(280円)  昭和のハムカツ(280円)
貴族のハムカツ(380円)  山形三元豚もつ煮込み(330円)

品書きにはそんなところが並んでいる。
ちなみに貴族のハムカツはハム+チーズの重ね揚げ。

女性客が串カツを注文した。
オニイさんはソースかポン酢を訊ねている。
彼女たちはポン酢を指定した。
ふ~ん、串カツにポン酢ねェ。

テーブルのグループ客が自家製しゅーまいを3人前も頼んだ。
どうやら人気メニューであるらしい。
1人前2個と聞いて便乗してみた。
豆あじみたいに7つも来られちゃ手に負えないからネ。

しゅーまいは可も不可もナシ。
独り飲みには手軽なつまみではアル。
先刻のハンバーグのおかげで腹にはもう何も入らない。
やかんの酔いがも軽く回ってきて
お替わりをする気にもなれない。
いったん生ビールに戻すことにした。

おっと、ここにもガリ酎ハイがあるじゃないか。
思い出すなァ、本八幡の酒場「馬越」を―。
あれは今年の1月末。
隣りに座った見ず知らずの女性に
味見させてもらったガリハイであった。
その名の通り、ガリ(漬け生姜)をブチ込んだ酎ハイだ。

「馬越」だけのオリジナルかと思いきや、
その後、他店でもちょくちょく見掛けるようになった。
もっとも自分で注文することは
これまでもこれからもまずないけどネ。

はて、次は何処に行こうか?
戸越銀座、旗の台、九品仏、候補地が浮かんでは消える。
自由が丘や二子玉川みたいな大きい街には行きたくない。
ここでピンと来た小さな町がありました。

「大衆酒場 やかん」
 東京都大田区北千束1-62-2
 03-6421-1588

2018年6月1日金曜日

第1884話 「やかん」のやかんはヤバかった (その1)

極上のデミ・グラスに魅了されたあと、
徒歩にて大岡山の町へ向かった。
15年前に歩いた同じ道すじである。
住宅街を抜けて洗足駅前のいちょう通りに出た。

一度訪れたことのある日本そばの「森もと」は健在。
目黒線の線路を渡って洗足駅の反対側へ。
イタリアンの「トリノ」も営業を続けている。
歓ばしい限りなり。

「杉山亭」を出て20分あまり、大岡山に到着した。
予定通りに北口商店街を歩く。
時刻は15時半、狙いを定めた「大衆酒場 やかん」へ。
普段は17時開店ながら週末は15時に暖簾を出す。

界隈では人気を誇る酒場と聞いていたが
ちょいとばかり拍子抜けの感あり。
下町を中心として
都のイーストサイドに流れる空気とは異質の匂い。
情緒に欠ける雰囲気が漂う。

大きなL字カウンターに先客は単身の男性が二人のみ。
ところがすぐに入店してきたグループは
奥のテーブル席に誘導された。
そのあとの女性二人組はJ.C.の隣りに着いた。

アサヒの中ジョッキを傾けながら品書きの吟味。
シーフードサラダはいただいたものの、
ハンバーグのあとだから魚系から択ぶつもりだ。
あじフライ(300円)と豆あじフライ(330円)に目がとまる。
なぜか豆あじのほうが高い。

カウンターのオニイさんに
「豆あじは南蛮漬けじゃなくてフライなの?」
「フライですヨ」
ホントかな? サスピシャスになりながらも
「じゃ、ソレください」

はたして運ばれたのは
黒胡麻をまぶした小麦粉をはたいただけの唐揚げだった。
しかもアタマが硬いのなんのっ!
豆あじだから小柄なんだが7尾も盛られている。
添えられたレモンを搾り、挑んでみたものの、
こりゃ到底、食べ切れんわ。

1尾目はアタマから丸ごと。
あとはアタマを外してどうにか5尾までやっつけた。
「やっぱ、アタマ硬いですか?」
「うん、かなり硬いネ」
ここで豆あじはギヴアップとなりました。

=つづく=