2018年12月31日月曜日

第2035話 友 遠方へと帰る (その2)

赤城の山も今宵限り、じゃなかった、
平成30年も今宵限り。
来年の今月今夜は
新しい年号最初の大つごもりとなりますな。

さて、少々遅刻をして「3代目 むら上」に駆けつけると、
オッサン2人は2階の座敷で
生ビールのジョッキを合わせたところであった。
取り急ぎ、もう1つお願いしてめでたく乾杯。

直後に届いた突き出しは白滝のたら子和え。
先刻の愚品とは対照的に真っ当なモノが出てきた。
そしてすでに2人が通してくれていた、
みょうがきゅうりが運ばれる。
3人で3鉢はちと多かろう・・・と思ったものの、
これがアッサリと上品でイケる。
きゅうり主体ながら特殊なピーラーで
そぎ切られており、食感がとてもよろしい。

当店の昼は丼やお重が中心だが
それでも通常のうな重だけでなく、
あいのり重、鰻まぶし丼、うなきも丼など、
品揃えは豊富だ。

夜はどうやら晩酌と食事が半々と見受けられた。
われわれはもちろん左党トリオにつき、
取りあえず飯粒は要らない。
たぶん、ずっと要らないことになるだろう。

1人4本当ての鰻ひと通り(1280円)というのを3人前。
陣容は、短尺・ひれ・肝・滋鰻つくねで、ひれがイチ推し。
自慢に滋鰻をかけたつくねは
おそらく鶏の挽き肉が混入しているらしく、感心しなかった。

ビールから焼酎のロックに切り替える。
最初にはだか麦の兼八、あとは芋の山猫を所望した。
どちらもグラスになみなみ注がれ、酩酊必至と相成ろう。
案の定、ホンの数杯でグラリと腰に来た。

ほかにも煮こごり、肝刺し、う巻きをいただき、
うな重やひつまぶしを欲しがる者とてなく、一次会はお開き。
支払いは3人で1万1千円。
うなぎを堪能したにもかかわらず、居酒屋並みである。
2匹のオッサンも唖然としていた。

大森に来たなら行く先は一つ。
そう、一度滑落したら易々とは這い上がれぬ地獄谷である。
およそ1年ぶりで老舗中の老舗、
というより、ヘル・ヴァレー最古のスナック、
「T」の止まり木に3羽のカラスが止まった。
和服姿のママは八十路まっしぐらにして変わらずお元気。

それぞれの行く末に幸多からんことを祈りつつ、
「大利根無情」の平手造酒よろしく、
地獄参りの冷や酒をあおるオッサンたちでありました。

それではみなさん、よいお年越しを!

「3代目 むら上 大森山王店」
 東京都大田区山王2-4-4
 050-5596-5920

2018年12月28日金曜日

第2034話 友 遠方へと帰る (その1)

今年の2月だった。
深川で飲み歩いた三匹のオッサン。
そのうち1人が年内に東京を引き払って帰郷するという。
そうしょっちゅう顔を合わせる仲ではないが
同じ顔ぶれで一夜、送別の宴を催す運びとなった。
集まるのは大田区・大森の鰻屋で
大井町にも店舗をかまえる「3代目 むら上」である。

当日、 例によって先乗りをはたし、独り0時会の敢行に及ぶ。
JR京浜東北線・大森駅に到着したのは16時半近く。
持ち時間は30分少々しかない。
この時間帯ですがれる飲み屋はただの1軒。
町のランドマークと言えないこともない大衆酒場「富士川」だ。

入口そばのカウンターに空きが1つ。
接客のオニイさんにうながされて着席した。
右手には主婦らしき中年女性が2人。
左側は80歳前後のジイサンとアラカンのオッサンだ。
彼らは知り合いではなく、
たまたま居合わせたことが会話から読み取れる。
年長が年少に人生の生き方を説教している気配あり。

さて、さて、黒ラベルの大瓶をトクトク注いでグイ~ッ!
突き出しはたくあん&にんじんの炒め合わせのようなもの。
どうにも見映えが悪く、とても箸を付ける気になれない。
こういうのホント困るんだよねェ。
「要らないから・・・」と言うのも角が立つし、
「支払うけど出すなヨ」ってのも喧嘩打ってるみたいだし。
呑ン兵衛は呑ン兵衛なりに悩みを抱えながら生きているんだ。

壁のボードを見上げて品定めに入った。
時間的に大瓶1本、料理1皿が限界だろう。
候補に挙げたのは、平目刺し(480)
生かきフライ(580)、串カツ(580)の3品。
数年前、ここでは鯨で失敗した。
竜田揚げだったが劣悪な素材に閉口したものだ。

林SPFポーク使用の串かつに決めた。
生かきフライと同値を張るくらいだから
それなりに立派なヤツがきた。
豚肉の間に玉ねぎではなく長ねぎをはさみ、
いわゆるねぎま状になっている。
鯨の仇を豚で討ち、無事、本懐を遂げることができた。

「それじゃ、あたしゃ先に帰るヨ」
「また、お会いできたらお話していただけるでしょうか?」
「ああ、ああ、いいヨ。じゃあな、アディオス!」
ジイサンの洒落たセリフに感心するヒマもあらばこそ、
間髪入れずにオッサンが応えた。
「アミ~ゴ!」
思わず吹き出しちまったが、いや、恐れ入りました。
その即答にザブトン2枚献上させていただきます。
単なる酔っ払い同士と侮ったJ.C.が悪くありました。

=つづく=

2018年12月27日木曜日

第2033話 裏切りのスリランカ(その2)

新宿区・大京町の「バンダラ ランカ」。
ランチ・ブッフェの始まり、始まり。
盛付けた料理をちょこちょこつまんで何だかなァ・・・。
おしなべて味付けはいいが食材があまりに貧相。
いきなりガッカリである。

殊にボラはヒドかった。
このサカナをカレーにするかネ?
生臭みが消えていないし、
骨や鰓蓋(えらぶた)が口中に不快感を残す。
これならまだ、今や飛ぶ鳥を落とす、
そんな勢いのサバ缶のほうがマシだろう。
もっともJ.C.はサバ缶が苦手ですけどネ。

そうして第二ラウンドへ。
此度はレンズ豆のスパイス煮、大根の煮炒め、
パパダム(緑豆のせんべい)。
結果、レンズ豆がベストであった。
デザートは小さなケーキが2種と紅茶。
島の高地、ヌワラ・エリヤに産する紅茶は
さすがに香り高く美味しかった。
でもネ、裏切られた気分はいかんともしがたい。

♪  とぎれとぎれに 靴音が
  駅の階段に 響いてる
  楽しく過ぎて ゆく人ごみ
  切符を握った 君がいた 

    わかったよ どこでも行けばいい
  おいらをふりきって 汽車の中
  思わずたたく ガラス窓
  君は震え 顔をそむけた

  しとしと五月雨 またひとつ
  ネオンが 夜にとけてく
  たよりない心 傷つけて
  裏切りの街角 過ぎてきた  ♪

     (作詞:甲斐よしひろ)

甲斐バンドの「裏切りの街角」が頭の中を回り出したヨ。

支払いはブッフェ2人分3000円。
ライオンの小瓶2本1400円。
計4400円となり、割高感が否めない。
ブッフェの適正価格は1人1000円がいいとこだろう。
これじゃスリランカならぬ、掏摸(すり)やんか。
おっと、コイツは語呂合わせとはいえ、言い過ぎた。
とにかく年の瀬に来て空振り三振の巻である。
期待の山高ければ、落胆の谷また深しなり。

「バンダラ ランカ」
 東京都新宿区大京町12-9アートコンプレックスセンター1F
 03-6883-9607

2018年12月26日水曜日

第2032話 裏切りのスリランカ (その1)

新宿区・四谷は大京町のアートコンプレックスに
10月初旬、スリランカ料理店が開業したと聞き及んで
オープンから2ヶ月後に訪れた。
年末にはディナーを始めるらしいが
現在はブッフェスタイルのランチ提供のみだ。
店名の「バンダラ ランカ」は
オーナーの姓名、そのまんまとのこと。

そう言えば、スリランカにはバンダラナイケという、
ともに首相になった夫妻がいたっけ。
夫のソロモン・バンダラナイケは仏教僧に暗殺された。
その後、妻のシリマヴォが
世界初の女性宰相として後継者になる。
それにしてもイスラム教ならぬ、
仏教の僧侶が暗殺者とは、にわかに信じがたい。

スリランカの旧国名はセイロン。
J.C.が子どもの頃、この国に抱いたイメージは
紅茶が特産の平和な島国だったが
思いのほかに流血の歴史を刻んでいたんだネ。

開業早々ブレークしたようで商売繁昌。
念のために予約を入れて参上した次第。
カフェを居抜いた店内は
コンパクトにして居心地のよい空間。
渋々ついてきた相方も満足の様子だ。

当国出身らしきフロア・マネージャー、
(おそらく彼がバンダラランカ氏だろう)
による料理の説明を殊勝に承って食事のスタート。
さっそくスリランカ産、
ライオンビール(1881創業)をお願いする。
スタウトもあったが、もちろんラガーでゆく
料理の並ぶボードを一めぐりして
ちょいとばかり拍子抜け。
目を引く料理がまったく無いじゃないか。

事前の調査で心惹かれたモノは
バナナの花とジヤックフルーツの若い果実。
これが両方とも不在につき、
訊ねてみたら入荷が遅れていて提供不能とのこと。
テーブルにガックリ肩を落とす哀れなJ.C.がいた。

気を取り直してプレートに少しづつ盛付けたのは
チキンカレー、ボラ(ボラ目・ボラ科)のカレー、
ナスとピーマンの炒めもの、
ジャガイモの煮っころがし風、
サンボールと呼ばれるチャツネ数種、
そして2種のライスは
薄紫の赤米とほのかなレモン色のスリランカ米だった。

=つづく=

2018年12月25日火曜日

第2031話 時を超えて初訪問 (その3)

「魚治鮨」のつけ台にて考慮を重ねたラインナップ通りに
江戸前にぎりを食べ進んでいる。
合間にチョコッとつまむ漬けしょうががすばらしい。
普段はほとんど箸を付けないしょうがながら
都内屈指の出来映えに抗えず、
今宵はひんぱんに口元へ運んだ。

菊正の燗をお替わりして
本まぐろの赤身と穴子のカミ(上半身)。
まぐろは大間産とのことだが
大間ってそんなに本まぐろが揚がるのかネ?
ブランドにありがたみを覚えぬため、フツーに美味しい。

穴子のカミはシモの持つデリカシーがない代わり、
パワフルな旨みには長けている。
しかし、ここでまた繰り返すけれど、
穴子はソフトよりハードが好み。
これは生涯、変わることがあるまい。
例え、ジイさんになって歯が抜け落ちたとしてもネ。

自家製のおぼろ、いわゆるさがやの存在を知った。
常磐津にある
♪ 嵯峨谷御室の花盛り ♪
その御室(オムロ)をオボロにもじり、
マクラの嵯峨谷を隠語としたネーミングだ。
J.C.は幼い頃からおぼろに目がない。

松重豊サンのTVCMじゃないが心のうちで
「早く言ってヨ!」とつぶやきつつも
いいんだもんネ、問題ないんだもんネ。
ハナから存在を認知していれば、
小肌はもちろん、当夜は食べなかった車海老にも
おぼろカマせのにぎりをお願いしていたハズだ。

そんな成ゆきを意に介さぬ理由は次の品にあった。
そう、巻簾(まきす)できっちり巻いた、おぼろ巻きである。
中尾彬サンは
「締めの巻きモノはかんぴょうに限る」—
豪語しているがJ.C.は何たっておぼろだ。

質の良し悪しさえ問わなければ、
かんぴょう巻きはどこででも食べられるからネ。
もっとも生わさびを一緒に巻き込んだ上物は
真っ当な鮨屋に来なきゃ、口にできないけれど―。

わさびとともに巻いてもらって大満足。
通常、おぼろには芝海老か、平目などの白身が使われる。
当店はおそらく海老使用と思われるが
根掘り葉掘りははばかられるので訊かなかった。
よっておのれの味覚に訊ねたものの、確信は持てない。
まだまだだネ、J.C.も。

出汁巻きタイプの玉子を締めとしてお勘定。
1万円札で支払い、コイン数枚のお釣りがきた。
つまみは取らなかったものの、
ずいぶんいただいたから妥当な線であろう。
それより長い月日を超えて訪問叶ったことに歓びを感じる。
赤羽橋から都営大江戸線に乗り、帰宅の途につきました。

=おしまい=

「麻布 魚治鮨」
 東京都港区東麻布1-17-3
  03-3583-1729

2018年12月24日月曜日

第2030話 時を超えて初訪問 (その2)

港区・東麻布の鮨屋を独りで訪れている。
おっと、店名を記し忘れておりやした。
「麻布 魚治鮨」と発しやす。

平目、細魚の次はひかりモノを―。
生あじと小肌である。
常日頃、酢あじはいただくが生あじは避けている。
どんなに新鮮であってひかりモノは酢〆でなければならない。
半世紀の間ずっと、その信念だけは曲げずに貫いてきた。
と、言いつつも時として例外があるワケだ。
当夜がそのよい例だった。

しょうがで供された生あじはまあそれなり。
強めに〆られた小肌はなかなか。
鮨屋に入って小肌を食べずに出ることはまずない。
売切れ、あるいは仕込みナシなんて目に遭えば、
瞬時に正気を失い、テーブルをひっくり返す。
もっともつけ台は食卓じゃないから
ゴリラでもない限り、物理的にムリなハナシだがネ。

続いてすみいか&そのゲソを―。
淡路島に揚がったすみいかには海苔がカマされている。
せっかくのパキ・ネト食感に海苔挟みは余計だ。
赤ん坊の握り拳みたいなゲソは煮ツメでやってそこそこ。

菊正宗の上燗に移行した。
たこ&海老をパスした代わり、ここで貝類4連発である。
平貝(たいらぎ)はまたしても海苔挟み。
赤貝ひもも海苔の黒帯を締めていた。
カタチを整えるための黒帯には目をつむるが
海苔挟みの乱用はいただけない。
にぎり鮨はなるったけ添え物を排し、”素”のままがよろしい。

平貝&赤貝ひもの本体はまずまず。
そのあとの煮はまぐり&蒸しあわびもそれなりの美味しさだ。
どれを取ってもハズレは一つとしてない。
まことに堅実な鮨店である。

最近はあまり見かけなくなった蝦蛄(しゃこ)がある。
親方が愛知の産と言うから
知多の豊浜と見て間違いあるまい。
幻の江戸前、小柴産に比べるべくもないが
これはこれで煮ツメでやり、じゅうぶんに楽しんだ。

蝦蛄と一緒に通したのが穴子のシモ(下半身)。
これには柚子皮が1片。
穴子と柚子の相性はよいものの、やはり”素”が好み。
ご多分にもれず、じっくり煮ふくめられており、
舌の上でとろけはしないが、やはり柔らかい。
浅草「弁天山美家古」のパリッとあぶられた、
沢煮の穴子が無性に恋しくなるのであった。

=つづく=

2018年12月21日金曜日

第2029話 時を超えて初訪問 (その1)

港区・東麻布。
何か所用でもない限り、
あまり人々の訪れないエリアである。
東京タワーや芝公園にほど近いわりに
ここまで足を延ばす人は少ない。

高級うなぎの「野田岩」、鮮魚店が営む食堂「魚ゆ」、
珍しいアルゼンチン料理の「エル・カミニート」などなど、
それでも古くからある店が何軒か生き残っている。
以前はよく歩き回った地域だが
麻布十番同様に、ここのところ無沙汰つづきだった。

あれは15年ほど前。
1軒の鮨屋が目にとまり、
そのうち訪れるつもりでいたが、なぜか機会を失った。
何かの拍子にふと思い出し、訪問を決意した次第なり。

「日進デリカテッセン」で買い物したせいで
暖簾をくぐったのは18時を回っていたろうか。
予約は入れていない。
いわゆる飛び込みである。

つけ場には親子かな? 2人の職人サン。
つけ台にはいずれも近所の客だろう。
中年カップルが1組に3人連れの男女、
計5人の先客が逆L字形カウンターの角を占めていた。
彼らの前には親方が立っている。

お運びの女性にうながされ、
奥へ進んで二番手(息子?)の前に座った。
言葉づかいも所作も丁寧な好青年とお見受けした。
こういう職人ならキチンとしたモノを出すだろう。

ビールはサッポロ黒ラベルの中瓶。
突き出しは煮つけたひじきである。
「にぎりをお好みでいただきます」
「かしこまりました」

壁に掲げられた品書き札をながめながら
それぞれの”打順”を決めてゆく。
J.C.のラインナップはどの店に入ってもまず変わらない。

白身→ひかりモノ→いか・たこ・海老・貝類→
煮モノ→まぐろ赤身→巻きモノ→玉子

といった流れである。
注文は1種1カンで、それを2種づつ通してゆく。

最初に平目と細魚(さより)を。
平目にはおろしポン酢。
さよりには大葉があしらわれ、煮切り醤油が一刷毛。
ポン酢や大葉は不要ながら、何も言わず素直にいただく。
どちらもなかなかの鮨種にまずは一安心であった。

=つづく=

2018年12月20日木曜日

第2028話 麻布十番のきみちゃん (その2)

童謡「赤い靴」のモデルとなった女の子、
きみちゃん像のあるパティオ十番。
その広場に面した「bistro あわ」で
1杯500円のスパークリングを立ち飲んでいる。
銘柄は南米・チリのヴァルディ・ヴィエソだ。

チャージがない代わり、
客は300円のチャーム(レシートにはチャージとあった)を
1品取らなければならない。
ミックスナッツと迷った末、ピクルスにした。
内容はきゅうり・にんじん・紅芯大根。
赤には向かないが、泡なら何とかなるだろうヨ。

軽く1~2杯飲むつもりだから
ほかに通したのは炭火焼き鳥を1本だけ。
鳥のハラミ、いわゆる横隔膜は
クニュクニュの食感が好きだ。
焼き鳥屋で見かけたら必ず注文に及ぶ部位である。

ピクルスで泡を飲み終え、ハラミの到着とともに
ニュージーランドのピノ・ノワール、ストラタムをお願い。
1杯750円はちと高い気がしたが
リーデルを模したグラスにたっぷり注いでくれた。
渋みが強く、舌がタンニンを感知する。
まっ、ハズレではないけれど―。

支払いはタックスが加算されて2千円弱。
しっかり麻布プライスとなっており、
立ち飲みだからと侮れない。
店を出て振り向くと、店の2階は十番で人気の居酒屋、
「あべちゃん」の別館だった

このあとは東麻布の鮨店でにぎりをいただく予定。
新一の橋を渡って東に歩いてゆく。
欧米人に人気の「日進デリカテッセン」の前に差し掛かった。
おやっ、通りの反対側に移転してるじゃないか。
久しぶりに立ち寄ってみようかな。

ここは精肉の品揃えが相当に豊富。
冷凍品だが珍しいモノが並んでいる。
フランスのハト、スペインのウズラ、台湾のカエル、
オーストラリアのワニといった塩梅だ。

米国産の仔牛があったものの、身肉に赤みが差している。
乳呑み仔牛だと、こうはならない。
すでに穀物を与えられているのだ。
迷ったけれど、米国産成牛のフィレ肉を購入した。

翌日はグリルとパンフライドのステーキ2種。
翌々日はぜいたくにもストロガノフを楽しんだ。
ストロガノフは安価なもも肉でじゅうぶんだが
やはりフィレのストロガノフは一味違う。
ちょいとアレンジしてイタリア産乾燥ポルチーニと
セミドライ・トマトを加えてみたら、これが大正解。
おかげでネッビオーロを飲み過ぎちまったヨ。
大正解のあとに大散財が追いかけて来やがったぜ。

「bistro あわ」
 東京都港区麻布十番2-2-8
 03-5442-7480

「日進ワールドデリカテッセン」
 東京都港区東麻布2-34-2
 03-3583-4586

2018年12月19日水曜日

第2027話 麻布十番のきみちゃん (その1)

歯科医の検診を受けながら目をつむって考えていた。
さて、このあとどこへ行こうかな?
そうだ、久方ぶりにきみちゃんの顔でも見に行くか―。
到着したのは麻布十番の町である。

♪  赤い靴 はいてた 女の子
  異人さんに つれられて 行っちゃった
 
  横浜の 埠頭(はとば)から 汽船に乗って
  異人さんに つれられて 行っちゃった   ♪
 
         (作詞:野口雨情)
 
1922年に生まれた童謡「赤い靴」の1番と2番。
この歌にはモデルとなる女の子がいる。
岩崎かよさんの娘のきみちゃんである。
幼いきみちゃんは結核に冒されており、
実際は汽船(ふね)に乗ることができなかった。
息を引き取った場所は
鳥居坂教会の孤児院、9歳のときだった。
現在、その地には十番稲荷神社が建っている。

そんな縁から麻布十番商店会が
近くにある広場、パティオ十番に
きみちゃん像を設けたのは1989年2月。
薄幸のきみちゃんだったが
スタチューはもうすぐ満30歳を迎える。

さて、その日。
十番稲荷に立ち寄ってからパティオにやって来た。
存在を知らない人なら見過ごしてしまいそうに
小さなきみちゃん像の前にしばしたたずみ、
(それじゃ、和人さんは飲みに行くネ)
言い残して立ち去る。

パティオに面した角地にわりと大箱のバーを発見。
あれっ、前からこんな店あったかな?
とにかく数年ぶりの麻布十番なのである。

店先に立ったら立ち飲みのワインバーだった。
それも主力はスパークリングで
その名も「bistro あわ」と来たもんだ。
さすがアザベーゼだネ。
こんなのを上野や浅草で始めちゃったら
不入りが続いて閉店の憂き目を見ること必至だろう。

ウリはグラスになみなみと注ぐ、こぼれスパークリング。
それがワンコインで飲める。
ビールを飲みたかったが、せっかくだからお願いしてみた。

=つづく=

2018年12月18日火曜日

第2026話 渾身のミートソース (その2)

そうか、「友路有」ねェ、
浅草の新仲見世あたりで見掛けたっけ・・・。
ちょいとばかり親近感を湧かせながら
相方を伴って赤羽本店を訪ねた。

13時を回っているというのに店内はほぼ満席。
窓際の1卓に案内されて間髪いれず、ビールを2本。
喫茶店だけに小瓶である。

こちらはハナからスパゲッティ・ミートソースと決めてるが
メニューに目を通すと、
= 牛肉100%。スパイス多数、渾身の仕込みの一品です。 =
さいでっか、恐れ入りやした。

予想通りに相方が択んだナポリタンには
= 当店自慢の長寿メニュー。先代からの味を守っています。=
ふ~ん、なるほどネ。

そして卓上のペーパーナプキンにはこうあった。

起きぬけに飲む珈琲は
何ともいえず心を浮き立たせる。
午後の一杯、晩の一杯も心を和ませてくれるが
やはり朝の珈琲は格別だ。
  オリバー・ウェンデル・ホームズ(1891年)

「朝食テーブル」シリーズの著者が
おっしゃることには説得力があるものの、
珈琲より麦酒を愛する身には
ほとんど馬の耳に念仏かもしれない。

2種類のスパゲッティがやって来た。
スープとサラダが付いている。
コンソメ風のスープは
おでんのつゆを薄めたみたいで感心しない。
レタスにきゅうり・にんじん・コーンが混じったサラダは
ドレッシングが昔のホテル風でよかった。

さあ~て、渾身のミートソースである。
麺は当然、フライパンであおられて昔ながらだ。
うむ、うむ、ソースは重厚感が際立っている。
途中、お決まりのクラフト・パルメザンと
タバスコを駆使して舌先を変えながら味わってゆく。
期待通りのミートソースにサティスファクションの巻なり。

お互い4分の3づつ食べ進んだところで皿の交換。
ナポリタンも悪くはないがミートソースの優勢勝ちである。
それより到着時には数尾、
見え隠れしていた小海老の姿が見えない。
どうやら海老好きの相方が一網打尽にしたらしい、ったく。
まっ、海老に執着はないし、
ナポリタンに必須の具材でもないから、いいんだけどネ。

「昔ながらの喫茶店 友路有」
 東京都北区赤羽1-1-5大竹ビル2F
 03-3903-5577

2018年12月17日月曜日

第2025話 渾身のミートソース (その1)

浅草の午後、料理自慢の友人とビールを飲んでいて
話題がパスタのスパゲッティに移った。
ここのところカルボナーラにハマッて
自作をいろいろ試してみたり、
あちこち食べ歩いているという。

好きなスパゲッティは?
と問われてこちらは頭の中に何品か思い浮かべる。
ぺぺロンチーノ、ポモドーロ、アマトリチャーナ、
プッタネスカ、ジェノヴェーゼ、ヴォンゴレ、ペスカトーレ、
それぞれに好きだが、ボロネーゼが一番かな?

その旨、伝えると意外そうな顔をされた。
日頃、ウルサいこと言ってるわりには
大したことないわネ、瞳がそうつぶやいている。
フン、ほっとけや。
好きなモンは好きなんだい!

ここでふと気づいた
ボロネーゼの日本版、ミートソースをトンと見掛けなくなった。
高校時代、悪友たちとたびたび喫茶店にシケこんだ。
お茶するためでなく、煙草を喫むためにネ。
そんな店には必ずミートソースとナポリタンがあったものだ。

時は移って・・・ナポリタンはいまだに肩で風切る勢いだが
ミートソースはどうだろう?
ずいぶんと肩身の狭い思いをしているように推察される。
J.C.、ここで膝をポンと打つ。
そうだ、ミートソースを食べに行こう!

どうせ行くならちゃんとしたのを食べたい。
陶器でもステンレスでもかまいはしないが
皿から昭和の匂いが立ち上るようなヤツをネ。

調査に調査を重ねた結果、
白羽の矢を立てた喫茶店は北区・赤羽にあった。
赤羽駅舎のほとんど隣りにあって「友路有」という。
う~ん、どこかで見たことのある字面だなァ。
記憶の糸をたどってみても思い出せない。

どう発音するのかというと、これでトゥモローだとヨ。
カタカナで済むものに
わざわざ漢字をはめ込む手法は野暮の極みながら
旨いモン食いたさに目をつむった。
食欲が理性を駆逐するのは人の世の常なるか。

「友路有」は駅近の本店のほか、すぐそばに2号店、
そして浅草にも支店があるという。
あっ、そうか!
このことを知って初めて思い当るのであった。

=つづく=

2018年12月14日金曜日

第2024話 月夜の丸焼き (その3)

こんがり焼かれた丸一尾のうさぎサン。
正しくは一羽と数えるのだろうが
そんなことはお構いなしに、いよいよ戦闘開始である。

この際、ナイフ&フォークなんか使っちゃいられない。
一同、手づかみで挑みかかった。
みんなが各部位を楽しめるように
一点集中をいさめながら食べ進んでいった。

鞍下肉をひっくり返すと臓物もバッチリである。
肝臓・腎臓・脾臓、内臓トリオの揃い踏みがうれしい。
レバーのみ火が通り過ぎてパサつくものの、
ほかの2つは滋味たっぷり。
チキンにせよラビットにせよ、丸焼きの醍醐味はここにある。

うさぎの下に敷き詰められたピラフに手を伸ばす。
穀物は米ではなく麦で
ブルグルとシュヘリエの2種炊き合わせだ。
クルディスタンは内陸の地だから
例え大河が流れていようとも
米作には向かぬ土地柄なのだろう。

やはりわれわれ日本人にはライスピラフのほうが口に合う。
まっ、郷に入れば郷に従いのことわざ通り、
その地の素朴さを味わうのもまたよし。

うさぎとピラフと野菜だけではちともの足りない。
追加料理の発注に及んだ。
ラハマーションはピッツア風のナンに羊挽き肉のトッピング。
もちろん挽き肉は生ではないが意外なことに冷製だ。
生ニンニクが効いており、極めて風変わりな料理だった。

中東では定番のシシケバブはごくフツー。
羊のもも肉を焼いただけだが肉汁不足でイマイチ。
何はともあれ、本日の主役は月夜の丸チャンに尽きるネ。

締めはケーキとコーヒー。
J.C.はかつてトルコのサルタンが愛したという、
オスマン・コーヒーを所望した。
トルキッシュ・コーヒーにクリームやらカラメルやら
チョコレートまでも投入したヤツだ。
甘党じゃないから特別な感慨はナシ。

いよいよお開きという段になって
スモーカーでもない一人の女子が
目ざとく見つけたモノがあった。
シーシャ、そう、水煙草である。

言い出したら引かないタイプにつき、
1台発注して回し飲みと相成る。
興味を持ったヨソのOLグループも参加して来る始末で
清国の阿片窟もかくやの嬌態がくり広げられた。

クルド料理はもういいや、一瞬そう思ったものの、
クルドだけにまた来るどっ! ってか。

=おしまい=

「メソポタミア」
 東京都北区上十条1-11-8
 03-5948-8649

2018年12月13日木曜日

第2023話 月夜の丸焼き (その2)

「メソポタミア」・・・
実に大そうな店名を冠する、
都内唯一のクルド料理店がここである。
世界のあちこちを放浪し、漂流し、徘徊して
様々な食べものを食してきたが
さすがにクルド料理は口にしたことがなかった。

棲む土地はあっても
国境を備えた国を持たないクルディスタン。
人々はイラク北部に定住しているため、
常に紛争に巻き込まれている。

エジプトがナイルの賜物ならば
メソポタミアはチグリス&ユーフラテスの賜物。
両河川の上流に位置して
古代にはアッシリアが制覇して築いた、
一大帝国の一部がクルディスタンである。

たまたまクルド料理店「メソポタミア」の存在を知り、
食いしん坊仲間に声を掛け、食卓を囲むことになった。
予約の際にお願いしておいたのは月夜の丸焼き。
この料理が当夜のメイン・ターゲットであった。

スーパードライの中ジョッキで乾杯。
ビールと同時にピクルス(キャベツ&にんじん)、
サラダ・シュヴァンも供された。
このサラダはトルコの国民的料理、
チョバン・サラタス(羊飼いのサラダ)とほとんど同じ。

J.C.はこのサラダが大好きで
はるか昔、トルコを周遊した際、
不足がちな野菜を補給するためにも毎日食べていた。
今でもたまに自分で作るが
定番レシピにミントの葉を加えるのが気に入りである。

ワインは白がシルーフ・マナストゥル。
ちょいと甘いがコク味に長けたアッシリアのワインだ。
赤はアルメニアのクール・レッド(Kool Red)。
万人受けするぶん、個性の発揮はみられない。

談笑する間もあらばこそ、うさぎの丸焼きが登場。
一同の歓声が店内にこだまする。
ヨソの視線もわれらのテーブルに集中した。
みなの注目を集めたのは口元からこぼれる前歯だ。

タレントの優香みたいに
可愛いものかと勝手に思っていたら
かなり鋭い2本の歯が強烈な印象。
そのうえ耳が落とされているから
可愛いどころか不気味なくらいでありました。

=つづく=

2018年12月12日水曜日

第2022話 月夜の丸焼き (その1)

駒込で紅葉と牡丹を賞味して
次回は桜をいただこうと思ったJ.C.だが
桜の代わりに月夜を味わうことと相成った。
月夜であって月見じゃないから
名月を愛でるわけではけっしてない。

サンドウイッチマンじゃないけれど、
「ちょっと何言ってるか判らない」ってか?
月夜というのは肉食禁止令に背中を向けた隠語で
馬肉を桜肉と呼ぶ如く、うさぎ肉を月夜というんです。

紅葉、牡丹、隠語の由来はさまざまですが
うさぎ→月夜
その因となった昔話は悲しくも心温まる物語。
ちょいとググればすぐヒットするので
もしもあなたがおさな子を持つパパやママなら
ぜひお子さんに話してあげてください。
のちのち必ずや心根の優しい人間に育ちますから―。
間違ってもあおり運転なんかしない真っ当なヒトにネ。

さて、やって来たのはJR埼京線・十条駅。
先の大戦に敗れるまで
赤羽・王子・滝野川を擁する北区のこの一帯は
大日本帝国の一大軍都であった。

造兵廠、補給廠、火工廠射撃所、火薬製造所、
火薬庫、本被服廠などがみな集まっていた。
現存する自衛隊駐屯地や武器補給処は
その残滓以外の何物でもない。

思い起こされるのは被服廠である。
1923年の関東大震災で
もっとも多くの犠牲者を出した場所は
墨田区・横網の被服廠跡(現横網公園)。

陸軍はこの前年に被服廠を横網から赤羽に移したが
もしもこの移転が2年遅れていたなら
同地における公園造成も開始されておらず、
被災した人々が非難するスペースもなかったハズだ。

震災による死者総数は
10万5千(行方不明者を含む)とされているが
驚くべきことにそのうち3万8千人が
この狭い一画で命を落としたのだ。
歴史に if などないことを痛感させられる。

軍事都市の一翼を担った十条の夜。
ロータリーのある西口とは対照的に
寂れた田舎の改札といったふうの西口。
その真ん前にクルド料理店、
「メソポタミア」はありました。

=つづく=

2018年12月11日火曜日

第2021話 紅葉のタタキに牡丹の串焼き

「野田焼売店」をあとにして駒込駅界隈をぶ~らぶら
目当ての「山鯨(さんげい)屋」が開くのは17時。
何とか時間をやり過ごして地下へ下りてゆく。
この店の1階は「巣鴨ときわ食堂」の駒込店。
人気店だけに相変わらず大変な混み具合だ。

開店まもないとうのに「山鯨屋」のカウンターは
7割方埋まっていた。
ここのウリは埼玉県の猟師・新井さんが
撃ち取った群馬の猪と
三重県の罠師・吉田さんが生け捕った三重の鹿である。

サッポロ赤星の中瓶を飲りながら品書きに目を通し、
その間、周囲のやり取りに耳を澄ます。
あれっ、おかしいな、客層はずいぶん若めで
彼らが注文するのはレバだのシロだのカシラだの、
オーソドックスな焼きとんばかりじゃないの。

そんな状況に心変わりするようなJ.C.ではない。
鹿(紅葉)のタタキを2枚、猪(牡丹)の串焼きを1本、
そしてこれも珍しいナマズの串を1本通した。
接客のアンちゃん曰く
「鹿だけ少々お時間かかるかもしれません」
「ああ、いいですヨ」

しばらくして、時間がかかるかも?
そう言われた紅葉が真っ先に運ばれた。
薬味は白胡麻・小ねぎに醤油・練り辛子。
クセや臭みがないけれど、旨みにも欠ける。

ふっくらと焼き上がったナマズは少々水っぽい。
甘みの勝ったタレと粉山椒でいただいた。
厳選された牝猪だけが入荷するという、
牡丹串焼きはちょいとばかり匂った。
自然の恵みは個体差が激しいから
たまたまなのかもしれないが
せっかくの素材が活かされておらず、もったいない印象。

大関の熱燗に切り替え、焼きとんに移行した。
カシラを塩、レバとシロはタレで―。
すべて可も不可もなく、下町の佳店には遠く及ばず。

店内に流れるBGMはずっと美空ひばり。
「川の流れのように」、「愛燦々」など、
晩年の曲ばかりかと思っていたら
「あの丘越えて」がかかった。

♪ 私もひとり ただひとり
   馬(アオ)の背中に 眼をさまし
  イヤッホー イヤッホー  ♪

馬の名前にアオが多いのはどうしてかな?
紅葉、牡丹に続き、次は桜(馬肉)でも食べに行こうかな?

「山鯨屋」
 東京都豊島区駒込3-3-21小松第一ビルB1F
 03-6903-540

2018年12月10日月曜日

第2020話 よだれは出ない よだれ鶏

文京区のコミュニティバス、
B-グル号に揺られてやって来たのはJR駒込駅前。
ちょうど今が盛りの紅葉シーズンで賑わう、
六義園は染井門の正面である。

さくらの花やもみじの葉を愛でる習慣を失いはせぬが
人ゴミ、もとい、人混みは・・・
おっとこれはこの間、使ったばかりでした。
とにかくぎょうさん人々の集まる場所は極力避ける主義。
入口に並ぶ行列を尻目に本郷通りを横断した。

真向かいの「野田焼売店」が本日の第一目標。
このところ晩酌タイムの前倒しが顕著にて
時刻はまだ15時半を過ぎたばかりなのに
早くも飲み始めたい心持ちでいた。
ほとんどの飲食店が中休み真っただ中の時間帯に
通し営業を貫く店舗は救いの神。
あらかじめ目星をつけておいた焼売屋だった。

コンパクトな店内はカウンターとテーブル席が
バランスよく配置されている。
接客の女性にいざなわれてカウンターへ。
瓶ビールはサッポロ黒ラベル。
よどみなく中瓶と焼売(2ヶ)をお願いすると
「ビールを先にお持ちしてもよろしいでしょうか?」
「いいですヨ」
こういう店に居がちな大陸系ではない純日本娘は
もはや貴重な存在と言えよう。

焼売は豚挽き主体に細かい玉ねぎ。
やや大粒でそこそこの美味しさながら特筆には値しない。
普通の白酢のほかにチンキャン・ビネガー(鎮江香醋)なる、
赤酢が用意されており、こちらのほうがより本格的だ。
原料はもち米・麦ふすま・食塩・砂糖とのこと。

当店のもう一つの名物、よだれ鶏を追加した。
その美味しさを知る者は見ただけで
よだれが出るというのが名前の由来。
棒々鶏同様にオリジナルは四川料理で鶏胸肉が使われ、
現地では口水鶏と表記される。
ふ~ん、よだれは中国語で口水なんだネ。

タレに砂糖やみりんを使う棒々鶏は甘味が勝っているが
こちらは黒酢・中国醤油・花椒・豆板醤・辣油などの
酸味と辛味が特徴。
色合いも棒々鶏の薄茶に対して口水鶏は濃茶。
ほとんどチョコレート色である。
だけど、見ただけでよだれは出ないなァ。

きゅうりと香菜があしらわれ、ビールとの相性もよろしい。
紹興酒をいただくつもりだったが、にわかに立て込んで来た。
第二目標もあることだし、ここは席を譲りましょう。
純日本娘にお願いしたお勘定は金1458也。
陽が落ちるまで、つなぎの場を提供してくれたことに対し、
感謝の意を表して店をあとにした。

「野田焼売店」
 東京都文京区本駒込6-24-4
 03-5395-9940

2018年12月7日金曜日

第2019話 佃に来たならレバーでしょ (その2)

佃島は佃仲通りに面した「亀印食堂」、
時刻は14時半を過ぎていた。
”瓶じゃだめですか?オバちゃん”が
運んでくれたレバー炒めの皿を一目見て唖然。
野菜もたっぷりと山盛りである。
メニューに確か、レバー野菜炒めもあったハズ。
それならどんだけ野菜が入ってるんだ。

何だか見ただけでげんなり。
しかもレバーの切り方が大雑把で
大片、小片入り混じり、火も通り過ぎの様子だ。
あ~あ、やっちまったヨ。

案の定、食感は悪いし、
味付けもイマイチどころかイマサンときた。
これを食べ切るのはまずムリだネ。
野菜だってほとんどが白菜。
そこににんじんが少々散見されるだけ。
当店はうどんやオムライスで腹を満たしに来るところらしい。
酒飲みにはまったく向かないと認識した。

15時を回って一人のオジさんが来店。
同時にJ.C.の背後からオバちゃんの声がした。
「休憩時間なんですぅ!」―
振り向けばオバちゃん、真後ろでTVを観てるじゃないか。
こちらもあわてて残りのビールを飲み干し、
尻っぽを巻いて退散の巻である。

はて、どうしたものか?
佃もそこそこ歩いたし、隣りの月島に移動するか?
結局は薬局、地下鉄・都営大江戸線に乗り込んだ。
極上の生ビールを求めてネ。

下車したのは上野御徒町駅。
ここには行き付けの「味の笛」がある。
工場直送のスーパードライが飲めるんだ。
プラコップはさびしいけれど、250mlほどで250円だもの。
気軽にスイスイ飲めてしまう。

まずは一気に1杯。
続いて黒生と合わせたハーフ&ハーフをゆっくり1杯。
何かつまみを取らなきゃ悪いのでフードボードを物色する。
おっと、この時期に桜マスがあるじゃないか。
もちろん、生ではなく一夜干しだ。
それも以前は丸1枚だったが本日は半身にカットされていた。
迷わず桜マスと好きな新潟の酒、麒麟山の冷たいのを。
期待した桜マスは滋味浅くして、ややパサつき気味。
ちょいとばかり空振った感否めず。

経営母体のサカナのデパート「吉池」に立ち寄り、
メキシコ産養殖本まぐろ赤身のサクを購入する。
身が肉割れしており、間違いなく旨いハズだ。
今日は早目に帰宅して、家飲みで締めるつもりなり。

「亀印食堂」
 東京都中央区佃2-10-4
 03-3531-2894

「味の笛本店」
 東京都台東区上野5-27-5
 03-3837-5828
 

2018年12月6日木曜日

第2018話 佃に来たならレバーでしょ (その1)

そんなこんなを思い出しつつ、渡り切った佃大橋。
橋だもとの佃煮店「佃源 田中屋」をのぞくと、
”今年のいなご 煮上がりました”の貼り紙。
いやはや、今日はつくづく昆虫だネ。

住吉神社から佃小橋をそぞろ歩く。
この小橋を渡って思い出すのは伊丹十三監督の「あげまん」。
ラストシーンは橋の上を風鈴売りが通り過ぎてゆく。
風鈴売りも金魚売りも虫売りも、
豆腐売りでさえも、今や死に商いとなった。

佃大通りを真っ直ぐ、
佃仲通りの交差点で右折すると「亀印食堂」がある。
本日のセカンド・ターゲットがここ。
店先を何度も通っているのに入ったことがない。
見過ごしたというより、
失礼ながらタカをくくって見捨てたというのに近い。

古く良かりしたたずまいに惹かれるものはあった。
ただねェ、看板が”亀印うどん食堂”なんですわ。
うどんは滅多に食わんもん。
ところが調べてみると、うどん専門店ではないことが判明。
むしろ町の中華屋らしい。
どこからどう見ても中華には見えないけどなァ。

先客は単身が2人。
オジさんがざるうどんを食べている。
オネエさんはオムライスと何かどんぶりもの。
中華風のどんぶりだから親子丼・かつ丼の類いではない。
ちりレンゲを上げ下げしているので
ワンタンか野菜スープじゃなかろうか?
何のこたあない、
オムライスに付いてきた、ただの清湯だった。

生ビールをお願いすると
「瓶じゃだめですか?」―
調理も接客も独りでこなすオバちゃんに言われた。
「いいですヨ」―
遠慮じゃなくてホントに瓶でもかまわないんだ。

品書きに別段、これといった特徴はない。
田舎の駅前にありがちな食堂の品揃えといった感じ。
ごはんモノでは重いから炒めモノにしよう。
となれば、ここは佃、名物はレバーフライである。
さすがにフライはないのでレバー炒めを通す。
ニラレバ炒めもあったが
つい先日、大島の餃子屋でモヤシだらけのを食べたしぃ。

ビールはキリンラガーの大瓶。
最近はヤケにこれが多いな。
サービスのお通しは新香の小皿。
きゅうりの浅漬け&古漬けにかぶ&その葉っぱだ。
TVの刑事モノを観るともなしに観ながら
ちょいと苦めのビールをそれこそボ~ッと飲んでいた。
チコちゃんに叱られちゃうかもネ。

=つづく=

2018年12月5日水曜日

第2017話 ざざ虫がよみがえる

都内に数少ない小さなトラス橋の南高橋を一往復。
鉄砲州通りを抜けて佃大橋を渡ってゆく。
隅田の大川が月日を重ねて造った寄州(よりす)が佃島。
本能寺の変の際、三河に脱出せんとする徳川家康を
助けた摂津の国、佃村の漁師たちが
その後、江戸に呼び寄せられ、
漁業権を与えられて棲んだのがこの島である。

佃大橋の上、川風がほほに心地よい。
向こうに佃の岸辺が見えている。
あれは十数年前の10月、仲秋の名月だった。
一夜、月見の宴を催そうと相成った。

毎年、春には新宿御苑に集まって
花見の会を開いていたワイン仲間に
「花見があるなら月見があってもいいじゃないか。
 花札のオイチョカブだって両方あるぜ」
こう呼びかけたJ.C.に逆らう者はナシ。

肌寒い日だったが佃島の岸辺で
宵の口から宴会が始まった。
ドリンク&フードは持ち寄り、いわゆるポットラック。
J.C.の持ち込んだワインの銘柄は覚えちゃいないが
フードのほうは忘るるに忘れられない。
ざざ虫の佃煮であった。

ざざ虫とはヒゲナガトビカワケラの幼虫。
佃煮にはほかにヘビトンボの幼虫やら
ナベブタムシなども混入しているらしいが
主たる原料はその長い名前のケラだ。

海がないため海産物に恵まれない長野県民は
貴重なタンパク源としての昆虫食に違和感を持たない。
長野市生まれのJ.C.は幼い頃から
蜂の子とイナゴは口にしてきた。
しかし、ざざ虫だけは見たこともなかった。
何となれば、ざざ虫は天竜川の特産。
伊那地方をはじめとして南信の食べものなのだ。

宴会のちょうど1週前。
職場の部下のH谷クンが
「信州の田舎に帰りますが
 何か珍しいモン買ってきましょうか?」―
これさいわいに、ざざ虫の瓶詰をお願いした次第なり。

いや、強烈でしたネ、初めて食したざざ公は―。
臭みとはいえないまでも妙なクセがある。
ピノ・ノワールなんか。軽く跳ね返されてしまう。
仲間にK美チャンなる英語の得意な酒豪がおり、
幼少時をアメリカだかカナダだか
とにかく北米で過ごした娘で
美人じゃないんだが、なかなかにチャーミング。

J.C.に言いつけられた「ダロワイヨ」のバゲットを
三越で買ってきてくれていた。
彼女、そのバゲットにざざ虫を乗せ、
パクリとやってニッコリ笑い、こうのたまわったものだ。
「この虫、けっこうボルドーに合いますネ」

思わずズッコケたJ.C.、
あの声でとかげを食う、ほととぎすになぞらえて一句。
その顔で ざざ虫食うかや 帰国子女
お粗末!

2018年12月4日火曜日

第2016話 昼下がりの裕次郎

「来福亭」を飛び出してすぐ、
下げていた紙袋から取り出した物がある。
物を持って歩くのが大嫌いなJ.C.に
この日は手荷物があった。
SONYの携帯ラジオである。

朝のミントティーを楽しみながら
目を通した朝刊のラジオ番が目にとまった。
NHK・FM、13時からの「歌謡スクランブル」は
石原裕次郎特集じゃないか!
こりゃ聴きのがせんゾ。

おそらく流されるナンバーはすべて
わが家のCDラックに収納されているハズ。
それでもNHKが1時間かけてどんな曲を流すのか
興味が湧きだしたら最後、涸れることを知らない。

日本橋公会堂の前まで来て立ち止まる。
このときガラケーが表示する時刻は1258分。
取りい出したるラジオだったが電波が悪くてノイズがヒドい。
何とか周波数を合わせると
おぅ、おぅ、オープニングは「嵐を呼ぶ男」ときたもんだ。
やってる、やってる、「この野郎、かかって来い!」ってか!

そのまま歩き始めて聴き入った。
「狂った果実」、「俺は待ってるぜ」、
「錆びたナイフ」と続いていった。
しかし、歩きながらだとノイズが増してしまう。

途中、好きな曲がかかったときには、
ひだまりにたたずんで耳をすます。
通りすがりの若い娘が露骨に人の顔をのぞいてゆく。
二十四ならぬ、四の瞳が
(変なおじさん)と無言でささやいていた。
(そうでぃす、あたすが変なおじさんでぃす)ってか。
こちらも無言でつぶやき返す。

デュエットナンバーに替わって
「銀座の恋の物語」は牧村旬子、
「夕陽の丘」は浅丘ルリ子がパートナーだ。
いや、いいなァ、街に出て聴くラジオは―。
昭和も3~40年代の路地裏を歩いていると、
あちこちからラジオの音が聴こえてきたものだ。
20年代、いや、もっとさかのぼって戦前でさえ、
この状況は変わらなかっただろう。

「赤いハンカチ」「二人の世界」「夜霧よ今夜も有難う」
「粋な別れ」、「恋の町札幌」、「ブランデーグラス」と
大ヒット曲ばかりが流される。
まあ、NHKらしい選曲といえば、それまでだがネ。

晩年の「みんな誰かを愛してる」から
最晩年の「北の旅人」「わが人生に悔いなし」で幕を閉じた。
聞き終わったときには亀島川に架かる高橋の上にいた。
ここから臨む南高橋は都内有数、
いや、随一の水景といってよい。
さあ~て、向かうは佃の大橋であった。 

2018年12月3日月曜日

第2015話 ビールの小瓶でカキのバタ焼き (その3)

カキのバタ焼きでビールを楽しんでいる。
小瓶はすぐになくなるので、いつになく大事に飲んでいる。
1階のキャパは2卓12席ほど。
先客もいなければ後客も現れない。
趣きのある空間を独り占めにしていた。

そこへOL風の2人組が来店。
「ご新規さん2名で~す!」―
オバちゃんが厨房に伝えた。
彼女らは店内を見回し、設いに感じ入っている様子だ。

そうしておいて額を寄せ、メニューとにらめっこ。
食べたいものがたくさんあって迷ってるネ。
オバアちゃんが
「お決まりになりましたらお呼びください」―
その足で取って返し、今度は厨房に
「まだ決まりませ~ん!」―
フフフッ、何だか微笑ましい光景。

結局、2人が通したのはカキフライとオムライス。
カキのほうは定食である。
これを分け合って食べるのだろう。
無難にして正しい選択といえましょう。

「来福亭」の隣りは親子丼としゃも鍋が人気の「玉ひで」。
殊に昼の親子丼を求める客はあとを絶たず、
いつ見ても長蛇の列を成している。
この人ゴミ、もとい、人混みは
もはや甘酒横丁の風物詩となった感がある。
ただし、風情なんかないし、うっとうしいことこのうえない。

都の有形文化財に登録されてもよいほどの「来福亭」。
この老舗にふさわしいメニューは
ポタージュ、メンチエッグ、カニヤキメシといったところか。
みなヨソでほとんど見かけぬ、言わば死に皿だネ。

以前は鷹揚に構えて土日祝と休んでいたが
最近ようやくサタデーランチの提供を始めた。
おかげで週末しか自由にならない向きや、
遠来の客がずいぶん増えたようだ。

若いバカップルが騒々しく入ってきた。
オバアちゃんが2階に上がるよう告げると、
ぶったまげやしたネ。
何と、男が土足のまんま階段をトントントン。
5段ほど上がったところで、肝をつぶしたオバアちゃん。
「お靴は脱いでいただきたいんですよぉ!」
上がり口に客用のサンダルが揃えてあるのに
見て判らんかネ、バカがっ!
百有余年の歴史を文字通り、土足で踏みにじりやがった。

時刻は12時55分。
あわただしく済ませたお勘定は1200円也。
娘サンに釣銭のないよう手渡し、急いで外に出る。
この日、時間に追われたのには
それなりの理由があったのでした。

=おしまい=

「来福亭」
 東京都中央区日本橋人形町1-17-10
 03-3666-3895