2019年5月31日金曜日

第2144話 幻魚はやはりマボロシだった (その2)

御徒町吉池本店ビル9階の「吉池食堂」。
野暮ったい店名とは裏腹の快適な空間に
ワケありの男女が差し向かいとなっていた。
何やら妖しい恋の気配が漂っている。

な~んてことは爪の先ほどもなく、
互いにビールを注ぎ合い、タンブラーを合わせる。
Y美嬢と酒を飲むのは初めてのこと。
そりゃ当たり前だヨ、最後に見たとき、
彼女はまだ小学生だったからネ。

メニューを繰っていて、とある1品に目が釘づけ。
新潟県能浜産、げんげの一夜干しがあった。
能浜は能生浜(のうはま)の誤記だろうが
世にも珍しきげんげである。

相方の意向などお構いなしに即、通すと、
お運びのオネエさん曰く、
「すみません、そちらは夜のメニューなんです」
「夜って何時から?」
「4時半です」
こりゃ、アカン、まだ2時間も先だヨ。

仕切り直してお願いしたのは
特上北海飯と長崎皿うどんの2品。
北海飯は(並)と(特上)があり、
(並)は時鮭のほぐし身、いわゆるフレークと
イクラに蟹のほぐし身だが
(特上)はイクラと蟹の量が増え、
生海胆が加わるとのこと。
ここは若い女性が歓びそうな、
海胆入りの(特上)を奮発した次第なり。

木桶にたっぷり盛り込まれて運ばれた北海飯は
かなりのボリューム。
全面に時鮭が敷かれ、イクラ・蟹・海胆が三方を固めている。
これをしゃもじで茶碗によそって食するわけだ。
サイドにはキャベツサラダ、しじみ味噌椀、
香の物(奈良漬・たくあん)が並ぶ。

うむ、うむ、これは時鮭が上質だネ。
滋味、塩気ともに寸分の狂いもない。
あらかた桶がカラになった頃、皿うどんが登場した。
こちらも「リンガーハット」のそれより量が多い。

瓶ビールの追加を入れて挑みかかるが
味付け自体はまずまずながら、ヤケにしょっぱいや。
ビールがあるからまだしも、単品だとツラかろう。
食べ盛りの学生なら、ここにライスの大盛りだろうな。

ヘンな時間に腹いっぱいとなり、階下に降りた。
1階の鮮魚売り場に直行し、いよいよ買い出しである。

=つづく=

2019年5月30日木曜日

第2143話 幻魚はやはりマボロシだった (その1)

ゲンゲなるサカナをご存じだろうか?
名称の由来はゲのゲ。
下の下、下魚中の下魚ということだ。
見た目不気味にして
腐敗しやすいうえに、食味もよろしくない。
以前はまったくもって
箸にも棒にもかからねぬ代物だったようだ。

姿カタチは三陸沖でよく獲れる、
ドンコに似ており、サイズは二回りほど小型。
ドジョウの髭を抜き、色白にすれば、
こんな感じになるかもしれない。

それはそれとして
旧知の友人からレンラクがあった。
何でも彼女の娘サンが
魚介料理のフルコースを作ることになったので
相談に乗ってやってほしい、との依頼。
成行きからそのお嬢サンと買い出しをする破目に—。

行く先はJR御徒町駅前のサカナのデパート「吉池」。
どうせなら最上階の「吉池食堂」で食事をしてから、
ということになった。
実はJ.C.この、ビルのはす向かい、
ガード下にある吉池直営の居酒屋「味の笛」は
ひんぱんに利用するくせに「吉池食堂」は初訪問だ。

お嬢の名前はY美チャン。
20数年ぶりの再会である。
ずいぶん大きくなって女らしくなったこと。
そりゃそうだヨ、当時は小学生だったもんネ。
「今日はよろしくお願いします」
「まっかせなさ~い!」
挨拶もそこそこにエレベーターで階上へ。

ヒエ~ッ!
イメージを覆すほどにオサレな空間じゃないの。
シティホテルのラウンジ風だ。
西側の窓際が特等席で、上野のお山の緑が臨め、
夕暮れどきは落ちる夕陽がさぞ美しかろう。

テーブル席のほかにダイニング・カウンターがいくつか。
これならサクッと飲みにも最適だ。
もっと早く来ればよかったぜ。
出遅れを悔やむ自分がいた。
ただし、この段階では何も口にしてないから
再訪の機会、ありやなしやは不透明なり。

通されたのは窓と反対側の薄暗いフロア。
これはエレベーターを降りたとき、
視線が明るい窓際に移るため、
その反動として実際以上に暗く感じたのだろうヨ。

=つづく=

2019年5月29日水曜日

第2142話 山ほどの山菜をいただきまして (その2)

わが人生で初めて山菜のこごみを揚げている。
ふと、思いついてコロモに玉子を落とさず、
ふるった薄力粉と冷水だけにしてみた。
このほうがあっさり揚がるような気がしてネ。

揚げ油はコーンに胡麻を少々。
はたして、これまた、素人の手なぐさみとしては
上々の出来映えといえるレベルだ。
ピンクのヒマラヤン・ロック・ソルトをガリガリやって食すと、
多少の噛み応えがあるものの、実にやわらかい。
ほどなく山野の香りが口中から鼻腔に抜けてゆく。
素材のタチがよかったのだろう、
過去に気づかなかった、こごみの魅力を知る思いがした。

天ぷらだけではもったいなく、胡麻和えを作る。
くだんのすり鉢とすりこぎで
金胡麻をすり、生醤油と砂糖を加える。
先っちょのクルクルを残すために
努めて粗く刻んだこごみと和えた。
う~ん、これも悪くないねェ。

山菜となれば、
わらび・ぜんまい・たらの芽あたりが思い浮かぶ。
殊にわらびとぜんまいは
日本そば屋の定番メニュー、山菜そばの主役と言えよう。
しかし、J.C.は山菜そばを注文したことがない。

なぜか?
立ち食いそばのみならず、
老舗のそば屋ですらパック入りの水煮を使うからだ。
そして、そのほとんどが中国産の安価なもの。
中国の食品に偏見を持つわけじゃないが
とてもとても、食指が動くものではない。

最後に、行者にんにく、別名・アイヌネギである。
この山菜を最後に食べたのは一昨年の6月。
ところは葛飾、柴又駅前の居酒屋「春」だ。
寅さんの銅像を見ながらつまんだのは醤油漬けだが
風味は残っていたものの、あまりにしょっぱくて
酒のつまみより、飯のおかずにふさわしいものだった。

行者にんにくもまずは天ぷら。
こごみほどではないにせよ、
野趣あふれる個性は失われていない。
残りは生醤油と日本酒を同割にして漬け込んだ。

こちらは今も冷蔵庫にあり、主として晩酌の友。
数日前に生姜焼きの要領で
豚バラ肉と炒めてみたら、存外にイケた。
いずれにしろ、秋田の友人に感謝する日々を送っている。

2019年5月28日火曜日

第2141話 山ほどの山菜をいただきまして (その1)

秋田の友人から地元で穫れた山菜が送られてきた。
木の芽・こごみ・行者にんにくの3種類。
普段はあまり口にできないものばかりである。
これは久々に腕をふるわねば―。

まず、木の芽。
言わずと知れた山椒の若芽はJ.C.の好物で
酢味噌に混ぜ込み、いか&竹の子と和えるのがよい。
いかとなればこの時期、まだ名残りの蛍いかが第一感。
さっそく近所の鮮魚店に出向くと、福井産の蛍いかがあった。

へ~え、福井のホタルねェ。
富山・兵庫はしょっちゅう目にするが福井は初めて。
調べてみたら、ほかに石川・鳥取の両県でも揚がるらしい。
福井産はサイズ的に富山と兵庫の中間くらい。
値段もそうだった。

あまり立派なものではないがキッチンにある、
一応、真っ当なすり鉢とすりこぎで
木の芽をすりながらハタと思い当った。
このすりこぎは山椒の木で出来ているハズ。
山椒の木で山椒の若芽をいたぶっているワケで
何だか妙な気分になってきた。
豆を煮るにまめがらを焚く
古代中国の故事が連想された。

さておき、木の芽酢味噌で整えた、
蛍いかの素晴らしかったこと。
たとえ、おろし立ての本物だとしても、
山葵や生姜のはるか上を行った。

お次は、こごみ(屈)。
こちらはクサソテツ(草蘇鉄)の若芽。
”ものほどさように”、山菜は若いものに限るようだ。

ちょいとお歳を召した女性を
”薹(とう)のたった”と表現するが
この薹は蕗の薹のこと。
まっ、女性に関しては年齢を重ねても
魅力を失わない人は数多いけどネ。

こごみが蘇鉄の仲間の若芽と知ったのは
わりと最近になってから。
今まで何度か食して美味しさを感じたことは一度もない。
おひたし、胡麻和え、天ぷらあたりが
一般的な調理法だろうか。

挑戦したのは最初に天ぷら。
自分で天ぷらを揚げるのは本当に久しぶりだ。

=つづく=

2019年5月27日月曜日

第2140話 フラれ降られて令和の元日 (その4)

浅草は雷門通りの「酒富士」に独り。
店の止まり木にはハグレ雀が4羽、その羽を休めている。
1羽のオヤジ雀は皮付きべったら漬けを持て余し気味。
パッタリと箸が止まっていた。

女将の姿が見えないが、おそらく彼女の倅だろう、
カウンター内のニイさんに
「赤鹿毛・青鹿毛とは何? どこが違うの?」―
訊ねてみると、返って来た言葉は
「大麦の焼酎で、青のほうが甘いというか、
 クセがあるというか・・・」―
どうにも要領を得ない。

本来は芋焼酎を好むタチながら
初お目見えの銘柄だし、ここは1杯いっとこう。
どうせなら、そのクセのある青鹿毛に挑戦してみよう。
ロックでいただいてみると、
第一感は大分産はだか麦焼酎の兼八。
鼻腔に抜ける香ばしさがとてもよく似ている。
青鹿毛は宮崎の産で、二条大麦使用とのことだった。

つまみはもう何も欲しくはないけれど、
大の男が酒場の片隅で沢庵だけでは傍目にも哀れを誘う。
ムリにでも何か1品通さねば―。
当店の肴は、もろきゅう(350円)から
まぐろ刺し(1100円)までの価格帯。
いま一度、じっくりと品書きに目を通した。

お願いしたのは軽めの川海老唐揚げ480円)
ところが、これまたドッサリ来た。
朱色というか、朱鷺色というか、
姿カタチは麗しいが何ぶん多過ぎる。
ヒマに任せて数えてみたら24尾もあった。
どうすんのヨ、コレ?

もともと小さなエビ類は好んで食べる。
富山湾の白海老が好き。
駿河湾の桜海老ならもっと好き。
しかし、淡水に生息する川海老は滅多に注文しない。
レモンを搾りかけて口元に運べば、爽やかな美味。
でも、道半ばにして箸の上げ下げに滞りが生じた。
どうにか20尾ほどクリアして退散することに―。

あとからやって来たパートのオバちゃんだろうか?
「お客さん、傘あるの? 持ってく?」
「いや、だいじょうぶ」
「だけど、ずいぶん降ってるヨ」
「すぐ潜るからいいんだ、ありがとネ」

しかるに考えは甘かった。
都営地下鉄入口までの短い距離にもかかわらず、
髪からしずくが垂れるほどに濡れそぼった。
船出したばかりの令和なれど、
前途に多難を予感させる元日の夜でありました。

=おしまい=

「酒富士」
 東京都台東区浅草1-6-1
 03-3843-1122

2019年5月24日金曜日

第2139話 フラれ降られて令和の元日 (その3)

地下鉄の入口で雨宿り。
というより実際は今後の身の振り方を思案していた。
とにかく今年のGWはよく降るGWだ。
何となく・・・再び門仲をさまよい歩く気力が失くなった。
そのまま改札への階段を降る。

雨が降ったら断トツの候補地は浅草。
何となれば、浅草には
アーケードを備えた商店街が多いからネ。
ロンゲストの新仲見世にショーテストのかんのん通り。
雷門通りの北側、すし屋通りにひさご通りから千束通り。
部分的には国際通りもそうだ。
すぐに思いつくのはそんなとこだが、まだあるかもしれない。
とにかく、浅草はアーケードの街といっても過言ではない。

雷門通りの「酒富士」の暖簾をくぐった。
宵の口につき、客はテーブルに1組きり。
カウンターに人影はなかった。
久しぶりだから懐かしい。

あれは2年前の3月。
ここで豪州娘のブリに遭遇したのだった。
かつ丼のどんぶりを抱えている、
ブリにクジラを食わさせたっけ・・・。
彼女にちなんで、かつ煮皿という手もあったが
それはちょいとムリだろう。

先刻、深川の穴子天丼ともりそばは
どちらも量的に7分目程度だったので
まだイケると意気込んではいたものの、
時間の経過とともに満腹感が訪れていた。
しかし、当店で飲みものだけというわけにはいかない。

何か軽いものということで皮付きべったら漬け(450円)
スーパードライの大瓶と一緒に通す。
ところが、このべったらはちっとも軽くなかった。
小鉢に10切れも盛られてるじゃないの。
大瓶を飲み切るには3~4枚でじゅうぶんなのに—。
いや、マイッたな。

べったら漬けをポリポリやっているうち、
ポツリポツリと客が現れる。
常連もフリも独り飲みばかりである。
彼らに
「一つ、べったらでもいかがですか?」―
なんてことも言えないし・・・。
だんだんに箸を投げ出したくなってきた。

不思議なもので飲むスピードは一向に落ちない。
空瓶を前にして棚に並んだ酒瓶を眺めていた。
見慣れない赤鹿毛(あかかげ)と青鹿毛(あおかげ)に
俄然、興味が湧いてくる。
こやつらはいったい、何者であろうか?
仮面の忍者たちなのであろうか?

=つづく=

2019年5月23日木曜日

第2138話 フラれ降られて令和の元日 (その2)

深川不動堂の参道。
永代寺の門前辺りで立ち尽くしている。
ぶぶ漬けの「近為」でもないし、
老舗和菓子店「伊勢屋本店」の食堂でもあるまい。

ええい、ままヨ!
参道を出て永代通りを木場方面に向かった。
ほどなく行きすがったのは間口の狭い1軒の日本そば屋。
普段は見過ごす店構えながら、奇抜な屋号に足を止める。
葛飾・柴又でもないのに「寅次郎」だとサ。
寅さんファンとしては看過できぬものがあった。

店先に日本酒の一升瓶が並んでおり、
飲めることは判ったが、おそらくハズレだろうという懸念が湧く。
ここまでフラれ続けてきたこともあって
ちゅうちょしつつも入店すると、
野球帽をかぶったオジさんに迎えられた。
およそ、そば屋の職人には見えない。
まっ、入ったからには致し方ない。

店内は10席ほどのJ字カウンターのみ。
先客はジイさんが1人きりで
空のジョッキを前に居眠りをしている。
何だかヘンな空間に迷い込んじまったと、
後悔の念がよぎったが寅さんに免じて許そうか―。

ウリはそば&どんぶりのセットメニューであるらしい。
場所柄、深川丼なんかもあった。
サッポロ黒ラベルの中瓶を通して品書きの吟味。
地酒もつまみもかなりの取り揃えだ。
鯨ベーコン、うなぎ肝焼きが目についたものの、
外しそうな予感がして決断がつかない。

結局、発注したのは、そば&穴子天丼のセット(850円)
冷たいもりと温かいかけが択べ、ここはもりで。
そばは挽きぐるみの中太、コシはあるが香りに乏しい。
つゆは鰹出汁が効いてるものの、甘みの勝った下世話なもの。
薬味はさらしねぎにニセわさび。
こりゃ、ダメだわ。

天丼は穴子丸1尾にピーマン1片。
肉厚の穴子はいったい何者だろうか?
値段からして上等な真穴子ではあるまい。
銀穴子? 黒穴子?
確信を持てぬまま食べ終える。
ごはんが硬めに炊かれており、
もりそばより天丼のほうがよかったかな。

そろそろ酒場が出揃う時間帯。
永代通りと大横川にはさまれた飲み屋街に向かおう。
元気よく歩き出したら、いきなり空からパラパラときた。
コンビニでビニール傘を買うほどではないが
気勢を削がれたのも事実。
東京メトロ東西線の入口に飛び込んで雨宿りの巻である。

=つづく=

「寅次郎」
 東京都江東区富岡1-24-3
 03-3630-5393  

2019年5月22日水曜日

第2137話 フラれ降られて令和の元日 (その1)

すでに3週間が経過した令和元年。
正直な気持ちを晒け出すと、
元号としての字面(じづら)、音の響き、
どちらもあまり好きじゃないなァ。

第一、官房長官の
「命令の令です」
ってのが、気に染まない。
何だか政府に国民が命令されてるみたいでネ。

一文字の漢字を説明するとき、
二文字熟語を引き合いに出すのは常套手段だが
どんな熟語を使うことになるのか、
そこまで熟慮を重ねた末に、
元号の決定をしていただきたい。
今回のケースは熟語を熟慮できぬ、
有識者懇談会の未熟というほかはない。

その元日、昼過ぎまで時間を浪費したあと、
14時過ぎに家を出て、向かったのは江東区・門前仲町。
目当ては深川きっての立ち飲み酒場「ますらお」である。
酒類の取り揃え、つまみの質の高さから
数年前の開業直後から
またたく間に人気店となった強者だ。

土・日・祝日の開店は1時間前倒しの15時。
それに合わせて入居するビルに到着すると、
「本日休業」のつれない仕打ち。
いや、マイッたなァ。

気を取り直し、近所の「万俵」に流れると、
こちらも休みときたもんだ。
そうだよなァ、元日だもんねェ。
しかし、2軒続けてフラれ、厄介なことになった。

門仲のメインストリート、永代通りを北に渡り、
深川不動の参道を歩く。
浅草の観音様よりずっとコンパクトだが
それ相応の参拝客が訪れる、お不動様。
開いてる店は少なくない。

角打ちを謳いながらも
ちょいとばかり高級感が漂う「折原商店」。
足を踏み入れかけて思いとどまった。
ここだとビールだけでは済みそうにない。
日本酒の2~3杯は必至だろう。

はて、さて、どうしたものよのぉ。

=つづく=

2019年5月21日火曜日

第2136話 枇杷に鳥貝 鰹に鱸 (その2)

世田谷区・千歳船橋の「旬菜 すがや」。
カウンターで独酌を楽しんでいる。
18時を回って、だんだんに席が埋まり始めた。
白和えの枇杷をつまみ、斬九郎で追いかけると、
果実の甘さのおかげで酒が引き締まる。
そう、飲む酒が甘いと感じたら
甘味のある肴をアテにすればよいのだ。

品書きに生鳥貝を発見。
愛知の産という。
真っ当な鮨屋でもなければ、
なかなかお目に掛かれぬ生とり、無条件で発注した。
発注はしたものの、モノはあまりよくない。
身肉に張りが失われ、ヒモは砂を噛んでいた。

白露垂珠純米吟醸に切り替えた。
一月半前、向丘のスパイスバル「コザブロ」でいただき、
その旨さが記憶に残っている。
こちらは120mlで760円と、斬チャンに比べ、かなり高価だ。
う~ん、やはりこの突き抜けた爽快感が素敵だネ。

勝浦産の鰹刺しを追加。
これにはニンニクのスライスをリクエスト。
色鮮やかではあるものの、惜しむらくは滋味に薄い。
もともと秋の”戻り”より、春の”上り”を好むが
あまりにあっさりし過ぎている。
一計を案じ、取り皿をもらって、白露垂珠を垂らす。
そこへ生醤油を注ぎ、割り箸でステア。
数片の鰹を投じて即席づけの作成に取り掛かった。

待つこと10分。
浸透圧の作用で閉じ込められていた鰹の旨みが開花。
ニンニクを乗せて口元に運べば、瞬時に頬が緩む。
誰が何を言おうと、鰹にはニンニクですな。

山梨県・大月市の笹一酒造による樽酒に移行。
辛口本醸造の逸品である。
こちらは120mlで480円のところ、
プラス200円で正1合をお願いした。

同時に鱸(すずき)カマ元の塩焼きも—。
鱸は好きなサカナで刺身や洗いはもとより、
洋風のカルパッチョ、ムニエル、ポワレ、
極め付きはポール・ボキューズ考案による、
バール・アン・クルート(鱸のパイ包み焼き)になろうか。

筍の蕗味噌焼きを従えたカマ元はまずまずながら
これまた旨味の濃縮感がイマイチ。
そこで鰹の漬けつゆをサッと振りかける。
すると塩焼きは大変身、
とまではいかなくとも中変身を遂げた。
そりゃ、そうだよなァ、
鰹節の代わりに生鰹の出汁だもんねェ。
ちとふなでの晩酌のお代は3440円でありました。

「旬菜 すがや」
 東京都世田谷区船橋1-7-3
 03-6413-5450

2019年5月20日月曜日

第2135話 枇杷に鳥貝 鰹に鱸 (その1)

小田急線で成城学園前から2駅の千歳船橋。
若い世代は親しみを込めて、
か、どうかは知らないけれど、
この町を”ちとふな”と呼んでいる。

じゅうぶんに歩ける距離ながら
時間が押しており、電車を利用した。
ビルの2階に上がり、「旬菜 すがや」へ。
予約の旨を告げるとカウンターのほぼ中央に促された。

「成城」で生中を3杯も飲んだから日本酒で始めよう。
リストをにらみ、択んだのは斬九郎純米というヤツ。
これが120ml480円也。
こく辛とあったがトロッと甘い。

一升瓶には”斬れ潔し”と明記されていた。
長野県は伊那の産である。
伊那と聞けば、

♪   影かやなぎか 勘太郎さんか
  伊那は七谷 糸ひく煙り  ♪

小畑実と藤原亮子のデュエット歌謡、
「勘太郎月夜唄」が思い起こされる。
太平洋戦争の只中、昭和18年に封切られた股旅物、
「伊那の勘太郎」の主題歌である。

そんなこって伊那の第一感は勘太郎だったが
実際に唇を濡らしているのは斬九郎。
似たようなネーミングでもイメージはずいぶん異なる。
勘太郎だと、歌や映画の影響から縞の合羽に三度笠。
斬九郎は血塗られた過去を持つ妖剣の使い手で
身を持ち崩したら辻斬り強盗すらやりかねない、
悪役にまで成り下がる。

それはそれとして斬九郎の女房役を決めねば―。
昔も今も世の中はよくしたもので
荒んだ生き方しかできない亭主には
陰で支える気立てのよい恋女房が付きもの。
時代劇だろうが現代物だろうが映画やドラマの定番だネ。

そんなことにも気を配りながらお願いしたのは
枇杷(びわ)の白和えである。
料理屋では滅多に出逢えない枇杷は大好きな果実。
何せ、フルーツのマイ・ベスト3は
 ① 枇杷  ② 梨  ③ 桃
てな塩梅なんざんす。

白和えには枇杷のほか、小海老とのらぼう菜。
のらぼう菜は東京近郊の多摩、川崎、飯能辺りで
栽培されているアブラナ科の葉野菜。
小松菜に似てないこともないが食味はこちらが勝る。
千本しめじも散見されるなか、
枇杷、海老と穏やかなハーモニーを奏でていた。

=つづく=

2019年5月17日金曜日

第2134話 かしましきセレブの妻たち(その3)

焼き鳥店「成城」で生ビールの2杯目。
それにしても
近所の奥様たちのやかましさたるや、半端ではない。
会話の内容が筒抜けだぜ、まったく。

時折り起こる哄笑というか、爆笑というか、
要するに、バカ笑いが店内に響き渡る。
亭主たちの顔を見てやりたいが
彼らはゴルフかなんかだろうヨ。

想像するに、奥様グループは
当店のハッピー・アワーを狙い撃ってるネ。
「ねェ、ねェ、奥様、
 駅前のビルの焼き鳥屋さん、
 午後の2時間、ずっごく安いのヨ。
 〇〇サンもお誘いしてプチ飲み会開きましょうヨ」―
おそらくそんなとこだろう。

焼き鳥が焼き上がった。
塩・タレの指定をあえてしなかったが、どちらもタレできた。
いや、実にインパクトの強いタレである。
濃厚を超えて重厚の域に達している。
そう、昔の焼き鳥のタレはこうだった。
これは「鳥ぎん」時代からの継ぎ足しに相違ない。
美味しく懐かしく味わった。

続いてのとり皮餃子は
小ぶりなスイートポテトみたいなのが3カン付け。
横幅があるので串打ちは2本。
こちらは塩焼きで、醤油を掛けた大根おろし添え。
手羽餃子のアレンジ版だろうが
詰められた餡が上々、じゅうぶんに楽しめた。

これでサラダの胸肉、
焼き鳥のもも・肝・皮と、鳥の4部位を
おっと、肝の先っちょに1片のハツが付いてたから
トータル5部位をいただいたことになる。
小ジャレて高価な焼き鳥店が大手を振って歩くなか、
こういうクラシカルな焼き鳥の良さを再認識させられた。

日本酒は久保田も真澄も400円。
よほど切り替えようと思ったものの、
次があるので我慢し、中ジョッキの3杯目。
いやあ、今日はビールが進む、ススむ。

セレブの奥様方による昼下がりのママ会も
ずいぶんとお飲みものが進んでいる様子。
飲むほどに酔うほどに
会話のボリュームアップはとどまるところを知らない。

温厚なJ.C.もとうとう堪忍袋の緒がプッツン。
足元に爆竹の2、3本も投げつけたくなったが
生憎、持ち合わせがないため、断念の憂き目。
まっ、今しばらく泳がせといてやろうかの。

=おしまい=

「成城」
 東京都世田谷区成城6-4-13 成城フルール3F
 03-3484-0425

2019年5月16日木曜日

第2133話 かしましきセレブの妻たち (その2)

世田谷区・成城学園前にいる。
時刻は15時半。
駅前ビルの3階、焼き鳥「成城」に入店した。
ビルの名称は成城フルール。
なるほど1階が花屋さんだからネ。

先客は1組のみ。
数えてないから定かでないが
おそらく3~4名の女性グループである。
上野や浅草じゃあるまいし
成城学園前でこの時間から飲む輩は少なかろう。

サッポロの中ジョッキがサービス価格の350円。
通常は600円で、350円は小ジョッキの値段だ。
いや、太っ腹だねェ。
だけど、よく考えてみれば、
セレブの町でこんなご奉仕は不必要なんじゃないの?

多摩川の河原を歩いたあとだけに
生ビールの旨さがひとしお。
同時に供された突き出しは
蒸し鳥むね肉サラダの和風胡麻ドレッシング。
けっこうなポーションだから
これはチャージされるだろうと思っていると、
案の定、300円+税だった。

箸袋には
釜めし・やき鳥の店 成城(鳥ぎん改め)
とある。
やはり、経営自体は変わらぬようだ。

割安メニューを見ると、
枝豆(250円) 肉豆腐(380円) 
まぐろのづけ・海鮮納豆(各400円)
刺身得盛(500円) 焼き鳥5本(600円)
などなど。

生ビールはハッピー・アワーの恩恵に与ったものの、
つまみ類に惹かれるものがない。
焼き鳥屋だから焼き鳥はいただいておきたいが
5本セットはトゥー・マッチ。
これでは次の千歳船橋に禍根を残す。

割引対象外の通常メニューもできるというので
焼き鳥の正肉、レバー(各180円)各1本と
とり皮餃子焼き(300円)を通した。

中ジョッキのお替わりをしながら
なかなか減らない蒸し鶏に挑み続ける。
まずまずの仕上がりなのに、いかんせん量が多いヨ。
それよりも女性グループの発する騒音が気になりだした。

=つづく=

2019年5月15日水曜日

第2132話 かしましきセレブの妻たち (その1)

小田急小田原線の各駅停車に揺られている。
さて、お次はどの町を歩こうかな?

実はこの日の晩酌は
世田谷区・千歳船橋の和食店に決めていた。
「旬菜 すがや」 はエリアの人気店につき、
あらかじめ予約を入れてある。
時間は開店早々の17時なので
まだ2時間以上の余裕があった。

和泉多摩川—千歳船橋間の途中駅は
狛江・喜多見・成城学園前・祖師ヶ谷大蔵。
時間が時間だけに
翼を休ませる止まり木を探すのは簡単ではない。
下手を打つと空振りに終わる。
そんな場合を想定し、恰好の店が見つからなくとも、
散策に耐えうる街並みを擁する駅で降りたい。
 
下車したのは成城学園前。
田園調布と並んで東京を代表する高級住宅地だ。
駅の周りを一めぐりしたあと、
北側の住宅街を歩く。
 
とんかつ店「椿」は健在なれど、午後の休憩中。
いえ、ハナからとんかつを食べる気がないから
ベツに問題はないんだけどネ。
ただ、このような古く良き優良店が
営業を続けている姿を見ること自体がうれしい。
 
駅前に舞い戻って
先刻、マークしておいた「成城」で一憩。
1階にフローリストが入居するビルの3階である。
成城学園前の「成城」とは身もふたもないネーミング。
喫茶店や雀荘なら判りもするが
これで焼き鳥&釜めしの店なのだ。
 
以前は「鳥ぎん」だった店舗を居抜いての営業らしい。
メニューもほとんど変わらぬようだから
店名だけを変更したのかもしれない。

「鳥ぎん」といえば、かつては焼き鳥界の雄だった。
銀座本店は今でも盛業中ながら
都内各地に暖簾分けした店々は次々に姿を消した。
花柳界のあった柳橋店しかり、
すずらん通りの千駄木店またしかり。

旧「鳥ぎん」の「成城」は週末に限り、
中休みナシの通し営業。
入店してから判ったことだが
15時~17時はいわゆるハッピー・アワーで
飲みものだけでなく、料理も割安になるという。
ハッピー・アワーはラッキー・アワー・トゥー・ミー。
やはり日頃の行いが招いた僥倖でありましょう。

=つづく=

2019年5月14日火曜日

第2131話 「岸辺のアルバム」の岸辺へ (その3)

「特一番」のあるリバーサイド・モールから
和泉多摩川駅の反対側、北口に回ってみた。
東京のはずれといえども、さすがに世田谷区の隣り、
ちょいとオサレな雰囲気が漂っている。
フラメンコ・スタジオなんかもあるし、
並びの美容室は「ケ・セラ・セラ」だとサ。

多摩川の岸辺に向かうため、再び南口へ。
横切った改札前にモスバーガーがあった。
各駅しか止まらぬ、小さな駅なのに—。

和泉多摩川通りはプラタナスの街路樹。
プラタナスの並木道となると第一感は
飯田橋から高円寺に達する大久保通り。
都心と違い、クルマが少ないのでのどかなものだ。
前を通り過ぎたラーメン店に10人を超える行列。
「自家製麺つけそば 九六」は界隈屈指の人気店らしい。

視界が一気に開けて多摩川のほとり。
連休中の、それも日曜日とあって
河原には多くの家族連れがピクニック。
バーベキューを楽しむグループが皆無なのは
むやみに火を扱えないのかもしれない。
その代わり、ソース焼きそばの屋台があった。

かつては”あばれ川”の異名を取った多摩川。
ドラマのモチーフともなった洪水の傷痕は
今、どこにも見えない。
満々と水をたたえ、流れはおだやか。
幼い子どもたちが岸辺に下りて水と戯れている。

突然、襲ってきたケモノ臭に辺りを見回すと、
ヤギの親子に加えて仔羊と仔馬。
動物とのふれあいの場になってるんだネ。

1974年の大水害の記憶を後世に残すモニュメント、
多摩川決壊の碑は意外に小さく簡素。
人口密度の高い首都圏で発生した災害ながら
犠牲者を出さなかったのがシンプルの理由だろう。

目の前は二ヶ領用水宿河原堰。
川向こうは川崎市・宿河原である。
水量のわりに静かな川面はこの堰によるもので
1999年に造り替えられ、
現在は四六時中、国交省が水位を監視している。

和泉多摩川駅に戻った。
駅舎はすでに高架化され、
プラットフォームに立っても
「岸辺のアルバム」を偲ぶよすがとてない
入線して来た各駅停車に乗り込み、
多摩川よ、サヨウナラ。

=おしまい=

2019年5月13日月曜日

第2130話 「岸辺のアルベム」の岸辺へ (その2)

小田急小田原線・和泉多摩川。
駅前のリバーサイド・モールにある「特一番」に入店。
直線と曲線を合わせた形のカウンターがあり、
テーブルは見当たらない。

取るものも取りあえず
通したビールはサッポロ黒ラベルの中瓶。
そうしておいてメニューを手に取った。
主力は圧倒的に麺類で一品料理はチャーハンと餃子のみ。
ほかには、”すぐできるおつまみ”として
チャーシューとシナチクがあるだけだ。

「特一番」といえば、
旭川動物園に近い地元の人気店。
当店はその流れを汲むという。
北海道のご当地ラーメンの御三家は
札幌→味噌 旭川→醤油 函館→塩
で揺るがない。

好みの上では函館の塩が一番ながら
「特一番」は旭川系、ここは醤油でいくしかあるまい。
おもむろに醤油らーめん(600円)をお願いした。

ここの麺類はすべて醤油・塩・味噌から択べ、同価格。
不思議なのは、チャーシューめんが780円で
ネギらーめんが800円の値付け。
今やネギは焼き豚より高いんかい?
おそらくネギらーめんはネギと焼き豚の細切りを
トッピングしたネギチャーシューめんのことなのだろう。

湯気を立てている醤油らーめん。
目を奪われたのは油浮く漆黒のスープだ。
「真っ黒いスープは見た目ほどしょっぱくない」―
なあんてセリフはよく耳にするが
ここのは見た目通りで偽りなし、とてつもなくしょっぱい。
飲み干すどころか半分もムリだろう。
ただし、味は悪くないし、
中太ちぢれプリプリ麺との相性もよい。

具材はチャーシュー・シナチク・海苔。
もも肉使用のチャーシューは薄いながらも大きく、
中心部にほんのりとピンクの色づきを残す。
全体的に旭川ラーメンとしての水準に達していた。

パラパラながら13時を回っても客足は絶えない。
すべて地元の人たちで流れ者はわれ一人。
地域にしっかり根を下ろす様子が読み取れる。
営むのは中高年の域に差し掛かった二人。
おそらく夫婦と思われた。

女将は歌手の秋元順子によく似ている。
店主は井上順と根津甚八を足して二で割った感じ。
11時半から0時までの通し営業をどうやって回すのだろう。
ピーク時や深夜は助っ人が現れるのかもしれない。
お二人の健康と健闘を祈る。

=つづく=

「特一番」
 東京都狛江市東和泉3-11-17
 03-3480-5039

2019年5月10日金曜日

第2129話 「岸辺のアルバム」の岸辺へ (その1)

今を去ること42年、夏から秋口にかけてTBS系列が
放映したTVドラマに「岸辺のアルバム」があった。
当時は日本にいたのだが、ただの一度も観ていないし、
その存在すら知らなかった。

日本のTVドラマ史上に燦然と輝く名作だと聞いて
全編、DVDで観通したのが8年ほど前だったろうか―。
それなりに楽しめたものの、
それほど心に強い印象を残したともいえない。

先日、都心の繁華街を歩いていると、
どこからか流れてきたのは
ジャニス・イアンの「ウィル・ユー・ダンス?」。
そう、ドラマのテーマソングだ。

後日、自宅であらためて曲を聴いてるうちに
そうだ、あの多摩川の岸辺を歩いてみよう。
隅田川や江戸川にはなじみがあるが
多摩川とはあまり縁がないことだし―。

目指すは狛江市の和泉多摩川駅。
ドラマではこの駅のホームで
竹脇無我が八千草薫を見初めるのである。
こうと決めたら行動は迅速、
出掛けたのは好天に恵まれたGWの2日目だった。

小田急線直通の東京メトロ千代田線、
向ヶ丘遊園行きの電車に乗った。
メトロ区間を抜けると準急になり、
和泉多摩川を通過してしまう。
各駅に乗り換えず、1つ手前の狛江で下車した。

芽を吹き始めた銀杏並木の世田谷通りを往く。
前日とは打って変わって春の陽射しが心地よい。
ぎんきょう保育園を通り過ぎる。
ぎんきょうは銀杏のことにほかならない。

ほどなく和泉多摩川駅前商店街に到着した。
小ぢんまりとした商店街の愛称はリバーサイドモール。
通りを彩るペナントは現在、首位を走るFC東京一色だ。
多摩川べりへと向かう前に軽くランチといっておこう。

モールにはとんかつ屋やベトナム料理店が並んでいる。
出玉率の悪そうなパチンコ屋が何とも不似合い。
駅のそばに「特一番」なるラーメン店あり。
前日、築地場外の「幸軒」にフラれたこともあり、
”北海道らーめん”を謳うこの店に決定の巻である。

=つづく=

2019年5月9日木曜日

第2128話 もうコリゴリの築地場外 (その3)

「幸軒」を空振って意気消沈。
ってほどでもないんだけど、とにかくこの苦界から逃れたい。
息苦しさに耐えかねて
どこか人口密度の低いところに避難しなければ―。

築地で働いている友人によると、
2016年秋に「築地魚河岸」なる商業ビルが建てられ、
仕事帰りにちょくちょく買い物してるとのこと。
ビルの3階には、場外のみならず、
場内にあった店舗まで出店しているらしい。

深く考えもせずに訪れると、
青空のもと、いや、この日は曇り空の下、
エスカレーターのお出迎えときたもんだ。
オープン・デッキの3階は天気のせいもあろうが
徘徊する霊長類の頭数は激減している。

館内は5軒の店が「魚河岸食堂」を形成していた。
これはちょっとしたフードコートだネ。
ぐるりめぐると、喫茶「センリ軒」、洋食「小田保」、
同じく洋食「東都グリル」、ラーメン「鳥藤」、
鮮魚「魚河岸海鮮」という陣容だ。

気に入りの店なので迷うことなく、
「小田保」のオープンキッチンカウンターへ。
瓶ビールはサッポロラガー、赤星である。
いつもはかきフライ&かきバター焼きのミックス定食を
注文するがGWにオイスターもないもんだ。
それに定食は重くてハシゴには向かない。

おとなしく、カニクリームコロッケ(450円)と
ホタテフライ(300円)を1個づつ。
中瓶1本の合いの手としてはこれでモア・ザン・イナッフ。
目の粗い生パン粉をまとい、カラリと揚がったところに
櫛切りレモンをキュッと搾り掛ける。
脇には不揃いな手切りキャベツと自家製タルタルソース。
蟹肉ギッシリのコロッケなれど、下味が好みでなく今一つだ。
そのぶん、立派な貝柱を超レアに仕上げたホタテが二重丸。
これは強くオススメしたい。

気分をよくして、このあとは月島→佃→深川の散歩コース。
と思いきや、遣らずの雨が落ちてきた。
そりゃ、深川はあきらめるけど、
ここにずっととどまるわけにもいくまい。

手っ取り早い至近の銀座へ移動して
夏物のシャツやこまごまとしたステーショナリーを購入。
ついでにデパ地下で肴を調達し、早めの帰宅と相成りました。
それにつけても今年のGWは、GWらしくないねェ。
ここ十数年、こんな天候不順はまったく記憶にないざんす。

=おしまい=

「小田保 魚河岸店」
 東京都中央区築地6-26-1 築地魚河岸小田原橋棟3F
 03-6278-8919

2019年5月8日水曜日

第2127話 もうコリゴリの築地場外 (その2)

築地場外の「幸軒」にやって来た。
家を出る前に自分で考えた献立は

ビール大瓶1本 しゅうまい1個 ラーメン1杯

1個から注文できるしゅうまいが嬉しいネ。
焼売・餃子でビールを飲むのは好きだが
1皿頼むと、焼売なら4~5個、
餃子だと5~6個がフツー。
独りじゃこれだけで、イッパイ、いっぱい。
それでもビールはお替わりするんだけど、
ラーメンやチャーハンまではとてもたどり着けない。

さあ、いただきましょう。
引き戸に手が掛かる前に
背後から声が掛かった。

「今日、もう終わったんだ」
オヤジさんが言い放った。
「エッ、本当?」
心の内では(それはないぜ、セニョール!)、
声を大にして叫んでいた。
「土曜日はだいたい、9時頃までなんだ」
「そうなの? そりゃあ残念だった」
「申し訳ないッス!」
「いえ、いえ、今度は早く来るネ」
「うん!」

時刻は13時過ぎ。
暖簾をしまってからオヤジ、4時間も何してたんだろ?
仕込みかな?
そんなことよりテメエの昼めし・・・、
ってゆうかあ、昼飲みが大事だ。

それにつけても場外市場のこの人ゴミは何なんだ。
場内が隣りにあったときよりヒドい混雑ぶりは
まるで芋の子を洗うよう。
何処から湧き出したのか、和・漢・洋の霊長類が入り交じり、
阿鼻叫喚の様相を呈している。
とてもじゃないがモノを飲み食いする環境下にないネ。

ウハウハなのは大型鮨店で、以前より明らかに繁盛している。
経営者は笑いが止まらんだろう。
しっかし、わざわざ築地まで来て
都内のあちこちに展開する店で食べるかネ。
いくら築地の本店狙いといっても、少しは考えようヨ。

ほら、チコちゃんの声が聞こえるでしょ?
ボーっと生きてんじゃねーよ!

=つづく= 

2019年5月7日火曜日

第2126話 もうコリゴリの築地場外 (その1)

10連休を通して休めた方も、そうでなかった方も、
今頃、かったるい思いでこのページに
アクセスされていることでしょう。
休み明けにかける言葉じゃないけれど、
いや、お疲れさまでした。

連休初日、何をとち狂ったか、
長いこと足を向けなかった築地場外市場に
落胆覚悟で行ってみようという気になった。
よせばいいのに―。

場内の移転後も観光客の数が減るどころか
逆に増えていると伝え聞く。
昔は足繁く通った築地の魚河岸だが
見て回ったり、買い物したり、
飲み食いするのはほとんど場内。
飲食店に限っては場外の店も一通り利用したものの、
リピート率は低かった。

さて、行くと決めた以上は行く店も決めておこう。
以前、何度も書いているが、J.C.は築地で鮨を食べない。
場外の大型チェーン店は論外で
場内の優良な個人経営店をすべて訪れた末に
抽出した結論である。
もっとも場内にあった鮨屋はみな豊洲に移転したけどネ。

なぜか?
語れば長くなるのでここは一文で済ませ、先に進みたい。
築地の鮨は魚河岸鮨(そのまんま生)であって、
江戸前鮨(〆る・煮る・漬け込むの仕事アリ)ではないからだ。
以上!

よって、今回も鮨屋に立ち寄るつもりはサラサラない。
おっと、”サラサラない”は魚河岸じゃ禁句だった。
エッ? そりゃ、市場じゃなくて都庁だろ! ってか?
おっしゃる通りでありました。

自分の頭の中を整理し、
記憶をたどって、1軒の中華そば屋に絞り込む。
その名は「幸軒(さいわいけん)」。
昭和25年創業ということは来年、めでたく古希を迎える。

食べログのおかげで誰もが迷子にならずに
到達できるようになったが
一昔前まではよほど場外に精通していないと、
発見困難な判りにくいところにある。

かく言うJ.C.も此度、道筋を1本間違えた。
それにしても何だヨ、この人の波っ!
ちっとも身体が前に進まんぜ。
どうにか見覚えのある乾物店の中を抜けて到着。

あれれ、オヤジさんが店先の丸椅子に座り込んでるヨ。
軽く会釈して、委細構わず入店しようすると、
背後から声が掛かった。

=つづく=

2019年5月6日月曜日

第2125話 さまざまなこと思い出す洋食屋 (その2)

品川区・荏原の「キッチン TAIYO」。
開いたメニューを目で追いながらビールの中瓶をお願いした。
銘柄はキリン・クラシックラガー。
自分には苦すぎるビールながら、ほかに選択肢はない。
案の定のビター・テイストだけれど、
エビスやモルツよりは舌になじむ。

最初に通したのはカニサラダのハーフサイズ。
ハーフの用意はありがたい。
ビールとともに味わいながら、慌てずにメインの選択ができる。
ところが、このサラダはかなりの量だった。
レタス中心の生野菜に缶詰のカニが和えてあり、
二人で分けてちょうどよさそう。
一瞬、フルサイズと間違えたのではと疑念が湧いた。

サーヴしてくれたセコンドの顔をよく拝見したら
思ったよりずっと若い。
後姿の頭頂部の髪が薄かったので早合点してしまった。
どうやら店主の息子さんらしい。
となると、接客の女性は嫁さんで
親子三人の家族経営ということになる。

サラダのあとに自家製ハムのタルタルソース添えが登場。
ん? コレはビールのお通しのようだが
有料なのか、無料なのか判然としない。
まっ、いいでしょう。
(会計時にサービスと判明。サラダもハーフで間違いナシ)

それにしてもお通しとしては立派。
ハムというよりコールドポークといった風である。
そして魚介でもないのにタルタルソースとはネ。
ここでまた思い出したことがあった。

ニューヨークのイタリア料理店で
たびたび注文したのがヴィッテロ・トナート。
冷製の仔牛肉に裏ごししたツナ缶と
マヨネーズを合わせたソースを添える。
最初は仔牛とツナのミスマッチにたじろいだものの、
これが実によくコラボした。

ビールのお替わりとともに
択んだメインディッシュはポークカツレツ。
ポークソテーではせわしないが
カツレツなら多少冷めても美味しくいただける。

ストーヴ前に陣取ったシェフの調理を見ていてビックリ。
パン粉を付けたロース肉をフライパンで焼き始めた。
すぐに鉄製の蓋をして、そのまま放置すること10分。
ふ~ん、油で揚げないんだネ。
またまた思い出したのは浅草・花川戸の「桃タロー」だ。
焼きカツの有名店だが、そこのスタイルにそっくり。

ガルニはすべて温野菜で
いんげん・にんじん・キャベツのブイヨン煮とポテトフライ。
カニサラダ、コールドポークを含め、
すべてが水準をクリアしており、昭和の味を存分に楽しんだ。
そして何よりも印象深かったのは
この洋食店が思い出させてくれた、さまざまなこと。
松尾芭蕉が来店したなら、
いったいどんなことを思い出すのでありましょうや?

「キッチンTAIYO」
 東京都品川区荏原1-17-4
 03-5498-9898

2019年5月3日金曜日

第2124話 さまざまなこと思い出す洋食屋 (その1)

武蔵小山の26号線通りを南下し、
平塚橋で中原街道を横断。
足を向けたのは戸越銀座である。
日本全国に300余りも存在するという、
〇〇銀座の第1号がここなのだ。

関東大震災で壊滅的な打撃を受けた本家・銀座のレンガ街。
ガレキの山と化した崩壊レンガをリヤカーでこの地に運び、
商店街の道路に敷き詰めたという。
周囲に坂が多い土地柄の谷底に位置する戸越の商店街。
当時はアスファルト舗装が進んでおらず、
水はけの悪さから、雨が降るとぬかるむのが常。
問題の解決に水はけのよいレンガが活用された。
よって戸越銀座の名称の由来には
ガレキとした、もとい、レッキとした根拠があるわけだ。

1300mに及ぶ戸越銀座をのんびりと一往復。
よほど「焼鳥エビス」で一憩、いや、一飲に及ぼうと思ったが
このあとに狙いを定めた店が重めの洋食であること。
数年前の利用で焼き鳥の水準に満足できなかったこと。
以上2点に背中を引き戻されてスルーした。

丹念に見て回ると相当の時間を要するショッピング・ストリート。
吹く風は冷たさを増し、西陽は大きく傾いている。
東急池上線・戸越銀座駅のホームの裏から脇道に入った。
目指すは荏原一丁目の「キッチン TAIYO」。
昭和の味を提供する洋食店との情報を得て
数週前からマークしていたのだ。

店舗は中原街道に面してあった。
目の前をクルマが束になって走り抜けるロケーションは
営業上、大きなハンディキャップだろうと心配になる。
店内は手前にダイニング、
奥がオープンキッチン・カウンターのレイアウトだ。

ダイニングの窓際のテーブルなど、
カップル利用に打ってつけながら
移す視線の先を引っ切り無しにクルマでは
おちおち食事などしていられない。
少なくとも愛のコクリ、恋のクドキには適していない。

フロア担当の女性に案内され、
カウンターのほぼ中央に座した。
厨房には年配の男性が二人。
このコンビネーションから即座に思い出したのは
墨田区・本所吾妻橋の「レストラン吾妻」。

シェフとセカンドの立ち位置のみならず、
呼吸の合った連携プレーが「吾妻」同様である。
客入りは6割方ながら二人は忙しそう。
オムライスやポークソテーを
手際よく仕上げてゆく様子は見ていて飽きない。
”食”の職人技は食べ手の目を釘付けにするんだネ。

=つづく=

2019年5月2日木曜日

第2123話 立ち飲んで武蔵小山 (その2)

東急目黒線・武蔵小山駅から徒歩3分。
立ち飲み酒場、「晩杯屋本店」
通りからちょいと引っ込んだ位置にあった。
クルマが停まっていないから
駐車場ではなさそうだが店の前にスペースがある。

店内は立て混んではいるものの、
客入りは8割程度で余裕じゅうぶん。
早々に中ジョッキ(410円)を通し、
つまみの選抜に取り掛かる。
客が伝票に書き込み、スタッフに手渡すシステムだ。

蛍いか(180)、ニシン酢漬け(150)をメモる。
ほどなく2品が同時に運ばれた。
箸スタンドから箸を取る。
取るには取ったが、取ってビックリ。
箸先にホコリの塊りがくっついてきやがった。

これはないだろっ!
箸はその都度、洗って補充するものの、
スタンドは長いこと洗われていない。
飲食店として基本中の基本が成されてないのだ。
気を取り直してポケットからティッシュを取り出し、
生ビールで湿らせて汚れを入念にぬぐい取った。

7匹ほどの蛍いかは先日、
浅草の「ひろ里」て食したものと比べるべくもない。
兵庫産の安価な普及版だ。
しかも眼球が付いたまんま。
値段が値段だけど、目ん玉くらいは取り除いてほしい。
奥歯を傷めることもあるし、歯間にスタックしたら厄介だ。

ニシン酢漬けはにんじんや菜っ葉とともに
ししゃもっ子だろうか、魚卵と和えられていたが
130円に文句はつけられない。
というより、費用対効果は良好だった。

生ビール1杯で切り上げ、同じ26号線通りの反対側にある、
「盛苑(もりえん)」に移動した。
これまた立ち飲み酒場ながら料理は中華だ。
チャイニーズ・スタンディングバーというのは珍しい。

初めて飲むドラゴンサワーを通す。
紹興酒を使用したハイボールだという。
想像通りの飲み口はけして悪くない。
悪くはないが、お替わりするほどでもない。
つまみのエビマヨネーズは
揚げた小海老6尾に辛子マヨネーズを掛けたもの。
一般的主婦の家庭料理の域を出ていない。

当店も紹興酒サワー1杯で切り上げ、
次の目標に向けて歩きだす。
武蔵小山の立ち飲み2軒。
支払いは合わせて1340円でしたとサ。

「晩杯屋本店」
 東京都品川区小山3-24-10
 03-3785-7635

「盛苑」
 東京都品川区小山4-5-6
 03-3786-4566

2019年5月1日水曜日

第2122話 立ち飲んで武蔵小山 (その1)

令和元年の始まり、始まり。
短い人生でめったに遭遇しない、
こんな機会も謹賀新年と言うのだろうか?
平成へ改元の際は日本におらず、
どんなだったか、まったく記憶にない。
心情的には、めでたさよりも寂しさを感じてしまう。

自身を含め、今現在の日本国民にとって
もったいないくらい慈しみの心にあふれた、
上皇・上皇后であらせられた。
お二人には公務・雑務に煩わされることのない、
健やかにして平穏な新しい生活に入っていただきたい。

さて、品川区・西五反田の禿坂を上り詰め、
小山台から向かったのは武蔵小山方面である。
ほどなく後地(うしろじ)の十字路に到達した。
武蔵小山の駅前商店街は目と鼻の先ながら
なおもぶらぶら歩きを楽しむために迂回を決めた。

池波正太郎翁がたびたび散策に及んだ、
星薬科大学の周りをぐるりとめぐり、旧中原街道を往く。
しばらくすると、道は現在の中原街道に合流。
この地点は武蔵小山駅前から続くアーケード、
パルム商店街の東端でもある。

アーケードを駅前に向かうものの、とにかく人、人、人。
歩みは遅々として進まない。
イライラしても仕方ないので人の流れに身をまかせる。
すぐに頭の中でテレサ・テンが歌い始めた。

♪      時の流れに身をまかせ
  あなたの色に染められ  ♪  

アーケードを突き抜けて駅前ロータリー。
あららら、景色がずいぶん変わったヨ。
モクモクと煙りを吐き出していた、
立ち食い焼き鳥屋は跡形もないし、
何度か利用した町中華の良店も見当たらない。
東京の町々はそれこそ、ちょっと目を離すと
別世界に変貌を遂げてしまうのだ。

早いとこ、どこかビールが飲める店を探さねば―
歩行者天国のパルム商店街に行して
クルマがブンブン走る26号線通りを
さっき来た方向へ戻るように歩く。

今や凄まじい勢いで都内を席巻する、
晩杯屋チェーンのフラッグシップ、
「晩杯屋本店」が道路沿いにあるハズだ。
何はさておき、そこでビール、ビール。

飲み仲間のオッサンに当店の熱いファンがおり、
CPの高さをしきりにほめそやすが
J.C.が利用したのは過去一度きり。
半年ほど前に鴬谷店でたかだか30分の滞在だった。
生ビール、青みかんハイを飲み
平目えんがわ刺し(180円)、レバフライ(130円)を食べた。

別段、魅力は感じなかったが
「どうしてつまみがこんなに安いの?」-
そんな印象を抱いたことは確かである。

=つづく=