2020年5月29日金曜日

第2404話 ミックスサンドとウインナー (その1)

このところ、よく出掛けているのは上野と浅草。
街にだいぶ人が出るようになったが
上野ではすでにアメ横界隈の酒場が
密集の密着に回帰したのに対して浅草はまだまだ寂しい。

この状況は浅草がインバウンドなくして
成り立たぬ街になったことを意味する。
仲見世が閉じていては日本人も観音様に詣でることはない。
ホッピー通りなんぞ、半数近くの店が
営業再開したものの閑古鳥が鳴いていた。

この日も台東区のコミュニティバス・めぐりんに乗ってエンコへ。
言問通りを北に渡り、しばらく無沙汰した観音裏を徘徊する。
かつて訪れたふぐ料理屋「M」はうなぎ屋に
天ぷら屋「Y」はそば屋に変わっている。
ひいきにしていたスナック「N」の跡に
イタリアンが開業していたのは衝撃的だった。

こまどり姉妹が

♪   なにも言うまい 言問橋の
  水に流した あの頃は  ♪

と、歌った言問橋で隅田川を越え、
墨田区・向島の喫茶店「HOLLY」に到着した。
先のオリンピックの年、雷門の並びに開業して56年目になる。
マスターは八十路も半ばに達し、マダムも同年輩、
以来、ずっとオシドリで切盛りしてきたという。

ここはいわゆる純喫茶につき、ビールがない。
ウインナー(400円)とミックスサンド(500円)をお願いした。
ウインナーは居酒屋なんかで出て来る、
赤いタコみたいなのではなく、ウインナーコーヒーのこと。
好みで生クリームを浮かべてくれるのだ。
手造りの生クリームはほのかに甘く、
クリーム&シュガーの役目を同時に果たしてチャージもナシ。
遠慮なくいただいた次第だ。

わが人生、コーヒーの空白期間があまりに長く、
しかもウインナーコーヒーとなると実に四半世紀ぶり。
最後に飲んだのはウイーンにあるホテル・ザッハーのカフェで
ホテル・オリジナルのデッカいザッハートルテに
往生しながら味わった。

ウインナーもさることながら、感心したのはミックスサンドだ。
下北沢の「トロワ・シャンブル」のように
パンは軽くトーストされていた。
フィリングが凝っており、繊切りキャベツ、ハムエッグ、
スライスきゅうりの順に重ねられている。

このハムエッグが何とも独創的。
想像するに四角いフライパンにオイルを熱し、
四角いハム1枚と溶き玉子を投入して
一種のオムレツを焼き上げる。
ハムは刻まないからハムピカタと呼ぶべきか?
とにかく初めて見るスタイルであった。

=つづく=

2020年5月28日木曜日

第2403話 喫茶のあとはクラフトビール

「民生食堂 天平」をあとにして高円寺駅方面へ。
雨の午後のビールとポークソテーはよかったが
このまま都心に戻るつもりはない。
高円寺遠征を思いついたとき「天平」の次はここ。
そう決めていたのは喫茶とケーキの「トリアノン」。

マリー・アントワネットを連想させる、
たいそうな店名ながら、バロック建築とは無縁で
むしろハイカラな昭和の空気が漂う。
エンジ・マダム御用達の喫茶室は
北原三枝や浅丘ルリ子、はたまた笹森礼子が
小指を立ててカップを口元に運ぶ姿が似つかわしい。 

この日、マスクの携帯を忘れたJ.C.、
ウエイトレスに怪訝な顔をされながらも
通したのはブレンドコーヒーとサバラン。
1年前には予想もつかない体たらくは
1冊の雑誌がもたらしたコペルニクス的転回だ。

深煎りのブレンドが香り高い。
サバランはラム酒キツめのレモンも強めでなかなか。
「トリアノン」はここ高円寺が本店。
ほかに大久保の百人町、三鷹の下連雀に支店を構える。

小降りになった雨の中、
北口ロータリーから赤羽行きのバスに乗った。
これは予定の行動で目的地は北区・東十条。
東十条駅は同じJR京浜東北線が走る日暮里駅のように
西側が高台、東側は谷底という地形の境界にある。
海抜ゼロメートル地帯の谷底、東十条銀座を往復するも
これといった身の置き所が見つからない。

仕方なく向かった駅前の「杯一」は自粛休業中。
南口の「埼玉屋」、「新潟屋」も同じくだ。
すると、通りかかった裏道に小さな人の群れあり。
遠目にもかなりの密着度である。
「Let's BEER WORKS」なるクラフトビール製造所に
立ち飲みビヤスタンドが併設されていた。

実はJ.C.、クラフトビールはどちらかというと苦手。
重くてシツコくて、女なら別れる際に一悶着起こるタイプだ。
ところがスタッフと目が合ってしまい、
大きな声で呼び止められ、立ち飲み客が一斉に振り向く。
立ち去れなくなっちゃって立ち飲むことになった。

4種あるクラフトのうち、アースライト・ラガーと
アンバー・エールを1杯づついただいた。
周りの客と言葉を交わし始める。
談笑しながら飲むのは数十日ぶりだ。

常連客が連れて来たコーギーとも仲良くなり、
動物好きのオッサンには思いもよらぬシアワセなひととき。
楽しさのつれづれに、一首詠むといたしませう。

十条の東の端の醸造所われ立ち飲みて犬とたわむる

「Let's BEER WORKS」
 東京都北区東十条2-15-7
 電話ナシ
 土・日 13時~20時のみ営業

2020年5月27日水曜日

第2402話 ビールにピタリのポークソテー

杉並区・高円寺と中野区・野方のちょうど
中間辺りにある「民生食堂 天平」。
ご無沙汰しているが9年前の秋、
立て続けに3回もおジャマした。
当時からかなり年配のご夫婦の切盛りだったが
そろそろ閉業するとの噂を耳にした。

懐かしさに突き動かされて電話を入れる。
相変わらず通し営業を続けているとおっしゃる。
「ああそう、前に来てくれたお客さんなんですネ。
 ええ、やってますから来られたら言ってネ」
「ハイ、電話した者ですと申告しますヨ」

気象庁が朝から雨が降ったり止んだりと予報した日。
朝から雨は降ったり降ったりで、かなりの雨足。
雨の予報は当たったが降り方は大ハズレじゃないか―。

JR高円寺駅から10分弱で到着。
「この雨だから今日は見えないと思ってた」
「いえ、約束は守る世代なんです」
見覚えのある店主の笑顔に迎えられ、
スーパードライの大瓶(700円)を。
当店はアサヒとキリンの二択、エラいよなァ。
つまみは”来れば頼む”のポークソテー〈600円)だ。

調理を終え、腰を下ろした店主との会話が始まる。
当方、飲みながら食べながらで
話した、話した、たっぷり1時間あまり。
9年前もプロ野球の話題で盛り上がったんだ。

元気だった女将さんは3年前に亡くなられた由。
今は一人ですべてこなしながらの通し営業。
本年79歳になられる二代目である。
先代(明治39年・徳島県出身)が開業したのは昭和26年。
奇しくもJ.C.と同い年になる。
いや、先代じゃないヨ、店とだヨ。

中野区の指定を受けて外食券の取り扱いを始める。
当時の民生食堂で現存するのはほかに
「野方食堂」のみと聞き、10日ほど前に訪れた旨伝えると
あちらの二代目(先代)とは同年輩で交流があったそうだ。

箸でつまんだポークソテーの味はまったく変わらない。
69年間、ずっと同じものを提供しているという。
厚さ1センチ強の豚肉はほどよく脂身が付いて上質。
冷めかけても柔らかさを失わず、滋味もじゅうぶん。
ポークにかぶさる玉ねぎ&ニンニクの味付けは
ウスターソース&ケチャップ、醤油も少々かな?
ビールにピタリ寄り添ってくれた。

「天平」はサカナ系も充実している。
手軽なつまみも揃っており、
厚揚げ煮、焼きちくわ、きんぴら、目玉焼きはオール300円。
食事のカレーライス、チキンライス、やきめしが700円なのに
とんかつ(並)は400円、(上)でも600円という安さ。
察するに単品を注文する客は必ず酒を飲むからだろう。
そのぶん、大瓶の700円は食堂としてやや高めの設定だ。

ビールを2本いただいて勘定は2千円ちょうど。
楽しい時間を送ることができた。
短くとも年末までの営業は大丈夫だろう。
落ち着いたら仲間との再訪を約しておいとました。
外の雨は止む気配すらない。

「民生食堂 天平」
 東京都中野区大和町3-10-14
 03-3337-2488

2020年5月26日火曜日

第2401話 またカニを食ったんだガニ (その4)

二子玉川駅で乗った電車は急行だった。
町全体が閉じていようとも桜新町で下車し、
サザエさん通りを歩きたかったが次の停車駅は三軒茶屋。
そこでは下車せず、好きでもない街、渋谷まで行った。

実はセンター街とは反対側の明治通り沿いに
心当たりの1軒があったのだ。
プラットフォームからコールする。
受話器を取った女性スタッフ曰く、
「ハイ、営業してますが17時までなんです」
初めて通る新開発された地下道を抜け、C2出口を上がり、
恵比寿方向へ歩いてほどなく「麺飯食堂 なかじま」に到着。

さっきの女性に消毒液の使用を促された。
そうして立った券売機前だが
カウンターとの間隔が狭いうえに
客たちの幹線通路になっており、おちおち択んでいられない。
まずは中瓶(570円)をポチり、何かつまみをと思ったものの、
そいつが見当たらず、目に入ったカニの文字に惑わされ、
勝手に指先が反応したカニレタス炒飯(850円)であった。

ビーールを買ったおかげか、活気ある店内でわりと寛げる、
カウンターの一番奥に案内された。
黒ラベルをノドに滑らせながら後悔の念につまづく自分がいる。
二子玉の「リヴィエール」では
少な目とはいえ、一応、ライスも食べた。
そのあとで炒飯なんか完食できるだろうか?

中瓶を飲み切る前に登場した炒飯の具はその名の通り、
カニとレタス、そして玉子のみ、それがドッサリである。
脇のスープは清湯の代わりに塩ベースのわかめスープ。
小ねぎと白胡麻が浮かび、
これはチャイニーズでなく、むしろコリアンだ。

しっとりと炒め上がったがったところを
散りレンゲですくってパクリ。
カニは粉々に砕けていてもそこそこの量が投入され、
甲殻類特有の風味も立ち上がって
ウン、これは確カニ、カニ炒飯だ!

それにしてもこのボリューム、他店の3割増しはあるゾ。
とにかく、挑んだ、頑張った。
学習しないからいつも頑張ってる。
そのくせ中瓶をもう1本、まったくビールは別腹なのだ。
額に汗してどうにか食べ終える、フゥ~ッ!

この環境下、しかもアイドルタイムに客足は衰えを見せない。
11―16時の半ライス無料サービスがグッドアイデアで
一律520円の多彩な単品料理を
オカズにすれば女性客に打ってつけ。
単品ならぬ単身女性が目立つのはこれの功績だろう。

店主のなかじまサンはじめ、スタッフによる、
ウェルカム&フェアウェルの挨拶にも好感が持てる。
くだんの女性スタッフなど退店の際に
先回りしてガラスのドアを引いてくれ、
「お気をつけて!」のひと言。
オヤジ殺しの振る舞いに心温まり、
思わず銀座「ウエスト」の看板娘を
まぶたに浮かべるJ.C.でありました。

=おしまい=

「麺飯食堂 なかじま」
 東京都渋谷区渋谷3-18-7
 03-5774-1601

2020年5月25日月曜日

第2400話 またカニを食ったんだガニ (その3)

二子玉川の「愛菜厨房 リヴィエール」。
料理が整うまでの間、バック・バーを眺めていた。
神の河と白鯨、ボトルキープの焼酎が並んでいる。
”馬刺 ¥1360”の黒板が気になる。

おや? 瓶ビールを収納する冷蔵庫を見やると、
一番搾りの隣りに
同じキリンのハートランドが並んでるじゃないか―。
何だよぉ、ちゃんとメニューに書いといてくれよぉ。
もっとも確認しないこっちが悪い。

すると、腹立たしいことに端っこの常連オヤジ、
一番からハートに切り替えやがんのっ。
それはないぜ、セニョール!
飲む順番が違うんじゃ、あ、ないかい?
まっ、オヤジに罪はないけどネ。

そんなこんなで傷心のJ.C.のもとに
ティーカップ入りのスープがサーヴされた。
熱々をすすれば、チキン&野菜のコンソメは真っ当だった。
追いかけてきたメインはペアのカニコロにトマト系ソース。
サラダはレタス&キャベツにトマト一切れと淋しい。

ナイフは使わずにフォークで崩して口元へ運ぶ。
ユルトロではなく、しっかりしたタイプだ。
でも、これは単なるクリームコロッケに過ぎない。

こういった料理には通常、
ズワイやベニズワイの比較的安価なほぐし身缶が使われるが
香りも味もあったものではなく、
いったいカニは何処へ消えたカニ?
ヘイ、クラブ!ホエア・アー・ユー?


夢破れて山河あり。
カニコロ破れてカニがなし。
あの悪夢がよみがえりました。


オモテに出て店を振り返ると
袖看板に大きなハイネケンのロゴ。
しかも店名よりロゴのほうがずっと大きい。
こんなのありかい?
菜っ葉や妻を愛するのはいいことだけど、
汝、ダッチを侮ることなかれ。

しばらくぶりの二子玉なので丹念に徘徊した。
高島屋裏手のオサレなエリアは玉川3丁目。
さらに奥へ進むと昭和の匂いを残す二子玉川商店街で
この辺りは4丁目になる。


昔訪れた「とんかつ 大倉」は閉業して久しい。
その跡地だろうか、定食屋の前に行列ができていた。
このまま商店街を突っ切り、
瀬田の交差点を経て用賀に向かうつもりだったが
前日とは打って変わって肌寒く、小雨もパラつきそうだ。


長距離散歩は厭わぬものの、雨及び、重馬場は苦手。
きびすを返して駅に戻る、
根性なしの背中を風が嗤って吹き過ぎましたとサ。

=つづく=

「愛菜厨房 リヴィエール」
 東京都世田谷区玉川3-12-5
 03-3709-7445

2020年5月22日金曜日

第2399話 またカニを食ったんだガニ (その2)

「君に捧げるほろ苦いブルース」から遅れること4か月。
1976年4月にアリスの「帰らざる日々」がリリースされた。
しかし、この曲、J.C.的には
「君に捧げる・・・」のほとんどパクリ。
ん?と思われた方は You Tube で聴き比べてくださいまし。

エニウェイ、洋食屋の女将に町中閉じてると言われ、
桜新町をスッパリあきらめた。
先日赴いた港区はコロナ対策に厳しいものがあったが
世田谷区はそれ以上かもしれない。

思いついたのは同じ世田谷区・二子玉川の洋食店。
ダメ元で電話を入れたら、昼は営業しているとのこと。
しめた!とばかりに向かった、
「愛菜厨房 リヴィエール」は1977年創業の老舗だ。

大手町で田園都市線直通・メトロ半蔵門線に乗り換えて到着。
二子玉は久しぶり、ここ10年は来ていない。
高島屋裏の一角に飲食店がひしめいている。
といってもゴチャゴチャ感はなく、今風にオサレだ。
かつては何度も訪れたが明るい時間に来るのは初めて—。
独りじゃ面白くも何ともない街だから独り歩きも初めて—。

店内は客同士の間隔がゆったりと保たれている。
二代目らしきご夫婦の切盛りで
仲がよろしいとみえ、笑い声が絶えない。
フフフ、此処は「愛菜厨房」どころか「愛妻厨房」だった。

カウンターの真ん中辺りに促される。
端っこの常連客が瓶ビールを飲んでいた。
キリン一番搾りかァ・・・。
メニューをチェックすると、生はエビス。
「ばんたび、真っ昼間から飲んでるんじゃないヨ」―
天の声が聞こえたような気がして
「子連れ狼」の大五郎よろしく、ジッと我慢の子を決め込む。
すると今度は橋幸夫、じゃなくってバックの子どもたちの声。
♪ しとしとぴっちゃん しとぴっちゃん ♪

ランチメニューを紹介しよう。
ハンバーグ、カニクリームコロッケ、ビクトリアカツ、
カツカレー、スペシャルランチはオール1120円。
ひとくちカツが1070円で、カレーライスは870円。
ほかにテイクアウト用の生姜焼き丼が800円。
夜営業を自粛しているせいか、品揃えは限定的だ。

ハンバーグは創業以来変わらぬ味。
カニクリコロは手造り2個付け。
ビクトリアはハンバのパテを揚げたメンチカツの如きもの。
スペシャルはアジフライだった。
カニ好きにつき、先日の苦い記憶もノド元過ぎれば苦さを忘れ、
つい、カニクリームコロッケに白羽の矢を立ててしまった。
 
=つづく=

2020年5月21日木曜日

第2398話 またカニを食ったんだガニ (その1)

長谷川町子生誕100年とやらで
「サザエさん」特別号が書店に並んでいる。
その光景から頭をよぎったのは
サザエさん通りのある世田谷区・桜新町だ。

このご時世だけれど、例によって週末に遠征し、
サクッと食べたら、もっぱら散歩に傾注して
”長距離ウォーカーの孤独”をかみしめよう。
そう、思い立ったのである。

到着したら自粛休業なんて悲劇に見舞われぬよう、
事前に業の営・休を確かめるため、電話を入れた。
候補に挙がったのは2軒で
1軒目、町中華のオバさんは
「ええっと、土曜日はお店、開けないと思います」
「ですよねェ、それじゃまた」

2軒目、洋食店の女将さんはチョー元気。
「どちら様?」
「いや、単なる客ですが今週土曜は開けられます?」
「いえネ、それがアナタ、百合子さんがああ言ったでしょ。
 だから開けられないのヨ、あっ、お電話どうもありがと。
 だけどウチみたいな小さいとこでアレ出しちゃったら
 もう、おしまいだもの、町中閉まってるのヨ。
 夏までムリじゃないかしら?」
「ですよねェ、じゃ、落ち着いたらうかがいます」
「そう、そうしてちょうだい、待ってますからネ。
 あっ、お電話わざわざありがとう、ありがとネ」
だって―。

速射砲にたたみかけられ、呆気にとられながら
本人に逢いたくなったのも事実。
夏になって落ち着いたら逢いに行くヨ。
すると、耳朶に荒木一郎の歌声が響き始めた。

♪   淋しさに 一人書く置手紙
  宛先はほろ苦い友達さ
  横書きの白い地の便箋は
  愛を記したときもある

  BYE BYE まだ 夢のようさ
  BYE BYE 君 ドアを閉めて
  思い出の紫蘭の花
  庭の隅に埋めたよ

  BYE BYE 君 すぐに行くよ
  BYE BYE BYE MY LOVE 
  君と同じとこへ
  BYE BYE MY LOVE 夏になれば
  君のいる処へ 君のいる処へ・・・  ♪

「君に捧げるほろ苦いブルース」が世に出たのは1975年末。
師走の東京の街には「シクラメンのかほり」が流れていた。

=つづく=

2020年5月20日水曜日

第2397話 神社の前でフレンチを

稲荷町のそば屋でボコボコにされた、その数日後、
この町に舞い戻ったJ.C.がいた。
そう、下谷神社の真ん前の「ア・ラ・キエチュード」。
よく耳にするエチュードは
音楽なら練習曲、美術だと下絵のことだが
キエチュードは”心の安らぎ”である。
当店は目下、昼のみ営業でランチの選択肢は二つ。 
その日の献立を紹介すると、

=Menu A=(¥1.500)
 桜海老のマリネと熊本野菜のサラダ
 豚肩ロースのミラノ風カツレツ w/バターライス
 プチデザート&コーヒーor 紅茶

=Menu B=(¥3.000)
 ピサラディエール(南仏風ピザ)
 桜海老のマリネと熊本野菜のサラダ
 真鯛のソテー 空豆のスープ仕立て
 特製牛ほほ肉の赤ワイン煮込み w/パン
 焼き立てのチョコレートタルト&コーヒーor 紅茶

13時前に入店し、カウンターに着いてAをお願いした。
厨房にはシェフが独り、フロアの配膳も彼がこなす。
先客はカウンターに女性、テーブルに男性、どちらも単身。
後客はなかった。

生の桜海老がパラリと散るサラダは
この小さな海老の特性を活かしきれていないが
熊本産の野菜は多種多彩。
ビーツの深紅をより赤黒くしたような根菜はゴボウと思われたが
訊けば、黒ニンジンとのこと、初めて口にした。

なぜにフレンチでミラネーゼ?
このカツレツはパン粉をはたいた豚肉を
揚げるのではなく焼き揚げる感じ。
本場では仔牛肉が一般的ながら東京ではまず手に入らない。
殊に乳呑み仔牛はほとんど絶望的だ。
豚肉硬く、コロモはがれやすく、ちと残念な仕上がりとなった。

デセールのヴァニラ・アイスクリームはまずまず。
煎りが浅めのコーヒーが思いのほかよかった。
先日、満席だったときの大半は女性客で
若いリーマンにこのボリュームは不満だろう。
オッサンにはちょうどいいけどネ。

それにしても下谷神社の二の鳥居の真下というロケーション。
しかも角地の1階とあって飲食業には絶好なれど、
よりによって仏料理店とは意表を衝かれる。
界隈のOLさんにはおおむね好評の様子だから
コロナのほとぼりが冷めたら再訪してみたい。
ラーメンに稲荷の浮かぶ「秋月庵」とハシゴしようかな?
あそこでは、まだ日本そばを食べてないし・・・。

「ア・ラ・キエチュード」
 東京都台東区東上野3-35-1
 03-5826-8995

2020年5月19日火曜日

第2396話 ラーメンに 稲荷が浮かぶ 稲荷町

その日は台東区・蔵前で所用を済ませ、
散歩がてら上野に戻る道すがら、下谷神社に差し掛かった。
都内最古の稲荷神社には日本武尊が祀られている。

裏道を通ったので朱色も鮮やかな一の鳥居はくぐらず、
いきなり二の鳥居前に出ると、どうしてこんなところに? 
てな感じで1軒の仏料理店があった。
「ア・ラ・キエチュード」は手頃なプライス。
たまにはこんな昼めしもよかろうと、
ドアを引いたら何と、このご時世に満席ときた。

ちょくちょく出没するエリアだから機会はまた訪れる。
稲荷町交差点を北に渡ってすぐ、
さびれた日本そば屋の暖簾が風に揺れていた。
おっと、品書きに中華そばがあるじゃないか―。
そば屋の中華は意外にイケる。
たとえハズしても大ハズレの惨事には見舞われない。

13時過ぎで「秋月庵」の先客はゼロ。
ついでに後客も現れなかった。
初老の店主独りの仕切りだ。
5分で着卓した中華そば(500円)にはなぜか、
きざみねぎ&かまぼこの小皿が添えられる。
ねぎは判るが、かまぼこって何のおまじない?

どんぶりを飾る具材がまたユニーク。
豚肉、油揚げ、そしてここにも、かまぼこ現る、現る。
かまぼこだらけで客にしてみりゃボコボコにされてる気分だ。
ん? はは~ん、そういうことか―。
他の種物そばの流用というか、応用なんだネ。
豚肉は肉南蛮、油揚げはきつね、かまぼこはおかめ。
稲荷町だけにラーメンにも稲荷が浮かぶんだ。

記憶の糸をたどってみたら
ずいぶん前に油揚げが載ったラーメンを食べたが
どの町のどの店だったか、思い出せない。
まっ、揚げ玉を散らす、たぬきラーメンより
稲荷を浮かべる、きつねラーメンのほうがマシだよネ。

真っ黒なスープからいってみよう。
見た目は関東のかけづゆそのもの。
一口すすれば、そんなにしょっぱくないが旨味に薄い。
ラーメン屋のそれとは異なるものの、
そばつゆではなくラーメンスープであることは確かだ。

中太ちぢれ麺は特にコシがあるでもなく、ごく一般的。
小麦粉十割でそば粉は含まれていない。
ノビやすいタイプだろうが
量が量だからノビる間もなく食べ終わる。

訊きそびれた、かまぼこの理由を推測すると、
これはビール、日本酒への誘い水じゃなかろうか?
いずれにしろ、そば屋のつまみの代表格、
板わさの無料配布は
アホノマス・・・もとい、アベノマスクより、
よほど気が利いてるし、税金の無駄遣いとも無縁だ。
悪知恵ばかり働かせてないで
オメエもそろそろ正しい頭の使い方を覚えろってんだ。
えっ、シンゾさんヨ。

「秋月庵」
 東京都台東区東上野5-4-19
 03-3841-3211

2020年5月18日月曜日

第2395話 西武新宿線に乗って (その3)

「とん久」を袖にして初心貫徹の「カンタベリ」。
ステップ・インしようとしたその瞬間、
天井から悪魔のささやきが舞い降りてきた。
いや、床下じゃなく天井だから天使のささやきか―。

「ねェ、J.C.、アナタって18年ぶりに再会した元恋人と
 語らうこともせず、ただ手を振って立ち去るの?」
「いや、つき合ったわけじゃなく、
 ちょっとお茶しただけだから」
「向こうは忘れられなくなっちゃったかも知れなくてヨ」
「・・・・・・」

「いらっしゃいませ~! ただ今お席をご用意しますので
 こちらでお待ちください」
迎えてくれたのは頭巾を被ったオネバさんだった。
オネバさんはオネエとオバの中間、
あるいは、どちらとも決めかねた際の便利なマイ・造語。

仕度の整った席に着座する。
此処は「とん久」なる、カウンターのほとりであった。
結局は薬局、18年の空白を埋めるために舞い戻った。

それはそれとして居酒屋と酒場がほぼ壊滅した今、
とんかつ屋とラーメン屋を訪れる機会が増えている。
こういう場所では長っ尻して深酒することはない。
結果として実に健康的なのである。

15時入店までのランチメニューを見てみよう。
 A―ロースかつ B―ヒレかつ C―メンチかつ
ほかにプレミアム・ヴァージョンとして
 海老とヒレの海老盛り ヒレとロースの合い盛り
この二つはスパゲティ付きとあった。

ランチをお願いした際、
ごはんとキャベツはそれぞれ1回お替わり可能
味噌椀は豚汁・しじみ汁から択べる旨を告げられ、
しじみをチョイスした。

ほどなく熱い緑茶と新香がサーヴされる。
鮨屋みたいに大きい湯呑みだ。
新香はおざなりなものでなく、
きゅうり・大根のぬか漬けにしば漬け。

10分少々で運ばれたプレートを見てびっくり仰天。
何たることか、かつが逆さまで出て来たぜ。
どの店でもロースは脂のあるほうを右側にして出す。
ここ数十年、社食・学食はいざ知らず、
真っ当なとんかつ屋でこの景色は記憶にない。
おそらく人生初だろう。
頭が右を向いた焼き魚を見るに等しい驚きだ。

配置を変えず、そのまま右端から食べた、
厚さ2センチに及ぶロースの肉質は
先日、大塚「美濃屋」で食べた群馬産もちぶたにそっくり
2種のソースの粘度はどちらも中濃。
黒はスパイシー、赤っぽいのはケチャップの甘みを感じた。

キャベツ用ドレッシングも2種用意され、醤油味とトマト味。
しじみタップリの味噌椀、つやつやのごはん、ともに上々。
これで1250円はお値打ちだ。
しばらく逢わないうちにイイ女になっちゃって
つき合っとけばよかった、そんな気持ちになりました。

=おしまい=

「とん久」(とんきゅう)
 東京都新宿区高田馬場1-26-5 F・1ビルB1
 03-3209-3900

2020年5月15日金曜日

第2394話 西武新宿線に乗って (その2)

「野方食堂」ではビールを飲んだものの、
昼めしは食べ損ねた。
線路の反対側、北原通り商店街を流すも
開いているのはラーメン屋ばかり、
これといった店が見つからない。

新青梅街道を東に歩く。
この道は多摩の横田基地まで続いており、
青梅街道のバイパスとなっている。
真っ直ぐ行けば哲学堂公園だが公園にめし屋はない。
沼袋の交差点を右折して商店街を駅方面に向かった。

しばらく来ないうちに沼袋駅周辺は様変わり。
エサ場がまったく見当たらない。
駅前の「福久家食堂」なんか、影も形もない。
2年ほど前に閉業したらしい。
そうだ、思い出した、9年前の5月、
あのときも「野方食堂」から
「福久家食堂」に流れたのだった。

夢破れて・・・
最近、使い過ぎにつき、自粛ならぬ自重しておこう。
仕方なく沼袋で再び西武新宿線に乗った。
さすがに終点の新宿までは行かず、高田馬場下車。
本日の降り出しに戻ったわけだ。

広場の向こうにドンキホーテが見えた。
このビルの地下に飲食店街がある。
カフェ「カンタベリ」でBLTサンドでもつまもう。
いや、クラブハウスにするかな?
店先でメニューをチェックしながら
すぐには入店せず、フロアをフラフラと一めぐり。

このとき久しぶりに再会したのが「とん久」。
いつの間にか大繁盛店に飛躍を遂げたとんかつ屋だ。
一度だけワイン会の前に気心の知れた相方と訪れて
軽いつまみを取り、ビールを飲んだ。
いわゆる0次会はずいぶん昔のこと。
帰宅後、調べたら2002年2月。
ガラス越しにのぞいたが何の見覚えもなかった。

ここ数年は行列が絶えないと聞く。
現環境下で密集は許されないから客足もそこそこ、
席にゆとりが見られた。
はて、どうしたものだろう。
ここんとこヤケにとんかつが続いてるし・・・。

時刻は14時半。
15時まではおトクなランチが食べられる。
いや、待て、こんな時間にとんかつ定食はないよな。
晩めしを食えなくなるのは必至だ。
「カンタベリ」へと、きびすを返したのでした。

=つづく=

2020年5月14日木曜日

第2393話 西武新宿線に乗って (その1)

隣り近所に目立たぬよう家を出てJR山手線に乗った。
高田馬場で西武新宿線に乗り換え、
向かった先は中野区・野方である。

いつぞや、沿線に棲む友人とやり取りした際、
話題が当地の「野方食堂」に及んだ。
彼はよく利用するとのことだが
J.C.は11年前のやはり5月に一度行ったきり。
そのときの評価は極めて低いものだった。

友人の推奨もあることだし、
医療も居酒屋も傷んでいる今、飲める食堂は貴重。
当日の営業を確かめたうえで出向いた。
リノベーションでもしたのだろうか、店内がきれい。
テーブルはすべて二人掛けだが
グループの来店には卓のくっつけが可能だ。
フロアの奥、TVの真下の壁際に着席。

ビールは生も瓶もサッポロ黒ラベル、ともに570円。
中ジョッキを通した。
名物は何かのコンクールで受賞したという鳥の唐揚げ。
1個(120円)から注文できるので2個お願いする。
加えてなすのぬか漬け(140円)を―。

ジョッキと一緒に来たなすは完全な古漬け。
とてつもなく酸っぱく、しかも異常に塩辛い。
おまけに匂いまでキツいときて、いや、マイッたな。
早くも逃げ出したくなったが練り辛子と醤油を駆使し、
液体の力も借りて挑んだ。
挑んだものの、半分やっつけたところでギヴ・アップ。

「グラスは要らないヨ」―
接客のアンちゃんに告げて中瓶に移行する。
空いたジョッキにトクトクトク。
J.C.も読者も既視感があるのは当然。
広小路の「井泉本店」で同じマネをしたばかりだ。

あちらがキリン、こちらはサッポロ、
加えてジョッキのデザインがディファレント。
しかし、計量の結果はまったく同じ375ml 。
カルテルだか談合だか、ビール業界もワルよのぉ。

熱々で来た受賞作の唐揚げは不デキ。
ガシガシのコロモはどうにかならんかい?
肉質、下味どちらもエリカじゃないけど、ベツに―。
重ね重ね当店とは相性が悪いや。
この唐揚げ、どんな賞をもらったんだ、ブービー賞か?

なすすべもなく、音の出ないTVを見上げたら
新婚さんを前にして桂文枝が
得意のイスコケをバッチリ決めておりました。
オヨヨ!

「野方食堂」
 東京都中野区野方5-30-1
 03-3338-7740

2020年5月13日水曜日

第2392話 カニを食ったんだガニ (その2)

「さるかに合戦」は置いといて
「井泉本店」のカニとカッパのサラダである。
見た目も内容も変わり果てたが
じゃあ不味いのかと問われれば、これがいまだに美味い。
胡瓜のシャキシャキ感が歯に快感を呼ぶのだ。
でもねェ、さんざ食べた舌にはいささか味気無い。

クラシックラガーの中瓶に切り替えた。
タンブラーは即、返品して空いたジョッキにトクトク。
ジョッキの容量をチェックしてみようという気もあった。
すべては注ぎ切れず、瓶の残りから逆算すると、
およそ375ml といったところ。
中瓶が500ml で650円、中ジョッキは375ml で700円。
生はずいぶん割高なんだヨ。

軽めの昼飲みとはいえ、
「かっぱかに合戦」だけでは愛想がなさすぎる。
アナザー・フェイヴァリットに食指を動かす。
ところが意中の品がメニューから消えている。
これまた”来れば頼む”の、かにオムレツが見当たらない。
代わりというワケでもあるまいが、かに玉が載っていた。

厨房内の料理人に問い掛けると、
先輩に伺いを立てた末、かに入りオムレツできる由。
5分と待たずにプレートが整う。
美しい黄色の紡錘形に赤いケチャップ。
サイドには緑のパセリが一房。
いや、グッ・ルッキンだねェ。
人だけでなくオムレツもまた、見た目が八割なのだ。

一口、二口と食べ進み、あれっ、おかしいゾ。
玉子の具合はOKだが
箸で崩せども崩せども、突つけども突つけども、
かにが一向に姿を現わさない。
ヘイ、クラブ!ホエア・アー・ユー?
肝心カニメのかにを入れ忘れやがったな。

するってえと、紡錘形の真ん中あたりでようやく、
小指の先ほどのカケラがポロリ。
あまりの情けなさにJ.C.の目からは涙がポロリ。
かにの混入率はサラダを下回り、
以前の6分の1がいいところ。
かにオムレツに程遠くプレーンムレツだヨ、これは―

生中、中瓶、サラダ、オムレツで支払いは3400円。
かにの価格高騰は承知だから店に恨みはないけれど、
率直に心情を吐露すれば、
国破れて山河あり
オムレツ破れてカニがなし
カニしむ、もとい、かなしむべし

「井泉本店」
 東京都文京区湯島3-40-3
 03-3834-2901