2015年8月5日水曜日

第1157話 池波翁の「銀座日記」 (その4)

奥多摩に遊んだ数日後の日記である。

(親思う心にまさる親心)

朝八時に飛び起き、コーヒーをのむだけにして、
歌舞伎座の昼の部を観に出かける。
久しぶりに[夏祭浪花鑑]を観る。
この芝居は、私がもっとも好きな狂言の一つで、
大詰・長町裏の殺陣は、いつ観てもすばらしい。
今回は幸四郎初役の団七九郎兵衛、
勘三郎が、これも初役の三河屋義平次という配役だ。
終わって、用事を済ませてから、近くの[竹葉亭]へ行く。
二年ほど前に、椅子席が設けられたので、まことに便利になった。
キクラゲとキュウリの胡麻和えでビールをのむうち
鰻が焼けてきたので、酒を注文する。
最後は鯛茶漬、これで、ちょうどよい。

[竹葉亭]はJ.C.も大好き。
ただし、八丁目の本店よりも五丁目の支店が気に入りだ。
1階・2階・地階とあるうち、特等席は
入れ込みの座敷になっている2階の晴海通りに面した窓際。

鰻屋だからたまに鰻もいただくが
もっぱら鯛のかぶと焼きとかぶと煮で酒を飲み、
まぐ茶、いわゆるまぐろ茶漬を締めとしている。
旨いんだな、コレが!

(ムッソリーニの悲劇)

ヘラルドの試写室で、エットーレ・スコラ監督が
七年ほど前に作った[特別な一日]を観る。
第二次大戦直前のイタリア。
独伊協定がむすばれて、ヒトラーがローマにやってくる。
ムッソリーニはこれを歓迎し、
熱狂的な記念式典がおこなわれた当日、
ローマの高層アパートに住む中年の女が
夫や子供たちが式典を見物に出かけた後、
同じアパートの中庭をへだてた部屋に独り住むホモの中年男と、
ふとしたことから生涯一度の情事を持つというテーマで、
これを映画にしたり、小説にしたりするのは
なかなかむずかしいのだが、
スコラ監督は、自分で書いたオリジナル脚本を演出して
なるほどと、納得せしめたのは、さすがだ。
女をソフィア・ローレン、男をマルチェロ・マストロヤンニという、
呼吸の合ったコンビが至難の役を見事に演じきっている。

この作品はJ.C.も大好き。
同じスコラの[あんなに愛しあったのに]も好きだが
こちらはヒイキの女優、ステファニア・サンドレッリが出ているからネ。
ヒイキ目を排除すれば、[特別な一日]に軍配を挙げることになろう。
翁のおっしゃる通り、ソフィア&マルチェロのコンビは白眉で
彼らの最高傑作と断じても不都合は生じまい。

=つづく=