2026年5月23日土曜日

第4078話 歓びアーカイブ 第19回

一時期、上野動物園にハマり、
当欄でもずいぶん紹介した。
そこから一話お届けします。

2014年6月13日金曜日

しばらくごぶさたしていた 
”動物園シリーズ”いきます。
今話は水鳥のバンとオオバンが主役。
サブタイトルを見て
「何のこっちゃい?」
思われた読者も少なくないでしょう。
バンなんてあまり耳にしませんもの。

バンは漢字で鷭と書く。
したがってオオバンは大鷭。
ともにクイナ科に属する。
ちなみにクイナは水鶏と書くそうだ。
クイナといってもピンとこないが
沖縄のヤンバル(山原)クイナと聞けば、
ああ、あれかと思われる向きも多かろう。

その日は上野動物園の西園をぶらぶら。
池のほとりづたいに歩いていた。
ペリカンのたまり場と
オオワシの番(つがい)の間で
幸いにもオオバンを見つけた。

水鳥の中でもバン類は警戒心が強い。
人影に気づくとすかさず
水草の陰に逃げ込む。
それでもここ数年は
パンくずを放る人のもとへ
ユリカモメやキンクロハグロにつられ、
ノコノコ現れるようにもなった。
その日のバンがコレ。
真鯉より小さいオオバン
特徴はクチバシが伸びたような額板。
真っ白ではなく、
ほんのり薄紅色がさしている。
水かきはほとんどないが
そこそこ巧みに泳いでいる。

一方のバンはもっと小型、
ハトと同サイズといったところか。
バンとは動物園の外、
弁天堂前の天竜橋で遭遇した。
水かきがまったくない
したがって泳ぐには泳ぐが
前のめりでずいぶん不恰好。
エッ? よく判らないってか?
それならコレでいかがでしょう?
あんまり変わらないってか?
なじみの薄い鳥ながら日本全国で見られ、
東日本では夏鳥、西日本では留鳥だ。
ただし、東京近県の千葉・埼玉では
準絶滅危惧種に指定されている。

いろいろと調べていて驚いたのは
何とこのバン、江戸時代には
食味の良さで食通をうならせたという。
何でもあの時代、美味の象徴に
三鳥二魚というのがあって
陣容は、雲雀・鷭・鶴に鯛・鮟鱇。

魚に関しては現代と変わらぬが
江戸のグルメたちは
とんでもない鳥たちを
食ってたんですねェ。
いや、ビックリしたなァ、もう!
今これをやったら捕まりますヨ。

2026年5月22日金曜日

第4077話 日本一のアーケード商店街

高松は前世紀末以来28年ぶり。
「夜の動物園」なるスナックに
立ち寄った記憶がある。
現存するが今ではオカマバーだ。
どうやら性転換を遂げたらしい。

夜の街に出た。
高松築港駅から琴電に乗り、
二つ目の瓦町で下車。
繁華なライオン通りを物色する。
徳島もそうだったが
よく見掛けるのは”骨付鶏” の看板。
それこそやたらめったら
あっちゃこっちゃ状態である。

今日は昼めし抜きにつき、
「森山」なる鮨屋に入店。
先客はつけ台に中年カップル1組。
ドライ中瓶で一息つく。

「鮨種、拝見していいですか?」
「どうぞ、どうぞ」
カップルのすぐ脇に立ち、
ガラスケースをのぞき込む。
「蝦蛄が大きいけど、北海道?」
「そっ、そうでっす!」
道産は本州産の二回りは大きい。

蝦蛄から始めると
添えられたのはニセわさ。
本わさびは置いてなく、
ちとガッカリの巻。

香川の酒、金陵の冷酒に移行。
追加のつまみは鰆白子塩焼き。
サカナの白子&真子は大好物で
思い出すのは浅草観音裏、
今は無き「基寿司」と
今は亡き基二親方である。

週に一度は通い飲む鮨屋だった。
サイズ小さめの真鯛と
独特のシゴトをした穴子が好く、
はまぐりの旨みを凝縮した、
はま吸いも好きだった。

夏場に此処でしか味わえない、
イサキの白子は文字通り白眉。
全てのサカナの白子にあって
No1の折り紙をつけたい。
柑橘にも似た爽やかな香りが
河豚や真鱈の上をいく。

清酒を同じ香川の凱陣に
切り替えてにぎりをお願い。
剣先いか・さより・あこう鯛・
小肌・オリーブサーモンと来て
本まぐろ赤身が未入荷のため、
中とろで手を打った。

普段、鮨屋では食べない、
というよりサーモンを置く
鮨屋には入らないが
エサにオリーブの葉を
混ぜ込んだ養殖と聞き、
試す気になった。
ふむ、悪くありませんネ。
お勘定は1万円ちょっと。
良心的な値付けといえる。

ライオン通りのアーケードは
日本一の長さを誇る。
Tの字でぶつかる、
片原町商店街もまた、
アーケードが長く続く。

明朝は早起きせねばー。
夜の街に後ろ髪を引かれつつ、
ホテルに帰り、洗顔・歯磨きを
済ませたがシャワーも浴びず、
どちらさんもおやすみなさい。

「すし 森山」
 香川県高松市今新町7-1
   087-822-0101  

2026年5月21日木曜日

第4076話 高松から船に乗って 土庄に着いた

翌朝は遅めの出発。
8時45分にホテルを出て
向かったのは大塚国際美術館。
大塚製薬発祥の地、
鳴門市にトンデモないサイズの
ウツワを誇っている。

すべて陶板画のレプリカながら
みな原寸大、膨大な量を所蔵する。
TD 曰く、全部観るのは到底ムリ。
「じゃあ、何だってこんなトコに
 連れて来たんだよぉ!」
そんな不満を漏らす者はナシ。

開館ちょうどの9時半に着くと
すでに長蛇の列が100人以上。
なおも次々に観光バスが到来する。
入場者はシスティーナ礼拝堂に
度肝を抜かれ、あんぐり見上げて
ちりぢりに散るパターンだ。

J.C.はゴッホの「ひまわり」と
ゴヤの「裸のマハ」&
「着衣のマハ」を観て鑑賞終了。
10時半の開店と同時に館内の
「カフェ・ド・ジヴェルニー」へ。

ガラス越しにモネの「大睡蓮」を
囲むように設えられた池に咲く
睡蓮の花を眺めながら
イギリス生まれのバナナケーキ、
バノフィーパイというのを
アイスコーヒーと初めて食べた。
われながら自分らしくないモンを
食ってるなァ・・・と思いつつ。
今日は昼めし抜きになるかな?

バスは香川県に入り、
高松駅前のホテルに荷物を置き、
高松港からフェリーで小豆島へ。
およそ1時間後、土庄に入港。
ほうら、石川さゆりが唄い出す。

♪ 波止場しぐれが 降る夜は
  雨のむこうに 故郷が見える
  ここは瀬戸内 土庄港
  一夜泊りの かさね着が
  いつかなじんだ ネオン町 ♪
   (作詞:岡千秋)

「波止場しぐれ」は
1985年のリリース。
土庄(とのしょう)にネオンなぞ
一つも灯ってないけれど
40年前はあったんだろうか?

小豆島はわが人生二度目。
1968年秋、京都、姫路と周った、
高校2年の修学旅行以来だ。
あのときは土庄とは
島の反対側、福田港に着いた。
記憶にあるのは宿泊先、
「ニュー銀波」の広い庭と
お猿の国のお猿さんのみだ。

今回周ったのは
醤(ひしお)の郷のみやげ物屋に
オリーブ園だけで 
J.C.的には二十四の瞳映画村と
お猿の国の再訪が望ましかった。

さっき来た航路を
そのまま戻って高松に帰港。
明日の出発は早いけど
さァ、夜の街に出るゾ。

♪ 飲み屋が俺を呼んでいる ♪

「大塚国際美術館」
 徳島県鳴門市鳴門町 鳴門公園内
 088-687-3737

「Cafe de Giverny」
 大塚国際美術館内

2026年5月20日水曜日

第4075話 最初で最後の徳島県

神奈川県在住の H村サンから
「景色なんかどうでもいいって
 おっしゃいますが
 渦潮だって景色でしょ?」
前話にクレームを頂戴した。

J.C.に言わせていただければ
渦潮には動きがあるんです。
岸辺に寄せるさざ波や
小川のせせらぎ、峯より落つる滝、
そのあたりもそうでしょう。

花にしたって、ただ咲く桜より、
桜吹雪に風情を感じます。
風に揺れるひまわり畑も
趣きがありますネ。
停まった景色は飽きちゃいます。

さて、徳島のその夕べ。
実は J.C.にとって
徳島県に来るのは初めて。
そして日本全国47都道府県で
唯一未踏だったのが此処だ。
徳島へは初陣だけれども
難攻不落、最後の砦でもあった。

真っ先に向かった「安兵衛」。
徳島駅そばの大衆酒場は
和歌山駅近くの「多田屋」と
並び称される市のランドマーク。
昼前からの通し営業もうれしい。

ドライ大瓶を通したはいいが
食欲がまったくない。
すべて昼めしのせいである。
よって、食べたいものより、
量の少なそうなものを探した。

350円の地どり焼き鳥に続き、
同値の串かつを通した。
どちらも2本づつだ。
阿波尾鶏の柔かいもも肉に
玉ねぎとピーマンがねぎま状態。
甘いタレが多いので皿を
傾けて串を上部に避難させる。
串かつは豚ではなかった。
やはり阿波尾鶏の胸肉だった。

熊本の麦焼酎・白水のロックに
切り替え、もうひと飲み。
いつもは芋だが
たまさかの麦もいいもんだ。
支払いは1990円と大衆価格。

両国橋で新町川を渡る。
雄大な吉野川の支流である。
裏町の飲み屋街に足を踏み入れ、
秋田町、栄町、鷹匠町と
同じ道筋を何べんも
往ったり来たりした。

歌声が漏れ来るスナックが
あったけど今宵の気分は違う。
ドアを押したのは
「Bar Toyokawa」なる、
オーセンティック・バーだ。

50歳前後だろうか?
バーテンダーが独りきり。
さっそくの1杯はホワイトレディ。
コアントロー少なめ、
ハードシェイクでお願いした。

交わす話題はもっぱら
店の歴史と徳島市の近況だ。
彼にも1杯ごちそうし、
サイドカー、XYZと飲み重ねた。
ジン、ブランデー、ラム、
酒移れども他の材料は
全て同じカクテルである。

1時間の滞空で会計は6千円。
3軒目を思いとどまり、
真っ直ぐ帰宿したのでした。
翌朝が早いのでネ。

「安兵衛」
 徳島県徳島市一番町3-22
 088-622-5387

「Bar Yokokawa」
 徳島県徳島市栄町2-6
 088-653-6339

2026年5月19日火曜日

第4074話 神戸・淡路・鳴門をめぐる

今回のツアーの目玉は
瀬戸内海に浮かぶ3つの島々を
歴訪するというもの。
その前に新幹線が
到着したのは神戸だ。

クールファイブの前川清が
歌い始めたが浪花の小姑に
気を遣って控えざるを得ない。
新大阪を素通りしちまったからネ。

新神戸から琴参バスに乗って
すぐ近くの北野異人館街に到着。
自由時間はたったの1時間、
TD(ツアー・ディレクター)が
すべて観回るのはムリだと云う。
何軒かに絞るか、昼食に充てるか、
二者択一とのこと。

J.C.はお言葉に従い、昼食に専念。
君子危うきに近寄らず
ことわざのひそみに倣い、
偉人異人館に近寄らず
を実践する。
ん? 誰が偉人だ! ってか?
ほっといてくだされ。

バスが停まった北野ノスタは
かつての北野公房のまち。
そのまた前は北野小学校。
界隈をブラつくと
インド料理屋がやたらに多い。

中華街から離れてはいるが
廣東料理と火鍋の店、
「良友酒家」に入店。

ドライ中瓶を通したものの、
メニューを見る間とてなく、
マダムおすすめのランチをー。
料理は八宝菜と油淋鶏、
2皿の盛合わせである。
鶏塊を一つ残したが、ほぼ完食。
これは夜に悪影響を及ぼすな。

バスは明石海峡大橋を渡り、
淡路島の北、あわじ花さじきへ。
アイスランドポピーや
ネモフィラを愛でる。
お花畑はキレイだけれど
J.C.にはただそれだけ。

お次は島の南端、
うずの丘大鳴門橋記念館。
みなさんこぞって
玉ねぎのカツラをかぶり、
デッカい玉ねぎのオブジェと
記念撮影に夢中である。

幸運だったのは大鳴門橋から
渦潮が見られたこと。
どうやら渦は毎日、
発生するわけではないらしい。

大鳴門橋を渡り切り、鳴門市へ。
初めて訪れる徳島県だ。
徳島市内の宿に着いたら
18時近くになっていた。

さァ、飲みに出るゾ!
夜がフリーのツアーは大好き。
正直なところ、
花や景色や名所旧跡は
どうでもいいんです。

「良友酒家」
 兵庫県神戸市中央区
   中山手通3-11-8
 078-221-5866

2026年5月18日月曜日

第4073話 浅草で 級友三匹 酌み交わす

ストックホルム在住の盟友、
S水クンが長期帰省中。
ひと月以上も滞在すると云う。
福祉国家・スウェーデンの
面目躍如とはこのことで
彼の地の年金制度は貧国・日本と
まったく比べものにならない。

日本の政治家よォ、議員サンよォ、
何とかしろよォ!
いくらでも策はあるだろうにー。
テメエの歳費を削るとかさァ。

同じく盟友のN田クン。
こちらの住まいは千葉の内房。
3人は第42群都立板橋高校、
1年8組の同級生だった。
昭和42年は悪名高き、
学校群制度発祥の年度である。

集結したのは台東区・浅草、
菊水通りの「酒肴 みずの」。
お好み焼きの「染太郎」が
右隣りに暖簾を掲げている。

J.C.はドライ中瓶、
二人は黒ラベル生で乾杯。
ママの Y生チャンにあらかじめ
お願いしてあったのは
赤身とフタエゴ(バラ肉)、
会津産馬刺しの盛合わせ。
別盛りで3人前と来たもんだ。

会津特有の辛子味噌でいただくが
J.C.だけはニンニクスライスを
たっぷり添えて貰う。
何と云っても馬刺しと鰹たたきは
ニンニクが決め手だからネ。

山椒入り芋焼酎、
AKAYANEの炭酸割りにスイッチ。
鹿児島のクラフト・スピリッツ、
赤屋根シリーズの一翼を担う
銘酒がコレである。

各自、好みのつまみを取った。
S水は山芋千切り。
N田が銀だら西京焼き。
J.C.は赤貝醤油漬け。
勘定は太っ腹な J.C.のおごり。
1万5千円でオツリが来た。

2軒目は3分歩いて
沖縄酒場「三富珊瑚」へ。
笑顔で迎えてくれたのは
若女将のK世チャン。
ちょいとご無沙汰したがネ。

S水がオリオンビール小瓶。
二人はドライ中瓶。
お通しがゴーヤおひたしで
つまみはジーマーミ。
沖縄のピーナッツ豆腐だ。

大女将が入院中につき、
料理の幅は狭い。
健啖家のN田が強く主張して
近所の中華屋からお取り寄せ。
春巻と餃子を二人はパクパク。
われ呆れはて見守るばかりなり。

古酒(クース)の炭酸割りに
移行したが彼らは月並みな角ハイ。
沖縄酒場に来た意味がないネ。
まっ、北欧と内房の住人じゃ
これも仕方なかんべサ。

K世チャンが酔っ払いを
上手いことあしらってくれ、
楽しいひとときは流れた。
こちらの支払いは
N田のおごりと来たもんでした。

「酒肴 みずの」
 東京都台東区西浅草2-2-1
 080-6192-3187

「三富珊瑚」
 東京都台東区西浅草1-3-17
 03-6795-1344

2026年5月16日土曜日

第4072話 歓びアーカイブ 第18回

今日の=歓びアーカイブ=は
「食べる歓び」の最終回です。
2011年2月28日でした。

第1214回
最後の晩餐

♪ 今日でお別れね もう逢えない
   あなたも涙を 見せてほしい ♪
    (作詞:なかにし礼)

なんてことは、まったくございませんよ。
明日からはこちらへどうぞ。
www.ikiru-yorokobi.blogspot.com
=生きる歓び= by J.C.オカザワ
今すぐ貴方の“お気に入り”の“仲間入り”を
おん願いたてまつります。

菅原洋一の歌った「今日でお別れ」が
レコード大賞に輝いたのは1970年の大晦日。
この年の春にJ.C.は大学に入った。

ほどなく過激派学生による校内占拠、
いわゆるロックアウトで通学かなわず、
これ幸いとひたすらアルバイトに励み、
翌‘71年春にはヨーロッパへ旅立ったのでした。

今年はあれからちょうど40年。
記念日の3月25日午前11時には
ハバロフスク号が出航した、
横浜の大桟橋に立つつもりでいる。
そして一日中、横浜の街をほっつき歩き、
陽が落ちたらすかさず飲み歩くのだ。
自分の将来を決した大事な日ですからね。

万博が開催された‘70年は
よど号のハイジャックや
三島由紀夫の自決があった年。
カップヌードルが発売され、
スキンシップとウーマンリブが流行語になった。
そう、そう、“鼻血ブー”なんてのもあったっけ。

パンダが来日して話題をさらっている、
上野動物園の入園料は現在600円だが
当時はたったの100円にすぎなかった。
“光陰矢の如し”とまでは云わないけれど
月日の流れは早いものです。

おっと最終回につき、最後の晩餐だった。
J.C.の場合は晩餐ではなく、
あからさまに晩酌だろう。
酒の飲めない身体になっていなければ、
間違いなく、最後の晩酌でしょうね。

その際、人生の伴侶に
恵まれていれば二人で、
いなければ独りで、ということになる。
飲み出したらハシゴは必至。
飲めばハシゴの三度笠である。
それこそ我が人生。

舞台は浅草でキマリだ。
季節は晩春から
初秋にかけてが望ましい。
暖かな夜がいいから、寒い冬はイヤ。
その夜をシミュレーションしてみよう。

夕暮れどきに本所吾妻橋の、
「23BANCHI CAFÉ」にて
食べものは何も取らずに
エクストラコールドを2杯。

吾妻橋を渡り返し、
かんのん通りの「志ぶや」へ。
ここでは芋焼酎をロックで2杯。
小肌酢が気に入りながら今宵はパス。
小肌はあとに控えておりやす。
のぼり鰹のたたきを所望しよう。
生ニンニクのスライスでネ。
ニンニクなくして何の鰹よ!

おあとは本命の「弁天山美家古寿司」
平手造酒よろしく
地獄参りの冷や酒を2杯。
つまみを省いてハナからにぎりに邁進。
平目昆布〆・小肌・小肌w/おぼろ・
穴子下半身w/煮キリ・
穴子上半身w/煮ツメ・玉子
計6カン、ほかは何にも要らん。

締めくくりは「神谷バー」
中ジョッキをチェイサー代わりに
電氣ブランオールドを2杯。
実にシアワセな最後の晩酌である。

振り返れば今日で1214回。
12月14日は赤穂浪士の討入りを
連想させてなかなかよいナンバーだ。
4年8ヶ月は短くはないけれど、
花の命は短くて 楽しきことのみ多かりき
いつわらざる心境である。

シツッコいようですが
明日からは「生きる歓び」でっせ!
www.ikiru-yorokobi.blogspot.com
=生きる歓び= by J.C.オカザワ

ご愛読、ありがとうございました。
そして編集を担当していただいたN雲サン、
連載のお声を掛けてくださったQ先生に
この場をお借りして感謝の意を表します。

愛猫プッチにも挨拶させようと思いましたが
惰眠をむさぼっておりましたので、悪しからず。

眠れるウチの猫
photo by J.C.Okazawa

             =完=