2026年6月18日木曜日

第4100話 坂道ばっかり 白金高輪

久々の広尾商店街を
往ったり来たり。
何度か利用したイタリアン、
「イル・ブッテロ」は消えていた。

外苑西通りを南下する。
バスが行き交う北里通りを越え、
プラチナ通りの坂を上る。
かつてシロガネーゼが
一世を風靡した場所だ。

白金を正しく読むと ”しろかね”。
”しろがね” 派が多いのは
シロガネーゼなる言葉が
広く人口に膾炙したせいだろう。

目黒通りにぶつかった。
此処が外苑西通りの終点。
左折して日吉坂上から
今度は右折で桑原坂。
すぐ左手に八芳園が控えている。

桜田通りの交差点には
明治学院大学がおっとりとした
表情を見せている。
横切って直進。
二本榎通りを渡り、
高輪消防署と高輪警察の間、
桂坂を下って往く。

中腹には可愛らしい洞坂があり、
深紅の舗装の滑り止めが特徴。
車両が入れないため、
滑り止めは歩行者用だろう。

上り下りした洞坂を回れ右。
再び上り下りして戻る。
ぶつかった第一京浜を北上。
伊皿子坂下の泉岳寺を
眺めながら四十七士の墓には
参らず駅の階段を降りた。
これにて散歩はおしまい。

都営浅草線を3つ先の新橋下車。
何のために? ってか?
ハハハ、もちのろん、
ガス欠解消のためですわい。

ニュー新橋ビルの地下に潜るも
これといった飲み屋に当たらず、
烏森通りの先の「ちから」なる、
居酒屋に入店した。

1杯308円の黒ラベルに
惹かれたためである。
肉味噌キャベツのお通しの
418円は必要経費だ。

何かつまみを1品頼まなきゃ。
一番軽そうな梅水晶を発注する。
んん? 何だかヘンなモンが
出て来たたゾ。

本来、梅水晶は鮫軟骨の梅肉和え。
何だこりゃ? 鮫じゃないぜ。
何と、鳥の薬研軟骨じゃないか!
鮫が大量に水揚げされる、
宮城県・気仙沼発祥の梅水晶だが
鳥のヤゲンとは考えやがったな。

キャベツも水晶も
ちょっぴり付けた箸を
そのまま置いて出て来た。
生はちゃんと3杯飲んだけどネ。

「炭火焼 ちから 新橋店」
 東京都港区新橋3-21-3
 03-6368-3414

2026年6月17日水曜日

第4099話 広尾商店街のインディアン

鮮魚店と定食屋を兼ねる店、
「福田屋」のおかげで
広尾商店街はたびたび訪れた。
しばらくご無沙汰したので
久しぶりに出掛ける。
いえ、定食ではなくて
狙いは1軒のインド料理店だ。

それでもモノはついで。
「福田屋」のガラスケースに
見入っていると目を引いたのは
マカジキのすき身。
メカジキは何処にでもあるが
マカジキはとても貴重だ。

買いたい気持ち山々なれど
ランチのあとは長距離散歩。
生モノをブラ下げて
歩き回るわけにはゆかない。
後ろ髪引かれつつ断念した。

「福田屋」の並びの本国ビル。
その3階に上がり、
「プリヤ」のドアを押すと
店内は陽気な笑い声に満ちていた。

発信元はママ友だろうか?
中年女性三人組である。
三人寄れば笑いの渦。
昔、NHKのTVドラマに
「お笑い三人組」って
いうのもあったしネ。

キリンラガーの生をお願い。
今日はカレーではなく、
ビリヤニの腹積もりだが
一応、メニューに目を通す。

すると、老眼鏡を通して
飛び込んで来たのは
その名もローガン・ジョッシュ。
はるか昔にシンガポールで
食べた記憶が残っている。

老眼のオッサンにローガンかー。
これもまた何かの縁、発注した。
この料理はカシミール名物。
ムガル帝国発祥の伝統料理で
直訳すればバターオイル煮。
ものの本にはカレーとあっても
食べた実感はシチューに近い。

運ばれた皿に羊肉がごろごろ。
見てくれはカレーというより
トマト煮のソレだが
ブラウンオニオンソースだ。
辛味はほとんどない。
サイドにサフランライスと
レタス&にんじんサラダ少々。

なかなかの味わいではあった。
感心したのは食後のコーヒーで
深煎りが好みにピッタリ。
支払いは生ビール550円。
ローガン1700円。
他のランチメニューは
各種カレーが1500円ほど。

さて、食後の長距離散歩は
白金から高輪を
踏破する計画です。

「プリヤ」
 東京都渋谷区広尾5-2-25
 本国ビル3F
 03-5941-6996

2026年6月16日火曜日

第4098話 結局は お不動さまに お世話さま (その2)

深川不動堂の参道を歩む。
永代寺の門前を通り過ぎた。
永代橋も永代通りも
この寺があればこその名称。
けれどもそんなに
立派なお寺には見えない。

参道奥の左手に「近為 深川店」。
京都に本店を構える漬物屋は
以前、店内で茶漬けを
食べさせたがその後閉店。
現在、再開したものの、
食事は出来ず、物販のみだ。

その真向かいに鰻「大和田」。
日本各地に同名店が点在する。
当店の存在も認知はしているが
利用したことはなかった。
他にこれといったアテもナシ。
結局は薬局、
お不動さまのお世話になった。

奥のカウンターと
手前のテーブル席はいっぱい。
小上りの2卓のうち、
運よく1卓が空いていた。
接客担当の女性に促され、
4人掛けを占有させてもらう。

ラガー中瓶のお通しはひじき。
これが困ったことに
醤油用小皿みたいなのに山盛り。
箸でつまもうとすると
周囲にポロポロこぼれ落ちる。
何とかしておくれヨ。

鰻小串の用意が何種類かあり、
ひれ焼きと肝焼きをお願い。
最近はコレをやる鰻屋が増え、
好い傾向といえる。

冷えた広島の銘酒、
賀茂鶴・蔵生囲いに切り替えた。
2本の串を美味しくいただき、
うなぎは最も少量のうな丼を。
蒲焼きは半尾分ながら
このくらいでちょうど好い。

肝吸いではないけれど
焼き麩と三つ葉の吸い物。
新香はきゅうり&白菜もみ。
満足のいく昼食となった。

都内各地に散在する「大和田」は
江戸末期に10軒もあったらしいが
詳しい歴史は判っていない。
鰻は謎の多いサカナだが
鰻屋もまた謎に包まれている。
いずれにしろ、お世話さまでした。
お不動さま!

「深川不動前 大和田」
 東京都江東区富岡1-15-4
 03-3630-5527

2026年6月15日月曜日

第4097話 結局は お不動さまに お世話さま (その1)

上野御徒町から乗った、
都営大江戸線を森下で降りた。
高橋夜店通り(のらくロード)は
シャッターを降ろした店が目立つ。
ちなみに此処はたかはしではなく、
たかばしと訓ずる。

開いていたのは中華料理店、
「精華園」くらいのもの。
当店には去年も来てるし、
いっそのこと門仲方面へ
南下してしまおう。
深川散歩は文字通り、
深い味わいがあることだし・・。

川といってもみな運河だけど
いくつか渡った。
まず小名木川を西深川橋でー。
続いて仙台堀川を
橋銘板に ”きさらぎ” とある、
橋で渡った。

はは~ん、この橋は
2月に架けられたんで
如月橋なんだろうな、
と、思ったら違った。
実際は木更木橋だった。

「切られ与三郎」の舞台、
千葉県・木更津は知られているが
他にも ”木更” の付く場所が
あったんだねェ。

調べてみたら ”木更” は
”梗” のことで木の幹や枝が
硬化したもののこと。
そのほかに物が
詰まった状態を表すとも。

心筋梗塞や脳梗塞の ”梗” が
それに当たるわけだ。 
梗塞の予防を兼ねて
今後も歩き続けよう。

木更木橋から川面を眺める。
真鯉と思われる黒い鯉が2尾。
不忍池の鯉と比べると
川がエサ不足のせいか
ずいぶん痩せている。

水母(くらげ)も5匹ほど
プカプカ浮いていた。
深川の運河では
水母をちょくちょく見掛ける。

小学生の頃に棲んでいた、
古石場2丁目にやって来た。
せっかくだからここで昼めし。
そう思ったものの、
飲食店がまったく無い。
3丁目に「司」なる、
本まぐろ専門店があったが
6人の順番待ちで諦めた。

隣り町、牡丹の居酒屋は
満席で断られた。
門仲に近い富岡の洋食屋も同様。
われランチ難民となりにけり。

深川不動の参道にやって来た。
おや? 今日は縁日なんだネ。
子どもの頃が思い出された。

=つづく=

2026年6月13日土曜日

第4096話 歓びアーカイブ 第23回

山形県・米沢に向かう旅の途中、
福島県・郡山に立ち寄りました。

2017年1月17日火曜日

第1538話 愛され続けて65年 (その3)

山形県・米沢市に向かう道すがら
郡山で下車し、市内随一の人気店、
「三松会館」にて小休止。
ポークソテーでビールを飲んだが
まだ少し時間が残っている。
それならと地元の日本酒がほしくなった。

酒のリストは膨大。
日本酒・焼酎はもとより
赤・白・泡のワインが他店とはケタ違い。
東京でもこんな店はめったにない。
創業65年の「三松会館」は
気取ったところなど微塵もなく、
大衆食堂にして大衆酒場にすぎない。

選んだのは地元ではないが
同じ福島の会津娘。
清酒で娘、しかも会津が
冠されているのを見たら
日曜の朝8時、
TBSの「サンデー・モーニング」。
唐橋ユミちゃんのメガネ笑顔が
まぶたに泛かぶが
彼女は会津ほまれの蔵元のお嬢さん。
自身もかなりの酒豪であるそうな。

料理は時間がかかるが酒はすぐ届く。
ややっ! こいつは驚いた。
白ワインじゃないんだヨ
会津娘は可憐な姿で登場。
あたかも白無垢に身を包む花嫁御寮の如し。
会津の娘はこんなふうに嫁ぐのであろうか。
 
写真では判りにくいがこのグラスは
紛れもないリーデル社のオー・シリーズ。
カタチが丸いオーは
アルファベットのOに由来するのだろう。
 
オーストリアのリーデル社は
ワイングラスのトップメーカー。
創業260年を誇り、
その誕生はフランス革命以前だ。
悲劇の王妃、マリー・アントワネット。
彼女がウイーンに生まれたのが1755年だから、
ほぼ同い年と推測されよう。
失礼ながらみちのく郡山で
リーデルに遭遇するとはねェ。
 
会津娘は雑味やケレンとは無縁の美酒。
野球のピッチャーに例えると
球速はそれほどなくとも
コントロールに秀でている。
ストレートが外角低めにストンとキマる。
これならしぶとい打者揃いの打線にも
連打を浴びることはない。
 
酒類の品揃え、グラスの選択、
店主の主義主張とセンスが
如実に発揮されている。
昭和20年代にこんなマネが
できるはずもなく、
当代、あるいは先代が始めたものだろう。
 
かなうことなら腰を落ち着け、
ゆるりと飲み続けたいところなれど、
そうもいかない。
発車時刻に間に合った、
福島行きのリーデル電車、
もとい、ローカル電車に乗り込みました。
 
=おしまい=
 
「三松会館」
 福島県郡山市大町1-3-13
 024-932-0173

2026年6月12日金曜日

第4095話 日本そば屋の海鮮冷やし

日暮里駅で京成電車を待つ。
葛飾区・堀切菖蒲園の町中華で
昼めしの腹積もりだ。
すると急行が先に入線して来た。
6駅飛ばして次の停車駅は青砥。
数分後に各駅が来るというのに
せっかちな J.C.は乗り込んだ。
悪いクセは治る気配ナシ。

青砥の「更科ゆたか」でいいや。
そんな気になって
中華から日本そばへ切替え完了。
駅前の「ゆたか」は
5年前に1度来ている。
そのときは熊本の馬刺しで
ビールを飲んだ。

壁の貼り紙に目を奪われる。
特製麺 海鮮
冷やし中華 ¥1100
まだ6月だというのに
今夏最初の冷やし中華を発注。
ビールはドライの大ジョッキ。

品書きに
◇ 酒類にはお通しがつきます
      (100円)
とあるのに気づき、
接客のオバちゃんを呼ぶ。
「コレってビールには
 付かないのかな?」
「アッ、お通しは夜だけなんです。
 すみません」
「いや、いいんだけどネ。
 ちょっと気なっただけだから」

海鮮冷やし中華が運ばれた。
日本そば屋でもときどき
見掛ける冷やし中華ではある。
皿を彩るのは、小海老・
カニカマ・あさりむき身、
そして小さな貝柱は
イタヤ貝だろう。

ホタテ貝の弟分みたいな
イタヤ貝は産地が異なって
暖かい海に生息している。
値段的にホタテを
ビジネスクラスとしたら
エコノミークラス的存在だ。

他の具材は、錦糸玉子・
きゅうり・わかめ・紅生姜。
まあ、海鮮冷やしを
名乗るだけのことはあった。

ただ、この冷やし中華の特徴は
あえて特製を謳った麺。
中太ちぢれのコシが強烈で
噛もうとする歯を一旦押し戻す。

過去に食べた冷やし中華では
最高ならぬ、最硬といえる。
梅雨の晴れ間にふさわしい、
一食ではありました。

「更科ゆたか」
 東京都葛飾区青戸1-10-3
 03-3697-1519

2026年6月11日木曜日

第4094話 ワールドカップの思い出

いよいよ日本時間の明朝、
W杯が開幕を迎える。
3国共同開催である。
共同での開催は2002年、
日韓が最初であった。

今の日本なら三苫を欠いても
優勝は夢として
決勝トーナメントに
進むことはそれほどの
難題ではあるまい。

初戦のオランダにたとえ不覚を
取ったとしても
チュニジアはクリアできようし、
かつての強豪国スウェーデンは
近年、調子を落としている。

ノルウェーとの前哨戦も
1-3で敗れてるしネ。
まっ、日本のアイスランド戦も
ほめられたものでは
なかったけれどー。

本日のコラムはW杯の思い出を
思い出し出し、語ってみたい。
J.C.が初めて観たのは
イングランド大会(1966)。
中学三年生のときで
この年にビートルズも生で観た。

延長の末、優勝した母国に
エリザベス女王がもらした、
「サッカーにはドラマがある」
このひと言が世界中に流れた。

’70年のメキシコ大会は
ペレ率いるブラジルの圧勝。
ぶっちぎりの王者はW杯史上、
この大会のみである。

’74年西ドイツ大会の決勝は
ロンドンのパブで観た。
ヨハン・クライフ率いた、
オランダは健闘空しく、
西ドイツに敗れて準優勝。

あの大会はイングランドが
出場できなかった。
当時、盟友・S水とともに
イタリア人一家の2階に
間借りしていた。

イングランド破れて
イタリアが進出したが
そこの男の子が飛び上がって歓び、
家中を駆けずり回っていたっけ。

国営放送のBBCが連日、
ドント・フォゲット・サポート・
スコットランド!
そう叫んでいたっけ。

近年はイタリアの凋落と
イングランドの台頭が著しく、
隔世の感がある。
何やってるんだ! イタリアは!

他に印象に強く残る決勝戦は
’94年アメリカ大会。
ブラジルが優勢に試合を進める中、
粘るイタリアが PK戦に持ち込む。
幕切れはバッジョのキックが
ゴールバーのはるか上。
勝敗が決したのだった。

そのあと独りで
リトル・イタリーに出掛け、
淋しく晩めしを食った。
まるで昨日のことのようだ。

早いものであれから32年。
今年は地の利で南米勢かー。
だけど ’14年ブラジル大会の
ドイツみたいな前例もあるからネ。