2026年2月28日土曜日

第4006話 歓びアーカイブ 第6回

アーカイブ第6回です。

2013年12月5日木曜日

第723話 ようやくコーヒー買いました!

きのう、おとといと綴った、
「ザ・商社」について
ふと思い出したことがある。
NHKドラマは1980年12月、
4夜に渡って放送された。

当時は千葉県・松戸市に棲んでおり、
自宅で観たのだが
奇しくも主演俳優・山崎努は
その松戸市の出身なのだ。
So What(だからどうした)?
とハナシの腰を折られれば
それまでながら
偶然とはいえ、縁浅からぬものを
感じてしまうのですヨ。

ドラマの再放送、最終話を
見終えたのは先週木曜の昼下がり。
当日の夜の飲み会は
23時過ぎに神楽坂でお開きとなり、
帰宅後、缶ビールを飲みつつ、
TSUTAYAから取寄せたDVDを1本。

映画は寅さんシリーズ第29作、
「男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋」。
これを観るのは5回目くらいだ。
ヒロインのいしだあゆみは
わが青春のアイドルである。
その時代にアイドルなんて
誰も呼ばなかったけどネ。
「サチオ君」、「緑の乙女」、
「パールの指輪」、デビュー間もない頃、
一連の楽曲がとてもなつかしい。

この映画で人間国宝の陶芸家に
扮するのが「ザ・商社」で破綻する、
商社の社主を演じた13代・片岡仁左衛門。
昼間見た顔が深夜に再び出てきたわけだ。
えてして偶然は重なるものです。

「あじさいの恋」は
シリーズ中でも気に入りの作品。
奥丹後は伊根の舟屋が
情緒たっぷりに映し出されて旅愁を誘う。
(昨夏、初めて訪れました)

周囲が公認する許婚者のような男に去られ、
いしだ扮する傷心の女性、
かがりは生まれ故郷の伊根に帰る。
そこへ慰めに現れた寅次郎と
ほのかな恋心が芽生える筋書き。
のちに上京してきたかがりと寅は
一日鎌倉に遊ぶことになる。
暮れなずむ江ノ島の海。
シリーズ屈指の名作です。

劇中、寅の妹のさくらが
夫の博にコーヒーを淹れてやる。
このとき彼女が左胸と左腕で
抱えたのがネスカフェとクリープ。
そうだ! 先日、買いそびれた
インスタントコーヒーじゃないか!
映画に背中を押されて翌日、
近所で買い求めたのがコレ。
ネスカフェ230g クリープ280g
コーヒーの容器のほうが大きいのに
クリープのほうが重いのは
比重の違いのせいだろう。

インスタントコーヒーもクリープも
自分で買うのは生まれて初めて。
ともにデカい瓶にしたのはさくらが
抱えたのがこのサイズだったからだ。
以来、日に一度は飲んでいる。
今もこれを書きながら飲んでいる。

常人から見たら
他愛のないことかもしれないけど
わが人生は大きな転期を
迎えているのかもしれない。

若い頃には想像もつかなかったが
現在、実践していることが二つ。
一つはコーヒーの愛飲。
そしてもう一つは猫との同居。
せっかくだから猫と一緒に
コーヒータイムを
過ごそうと思いついた。

いくらなんでも猫が
コーヒーを飲むことはあるまい。
そこでクリープをぬるま湯に
溶いてやったら奴さん、
何食わぬ顔してまたぎやがった。
チッ、可愛くねェなァ、ったく!

可愛くないヤツはすでに星となり、
今は友人宅から貰ってきた、
二代目が家中を走り回っている。
コイツはクリープどころか
ミルクを飲む姿すら
見せることがありません。

2026年2月27日金曜日

第4005話 「山田屋」変われど「宝泉」変わらず

赤羽の次は東十条を飛び越して
王子へやって来た。
この街のランドマークは「山田屋」。
建て替えで長いこと休業していたが
2年ほど前に復活したものの、
なぜか足が遠のき、初訪である。

以前はだだっ広い店内と
高い天井が印象的だった。
かつてののみとも・S崎翁は
「まるで体育館で飲んでるみたい」
そう評していたくらいだ。

小ぢんまりとはなったものの、
かつての面影が少しく残る。
でも、ずいぶん変わった。
体育館が図工室になっちゃった。

時間が浅いせいか、
先客はオジさん一人のみ。
おしゃべりMきのせいで
静かな店がにわかにざわめいた。
ほうら松山千春も歌い出す。

♪ 深く耳をすませば
  朝いちばんの汽笛
  町はにわかにざわめいて ♪

「人生(たび)の空から」は
1980年のリリース。
詳しくは第3945話参照。

当店のビールも
サッポロ赤星の中瓶。
つまみはホタルイカ刺しと
アサツキの酢味噌和えだ。

ホタルはやせ細って貧相。
食味もイマイチ感否めず。
アサツキはとても好い。
二人して秋田の銘酒、
八重壽の冷酒に切り替えた。

滞空30分ちょいで
すぐそばの「宝泉」に移動。
此処はロの字とコの字、
二つのカウンターが昔のまんま。
懐かしさがこみ上げる。

ビールは当店もサッポロなれど、
赤星ではなく黒ラベル大瓶。
J.C.的には赤より黒が好きだ。
スタンダール的には
騎士より僧侶ということになる。

つまみはセロリ、手羽餃子、
そしてやわりめ。
これはスルメのあたりめを
少し戻した柔らか仕上げ。
よってやわりめ。
宝泉名物なのである。

なんだかんだ大瓶3本が空いた。
滞空は1時間半。
いや、2時間だったかな?
途中、ホッピーに切り替えたが
生だったか瓶だったか、
アウト・オブ・メモリー。
相方に訊いたとしても
覚えちゃいまいてー。

「山田屋」
 東京都北区王子1-19-6
 03-3911-2652

「宝泉」
 東京都北区王子1-19-10
 03-3914-2726

2026年2月26日木曜日

第4004話 うな丼とスッポン鍋で精をつけ

この日はそばとも・Mきと
昼から夜まで一日中、
飲み歩く予定である。

何となれば、わがブログで
麦歩とも・N子の存在を知り、
私もそばだけにとどまらず、
町歩きまで敢行したい、
そう言い出したのだ。

蕎麦歩ともの誕生だが
漢字3文字は長いので
蕎歩とでもとしておこう。
麦歩と蕎歩か、悪かないネ。
二人を互いに紹介する、
なんてことはないだろうが
とにかく飲んで食って
ひたすら歩きましょう。

待ち合わせたのは
都営三田線・蓮根駅。
蓮根駅前通りを真っ直ぐ北上し、
新河岸川に架かる蓮根橋の手前、
町そば「滝乃家」に到着すると
シャッターが下りている。
定休日らしい。

休みを調べなかった、
J.C.の落ち度ながら
まさか金曜に休むとは思わなんだ。
板橋区の北のはずれに
代替店の用意などあるハズもない。

だが、ふと浮かんだのは
ちょいとばかり距離があるが
北区・浮間のうなぎ屋だった。
歩き始めよう。
板橋・北両区にまたがる、
浮間舟戸駅を通過し、
「行田屋」にやって来た。

此処のうなぎは蒸さず焼きのみ。
関西ほど火を通さないので
名古屋風とでも云おうか。
相方(上)うな重(肝吸いつき)、
当方うな丼(肝吸いナシ)をお願い。
(上)といっても一番小さいヤツ。
それでも両方、丸1尾ぶんあった。

うなぎ以外には何もない。
うざく・う巻き・肝焼きなどは
夢のまた夢、本当に何もない。
でも一番搾り中瓶を飲みながら
美味しくいただいた。

荒川土手を歩む。
隅田川と荒川の分岐点、
岩淵の真っ赤な水門を臨み、
赤羽の街に至り「まるます家」。
軍都・赤羽のランドマークが此処。
めしの量多かったので
もう何も入らない。
しかし愛想なしは避けたい。
スッポン鍋を赤星中瓶と通した。

スッポンはゴリゴリの頭&首肉。
プヨプヨのエンペラも1枚。
野菜と豆腐はたっぷりで
出汁がとてもよろしい。

そのままビールを飲み続ける、
Mきを尻目にこちらは
ライム&ミントの
モヒート酎ハイを。

どうでもいいけど、
うなぎとスッポンで精をつけ、
この精の捌け口を
どこに求めたらよかんべサ。
相方とはそういう仲ではないため、
とにかく歩き続けましょう。

「行田屋」
 東京都北区浮間4-10-21
 03-3966-9613

「まるます家」
 東京都北区赤羽1-17-7
 050-5890-2386

2026年2月25日水曜日

第4003話 初めての ちゃん系ラーメン

長いこと禁自模していた麻雀。
去年の夏に再び打ち始めて以来、
ひんぱんに卓を囲むようになった。
主戦場は神田、ときどき京橋。

11時スタートがほとんどで
19時にタイムアップを迎える。
セブンイレブンとは
真逆のイレブンセブンである。

いつもは自宅で朝食を取ったあと、
プレー中は何も食べない。
ただし、生ビールを飲み続ける。
それも1日8杯はいっちゃうネ。
メンバーはみんなビックリしてる。

先週、空腹感を覚え、
10時過ぎに神田ガード下の
ラーメン店に立ち寄った。
コの字カウンターだけの店は
朝から立て混んでおり、
行列も珍しくない。

暖簾がめくり上がっているため、
店名が判らずミャンマー人と
思われるオネエさんに訊ねたら
「ちえちゃんラーメン」。
うん、うん、聞いたことあるゾ。

小さいサイズがあって
迷わず赤星中瓶とともに
小中華そばを発注した。
「白めしどうですか?」
「うん、ちょっとだけネ」

ふ~ん、薄い色のスープに
油が浮いて見た目はギトギト。
飲んでみると意外にスッキリ。
刻みねぎとシナチクに
ももチャーシューが5枚も。
築地場外で火事の延焼により、
焼失した「井上」のソレに
よく似ている。

あとで調べたら今あちこちで
ちゃん系ラーメンが流行という。
なるほどなァ。
油にはちょいとたじろいだが
自分の好みに合っている。

よって今週、ウラを返した。
太打ちちぢれ麺がヤワ系につき、
麺カタでお願いし、
かねて狙いの岩のりトッピングも。
そしたら岩のりの量がものスゴい。
3人でシェアしてちょうどだろう。

とはいえ、美味しくいただき、
”ちえちゃん” のご利益か
戦果は目を見張るものがあり、
連戦連勝と相成りました。

「ちえちゃんラーメン」
 東京都千代田区鍛冶町2-13-7
 03-6206-0324

2026年2月24日火曜日

第4002話 町そばを 居酒屋風に 飲みこなす (その2)

荒川区役所にほど近い、
町そば屋「ますや」で
独り昼麦酒を楽しんでいる。
どこの誰にもジャマされぬ、
至福の時間を過ごしている。

まぐろとろろと一緒に
菊正の常温をお願い。
冷たいのがいいけれど
当店には常温か、燗しかない。
一升瓶用の冷蔵庫がないんだネ。
大瓶の隣りに置けそうな気が
しないでもないけどねェ。

存分にビールを楽しみ、
づけのためにひと肌脱いで
貰った菊正に切り替える。
ここでカツ煮を追注した。
とんかつ屋のソレみたいに
分厚くないのが好もしい。

みんな貧乏だった昭和の時代。
ぜいたくな厚切りなんか
ついぞ見ることはなかった。
今日は酒の肴につき、
普段あまり使わない七色を
パッパと振っていただく。

大した距離じゃないし、
時間的余裕もあるから
浅草「三富珊瑚」に向けて
テクテク歩く。

荒川仲町通りから
東日暮里の正庭通り。
三ノ輪・竜泉を経て
かっぱ橋道具街を南下。
田原町に到着したのは
開店間もない16時15分。

入店すると先客は
常連の若いカップル1組。
ドライ中瓶を貰い、
目と目で彼らと乾杯。
お通しはいつものジーマーミ。
プルンとした沖縄豆腐である。

比嘉酒造の残波888(サンパチ)に
スイッチして
島らっきょうを所望に及ぶ。
宵の口から強い酒はのちのち
支障を来たす怖れがあるので
ソーダ割りにしておく。

冬季五輪の女子カーリングを
観ながらの滞空時間は
1時間ちょっと。
この日は季節外れの新年会が
控えており、K世ママに送られて
田原町をあとにした。
「じゃ、またね」
「お待ちてますっ!」

「ますや」
 東京都荒川区荒川2-3-7
 03-3891-0993

「三富珊瑚」
 東京都台東区西浅草1-3-17
 03-6795-1344

2026年2月23日月曜日

第4001話 町そばを 居酒屋風に 飲みこなす (その1)

浅草は田原町の「三富珊瑚」。
ママの K世チャンと
来訪の約束をしたので
夕刻には顔を出さねばー。
その前の遅いランチは
結局よくあるパターン。
昼めし転じて昼飲みとなった。

千駄木から浅草行きのバスに乗り、
荒川三丁目下車。
当欄にも登場済みの町そば、
「ますや」のカウンターに
スルリと滑り込んだ。

足立区・谷在家の「みたけ食堂」も
親父サンがフロアを仕切るが
この日の接客は
オジさん代わりのオネバさん。
「みたけ食堂」同様、
ドライ大瓶を所望した。

新鮮かつ泡の少ない生ビールは
大好きながらなかなか出逢えない。
よって普段は生に見向きもせず、
もっぱら瓶ビール一本やり。
それも大瓶が好もしい。
中瓶は中途半端だし、
大の男が小瓶なんか
飲んでられやしない。

今日は蕎麦も丼もほしくない。
気の利いたつまみがあればいい。
ほうら、裕次郎が歌い出した。

♪ 今夜は歌も
  ギターもほしくない 
  夢のささやきが
  ただようクラブ ♪
  (作詞:池田充男)

「ささやき」はかくれた名曲につき、
ぜひ YTしてみて下さい。
作曲の村沢良介は同じく
裕次郎の「口笛が聞こえる港町」、
鈴木三重子「愛ちゃんはお嫁に」を
世に送り出している。

ドライ大瓶を運んで来てくれた、
オネバさんにまぐろとろろを通す。
他店で云うまぐろ山かけは
よく注文する肴だが
まぐろブツにとろろを
ぶっかける店が多い中、
当店の薄切りがうれしい。

何となればまぐろを即席づけに
するためでブツだと厚すぎる。
その点、薄切りは素直に
づけとなってくれるんだ。

=つづく=

2026年2月21日土曜日

第4000話 歓びアーカイブ 第5回

東北大震災の直後に
綴り始めた”生きる歓び” も
おかげさまを持ちまして
4000話を迎えることができました。
ご愛読に感謝いたします。

今日は土曜日とあらば
=歓びアーカイブ= であります。
その第5回をどうぞ。

2013年12月9日月曜日

第725話 クラブが出て来てこんにちは (その2)

近隣のスーパーで
購入した千葉県産のアサリ。
砂抜きのために張った、
塩水の中に小さな生きものを
発見したハナシのつづきです。
百聞は一見に如かず、
とくとご覧くだされ。
それは蟹であった
貝殻の中に潜んでいたに違いない。
蟹クン、しばらくはジッとしていた。
その後、静かに着地を試みて
ひとしきり歩き回った末に
1粒のアサリの下に隠れた。
徘徊中の蟹
アサリやハマグリを食べていると
かような小蟹に遭遇することがある。
しかし、それは貝と一緒に
火を通されたあとの亡骸。
小さな身体も緋色に変色している。

今は昔、1980年代初頭。
丸の内北口にある「丸の内ホテル」内の
仏料理店をたびたび利用した。
建て直す前の建物は
準シティホテルといった佇まいで
現在の姿とは趣きが異なっていた。

記憶は定かではないものの、
フレンチは確か「バンブー」という、
名前ではなかったろうか。
気に入りの料理は
ハマグリのクリーム煮だったが
ここで三度続けて
貝の中に小蟹を発見した。
「へぇ~っ、こんなことってある?」
率直な印象を抱きつつ、
そのまま食べたっけ・・・。

懐かしのレストランも
今は「ポム・ダダン(のど仏)」と
その名を変えている。
ポム・ダダンは英語のアダムズ・アップル、
そう、アダムのリンゴだ。
なるほど仏料理で、のど仏ですかいな。

以来、貝の中の蟹には
たびたび出くわしている。
そしてこの現象は
貝が蟹をエサとして捕獲し、
サァ、これから食ってやるか・・
そう思った瞬間に今度は貝自身が
人間に捕らわれてしまい、
食事どころでは
なくなったものと信じていた。

今回なんとなく
ふと気になって調べてみると
意外なことが判明した。
この小蟹の正体は
英名・ピンノで和名・カクレガニ。
貝に捕まったのではなく、
自らの意思でプランクトンの頃より
貝の中に移り住んだ、
永遠の居候だった。

生まれて初めて宿った貝の中で
一生を過ごし、貝が死ねば、
自分もあとを追うというか
エサを捕る術を知らないから
生き延びることができない。
一蓮托生とはまさにこのことで
自然界の不可思議ここに極まれり、
でありましょう。

本日追記
今思うと、いくら小蟹にせよ、
あんな狭い所で一生を終えるんじゃ、
この世に生まれた甲斐がない、
というもんじゃないのカニ?