2026年4月16日木曜日

第4046話 幾たびも お世話になった 「生駒軒」

かつて都内各地に
点在していた町中華「生駒軒」。
近頃はその数を減らしている。
昭和6年、1号店が麻布に生まれ、
全盛期には百数十店に
及んだというから
人も歩けば生駒に当たる、
そんな状態だったことだろう。

J.C.が一番お世話になったのは
今は無き神谷町店。
金融業界に足を踏み入れた、
1980年から丸3年間、
月に2~3度のペースで
オフィス近くの敷居をまたいだ。

その後、シンガポール、NYと
赴任を続けている間に
店は消えてしまった。
ある日、ろくすっぽ調べもせず、
出掛けて行ってその喪失に
呆然としたものだ。

1年を通して最も食べたのは
看板商品のラーメンだが
夏場の冷やし中華も忘れられない。
甘辛醤油の典型的な昭和の味。
もう一度食べたい。

浅草雷門で1年前まで
営業を続けていた店も
たびたびおジャマした。
ご無沙汰している間に
やはり突然の閉店。
現在、都内に残るのは
三十店余りと聞くけれど
そのほとんどが未訪である。

今回訪れたのは神田和泉町。
昭和45年創業の老舗だ。
秋葉原東口から
5分ほどの場所にあり、
昼のみの営業で臨時休業もある。

半チャンラーメンを
ラーメンも麺半分でお願い。
ビールはキリンラガー中瓶。
まずはトクトクのプッファ~!

生駒特有の細打ちストレート麺に
鶏・豚・煮干しベースのスープ。
具材はバラチャーシューと
シナチクにわかめ。
ほのかに神谷町を思い起こさせる。

炒飯はチャーシュー・ハム・玉子。
青ねぎはまったく使われていない。
それでも懐かしい香りが立ち上る。
炒飯は何を投入しようとも
大事なのは米であることが
よお~く判る。

パラパラの上等な仕上がりに
テーブルのあちこちから
拍手がパラパラと湧き起こる。
そんなことはなかったけどネ。

「生駒軒」
 東京都千代田区神田和泉町1-2-30
 03-3866-3857

2026年4月15日水曜日

第4045話 佐渡から弁慶が やって来た (その2)

佐渡島に本店を構える「佐渡弁慶」。
屋号の由来は存ぜぬが
新潟市を中心に展開しており、
首都圏では埼玉県・浦和、
千葉県・津田沼にも
廻転寿司店がある。

さほど気に入った、
というのでもないけれど
何度か通うようになった。
一番ありがたいのは
腹の具合によって
あまり食べなくてもよいこと。

あるときなんぞ、中瓶2本に
にぎり2カンだけで出て来た。
もっともこれは極端なケース。
平均すれば6~8カン。
10カンやっつけたことさえある。

正直なところ、立ち食い鮨よりも
立ち飲み麦酒に
使い勝手の良さを感じている。
一度、麦歩ともを連れて来て
やろうと思っているが
蕎歩とものナンパに先を越された。

実は J.C.、当店のにぎりをぜひ、
本わさびで味わいたいと思っていた。
とある日、わさびとおろし板持参で
Mきともどもカウンターに横並ぶ。

職人は注文に追われて
目線が手元に集中するが
周りの客の目は気になる。
一人だと目立つため、
Mきをカモフラージュにしたのだ。
案の定、彼女は大満足の大歓び。

後日、念願の佐渡産桜マスはじめ、
アラバチメ・イシモチ・オニカサゴ・
本あら・ホウボウ・クロソイなど、
様々な珍魚をいただいた。

珍しかったのはマトウダイ(的鯛)。
生を食べるのは生まれて初めてだ。
仏ではサン・ピエール、
伊ではサン・ピエトロと呼ばれ、
珍重される白身魚の王者である。
デリケートな味わいに
ミシッ、ミシッと来る食感も
まことに快適、美味の極みであった。

豊富なイカ類もスミイカ、
スルメイカ(真イカ)のほか、
気まぐれで普段は滅多に食べない、
紋甲イカまで試したが
驚いたのはこの紋甲クン。
噛んだらパキッ、パキッと来た。

今まで馬鹿にしていたイカを
あらためて見直す羽目に陥る。
以来、寄れば食べる必注種目に
格上げされたのでした。
半月に一度は立ち食い人に
なるつもりでおります、ハイ!

「立喰寿司 佐渡弁慶 上野店」
 東京都台東区上野7-1-1
 上野駅構内
 03-6284-7253

2026年4月14日火曜日

第4044話 佐渡から弁慶が やって来た (その1)

この日は一日中、積み木ゲーム。
競技タイムはいつものように
イレブンセブンの8時間である。
朝から雑用に追われてしまい、
朝食抜きで出掛ける憂き目を見た。

J.C.は打牌中、ビールだけは
ガンガン飲むが食事は取らない。
ビールのつまみすら口にしない。
だけど今日は朝抜きだからなァ。
何か軽く入れとかなきゃなァ。

ここで不図、思いついたのが
上野駅構内の立ち食い鮨店だ。
ずいぶん前から
存在を認知していたが
利用したことは一度もない。

最近、経営が変わったように思う。
帰宅後、調べたら「佐渡弁慶」は
今月24日で1周年とのこと。
なるほど、そうでしたかー。

神田に行く予定を上野で途中下車。
入店するとカウンターは11席ほど。
他に2人立ち食えるテーブルが
1卓あってこれは2人客専用。

ビール中瓶は
赤星とドライの2種完備。
生は J.C.とは無縁のエビスだ。
ドライを所望する。

さっそくのにぎりは
肝付き皮はぎ・本ずわい蟹・
炙り〆鯖・イタヤ貝・
平目昆布締め・めじまぐろ・
ウルメイワシ。
計7カンで切り上げた。
中瓶はしっかり2本飲み、
会計は3千円とちょっと。

腹が減っては戦が出来ぬ。
とは云え、腹いっぱいでも
勝負に勝てぬ。
勝負師は常におのれの胃袋と
折り合いをつけねばならんのだ。

鮨種は揃って良質。
立ち食いでは都内一、二を
争うレベルに達している。
ここ数年、人気の Sロー、
K寿司・H寿司とは
一線を画すこと歴然である。

加えて品揃えの豊富さが圧倒的。
注文はタッチパネルを通すが
その日、入荷の無いものが
相当数あってもなお、
客を厭きさせない。

壁の貼り板にズラリと
明記された品々には
思わず目が行ってしまう。
佐渡産桜マスはぜひ試したいな。
メバルの1種のアラバチメは
とてつもなく珍しいゾ。

=つづく=

2026年4月13日月曜日

第4043話 鰻で始め 鰯で締める

尾山台で乗った電車を
降りたのは終点の大井町だった。
おそらく品川区内で
最も頻繁に訪れるのはこの街だ。

と云っても通常は
戦後のヤミ市の匂いを残す、
平和と東の両小路、
その界隈での飲み食いに終始する。

この日は小路の入口を素通りし、
桜並木越しに車両センターに並ぶ、
電車を見下ろしながら崖上を
北に向かってしばらく歩いた。

潜った暖簾は「だるまや」。
鰯料理専門店である。
鰻で幕を開けた日を
鰯で締めくくる。
われながらオツなものだ。
ひとりゴチてカウンターに横並ぶ。

切盛りは店主と女将の二人体制。
大瓶のドライに頬がゆるんだ。
大瓶が出てくると
「サァ、飲むゾ!」
気持ちに拍車がかかる気がする。
まずは定番の刺身を通す。

N子が女将に話し掛ける。
「松重サンは何を
 召し上がったんですか?」
一瞬、ポカンとした J.C.、
すぐに気が付いた。
「孤独のグルメ」に
登場した店なんだ。

女将応えて
「刺身とユッケとチーズロール!」
相方は
「わたしたちにもユッケと
 チーズロールお願いしますっ!」

18時を過ぎると立て混んで来て
入店を断られる客も出て来る始末。
相方は大瓶を続飲。
当方は菊正生貯蔵酒の冷たいの。
スッキリ飲んで
後続に席を譲ることにした。

鰯で締めるつもりだったが
そうはならなかった。
短い滞空時間も影響していよう。
大井町から乗った京浜東北線を
降りたのは地元に近い日暮里駅。
彼女と一緒だとこのところ、
急速に出没率の高まる街になった。

焼けくそだんだん「夕焼け酒場」に
到着したが毎度この店ってのもなァ。
向かいの「のみくいや ぽちゃ」に
初めて入り、此処でもカウンター。
ドライ中瓶を注ぎ合い、カチン。
健啖家の相方は揚げ茄子を所望。

J.C.の隣りに和服姿の
可愛いお婆ちゃんが着席。
どちらからともなく言葉を交わす。
訊けば、Hみチャンは常連サン。
飲み屋ではよくあることながら
盛り上がってしまい、気付いたら
本日も残すところ15分でした。

「だるまや」
 東京都品川区南品川6-11-28
 03-3450-8858

「のみくいや ぽちゃ」
 東京都荒川区西日暮里3-14-13
 03-6826-2916

2026年4月11日土曜日

第4042話 歓びアーカイブ 第13回

本日のアーカイブは
そば屋の定食ざんす。

2015年4月21日火曜日

第1081話 めざしうれしや麦とろ定食 (その2)

根津の谷と茗荷谷、
二つの谷に挟まれた台地は
向丘と白山であり、
馬の背のごとく南北に走っている。
その白山上、
「戸隠そば 満寿美屋」にいる。

前話で豊富な品書きの一部を
紹介したがさらに加えて
この店の特徴でもある小ぶりのどんぶり、
いわゆるミニ丼の多彩な顔ぶれにも
ふれておかねばならない。
”おそばとご一緒にミニ丼をどうぞ” と
謳われており、これは全品ご披露しよう。

=ミニ丼=
 かつ丼 鴨丼  以上450円
 麦とろ丼 じゃこ高菜丼 カレー丼 
 肉味噌丼 牛丼 ひじき丼 
 かき揚げ丼  以上350円

ここまで充実したラインナップを
日本そば屋で見るのは初めてだ。
食べ手にとってはまことに
けっこうではあるけれど、
さすがにひじき丼はやり過ぎ。
こんなん誰も注文せんやろ、
と思ったものの、
渡る世間は奇人ばかり。

「アラ、私は歓んでお願いするわ」
「玉子とじにひじき丼なんて
 素敵な組合わせじゃない」
かように言い放った友人二人。
”こじき”(禁句にして死語?)が
姿を消した今の日本、
代わって”ひじき”が台頭している。

品書きを吟味する間に
中ジョッキは空っぽ。
わがふるさと、信州の生んだ銘酒、
真澄の吟醸に移行した。
七笑といい、千曲錦といい、
信濃の酒は好きだ。
いえ、これはけっして
ひいき目ではありませんゾ。

結局、白羽の矢を立てたのは
サブタイトルにある麦とろ定食。
というのも店先のサンプルケースを
チェックして発見したことに
2本のめざしも添えてある。
目黒にサンマあらば、
白山にメザシあり。
酒のアテによし、飯の友にまたよし。

あの土光サンが愛しためざし。
(古すぎてどなたもご存じないか?)
麦とろ定食を選択したのは
ひとえにめざしの存在が
あったればこそなのだ。
普段は晩酌時にいきなり
定食など頼まないが
この宵は空腹感激しく、
ついオーダーしてしまった。

まずはご覧あられたし。
2尾の小魚に存在感あり
こうしてワンショットに収めると、
主役の麦とろを押しのけて
完全に食っておりますな。
名脇役をめざしためざしなれど、
小さな巨人とは
彼らのことを云うのでしょう。

=つづく=

2026年4月10日金曜日

第4041話 尾山台 来れば立ち寄る「オー・ボン」に

「オー・ボン・ヴュー・タン」は
都内屈指のパティスリー。
店名は仏語で
”古き良き時代” を意味する。

絶大な人気を誇り、
いつも入店制限を設けるほどだ。
もっともほとんどスイーツを
食べない J.C.には猫に小判も
いいところだけれどネ。

では、なにゆえ、
この町に来れば毎度、
立ち寄るのかというと
まずはフレンチ惣菜が目当て。
そして隣接されるサロンが大好き。

でも、今日はこれから先がある。
よって惣菜の購入は
断念せざるを得ない。
サロンに直行した。

J.C.はいつものように
ピノー・デ・シャラントをー。
これはブドウ果汁にコニャックを
投入して発酵を止めた、
酒精強化ワイン、いわゆる、
ヴァン・ド・リキュール。
好みの飲みものである。

相方のコーヒーは
フレンチ・ロースト。
一口すすると、
エスプレッソほどではないが
苦み走って好きなタイプだ。

ガトーはパタット。
レーズン入りアーモンド生地。
それにもう一つ。
デリス・オー・フランボワーズ。
ラズベリー風味のバタークリーム。
これらも一口づつ賞味はしたが
得意種目でないため、よく判らん。

四半刻でおいとま。
さっき上ったハッピー・ロードを
ゆっくりと下り戻る。
小ジャレた店々を冷やかしてゆく。
カフェ「So Tired」は
雰囲気より店名が気に入ったが
先を急ぐ二人は素通りする。

尾山台駅に到着。
自由が丘に戻るのもなんだかなァ。
ここは旗の台か大井町だろう。
まずは電車に乗って考えよう。
それにしても夕刻の大井町線は
次から次へと驚くほどに
電車が行ったり来たりするもんだ。

「オー・ボン・ヴュー・タン」
 東京都世田谷区等々力2-1-3
   03-3703-0261

2026年4月9日木曜日

第4040話 桜坂から3区を股に

桜のトンネルを通り抜ける。
でもネ、同じ桜咲き乱れる坂なら
茗荷谷の播磨坂のほうに
より風情と趣きを感じてしまう。

まっ、それはそれとして
田園調布通りを真っ直ぐにー。
途中、六間通りとその名を
変えるがずっと一直線。
田園テニス倶楽部で
トイレ休憩のあと、
田園調布駅にやって来た。

向かいに長嶋元監督御用達、
「鳥」が今も健在。
放射線状の高級住宅街には
足を踏み入れず、
環八を横断して自由通りを左折。

駅前に可愛い噴水のある、
奥沢駅は変わらぬ姿。
此処は世田谷区だ。
奥沢神社に一礼してほどなく
目黒区・自由が丘に到達。
駅周辺をそぞろ歩く。

この街きっての酒場「金田」。
鰻の佳店「ほさかや」。
両雄が並び立っている。
旧友・Fチャンと2軒を
ハシゴしたのは9年も前だ。

東急大井町線なら
隣り駅の九品仏へ歩を進める。
本来は浄真寺が安置する、
九つの阿弥陀如来像のことだが
今や寺の通称となり、
大井町線の駅名ともなっている。

境内に足を踏み入れた。
でも深入りはしなかった。
日活映画「乳母車」(1956 )で
裕次郎が呑気に昼寝をした、
デッカい石でも残っていれば
見に行って寝転んだりもするが
今は跡形もなく、残念。

門内から参道に出て桜並木を
愛でながら大井町線の踏切を横断。
奥沢8丁目から尾山台3丁目へ。
ハッピーロードは大好きだ。

なだらかな坂を上り切って
環八にぶつかり右折。
尾山台に来たら必ず立ち寄る、
「オー・ボン・ヴュー・タン」に
やって来た。