2026年2月21日土曜日

第4000話 歓びアーカイブ 第5回

東北大震災の直後に
綴り始めた”生きる歓び” も
おかげさまを持ちまして
4000話を迎えることができました。
ご愛読に感謝いたします。

今日は土曜日とあらば
=歓びアーカイブ= であります。
その第5回をどうぞ。

2013年12月9日月曜日

第725話 クラブが出て来てこんにちは (その2)

近隣のスーパーで
購入した千葉県産のアサリ。
砂抜きのために張った、
塩水の中に小さな生きものを
発見したハナシのつづきです。
百聞は一見に如かず、
とくとご覧くだされ。
それは蟹であった
貝殻の中に潜んでいたに違いない。
蟹クン、しばらくはジッとしていた。
その後、静かに着地を試みて
ひとしきり歩き回った末に
1粒のアサリの下に隠れた。
徘徊中の蟹
アサリやハマグリを食べていると
かような小蟹に遭遇することがある。
しかし、それは貝と一緒に
火を通されたあとの亡骸。
小さな身体も緋色に変色している。

今は昔、1980年代初頭。
丸の内北口にある「丸の内ホテル」内の
仏料理店をたびたび利用した。
建て直す前の建物は
準シティホテルといった佇まいで
現在の姿とは趣きが異なっていた。

記憶は定かではないものの、
フレンチは確か「バンブー」という、
名前ではなかったろうか。
気に入りの料理は
ハマグリのクリーム煮だったが
ここで三度続けて
貝の中に小蟹を発見した。
「へぇ~っ、こんなことってある?」
率直な印象を抱きつつ、
そのまま食べたっけ・・・。

懐かしのレストランも
今は「ポム・ダダン(のど仏)」と
その名を変えている。
ポム・ダダンは英語のアダムズ・アップル、
そう、アダムのリンゴだ。
なるほど仏料理で、のど仏ですかいな。

以来、貝の中の蟹には
たびたび出くわしている。
そしてこの現象は
貝が蟹をエサとして捕獲し、
サァ、これから食ってやるか・・
そう思った瞬間に今度は貝自身が
人間に捕らわれてしまい、
食事どころでは
なくなったものと信じていた。

今回なんとなく
ふと気になって調べてみると
意外なことが判明した。
この小蟹の正体は
英名・ピンノで和名・カクレガニ。
貝に捕まったのではなく、
自らの意思でプランクトンの頃より
貝の中に移り住んだ、
永遠の居候だった。

生まれて初めて宿った貝の中で
一生を過ごし、貝が死ねば、
自分もあとを追うというか
エサを捕る術を知らないから
生き延びることができない。
一蓮托生とはまさにこのことで
自然界の不可思議ここに極まれり、
でありましょう。

本日追記
今思うと、いくら小蟹にせよ、
あんな狭い所で一生を終えるんじゃ、
この世に生まれた甲斐がない、
というもんじゃないのカニ?

2026年2月20日金曜日

第3999話 日暮里に「神谷バー」もどき

2年ほど前だった。
突如として日暮里駅前に
現れた「荒川スタンド」。
この街には似合わない、
洒落た立ち飲みワイン酒場だ。

平日は15時オープンながら
週末は12時に開く。
昼から飲み始める身には
15時ではちと遅すぎる。

よって利用はほぼ土日限定。
初回で気に染まり、
すでに何度かおジャマした。
サッポロ黒ラベルの生を
「泡少なめでお願いネ」ー
そう云って通したら
ほぼ泡無しでサーヴされた。

こんな佳店は本当に少ない。
今は何処かへ行っちゃった、
錦糸町「Vivo」の山チャンを
久方ぶりに思い出した。
元気にしてるかな?

つまみは欧州カラーが強い。
茄子のバルサミコ、
鶏レバーのコンフィ、
オムレツ・パルミジャーノ、
デミグラスもつ煮、
スペイン風ミートボール、
ゴルゴンゾーラのニョッキ、
そんな連中が並んでいる。

J.C.がつまむのは
極厚ハムカツかカキフライ。
大阪森田屋の塩で食べるコロッケ。
そして生ハムを乗せたゼッポリーニ。
これはイタリアのパンで
海藻を練り込むのがミソ。

先日、壁の貼り紙に
ポンカチェッロを見つけた。
イタリアン・リキュール好きなら
すぐにピンと来るハズ。
レモンを使ったリモンチェッロの
ポンカン版である。

生ビールを飲みながらその脇に
チェッロ姉妹のどちらかを
従えて味わってると
あたかも浅草「神谷バー」で
ビールと電氣ブランを
愉しんでいるかの如し。

過日は姉妹揃って飲っつけたら
見覚えのあるスタッフ娘に
「ショットを2杯も飲むなんて
 お酒が強いんですネ」
なんて冷やかされた。

エ~エ~、そうともヨ。
今週末も来てまた一飲に
及ぶつもりでありんす。

「立ち飲みワイン 荒川スタンド」
 東京都荒川区東日暮里6-60-1
 03-5604-9310

2026年2月19日木曜日

第3998話 泡盛の古酒に つい誘われて (その2)

とにもかくにも婆っちゃまと
パクパク食べてグビグビ飲んだ。
その結果、大瓶が3本空いた。
そろそろお開きと思いきや、
まだ時間があるから歩きたいと
婆っちゃまがヌカした。

まっ、いいか。
せっかく西新井大師西駅まで
来たことだし大師さまにでも
行ってみようかー。
進路を東に取り、歩みを進める。
パクパク、グビグビのあとは
テクテクである。

大師の裏側は北参道だが
J.C.は裏参道と呼ぶ。
裏から境内に入り、
本堂をすり抜けて
草だんごを食べさせようと思い、
「清水屋」に来ると本日は貸切り。

それじゃ仕方がない。
けっこうな距離を歩いて
北千住に到達した。
なじみの「千住845」は
15時開店の10分前に着いた。

快く迎えられ、ドライ大瓶。
互いに腹一杯、つまみは〆鯖と
かれいエンガワで軽めにー。
油紙に火を点けたように
ベラベラしゃべる相方の話を
聴いてやり、此処でも3本。

ようやくメトロ千代田線に
乗って帰路についた。
西日暮里で降りる相方に
手を振って当方は
一駅先の千駄木下車。

近所の鮮魚店に立ち寄り、
つまみを調達して
自宅での晩酌はビールと
くだんの泡盛古酒を抜栓。

玉友(ぎょくゆう)甕仕込み
5年古酒30度はさすがだった。
含んで舌上に転がすと
奥行きを存分に拡げ、
ゴクリ飲み下せば、
余韻を残して滑り落ちてゆく。

まだあるうちに
沖縄風のつまみと一緒に
飲み直そうと決めたのも
むべなるかな。

「みたけ食堂」
 東京都足立区谷在家2-5-2
 03-3890-4421

「千住845」
 東京都足立区千住2-39
 03-5284-7588

2026年2月18日水曜日

第3997話 泡盛の古酒に つい誘われて (その1)

最近ひんぱんに行動を共にする、
麦歩とも・N子よりメール到来。
何でも久米島旅行の土産に
泡盛を買って来たとのこと。
それも古酒(クース)と聞いて
呑ン兵衛・J.C.、
にわかに色めき立った。

ブツを引き取るだけじゃ悪いんで
サクッと昼めしということにー。
とにかく彼女とは
逢瀬の回数が増えており、
また以前同様、
読者の方々にあらぬ期待を
抱かせないとも限らない。

もうちょっと日を空けようとは
思ったものの、
古酒の魅力には勝てまへん。
正午前に日暮里・舎人ライナー、
西新井大師西駅で落ち合った。

午後の予定が押してるそうで
彼女の住まいのそばを
指定されちまったのだ。
何せ、埼玉県人なんでネ。

ライナー沿線では
唯一の行きつけ店、
「みたけ食堂」に直行の巻。
朝めし&昼めしを出し終わると
早々に店を閉めちゃう食堂だ。

いつもの親父サンに
ドライ大瓶をお願いし、
自分でトレイに取る料理は
相方が切り干し大根、卯の花、
茄子しょうが焼き。
当方はハンバーグ、回鍋肉、
生たらこで、彼女のために
ごはん&味噌汁もゲットした。

双方の戦利品を見つめて
ため息交じりに思わずつぶやく。
「何だか婆ちゃんと
 孫の食事風景だな」
「タハッ、云われりゃそうだネ」

まったくもって
N子の好みはヤケにババ臭い。
茄子はともかくとして
切り干しとオカラだもんな。
まっ、婆っちゃまとの食事も
たまにゃ、悪くないもんです。

=つづく=

2026年2月17日火曜日

第3996話 大船に乗ったつもりで「黒船」へ (その2)

不忍池にほど近い上野広小路。
「黒船亭」でニューうたともと
向かい合っている。
料理が調う間はもっぱら
二人の生い立ちについて語り合う。
これは個人情報に当たるため、
つまびらかにはするまい。

スモークサーモンが登場。
まあフツーである。
ケイパーはいいんだが
もうちょいオニオンが欲しい。

生ハムは一般的なイタリア産以上。
ワインもそうだけれど
スロベニアのものが目立ち、
思い入れがあるらしい。
ウエイターに訊ねたらオーナーが
惚れ込んでいるとのこと。

旧ユーゴの構成国・スロベニアは
19年前に一度だけ訪れた。
首都・リュブリアーナは
まさしく美食の都であった。

旅行中、イタリアや
フランス各地で
何度も朝食を取ったけれど
リュブリアーナが断トツで
パリなど足元にも及ばない。
もっともコンチネンタルの
ブレクファーストだから
仕方がない面は否めない。

オイスターチャウダーも秀逸。
クラムの上をいくネ。
プックリ太った牡蠣は
おそらく岩手の広田湾産だろう。
ここで島根県産の生姜仕様の
ジンジャーハイに切り替えた。

ビーフシチューは
特筆とまでいかないものの、
水準をじゅうぶんにクリアし、
老舗としての安定感に満ちている。

ところがカニコロッケはイマイチ。
クリーミーに過ぎるのだ。
蟹肉をもっと入れておくれ。
蟹座としてそう思わざるを得ない。
向かいに座った牡牛座は
パクパクやってたけどネ。
いずれにしろ洋食好きのお眼鏡に
かなって歓ばしい。

勘定を済ませレセプションを
すり抜けると、
順番待ちが10人近く。
前回訪れた20世紀末は
ずっと空いていた。
いつの間にやら大人気店に
変貌した黒船来襲おそるべし。

「黒船亭」
 東京都台東区上野3-12-6
 050-5868-0521

2026年2月16日月曜日

第3995話 大船に乗ったつもりで「黒船」へ (その1)

浅草観音裏のスナックで出逢い、
ニューうたともになった、
M祢チャンとカラオケボックスへ。
ビールを飲みながら
歌い続けること3時間。
その後、ディナータイムである。

この夜は洋食好きの相方のため、
それなりの店を
あらかじめ予約しておいた。
上野で一番の人気を誇る、
洋食店「黒船亭」を訪れた。

最後の訪問はニューヨークから
帰国して数か月後の1998年2月。
実に丸28年ぶりになる。
信頼感指数の高い店につき、
大船に乗ったつもりで
黒船に乗り込んだ次第なり。

エレベーターで4階に上がると
懐かしい光景が開けていた。
18時の到着でほぼ満席。
上野広小路とはいえ、
ビルの階上だから
ロケーションの利があるとは
いえないが老舗の底力を
まざまざと見る思いがした。

そういえば上野には
同じ洋食の「さくらい」、
何でも供する「吉池食堂」と
ビルの上の人気店が多い。
”上野” を訪れる人は
”上” に上がることを苦にしない。

一番奥の二人掛けテーブルに
案内されてメニューを開く。
飲みものの品揃えは
思ったほど多くはない。

カラオケでビールを
さんざ飲んで来たので
相方はカシスをスパークリングで
割ったキール・ロワイヤル。
当方は山椒ハイボール。
グラスをカチンと合わせた。

吟味を重ねて通した料理は
スモークサーモン、
スロベニア産生ハム、
オイスターチャウダーを
各スモールサイズでー。
カニコロッケと
ビーフシチューはフルサイズだ。

=つづく=

2026年2月14日土曜日

第3994話 歓びアーカイブ 第4回


お約束通りに
土曜日限定のアーカイブです。


2014年10月31日金曜日

第959話 ブルースに寄せて (その1)

前話で行きががり上、
紹介した「暗い港のブルース」。
さっそくお二人の読者から
反響があった。
いただいたお便りを披露してみたい。
最初に北海道・函館市のY村M明サン。

突然のメールで失礼します。
いつも楽しく「生きる歓び」を
拝読しております。
今日は突然、「暗い港のブルース」が
出てきて驚きました。
この曲は私の思い出の曲なんです。

当時、私は札幌のレストランに
勤めていました。
そこへ何人かのアルバイトの
女子大生が入ってきました。
ほとんどが夏休み期間だけの
短期採用でしたが私は一人の女性を
好きになってしまいました。

一度だけデートをしました。
映画に誘ったのです。
それが何と、J.C.さんが
いっておられた「ある愛の詩」で
二度びっくりです。
失恋みたいなかたちで
はかない夢に終わりましたけど、
彼女のことは
今でもときどき思い出します。

働いていた店に
ジュークボックスがあって
20円か50円か忘れましたが
コインを入れて楽しみました。
そこに「暗い港のブルース」が
あったんです。
彼女の去ったあと、
面影を慕いながら
よく聴いたものです。

青春時代にスリップさせて
いただき、まことに
ありがとうございました。

こういう便りはうれしいなァ。
実は J.C.、Y村サンのメールに
びっくり仰天したのである。
忘れもしない1972年、
「暗い港の~」がリリースされた
翌年だが芝公園のシティホテルで
こちらもバイトをしていた。

ビヤガーデンのはずれに
「プリンス ビラ」なる
別館レストランがあり、
しばしばその店に配属された。
そこにはやはり
ジュークが設置されていて
しかも「暗い港の~」が
カバーされていたのだ。
そしてY村サン同様、
よく聴いたのだった。

いやはや、
こんな偶然ってあるんですねェ。
ホントにびっくらこきました。

それにしても1960年代から
’70年代前半にかけて
都内の(日本全国だろうが)
飲食店にはけっこうな数の
ジュークボックスが置かれていた。
シティホテルのレストランでさえ
そうだから推して知るべしだろう。

ジュークが消えていったのは
カラオケが世に現れた、
’70年代後半だったように
記憶している。

=つづく=

キングトーンズの面々は
ほとんど星になってしまい、
生で聴くことはかなわぬ夢。
あのドゥーワップを
忘れることができません。