2024年5月17日金曜日

第3538話 寧波料理を懐かしむ

恒例のTBS・NYリユニオン。
舞台は近頃しょっちゅう現れる神田神保町に
古くからある寧波(ニンポー)料理店、
「源来酒家(げんらいしゅか)」。
前回、観音裏「ニュー王将」でお開きの際、
TBS・K原サンの発案で決まった。

10年以上も前に同じ顔ぶれで利用しており、
この味を懐かしむ声が異口同音に上がった。
寧波は杭州を省都とする浙江省、
その第二の都市である。

浙江省の南は福建省、そのまた南は広東省。
みな東シナ海に面しており、海の幸が豊富。
味付けも広東料理に似てアッサリ塩味だ。
寧波料理の第一感は東坡肉(トンポーロー)、
いわゆる豚バラ角煮。
そして知る人ぞ知る、田ウナギである。

実は数日前、店に赴いて献立を決めてきた。
その際、店主の何(フー)さんと
意見の一致を見た田ウナギながら
最近はほとんど手に入らないらしい。
日本の鰻より泥鰌に近いサイズで
デリケートな滋味にあふれている。

スーパードライのエクストラコールドで乾杯。
突き出しというほどではないが
糖衣をまとったカシューナッツがアテとなる。
最初の一皿は冷菜。
湯葉・筍・椎茸の煮合わせ&蒸した鶏胸肉で
湯葉は日本のものより歯応えがあった。

紹興酒の大きな甕が運ばれる。
スタッフのオニジさんが
ルワンダのジェノサイドに使われたような
大ナタを振るってかぶさる石膏を崩した。

何サンに促されてテイスティング。
8年物の東風酒の上澄みは
ス~ッとノドを滑り落ち、
舌に余韻、鼻腔に芳香を残す。
これぞまことの紹興酒なり。

二皿目は北京ダックならぬ北京ピッグ。
アヒルの皮の代わりに叉焼が巻いてある。
ダックより旨いとは云わぬが
これはこれでオツなものだ。

ズワイガニ爪のフライ、
厚揚げ&ピーマンの煮炒め、
小松菜を添えた東坡肉と料理は続き、
締めはふかひれそばのハーフポーション。
皆の衆、満足の様子である。

次回、集うのは11月半ば。
われわれみんな順繰りにNYから
電話出演した「森本毅郎スタンバイ!」が
9000回を迎えるので、その記念パーティー。
その後の二次会に決まった。
赤坂での再会を約し、お開きとなりました。

「源来酒家」
 東京都千代田区神田神保町3-3
 03-3263-0331

2024年5月16日木曜日

第3537話 ぶらり荒川線の旅 (その3)

観戦はライト側の外野席だったが
目の前に右翼手・醍醐猛夫がいた。
成績不振により正捕手の座を追われ、
外野に回された年だった。
醍醐は早実時代、王貞治とバッテリーを組み、
大いに活躍した逸材である。

このまま終点(起点でもある)、
三ノ輪橋まで歩いてしまおうかー。
スポーツセンター前の千住間道を東進し、
1分ほどで日光街道に出た。
終点へは300mの距離である。

通りすがったのが円通寺。
江戸時代、下谷の広徳寺、
入谷の鬼子母神とともに下谷の三寺と呼ばれた。
彰義隊ゆかりの寺ながら
この寺を有名にしたのは
あの忌まわしき吉展ちゃん事件である。

吉展ちゃんは入谷南公園から連れ去られ、
その日のうちに殺害されてしまったが
遺骨が発見されたのは2年後、
この円通寺の墓地の片隅だった。

思うところあって帰宅後、調べてみたら
事件発生は1963年3月31日。
この数日後にJ.C.はそぐそばの東京球場で
野球を観戦したことになる。

誘拐現場の公園から
殺害現場の寺まではおよそ2.5km。
犯人・小原保に連れられて歩き、
子どもの脚だと1時間近くかかったろう。

小原は脚が悪く、引きずっていた。
これを吉展ちゃんにとがめられる。
「オジちゃん、脚が悪いんだネ?」
この一言で小原は
殺害を決意したと自供している。
このまま生きて返しては
犯人特定につながると踏んだのだ。

墓地に手を合わせ、
日光街道を南下してほどなく
通りの向こうに焼きとん「栃木屋」が見えた。
何も考えず、フラフラッと入店する。

カウンターのみの店内に先客は3人。
ドライ大瓶とまぐろ山かけを通す。
大瓶のお替わりと一緒にカシラ&鳥ももを塩、
レバ&シロをたれでお願いした。
店先のテイクアウト・コーナーには
主婦を中心に客が次から次と引っ切り無し。

滞空1時間弱でお勘定は2200円。
三ノ輪橋の駅にたどり着き、
これにて荒川線の端から端まで貫通の巻。
再び荒川線の乗客となり、
熊野前で日暮里・舎人ライナーに乗り換え、
終点・日暮里へ帰りましたとサ。

=おしまい=

「栃木屋」
 東京都荒川区南千住5-4-8
 03-3806-7951

2024年5月15日水曜日

第3536話 ぶらり荒川線の旅 (その2)

けやきの大木の脇を通って鬼子母神。
せっかくなので手を合わせる。
池袋駅東口のそばまで来たが
すぐに戻って雑司ヶ谷駅。

今度は大塚駅前で降りた。
巣鴨新田から庚申塚へと歩く。
都電だから駅のホームというほどではないけど
構内に茶店が1軒ある。

普段はパスするタイプの店ながら
ぶらり途中下車の旅の途中、
アクセントをつけるために入店してみた。
ありがたいことにドライの小瓶があったヨ。

しかも、おはぎとセットで990円の割引価格。
何種類かあるうち、季節のよもぎ餡おはぎをー。
濃い緑色の餡子に包まれて
かなりデカいのを頬張った。

先日、西新井大師の門前にて
草だんごをビールの友としたが
再び餡子をアテに飲むことになろうとは
お釈迦さまもご存じあるめえ。
もっともこちらは塩昆布付き。
ビールに合わんワケがない。

店先に停まった電車に乗り込む。
飛鳥山を過ぎたとき、
明治通りの彼方に目をやると
行きつけ「豫園飯店」の看板と
狛犬2匹の石像が見えた。
よほど1杯飲ろうかな・・・と思ったが
しょっちゅう来ているのでやめておく。

梶原で下車。
梶原銀座商店街(ショッピングロード)を
往ったり来たりする。
都電もなかの「菓匠 明美」は大盛況だ。
あまり良いカタチとも思えんがなァ。
世のオバさまたちは口に入る甘いモンなら
何でもいいんじゃなかろうかー。

荒川車庫前→荒川遊園前→小台と歩いて
そこから再乗車。
荒川区役所前で降りる。
路線沿いをちょいと離れ、
荒川総合スポーツセンターにやって来た。

かつて大毎(毎日大映)オリオンズの本拠地、
東京球場があった場所である。
あれは板橋区・中板橋の弥生町に棲んでいた頃。
近所のS木サンちのI男チャンに
連れられて野球の試合を観に来た。

小学6年生になったばかりだから
東京五輪の前年、1963年4月だ。
翌’64年、大毎は東京オリオンズに改称し、
大毎最後のシーズンであった。

=つづく=

「甘味処 いっぷく亭」
 東京都豊島区西巣鴨2-32-10
 03-3949-4574

2024年5月14日火曜日

第3535話 ぶらり荒川線の旅 (その1)

都電荒川線、またの名を東京さくらトラム。
乗客になったとき、歓びを覚える路線だ。
その日の朝、ミントティーを飲みながら思った。
そうだ、今日はあの線の端から端まで
”ぶらり途中下車の旅”とまいろう。

自宅の前から都営バス・早稲田行きに乗る。
終点で降り、早めの昼めしで腹ごしらえ。
カレー南蛮そば発祥の「三朝庵」が閉じてから
早稲田で一番の日本そば屋「金城庵 本館」へ。

冷たいそば茶が供されたが
「君はあとで飲むからネ」
やさしくささやき、ドライ中瓶を通す。
200円チャージされたお通しは
見るからに出来合いのマカロニサラダ。
おおかた「肉のハナマサ」あたりだろうぜ。

周りは老若男女混ざっているが中若年が主流だ。
「お客様感謝フェア」とやらで 上かつ丼が
1230円  980円のサービス価格。
若者はほとんどそっちに走っている。

中退ながら一応、彼らの先輩にあたるオッサンは
珍しいハトシロール(350円)を麦酒の友とした。
ちょいと来ない間に「金城庵」は
シャレたものを出すようになったもんだ。

ハトシというのは海老のすり身を
パンに挟んで揚げた長崎名物。
長崎と言えば、和・漢・洋がコラボする、
卓袱(しっぽく)料理が代表、その流れだろう。

ハトシをエンジョイし、締めはもりそば。
そばはコシきわめて強くとも香りに乏しい。
つゆは町場のそば屋にしてはやや辛口。
そばもつゆも、まあ水準には達している。
熱いそば湯と温(ぬる)いそば茶を一緒に飲み、
荒川線の始発駅(終点でもある)・早稲田へ。

すぐ隣りの面影橋。
たもとに巨大なマンションがおっ勃って
もとい、おっ建って
昔日の面影など微塵もない。
こうして東京の町々は壊されてゆくんだ。

その一つ先の学習院下で下車。
石段を上がって千登勢橋から西島三重子が

♪ 電車と車が 並んで走る
  それを見下ろす 橋の上 ♪

と歌った景色で目を和ませ、
鬼子母神の参道を歩いて往った。

=つづく=

「金城庵 本館」
 東京都新宿区西早稲田1-18-15
 03-3203-4591

2024年5月13日月曜日

第3534話 映画の前に昼食を (その2)

神保町一丁目の「酒蔵 駒忠」。
初回は、といっても
まだ一度しか行ってないけれど、
やはり大好きな生姜焼きにした。

豚バラ肉使用だが駒忠だけに
駒切れ、もとい、小間切れも散見された。
付合せは繊キャベのみ。
あとは切り干し大根煮と
緑色のきゅうりのキューちゃん風。
それに油揚げと豆腐の味噌汁だ。

好物なれど、あまり美味しくなかった。
おまけにライス少な目を伝え忘れたがため、
頑張ってはみたものの、だいぶ残してしまった。
愛想の好いオバちゃんには悪いことをしたな。

冷たい麦茶を半分だけ飲んで次に回る。
「何だ! 昼めしのハシゴかヨ?」ってか
さにあらず、ガスの補給なんざんす。
3カ月ほど前、絶好の店を見つけたたんでネ。

たびたびおジャマするのは「阿波屋酒店」。
角打ちではないんだが
ドリンクイン・スペースが完備され、
昼は誰もいないから貸し切り状態。
ドライのロング缶でくつろいでいる。

もう1軒紹介しておこう。
エルヴィスの「Love me tender」をもじった、
「Lamb meat tender(ラム ミート テンダー)」。
読んで字の如く、柔かい仔羊肉がウリである。
ランチメニューは4種、850~1000円とお手軽だ。
① ビーフステーキプレートwithチキン
② ローストポークwithバターコーン
③ ラムライスwithサラダ
④ ラムカレーwithスパイシーラム

カレーをライス半分で通した。
ビールはプレモルの生のみ、ボトルは無い。
よって見送りの四球で一塁に歩く。
いや、ちょいと意味不明でしたネ。
頼まなかっただけのことッス。

クミン香るカレーは旨みに欠けて味気なく、
温玉が一つ乗っている。
一切れのラムはもも肉だが滋味薄い。
あとはたっぷりの香菜(パクチー)と
レーズン入りのキャロット・ラペだ。

加えてトマト入りのかき玉スープ。
う~ん、何だかねェ、感心しないなァ。
当店は昼ではなく夜に来て
ラムの焼肉を楽しむのが好いと思われた。

まっ、こんな調子で神保町&小川町を
”餐歩”してるわけであります。

「酒蔵駒忠 神保町一丁目店」
 東京都千代田区神田神保町1-39
 03-3292-8226

「阿波屋酒店」
 東京都千代田区神田神保町1-103
 東京パークタワープラザ1F
 03-3291-2510

「ラム ミート テンダー」
 東京都千代田区神田小川町3-5-3
 03-6823-1141

2024年5月10日金曜日

第3533話 映画の前に昼食を (その1)

今月も神保町のシアター通いが止まらない。
開映の90分前には窓口でチケットを購入し、
そのあと近所で昼食をとるのが常。
もともと自分のホームグラウンド。
何回か利用したところや初訪問店を取り混ぜ、
あらためて町の顔役ぶりを発揮している。
でもないかー。

今話はうち何軒かを紹介したい。
最初に「バーン・ニパー」。
3月半ばに開業したばかりのタイ料理店だが
すでに3回もオジャマしている。
店名は「ニパーさんのお店」という意味。

ビールは生がドライ。
ボトルはタイのチャーンと
ベトナムのサイゴン・スペシャルだったかな?
どちらも小瓶だ。

初回はチャーンとタイ料理の中で
一番好きなゲーン・キョウ・ワン。
鶏肉と茄子のグリーンカレーである。
すっかり気に入って、2回目はカオマンガイ。
これはタイ風チキンライス。
シンガポールの海南鶏飯には及ばぬものの、
まずまずであった。

ところが3度目のゲーン・デーンで外す。
鶏肉と竹の子のレッドカレーだが
ヤケに味が濃くてしょっぱい。
ジャスミン米は完食したが
カレーは4分の3を残す始末。
緑と赤では大違いだった。
それもそうだヨ、信号機だって
緑は進めだけど、赤は止まれだもんな。

まっ、そのうちまた再訪するでしょう。
もう1種あるカレー、
チキン・ポテト・ピーナッツのマッサマンと
イサーン地方のカレー麺、
カオ・ソイを試してみたいのだ。

2軒目は都内各所に散在する、
居酒屋「駒忠」の一つ、
「酒蔵駒忠 神保町一丁目店」。
ランチは、アジフライ・生姜焼き・
コロッケ&唐揚げ・さば焼き・とんかつ・
肉豆腐 以上が850円均一。

困ってしまうのは居酒屋にもかかわらず、
昼はアルコールをまったく出さないこと。
店内は完全禁煙の完全禁酒と来たもんだ。
歌を忘れたカナリヤみたいな酒場だぜ。

=つづく=

「バーン・ニパー」
 東京都千代田区神田神保町1-3-22
 050-5593-0329

2024年5月9日木曜日

第3532話 ウラを返した田舎そば

のみとも・O野チャンが急逝してしまった。
今は無き、伊勢佐木町のカレーミュージアム、
その初代名誉館長が彼だった。
お別れのため、新宿区・中井の最勝寺へ。
年に一度くらいのペースで
酌交するようになって15年は超えている。
冥福を祈るほかはない。
どうぞ、安らかに。

お清めの会を自重して中井駅に戻った。
この日の昼は松戸市の八柱霊園。
人生で初めて墓参と通夜が同日に重なった。
「大八北珍」でしっかり飲み、
がっつり食べたため、
空腹感はないが、せっかく中井に来たのだ。
前回、そばまで辿り着けなかった店に寄ろう。

西武新宿線と都営大江戸線、
二つの駅の中間にある「田舎そば 須坂」へ。
時刻は18時半を回ったところ。
先客は皆無である。
スッと入った券売機の前で
おつかれさまセット1100円というのを見つけ、
内容を確かめたうえでポチッ!

飲みもの1杯、野沢菜、刺し盛り、
そして、そば or うどんのハーフを
冷・温から択べる。

一番搾りの中ジョッキに刺身はしまあじ2切れ、
ばちまぐろの赤身&中とろが2切れづつ。
切り身はいずれも厚めだ。
よくもこんな値段で出せるものよと感心する。
わさびこそ中国産のチューブだが存分に楽しめた。

ドライの中瓶に移行したあと、
兵庫の辛丹波の冷たいのを1合。
そばは冷やしのかけをお願いして
紅生姜のかき揚げ(100円)を追加した。

冷やがけが意想外の美味しさ。
中太の田舎そばはまさしく信州の味で
大根おろしとは絶好の相性を見せそうだ。
善光寺の周りをはじめ、信州のそばは
わさびよりもおろしとの二人三脚が持ち味。
次回はそれで行こう。

カレーの達人とはもう飲めないと思うと
寂しさが募るけれど、
こっちがそっちに行ったらまた飲ろうぜ。
それまで待ってておくれな、O野チャン!

「田舎そば 須坂」
 東京都新宿区上落合2-18-9
 03-4296-3493

2024年5月8日水曜日

第3531話 中華の穴子丼 ワンスモア

墓参のため、千葉県・松戸市の八柱霊園へ。
此処は戦前に東京都が土地を買収して
造成した都立霊園である。
去年は来られなかったので
雑草が茫々(ぼうぼう)と来たもんだ。
縁者と協力してすっかり綺麗にした。

その足で2年前にも訪れた、
新京成線・上本郷の「大八北珍」に向かう。
この町きっての人気中華のランチタイムは
14時までにつき、歩きニスト・J.C.が
めったに乗らないタクシーを利用。
13時15分に到着した。

一昨年、女将と40年ぶりに言葉を交わした。
わが街の日医大付属病院に通院中とあって
偶然に驚いたのだが、まさかその病院で
自分が白内障の手術を受けようとは
夢にも思わなかったヨ、そのときはー。

「女将さん、赤ちゃんオンブして
 頑張ってましたよネ?」
「あら、恥ずかしい、この子です」
「エエ~ッ!」
となったのでした。
娘はすでに40歳超え。

その当時も料理は水準をクリアしていたが
現在は格段に進歩して、とても美味しくなった。
とりわけ感心したのが
彼女の発案によって生まれた穴子丼である。

ツレとドライで乾杯したあと
今回も即刻、お願いした。
発注品は2年前とまったく一緒で
あとは、かきニラ炒めとラーメン。
近所だったら毎週通ってしまうヨ、間違いなく。
それほどにイケるんだ。

やはり穴子丼は好かった。
玉子でとじる柳川風のほかに
大根おろし添えもあるが
ここは迷わず玉子とじでー。

塩味のトロみのついた、かきニラもグッド。
たっぷりのニラがうれしく
モヤシのほうが多いニラレバ炒めを
臆気もなく出す店には猛省を促したい。

支那そば風のラーメンも
あるべき姿を具現化して素朴な仕上がり。
近頃の肉だらけにして脂まみれは
年配者にとって猛毒に等しい。

この日、女将さんはお休み。
家で孫の世話をやいてるとのこと。
あのときオンブされてた娘サン、店主の旦那サン、
そしてお運びやらレジやらをこなす3人の孫たち。
丸っきりの家族経営陣としばし会話を楽しんだ。
「それじゃまた、来年もこの季節にー。
 女将サンによろしくネ」
「ハイ、判りました、お待ちしてます」

ドライの中ジョッキ(大に近い)3杯と合わせ、
お勘定は4455円でありました。

「大八北珍」
 千葉県松戸市仲井町3-13
 047-368-1609

2024年5月7日火曜日

第3530話 野毛で飲んだら ”蛙之介”

「天華」の支払いは1050円。
弘明寺の古い中華はどこも安い。
観音様の急な石段を上がり、手を合わせる。
GWとあって参拝客、少なからず。

京急に乗って横浜方面に移動。
日ノ出町で降りた。
横浜の浅草、野毛町の最寄り駅が此処。
野毛はいいねェ、実にいい。
インバウンドがほとんどおらず、
GHQの配下を脱して独立国に復帰した気分。
思う存分歩き回った。

バッタリ遭遇したのが
酒呑んで飯食って蛙之介 野毛店」。
溝の口店でのみとも・Fチャンと飲んだのは
もう5年も前のこと。
短い期間、上野にもあったが
水が合わなかったのか
ほどなく閉店の憂き目を見ている。

溝の口では大盤振る舞いで
スタッフのほぼ全員とグラスを重ねた。
あのとき食べた ”たません” と
山わさび巻きが気に召したことを覚えている。

ドライの中ジョッキを所望した。
2軒の中華のあとなので何も欲しくないが
たませんだけは通す。
ハムエッグをソースせんべいで挟んだものは
アイデアの勝利を地でゆく傑作メニューだ。
家庭でも簡単に出来そうなので
駄菓子屋でソースせんべいが手に入ったら
今度、作ってみよう。

接客のまゆチャンがいい娘(こ)、好感度高し。
壁に「同盟割り」の貼り紙を見とめ、
「同盟割りって何よ?」ー彼女に訊いてみた。
「あっ、あれはですネ。
 スタッフとお客様のお名前が同じだと、
 お会計が値引かれるサービスなんです」
「へえ~ッ、そんなのあるんだ。
 あっ、ボクの名前ははまゆっていうんだけど」
「えっ、ウソだネ、身分証の提示お願いします」
「ハハハ、ウソじゃないヨ、冗談だヨ。
 まっ、まゆだけにマユ唾だけどな」
「アハ、アハハハ!」

フレッシュ・ライムサワーに移行したあと、
再び中ジョッキに戻して計3杯。
会計は1800円也。
滞空時間はおよそ1時間。
まゆの肩をポンポンとたたき、
これから東京に ”蛙之介" であります。

酒呑んで飯食って蛙之介 野毛店」
 神奈川県横浜市中区宮川町3-71
 045-315-5541

2024年5月6日月曜日

第3529話 ハマの弘明寺 中華のはしご

GWさなかの一日。
横浜の先の弘明寺に行きたくなった。
10年ぶりである。

弘明寺観音は瑞應山蓮華院と号し、
1300年の歴史を有する横浜市内最古の寺院だ。
その門前に開けたこの町には
京浜急行と横浜市営地下鉄が乗り入れている。

寺は京急の駅から下ってゆく坂のふもと。
其処から観音商店街が一直線に走っている。
商店街が尽きたところに地下鉄駅があり、
非常にわかりやすい町の造りとなった。

東海道線を横浜で市営地下鉄に乗り換え、到着。
時刻は12時、町中華「まさき亭」に入店。
キリンの地元にドライがあり、すかさずお願い。
何軒かはしごするため、注文は軽いもの限定だ。
うずら玉子の醤油漬けは6粒あった。

壁に”新発売 山の酒盗” というのを見つけた。
味付たけのこ姫皮のことである。
これもお願い。
桃屋の穂先メンマ、やわらぎに似ていた。

そうしておいてミニラーメンで締める。
細打ちちぢれ麺に支那そば風の優しいスープ。
具材は肩ロースチャーシューの厚いのが1枚に
シナチク・ナルト・焼き海苔、好きなタイプだ。

店主はテキパキと仕事をこなしつつ、感じも好い。 
接客の女性はアルバイトと思われるが
こちらも如才がない。
会計は1300円、破格であった。

弘明寺かんのん通りを歩む。
大岡川の手前に懐かしい「廣州亭」の寂れた姿。
10年前は此処でシウマイとサンマーメンを食べた。
川を渡ってなおも進み、弘明寺観音の門前に
前回は臨時休業でフラれた「天華」が営業中。
10年の時を超えて入店がかなった。

時刻は13時、先客はゼロ。
さすがに此処はキリンラガーのみ。
前回、深川の森下で飲んだときは
ずいぶんまろやかになっていた。
所望すると、昔と変わらぬ重い飲み口。
東京と神奈川では仕様が違うのかな?
仕方なく飲み続けた。

お願いしたのは自家製シウマイ。
5カン付けでやって来たが、ちと頼りない。
豚挽き肉と青ねぎ入りなんだけれど
つなぎが多過ぎて粉っぽさを感じる。

4人掛け5卓の店内にポツンと独りは侘しい。
ひび割れした三和土(たたき)、
というか、コンクリの床が余計に侘しい。
帰る頃に3人組が来店し、続いて2人組もー。
何となくホッとした。

料理をのぞいてみたくって
彼らの注文品が出揃うまでジッと待ってた。
ドリフの加トちゃんに見られたら
「アンタもヒマねェ!」
言われること必至なりけり。

「まさき亭」
 神奈川県横浜市南区通町4-112
 045-721-8106
 
「天華」
 神奈川県横浜市南区弘明寺町259
 045-741-2276

2024年5月3日金曜日

第3528話 昼は鯛 夜は穴子が 売切れて (その2)

真鯛の売切れにより、
めぬけに逃れたものの、不発に終わった。
いったん帰宅し、夕刻にまた出掛ける。
行く先は墨田区最大の繁華街・錦糸町だ。

Zooとも・白鶴と喫茶店で逢った。
喫茶と言っても
おチャの代わりにおチャケを飲む。
柿ピーをつまみにビールだけだけどネ。
「ニット」は古く良かりし昭和の喫茶である。
食事メニュー豊富にして
女性にはパフェやホットケーキの人気が高い。

しばし互いの近況を語り合ったのち、
帰宅の途に着く鶴をバス停まで送り、
「それじゃ、またネ」と手を振った。
J.C.にはこのあと、狙い定めた店がある。
駅そばの「丸清寿司」に向かった。

久々の鮨屋だが実はここ数年、
あまり鮨屋に行かなくなった理由がある。
いくつかあり、いい機会だから列挙してみよう。

① 生モノ中心に魚介を食べ続けるのがツラい
② 生わさびを驚くほど使うため、
  店に嫌がられるし、他客の手前も体裁悪し
③ 白身は昆布〆、赤身はづけ、青背は酢〆、
  穴子・はまぐりは煮る技術を自分で習得
④ 年々、江戸前シゴトを施す店が減り、
  鮨種の鮮度ばかりに偏重しがち
 
ザッとこんなところであります。
一時は週に3回も通った鮨屋なんだがねェ。

「丸清寿司」に惹かれたのは数週前、
店先の品書きに穴子の刺身を見とめたため。
ほかにも穴子にぎり三点盛りと称して
生・炙り・煮の盛合わせがある。

韓国の釜山で出逢って以来、
穴子刺しには目が無いのだ。
生の姐御(アネゴ)もけっこうだが
生の穴子(アナゴ)はもっと好き。

つけ場に立つのは八十路の親方と
還暦前後と思しき二番手である。
面立ちが似ているから親子だろうかー。
「穴子刺しお願いします」
「あっ、穴子が売切れちゃってー」
ガッビ~ン! こんなのあり~ッ?
昼は鯛、夜は穴子に蹴飛ばされちまった。

スーパードライがスーパー苦い。
結局は薬局、つまんだにぎりは
小肌・さば・すみいか・しゃこ・赤身、
そして穴子を1カンづつ。
さすがに鮨種の穴子はあり、
全体的に水準は高いものがあった。

20年以上も前に仙台の国分町で飲んだ、
宮城県川崎町の銘酒、伯楽星を1杯飲りながら
「穴子刺しは電話予約しなきゃダメですか?」
「いえ、いえ、今日はたまたまなんですヨ」
「じゃ、近いうちにウラを返しますネ」
「すみませんねェ」
お勘定は3300円でした。
昭和の鮨屋、錦糸町にあり。

「ニット」
 東京都墨田区江東橋4-26-12
 03-3631-3884

「丸清寿司」
 東京都墨田区江東橋4-29-1
 03-3634-7935

2024年5月2日木曜日

第3527話 昼は鯛 夜は穴子が 売切れて (その1)

東京メトロ丸ノ内線を茗荷谷で降りた。
真鯛の刺身が食べたくなったものでネ。
候補店は3つあった。

銀座「竹葉亭」ー鯛茶漬け
浜松町「鯛樹」ー宇和島鯛めし
茗荷谷「小石川かとう」ー鯛のごまづけ丼

初めて食べるごまづけ丼を選択。
おそらく鯛茶の鯛みたいに
ごまダレに漬けてあるんだろうが
茶漬けではない、丼めしのようだ。

地下に降りてカウンターの隅に促されたが
イの一番に云われてしまいやした。
「鯛のごまづけ丼が完売ですがよろしいですか?」
それはないぜセニョリータ!
「それを食べに来たんだけど・・・」
「すみませ~ん!」
「しょうがないなァ、じゃ、出直すネ」
「ハイ、ごめんなさい」

戻りかけつつ、チェンジ・マイ・マインド。
「やっぱり何か食べるネ」
「はい、よかったです、どうぞ」
時刻は12時15分。
手に取った品書きはかくの如し。

焼き魚定食    950円
さば味噌定食   950円
あじフライ定食  1000円
鯛のごまづけ丼  1200円
まぐろづけ丼   1200円
まぐろ刺身定食  1200円
稲庭うどんと
まぐろ中おちご飯 1300円

焼き魚のラインナップを訊くと
めぬけ西京、さば塩、あこう粕漬けの3種。
めぬけには少なからず驚いた。
深海から釣り上げられる高級魚は
水圧の変動で目玉が飛び出るので目抜け。
大好物につき、ドライ中瓶とともにお願い。

配膳された陣容は主役のほかに
マカサロニサラダ、キャベツ煮びたし、
大根葉漬け、しじみ味噌椀、白飯。
副菜はちまちませずにタップリ。
でもネ、めぬけってもっとフックラして
美味しい魚のハズなんだがなァ。
翠富士の肩透かしを食らった印象拭えず。

周りを見渡すと女性客が圧倒的ながら
若い娘は少なくキャリアウーマン風が多い。
千円を超える昼めしを食べるには
それなりの稼ぎが必要なんでしょうネ。

=つづく=

「小石川 かとう」
 東京都文京区小石川5-5-2 バンビビルB1
 03-3943-0145

2024年5月1日水曜日

第3526話 馬喰町の南インド料理店

中央区・日本橋馬喰町でランチ。
北隣りの台東区・柳橋に棲んでいた頃は
ちょくちょく出没した馬喰町ながら
最近はトンとご無沙汰である。

馬喰(ばくろう)というのは江戸の昔から
牛馬を売買したり、周旋する人たちのこと。
牛馬の値踏みをしたり、
ときには治療までしたという。

もともとは博労町だったところ、
17世紀半ば、正保年間に馬喰町に改称された。
以来、隣接する横山町とともに
問屋街として発展し、現代に至っている。

15年前、夜に一度だけ利用した南インド料理店、
「ダクシン」を久方ぶりに訪問。
1階は喫煙可とあって2階に上がる。
殺風景な1階と違い、2階はログハウス風だ。

ドライの中瓶を通してメニューの吟味。
本日のカレー、南インド定食、
ダクシン・スペシャルなどの中から
ドーサランチ(1250円)をお願いした。

ドーサというのは豆粉を焼いた一種のガレット。
円錐形をしており、
アメリカ・インディアンの移動式住居、
ティピーによく似ている。
いわゆるテントだネ。

喫茶店のウエイトレスが持つような
ステンレスのトレイに乗って登場した。
3種あるカレーから択んだ魚カレーはメカジキ。
ダル(スープ)は玉ねぎ・大根・茄子入り。
キャベツ・にんじん・サニーレタスのサラダには
なぜか和風の胡麻ドレッシングが掛かっていた。

残念ながらジャポニカ米のライスに
デザート代わりのつもりなのか、
甘味のほとんど無いヨーグルト。
そして主役のドーサだが
ドーサだけにこれでドウサ?とばかりドサッ。
自ずとこちらの動作も機敏になるヨ。

テントの中にはインディアンの代わりに
茹でたじゃが芋をスパイスで炒めたものが
棲み着いていた。
ドーサには付き物の副菜なのだ。

支払い時、接客のオジさんに訊ねた。
「ダクシンって何の意味ですか?」
「南インドの街、私は北ですがネ」
「カシミールとか?」
「デリーから来ました」

ネパールやスリランカの料理店は
現地の人が働くケースが多いが
南インドは北インド人で持つという。
どこまでホントか判らんけれど
そういうもんなんですな。
ちなみに千代田区・大手町にも店舗あり。

「DAKSHIN 東日本橋店」
 東京都中央区日本橋馬喰町1-12-1
 03-3249-9155