2012年7月11日水曜日

第357話 ふぐの白子と天然うなぎ (その1)

日本が暗黒の時代に突き進み、
帝国陸軍によるクーデター、
二・二六事件が勃発した1936年。
浮世離れした文人・永井荷風は
足繁く陋巷・玉の井に通っていた。
その結果、生み出されたのが「濹東綺譚」である。

かつての東武伊勢崎線・玉の井駅は現在、
東向島などと味も素っ気もない駅名を
おっかぶされてはいるが
わが愛しの陋巷であることに変わりはない。
いや、陋巷では住人に失礼だろう。
哀愁がそこはかとなく漂い、趣きにあふれた町だもの。

荷風もたびたび訪れた向島百花園のすぐそばに
界隈随一の鮨店「うを徳」がある。
この夜が二度目の訪問だった。
靴を脱いで掘りごたつ式のつけ台に着く。
京都は先斗町辺りのお茶屋さんに似たスタイルだ。

冷たいビールでのどの渇きを鎮め、
さっそく開始した箸の上げ下げである。
こちらが何も言わないうちに
親方が指した初手は大胆にもふぐの白子だった。
ふぐはふぐでも胡麻ふぐの白子焼き

虎と胡麻では刺身にしたら比べるべくもないが
白子の場合は大差ない。
それでいて値段のほうは雲泥というから
胡麻の白子を食べにゃあ、損、ソン。

お次は煽りいか刺し。
墨いかの季節が終わり、その赤ちゃんの新いかが
出回る晩夏までは煽りいかが天下を取ることとなる。

珍しや、大名竹が焼き上がった。
台湾原産の唐竹のことで産地は主に九州。
生食でもイケる繊細な味覚

本場・駿河湾産の桜海老はかき揚げで来た。
つぶらな瞳に恋しちゃう

実はJ.C.、天ぷらなら才巻きより桜が好み。
桜海老と新玉ねぎのかき揚げは全天種中、
マイ・ベストワンと言い切ってよい。

うなぎ中骨の素揚げとみょうがの甘酢漬けをはさみ、
まながつおの西京焼きが運ばれた。

上方で西京焼きといったら第一にコレ

ニューヨークやパリでも珍重されるまながつおは
ポンパノ、あるいはポンフリットなんぞと呼ばれている。

にぎりに移行する直前、最後のつまみは天然うなぎ。
宍道湖産の傑物がこれである。
                                               久しぶりだぜ天然野郎
先刻の中骨もコヤツのものだ。
わがままを言って白焼きでも蒲焼きでもない、
醤油つけ焼きにしてもらった。
フフッ、不味いわけなどありゃしません。

=つづく=