2016年3月11日金曜日

第1314話 小津の愛したダイヤ菊 (その8)

久保田早紀の「異邦人」である。
彼女の才能に瞠目したのは2番の歌詞であった。

 ♪   市場へ行く人の波に
   身体を預け
   石だたみの街角を
   ゆらゆらとさまよう
   祈りの声 ひずめの音
   歌うようなざわめき
   私を置きざりに
   過ぎてゆく白い朝  ♪

殊に赤字部分はまさしくイスラムで
本当はまっことアラブ的と評したいところなれど、
久保田早紀に影響を与えたのはイランの音楽だから
ペルシャ的と表現せずばなるまい。

J.C.が初めてアラブ圏に足を踏み入れたのは1973年のカイロ。
その後、1984年にはパキスタンのカラチと
トルコのイスタンブールを訪れた。

  祈りの声 ひずめの音
  歌うようなざわめき

イランのテヘランがそうであったように
カイロもカラチもイスタンブールもまさしくであった。

脇道から本題に戻る。
鳥や雲や夢までも子供たちがつかもうとしたごとく、
ニュー新橋ビルの居酒屋群は両手をひろげて
われわれを迎えようとしていた。

ザッと一めぐりして1軒の店先に足がとまる。
ん? う~ん、どことなくデジャヴュ。
立派な欄間看板には「酒蔵 ダイヤ菊」とあった。
・・・ ・・・
ゥワッ!
十数年の時を経て記憶がよみがえり、思わず発した叫び声。
忘れもしないムック「いま、小津安二郎」で紹介された、
あの「酒蔵 ダイヤ菊」だったのだ。

折よく奥から女将が姿を現し、われわれを店内へと誘(いざな)う。
これじゃ断り切れないよねェ。
ってゆうかァ、心の中では決めていた。
むろんのこと、相方に異存があるはずもない。

店内は右手にカウンター、左手にテーブル席のレイアウト。
左奥に隠れスポット的な1卓があった。
世間をはばかる関係ではないにせよ、
一応そこに身を落ち着けてみる。
おっと! 壁には小津の大きなポスターときたもんだ!

=つづく=