2017年9月26日火曜日

第1708話 京王線に乗って (その2)

有楽町の免税店で働いたのは1975年の秋から2年間。
ある日の午後、一人の外国人少女が店に現れた。
ベルギー人の彼女は日本の音楽に興味があって
何か日本のレコードを1枚買いたいと言う。
免税店にレコードはないから
ちょうどヒマな時間帯だったこともあり、
レコードショップに案内した。

日本に入国してからまだ数日の彼女に
流行りの曲など判るわけもなく
すすめて買わせたのが内藤やす子の「想い出ぼろぼろ」。
阿木燿子&宇崎竜童の夫婦コンビによる名曲は
気に入りだったからネ。

たったそれだけの出会いだったが
新仲見世で遭遇したとき、互いに見覚えがあった。
どこで習ったのか、ずいぶん上手になっていたから
交わした会話はすべて日本語。

「今、何処に棲んでるの、浅草?」
「タカハタフドー」
「エッ?」
「たかはたふどうヨ」
「ああ、高幡不動ネ」

このやりとりが頭の片隅に残っていた。
今の世なら携帯の番号なり、
メルアドなりを交換するのだろうが
当時、そんなものはありゃしない。
以来、名も知らぬ彼女と再び逢うことはなかった。

てなこって40年前のタカハタフドーが今によみがえる。
われながら面倒臭がり屋のわりに
フットワークは悪くない。
さっそく数日後、京王線に乗って新宿駅を出発。
予定としては参詣後、参道の店で一憩し、
夜は布田か調布で一酌に及ぶというものだ。

比較的空いている車内の座席に腰掛け、
心なしかウキウキ感を覚えていた。
知らない土地を訪ねること。
その地で飲んだり食べたりすること。
そして機会に恵まれれば、見知らぬ人と語らうこと。
人生のささやかな楽しみ、かようなところにありけり。

特急電車で新宿から約30分。
南口を出ると目の前に参道入口が見える。
横浜中華街では玄武門やら朱雀門やら
10箇所に及んで門を見ることができるが
あのスタイルを簡素にしたゲートが入口にある。
案内図によれば、数分で不動堂に到達するハズ。
秋晴れの下、意気揚々と歩いて行った。

=つづく=