2017年12月29日金曜日

第1776話 聖蹟で鶏皮を (その2)

邱さんコラムの「食べる歓び」を引き継ぐカタチで
綴り始めた「生きる歓び」も7年弱の歳月を要して
第1776話を迎えることができました。
1776年、アメリカ合衆国独立の年号を想起させますな。

それはそれとして聖蹟桜が丘の「神鶏」である。
自慢の鶏皮を食したところだ。
そこそこ旨いが感慨は浅い。
そんなに何度も火入れしなくていいんじゃないか・・・
率直な思いである。

ただ、ほかの部位が200円近くするのに皮は1本99円と破格。
豪の者はまとめて5本、10本と注文するそうだ。
鶏の皮は脂肪&コラーゲンが豊富だから
男性の活力、女性の美容に効果てきめんであろう。

2本の鶏皮をやっつけた頃、ほかの全ての串が焼き上がった。
ハツは最も好きな部位の一つ。
ハツモトなんかもっと好きだが
ともに味というより食感がすばらしい。

ここで突き出しのうず玉入りおろしを一つまみ。
舌先を整えたわけだが
おろしはタレものより塩ものによく合う。
おでんやふろふきの場合は
砂糖や味醂の甘みとマッチする大根も
おろしだけはダメなのだ。

心残りはホルモンというより他店のハラミに近い。
あばら骨の周りの横隔膜で
これまた味ではなく食感が楽しめる。
クニュクニュの噛み心地が口内にシアワセを運んでくれる。

ホッピーの中(焼酎)をお替わりした。
外は250円、中は200円である。
後客のオッサンが頼んだ生ビールの中ジョッキに
チラリ視線を動かすと容量がずいぶん小さい。
串モノは比較的大ぶりなのに飲み物は少なめだ。

近頃はこういった居酒屋や酒場が目立つ。
フード系の値付けは安めに設定し、
ドリンクで儲けようというスタイル。
べつに非難されるべきではないがネ。

2杯目のホッピーでレバーを楽しみ、
さて、何か1品いきたいな。
白レバーたたき(680円)に惹かれるな。
いや、待て、待て、
帰り道にどこかで途中下車して、もう1軒行っとこう。
ターゲットを千歳烏山に絞った。

そんなつもりで乗り込んだ急行だか準急だったが
ありゃりゃ、千歳烏山を通過して明大前まで来ちゃったヨ。
やる気なくして新宿の京王デパートは地下食品売り場。
適当な刺身と惣菜を購入し、
ゴーイング・ホームの巻でありました。

本年もご愛読いただき、ありがとうございました。
どうぞ、よい新年を!

「神鶏」
 東京都多摩市関戸1-10-1
 042-311-7030

2017年12月28日木曜日

第1775話 聖蹟で鶏皮を (その1)

数ヶ月前に初めて訪れた高幡不動。
ヒョンなキッカケで向こう一年ほどの間、
月一のペースで出向くことに相成った。
いわゆる同好の士の集まりである。

よって帰り際には京王線沿線のどこかで
軽く1~2杯の機会に恵まれるわけだ。
J.C.以外はみな、
徒歩かチャリンコ圏内メンバーにつき、
沿線で途中下車の独酌は致し方ない。

そんなこって前回の寄り合いのあと、
寄り道したのは聖蹟桜が丘。
初めて降り立つ駅である。
”聖蹟”を冠するのは
かつて天皇陛下が行幸に及んだことを意味する。
はたして明治天皇のお狩場が近くにあった由。
でもねェ、そのたんびに聖蹟を名乗られたひにゃ、
日本全国、聖蹟だらけになっちまうヨ。

駅近くに鶏皮の串焼きをウリとする、
焼き鳥屋があると聞き及んでいたので
周辺の散策を打っちゃって直行した。
店は徒歩数分の距離、京王線の高架下にあった。
その名を「神鶏」という。
へえ~っ、神でっか!

15時半に入店すると先客はゼロ。
1時間弱の滞在だったが
後客もオッサンが一人現れただけだった。
まあ、時間が時間だけにこんなものだろう。
スタッフは20代と思しきアンちゃんが二人。
一人が焼き手、もう一人は飲み物&接客担当だ。

残念なことにビールはプレモルの生だけである。
天の代わりに天井を仰いだものの、
精神的立ち直りは早い。
間髪入れずにホッピーの白を所望した。
突き出しはうずらの玉子をポチッと落とした大根おろし。
そのまま箸休めにしてもいいし、串焼きに絡めてもいい。

焼き鳥の注文は推奨品の鶏皮を思い切って2本。
この鶏皮、品書きには博多名物とあった。
加えてハツと心残りを塩、レバーをタレでそれぞれ1本づつ。
心残りとはハツ(心臓)のそばのホルモンとのことだ。
鶏皮は二日かけて何度も焼き直しするらしい。
その手間によって絶妙な食感を生むんだそうだ。

最初に到着したソレをパクリ。
旨いか不味いか問われたら、旨いと応えるけれど、
それほどの美味というのでもない。
ちょいと拍子抜けしたというのが偽らざる感想であった。

=つづく=

2017年12月27日水曜日

第1774話 祝・55周年の洋食屋 (その2)

板橋の田園調布、ときわ台の「キッチンときわ」。
お願いしたカキフライを待つ間、
常連・老夫婦のテーブルを盗み見している。
いや、盗むつもりはないが丸見えなのである。
 
二人で餃子2皿、肉野菜炒め、酢豚、ライス2皿。
ビールも頼まず、お茶だけで
ひたすらの夕食が今まさに始まろうとしていた。
 
だけどさァ、みんな中華モンじゃないの。
キッチンを名乗りながらも
ここは中華が一推しなんだろうか。
ハナからカキフライと決めていたから後悔はないけれど、
あらためて壁に貼りめぐらされた、
品短(品書きの短冊)を見上げる。
 
ちょいと紹介してみよう。
餃子と肉野菜炒めは各450円、酢豚定食が850円だ。
中華はほかに麻婆豆腐とチャーハン。
ラーメンはないが焼きそば&つけめんはある。
そうだよねェ、ラーメンはスープの仕込みが厄介だもんなァ。
 
どんぶりモノにうな玉丼があった。
うな丼、あるいはうな重は見当たらない。
700円の玉丼がどんぶりでは一番安い。
おっと、開花丼かァ・・・こりゃ今どき珍しいな。
 
じっくり眺めてみて、やはり洋食が主流だ。
特に揚げ物がズラリと並んでいる。
ヒレカツ・ロースカツ・海老フライ・鮭フライ・平目フライ・
キスフライ・アジフライ・イカフライ・・・
ややっ、わかさぎフライまであるじゃないか!
 
実は今朝がた、当店ではカキフライにしようか、
それとも平目フライにしようか、ずいぶん悩んだのだった。
今や東京のほとんどの洋食店から姿を消した平目フライ。
一昔前まではたとえあっても安価なオヒョウのフライだった。
そのオヒョウですらトンとお目に掛からなくなった。
しかもライス付きで800円とカキの850円を下回る。
信用しないワケじゃないが見送りを決め込んだ次第なり。
 
カキフライは5カン付けで現れた。
付合わせはマカロニサラダ・きゅうり・トマト・キャベツ。
そこにタルタルソースとレモンスライスが添えられている。
やや小ぶりのカキは細かいパン粉をまとって
カリッと揚げられており、中は半生状態。
及第点はあげられるが
やはり連荘の揚げ物はけしてOKではなかった。
 
朝起きたときにはじゅうぶんイケると思ったけれど、
それは結局、机上の空論、
もとい、食う論に過ぎなかったのだ。
現実を甘く見ちゃあイケない。
自戒しながら帰途に着いたのでした。
 
「キッチンときわ」
 東京都板橋区常盤台2-6-1
 03-3967-7230

2017年12月26日火曜日

第1773話 祝・55周年の洋食屋 (その1)

東武東上線・ときわ台。
沿線きっての高級住宅街が背後に拡がるため、
板橋の田園調布とも呼ばれている。
わが母校、上板橋一中の最寄り駅はここである。
今も昔もいたって庶民的な中学校だがネ。

入店したのは「キッチンときわ」。
下町を中心に散在する「ときわ食堂」とは
ゆかりがないものと思われる。
当店はこの11月に創業55周年を迎えたばかり。
ご同慶のいたりなり。

先客は1組の老夫婦のみ。
常連さんなのだろう、
傍らにシェフが立ってハナシに花が咲いている。
フロアの接客はママさんまかせ。
姿は見えないが厨房に息子さんがいるようだ。

聞くともなしに聞こえてくる会話から
店主は齢90歳を迎えたとのこと。
脚が弱って歩行がままならず、
殊に革靴は重たくてムリだという。
体力も衰え、握力が20以下で
調理に支障を来たしているという。

ビールを運んできたママがお酌までしてくれた。
先刻の日本酒の酔いも醒めて
冷たいビールが極上ののど越し。
たまりませんなァ。
サービスのお通しは可愛い甘らっきょが2粒。
意表を衝かれたが、これはこれでいい。

オーダーしたのはこの日の朝から決めていたカキフライ。
「住友」では魚介の天ぷら、
「ときわ」ではカキフライと連荘の揚げ物である。
唐揚げとトンカツは厳しくともシーフード同士ならOKだ。

らっきょをポリポリ、ビールをグビグビやっていると、
老夫婦の注文品が整い始めた。
「ほら、アナタが話しかけるから〇〇サン、
 煙草吸えないじゃないの」
ママに諭されてシェフはキッチンに消えた。
〇〇サンは目の前の餃子に箸をつけることもなく、
店外の喫煙スポットへ。

ふ~ん、常連は餃子かいな?
それも2皿の二人前である。
一服し終えた〇〇サンが戻ったときには
肉野菜炒めが到着。
彼らの席がJ.C.の斜め右前につき、
状況は手に取るように判る。
なっ、なんだ! 今度は酢豚がやって来た!

=つづく=

2017年12月25日月曜日

第1772話 環七をバスは行く (その2)

高円寺発―赤羽行のバスに揺られていた。
幹線道路だから、かなりの速度でバスは行く。
停留所の間隔もかなり空いている。
降車するのは中板橋駅入口と決めていた。

暮れなずむ街並みが窓外を走り去ってゆく。
ぼんやりと眺めているうちに眠くなってきた。
高清水と菊正宗が効いてきたらしい。
まことにけっこうな心持ちである。
「次は大和町に停まります!」―
車内アナウンスに居眠りを妨げられた。

大和町だって?
さっき大和陸橋を渡ったはずだが
寝過ごして高円寺に戻っちまったんかい?
まさかとは思ったものの、やっちまった感にとらわれる。

何のこたあない、ここは板橋区・大和町であった。
大和から大和かい?
しっかたあんめェ、ここは大和の国だかんネ。
なんて呑気なことは言ってられない。
すでに中板橋駅入口を二つも乗り越してるじゃないの。

あわてて飛び降りて環七を歩いて戻る。
一本道だから迷うことはない。
しかしながら、ここでスケベ根性が頭をもたげた。
だいたいの土地カンはあるから路地を抜けて近道を行こう。
急がば回れの逆バージョンである。

大和町とはいうものの、電信柱の番地は本町だった。
しばらくして清水町に入った。
数年前に清水稲荷を通りすがった記憶がある。
目指す東武東上線・ときわ台駅前へは
まだずいぶん距離があるぜ。

中山道に出ると目の前に交番があった。
せっかくだから近道を訊いてみようかの。
”パトロール中”の立て札出して
留守中の交番が多いなか、ここは違った。
驚くなかれ、お巡りさんが3人も駐在していたんだ。
年配の巡査長が着席、ほかの二人は立っていた。
中へ入ったら一番若いのなんか敬礼までしてくれやんの。
いえ、べつに返礼はしなかったけどネ。

結局は薬局、環七へ戻って真っ直ぐ行けというのがオススメ。
そうじゃなくって近道を教えてチョーライ!なんて言えんもん。
素直に丁寧にお礼を述べて環七へは戻らず、再び裏道へ。
あっちフラフラ、こっちフラフラ、
小さな商店街を見つけるたびに浮気の寄り道をするもんだから
延々1時間も歩いて、やっとときわ台に到着した。
いいんだもん、腹ごなしにはちょうどいいんだヨ。
自分で自分を納得させ、目当ての洋食屋に入店の巻である。

=つづく=

2017年12月22日金曜日

第1771話 環七をバスは行く (その1)

中野区・中野の「天ぷら 住友」で一飲したあと、
杉並区・高円寺へ向かって早稲田通りを行く。
歩き始めてすぐ、立派な建物の東京警察病院に遭遇。
あれっ、ここには警視庁警察学校があったハズだけど―。

帰宅後、調べてみたら学校の跡地に
千代田区・富士見から病院が移転していた。
ふ~ん、お巡りさんは何かあったとき、
近代的な病院で治療を受けられるんだねェ。

それはそれとしてこの場所は
警視庁警察学校ができる以前に
陸軍中野学校が在ったところである。
名優・市川雷蔵の主演映画では
数少ない現代劇シリーズが思い出される。
現代といっても戦時中のハナシだけどネ。

早稲田通りをそのまま15分ほど歩いて
環状七号線(東京都都道318号)を横切った。
ラジオの交通情報でよく耳にする、
大和陸橋の真下である。

そうして高円寺に到着。
この町には大好きな町中華「七面鳥」があるが
今回は立ち寄らない。
いや、正直に白状すれば、
チラリと脳裏をかすめたものの、
当日は訪れる予定の洋食屋があった。

「七面鳥」でビール1本と行きたい心持ちなれど、
あそこで酒を頼むと
サービスのつまみが何品か出てきて
完食すれば胃にこたえるし、
ほかの料理を頼まぬわけにもいかない。
ちょい飲みにははなはだ不向きな店なのだ。

高円寺駅北口ロータリーで乗り込んだのは
北区・赤羽行きのバスだった。
向かったのは板橋区・ときわ台である。
夕陽に照らされたバスは
さっきくぐったばかりの大和陸橋を走行して行く。

  ♪   真菰の葦は 風にゆれ
    落ち葉くるくる 水に舞う
    この世の秋の あわれさを
    しみじみ胸に バスは行く ♪
      (作詞:萩原四朗)

裕次郎とルリ子がデュエッた、
「夕陽の丘」の3番を口ずさむ。
西空を見やれば、落ちる夕陽が目に痛い。

=つづく=

2017年12月21日木曜日

第1770話 ブロードウェイの天ぷら屋 (その3)

「住友」で穴子の天ぷらをいただいたところ。
昼下がりの高清水を飲りながら
ネクストのメゴチを待っている。
シアワセなひとときであった。

品書きに2~3匹とあったメゴチは小さいのが3匹できた。
江戸前天ぷらを代表する魚種、
キスやメゴチは大ぶりのほうが旨みが強くて好き、
そういう向きが多いなか、J.C.は小ぶり派なのだ。
3匹のメゴチを見つめながら、こいつはラッキーだと独り、
文字通りゴチていた。

うん、うん、美味い、旨い。
まず2匹を塩、残った1匹を天つゆで楽しむ。
キスとは異なり、やや硬さの気になる尻尾もすべて完食。
海老やサカナの尾を残す人の気が知れないネ。

清酒を菊正宗の常温に替える。
やはりこのほうが好みだ。
何たって子どもの頃からなれ親しんでいるからネ。
いえ、正月とか誕生日とか、特別な日だけですがな。

穴子1尾にメゴチ3尾、もう1種いっときたい。
選んだのはアジでなく、イワシでなく、ましてや海老でもなく
今が旬のハゼである。
ほかの魚種は通年出回っていても
ハゼばかりはそうはいかない。
サカナに限らず、季節感を運んでくれる食材はうれしい。

2匹付けとメニューにあったハゼは3匹登場した。
菜箸で盛付けながら若旦那が再び一言。
「今の時期は小さいので3匹揚げました」
いいですねェ、ありがたいですねェ。

ハゼのトリオはメゴチ同様に
初めの2匹は塩、最後の1尾は天つゆでやった。
う~ん、天つゆのほうがいいかな。
当店のつゆには少量の大根おろしとおろし生姜が
ハナから投入されている。

ハゼの身は穴子以上にホックリしていた。
骨に硬さがないから尾まで美味しくいただける。
そして本日のベストがこの小ハゼたちであった。
中瓶1本、お銚子2本、サカナ3種、お代は締めて2760円也。
どんぶりは食べなかったが満足のランチ兼一酌といえる。

中野ブロードウェイをあとにして早稲田通りを西下する。
向かったのは隣り町の高円寺である。
高円寺で一飲に及ぶのではないが
一つの心づもりがあったのだ。

=おしまい=

「天ぷら 住友」
 東京都中野区中野5-52-15
 03-3386-1546

2017年12月20日水曜日

第1769話 ブロードウェイの天ぷら屋(その2)

中野北口にあるショッピングモールのブロードウェイ。
その2階の「住友」にいる。
イカゲソのサッと煮でビールを飲み終えた。
穴子の天ぷらをお願いしておいて日本酒を選ぶ。

おやっ、世にも珍しい京正宗があるじゃないか!
未飲の銘柄ながら
以前、何かで新撰組が愛好した酒だと読んだ。
これは新撰な、じゃなかった、新鮮な出会いである。

歓びに満ちて
「すみません、『京正宗』ありますか?」
若女将即答して
「ありません」
ガ~ン!
フォローした若旦那曰く、
「蔵元がつぶれちゃったもんですから・・・」
それじゃ仕方ないやネ。

でもなァ。
旦那いない、女将いない、甘海老ない、京正宗ない。
ナイナイづくしでありました。
ナインティナインじゃないんだからさァ、まったく!

そうして所望したのは高清水の常温。
秋田の酒である。
あちこちで見かける銘柄だからメガ酒造なのだろう。
普段は菊正宗の樽酒を飲むことが多いから
ちょいとばかりサラリとし過ぎているキライがあった。

熱い穴子は天つゆでいただいた。
これは一本揚げで430円。
海老やキスに使うことはまずないが
穴子には天つゆが一番合うように思う。
それか大根おろしに生醤油がよい。

うむ、これはまぎれもない真穴子だネ。
ホックリと上々ながら
この店の天ぷらはコロモに花を咲かせないタイプ。
どちらかといえば、天丼向きなのだ。

お次はメゴチをお願い。
江戸前天ぷらに必須の小魚類は一律390円だ。
品書きには
メゴチ―2~3匹
ハゼ―2匹
アジ―2つ
イワシ―2つ
とあった。

=つづく=

2017年12月19日火曜日

第1768話 ブロードウェイの天ぷら屋 (その1)

やって来たのはJR中野駅。
ただし利用した交通機関は
乗り入れている東京メトロ・東西線である。
ガラケーを開くと時刻は14時半だった。
もうこんな時間かァ、腹が減るわけだ。

北口を出てサンモールを直進。
芋の子を洗うが如くの人混みである。
それも駅に向かって南下する人々が圧倒的に優勢。
逆行する北上組は歩きにくいことこのうえない。

突き当りのブロードウェイに入館する。
目指すは2階にある天ぷら店「住友」だ。
うっかりしてエスカレーターに乗ると3階に直通してしまう。
よって階段を上るが、よおく考えてみれば、
3階から階段を下ったほうが足腰はラクだ。
それでも若々しい(?)肉体を保持する身.は上りチョーOK。
足取りも軽く2段歩きで2階へ。

アイドルタイムだというのに店内は5割超えの入りである。
館内では人気の1軒なのだ。
懐かしい空間に気分を和ませつつ、カウンターに陣を取った。
大手の銘柄を取り揃えた中から好みのアサヒをお願いする。

あれっ!
店主の姿が見えない。
息子さんが揚げ場に立っている。
女将さんの姿も見えない。
息子の嫁さんだろうか、貫禄がなさすぎて
若女将とは呼びにくい女性が接客を担当している。
老夫婦は引退したのかもしれない。
でも、こういうのって気安く訊きにくいのよねェ。
よって未だに消息は定かでない。

天ぷらを揚げてもらう前に何か軽いつまみをいただこう。
品書きに甘海老刺身があった。
魚介類の豊富な店ではまず頼まない甘海老だが
当店の当日の刺身はこれしかなかった。
ところが売切れだという。
売切れではなく、仕入れナシであろうヨ。

代わりに所望したのはイカゲソ煮だ。
これが何と150円。
いくら何でも安過ぎるんじゃないの?
ほとんど儲けがないだろうに―。

10分ほどかかって運ばれた煮付けは
サッと煮立てた出来立てのホヤホヤである。
甘みを抑えた大人の味だった。
こりゃあ、いいや!

=つづく=


2017年12月18日月曜日

第1767話 牡蠣と鰯と鹿肉と (その4)

大田区・大森の「イタリアニタ」の止まり木に
二羽の雀が止まっている。
主菜の鹿肉ステーキを待っていた。
鹿肉・・・、肉食禁止令をかいくぐる隠語は紅葉もみじ)。
英語ではヴェニスン、仏語ならシェヴルイユ、
当店はオステリアにつき、チェルヴォである。

到着した皿には適度な脂身を備えたステーキが1枚。
付合わせの鮮やかな黄色は安納芋のマッシュだ。
はは~ん、これはポレンタに見立てたな・・・。
ピンときて接客のオニイさんに訊ねると
「おっしゃる通りです」―
予想通りの応えが返ってきた。

安納芋が種子島特産の甘みの強いさつま芋なら
ポレンタは北イタリアで好まれるコーンミール、
いわゆるとうもろこし粉である。
ふ~む、代用品としてはグッド・アイデアじゃないか。

安納芋もさることながら
肝心のチェルヴォが相当の美味。
めったに出会えぬ鹿の脂身が
その効力をじゅうぶんに発揮している。

ワインを店主オススメのフラッパートに切り替えた。
シチリア島で修業を積んだ彼は
どうしてもシチリアのワインを飲んでほしいとみえる。
「だからさァ、ネロ・ダーヴォラは不得手なのっ!」―
再びその旨伝えると
「いえ、いえ、これはネッビオーロに近い品種なんですヨ」―
ゆずる気配はまったくない。
そこまで言うならと試してみたら
ホントに軽いキレ味が小気味よかった。

パンをお替わりしたせいか、
お腹がふくれてしまい、締めのパスタはパス。
8千円ほどの支払いを済ませて夜の町に出る。
行く先はまたもや山王小路飲食店街、
人呼んで地獄谷である。

このエリア最古のスナックといわれる「T」の扉を開けると、
70代だろうか? 
和服を小粋に着こなしたママがニッコリお出迎え。
ビールを飲みながらしばし昔話を伺う。
頃合いを見計らい、彼女に歌をリクエストすると、
島倉千代子の「鳳仙花」、美空ひばりの「悲しき口笛」、
2曲披露してくれた。

最後にママと「夕陽の丘」(石原裕次郎&浅丘ルリ子)を
デュエットして店を出たのが23時半。
大森に来たら必ず立ち寄る地獄谷になってしまった。
それにしても相方のスナック好きには困ったものよのう。

=おしまい=

「イタリアニタ」
 東京都大田区大森北1-7-1
 03-3762-3239

2017年12月15日金曜日

第1766話 牡蠣と鰯と鹿肉と (その3)

  ♪   昼間のうちに何度もKISSをして
    行く先をたずねるのにつかれはて
    日暮れにバスもタイヤをすりへらし
    そこで二人はネオンの字を読んだ

    ホテルはリバーサイド
    川沿いリバーサイド
    食事もリバーサイド
    Oh Oh Oh リバーサイド  ♪

         (作詞:井上陽水)

陽水の「リバーサイドホテル」は1982年7月のリリース。
だけど、この曲を広く世に知らしめるきっかけとなったのは
何と言ってもフジテレビ系列で放映されたドラマ、
「ニューヨーク恋物語」だろう。

映画俳優というよりTV俳優といったほうが通りのよい、
田村正和の代表作の一つがこのドラマであることに
疑いの余地はない。
共演陣は
岸本加代子、桜田淳子、夏桂子、五十嵐いづみ、
真田広之、柳葉敏郎といった顔ぶれで
実にユニークな取合わせ。
それにしても心に印象を灼きつけてくれた、
韓国女優の李恵淑(柳葉敏郎の恋人役)は
いったいどこへ消えたのだろう。
彼女の行く末を知りたい。

J.C.は当時、ニューヨークに滞在していた。
日本の貸しビデオ屋に赴き、
全話まとめて借りてきては
週末に読破ならぬ、観破した記憶がある。

ん?
イタリアンのつづきはどうした! ってか?
こりゃまたスンマソン。
いえネ、「イタリアニタ」にて
壁のメニューボードを見上げたとき、
”ここで二人はボードの字を読んだ”
のだったけれど、
「リバーサイドホテル」が頭の中を回り出したのでした。

ハナシを元に戻しましょう。
白羽の矢を立てた料理は鹿肉のステーキだ。
世の中はジビエの季節。
猪、あるいは雉や鳩でもあれば、
そっちにしたかもしれないが鹿が唯一のジビエ、
致し方のない選択でありました。

=つづく=

2017年12月14日木曜日

第1765話 牡蠣と鰯と鹿肉と (その2)

JR大森駅東口から徒歩1分。
ほとんど駅前、というか駅脇の「イタリアニタ」。
店名は”イタリアらしい”、”イタリアっぽい”という意味だ。
内装や雰囲気にあまりそんな感じはないけどネ。

最初の1皿に広島牡蠣のコンフィを選ぶ。
コンフィはフランスに古くから伝わる食材の保存法。
肉の脂漬け、野菜の酢漬け、果実の砂糖漬けなどだが
日本では主として肉の脂漬けを指すことが多い。
とりわけ鴨もも肉のコンフィが有名だ。

牡蠣のコンフィは中国野菜のターツァイ(搨菜)と一緒盛り。
ターツァイも炒め煮状態だが
牡蠣に合わせて冷製で供される。
両者の相性はとてもよかった。

パンはフォカッチャとバゲットが半々。
バゲットにはバターがほしいけれど、
シチリア産のオリーヴオイルが香り高く、
どちらも美味しくいただける。

牡蠣のコンフィにはパン類が必須で
これはハム・ソーセージと同じこと。
パンがなければ牡蠣の魅力も半減されてしまう。
パクパクパク、うん、美味い!

2皿目はトロ鰯のマリネ。
トロを冠するくらいだから脂のノリはかなりのものだろう。
はたして油はノッていたものの、
シツッコくはないし、鰯特有の生臭みとも無縁であった。

スペイン・バルでは、あれば必ず注文するボケロネス。
いわゆるカタクチイワシの酢漬けだが
そんなつもりで鰯のマリネをお願いしたのだった。
これには薄切り大根が添えられて
聖護院蕪の千枚漬けを連想させた。
当店のシェフは野菜の使い方に秀でている。

良質のオリーヴ油のおかげでパンがすすむ。
珍しくお替わりまでしてしまった。
ストマックのキャパを忘れた愚挙と言えなくもない。
こういうのってあとで利いてくるのよねェ。

アンティパストのお次は
パスタ類のプリモに行くのが普通なれど、
J.C.の場合は主菜のセコンドを先にする。
パスタは中華料理における麺類のような位置づけだ。
魚介が続いたので肉が食べたい。
ここで二人はボードの字を読んだ。

=つづく=

2017年12月13日水曜日

第1764話 牡蠣と鰯と鹿肉と (その1)

大田区・大森へ。
この半年で3回目の遠征になる。
まっ、そんなに遠方ではないから遠征はオーバーか。
相方は飲む・食う・歌うの”さんとも”、O戸サンである。

少し早めに着いたので駅東口をぶらぶら。
西口方面に抜けるガードのそばに
どうしても気になる中華料理店が1軒。
大森駅東口の階段を降りて右手にゆくと、
ガード下に飲食店が連なっている。

鯖専門の定食屋、行列の絶えないとんかつ屋などが
並んでおり、その先にある町中華は「喜楽」という。
10年ほど前に訪れた際、ふと思った。
ここは小学生のときに一度来たんじゃなかろうか?
もやしソバを食べたように思う。

記憶は確かでなかったけれど、
年を経るに伴い、逆に確信度が高まっている。
今ではまず間違いはないという気がするくらいだ。
近いうちに再訪してゆっくり飲食し、
頃合いを見計らって年配のスタッフにでも訊ねてみよう。

当夜のディナーは「喜楽」ととんかつ屋のあいだにある、
「オステリア・イタリアニタ」。
何度も通りすがっているものの、初見参だ。
店内は1階にカウンター、2階にテーブルといった造り。
予約の有無を問われたけれど、入れてはいなかった。

何とか入口に一番近いカウンターの端っこに座れる。
祐天寺の「かっぱ」と「立花」もそうだったが
近頃、カウンターの末席ばかりだ。
いえ、席にありつければ、
ポジションの良し悪しにはあまりこだわらないけどネ。

すでにビールは引っかけて来たので
初っ端から赤ワインにする。
グラスワインの揃えはなかなかに豊富だ。
シェフがシチリア島で修業したため、当地の銘柄が多い。

シチリアの主力セパージュ、
ネロ・ダーヴォラは重くて苦手。
その旨伝えてピエモンテ産を所望すると、
ランゲ・ネッビーロがあった。
ネッビオーロはわが最愛の品種である。
これはありがたい。

相方とグラスを合わせ、アンティパストの品定めに入る。
ボードにはそれほど個性的ではないにせよ、
それなりの料理が明記されていた。

=つづく=

2017年12月12日火曜日

第1763話 肩透かし三連発 (その6)

よしこサンが手がけた54年モノぬか床による、
新香盛合せが目の前にある。
にんじん、大根のほかに主役級がもう1種。
好物につき、これが何かはすぐにひらめいた。

そのとき他の客から声がかかった。
同じ新香を注文したものとみえる。
「女将サン、この胡瓜みたいの何だい?」
「あっ、それは隼人瓜っていうのヨ」
思った通りであった。

中南米原産の瓜は鹿児島に伝来し、
薩摩隼人の国柄から隼人瓜と命名されたという。
今からちょうど一世紀前、1917年のことで
当年の世界の一大ニュースはロシア革命であろう。

隼人瓜は歯ざわりよく、みずみずしい。
市場にはあまり出回らないが
最近では笹塚と田端の青果店で見かけた。
もちろん見かければ買い求めるJ.C.である。

大盛りの新香を完食するのは荷が重かったが
そこは54年モノ、五十五万石との相性よろしく、
肩透かしの悪夢をいったん拭ってくれたのだった。
三千円弱の会計後、来た道を戻る。
焼き鳥の「立花」で背肝をいただくためだ。

入店前に隣りの「鮨たなべ」をチラリのぞくと、
未だにノー・カスタマーで親方は引き続き手持無沙汰。
これからの来訪客あらんことを祈る。

「立花」の店内は堀ごたつのカウンター、
それに板の間にテーブルという設え。
客は靴を脱がなければならない。
カウンターの端っこ、入口に一番近い席に促され、
先ほどの「かっぱ」とまったく同じポジションとなった。

日本酒はじゅうぶん飲んだからビールに戻す。
瓶はなく生だけで、それもエビスのみ。
背に腹は代えられず、仕方なく中ジョッキを―。
突き出しは鳥肉に大根・コンニャクが混ざった煮込みだ。
一箸つけると、あんまり美味しくない。
ちょいとイヤな予感である。

焼き鳥はハツを塩、レバーと背肝をタレでお願い。
ハツもレバーも下町の焼き鳥屋の水準に達していない。
予感は的中しつつあるが稀少な背肝を仕入れている店だ、
まだ希望を棄てるには早い。

そうしてこうして真打ち・背肝の登場。
ガッビ~ン!
焼け焦げだらけで食感悪く、苦味が出てしまってる。
焦げた部分をハサミでチョキチョキ、
剪定の一手間を怠るからこういう結果を招くのだ。
女性の焼き手だったが串を焼くシゴトの根本を理解していない。

熟れ寿司の売切れ、ほねくの未入荷、そして背肝の不手際。
肩透かし三連発を食らって哀れJ.C.、
黒房下にもんどり打って転げ落ちましたとサ。
ヤだ、ヤだ。

=おしまい=

「かっぱ」
 東京都目黒区中央町2-28-9
 03-3710-3711

「立花」
 東京都目黒区中町2-44-14
 03-3793-7434

2017年12月11日月曜日

第1762話 肩透かし三連発 (その5)

紀州名物・熟れ寿司がウリの小料理屋「かっぱ」にて
その熟れ寿司にフラれ、
それではと選んだいま一つの紀州特産、
ほねくにもありつくことができなかった。
度重なる肩透かしで土俵に転がされ、
背中も尻も砂まみれである。
それでもどうにかヨロヨロと立ち上ったところだ。
 
和歌山の銘酒・世界一統の五十五万石。
2杯目はその辛口というのをお願いした。
確か紀州という名だった。
こちらのほうが辛口である。
 
世界一統はもともと南方酒造の主力銘柄。
名付け親は天保生まれの佐賀藩士で
のちに明治政界の重鎮となり、
早稲田大学を創設した大隈重信である。

その威光にあやかったものか
社名も南方酒造から世界一統に変更されている。
ちなみにこの酒蔵は稀代の博物学者にして
欧州言語のほとんどを操ったという奇才、
南方熊楠の実家だ。
 
梅干し入りの玉子焼きはおそらく、鶏卵2個分だったろう。
8切れあったが残りは一つ、つまみをもう1品いただこう。
これは先刻から目星をつけておいた、
かっぱ名物・お新香盛合せでキマリ。
品書きに
よしこが手がけた54年モノぬか床
との但し書きがあった。
女将のお名前はよしこサンだった。

その後の会話でお歳八十路半ばとも聞いた。
見た目もお若いし、動作もてきぱきとしている。
玉子焼きにしたって手際がよかった。
たばこ屋や煎餅屋の店番と違い、
小料理屋の女将にはかなりの肉体的負荷がかかるハズ。
そこをちゃんとこなしているのがエラい。

さて、54年モノのぬか床で一眠りした新香だ。
大きめの小鉢、と言うのもヘンな言い回しだが
かなりのサイズの盛合せだった。
大根とにんじんは一目でそれと判る。
しかし、鉢の8割方を占める緑の野菜は何だろう?
瓜の類いは確かだけれど、
胡瓜・白瓜・青瓜ではなさそうだ。

箸をつける前に一考してピンときた。
ははあ~ん、アレだネ、アレだ。

=つづく=

2017年12月8日金曜日

第1761話 肩透かし三連発 (その4)

目黒区・中央町の「かっぱ」。
そのカウンターの隅に心砕かれたJ.C.がいた。
狙いを定めた熟れ寿司がなんと5種全滅の大惨事。
何とかほねくを見つけ出し、注文に及んだところである。

女将の顔色がパッと明るくなると思いきや、
なぜか曇ったときにイヤ~な予感がしたものだ。
「ごめんなさい、しばらく入荷がなくって―」
ガッビ~ン!
一度ならず二度までも無情の嵐が吹きすさぶ。

こういうのを駄目押しっていうのかな?
いや、トドメが正しいのかな?
どっちでもいいけど、
夜空のムコウに飛んで行きたくなっちまったぜ。

残る余力もないままに三たび品書きを手に取った。
結局は薬局、
お願いしたのは玉子焼きという悲劇。
いえ、悲劇と断ずるのは当事者のわれ一人。
おおかたの読者の目には喜劇としか映らないわな。
はるばる祐天寺まで遠征してきて玉子焼きとはこれいかに?
まったくよう、小学生の遠足じゃないんだから―。

仕方なく頼んだ玉子焼きは4種の中から選んだのだった。
 ふつう ねぎ 各450円
 梅干し 納豆 各500円
熟れ寿司もそうだったが品揃えだけは豊富だネ。
種類はいいから在庫の管理をお願いしますヨ、ホントに。

玉子であれば売切れや入荷ナシの懸念はない。
ふつう・ねぎじゃつまんないし、
酒の席の納豆は異臭を放ってイヤだ。
消去法ってわけじゃないけど梅干しを所望した。

考えてみりゃ梅干しの玉子焼きって初体験かもしれない。
おそらく初めてだろう・・・だって記憶がないもの。
女将自らが焼いてくれたソレは
大した時間も掛からず、目の前に置かれた。

ここで日本酒に移行する。
指名したのは世界一統・紀州五十五万石の冷たいヤツ。
大そうなネーミングである。
もちろん由来は石高・五十五万石の徳川御三家・紀州藩。
紀ノ川の伏流水から成る本醸造酒だ。

キレとコクが調和する酒は美味かった。
梅干しの玉子焼きもけっこうだった。
梅干しだけでなく赤紫蘇が同居していて
アクセントの妙を楽しめる。
やっとこさ、本来の落ち着きを取り戻した、
J.C.オカザワでありました。

=つづく=

2017年12月7日木曜日

第1760話 肩透かし三連発 (その3)

目黒区は祐天寺と学芸大学のあいだにある「かっぱ」。
名物は紀州名物の熟れ寿司である。
さば・ます・あじ・たい・えび、5種類もあるそうな。
いや、楽しみ、愉しみ。

その前に何か手軽なモノをと品書きに目を凝らす。
まだ何も食べていないのに早くも大瓶が残り少ない。
そのとき、目の前にやって来た、って言うかァ、
女将はほとんど入口近くを担当しており、
奥の常連客は娘が相手をしている。

その女将が口を開いた。
「熟れ寿司がお目当てではないでしょう?」
「いえ、お目当てですヨ」
「アラ、ごめんなさい、今日は全部売切れてしまって―」
ガァ~ン!
まだ宵の口でっせ!

この衝撃は大きかった。
いや、デカかった。
いや、いや、バカデカかった。
ソレはないぜ、セニョーラ!
怪我はしないが、まるでビール瓶で殴られたみたい。
そう言やあ、あの事件。
いや、ソレはまた機会をあらためて語ることにしよう。
当事者の証言が終わってからネ。

何と、5種ある熟れ寿司、全滅の巻。
強烈な肩透かしに一敗地にまみれた思い。
訊けば前夜の客がまとめてお持ち帰りした由。
どこのどいつか知らねェが
少しは他人の迷惑ってもんを考えろヨ。
今度会ったらタダじゃおかねェからな。
シャンパン・ボトルにぎっちゃうかんな。
それが滑ったらリモコンだってあんだかんな。
あゝ、書いてて疲れるわ。

ガックシ肩を落として品書きを再見。
店には失礼ながら月並みなモノばかりで
惹かれるモノが見当たらない。
ここで席を立つほど子どもじゃないし、
とにかく何かしのぎの1品を見つけなければ―。

おっと、あった、あった、紀州名物が一つだけ。
地獄に仏のひらがな三文字、その名を”ほねく”という。
太刀魚を骨ごとすり身にして油で揚げたヤツ。
いわゆる上品なさつま揚げでんな。

相撲を取り直した、もとい、気を取り直したJ.C.、
声高らかに
「ほねくを下さい!」

=つづく=

2017年12月6日水曜日

第1759話 肩透かし三連発 (その2)

目黒区・祐天寺は「鮨 たなべ」の思い出。
煮つめを一刷毛した子持ちヤリイカをつまみに飲んでいた。
燗酒を口元に運びながら
目の前のヤリイカを子どもだと言う親方の説明に
一応、納得はしたものの、
しばらくして、いや、ちょいと待てヨ。
酒盃を置いて再び投げかけた。

「だけど、腹に子を持ってるってことは
 このチビも親なんじゃないの?」
「ん? んん? アッ、そうか!
 そうだねェ、親なんだねェ」
二人で笑い合ったものだった。

15年近くの時を超えて「鮨たなべ」の店先に立つ。
時間がまだ早いせいか客はいない。
つけ場に親方が座っている。
いかにも手持無沙汰といったふうである。

顔が奥を向いているから見覚えがあるとは言えない。
よしんばこちらを向いていても15年前に一度見たきり、
思い出せるものではあるまい。
帰りにちょいと寄ろうかな?
瞬間そう思ったものの、和歌山の熟れ寿司のあとで
江戸前鮨でもなかろうて―。

それよりも隣りの焼き鳥屋に心づいた。
店先の品書きに”背肝”の二文字を発見したのだ。
数ある焼き鳥の部位のうち、もっとも好きな背肝である。
もうこれだけで2軒目はキマリの巻であった。

さらに歩くこと数分。
「かっぱ」は区役所通りに面していた。
敷居をまたぐと、
カウンターのみ8席ほどの小料理屋といった感じの店内。
奥のほうは常連が占めており、
入口に一番近い端っこの席に着座する。

切盛りするのは女将とその娘さんである。
ビールはキリンラガー、サッポロ黒ラベル、
アサヒスーパードライの大瓶が揃い踏み。
飲み屋の正しい姿がそこにあった。

予約というほどではないが
数日前に確認の電話は入れておいたので
「ああ、お電話の方ですネ?」―
物腰の柔らかい女将が笑顔を見せてくれる。

ビールを飲みながら、
何か1品つまんで
すぐに日本酒と熟れ寿司をいただこう、
そんな心づもりでおりました。

=つづく=

「鮨 たなべ」
 東京都目黒区中町2-44-15
 03-3792-5855

2017年12月5日火曜日

第1758話 肩透かし三連発 (その1)

渋谷のサロンで理髪後、渋谷駅にやって来た。
この日は家を出たときから夜の目的地を決めていた。
東急東横線の祐天寺である。
駅名の由来は明顕山祐天寺、浄土宗のお寺だ。

十数年前、この地にはちょくちょく現れた。
GF の住まいがあったからである。
よってご当地の祐天寺だけでなく、
近隣の中目黒・学芸大学・武蔵小山辺りではよく飲んだ。

この夜、ターゲットとした店は居酒屋「かっぱ」。
和歌山県出身の女将が
紀州名物の熟(な)れ寿司を手造りしているという。
一種の押し寿司である。
奈良の柿の葉寿司が好きだから
隣県の熟れ寿司もぜひ食べてみたい。

「かっぱ」は祐天寺駅からあるいておよそ10分、
どちらかと言えば学芸大学からのほうが近いが
愛着のある祐天寺界隈をブラブラしてみたかったのだ。
それが人情というものだろう。

駅の周りを流したあと、駒沢通りに出て区役所通りに入る直前。
エリアでは人気の高い中華料理店、
「菜香」の大きな看板が見えた。
あれっ、こんなにデカい看板あったかな?
それに大通りから見える場所だったかな?
記憶が曖昧なのかもしれないが二度は来てるしなァ。

帰宅後、調べてみたら最後の訪問はおよそ10年前。
でも、近所は近所だろうが、やはり違うような気がする。
今では店主夫婦が高齢となったためか、
週2回しか店を開けないそうだ。
それでも営業が成り立つのだから
集客力に拍車がかかったものとみえる。

目黒区役所の前にこれもまた懐かしい鮨屋があった。
「鮨 たなべ」を訪れたのは2003年2月。
あれから14年半かァ。
小体な店ながら、よくまァ存続しているものよのぉ。

その際に何をいただいたのかは忘却の彼方。
食日記をめくれば判明するけれど、
膨大な数にのぼる日記を引っ張り出すのが億劫。
こちらは根気の欠乏に拍車がかかっている。

覚えているのは店主との短い会話だ。
子持ちの小さなヤリイカがつまみに出て
「これはヤリイカの子どもなんですかネ?」―
 問いかけるJ.C.に、親方応えて曰く、
「そりゃそうでしょう、このサイズじゃ親にゃ見えないもの」

=つづく=

2017年12月4日月曜日

第1757話 谷中でちょい飲み3軒 (その6)

谷中よみせ通りの「花いち」。
ビールの友にテッポウとレバーを食べたところ。
品書きにはチヂミなんてのもあり、
コリアン色がうかがわれた。
串をバカスカ注文するわけにもいかないので
店主一人に客一人、ちと重苦しい空気が立ち込める。

しばらくして子連れの三人家族が入店して来た。
何となく救われた感じのわれわれはホッと一息つく。
それにしても今日は子連れ三人組に縁があるな。
さっきは女の子だったが今度は男の子だ。
まっ、ベツに言葉を交わすワケじゃないから
どうってことはないんだけどネ。

父親がいきなり豚バラ串を各自2本づつ計6本注文した。
聞くともなしに聞いたJ.C.、顔には出さぬが
(ゲッ、オール豚バラでっか?)
胸の内でつぶやいた。

流れてくる一家の会話から推察するに
両親と息子ではないことが判明する。
言葉遣いや年恰好からして
これは60代と見受けるオヤジさんに
たぶんせがれの嫁さんと彼女の息子、
オヤジさんにとっては孫なのだ。

焼酎ボトルをキープしているくらいだから
オヤジさんは常連であろう。
店主との会話にも和みが見てとれる。
しかし、焼きとん主体の店なのに
いっこうにモツを頼まない。
代わりというわけでもあるまいがチヂミをオーダーした。

短時間で手際よく焼かれたチヂミを
孫がパクパクやっている。
珍しい組合わせのトリオながら
店内に平和な空気が流れ始めた。

続いてこれもまた常連らしき二人組が入店。
スーツ姿のサラリーマンだ。
こちらはビールとともに何種かの焼きとんを注文。
そうだよネ、ここのモツはなかなかだもの。
彼らのおかげで勘定しやすいシチュエーション。
機を逃さずの支払いは2500円でオツリがきた。

昼間はそれなりの客を呼び寄せる力のある谷根千エリアも
夜の帳(とばり)が下りると人影が途絶えがち。
よって気の利いた酒場には恵まれない。
ましてや焼きとんを商う店舗はほとんどないに等しい。
あっても焼き鳥屋ばかりなのだ。
そんな中でよみせ通りの「花いち」は使える。
再訪はアリですな。

=おしまい=

「花いち」
 東京都文京区千駄木3-37-12
 03-3827-8562

2017年12月1日金曜日

第1756話 谷中でちょい飲み3軒 (その5)

ところは谷中の名所、谷中銀座は「立呑 写楽」。
外人の親子連れが店側と一悶着の巻である。
目の前の光景によほど中に入ってやろうと思ったが
君子(?)危うきに近寄らず、っていうかァ、
憤懣やるかたない夫を妻がなだめ始めたのだ。

笑顔すら浮かべて彼女曰く
「これも勉強ってことなのヨ、アナタ」
知的にして冷静である。
彼らの祖国の大統領とは真逆であった。

この一言により、大事に至ることなく、
一件落着の気配を察知して店をあとにした。
でもネ、アレで800円はないぜ、ジッサイ。
国際基準から大きく逸脱してるもの。
にっぽんの恥と言い切っても過言ではあるまいて―。

後日、事件の10日後くらいだったかなァ、
再び「写楽」の前を通りかかると
じゃがバタ・ラクレットには臆面もなく、
そのまま800円の値付けがなされておりました。
反省の色まったく見えず、憂うべし。

それはそれとして「写楽」のあとだ。
そのまま谷中銀座を西下して
よみせ通りとのT字路にぶつかった。
レトロ感あふれるすずらん通りの飲み屋かバー。
あるいは三崎坂方面の居酒屋か大衆鮨屋。
まあ、そんな選択肢があった。

ここでひらめいたのは未訪の1軒。
焼きとんが主力の飲み屋「花いち」である。
よみせ通りの南端に近く、
目の前には地域の人気パン店「リバティ」がある。

「リバティ」の人気商品は
レーズンいっぱいのぶどうパンと
厚切りトンカツをはさんだカツサンド。
しかしJ.C.のイチ推しは
コンビーフの三角揚げサンドですがネ。

「花いち」の先客はゼロ。
カウンターの端では店主が居眠りしていた。
口明けとみえて炭火を熾し始める。
瓶ビールの突き出しはキンピラである。

焼きとんは好物のシロとレバをタレで2本づつ。
当店の焼きとんは1種2本しばりなのだ。
モグモグ、ふむ、予想を上回る出来映えじゃないですか。
シロは歯応えからしてテッポウだな。

=つづく=

「立呑 写楽」
 東京都台東区谷中3-9-15
 03-5834-8474

2017年11月30日木曜日

第1755話 谷中でちょい飲み3軒 (その4)

「立呑 写楽」で自家製レモンサワーを飲んでいる。
炎の岩塩焼きが今にも整いそうな気配だった。
1枚の和牛サーロインはステーキサイズではあるものの、
すき焼き用くらいの薄切り。
ちょいと割高じゃないかな?
そうは思っても食べてみなけりゃ始まらない。

岩塩の上に牛肉を寝かしつけて準備万端、
女性がガスバーナーに着火しようとする。
ところがこのバーナー、ウンともスンとも言わない。
二度三度試みても着火しないのだ。
業を煮やしたワケでもなかろうが
厨房から料理人が現れて再三トライ。
何とか火はついた。

バーナーで炙ること十数秒で完成。
岩塩焼きにはポン酢とニセわさびが添えられている。
何もつけずにそのまま1切れ。
うん、これは確かに和牛だネ。
適度な脂身がそれほどシツッコくない。
あとはポン酢でいただいたものの、
レモンサワーとの相性ははなはだ疑問である。

滞在時間は15分と少々。
次はどこにしようかな?
腰を浮かせたときに英語の会話が耳に飛び込んできた。
振り向くと、入口そばのテーブルで何かモメている。

おそらく米国人だろう。
40代と見受ける夫婦に小学校低学年くらいの娘、
親子三人連れである。
父親が接客の青年にしきりに何かを訴えている。
”portion”という単語が聴こえた。

店を出るために入口に向かうと、
必然的に彼らのテーブルの脇を通ることになる。
卓上には小鉢に盛られた3皿のじゃがバターが並んでいた。
ここでピンときやしたネ。
ダディーの主張は「あまりにも少ないんじゃないの?」
というものだろう。
ウエイターにはイマイチ真意が伝わってないかも知れんがネ。

見ればそれぞれのじゃがバターのトップには
ラクレットチーズがホンのちょっぴり。
確かプレーンのじゃがバターが300円で
じゃがバター・ラクレットは800円じゃなかったかな?
ってことは三人前で2400円。
判る、判る、父ちゃんヨ、アンタの気持ちはよく判る。
いくら何でもコレで800円はないよねェ。

=つづく=

2017年11月29日水曜日

第1754話 谷中でちょい飲み3軒 (その3)

ここ数年、外国人観光客がドカンと増えた谷中銀座。
「立呑 写楽」の前にいる。
南イタリアはカプリ島の名物、
リモンチェッロによく似た黄色い液体を見つめている。
中をのぞくと小卓に空席があった。
あゝ、われレモンの魅力に抗えず、
足が勝手にいそいそと店内へ―。

散歩のたびに何度も見ていた「写楽」のレモンサワー。
テイクアウトして飲み歩く散策者も少なくない。
初めて口にするソレはなかなかのフレッシュ感だった。
ちょいと原液が濃く、甘みも勝っているから
焼酎とソーダと氷が余分にあれば、
1杯で2杯分取れそうな気がした。

フードメニューで目立つのはじゃがバター。
トッピングは塩辛だの明太子だの、
はちみつレモンまであって
ヴァリュエーションが豊富。
けしてじゃが芋は嫌いじゃないが
あえてオーダーすることはあまりない。
居酒屋のポテトサラダくらいかな。

ほかにもう一つ、ポテトフライが好きだ。
フライドポテトじゃなくってポテトフライ。
ゴルフボールよりやや小さく切ったのに
パン粉をつけてカラリと揚げたものである。
いわゆる精肉店の揚げ物コーナーで売られてるヤツ。
そう言ったら判ってもらえるだろうか。

近頃は肉屋でもほとんど見かけなくなったが
古い店にはときどきあったりする。
これを買って来てフライパンに並べ、
弱火でじっくり炒りつけて
熱いところにウスターソースをジューッ!
ビールには恰好の合いの手になってくれる。

取りあえず、じゃがバターはパスしておこう。
店の名物かどうかは知らぬが
炎の岩塩焼きというのがあった。
和牛サーロインが千円だという。

ソーセージ3本にバゲット2切れを食べたから
ベツに欲しくはなかったけれど、
モノは試しと注文に及ぶ。
サーロインを口にするのは久しぶりである。

これはすぐにワゴンに乗って登場。
大きな岩塩の塊りと
サーロインの薄切りが1枚だけ皿に―。
サービスする女性はガスバーナーを握っていた。

=つづく=

2017年11月28日火曜日

第1753話 谷中でちょい飲み3軒 (その2)

七面坂下のカフェ「nekojitaya」にいる。
キャンティのグラス片手にメニューをながめていた。
浅草ハム製のソーセージがある。
ランチ代わりにちょうどいいや、そう、うなずいて注文。

皿にはボイルされた細長いソーセージが3本。
3本とも同じモノである。
芸がないなァ、退屈だなァ、これじゃ飽きちゃうヨ。
浅草ハムのハムは好きだけど、ソーセージはイマイチだ。
この状況を救えるのはパンしかない。
よってバゲットをお願いした。

ハム・ソーセージ・ベーコンの類いは
パンのアル・ナシで格段に違う。
もちろんあったほうがいいに決まっている。
納豆や漬物に対する白飯と同じことだ。

例えばハムエッグならともかくも
ハムステーキを好む向きの気が知れない。
ハムはサンドイッチにするのが一番。
そしてJ.C.がもっとも好きなサンドイッチはハムサンドだ。
それも生ハム系ではなく、ごくフツーのロースハムがいい。

いえ、生ハムだってそれなりに好きですヨ。
ジャンボン・クリュ、プロシュート、ハモン・セラーノ、
ラックスシンケン、みんな好きだ。
好きだが、その国々のパンがなければ魅力は半減してしまう。

2千円弱の支払いを済ませ、谷中銀座に入った。
よみせ通りに向かってゆるやかな下り坂である。
かなりの人出、いや、ほとんどごった返し状態だ。
外国人、オバタリアン、ヤングカップルで芋を洗うが如し。
この狭い道に洋の東西、老若男女を問わず、
人波が押し寄せている。

メンチカツをウリにする2軒の肉屋。
うち1軒などメンチカツで商売が成り立つものだから
精肉業をやめちまったほどだ。
ほかにも激安惣菜店、和栗を使ったスイーツショップ、
イカのお好み焼き専門店、
そんな人気どころの前に行列ができるから
狭い道が余計に狭くなる。
いや、歩きにくいヨ、ジッサイ。

谷中銀座の中ほどに最近オープンした飲み処、
その名も「立呑 写楽」に差し掛かった。
ここの自慢は自家製の搾りレモンを使用するレモンサワー。
店頭にはレモンイエローの果汁を詰めた瓶が並び、
「アタシを飲み干してちょうだいネ」とばかり、
道行く人に訴えかけているのだった。

=つづく=

「nekojitaya」
 東京都荒川区西日暮里3-14-7
 03-5834-7357

2017年11月27日月曜日

第1752話 谷中でちょい飲み3軒 (その1)

その日は小春日和。
好天下の散歩は
三ノ輪→入谷→根岸→三河島→日暮里→谷中
のルートだった。

いくつもの鉄道路線が通る日暮里駅は
プチターミナルといった様相。
駅の東と西ではかなりの高低差があって
駅舎は谷中霊園の崖っぷちに建っている。

東口ターミナルからエスカレーターで駅のコンコースへ。
北口から出て御殿坂を上り、真っ直ぐ行くと
世に知れた夕焼けだんだんである。
御殿坂上は馬の背の如くで今度は下りになる。
だんだんの手前の二又を
右へ行くとそのままだんだん、左ならば七面坂。
階段ではなく、坂を降りた。

突き当りの右角に小ジャレたカフェがある。
1年ほど前に開業した「七面坂 nekojitaya」だ。
ふ~む、猫舌かァ。
そのくせ”煮込みとワインの店”とあった。

とにかくあっちフラフラ、
こっちフラフラで2時間以上歩いてきた。
ここは当然、冷ったいのを1杯でしょ。
アサヒビールの立て看板があることだし、
迷うことなく速やかに入店でしょ。

プッファ~!
グラスはやや小さめの中ジョッキサイズ。
クイッと傾けた。
瞬時にノドが歓びに震えたものの、
気に入らないことが一つ。

グラスのくびれた胴のせいで一飲ののち、
傾きを戻してカウンターに置くと
新たな泡が湧き上がるデザインになっているのだ。
苦労してアサヒが開発したのだろうが
泡嫌いにとっては有難迷惑もいいところ。
従ってお替わりは控えた。

ドリンク・リストにトスカーナのキャンティを発見。
造り手はポリツィアーノでグラス注文も可だ。
これはいただいちゃうでしょ。
1杯580円だったかな?
イタリアの大地の香りが鼻腔を抜けてゆく。

トスカーナよりピエモンテが好みなれど、
じゅうぶんに楽しめる。
いいねェ、いいですねェ。
ランチ抜きで歩いたから何かつまみが欲しくなった。

=つづく=

2017年11月24日金曜日

第1751話 一球ファウル 二球目ヒット (その3)

京王線・飛田給にやって来た。
東急東横線・元住吉を連想させる即物的な駅舎を出る。
目指す「いっぷく」まで歩くこと5分弱。
店先に立つと、ずいぶんと時代がかった構えである。

入口近くにカウンターがあり、数人の単身客が飲んでいた。
てっきりそこへ案内されるものと思いきや、
女将らしき女性に促されたのは誰もいないテーブル席だった。
カウンターのほうがいいのになァ・・・。
未練を残しつつも初めての店ではなるべく従順に―。

ビールは大瓶のサッポロ黒ラベル、異存はない。
店内を見回すと、何じゃ、こりゃあ!
すさまじい数の短冊が貼りめぐらされている。
短冊といっても七夕まつりの可愛らしいヤツではない。
もちろん料理名を記した品書きである。
枚数を数え始めたが途中でやめた。
これが本当の”数えきれない” と言うのでしょう。

けっこうな時間を費やして吟味に及ぶ。
意に染まった数品を紹介してみよう。

岩手の地だこ(400円)
お麩とゴーヤのチャンプル(600円)
ハムチーズカツ レバーフライ(各500円)

そんなところだが、これぞと選んだのは
ナマズフライ(380円)だ。
これは珍品にしてインパクトも強烈である。
滅多に口に入らぬ魚種だが好きなサカナだ。

以前、コリアンタウンの新大久保になまず料理専門店、
その名も「なまず家 魚福」があったが
10年近く前に閉業してしまった。
お昼のず丼、夜のず鍋が好評で
それなりの集客力もあっただけに惜しい。

数分後、整った皿には千切りキャベツを従えたナマズが数片。
ひと目で白身魚のフライと判るが
誰が見てもナマズとは到底、想像できまい。
端正な一皿に美味を確信した。

はたして・・・カリカリサクサクの食感はまさにカリサクの極み。
生臭み、泥臭さともまったくの無縁。
実に美味しく、加えてビールとの相性もピッタシカンカン。
これがたったの380円とは! 言葉を失っちゃうヨ、ジッサイ。
ナマズの「いっぷく」のおかげで
今回の対京王線は1安打を記録、歓ぶべし。

それにしても思い出すのは幼い頃、
初めてナマズを食したときの母親との会話。
「ナマズってどんな味がするの?」
「そうねェ、鶏肉とおサカナの中間かしらネ」
言い得て妙でありました。

=おしまい=

「いっぷく」
 東京都調布市飛田給2-13-15
 042-483-5601

2017年11月23日木曜日

第1750話 一球ファウル 二球目ヒット (その2)

京王線とJR南武線が乗り入れている分倍河原。
駅そばの立ち飲み酒場「いっさ」のカウンターに独り。
ビールのアテに頼んだエシャレットには
味噌とマヨネーズが添えられていた。
エシャは好物だし、ビールとの相性もよい。
ただし、味噌は出汁入りでないほうがありがたい。

姦しいオバちゃんの携帯電話が鳴った。
すると話し始めた彼女の興奮度が急上昇するではないか。
電話を切った彼女曰く、
「今のレース、ウチの旦那がとったんだって。
 小遣い貰うからみんな飲んで、飲んで。
 マスターも1杯飲んで」
仲間も店主もみんなニッコリ、ご同慶の至りである。

中瓶がカラになり、清酒に移行した。
山梨の七賢を冷やで―。
南アルプスの麓、白州の名水から成る銘酒が
スゥ~ッとノドを通ってゆく。
”七”を冠する日本酒は木曽の七笑が好きだが
あちらは中央アルプスだ。

つまみをもう一品。
目を惹くもの、珍しいものは何もないから
仕方なくというんじゃないが厚揚げ焼きを頼む。
5分足らずで焼き上がった厚揚げは
当たり前のごくフツーの味がした。

店自体もフツーの立ち飲み屋だが
この小横丁に昔懐かしの裏ぶれ感があり、
その効果もあって評価が多少アップする。
ヒットとまではいかないものの、
とにかくバットに球が当たって空振りは避けられた。
ファウルとでもしておこうか。

ビールと日本酒、エシャレットと厚揚げで
お勘定は1430円也。
ちょい飲みには打ってつけといえよう。

次の目標は飛田給。
あまりなじみのない駅名ながら
味の素スタジアムの最寄りがここだ。
言わずと知れたFC東京(J1)と
東京ヴェルディ(J2)のホームスタジアムである。

調布在住の友人からここに佳店ありと聞いた。
店名は「いっぷく」、大衆食堂を兼ねた酒場とのこと。
ふ~む、「いっさ」のあとの「いっぷく」ねェ。
すんなり流れに乗った感じがしないでもないわな。

=つづく=

「いっさ」
 東京都府中市片町 2-21-17
 090-8307-2351

2017年11月22日水曜日

第1749話 一球ファウル 二球目ヒット (その1)

ひと月ほど前に三球三振を食らった、にっくき京王線。
リベンジはいつのことになるのやら・・・。
そう思ったものの、機会はすぐにやって来た。

その日は御茶ノ水で一つの案件をこなし、
まだ陽の高いうちからフリーの身となった。
JR中央線の快速電車なら新宿まで10分少々。
腕まくりして、いえ、実際にまくりはしないけれど、
まあ、そんな意気込みで乗り込んだワケでした。

三球三振に抑えられれば
多少なりとも相手ピッチャーの研究をする。
確実な情報を得たのではではないにせよ、
何とかしたいと心に期するものはあった。

降り立ったのは京王線・分倍河原駅。
府中の一つ先になる。
元弘3年(1333年)、
この地で討幕派の新田義貞と幕府側の北条泰家が戦った。
1333年は鎌倉幕府滅亡の年。
中学時代、”一味さんざん”と覚えた記憶がある。

分倍河原の駅前に京成立石やJR大井町を思わせる、
懐旧の心をくすぐる一郭ありとの情報を得て
これは行かねばならぬ、そう決意を固めたのだった。

はたしてレトロな小路はあった。
ただしスケールはまことに小さい。
ホンの十数メートルの距離に
数軒の飲み屋が並んでいるだけだった。

しかも時間が早かったせいか、
開いていたのは「いっさ」なる立ち飲み酒場のみ。
ほかに選択肢がないから入店するしかない。
引き戸を引くとけっこうな賑わいだ。
立ち飲みといっても客はみんな腰かけていた。

いや、賑やかなワケだヨ、
客たちは競馬新聞片手に
TVの競馬中継にかぶりつきだもの。
殊に一人のオバちゃんが
ワァワァ、ワァワァと姦しいことこのうえナシ。
読んで字のごとく、独りの女が三人分騒がしい。
とにかくやたらめったら興奮してるんだ。
まっ、大衆酒場は活気があったほうがいいかもネ。
なぜか立って飲んでるのはJ.C.だけである。

カウンター内では店主が独りで切盛りしている。
スーパードライの中瓶とエシャレットをお願いした。
よく居酒屋でエシャロットの表記を見るが
あれはフランス料理に欠かせぬ別物。
エシャレットは若いラッキョウのことで日本独自のモノだ。

=つづく=

2017年11月21日火曜日

第1748話 鮭・鱒・サーモンを一日で (その3)

サケ・マス類を朝・昼・晩と三連荘。
いやはや、こんな日もあるんだねェ。
まっ、自分で択んだんだから仕ッ方なかんべサ。

 生ビールと電氣ブランのあとは
美味しい日本酒をいただきたいと相方が主張する。
ちょうど潮時、2軒目に移動した。
彼女の案内で赴いたのは「吾妻屋」は
おでんと地酒がウリという。

雷門の筋向かいにスタバがあるが
小道を挟んでその隣りに店舗はあった。
カウンターが数席にテーブルが2卓だったかな?
あまり居心地がよくない卓に席を取る。

一杯目は屋守(おくのかみ)の冷たいのを―。
東京は東村山の豊島屋酒造の手になる酒だ。
東村山となれば第一感は志村けん。
豊島屋酒造といえば第一感は桃の節句の白酒。
第二はその名も目出度い金婚正宗だろう。

屋守は10年ほど前に製造開始された比較的新しい銘柄。
サラリとした口当たりのわりに
複雑なミネラル感があとを追いかけてくる。
あまり地酒を飲みつけない舌にも違和感なくなじんだ。

お通しは小さな冷奴と切干し大根。
まっ、こんなモンだろう。
品書きとにらめっこしていた相方が刺盛りを注文した。
まさかサーモンが一役買っていなかろうが
はたして陣容はコチ・アジ・マダイ・クロソイ・カンパチの5種。
白身と青背のバランスよく、
サーモンの出る幕もなくホッとする。

おでんは大根・つみれ・はんぺんをつまむ。
下町風ではなく上方の関東だきといった感じだ。
おでんなら燗酒といきたいところなれど、
芋焼酎が飲みたくなった。
お願いしたのは宮崎の山ねこである。

考えてみれば最近はあまり焼酎を飲んでいない。
ひと昔前は鮨屋でも天ぷら屋でも
もちろん居酒屋でも軽くビールを飲って
すぐに芋のロックに切り替えたものだ。
これが大衆酒場となると、酎ハイやホッピーが常。
甲類といえども焼酎は焼酎だからネ。

ひとときを過ごし、さァお開きと思いきや、
相方はカラオケに流れてみたいという。
彼女は一時期、長唄を習ったくらいだから
歌好きなのは承知していたが
そちらが長唄ならこちらは小唄の稽古に励んだこともある。

要望を叶えてやったものの、いささか酔いが回って
二人が何を歌ったのか、まったく記憶にない。
それはそれとして、まあ楽しい一夜ではありました。

=おしまい=

「吾妻屋」
 東京都台東区雷門1-13-10
 036802-8147

2017年11月20日月曜日

第1747話 鮭・鱒・サーモンを一日で (その2)

上野、いや正確には御徒町から浅草へ移動。
この日は以前一緒に仕事をした編集者のM月サンと
旧交を温めるために一献の予定だった。

花の雲鐘は上野か浅草か

あえて季節外れの芭蕉の句に
お出まし願ったのにはそれなりの理由がある。

酒酌もう店は上野か浅草か

こう振ったら彼女が選んだのは浅草だったのだ。
上野か浅草、この二択で選んでもらうと、
男女を問わず、その八割、いや九割方が浅草を指定する。
だよねェ、浅草は観る場所、飲む場所、遊ぶ場所が
混然一体となっているのに対し、
上野はお山の上と下では別世界、
一体感の魅力に欠けるものがある。

落ち合った「神谷バー」の2Fで再会を祝し、
さっそく中ジョッキで乾杯。
先刻、御徒町の「味の笛」にて
行き掛けの駄賃とばかり、2杯も飲んできたのになお美味い。
Nothing can be better than this !
である。

相方に先着して飲み始めていたが
その際、目を通したメニューに
今月のおすすめというのがあった。
それが何とサーモンハンバーグ。
ゲッ、またもや鮭でっか!

数えきれないほど訪れている「神谷バー」。
試していない料理はまずないけれど、
このスペシャルとは初顔合わせ。
横綱の白鵬や朝青龍は初顔に強かったが
野球の巨人は初顔の投手に弱い。

J.C.も弱いのだろう。
朝は鮭、昼過ぎには鱒を食べたというのに
試さざるを得ない状況に追い込まれていた。
恒久メニューなら看過するところなれど、
当月(10月)もあと数日を残すだけ。
エイッ!っとばかりにイッチャッてました。

はたしてコレがなかなかだった。
ふっくらほっくりと焼き上がって味付けもよろしい。
使用しているのは生鮭系であろう。
アトランティックやノルウェイジアンサーモンは高価だから
サーモントラウトあたりかな?
もともと料理に特筆する点のない店にしてはヒットだ。
相方の選んだジャーマンポテトともども
電氣ブランに移行して楽しんだのでありました。

=つづく=

「神谷バー」 
 東京都台東区浅草1-1-1
 03-3841-5400

2017年11月17日金曜日

第1746話 鮭・鱒・サーモンを一日で (その1)

=はじめに=

ただいまJ.C.オカザワのgmail address に
不都合が生じており、
いただいたメールが開けません。
よって交信不能であります。
しばらくのあいだ、
送信をお控えくださるようにお願いいたします。
せっかくいただいたのにナシのツブテ状態が
発生していることも多々あるかと思われます。
失礼の段、何とぞお許しを―。

さて、その日の朝食は
炊き立てごはん、塩じゃけ、せり&油揚げの味噌汁、
その他小物が数品という献立。
メインの鮭は時鮭であった。

15時過ぎ、行きつけの酒場「味の笛」に赴き、
工場から直送されたアサヒの生ビールを楽しんだ。
小腹が空いていたのでつまみ類が並ぶカウンターへ。
あやっ、北海道産の桜鱒(サクラマス)があるじゃないの。
かなりのサイズの塩焼きはサーモンピンクも艶やかに
「さァ、私を召し上がれ!」―
とばかりに秋波を送ってくる。

いや、考えましたネ。
桜鱒はとても美味なサカナですからネ。
問題は二つ。
① こんなデカいの食べ切れない
② 今朝、時じゃけを食ったじゃないか
でありました。

せめてこの半分程度なら・・・。
鮭と鱒は違うだろ・・・。
そんな思いが頭ン中をグールグル。
結局は薬局、手に取るのを断念したのだった。

ところが塩焼きのそばのちゃんちゃん焼きに目がとまる。
ちゃんちゃん焼きは北海道の郷土料理である。
その日は鮭の代わりに桜鱒が使われていた。
別段、食べたい一品でもないが
この小皿によって未練を残した桜鱒を賞味できるのだ。
塩焼きよりポーションが小さく手頃、これならOKと購入した。

桜鱒のほかにキャベツ、にんじん、ぶなしめじが入り、
薄味の味噌仕立てにほんのりとバターが香る。
ビールの合いの手としても申し分ない。
生を2杯やっつけて向かったのは
約束のある浅草であった。

=つづく=

「味の笛本店」
 東京都台東区上野5-27-5
 03-3837-5828

2017年11月16日木曜日

第1745話 小雨降る日のはしご酒 (その4)

豊島区・大塚の「江戸一」。
この空間に身を置くだけで幸福感に包まれる。
若大将こと加山雄三ならさしずめ、

シアワセだなァ、
ボクはここにいる時が一番シアワセなんだ。

とでも言い出すだろうヨ。
大女将亡きあとを若女将がしっかりと受け継いでおられる。
いや、若女将とはもう呼べないけれど―。

2~3年前、月に一度くらいのペースでおジャマしていた頃、
必ずといっていいくらい、今横にいるW邊サンと鉢合わせした。
ってことは先方はほぼ毎晩お越しだったのだ。
いやはや、恐るべし。

さっそくビールで乾杯する。
ここにはキリンラガーしかない。
あとは黒ビールの小瓶である。
ほとんどの客がビールで軽くノドを湿らせておいて
あとは自分の前に飲み終わった銚子を並べ立てていく。

J.C.は白鷹の樽酒をお願いした。
この日はコレを飲み続けること4本。
第4コーナーを回った時にはしたたかに酔いも回っていた。
コの字のカウンターを客が囲むレイアウトだから
誰が何本飲んだのかは一目瞭然。
1~2本並べてるんじゃ、丸っきりカッコがつかない。
愚か者の多い呑み助には
意地っ張り、見栄っ張りがあとを絶たないのである。

つまみは赤貝の刺身。
かつて才人・丸谷才一氏が岡山市の鮨店、
「魚正」の赤貝についてかように書かれている。

こんなに見事な赤貝をわたしは見たことがない。
大きくて華麗である。
倉敷の大原別邸の緑の瓦は、
戦前ドイツに注文して作らせたさうだが、
昔のドイツの名工の作つた赤い瓦が
倉敷の春の雨に濡れたならば、
かういふ色艶で照り輝くのではないかとわたしは思つた。
         =「食通知ったかぶり」より=

いえ、そこまでの感慨はないにせよ、
そこそこの色艶で輝ける赤貝が目の前にあった。

当方が3本目の銚子に挑んでいた頃、
W邊夫妻が店を出られた。
J.C.の目の前に浅漬けの小鉢が置かれている。
頼んだ覚えがないのだがW邊サンのご厚意であったのなら
今ここであらためてお礼を申し上げたい。
ごちそうさまでした。

=おしまい=

「江戸一」
 東京都豊島区南大塚2-45-4
 03-3945-3032

2017年11月15日水曜日

第1744話 小雨降る日のはしご酒 (その3)

巣鴨は地蔵通りの「ときわ食堂本店」にて
かきフライを賞味している。
播磨灘の一年珠カキは極めて美味である。
1粒目は練り辛子で食べた。

この辛子が涙が出るほどにおっそろしく効いた。
自宅の冷蔵庫に常備してるチューブとはまったくの別物。
実はコールマンのイングリッシュ・マスタードもあるんだが
何せ、缶入りの粉末だからメンドくさくてくさくて・・・
いけませんなァ、怠け癖がついちゃ―。

もう一つはタルタルソースだが、こっちがベターだ。
わざわざ別注文するだけのことはある。
かきフライは何もつけずにレモンを搾るだけ。
あるいはサラリとウスターソースにマスタードが好きだが
ここへ来るとタルタルは看過できない。

ビールの2本目を。
何かもう一品、つまみがほしい。
壁の品書きを見上げる。
当店では初めて目にする、
めひかり竜田揚げ(580円)をお願いした。

すると、めひかりはすぐさま消去され、
いなだ刺身に取って代わられた。
運ばれた皿には大小おりまぜて9尾もある。
これにはハーフサイズがないから仕方がない。

こんもり盛られたキャベツに串切りレモンが添えられている。
熱々、カリカリ、しっとり、歯と舌が感じた三段階に頬がゆるむ。
めひかりは一夜干しが一番ながら竜田揚げも秀にして逸なり。
だけど9尾はいかんせん多いわな。
 
勘定を済ませて小雨降る道をゆく。
巣鴨駅には戻らず、
逆方向の都営荒川線・庚申塚駅まで歩いた。
チンチン電車の乗客となり、
目指すはさっきビールを飲みながら
心に決めたJR大塚駅前の「江戸一」。
久しぶりの訪れにちょいとばかりワクワクしていた。

開店10分前に到着すると、すでに数人の列ができていた。
この程度なら大丈夫だろうと天祖神社あたりをブラブラ。
そこで以前何回か酌交したW邊サンご夫婦とバッタリ。
彼は「江戸一」の常連の中の常連なのだ。
当然、目的地は同じ店。

何でも1年ほど前に京都へ移転されたそうで
10ヶ月ぶりの訪問だとおっしゃる。
こちらも1年以上のご無沙汰だ。
せっかくだから一緒に入店し、
カウンターに3人、横並びと相成った。

=つづく=

「巣鴨ときわ食堂 本店」
 東京都豊島区巣鴨3-14-20
 03-3917-7617

2017年11月14日火曜日

第1743話 小雨降る日のはしご酒 (その2)

豊島区・巣鴨にいる。
いつの間にか「ときわ食堂 駅前店」が開業していた。
ちょいとのぞくと何だか狭苦しい感じ。
テーブル間の距離が詰まってリラックスできそうもない。
パスしてとげぬき地蔵のある地蔵通りを歩いていった。
ご存じ、婆ちゃんの原宿である、ここは―。
 
途中、そば屋や”なんでも食堂”で何度も迷ったが
居心地と使い勝手を重視して「ときわ食堂本店」へ。
ここは食事する客、飲む客が半々の、
過ごしやすい大衆食堂だ。
 
時刻は14時過ぎ。
窓際の小卓に案内された。
嬌声に振り向けば六人掛けに四人のママとも連。
すでに食事は終えた様子で
井戸端、もとい、食卓会議に花が咲いている。
 
かしましいグループが席を立ったのは15時半だった。
こちらも長居だから他人のことをとやかく言えないが
女は弱し、されど母は強し、
されどされどママ連はさらに強し。

スーパードライの大瓶で一息ついた。
この店はハーフサイズ・メニューが充実していて
小食派にはとても使い勝手がよろしい。
注文したのはまぐろ赤身刺し(350円)と
かきフライを2粒(520円)。
それに別売りのタルタルソース(70円)だ。

4切れの赤身は御一人様にちょうどよい。
スジが目立つものの、口にすると意外になめらか。
日本酒をもらって即席のヅケにしたいところなれど、
明るいうちはビールにとどめておきたい。

かきフライもみずみずしい。
壁に貼られたポスターには播磨灘産一年珠カキとあった。
数年前、根津にあった鮮魚店にて
兵庫県・坂越産の生がきを購入したことがある。
小粒ながら実に美味しかった。

播磨灘産かきは相生とか室津とか、
兵庫県下いろいろあるが、おそらく坂越じゃないかな?
坂越は赤穂浪士で世に知られた赤穂市東部に位置する。
町を流れる千種川の滋養をもとに
通常、成長に2~3年を要するカキが
1年で出荷可能となるそうだ。
これぞオイスター・ヌーヴォーでありますな。

=つづく=

2017年11月13日月曜日

第1742話 小雨降る日のはしご酒 (その1)

  「小高い丘の城跡の崩れかけた東屋で、
  その子は父を待っていた。
   この日の朝には帰るはずの父であった。
  それが三つ目の朝となり、四つ目の夜が来て、
  五つ目の朝 が雨だった。」

  ♪   しとしとぴっちゃん・しとぴっちゃん・
    しとぴっちゃん

    哀しく冷たい 雨すだれ
    幼い心をを 凍てつかせ
    帰らぬ父(ちゃん)を 待っている
    ちゃんの仕事は 刺客ぞな

    しとしとぴっちゃん・しとぴっちゃん

    涙かくして 人を斬る
    帰りゃあいいが 帰りゃんときは
    この子も雨ン中 骨になる
    この子も雨ン中 骨になる
    ああ・・・大五郎 まだ三才(みっつ) ♪

          (作詞:小池一夫)

橋幸夫と若草児童合唱団の歌った、
「子連れ狼」は1971年12月のリリース。
当時、棲んでいた板橋区・成増駅前のパチンコ屋で
初めて聴いとき、こりゃいったい何の歌だい?
そうは思ったものの、
”ちゃん”が出て来て得心した記憶がある。

聴いたのは1972年初頭だろうが
この年の3月にモスバーガーの第一号店が
同じ成増の駅前にオープンしている。
オープン直後にトマトスライスが挟まった、
あのモスバーガーを食べたことは何度か書いた。

小雨そぼ降る昼下がり。
しのつく雨というのじゃないが
朝からずっと、しとしとぴっちゃんの鬱陶しい日であった。
現れたのは豊島区・巣鴨駅前である。

例のごとく、遅めのランチをとるつもり。
チェーン展開かどうかは知らぬが
都内各所にあるラーメン店「蔵王」にて
塩ラーメン(これワリと好きなんだ)でも食べようか・・・。
だがネ、ビールを2~3本飲めばそこそこの長居になるしなァ。
料理するオジさんやサービスの女の子(フィリピン系?)に
白い眼で見られそうな気がする。
それも尻の座りの悪いことだよなァ。

=つづく=    

2017年11月10日金曜日

第1741話 ある晴れた日に「風速40米」(その2)

日活映画「風速40米」(1958年)を半世紀ぶりに観た。
監督は当時、新進気鋭の蔵原惟善、
企画は茶の間の人気者でもあった水の江滝子。
タイトル通りに嵐で始まり、
クライマックスは嵐の中の乱闘シーンだ。
おりから来襲した台風11号下でもロケが行われ、
それなりの迫力があった。

昭和33年の台風11号は”よろめき台風”と揶揄されたくらいで
何度も方向を変えたうえ、静岡県・御前崎に上陸する。
7月23日の夕刊に死傷者29人と報じられ、
江戸川区の旧中川が決壊している。

アクション映画とは裏腹に
強い印象を残したのは女優陣だった。
ヒロインの北原三枝は
親同士(山岡久乃&宇野重吉)が再婚したため、
裕次郎の義妹となる。

冷たさを備えた、さやけき黒い瞳が見る者を魅了する。
しなやかな肢体も往時の女優たちにはないもので
長身・足長の裕次郎には打ってつけの相手役だった。
二人の共演は新しい時代の幕開けを
文字通り、スクリーンに現出させていたのだ。

もう一人、渡辺美佐子がすばらしい。
裕次郎の弟分、川地民夫の姉はパリ帰りのシャンソン歌手。
役名が根津踏絵で
小池都知事が聴いたらギクリとするような名前だが
娘に踏絵なんて名を付ける親がいるものだろうか。

彼女の魅力は第一に演技力だけれど、
主役には向かない、あの面差しが好きだ。
主役に向かないのは暗さというか、
ちょいとした意地悪さが表情に出るからである。
しかし、それはそれで美貌に深味を与えてもいる。

加えてうなじのラインが美しい。
うなじとなれば日本の女優では桑野みゆきがナンバーワン。
一目見て惚れ込んでしまった。
みゆきには一歩ゆずるとして美佐子もなかなかだ。
とりわけ独りでステージに立つことの多い、
シャンソン歌手には大事だからネ。

現在でも女優業を続けていると聞くがトンとお目に掛かれない。
何年か前に観た「渡る世間は鬼ばかり」が最後だろうか―。
ちなみに彼女の亡夫はTBSのプロデューサーだった大山勝美。
「岸辺のアルバム」、「ふぞろいの林檎たち」を手掛けた敏腕だ。
そんな関係から「渡鬼」はじめ、
橋田壽賀子原作のドラマ出演が多いものと思われる。

男優陣は裕次郎映画の常連、
宇野重吉・金子信雄・小高雄二といった面々。
あまりに類型的ながら、それぞれにハマリ役では致し方ない。
とにかく半世紀も経って作品の真髄にふれた思い。
楽しい1本でありました。

2017年11月9日木曜日

第1740話 ある晴れた日に「風速40米」(その1)

2週連続で台風にたたられた日曜日。
八月に並ぶように十月もまた雨多き月だった。
ヒマさえあれば降ってたもんねェ。
あんまり続くと気持ちがクサクサしてくる。

ようやく好天に恵まれたビューティフル・サンデー。
そうは思ったものの、いきなり強風に襲われた。

    「何だいありゃ、何、風速40米? ハッハ・・・」
 
   ♪   風が吹く吹く・・・やけに吹きゃァがると
     風に向かって 進みたくなるのサ
     俺は行くぜ 胸が鳴ってる
     みんな飛んじゃエ 飛んじゃエ
     俺は負けないぜ・・・       ♪

    「おい風速40米が何だってんだい、
                    エ、ふざけるんじゃねえよ」

         (作詞:友重澄之介)

センセーショナルな「嵐を呼ぶ男」以来、
「錆びたナイフ」、「明日は明日の風が吹く」と
映画も歌もヒットを飛ばし続けてきた裕次郎。
世はロカビリー全盛だったにもかかわらず大健闘だ。
ブームの中心にいたのは
この7月に亡くなった作曲家・平尾昌晃である。

風速40米」は1958年6月のリリース。
平凡出版主催の「石原裕次郎の歌う詞募集」に応募、
そして当選したのがこの作品だった。
詞を書いた友重サンは当然、無名のアマチュア。
そのわりには度胆を抜くセリフをはじめ、
プロ顔負けの迫力が感じられる。

作曲は「俺は待ってるぜ」、「錆びたナイフ」、
「赤いハンカチ」、「夕陽の丘」、「こぼれ花」、
多くの裕次郎ナンバーを世に送った上原賢六で
名曲のオンパレードである。

さて、久しぶりに晴れたその日曜日。
数日前に朝日新聞出版から送られてきたのが
映画「風速40米」だった。
好天ならオモテに出りゃいいものを
なぜか部屋にこもっての映画鑑賞、それもまたヨシ。
てなこって嵐に見舞われたワケなのでした。

この映画は小学校二年か三年のときに一度観た。
よって筋はぼんやり覚えていても
細部は忘却の彼方である。
今回、あらためて観直して、あらためて見直した。
秀作とはいえないまでも
子どもには理解しえなかった魅力を感じ取れたのだ。

=つづく=    

2017年11月8日水曜日

第1739話 京王線で三球三振 (その2)

調布銀座から天神通り商店街に移動した。
旧甲州街道から甲州街道を経て
布田天神社へと続く参道である。
ここにも「やきとり処 い志井」があった。
どちらかといえば、
調布銀座より天神通りのほうが肌になじむ。
でも、ここぞという店は見当たらなかった。
ここは見切り千両、調布はあきらめることにした。

次に降りたのはお隣りの布田駅。
松本清張の「不安な演奏」では
重要な場面として登場する。
湯島のいかがわしい旅館から
タクシーに乗った被疑者が下車したのが布田。
足取りを追う主人公の雑誌編集者が
乗せた運転手とともに手がかりを求めて歩いた町なのだ。

行ってみて驚いた。
見事になあ~んにもない。
駅前に小さなロータリーがあって
周りはいきなり住宅街になっちゃってる。

ロータリーといったって
タクシーが客待ちをしてるでもなく、
市営バスがグールグルなんてこともない。
駅に向かうようにイタリア料理店が1軒あったが
その店とて時間が早かったせいか閉まっていた。
二球続けて空振りの巻、ダメだこりゃ!

こんなことでくじけるJ.C.オカザワではない。
なおも新宿方面を目指し、東へ東へ。
乗った電車が停車駅に近づくと
目を皿のようにして駅前の様子をうかがう。
ここぞと思ったら急遽、降りる用意である。

つつじヶ丘、千歳烏山、八幡山、いずれもパッとしない。
あらあら下高井戸まで来ちゃったヨ。
ここは繁華街だから店はいくらでもあるが
何度も飲んでるしなァ。

しょうがないからダメ元の明大前で下車。
10年は来ていないんじゃないか。
それでも駅周辺の景色に見覚えがある。
すずらん通りだったかな?
そこを通り抜けて
甲州街道沿いの日本そば屋を訪れたのは
もう15年の以前になる。

四半刻も歩いたろうか。
案の定、なあ~んもなかった。
結局は薬局、
明大前でも空振ってあわれ三球三振のていたらく。
いや、京王線だけにKO負けが正しいかもネ。
リベンジはいったいいつになるのやら・・・。

2017年11月7日火曜日

第1738話 京王線で三球三振 (その1)

先日もしたためた因縁の京王線である。
この歳になって初訪問した高幡不動だったが
人生ってのは面白いもんですなァ。
ひと月も経たぬうちに再訪する機会、
いや、破目と言ったほうがいいかもしれない。
とにかくまたもや京王線・高幡不動駅に降り立った。

目的地は多摩モノレールで高幡不動から
立川方面に向かって一つ目の万願寺駅。
地図を手に取ると徒歩15分ほどの距離なので歩いた。
途中、浅川という、その名の通りに川底の浅い川を渡る。

橋の欄干から見下ろすと、流れる水の清らかなこと。
濁りというものがまったく見られない。
調べてみたら東京都・八王子市と
神奈川県・相模原市の間にある、
陣馬山(じんばざん)あたりが源流。
見下ろした地点からしばらく東に流れて多摩川に合流する。
過去にたびたび氾濫して流路を変えてきたという。

所用を済ませ、来た道を高幡不動に戻った。
不動尊には行かずに短い時間、駅界隈をぶらぶら。
本日の目標はここではなくヨソにあるからネ。
そう、京王線沿線で一杯飲ろうという腹積もりであった。

準特急電車、だったかな?
下車したのは調布駅。
数日前に商業施設、トリエ京王調布が
オープンしたばかりなのでけっこうな人出だった。

最初に向かったのは調布銀座。
本物レトロと偽レトロが入り混じって
飲食店が軒を連ねている。
いろいろと物色してはみたものの、どうも気に染まない。

「牛たん処 い志井」の前でメニューボードをながめていたら
中から可愛い女性スタッフがビジネスカードを手に出てきた。
入店をすすめられたものの、やんわりお断りして立ち去る。
そう、この街は”い志井グループ”が席巻しているのだ。
業種は違うが浅草の芋ようかん「舟和」に近いものがある。

「い志井」はもともと焼きとん店。
それが焼き鳥や牛たんにも手を伸ばして発展してきた。
それはそれでけっこうなハナシながら
J.C.の嗜好には合わない。
鉢巻きのジイさんが煙に巻かれながら
しかめっ面で串を焼く。
傍らではバアさんがビールの栓を抜いている。
そんな店が好きだ。

=つづく= 

2017年11月6日月曜日

第1737話 私を森下に連れてって (その7)

江東区は深川エリアの北端、森下の町で
オッサン二人が飲んだくれている。
とは言っても互いに良識人につき、
周りに迷惑をかけることとてなく、
ましてや高歌放吟に及ぶはずもない。

さて「三徳」のカウンターの隅である。
3軒目の「三徳」とはずいぶん縁起がいいじゃないか。
ところがそうでもなかった。
店内がやたらに騒々しいのだ。

奥のグループは大目に見るとしても
われわれの真後ろにいる若者三人組のノイズがヒドい。
殊に女性の嬌声たるやすさまじい。
もしも手元にあれば、
キンチョールを吹き掛けたいくらいだ。

気を取り直して下町酎ハイというのを所望した。
つまみのチョイスをおおせつかったので
もつ煮込みを一つ、
焼きとんのレバたれ&団子塩を2本づつお願いする。

煮込みはグツグツとシズリング状態で運ばれた。
これが当店のウリなのである。
演出はけっこうなのだが
今回は食べてみて「おやっ?」であった。
もっと旨かった記憶があるんだけどなァ。

焼きとんにしてもごくフツー。
そのせいでフツーの店になっちまった、てな感じ。
心なしか酎ハイまでも「何だかなァ・・・」なのだ。
騒音に悩んでいたこともあり、
一杯だけで退散に及ぶ。

夜もそこそこに更けてきた。
そうは言ってもそれぞれの店に長居をしないため、
日付が変わるまで時間的余裕がある。
はて? どうしたものかのぉ。

菊川方面に歩いて「みたかや酒場」、
新宿線で西大島に行き「ゑびす」、
そんなところが近隣の気に入り店ながら
互いに「もう大衆酒場はいいや」、
かような厭世観にとらわれていた。

食べるモンはいいから
どこか静かなところでゆっくり飲みたい。
思いついたのは、たま~に出向くスナックであった。
良質の洋酒をキープしていることもあって決断する。

「どこ行くの? どこまで行くの?」
「それは教えられない、着いてからのお楽しみ」
相方の背中をメトロの車内に押し込んだのでした。

=おしまい=

「三徳」
 東京都江東区常盤2-11-1
 03-3631-9503

2017年11月3日金曜日

第1736話 私を森下に連れてって (その6)

前話の締め方には説明が必要かもしれない。
小糠雨→欧陽菲菲
のくだりである。
歌謡曲ファンならすぐにピンとくるところながら
なにぶん40年以上も前の曲だからねェ。

  ♪   小ぬか雨降る 御堂筋
    こころ変りな 夜の雨
    あなた… あなたは何処よ
    あなたをたずねて 南へ歩く   ♪
        (作詞:林春生)

欧陽菲菲のデビュー曲「雨の御堂筋」は1971年9月のリリース。
街には「また逢う日まで」、「よこはま・たそがれ」、
そして「わたしの城下町」が流れていた。

欧陽菲菲となれば大方のファンが
この「雨の御堂筋」か「ラヴ・イズ・オーヴァー」を
気に入りの曲として挙げるだろう。
しかしながらJ.C.の好みはまったく異なる。
マイ・ベストスリーは

① 雨のエアポート
② 夜汽車
③ 恋の追跡(ラヴ・チェイス)
 次点:恋は燃えている

もっと正確に伝えると
1に雨エア 2に夜汽車 3、4がなくて 5にラヴ・チェイス
ということになる。
①、②、③はみな初期のナンバーで
それぞれ2、3、4枚目のシングルだ。
作詞・作曲はすべて橋本淳と筒美京平のゴールデンコンビ。
次点の「恋は燃えている」も同じくである。
橋本淳も好きな作詞家だが
あらためて筒美京平の偉大さを認識する次第なり。

小糠雨の下、オッサンたちの夜はまだ終わらなかった。
さっき来た方向へトボトボと戻る。
「魚三酒場」のデカい袖看板を左に見ながらなおも西へ。
ずっと行くと隅田川に到達するが
手前を左折して地域で人気の居酒屋「山徳」にやって来た。
5年ぶりのことである。

店内は「魚三」に負けず劣らずの盛況を呈していた。
キャパはそれほど大きくなくともほぼ全席が埋まっている。
それでもカウンターの右端、
入口近くのあまり良い席ではない場所に二人並んで座れた。
ひとまずやれやれである。

=つづく=

2017年11月2日木曜日

第1735話 私を森下に連れてって (その5)

江東区・森下の夜はまだ終わらない。
いや、まだまだ夜とはいえない。
だって17時過ぎだもの。
これで終わっちゃ遠来の相方にも申し訳が立たない。

あらかじめ2軒目として心に決めていたのは「はやふね食堂」。
「魚三酒場」から徒歩5分ほどの距離にある。
のらくろゆかりの、のらくロード商店街を歩いていった。
この通りの店々にはずいぶんお世話になっている。
うなぎ、中華、ピザ、みな今も営業中なのは歓ばしい。

およそ4年ぶりで訪れた食堂は相変わらず、
店の顔ともいえる女将が接客を独りで取り仕切っていた。
70代とお見受けするが
あれからほとんど歳をとっていないかのよう。
声に張りがあって動きもそれなりに機敏、いや元気だなァ。
口八丁手八丁とはこういう人をいうのだろう。

おのおの菊正宗の一合瓶を燗してもらった。
同時にサービスのぬか漬けが運ばれる。
きゅうりと大根葉がちょっとづつだが
これを小鉢の単品で頼んでも
驚くなかれ、たった30円なのだ。
今どき30円で口に入るものなんてほかにあるだろうか。
手を合わせたくなるような値付けである。

つまみにはたら子ちょい焼きと里芋煮をお願いした。
それぞれ300円と100円。
相方は目をパチクリさせて言葉が出てこない。
世田谷区の住人にとっては
信じられない価格ギャップなのであろうヨ。

すでに1軒目でそこそこ飲んできてから
菊正のお替わりは自重したが
正一合はけっこう飲み出がある。
ほうれん草ごま和え(100円)と
玉子焼き(150円)を追加した。
いずれもおざなりでなくポーションがしっかりしている。
デフレもここに極まれり。

勘定を済ませて夜の町へ。
いつの間にか外は雨模様となっていた。
「あらあら、雨じゃないの、傘だいじょうぶ?」―
見送りに出てきた女将のやさしい言葉。
「うん、小糠雨だからネ」―
応えると、間髪入れずに
「欧陽菲菲だワ」
いや、その速いこと速いこと。
頭がちゃあんと回転してるんだ。

=つづく=

「はやふね食堂」
 東京都江東区森下3-3-3
 03-3632-3130 

2017年11月1日水曜日

第1734話 私を森下に連れてって (その4)

森下の「魚三酒場」にいる。
シャコわさでビールを飲んでいる。
江戸前モノがほぼ絶滅したシャコ。
瀬戸内か天草か存ぜぬが身がシットリと柔らかい。

シャコはヒドいのになると素材がよくないうえに
解凍の失敗が重なってパッサパサだもの。
その点、ここのは水準をクリアしてあまりあった。
値段からして稀有なことだ。

ハゼ天がやって来た。
つみれ汁も来たが、これは分けにくいので相方に任せ、
ハゼをパクリ。
おっ、いいじゃないの。
二口目は天つゆにくぐらせてみた。
おっ、これもいいじゃないの。
数年ぶりの訪問だが以前より美味しくなったようだ。

瓶ビールから日本酒の常温に切り替える。
銘柄は大関のからくち。
からくちは固有名詞である。
大関や菊正は裏切らないから安心して飲める。
何せ子どもの頃から親しんだ味だからネ。
いえ、そうしょっちゅう飲んでたわけじゃないけど―。

穴子のフライが登場。
世の中にありそうでないのが穴子のフライ。
エビやキスやイカは平気で
天ぷらとフライの二刀流になるのに
なぜか穴子だけはめったにフライ化しない。

記憶をたどっても築地場内の食堂、
「小田保」くらいしか思いつかない。
これは偶然なのだが同じ森下の洋食店、
「ブルドッグ」のメニューには載っている。
載ってはいるが二度注文して二度ともなかった。
これではやらないのと同じだ。

穴子フライはけっこうだった。
本モノの平目フライが消滅した今、
穴子にはその代役を務めてほしいものだ。
高価に過ぎる平目と違って
穴子はまだまだ庶民の味方である。

大関をお替わり。
つまみも何かもう一品いっておきたい。
選んだのはまたしても揚げ物の白魚かき揚げ。
刺身を食わずにフライや天ぷらばかり頼んじゃってるヨ。
でも、これまた当たりであった。

かっきり1時間の滞在。
こういう店で長居は野暮というものだ。
お勘定は3500円ほどだった。
ありがたいけど、いったい何なの、この安さは?

=つづく=

「魚三酒場 常盤店」
 東京都江東区常盤2-10-7
 03-3631-3717

2017年10月31日火曜日

第1733話 私を森下に連れてって (その3)

「魚三酒場 常盤店」の最寄り駅は森下だが
番地は江東区・常盤、深川芭蕉庵跡にほど近い。
客がドッとなだれ込んで店内はやおら活気づいた。
接客のオバちゃんたちは別段、あわてるふうでもなく、
毎日のことだから手慣れたものである。

大き目の四角いお盆に刺身の皿が数枚。
これを持ち回って客に売りさばいてゆくのだ。
どんな皿かとのぞいてみれば
まぐろ赤身、かんぱち、真鯛の3種類。
いずれも単品で盛合せではない。

第二ラウンドは
まぐろ中とろ、かつお、舌切り&とり貝。
舌切りというのはアオヤギ(バカ貝)のことで
貝類だけが合盛りとなっている。

通人はここでむやみに手を出さない。
4人グループだったかな?
ほとんど全ての皿を横一線に並べちゃってるヨ。
 ♪  サカナ サカナ サカナ~
   サカナを食べよう    ♪
そんな状態である。

刺身がメインの酒場だから
その気持ち判らないではないが
あまりみっとものいい所業ではない。
もっとも大衆酒場で気取ってみても
どうなるもんではないけれど、
掟というか、ルールと呼ぼうか、
それに似たものがあるんじゃなかろうか。

刺身の皿には手を控えたわれわれは瓶ビールで乾杯。
この瞬間のために今日も生きてきた。
相方はあらかじめ当店の下調べを済ませており、
必食の品を絞り込んでいた。
小肌酢、ハゼ天ぷら、つみれ汁の三品をお願いしたいとのこと、
まずは夢をかなえて差し上げる。

そうしておいて当方は刺身の注文だ。
ところが多くの短冊から選びに選び抜いた、
コチもなければカワハギもないって言うじゃないの。
だからって、今さらまぐろでもあるまいし・・・。
今日のところは刺身をパスろう。
よって珍しい穴子のフライをお願いする。

待っているあいだに
持ち回りの第三ラウンドがやってきた。
おっと、シャコがいるじゃないの。
当たり外れの大きいシャコだが見た目はよさそう。
即、手を挙げたのであった。

=つづく=

2017年10月30日月曜日

第1732話 私を森下に連れてって (その2)

地下鉄・都営新宿線の開通によって
隅田川の西側、いわゆる川こっちから
川向こうに行きやすくなった江東区・森下。
すでに40年も以前のことながら
下町飲みを愛する当時の左党たちは
しめしめ、相好を崩して舌なめずりしたに違いない。

新宿線は新宿から真西に走る京王線と相互乗り入れしている。
先日も当ブログで綴ったばかりだが
京王線とはなぜか縁が薄いわが身である。
早いハナシが過去において
沿線に親しい友人も愛しい恋人もいなかったことの証し。
訪ねる機会に恵まれなかったんだねェ。

京王線がダメでも新宿線があるサ。
新宿から千葉県・市川市の本八幡まで全21駅。
そのすべての駅に降り立っている。
そしてほとんどの駅前で飲んでいる。
バッカじゃないの? ってか?
へへ、ごもっとも。
あんまり自慢できるハナシじゃありやせん。

さてさて最近出逢ったのみとも・H谷サンと待合せた森下だ。
時間を15時45分としたのは
最初に行く予定の「魚三酒場 常盤店」が16時オープンだから。
多彩な鮮魚の品揃えを誇って、なおかつ廉価。
地元のみならず遠方からも呑ん兵衛たちが遠征して来る。
よって早めに仕掛けないと止まり木に止まり損なうのだ。

森下駅A7出口に相方の姿なく、門仲方面に目を凝らせば、
ややっ! 行列らしき人々が望見されるじゃないか!
こりゃこんなところでモタモタできないぜ。
走りはしないが少々急ぎ足で店舗に向かった。

列を成す人々はすでに十余名。
最後尾に廻ってしばらくすると、
開店5分前にH谷サンが到着した。
後列の客にペコペコ頭を下げて
何とか割り込ませてもらっちゃってる。
なかなか愛嬌のある人物なのだ。
まっ、そうでなきゃついこの間まで
赤の他人だったオッサンと一緒に飲みには出ないわな。

16時を回ること約3分。
ようやく引き戸が引かれて暖簾が出された。
列の一同、一様にホッコリ笑顔でゾロゾロゾロ。
店内には細長いコの字カウンターが二つ。
いったい何人入れるんだろう?
40人くらいかな?
行列はすべて収まって、あとは数席を残すのみである。

=つづく=

2017年10月27日金曜日

第1731話 私を森下に連れてって (その1)

一ヵ月ほど前に自由が丘で酌交に及んだH谷サン。
「前回はこちらの地元に足を運ばせちゃったから
 今回はそちらにうかがいますヨ」―
そんなレンラクが入った。
「いいッスヨ、酒場めぐりは下町に限るからネ。
 で、例えばどんなとこ?」―
鷹揚に受けると、
「深川とか森下とか行ったことないんで連れてって」―
また珍しい御仁だこと。
酒飲みたるもの、一度や二度は門仲や森下に
行ってるハズなんだがなァ。
結局、待合せたのは森下だった。

その前に深川とはどこぞや?
門仲・森下はメトロの駅があるから
首都圏にお住いの読者なら土地カンはなくとも
地理カンはつかめると思う。
でもネ、昔は現在の江東区の西半分を占めた深川区が
その名称を失って以来、
猫の額ほどの狭い地域に深川1・2丁目を残すばかり。
あと数十年もすれば、下町を代表する深川なる呼称は
忘却の彼方に葬られるんじゃないかと心配だ。
憂うべし。

ウィキペディアによると、
北で平野、東で冬木、南で富岡、
南西で門前仲町、西で福住と隣接する地域
となっており、
単に深川1・2丁目の地理的ガイドに過ぎない。
こんな狭いくくりでは絶対にありゃしない。
はっきり言って間違いだ。
これでは深川不動堂も富岡八幡宮も
アウト・オブ・フカガワになってしまう。
そりゃあないぜセニョリータ、もとい、ウィキペディア!

J.C.の勝手にして個人的な深川は
下記の地番を含むものとする。
越中島・牡丹・古石場・木場・
永代・門前仲町・富岡・佐賀・
福住・深川・冬木・清澄・平野・
三好・白河・常盤・高橋・森下
となる。

てなこって江東区・森下である。
深川エリアの北のはずれである。
待合せたのは都営地下鉄のA7出口に15時45分。
森下にはどちらも都営のメトロ、
新宿線と大江戸線が走っているが
新宿線が開通した1978年12月以前は
麻布十番と並ぶ陸の孤島であったのだ。

=つづく=

2017年10月26日木曜日

第1730話 ちゃぶ台で一献 (その2)

谷中の「のんびりや」は
その正式名称を「散ポタカフェ のんびりや」という。
ん? ”散ポタ”がやや意味不明ながら
屋号の決定は屋主の専権事項だから思うがまま。
その点、いまだに衆議院の解散を
首相の専権事項としている日本の政治は
時代遅れ以外の何物でもない。
嘆くべし。

牛すじと大根の赤味噌煮込みは当たりだった。
これをビールだけで味わうのはもったいないから
芋焼酎でもと思ってリストを手に取ると、
ややっ! 兼八があるじゃないの!

大分県・宇佐市の銘酎は
はだか麦をはだか麦麹で醸す焼酎の逸品。
独特の香ばしさを武器に愛好者の舌を鼻腔を
心までもつかんで離さない。
久々の邂逅に歓びもひとしお、ロックでお願いした。

う~む、掛け値なしに美味いな。
秋どころか冬が到来しても焼酎はロックが好き。
水割りはもの足りないし、
湯割りだと冷めるのが気になって
おちおち飲んでいられやしない。

何かつまみをもう一品。
相方に問うとパクチー餃子を選択した。
女性はパクチー好きが多いからネ。
空前絶後のパクチーブームにしたって
火をつけて薪をくべたのはオンナたちであろうヨ。

かく言うJ.C.も好んで食べている。
ただし、パクチーではなく香菜(シャンツァイ)よ呼ぶ。
皮蛋(ピータン)や海南風チキンライスや
活海老の白灼(パッシャー)には必要不可欠で
香菜がないときは上記のモノは食さない。
同じ香草のディルがなければ、
スモークサーモンを敬遠するのと一緒だ。

登場したパクチー餃子はトマトソースが掛けられて
ちょっと見はイタリアンのラヴィオリ・ポモドーロといった風。
ソースには青唐辛子が投入されてピリッと辛い。
具は豚挽き肉とニラである。
まっ、そこそこの仕上がりと言えようか。

兼八には合わないので締めは珍しいラオスのビール。
ビヤー・ラオなるベタなネーミングのラガービールは
タイやインドのそれと異なるスッキリタイプで
東南アジアのスーパードライってな感じだ。

近々の再訪はないだろうが
しょっちゅう出没するエリアにまた一つ手駒が増えた。
試して損のない佳店であることは確かであります。

「散ポタカフェ のんびりや」
 東京都台東区谷中5-2-29
 050-5278-8753

2017年10月25日水曜日

第1729話 ちゃぶ台で一献 (その1)

散歩の道すがら、谷中は三崎坂上に
「のんびりや」を見つけたのは数ヶ月前。
カフェ風の店舗はいかにも昭和レトロ、
それも近頃流行りの偽レトロではない、
本格的な佇まいに惹かれるものがあった。

半年ほど前、ちょうど桜の季節に紹介した、
日本そばの「慶喜」、さくら餅の「荻野」のそばである。
佇まいもさることながら
店頭のメニューの内容がユニークで
一訪の価値あり、と判断したのだった。
判断したのだが、それから何カ月も経ってしまった。

一夜、旧知の友、T栄サンを誘って訪れた。
入ると右手に二つのテーブル席。
その一つではヤングカップルが酒を酌み交わしている。
もう一つはに入口に近すぎてほとんど道端だ。

さいわいにも案内されたのは左手の茶の間。
丸いちゃぶ台が置かれ、TVではDVDだろうが
トム・クルーズの「ミッション・インポッシブル」を放映中。
音は絞ってあるから会話のジャマにはならない。

奥にそこそこのスペースの座敷があるようで
ときおりざわめきが流れてくる。
グループの宴会真っただ中といった様子だ。
ときどき子どもたちが茶の間に侵入してきて
TVの前にちょこんと座ったりもする。

乾杯のビールはサッポロラガー、通称・赤星。
このタイプの店は赤星を置くところが多い。
レトロ感を醸すに恰好の銘柄だが
最近はしょっちゅう見掛けるから効果は薄れてきている。

つまみはまず、自家製ローストポーク。
醤油ベースのオニオンソースがあしらわれている。
脇にはパプリカと水菜のサラダ。
オッサンには単なる繊切りキャベツでじゅうぶんでも
女性はこのほうが歓ぶのだろう。
主役のローストポークは悪くなかった。

続いてもう一品は牛すじと大根の赤味噌煮。
玉こんにゃくと牛蒡が同居している。
ふ~ん、牛つながりで牛すじに牛蒡というわけか。
アジなまねをしやがる。

アジなまねはともかくも味がよかった。
こりゃ、素人のシゴトじゃあないぜ。
あらためてスタッフを見やると、30歳前後の男女二人。
夫婦かどうかは判断しかねるものの、
情の通じたペアとお見受けした。

=つづく=

2017年10月24日火曜日

第1728話 思い出の町 柳橋 (その4)

台東区・柳橋の洋食「大吉」。
カウンターで独り、遅い昼めしを食べている。
ボリューム満点のAランチだ。
けっこうなサイズのポークソテー&メンチカツに
盛りのよいライスとわかめの味噌汁の組合わせ。
冷めると味の落ちるソテーを先に
それからメンチを食べ終えたところだ。

卓上にはウスターと中濃のサフランソース。
食材紹介のパンフレットには
当店では1970年の創業以来使っており、
昭和天皇の好んだソースとあった。
ふ~ん、醤油は判るが
先帝はソースもお好きだったんだねェ。

なおもパンフレットを読み進めると、
フライ用の海老はブラックタイガーのワンランク上、
ホワイト海老を使用している由、
ヘエ~ッ、こだわってるなァ。

ホワイトとブラックはともにクルマエビ科の海老ながら
決定的な違いは前者が天然モノであるのに対し、
後者は養殖モノということ。
養殖技術の向上のおかげで
ブラックタイガーはもとより、バナメイですら
東南アジアやインドの海老は美味しくなった。
とにかく海老は重要な食材だ。
何たって日本人は世界に冠たる海老好き人種だからネ。

食後、柳橋1・2丁目を散策する。
祝日のこととて行き交う人は少ない。
20年前に棲み始めたときにはすでに
零落を極めていた花街を今さら嘆くこともあるまいが
あらためて思う。
夢破れて山河あり。
障子破れてサンがあり。
だけど滅びの美学を地でゆくこの町が好きだ。

  ♪    だけどわたしは 好きよこの都会(まち)が
     肩を寄せあえる あなた・・・あなたがいる
     あなたの傍で あゝ暮らせるならば
     つらくはないわ この東京砂漠
     あなたがいれば あゝうつむかないで
     歩いて行ける この東京砂漠      ♪
           (作詞:吉田旺)

クールファイブの「東京砂漠」は1976年のリリース。
この名曲がオリコン19位どまりとは未だに信じられない。

たっぷりと1時間、さして広くもない思い出の町をめぐった。
肩を寄せあえるあなたがいなくとも、この町が好きだ。

=おしまい=

「洋食 大吉」
 東京都台東区柳橋1-30-5
 03-3866-7969

2017年10月23日月曜日

第1727話 思い出の町 柳橋 (その3)

かつての花街・柳橋も今は見る影とてない。
1軒だけ残った、花街に付き物の洋食屋が「大吉」だ。
メニューを吟味し、ビールとレバーカツに的を絞った。
マカロニサラダもいってみたいが
レバーカツの付合わせとなる可能性があるので
現物を目にしてから追加の有無を決めたい。

階下への階段を降りた。
なつかしい光景が拡がっている。
13時をとっくに回ったのにかなりのテーブルが埋まっている。
3席しかないカウンターに促された。
キッチンを見通せるからこのほうがよい。

BGMは相も変わらずビートルズ。
「ドライブ・マイ・カー」が掛かっている。
スポーツ新聞を持ってきてくれたオネエさんに
注文品を告げると、レバーカツは夜のメニューだと返された。
そうだ、そうだったな、
しばらく来てないから忘れちゃってたヨ。

サッポロ黒ラベルの大瓶を飲みながら仕切り直し。
BGMが「デイ・トリッパー」に替わる。
単品で頼んでもよかったが
ライス・味噌汁付きのAランチ(980円)をお願いした。
内容は豚ロースソテーのボローニャ風とメンチカツだ。
ボローニャ風だからミートソースでも掛かってるのだろう。
メンチと挽き肉がかぶるが、それもよし。

ちなみにBランチは岩中チャーシューエッグだった。
岩中豚は岩手県産の高級銘柄豚。
チャーシューエッグは築地場内にある「とんかつ八千代」の名物。
あまり旨くなかった記憶があるが、そのパクリだろう。

サンスポに半分ほど目を通したとき、ランチプレートが整った。
豚ロースにはやはりミートソースだった。
それもスパゲッティ用のタイプではなく、
合い挽き肉入りのデミグラスといったふうだ。
付合わせはキャベツとトマトとパセリに案の定、マカロニサラダ。
ただし穴の開いたマカロニではなく、ねじりん棒のフジッリである。

岩中豚のロースはまことにけっこう。
赤身と脂身とのバランスがとてもいい。
そしてボローニャ風ソースもなかなかである。
挽き肉は黒毛和牛が8割、岩中豚が2割と明記されていた。
ハンバーグの黄金比率は、牛7:豚3といわれるが
それよりも牛の割合が多い。

ハンバーグと同じ挽き肉が使われるハズのメンチカツは
期待通りにジューシー。
ナイフを入れたら肉汁がしたたった。
でも、観音裏の名店「ニュー王将」のそれには及ばない。
あれは東京一だもんなァ。

=つづく=

2017年10月20日金曜日

第1726話 思い出の町 柳橋 (その2)

台東区・浅草橋の町を歩いている。
浅草と日本橋のちょうど中間点にある浅草橋。
源頼義とその長男、八幡太郎義家ゆかりの
銀杏岡八幡神社を通りすがったところだ。

鳥居の真ん前には日本そばの「満留賀」、
その数軒先には「そば八」、どちらもたびたび利用した。
「満留賀」では晩酌、「そば八」では昼食という普段使い。
よって「そば八」に入り掛けたものの、
あいや、待て、まて、江戸通りの向こう側、
隅田川沿いの柳橋に行ってみなければ―。
そここそが used be my hometown なんだからネ。

JR浅草橋駅東口に立つ。
あれれ、人形の「秀月」が消えちゃってるヨ。
ライバルの「久月」は健在だが一体何があったというのだ。
帰宅後、調べてみたら
同じ江戸通りの、もうちょいと南側に本店が移動していた。

今のご時世、人形メーカーの行く末は厳しかろう。
まっ、倒産したのじゃなくってよかった。
人形は買ったことがないけれど、
町のシンボル的存在に何となく愛着があるからネ。

総武線の高架線下を歩く。
ここは柳橋1丁目。
天ぷら「江戸平」、うなぎ「よし田」、
ともに暖簾は出ていないが営業を続けている様子。
ご同慶のいたりである。

名匠・成瀬己喜男の名作「流れる」(1956年)には
両店がはっきりと映し出されている。
あれから60年余り、トンデモない老舗が生き残っているのだ。
2軒は同じ並びにあって、ほかに飲食店はまったくない。
これを奇跡と呼ばずして何と言おう。
昭和の残滓などと揶揄したらバチが当たるというものだ。

思い出の町を歩きながら
本日の昼めし処の構想が固まってきた。
洋食の「大吉」である。
名店ではけっしてないが佳店であることは確かだ。
数えきれないほどここに来ている。

行き着けたフレンチ・ビストロはラーメン店に代わっていた。
柳橋が花街として隆盛を保っていた頃からの老舗、
「梅寿司」が見覚えのある暖簾を掲げている。
うれしい限りである。

「大吉」に到着。
この店は地下店舗だが1階にメニューが貼り出されている。
ほとんどの料理を食べつくしているにもかかわらず、
あらためてつぶさに見入るJ.C.であった。

=つづく=

2017年10月19日木曜日

第1725話 思い出の町 柳橋 (その1)

この日の散歩はJR上野駅から。
人波でごったがえす新宿、池袋、渋谷、東京、
そして近年は品川駅まで、
こういうところへは用がなけりゃ行きたくもないやネ。
その点、大きなターミナル駅なのに
上野だけはどこかのんびり感を漂わせている。

その空気が好きなせいか、
ここを散歩の起点や終点にすることたびたびである。
上野恩賜公園、不忍池から谷根千に抜けたり、
稲荷町、田原町を経て浅草方面へ行くのにも便利。
広小路、湯島から本郷へ、
あるいは秋葉原から神田という選択肢もある。
双六に例えれば振りだしみたいな土地柄なのだ。

JR上野駅はやたらめったら出口が多い。
正面玄関口から時計回りに
広小路口、不忍口、西郷口、山下口、公園口、
入谷口、東上野口、浅草口と、大変な数である。

そのうち最もさびしいのは入谷口じゃなかろうか。
岩倉高校や上野学園の生徒のほか、
利用する乗降客があまりいないように思われる。
東上野や北上野、入谷方面につながっていても
道行く人の数はタカが知れている。

その入谷口を出た。
進路を東に取り、昭和通りを渡る。
上野警察と台東区役所の間をすり抜けて稲荷町方面へ。
このまま行くと浅草に行き着くが方向を少しく南に修正する。

都営大江戸線・新御徒町駅そばの佐竹商店街にやって来た。
都内屈指のレトロ感に満ち満ちたアーケードをゆく。
時刻は12時半を回って少々腹が空いてきた。
そろそろどこかに入ろうか―。

コロペットなるユニークなコロッケがウリの洋食店は
いつの間にか閉業して居酒屋だったかな、
ほかの店舗に取って代わられている。
時代遅れの喫茶店兼食堂「白根屋」の前でしばし逡巡。
久々だから入店したいが残念ながらここにはビールがない。
よって見送り。

鳥越のおかず横丁は営業している店がほとんどない。
考えてみりゃ、今日は祝日だった。
例大祭の千貫神輿で世に知られる鳥越神社も人はまばら。
境内には入らず、浅草橋へと向かう。

ニューヨークから帰国してすぐに棲んだのは台東区・柳橋。
10年以上の月日を過ごした。
利用した最寄り駅はJR総武線と都営浅草線が走る浅草橋だ。
新店を除いて駅周辺の飲食店はほとんど訪れている。
胸の奥からなつかしさがこみ上げてきた。

=つづく=

2017年10月18日水曜日

第1724話 サンマの紹興煮 (その2)

自宅のキッチンで新サンマを煮ている。
第一感は塩焼きだった。
大根おろしを添えて酢橘を搾れば
舌上を秋の味覚が駆け巡ること必至なれど、
一ひねり加えて有馬煮ならぬ、
紹興煮とシャレ込んだのだ。

ちなみに紹興煮とはJ.C.の勝手なネーミング。
どんな料理本を開いてもこんなのは掲載されていない。
四川料理の麻婆豆腐に使用される花椒は
華北山椒とも呼ばれる。
よって四川煮、あるいは華北煮のアイデアが浮かんだものの、
浙江省・紹興市の特産、紹興酒が重要な役割を担うため、
紹興煮とした次第だ。

フライパンの煮汁が煮立ってきた。
上(カミ)と下(シモ)2片のサンマを静かに並べ入れる。
煮魚は引っくり返すな! 
巷間そう伝わるが、あえて逆らい、5分ほどで裏返す。
そうしておいて落とし蓋である。
木製のモノなどないからアルミホイルの即席蓋で間に合わす。

最弱火でおよそ15分。
汁気がなくなってきたら花椒を散らして火を止める。
いや、実に簡単なのだ。
テーブルに運んだら刻んだ香菜をこんもりと盛り付け、
おもむろにいただく。
もちろん淡白なシモのほうからネ。

あっ、そうそう、香菜というのはパクチーのこと。
いつの頃からかシャンツァイが
パクチーと呼ばれるようになった。
おそらくここ20年ほどの間だろう。
昭和の後期に朝鮮漬がキムチに
取って代わられたのと同じ現象と言えよう。

サンマの合いの手にはもちろん紹興酒である。
ちなみに自宅にあったのは近所のスーパーで購入した、
塔牌・花彫<珍五年>なる安物。
ラベルには
 日中国交正常化が成立した1972年より
 紹興酒を取扱う宝酒造が品質管理を行い、
 輸入販売している信頼のブランドです
とある。
あまり美味しい紹興酒ではないが思い出すなァ、
田中角栄と周恩来のあの固い握手を―。

ワタの詰まったカミには舌先を変えるため、
五香粉(ウーシャンフェン)を振って味わった。
主に八角と丁子が主張するこのスパイスは
一家に一瓶備えておくと便利だ。
たった一振りであら不思議、
本格的な中華の香りだけは楽しめます。

2017年10月17日火曜日

第1723話 サンマの紹興煮 (その1)

今年は秋の味覚の代表格、サンマが不漁だという。
九月半ばを過ぎてようやく
漁獲は回復傾向にあるというが
過去の豊漁期に比べればずっと少ないそうだ。

先日、近所の鮮魚店に生の新サンマを見掛けた。
サイズが大・中・小とあり、
中が1尾200円、小は200円弱、大は200円強である。
サンマの周りにはイワシ、アジ、カサゴ、
舌平目、スルメイカ、白イカが並んでいる。
刺身のショウケースには
バチマグロの赤身と中とろ、真鯛、カンパチ、かつお、
〆さば、〆小肌、赤貝、ツブ貝などなど。

首をかしげて上空の白雲を眺めるともなく眺め、
はて、どうしたものかのぉ・・・。
以前はあまり並ばなかった小肌が
最近はよく見掛けるようになった。
好物につき、あれば購うのが常、
この日もまずは小肌を4枚に赤貝を一舟、
そして小さいサンマを1尾、買い求める。
サンマは頭と尾を落とし、
胴を真っ二つに切断してもらった。

帰宅後、手を煩わすのはサンマだけだが
粗塩を振ってグリルで焼けばそれで済む。
野菜庫には大根も酢橘(スダチ)も眠っているし、
何の苦労もない。
とは思ったものの、
芸がないので焼かずに煮ようと考え直す。

煮魚は焼き魚に負けず劣らず好きなのだ。
カレイ類や穴子、あるいはカスベ(エイ)が理想的で
イワシやアジなどの青背はめったに煮ない。
ただし、サンマは例外中の例外。
佃煮風に仕上げた実山椒をストックしているから
ちょいと小ジャレて有馬煮にするわけだ。

大き目のフライパンに水を張り、
砂糖と醤油と日本酒を投入して煮立てる。
臭い消しの根生姜を削り終え、
酒類の並ぶ棚に再び目をやった。
おっと、紹興酒があるじゃないか。

瞬時に閃いたネ。
有馬煮はよして中華風にしてみよう。
山椒の代わりに花椒(ホアジャオ)があるし、
香菜(シャンツァイ)もまだ元気。
すでに日本酒を入れてしまったが
追いかけて紹興酒をドボドボと注いだ次第なり。

=つづく=