2018年9月28日金曜日

第1969話 時間がとまった商店街 (その1)

半年ぶりにやって来たのは江戸のはずれの江戸川区。
都営地下鉄・瑞江駅の南口ロータリーからバスに乗り、
新町商店街入口で下車した。
ここが本日の目的地なのだ。

時刻は16時半、待ち合わせまで時間があった。
とりあえず土地カンを植え付けようと町をぶ~らぶら。
いや、何とまあ、ノスタルジックなストリートだこと。
第一感は黒澤明の映画「用心棒」だ。
ちょいとばかり手直しただけで
江戸末期の宿場町に変身するんじゃないかな。
三船敏郎と仲代達矢を立たせてみたいほどのもの。
たった15分で商店街の全容を識ることができた。

バスストップに引き返し、相方をピックアップして
大衆酒場「大林」の店先へやって来ると、
1組のカップルが待機していた。
ところが開店の17時を回っても暖簾の出る気配がない。

そこへ現れたのはチャリンコのオバちゃん。
見ず知らずのJ.C.に向かって
「あらっ、今日やってないの?」―
だしぬけに問われてたじろきながら
「いえ、ボクたちも開くの待ってんですがネ」―
チャリンコを停めたオバちゃん、
委細構わず、いきなり引き戸を引いた。

「何だ、やってんじゃん!」―
そのまま店内に足を踏み入れたじゃないか。
「エエーッ!」―
驚いてあとに続くとホントだ、やってんじゃん!
 
店内では10人以上の先客が飲んでおったぞなもし。
中には子連れまでいるぞなもし。
われわれと入れ替わりに店のオネエさんが暖簾を掲げた。
どうなってんのヨ、この店は!
 
しばらく間を置いて注文を取りにきた彼女に
サッポロ黒ラベルの大ジョッキを通す。
なおもブツクサ言ってるわれわれに
隣りの単身客が解説してくれた。

「ここは常連が早めに来て飲み始めちゃうの。
 今日はそんなんが多くて
 暖簾出すヒマなかったんじゃないかな?」
「ハァ、そうなんですか、ご親切にどうも」

納得して突き出しの小皿に箸をのばした。
見た目は単なる小盛りのそうめんだが
ん? 何じゃこれは!

=つづく=

2018年9月27日木曜日

第1968話 焼きとん・貝刺し・とんかつの夜 (その4)

高田馬場駅に着いたときには、とんかつと決めていた。
馬場にはとんかつの優良店が数多い。
駅前のビルの地下にも1軒あるが
せっかくだから未訪店が望ましい。

早稲田通りを東へ、馬場口方面に向かう。
たびたび利用した雀荘の手前を左折してほどなく、
「とんかつ ひなた」が姿を現す。
店頭のメニューを眺めていたら
中から女性スタッフが出て来て入店をすすめられた。
一番安いロースカツ定食(1300円)は売切れ。
(並)と(上)の違いはグラム数で肉質は同じとのこと。
あんまりデカいのは食いたくないが、仕方ないか―。

おや、おや、ずいぶんモダンでオサレなお店だこと。
瞬時に連想したのは半月前に落胆の憂き目を見た、
押上の「焼鳥 おみ乃」であった。
逆コの字形のカウンターのみというのも瓜二つである。

上ロース定食(1800円)をお願いする。
ビールはスーパードライの小瓶(500円)。
お通しは小さなポテトサラダ。
定食にはお新香とチャーシュウスープが付き、
+150円で豚汁に変更可能だが、せっかくの焼き豚汁に
追加まで払って豚汁にすることもなかろう。

卓上をチェックすると、塩はペルーのインカ&高知のあまみ。
オリジナルのさらさらソース&とんかつソース。
何に使うのか、イタリアのヴァージン・オリーヴオイル。
そんなこんながセットされていた。

待つこと10分、配膳された定食のカツは色白タイプで
その色、香りからして揚げ油はラードにあらず。
肉は宮城産の薬膳豚使用とのこと。
キャベツは山盛りにして、ごはんも多め。
ともに一回のみ、お替わり無料だ。
皿の脇に練り辛子がタップリと添えられていた。

新香はきゅうりと白菜に出来合いのしば漬け。
しょうがの効いた醤油味スープのチャーシュウは
カツ用の端肉でキャベツも千切りに適さぬ芯ばかり。
まっ、これを廃物利用とは言わんがネ。

どうにか頑張って完食した。
素材、調理が優れているおかげで胃もたれはない。
でも、ここで思い当った。
(並)と(上)が同じ肉なら違いは厚みだけだろう。
なぜ(並)だけ売切れになるのかな?
まさか、仕込みの段階で切り分けを済ませてはいまい。

この現象は、ランチタイムにそこそこ奉仕する代わり、
夜は客単価を上げたい経営方針の表れに相違ない。
「焼鳥 おみ乃」の”おまかせ誘導”と根っこは一緒だ。
利益追求を金科玉条とする経営者の宿命がここにある。

それでも焼きとん・貝刺し・とんかつと、
孤独の食べ歩きに歓びを見い出せた夜でした。

=おしまい=

「とんかつ ひなた」
 東京都新宿区高田馬場2-13-9
 03-6380-2424

2018年9月26日水曜日

第1967話 焼きとん・貝刺し・とんかつの夜 (その3)

新宿区・中井の「錦山(きんざん)」は昭和36年の創業。
大きめの皿に盛られた貝三昧が整った。
姫さざえの姿なく、代わりに青柳が参加している。
つぶ貝とさざえではコリコリ系がダブるから
むしろこのほうがよい。

それにしてもけっこうな量だ。
殊に青柳とつぶ貝は半端じゃない。
とり貝もかなりのサイズで通常の2倍はあろうか。
ひも付きの赤貝がうれしかった。

ジョッキはすぐにカラとなり、はて、次は何を飲もうかな。
焼酎の桑茶割りというのが珍しい。
ヨソで見たことは一度もない。
原料は桑の葉だろうが、ほかに飲みものはいくらでもある。
あえて蚕(かいこ)のエサを横取りすることもあるまい。

ハイボールはサントリーの知多。
急に飲みたくなって1杯いただく。
普段、あまり口にしないウイスキーながら知多は好き。
角やオールドよりずっと好き。
これはトウモロコシ原料のグレーンウイスキーである。

近所で夏祭りでもあったのだろうか?
半被(はっぴ)姿の客が集まり出した。
これを潮時にして、早めのお勘定は2千円とちょっと。
実に良心的な店だった。

オモテに出ると雨足が強まっている。
妙正寺川の向こう岸には
新宿区立落合第五小学校の校舎が雨に煙っている。
おう、そっちが落合第五なら、こちとら大森第五だぜ!
こんなところで突っ張らかっても何の意味もない。

小走りに中井駅へ駆け込んだ。
さっきは都営大江戸線だったが今度は西武新宿線である。
時間も時間だし、これ以上都心を離れるのはイヤ。
ガラガラの上りに乗車した。

新宿に行く気はないから下車は高田馬場の一者択一。
さて、どうしようか・・・身の振り方を考える。
夕方から食べたものといえば、
焼きとん3本、もつカレーw/フランスパン2切れ、
ツナ缶とキャベツのカレー風味、貝刺し盛合せ。
ということになる。

どちらかといえば小食派に属するが
ストマックにはまだまだ余裕があった。
高田馬場ときたら、やはりとんかつだろうか・・・。
真っ当なとんかつはしばらくご無沙汰だから
久々に食べたいな・・・よしっ、食べよう!

=つづく=

「錦山」
 東京都新宿区中井1-3-6
 03-3362-1875

2018年9月25日火曜日

第1966話 焼きとん・貝刺し・とんかつの夜 (その2)

東中野の「もつ焼き 丸松」。
焼きとんは3本にとどめて
当店の人気メニューであるらしい、もつカレーを追加注文。
日本酒にカレーもないものだが、
大衆酒場ではミスマッチが思わぬ相性の妙を生み出す。

カレーは汁気に乏しいペースト状。
バゲット、いや、バタールかな? パンが2切れ付いてきた。
もつはシロが主体でファイバーの立った赤身肉も散見される。
味付けは市販のルウが全面に出て
何かもう一ひねり、スパイスのパンチがほしい。

会計は2千円と少々。
「秋元屋」同様に下町酒場の情緒はない。
それでもかなりの賑わいではあった。

次のターゲットは新宿区・中井の居酒屋「錦山」。
歩いて15分ほどの距離だが雨が降り出したので
都営地下鉄・大江戸線を利用する。
たった一駅だがネ。

中井の町も実に久方ぶり、やはり20年は経ったろうか。
妙正寺川のほとりに初めて訪れる「錦山」はあった。
川のほとりというロケーションは
独特の風情があって心にも小さなさざ波を立てる。

先客はカウンターにオバさんとオバアさんの二人連れ。
近所の常連だろう、親しげに店主と言葉を交わしている。
老夫婦の切盛りと聞いていたが代替わりしたようだ。
こちらは奥へ進んでカウンターの端に座った。
サッポロの中ジョッキを通すと、
妙な突き出しが同時に運ばれた。

一箸つけて缶詰のツナとキャベツの炒め煮びたしと判明。
カレー味で仕上げてあった。
ツナ缶はあまり好きではないがキャベツの甘さ、
カレー粉の風味が上手に作用してビールのつまみに悪くない。
もつカレーのあとでカレー炒め、
ハレでもないし、ケでもない、今日はカレーの日であろうか。

先ほどの「丸松」以上に念を入れて品書きを吟味する。
店のイチ推しは、お刺身ちょっと盛り(780円)。
本日の陣容は、まぐろ・かつお・かんぱち・たこ・海老・ねぎトロ。
もう9月なのに”はづきセット”(520円)があって
こちらは馬刺し・黒むつ・水なす。
さしみ三品(520円)は、まぐろ・かつお・たこ。
夏の天ぷら(480円)は、きす・かに・夏野菜。
初物さんま塩焼き(480円)に
マカロニポテトミックスさらだ(380円)なんてものも。

結局、注文したのは貝三昧(980円)なる一皿。
赤貝・つぶ貝・とり貝・姫さざえの盛合せとあった。

=つづく=

「もつ焼き 丸松」
 東京都中野区東中野1-56-4
 03-5338-4039 

2018年9月24日月曜日

第1965話 焼きとん・貝刺し・とんかつの夜 (その1)

その夕刻は東京メトロ東西線・落合駅で下車。
山手通りを南に歩いて東中野に到着した。
しばらくもしばらく、およそ20年ぶりの訪れである。
たたずまいに見覚えがあっても
駅舎は大きな変貌を遂げていた。

リトルタウンにつき、
目当ての「丸松」はすぐに見つかった。
道なりに歩を進めたら目の前に現れた、てな感じ。
店先に出張ったテーブル席の3人組は
すでにデキ上がりの様相を呈している。

逆L字形のカウンターに客が鈴なりとなって
電線に並んで止まる、ふくら雀の如し。
運よくL字のカドが1席だけ空いていた。
目の前の焼き手はおそらく店主だろう。
野方の「秋元屋」出身と聞いた。

彼に促されて腰を下ろす。
両脇はともにカップルの女性のほうで
この状態を両手に花とはいわぬが
着席の際に二人とも腰を浮かせて
なけなしのスペースを作ってくれた。
大衆酒場はこうでなくちゃいけない。
こちらは軽く会釈を返す。

瓶ビールはサッポロラガー。
近頃、この赤星は珍しくも何ともなくなった。
個人的にはむしろ黒ラベルのほうがありがたい。
とは言いつつも、その大瓶をトクトクトク。
クイッとやれば、小さなシアワセが身を包む。

焼きとんはレバ、ハツモト、シロを
味付け指定せずに1本(120円)づつ。
最初のレバは塩だった。
レバにはタレがベストだが素材に自信があるのだろう、
実際、上々の仕上がりであった。
ハツモトはナンコツに似ており、こちらは醤油味。
食べにくくはないものの、
入れ歯の方はハナからあきらめたほうが賢明。
シロが最後に来て、ここで初めてタレ。
シロのタレ焼き、これこそ我が焼きとん人生の原点なり。

冷たい宮の雪純米に切り替えた。
一世を風靡しているキンミヤ焼酎の造り手、
三重県・四日市の宮﨑本店が醸す日本酒がコレ。
ほかににごりと大吟醸があるが
大吟醸は入荷したその日に売切れとなる由。

宮の雪はまあそれなり、可も不可もナシといったところか。
やはり餅は餅屋、酒は造り酒屋だろうヨ。
何かつまみをもう1品、壁の品書きに目を凝らした。

=つづく=

2018年9月21日金曜日

第1964話 やっちゃ場から三角地帯まで (その4)

急ぎ足で到着したのは
京王新線・幡ヶ谷駅そばの「のっこい」。
みちのく生まれの女将が独り働きの和食店は
つい2ヶ月前にもおジャマしている。

当夜のお相手は30年来の友人・B千チャン。
なかなかに風変わりな人物で
J.C.のニューヨーク滞在時に遊びに来てくれたのだが
ビーバーの毛皮の帽子をかぶって現れた。
ジョン・ウェイン扮する「アラモ」の
デイビー・クロケット大佐みたいにネ。
あとで聞いたらビーバーじゃなくてアライグマだったが
そりゃそうだ、ビーバーなんか捕まえちゃいけないと思う。

あちら宮城の栗駒山、こちらサッポロの生で乾杯。
つまみは手軽なものから
自家製らっきょう、オクラ冷奴、まぐろ山かけ。
いずれもさりげない佳品で丁寧に正直に作られている。
まったくもって”安倍川餅”に見習わせたいくらいだ。

前回は雨天にもかかわらず、ほぼ満席だったが
今夜は好天なのに空いている。
好天に過ぎて常連は暑さにやられ、
引きこもっているのかもしれない。

伯楽星、日高見と冷酒のグラスを重ねてゆく。
追加の料理はマカロニポテトサラダとさば味噌煮。
このマカポテは注文が入って初めて取り掛かる、
正真正銘の自家製オーダーメイドだ。
不味い道理がない。

ビールに戻してサッポロ赤星。
日本酒を飲むとノドが渇くからネ。
そんなこんなで早めに切り上げた。
切り上げたが、このままでは終わらない。
行く先は三軒茶屋の三角地帯である。
距離的にはわりと近いものの、
乗り換えると遠回りだし、面倒くさい。
クルマで移動した。

二人落ち着いたのはスナック「L」の止まり木。
焼酎のロックをお願いすると、
なぜか出てきたボトルは麦焼酎のいいちこ。
あれっ、確か、芋の黒霧島をキープしたハズだがなァ。
まっ、いいか、和やかに歓談して楽しい夜を過ごす。

翌日、「L」のママからメール来信。
「お客様のボトルを手入れしてましたら
 オカザワさんの黒霧が出てきました。
 ごめんなさいネ、またのご来店を―」
ほら、言わないこっちゃない。
でも一瞬、自分の記憶力に疑念を抱いただけに
一安心した次第であります。

=おしまい=

「のっこい」 
 東京都渋谷区幡ヶ谷1-4-1
 03-3372-6550

2018年9月20日木曜日

第1963話 やっちゃ場から三角地帯まで (その3)

渋谷区・幡代で一飲するに恰好の「C」を見つけ、
舞い降りて翼を休めることにした。
入店すると若い女性のワン・オペで
先客はカウンターにワン・カップル。
壁に貼られた大きなポスターはビキニ姿のピチ娘。
アサヒビールのものである。
ハートランドに不満はないがアサヒならもっとよい。

さっそく生ビールを所望した。
おや?  ちと苦味が強いな。
こいつはアサヒでもなければハートランドでもない。
ビールの風味にはチョー敏感なマイ・タング。
キリンのラガーに間違いあるまい。
まっ、いいでしょう、いいでしょう。

カップルが去り、接客の女性と二人きり。
気を使った彼女がいろいろと話しかけてくれる。
バックバーにレッド・ストライプの空瓶が数本。
ジャマイカのラガービールである。

これをキッカケに話題はジャマイカに飛んだ。
互いに訪れたことのある島なので会話が弾む。
ものはついでとお替わりに
レッド・ストライプをお願いしたら
発注を掛けてるのに未入荷の由。 

続けて彼女が発した言葉にこちらは言葉を失った。
「マイヤーズがありますヨ」―
ジャマイカ産のダーク・ラムである。
宵の口にもならんのに、いきなりラムでっか?
 
敵(?)に後ろを見せるのは男の恥とばかり、
ヘンな見栄を張って飲みたくもない酒をロックでお願い。
するとスンゴいのが来た。
デッカいタンブラーになみなみと、
氷を差し引いて推し量るにトリプルは固い。
いや、その上のダブル・オヴ・ダブルだネ。
 
マイッたな、さすがのJチャンもたじろいだ。
でも飲んだだヨ、ヘミングウェイみたいに飲んだだヨ。
おかげで半ベロ状態になっただヨ。
幡ヶ谷はすぐ近くだけど、
待合せに遅刻必至となってのお勘定は1200円也。
 
帰り際に
「また来ます!って言った客はまず来ないでしょ?」
「そうなんですよねェ、残念ながら・・・」
「じゃ、もう来ないネ」
「ヤだっ!」

あれから再訪してないが
そろそろ顔を出してみようかな。
 
=つづく=

2018年9月19日水曜日

第1962話 やっちゃ場から三角地帯まで (その2)

北新宿は淀橋市場内の「伊勢屋食堂」にて
ビール&つまみを楽しみながら
メニュー吟味の長考に入った。
長考といっても5分少々に過ぎないけど―。

ほう、ケチャップ味のポークソテーねェ。
普段あまり食べない料理を試すとするか―。
フツーにとんかつでもいいんだが、ちょいとひねりを加え、
ついでにケチャップの甘みを賞味しようじゃないか―。

15センチほどの豚クンは7つにカットされていた。
食べやすいサイズだし、付きすぎない脂身がよくて
ビールの友にはピッタリである。
よほどもう1本という気になったが
本日は夕刻より深飲みの予定につき、思いとどまる。

座った小卓の左側は壁、正面も壁、その右が入り口。
視界に入るのは出入りする客ばかりで
音声は聞こえても店内の様子は判らない。
やっちゃ場だけにそうしてる間にも野菜が次々と届く。
大根は釧路、キャベツは長野、冬瓜は三浦半島、
ダジャレじゃなくって茄子は那須。
アハハ、上手くできてるなァ。

食べ終えて大久保から中央線で代々木。
山手線に乗り換え、原宿到着。
この駅の混雑がまたヒドかった。
改札周りなんか待合せのバカ者、もとい、
若者でごった返している。

人並みをかき分けて公園通りに入った。
2ヶ月に1度の理髪のためだ。
馴染みのK子チャンのコリアンの旦那が
店の手伝いを始めており、
近い将来、美容師を目指すという。
言葉のハンデもあろうし、健闘を祈りたい。

本数の少ないコミュニティ・バスの発車時間がせまり、
無理を言ってカットを急がせた末、無事に乗車。
車窓は代々木公園から代々木八幡の景色を映してゆく。
初台と幡ヶ谷の中ほどあたり、幡代で下車した。

夜の約束にはまだ小1時間の余裕がある。
軽く引っかけるつもりで
玉川水道旧水路緑道沿いのワインバーにやって来たら
ありゃあ、臨時休業の札がぶら下がってるヨ。

界隈をウロウロしても始まらないから幡ヶ谷方面に歩く。
見つけたのは甲州街道に面した、とあるカフェバーだ。
店先のポスターによれば、生ビールはキリンのハートランド。
よしっ、ここに決めた!

=つづく=

「伊勢屋食堂」
 東京都新宿区北新宿4-2-1
 03-3364-0456

2018年9月18日火曜日

第1961話 やっちゃ場から三角地帯まで (その1)

その日の午前中は自堕落にのんべんだらり。
だが、午後からの予定はいっぱいイッパイだった。
JR山手線に揺れて揺られて、降りたのは新大久保駅。
プラットフォームも改札口も人々が芋の子を洗うよう。
飛び交う言語に母国語は混じっているが
コリアン&チャイニーズに音量では太刀打ちできない。
何が楽しくてこのクソ暑い東京に押し寄せるんだろう。

炎天下を歩き、大久保駅前のガードをくぐってしばらく、
殺風景な淀橋市場に到着した。
ここはやっちゃ場、いわゆる青果市場である。
招かれざる訪問者が激増する築地の場外に
寄り付かなくなって久しい。
その点、ここは閑散としていて人恋しくなるくらいだ。

外壁をグルリと廻り、やって来たのは「伊勢屋食堂」。
あれほど馴染んだ築地と決別した今、
淀橋や千住大橋は貴重だ。
市場食堂への愛着は浅からぬものがあるからネ。

店内は満席で待たされたが
ホンの数分で入口に一番近い小卓が空いた。
まずはイの一番にスーパードライの大瓶でしょ。
プファ~ッ、萎れていた肉体がよみがえる。

オバちゃんが突き出しの小皿を
何枚かトレイに乗せて突然現れた。
店内に背を向けているから状況がまったく把握できない。
小皿はすべてお新香ながら組合わせが異なって
ヴァリエーションに富み、飲む客はここから1皿択べる。

桜大根と一緒に何かの薄切りが2枚。
こりゃいったい何だろう?
「瓜かなんかですか?」
「エヘッ、梨なんですヨ」
オバちゃん、お茶目に笑った。
ええ~っ、梨のぬか漬けなんて初めてだ。
迷わず速攻、梨&大根を手に取った。
大根にゃ悪いがそっちのけで梨を1切れ。
ふ~ん、みずみずしい浅漬けはなかなかいいねェ。

つまみは厚揚げ煮、それにトマトの酢漬けを注文。
厚揚げには練り辛子。
黒酢仕立てのトマトにはきざみオニオン。
どちらも金百円也と、申し訳ないくらい。

あとの予定を考慮すれば、
定食では重いから単品でお願いするとしよう。
当店は豚肉生姜焼きとチャーシューメンが
人気を二分しているらしいが、それじゃあまり面白くない。
何か一ひねりほしいなァ・・・そんなことを思いつつ、
遅ればせながら桜大根を奥歯で噛んだ。

=つづく=

2018年9月17日月曜日

第1960話 落胆の人気焼き鳥 (その3)

墨田区・押上の焼き鳥店、
「おみ乃」は無いモノだらけであった。
江戸前の鮨屋に例えれば、
平目・まぐろはあっても
小肌ない、すみいかない、赤貝ない、車海老ない、穴子ない。
ほかにあるのはせいぜい蛸と玉子にかんぴょう巻き。

癇癪持ちの客だったら、つけ台引っくり返すぜ。
いや、カウンターのつけ台はちゃぶ台じゃないから
そんな狼藉はハナからムリだがネ。
とにかくナイナイづくしにあきれ返った。

その後、発注したのは
はつ・血肝・白玉(うずら玉)・つくね・かしわ・波(皮)。
そして締めの鳥スープは自動的に供された。
アルコールは奈良萬冷酒と芋焼酎・壱岐の島ロック。
以上で会計は9千円弱だった。
べら棒とは言わないまでもかなり割高だ。
もちろん不完全燃焼が胸の内にくすぶっている。

鮨屋にせよ、天ぷら屋にせよ、
お好みor おまかせの両面(リャンメン)待ちが当たり前。
近頃は焼き鳥もまたしかりで、いつの間にか高級化が進み、
敷居が高くなったり、席の確保が難しくなったりしている。
客にお好みという選択肢を与えた以上は
それにしっかりと対応する責務をまっとうしてほしい。
最低限の責務が品揃えである。

店にとっておまかせ(コース)はラク。
逆にお好み(アラカルト)は倍の労力が求められる。
いや3倍、いやいや、それ以上かもしれない。
ここにJ.C.がフレンチにおける「カンテサンス」より、
「ラビラント」を評価する理由がある。
真っ当なレストランにはもっとアラカルトを重視してほしい。

あまかせとは客に食事を配給する”給食”にすぎず、
お好みのように食事を提供する”供食”ではない。
この夜、「おみ乃」のカウンターに同席(?)した客は
お行儀よく焼き鳥を食べさせてもらっている若年層ばかり。
あたかも鳥小屋のケージに並ぶブロイラーの如し。
鳥が鳥を食ってどうすんの?
店側にとってこんな客層を手玉にとるのは
赤子の手をひねるも同然、思うツボとはこのことをいう。

期待しただけに落胆も大きいものがあった。
山高ければ谷深し。
あゝ、国破れて山河あり。
障子破れてサンがあり。

来た道を引き返し、「神谷バー」へ。
結局は薬局、振り出しに戻ったワケだ。
一緒に幾度も訪れた思い出の空間で
名残りのグラスをカチンと合わせる。
ふと視界に入った薬指のリングが目にしみた。
人生なんて所詮は
男と女の出会いと別れのくり返しに過ぎない。

=おしまい=

「焼鳥 おみ乃」
 東京都墨田区押上1-38-4
 03-5619-1892

「神谷バー」
 東京都台東区浅草1-1-1
 03-3841-5400 

2018年9月14日金曜日

第1959話 落胆の人気焼き鳥 (その2)

20時ちょい前に到着した押上の「焼鳥 おみ乃」。
目黒の有名店「鳥しき」で修業した店主が昨年開き、
すでに絶大な人気を誇っている。
逆コの字形のカウンターは隣客との距離が保たれて
肩ひじ張ってもぶつかったりはしない。
快適な空間がスカイツリーのお膝元にあった。

アサヒビールの本拠地至近ながら瓶ビールはサッポロ赤星。
生もエビスだからサッポロ系列だ。
赤星で本日2度目の乾杯をして品書きに見入る。
当店は3人以上の来店だと必然的に
いや、強制的におまかせ一本やり。
2人まではお好みを択べるのがありがたい。

それが最近はすべておまかせを押っつけてくるらしい。
客の入りが安定して
いよいよ投資資金の回収期に入ったようだ。
おまかせなんて、やなこった。
あくまでもお好みに固執した。

お通しは瓜・蕪・大根のぬか漬けと大根の鬼おろし。
ぬか漬けがいい塩梅である。
アラカルトで頼んだ肝わさは
いわゆるハツとレバーのつなぎ部分。
独特の食感が楽しめ、食味もまことによろしい。

焼き鳥のラインナップは21種類。
こいつは楽しめそうだ。
ともに同じ串を食べ進めることにして
さっそく通したのが背肝とはらみである。
ところがどちらも売切れ。
ガッビ~ン!
はっきり言って当店を択んだ理由は第一に背肝だ。

何てこったい!
気を取り直して食道とちょうちんを―。
再び売切れの応えを聞いたときにゃ、わが耳を疑ったネ。
どうなってんだい、この店は!
4打数無安打ではお好みにした意味がない。

目の前のアンちゃんは
大ざるに盛りつけた野菜類を執拗にすすめてくる
あのネ、われわれ善良な市民は
野菜じゃなくって焼き鳥をいただきに参上つかまつったの。
おタクの屋号にも「焼鳥 おみ乃」って書いてあるじゃんか。

ため息交じりのはつもとがようやく初安打。
トンネルを抜け出して
さあ、ここから連続ヒットをと意気込んだものの、
ソリレスがまたもや空振り三振。
こうなると、もうヤケだわ。
焼き鳥だからこんなんでも商売できるが
鮨屋だったらレッドカード必至だぜ。

=つづく=

2018年9月13日木曜日

第1958話 落胆の人気焼き鳥 (その1)

青森県・H市から旧知の友が上京して来た。
一夜、旧交を温めることとして
はるか昔、二人でよく飲み歩いた浅草を舞台に択ぶ。

あれは1980年代初頭だった。
まだ四代目がつけ場に立っていた「弁天山美家古寿司」で
どうしても小肌が食べられない友に
親方が放った必殺技はにぎりのでんぐり返し。
絣模様の皮目をひっくり返してにぎって見せたのだ。
あまりの美味しさに瞠目した友はお替わりまでする始末。
あどけなさを残す笑顔が懐かしく思い出される。

浅草1丁目1番地1号、「神谷バー」入口で待合せた。
「神谷バー」には入らずに吾妻橋を渡り、墨田区・本所へ。
目の前にはフィリップ・スタルクの手になる、
黄金の炎がその美しい姿を惜しげもなく晒している。
何処のバカが言い出したんだろう、〇ンコビルだなんて―。
けっ、バチ当たりがっ!
ちなみに〇ンコの〇の字に誤植はいけませんゾ。
あくまでもア行であって、タ行やマ行は絶対にダメですヨ。

訪れたのはそのビルのアネクスにある、
アサヒビール直営の「TOKYO隅田川ブルーイング」。
ここは内装をマイナーチェンジしながら
コロコロと店名を変えることで不評を買っている。
アサヒのビールは旨いがマネージメントはアホ揃いだ。

相方は通常のスーパードライ、
当方はエクストラコールドをCODで買い求めた。
しげしげとグラスを眺むるに
値段が上がったのに容量は減っている。
かつては泡ナシや泡少な目をお願いしても
なみなみと注いでくれたのに今は泡が空間に変わった。

橋の向こうの「神谷バー」も同じ仕打ちをするものの、
ここはメーカー直営じゃないか!
儲けなんか考えずにファンを増やせヨ。
値上げ・減量をセコいと言うと自分自身がセコくなるので
あえて言わないが、おっと、言っちまったか。
しゃんめい、しゃんめい!

てなこたァ忘れ、再会を祝して乾杯。
珠玉の1杯は喉元をうるおすに余りある。
美味しい飲みものは思い出話に花を添えてくれる。
互いの問わず語りが続くこと半刻。
予約した店に向かった。

隅田川を吾妻橋で渡り戻らず、押上方面へと歩く。
今宵は相方のリクエストで
予約の取りにくい焼き鳥店を抑えてある。
指定された時間はバカバカしくも二巡目の20時。
普段こんなマネは絶対しないのにすべて友情のため。
かつては愛情だったこの友情のため。

=つづく=

「TOKYO隅田川ブルーイング」
 東京都墨田区吾妻橋1-23-36
 03-5608-3831 

2018年9月12日水曜日

第1957話 うどんが奏でた二重奏

まことに唐突ながら、わが日常の食生活において
うどんを食することは極めてマレである。
ベツに嫌いなわけじゃないが機会に恵まれない。
というより、機会を作らないと言ったほうが正しい。
うどん屋には入らないし、そば屋でうどんは頼まない。

日曜日の昼下がり、14時を回る頃、
讃岐うどんの佳店「根の津」を何年ぶりかで訪れた。
「根の津」は読んで字の如し、文京区・根津にある。
過去に何度も来ているから
以前はもっとうどんを食べていたことが判る。

昼の営業は15時まで。
さすがにこの時間だと人気店もスンナリ席を確保できた。
メニューを開いて熟考の末、 2種うどんに決定。
・・・かやく・わかめ・焼きばら海苔
・・・ぶっかけ・生醤油
以上のうちからそれぞれ1つを択ぶスタイル。
ボリュームはトータル1.5人前で870円はお食べ得である。
讃岐うどんでもっとも好きな生醤油と
最近、そば屋でちょくちょく見掛けるばら海苔をお願い。
ばら海苔は温つゆに限り、冷つゆは不向きなのだ。

ビールは生・瓶ともにキリンのみ、ここは我慢して見送る。
酒は長野の澤の花、福島の飛露喜など揃っていたが
ビールを差し置き、日本酒で晩酌を始める習慣はない。

茹でるのに12分ほど掛かって15分は待ったかな。
2つの小どんぶりが1枚の盆に載って登場。
うどんがノビやすい温つゆの焼きばら海苔からいただく。
どんぶりを彩るのはばら海苔、かまぼこ、きざみ小ねぎ。

うどんはやや太めの平打ち、ツルッときてモチッとくる。
なかなかに美味しいうどんだ。
残念ながら青みがかった愛媛産ばら海苔は香りに乏しい。
自宅でも愛用する有明海産黒ばら海苔に遠く及ばない。

いりこの出汁が効いてアッサリ甘めのつゆは
熱すぎてどんぶりが持てず、飲むことができない。
求めればくれるだろうが基本的にレンゲは女性専用らしい。
器はなるべく手で持ちたいもの。
屈みこんで食べるのは見苦しく不作法だ。

つゆが多少冷めるまでのあいだ、生醤油にハンドルを切った。
讃岐名物・生醤油うどんの薬味は
酢橘(すだち)、大根おろし、生醤油が三種の神器ながら
生醤油とは名ばかりで、じゅうぶんに出汁が効いている。
1/6カットの酢橘はちょいとシケている。
有料で構わんからせめて半個はほしい。
致し方なく、ときおり皮ごとかじり、
アクセントをつけながら食べ終える。

本年初のうどんはの二重奏を楽しませてくれた。
このアイデアをそば屋に見習わせたいが不可能だろう。
うどんと違い、そばはノビやすいからネ。
それに西国人と違い、東国人はせっかちだから
ノビゆくそばを前に気ばかりが急くからネ。

「根の津」
 東京都文京区根津1-23-16
 03-3822-9015

2018年9月11日火曜日

第1956話 キッカケはまぐろすみそ (その3)

黒毛和牛を廉価で提供する昼めし専門店「なり升」。
すきなべランチを食べ終えたところで
と思い出したのは
記憶の奥に閉じ込められていた一軒の大衆割烹だった。

ときは四十有余年の以前。
ところは板橋区・成増。
奇しくも今いるのは荒川区・町屋の「なり升」だ。 
「S」という名の店で独り冷酒を楽しんでいた。
つまみの刺身はまぐろではなく、平目だったと思う。
もう一品は飛竜頭でこれはよく覚えている。
生まれて初めて食べた料理だし、
名前の由来を店主から聞かされたからネ。

ほかに客はやはりカウンターに1人と
小上がりに3~4名のグループだけだった。
グループが女将に会計の声を掛け、
ほどなく代表者が
「すみません、お勘定を50円マケてください!」―
女将の顔に一瞬、困惑のかげりが浮かんだのを
ハッキリと見覚えている。

客の声を耳にした店主がすかさず、
「お断りしますっ!」―ピシャリと言い放ち、続けて
「食べもの屋で勘定をマケろと言うと恥をかきます。
 それはおやめになったほうがよろしいです」―
店内に緊張感が走ったが予期せぬ剣幕に驚きながらも
恐縮し切った客が平謝りに謝り、逆に心づけを申し出る始末。
もちろん店主は固辞して受け取らず、
女将ともども笑顔でグループを送り出したのだった。

芝居か映画の名シーンにふれた気がして
こちらの背筋が伸びた。
今までのダラダラ飲みを恥じ入り、
姿勢を正して酒盃を口元に運ぶ。

後日、再訪した際にこんなこともあった。
カウンターの端にいた常連と思しき客が
「オヤジさん、今日は鮑ありますか?」
店主応えて
「鮑ございます。しかし、造れません。
 おとついのシナモンでございますから・・・」
いや、シビれやした。
当世の若い料理人に聞かせたいくらいのものだ。

若い頃に柳橋の料亭で修業した店主は
当時、古希を超えていたハズ。
すでにこの世にはおられまい。
以来、この人の料理もさることながら
謦咳(けいがい)に触れたくて
乏しい小遣いをやりくりしながら何度か訪れた。
その度に満足して家路に着くのだった。
はるか遠い戻らざる青春の日々。

=おしまい=

なり升」
 東京都荒川区町屋2-9-25
 03-3892-4928

2018年9月10日月曜日

第1955話 キッカケはまぐろすみそ (その2)

荒川区・町屋の「なり升」は
めし処という雰囲気ながら
小料理屋の風情も濃厚に残している。
まぐろすみその実態を確かめついでに
実食するつもりで来たものの、本日はまぐろが不在。
いや、これからも再開する予定はないらしい。
それならメニューの短冊を外せばよさそうなものだが
何せ、ご夫婦揃ってかなりの高齢だから面倒なのだろう。

さて、まぐろ亡きあと、
山芋や玉子じゃもの足りないので
ビーフにターゲットを絞るしか手立てがない。
とにかく黒毛和牛が一律千円のサービス価格だし・・・。

しょうが焼きはそのまま生姜だろう。
スタミナ焼きはニンニクだろうか?
耳慣れない”あおりなべ”だけは
想像がつかず、訊かなきゃ判らん。
遠慮がちに伺うと、女将応えて曰く、
「生玉子が苦手なお客様用にお鍋でとじるんです」―
なるほど、そういう御仁はいるかもなァ。
ベツに外国人に限らなくともネ。

オーソドックスにすきなべをお願いした。
ついでに銘柄を確認したうえでキリンラガーの中瓶も。
ビールにはサービスのお通しとして
プロセスチーズの三角切りが2枚付いた。
雀躍はぜずとも素直にうれしい。
老夫婦の人柄が薄いチーズに偲ばれる。

整ったすきなべランチの陣容は
切り落としの牛肉に
豆腐・白滝・ねぎ・白菜・しめじ。
もちろん生玉子。
きゅうり・なす・かぶ・にんじんのぬか漬け。
わかめ・豆腐の味噌碗。
ちょいとオコゲの混じった白飯。
飯は鍋で炊いているのだろうか?

さすがの黒毛和牛も切り落としの、
しかも良い部位ではないから硬いが不満はない。
ただ、味付けが濃いので
溶き玉子にくぐらせてもかなりしょっぱい。
それでもキレイサッパリ完食した。

店内には昭和の匂いも立ち込めて
再訪の際にはゆるりと酒盃を傾けたいところだが
夜の営業がないから晩酌は不可能。
かといって昼飲みで月見とろろやオムレツじゃねェ・・・。
せめてまぐろモノがあったらなァ・・・。
このときだった、とある一軒の酒亭が
記憶の森から浮かび上がったのは—。

=つづく=

2018年9月7日金曜日

第1954話 キッカケはまぐろすみそ (その1)

 荒川区在住の友人から
「まぐろすみそって何でしょうか?」―
こんなメールが到来。
何でも同区・町屋の食堂ですき焼きを食べてたら
壁の短冊に”まぐろすみそランチ”を発見したとのこと。

それなら店主に問えばよさそうなもんだが
訊ける雰囲気じゃなかったらしい。
ふむ、”まぐろすみそ”ねェ。
おそらくまぐろのぬたではなかろうか。
いや、それ以外には考えられないな。

取りあえず、そう応えておいたものの、やはり気になる。
品書きに”まぐろすみそ”の文字を目にしたことは
わが人生においてただの一度もないからネ。
「なり升」なる店名を教えてもらい、自ら出向くことにした。

着いてみれば、何度か利用した和食店のすぐそばだ。
当然「なり升」の存在に気づいてしかるべきながら
この店はとっくに夜の営業をやめてしまい、
ランチの提供のみに絞ったそうだ。
なるほど閉めてたら見過ごすわな。

店先のボードに”黒毛和牛すきなべ 千円”とあり、
驚きながらガラリ引き戸を引くと、迎えてくれたのは老店主。
奥から女将もお出ましに及ぶ。
二人合わせて160歳は超えていようか?

先客はゼロで結局、後客もなかったのだが
とにかくカウンターに着いた。
おう、ホントだ、”まぐろすみそランチ”があった、あった。
ほかに刺身、ぶつ、山かけも揃ってオール千円。
さっそく店主に訊ねると、やはりぬたのことだった。
では、いただきましょう! と相成ったが
残念ながらまぐろモノはやめちゃったとのこと。

ありゃあ、やっちまったヨと思ったものの、
こういうケースの切り替えは速いほうだから
さっき驚いた黒毛和牛に食指を動かす。
すきなべ、あおりなべ、スタミナ焼き、しょうが焼き。
以上が黒毛和牛メニューで
あとはオムレツ、月見、とろろがやはり千円均一。

ちょっと待ってヨ、すき焼きとオムレツが同値ですかい。
どんなすき焼きか見てみなきゃ判断できないけれど、
月見やとろろよりボリュームもあろうし、
原価コストだってかなり違うんじゃないの。
ご老体を傷つけてもいけないから
このあたりは問い質せなかったがネ。

=つづく=

2018年9月6日木曜日

第1953話 モルドバ料理の晩餐 (その2)

葛飾区・亀有の「NOROC(ノーロック)」にて
美女軍団を侍らせながら
モルドバ料理&ワインを堪能している。
クヌ野郎、うまいことやりやがって
ハーレム状態じゃねェか! ってか?
ノン、ノン、ノン、
酒池肉林をむさぼっているというのが正しい。
な~んてネ。

確かにワインもいいんだが、
よく飲み、よく食い、よく喋るもんだからノドが渇く。
そんなに飲んでて、なんでノドが渇くんだ! ってか?
ノン、ノン、ノン、
ワインをガブガブ飲んでたらノドが渇くでしょ?
よって独り、ビールに戻した。
スーパードライであることだしネ。
とにかくマイ・ディクショナリーには
 ビール=清涼飲料水
と明記されておるのだ。

宴たけなわとなって美女たちの性欲、
もとい、食欲はだいぶ満たされてきた様子。
ここで一拍入れて小休止の巻。
ふう~っ、やれやれ。

開宴前はあれも食べたい、これも食いたいとばかりに
ああでもない、こうでもないとかまびすしいこと、
はなはだしいものがあったが、
ベシャリの口をつぐますには
何か口の中に放り込んでやるのが一番。
まったくもって効果てきめんである。

一息ついていよいよ終盤戦。
もうそんなには追加できないので慎重に択ぶ。
まずモルドバ庶民の味、ジャレナヤ・カルトーシカを―。
長ったらしい料理名の意味は不明だがメニューには
”ジャガイモ、シイタケ、タマネギをシンプルに
 塩コショウ、スパイスで炒めたおつまみです”
とあった。

これなら女性陣に好評だろう。
昔から”芋・たこ・南京、オンナの好物”というからな。
案の定、みなさん、パクパクのパク、パックマンの如し。
ハハ、実に単純だネ、ジッサイ。

そうしておいて締めには
ちょいと豪華にモルドバ風ルーレットを―。
”チキンロール!シイタケ、チーズを鶏肉で巻きました
モルドバではパーティーで必ず出される一品です”

ふ~む、謳い文句にある通り、
確かに一見、華やかではありますな。
だけんども、この料理だけが食べ切れずに
皿に残ったのもまた事実でありましたとサ。

「NOROC(ノーロック)」
 東京都葛飾区亀有5-19-2 2F
 03-5856-2454
 

2018年9月5日水曜日

第1952話 モルドバ料理の晩餐 (その1)

例の美女軍団と納涼晩餐会を催すことに―。
今回の舞台はモルドバ料理店である。
モルドバってなあ~に?
モルドバってど~こ?
そんな御仁も少なくなかろう。

ルーマニアとウクライナに四方を囲まれた小共和国は
まるでまんじゅうのアンコみたいな存在。
旧ソビエト連邦の一員だったが1991年に独立した。
民族的にはルーマニア人に近いというより、ほぼ同一。
ルーマニア語とロシア語が公用語で
首都はキシナウ(キシニョフ)である。

てなこって、やって来たのはコチカメタウン・亀有。
ここに都内、いや、日本唯一(?)のモルドバ料理店、
「NOROC(ノーロック)」があった。
ビルの外階段を2階に上がると、
いかにも居酒屋を居抜いた感じの光景が拡がる。
意外に大箱で家賃もそこそこするだろうから
売上もそこそこないと経営が成り立たない。
余計な心配が店の第一印象であった。

ビールで乾杯のあとは
ワイン大国・モルドバ産の白・赤を―
白はフェテアスカ・レガーラ’16年。
赤がフェテアスカ・ネアグラ’14年。
ともに生産者はシャトー・ヴァルテリー。
値付けはそれぞれ4000円ほどである。

飲み口軽めながら熟成感はあって
ほのかな余韻を残してゆく。
ただし、どちらも自己主張は控えめだから
料理を主役の座から引きずり下ろすようなマネはしない。

アミューズは2枚の小皿。
ハム入りポテトサラダはディル風味、
ソーセージ入りコールスローはガーリック風味だ。
モルドバ人マダムの手造りは素朴に美味しい。

黒パンと一緒にニシンのマリネ、
挽き肉と玉ねぎを詰めたブリヌィ、
チーズ入りのモルドバ風ラヴィオリはコルッツナッシュ、
仔豚のスペアリブはリョブラ。
そんなこんなを次から次へといただいた。

いずれも塩と油が抑え気味、アッサリとした味わいだ。
仔豚ですらそうだから
重いワインでは料理の個性を打ち消してしまう。
日本の郷土料理に地酒が合うように
モルドバ料理にはモルドバワインであろうヨ。
 
 
=つづく=

2018年9月4日火曜日

第1951話 これがホントの盆踊り (その8)

世田谷区・奥沢の「とんかつ ミカド」。
充実のサラダをつまみに生ビールを飲んでいる。
甘口のマヨネーズは好みじゃないが
お通しのキャベツもみ同様に手造り感満載だ。

気がついたら店内は客で埋めつくされていた。
高級住宅地・奥沢のわりにオサレなセレブは見当たらない。
週末の夜につき、家族連れやカップルが目立つ。
カップルといっても恋人同士ではなく夫婦。
子どもがいないか、いたとしててもジジババに預けて
つかの間の安息を得た夫婦。

カツカレーが出来上がった。
コンパクトなロースカツに挽き肉入りのカレーソース。
カツの半身にソースが掛かっている。
めったに注文することのないカツカレーだが
カツ全体にカレーをブッカケる店がある。
ありゃ、デリカシーがまったくないネ。
ほかの料理も推して知るべし。

ロースカツは脂身ほどほどでよし。
甘めのカレーは挽き肉がジャマ。
俗にいうキーマカレーだが
気が散るというか、気がバラけてしまう。
それにカレーソースは半分でじゅうぶん。
とは言うものの、総合的に満足のゆく仕上がりだ。

たくさんの著名人の色紙が壁を飾っている。
崩された文字はいったい誰のものなのか、
判別できないのが常なれど、当店ははなはだご親切。
すべての書き手がリストアップされていた。
ラッキーなことにそのリストが目の前にあり、
数えてみたら野球選手中心に44名。

ヒマに任せてマイ・ベスト10を選んでみた。
まあ、ベストというか、意外な人物、
あるいは懐かしい名前をピックアップしたのだ。
したがって順位などない。

中村稔 近藤和彦 田原俊彦 鰐淵晴子 
五木ひろし 高木ブー 伊達公子 
よしもとばなな 村田英雄 高峰美枝子

以上の皆の衆。
巨人の投手の中村稔、大洋の一塁手の近藤和彦は
忘却の彼方からよみがえる亡霊につき、
感慨もひとしおだ。

お盆休みに振り回されて
正真正銘の盆踊りを踊らされた一日もこれにて打ち止め。
振り返れば、多摩川沿いを右へ左へ、
文字通りの右往左往、これもまた楽しき哉。

=おしまい=

「とんかつ ミカド」
 東京都世田谷区奥沢3-5-9
 03-3727-4156

2018年9月3日月曜日

第1950話 これがホントの盆踊り (その7)

田園調布の町を歩いている。
昼下がりに来た道を戻っている。
そうして再訪した「ミカド」の灯りに心がなごんだ。
席は8割がた埋まっていたが
5席あるカウンターに空きがあった。

カウンター内はシェフのほかにもう一人オジさん。
あとはマダムと近所のパートらしきオバちゃんが3人。
トータル6名のオペレーションである。
みなさん一様に愛想がいい。

ここでなぜ当店のカツカレーに
惹かれたのか説明しておこう。
作家・吉本ばななが激賞したと聞き及んだからだ。
彼女の小説は読んだことがないが気になった。

「生きているあいだにあと何回、
 ここのカツカレーを食べられるだろうか?」―
そんな文章を書いたらしい。
そうまで言うなら一度ご相伴に与ろう。

スーパードライの中ジョッキとともに
お通しのキャベツ&きゅうりもみが運ばれる。
この小鉢の手造り感がいい。
お替わりしたいくらいのものだ。

注文したロースカツカレーはサラダ付きで1150円。
初めに小さな木製のボウルに盛られたサラダが登場。
キャベツ・レタス・きゅうり・トマト・パセリに
ポテトサラダが一かたまり。

添えられた自家製マヨネーズは甘味が勝っていても
許容範囲内でけして不味くはない。
それどころか女性客には絶大な人気を得ているという。
まっ、女と男の味覚はビミョーに異なるからネ。

カツカレーが整うまでメニューに没頭する。
いや、そりゃちとオーバーだ、集中した。
ザックリ紹介してみよう。

ロースカツ定食(1600円)
ヒレカツ定食(1500円)
豚汁定食・オニオンフライ付き(1200円)
ハヤシライス・サラダ付き(1150円)

カツカレーを食べる前から次回は何にしようかな?
のんきに考えていた。
一番そそられたのは豚汁定食かな。
脇役を主役に据えるからには
それなりの思惑と確固たる自信があるハズだ。

=つづく=