2018年5月24日木曜日

第1878話 江戸錦絵のお出迎え (その1)

いまだに王子の町にいる。
ランチ後、4時間ほど費やして晩酌の時間となった。
夕暮れ、夕まぐれ、灯ともしごろ、たそがれ、宵の口、
言葉変われど、一日のうちで最も好きな時間帯である。

訪れたのは「無識庵 越後屋」。
日本そばの老舗だ。
当店を識別したのはかれこれ10年ほど前ではなかったか?
十条・赤羽に向かう散歩の途中だった。

見覚えのある江戸錦絵の出迎えを受ける。
歌川豊国の筆による大泥棒・鬼あざみ清吉だ。
金持ちから盗んだ金を貧しい人々に与えたというから
鼠小僧次郎吉にも似た義賊であった。

原本は清吉の背景に二八そばの屋台が描かれているが
ここでは鬼あざみのみでバックは省かれている。
清吉っつぁん、ハスに構えてしゃがみ込み、
箸を右手に染付の小どんぶりを左手に抱えて食事中である。

歌舞伎や上方落語の演目にもなった鬼あざみだが
実在のモデルがいて鬼坊主清吉という。
江戸末期の文化年間、若くしてお縄を頂戴し、
千住の小塚っ原で首を打たれ、刑場の露と消えた。
実は雑司ヶ谷霊園に墓があり、香華が絶えないと聞くから
江戸庶民の人気が平成の世に受け継がれているわけだ。

店内に先客はゼロ。
奥まった四人掛けの卓に着く。
23区内に唯一残る造り酒屋、
小山酒造の丸真正宗純米の冷酒を所望した。

つまみは葉わさびおろしと
相方が食べたがったあさり天ぷら。
葉わさびの辛味がツンと鼻腔に抜けてゆく。
あさりはあさりでカラリと揚げられ、身はホックリ。
どちらも上々の仕上がりだ。
老舗らしい落ち着いた空気が流れている。

これも冷酒の出羽桜枯山水古酒に切り替え、
ウドきんぴらとたら子西京漬けを。
ウドは皮が主体につき、
味付けはよいが奥歯にはさまりやすいのが難。
珍しいたら子の西京はオツなもの。
他店では見かけない独創的佳品と言ってよい。

枯山水はさすがの古酒。
複雑な滋味が味蕾を襲う。
たら子と西京、もとい、最強タッグを組んでくれる。
じんわりと清酒の酔いが回ってきた。

=つづく=