2019年1月29日火曜日

第2056話 ヘンな駅だヨ 都立大学 (その3)

目黒区・中根のスナック「S」。
スタッフも客も歌わないのでママに先鞭をつけてもらった。
「エッ、ワタシが?」—
そう言いながらも入れたナンバーは「愛は限りなく」。
ドメニコ・モデューニョ作詞・作曲のカンツォーネは
ジリオラ・チンクエッティが歌い、
サンレモ音楽祭(1966)で優勝に輝いた名曲だ。
ママが歌ったのは伊東ゆかり版で訳詞はあらかはひろし。

ふ~む、意表を衝かれたが、なかなかの選曲である。
これを皮切りに常連サンの重い口ならぬ、
ノドが次第に開いてゆく。
八十路も半ばという紳士は「ゴッドファーザー」ときたもんだ。
それも尾崎紀世彦ではなく、
アンディ・ウイリアムスの英語ヴァージョンでっせ。
同じスナックでも目黒区となると、
上野・浅草に代表される台東区とはだいぶ異なるネ。

マイクが一回りしたあと、再びママ。
今度は金子由香利の「再会」ときた。
知る人ぞ知るシャンソン界の大御所だ。

   あら? ボンジュール 久し振りね
   その後 お変わりなくて
   あれから どれくらいかしら
   あなたは 元気そうね
   私は 変わったでしょう?
   あれから 旅をしたわ
   いろんな国を 見て来たの
   少しは 大人になったわ

   私って おしゃべりね
   引き止めて ごめんなさい
   あんまり 懐かしくて
   声を 掛けたのよ・・・      ♪

       (訳詞:矢田部道一)

ラストに女心の哀しみがにじむ佳曲ながら
長々綴るとまた大阪のらびちゃんあたりから
クレームが入るのでやめておく。

バックバーに俳句の短冊がいくつか。
訊けば月に何度かこの場所で句会が催されるという。
ふ~ん、スナックで句会でっか。
壁を飾る何枚もの絵も彼女が筆を取ったとのこと。
いったいこの女(ひと)は何者?
小沢昭一の名句が脳裏をよぎった。

スナックに煮凝りのあるママの過去

恐ろしい人だヨ、あの人は! いえ、小沢サンですがネ。

そうこうするうちにママの3曲目。
美空ひばりの「裏窓」がかかったときには
一瞬のけぞってから前につんのめり、
体勢を立て直したのもつかの間、唖然とした。
ヘンな駅のそばに怪物が棲息していたぜ。

=おしまい=