2019年7月10日水曜日

第2172話 流れ流れて多摩川線 (その3)

けやきの並木も涼やかな多摩堤通りを横断し、
ものの5分で武蔵新田に到着。
昭和33年に廃業を余儀なくされるまで
城南に咲く一大花街だった土地柄である。
ただし、花街ではなくカフェー街と呼ばれていたそうな。

100人以上の女性がおのおの1室をあてがわれ、
営業していたという。
当地は日本の復興を支えた工業地帯。
彼女たちは縁の下の力持ち的役割をはたした
ほかの色街よりも若い娘が多かったため、
遠来の客も少なくなかったという。

武蔵新田は実に9年ぶりだが
今、町を歩いてみても、往時の名残りを偲ぶよすがとてない。
それでもJ.C.には多摩川線沿線でわりと馴染みのある場所。
角打ち「飯田酒店」、天ぷら店「ころも」あたりで飲んだ。

真っ先に「飯田酒店」に向かうと、店は開いていたものの、
常連らしきオジさんが女将と談笑している。
まだ口明けなのだ。
ここでオジャマ虫が入店したら
漂う空気がガラリと変わってしまう。
あとで寄るつもりでいったん立ち去った。

武蔵新田駅前で目を引く店舗は2軒。
踏切の北側にある「三河屋製パン所」と
南側の酒場「白鶴駅前店」だが、どちらもまだ利用していない。
よしっ、せっかくの機会だ、両方いてまえ!

製パン所といっても単なる町のパン屋さん。
しかしながら、そのたたずまいは
ビッグコミック・オリジナルの誌面から抜け出た如くだ。
そう「三丁目の夕日」ですネ。

さして広くもない店内に先客なく、スタッフの姿もない。
ハムカツ・三色・黒パンをトレーに乗っけて
「スミマセ~ン!」―
奥に肥をかける、もとい、声をかけると
出てきたのはオバちゃんならぬ、若いアンちゃん。
ちょいとばかり虚を衝かれながらのお勘定は420円也。
安っす~ぅ! 
この町が棲みよい町であることを確信した瞬間だ。

踏切を渡りながら思った。
黒パンのせいだろうか・・・パンの袋がズシリと重い。
家へ帰って開けてみると、それぞれに質量が高かった。
製パン所から1分足らずで「白鶴」へ。
早いとこ琥珀色の、あの液体を流し込んどくれ!
渇いたノドがせっつくことしきりであった。

=つづく=