2019年7月25日木曜日

第2183話 小肌を超えた翻車魚 (その2)

きつねラクレットをつまみながら両関を味わっている。
「シンスケ」の客入りは6~7割方で思ったより空いていた。
そのうち第二波が寄せてくるのだろう。

品書きにどぜうの丸揚げが見当たらず、
亭主に理由を訊ねると、横にいた倅が代わって応えることには
産地が限られており、どうしても品不足に陥るらしい。
そこから派生して、しばしのどぜう談議。
深川は高橋(たかばし)の名店「伊せ喜」の閉店は
震災で仕入れ元の養殖池が壊滅したためと、初めて聞いた。

本醸造辛口のお替わりとともに
小肌酢〆とこれも名物のいわし岩石揚げを。
小肌は水準に達しているものの、逸品とまでは言えない。
問題はわさびではなく、生姜が添えられたこと。
青背の光りモノは生なら生姜だが酢〆にはわさびだろう。

察するに本わさびを使いたいけれど、コストがかかりすぎる。
かといってニセや粉は避けたい。
苦肉の策として生姜で代用したものと思われる。
10年以上も前のハナシだが当店で
刺身に箸をつけたJ.C.が目の前の女将に
「あれっ、本わさびじゃないんだネ」
つぶやいたところ、バツの悪そうな彼女、
お詫びの印に何かチョコッとしたつまみをサービスしてくれた。
そんな経緯があって、わさび→生姜の件を勘ぐった次第なり。

よく冷えた大吟醸に切り替え、遅れて届いた岩石揚げをつつく。
岩石揚げはその名の示す通り、
粗いいわしのつみれを荒っぽく揚げたもの。
好みの品に非ずとも、相方に名物を味わわせたい親心だ。
視線を流すと、幸いにして旨そうにかじっている。
善きかな、善きかな。

それよりも大吟醸の甘いのなんのっ!
倅曰く、キンキンに冷してあるとのことだが
これはぬるかったら飲めまい。
甘味というものは冷やせば和らぐけれど、温めたら倍加する。
最後の1杯で外しながらのお勘定は2人で1万円と少々。
行きたかった店の訪問を実現したFチャンは再びご満悦である。

天神下と広小路を結ぶ春日通りを歩くこと数分。
南に折れて1本目の裏道に目当ての2軒目があった。
”奥様公認酒蔵”を自認する「岩手屋 支店」だ。
すぐ近所の「岩手屋 本店」を兄が営み、こちらは弟が営む。
ところが2年ほど前に弟が鬼籍に入り、
今は倅が継いでいるとのことだ。

J.C.が最後に訪れたのは2016年の歳末で
先代は板場に立っておられたと思うが
わずかふた月かそこいらで亡くなったのだ。
ちょいとしんみりしながらビールをグラスに注いだ。

=つづく=

「シンスケ」
 東京都文京区湯島3-31-5
 03-3832-0469