2019年10月9日水曜日

第2237話 夜は四谷の荒木町 (その2)

大正末期から昭和にかけて
界隈の一大三業地として全盛期を迎えた荒木町。
令和の今も花街の残影を色濃く漂わせている。
今宵の止まり木は「おかげさま」。

お店の主(ぬし)といっても店主じゃないけれど、
その老婦人との会話が始まった。
あちら燗酒、こちら瓶ビールを飲りながら
この町の変遷を語る言葉に耳を傾ける。

お通しは卯の花、ご存じオカラだ。
卯の花はウツギの花の別称。
この低木には空木の字が当てられる。
茎の中が空っぽだからで
中国野菜の空芯菜みたいなもの。
この中空形状がオカラの名に転じたものと思われる。

つまみはせりのおひたし。
一般的なほうれん草のそれより好きで
品書きに見ると注文に及ぶことが多い。
つい数時間前に
カレーラーメン麺ハーフと四半ライス、
サンドイッチ1人前を重ね食いしているため、
空腹感はまったくナシ。
小鉢が1つあればじゅうぶんだった。

ホッピーに切り替える。
白・黒・赤が勢揃いしており、珍しい赤をお願い。
客の注文を作り終えて
ひとしきり手のすいた女将が会話に参加してきた。

もともと夫婦二人の切盛りだったが
旦那のほうは近所の他店を引き継ぎ、
現在はそちらに専念しているとのこと。
差し支えなければと訊ねたら
車力門通りで野菜鍋が人気の「桃太郎」だという。
いや、びっくりしたなァ。

おひたしだけでは愛想がないからもう1品。
宮城・定木山の油揚げを―。
昨年、渋谷区・幡ヶ谷の「のっこい」でもいただいた、
三角形の厚揚げ焼きである。

製造元の「定義とうふ店」によれば、
開業当初は丸鍋を使用しており、四角より三角のほうが
いっぺんにまとめて揚げられるからカットしたそうだが
どうしても定義→三角定規の連想が浮かぶ。
いずれにしろ、旨ければよいことで
削り節と刻みねぎがたっぷり添えられ、けっこうだった。

ホッピーの中をお替わり。
なおもしばし主(ぬし)と歓談して
1時間少々の滞空を終えた。
居心地の良さが際立ち、
近くに来たら必訪の1軒となりにけり。

「おかげさま」
 東京都新宿区荒木町7-1
 03-3351-5930