この日の夕餉の仕度は自らキッチンに立つつもり。
食材の仕入れ先はJR御徒町駅前の「吉池」だ。
その前に遅めの昼餉。
久々に松坂屋裏の「蓬莱屋」を訪れた。
最後に来たのは2002年9月だから丸17年ぶりになる。
1週前、アメ横裏のマツコが居るとんかつ屋、
「まんぷく」の稿で宣言した通り、
上野とんかつ屋めぐりの一環である。
店先はしょっちゅう行ったり来たりしているので
懐かしさを覚えはしないが、やはり入店して
見覚えのあるL字形カウンターに腰を下ろすと
往時のことが思い出される。
その際、同伴した相手の面影すら偲ばれた。
「蓬莱屋」はとんかつでもヒレカツの専門店。
この店を生涯愛し続けたのが映画監督・小津安二郎だ。
彼の遺作となった「秋刀魚の味」(1962)には
佐田啓二と吉田輝男が相対し、
とんかつ屋で飲食するシーンがあるが
まるで「蓬莱屋」2階の座敷そのまんま。
ロケではなくセットでの撮影だけど、
二人が食べるとんかつは当日、
「蓬莱屋」から取り寄せたというから念が入っている。
佐田が妹・岩下志麻の縁談を
会社の後輩・吉田に持ち掛けると、
この直前に吉田は他の女性と言い交しており、
もっと早く言ってくれればと残念がる。
岩下ほどの美貌なら
約束相手を袖にしても振り替えそうなものだが
そんな不実など毛頭ないのが昔の人のいいところ。
いや、小津映画の美点と言うべきか―。
晩年の小津は盟友の脚本家・野田高梧とともに
蓼科高原にある野田の別荘で脚本の執筆に専念したが
仕事の合間にこんな戯れ歌まで作っている。
♪ 雨の降る日の蓼科は
薄ら寒さの身にしみて
足を丸めて昼寝すりゃ
とんとん とんかつ食いたいな
蓬莱屋が懐かしや ♪
好きだったんだねェ。
さて、現実に戻っておもむろに品書きを開いた。
ヒレカツ定食と一口かつ定食がともに2980円。
カツ&かつの不統一はたまたまなのか、
それとも意図するところか、客には判らない。
ん? なんじゃ、こりゃ?
五つの漢字に目を瞠った。
=つづく=
食材の仕入れ先はJR御徒町駅前の「吉池」だ。
その前に遅めの昼餉。
久々に松坂屋裏の「蓬莱屋」を訪れた。
最後に来たのは2002年9月だから丸17年ぶりになる。
1週前、アメ横裏のマツコが居るとんかつ屋、
「まんぷく」の稿で宣言した通り、
上野とんかつ屋めぐりの一環である。
店先はしょっちゅう行ったり来たりしているので
懐かしさを覚えはしないが、やはり入店して
見覚えのあるL字形カウンターに腰を下ろすと
往時のことが思い出される。
その際、同伴した相手の面影すら偲ばれた。
「蓬莱屋」はとんかつでもヒレカツの専門店。
この店を生涯愛し続けたのが映画監督・小津安二郎だ。
彼の遺作となった「秋刀魚の味」(1962)には
佐田啓二と吉田輝男が相対し、
とんかつ屋で飲食するシーンがあるが
まるで「蓬莱屋」2階の座敷そのまんま。
ロケではなくセットでの撮影だけど、
二人が食べるとんかつは当日、
「蓬莱屋」から取り寄せたというから念が入っている。
佐田が妹・岩下志麻の縁談を
会社の後輩・吉田に持ち掛けると、
この直前に吉田は他の女性と言い交しており、
もっと早く言ってくれればと残念がる。
岩下ほどの美貌なら
約束相手を袖にしても振り替えそうなものだが
そんな不実など毛頭ないのが昔の人のいいところ。
いや、小津映画の美点と言うべきか―。
晩年の小津は盟友の脚本家・野田高梧とともに
蓼科高原にある野田の別荘で脚本の執筆に専念したが
仕事の合間にこんな戯れ歌まで作っている。
♪ 雨の降る日の蓼科は
薄ら寒さの身にしみて
足を丸めて昼寝すりゃ
とんとん とんかつ食いたいな
蓬莱屋が懐かしや ♪
好きだったんだねェ。
さて、現実に戻っておもむろに品書きを開いた。
ヒレカツ定食と一口かつ定食がともに2980円。
カツ&かつの不統一はたまたまなのか、
それとも意図するところか、客には判らない。
ん? なんじゃ、こりゃ?
五つの漢字に目を瞠った。
=つづく=