2015年9月24日木曜日

第1193話 鰊と鯨と穴子と数の子 (その3)

浅草すし屋通りの気に入り店、
「三岩」に旧友と差し向かいながら
必注品のにしん酢の仕上がりがいまひとつでマイッたぞなもし。
あらためて品書きを手に取り、思案をめぐらせる。
 
「あっ、そうだ!さらしくじらって食べたことある?」―訊ねると
「聞いたことはあるけど、それ、何だっけ?」―と、こうきたもんだ。
こりゃ、是が非でも食してもらわにゃなるまい。
しかもこういった小品はすぐに出てくるのがありがたい。
 
にしん酢同様にさらしくじらも
ほとんど絶滅状態となった今日この頃。
若い読者の中には、ご存じない向きもおられよう。
分厚いクジラの皮脂を熱湯で脂抜きし、
水に晒したものだが、通常は辛子酢味噌でいただく。
別名はオバイケ、それがなまってオバケとも―。
 
 変わったところでは浅草の「駒形どぜう」だ。
はとバス御用達の当店では小鍋仕立てを供する。
供するけれど、熱を通すとさらしくじらに
独特のクセが出てしまい、あまりオススメしない。
人気商品ともいえず、今でも品書きに載っているかどうか・・・。
しばらく訪れていないので判らない。

はたして「三岩」のクジラ君は
オーソドックスな辛子酢味噌を頭から掛けられて登場した。
経験上、白味噌が主流と承知しているが
ここでは赤味噌が使われている。
砂糖の甘みも他店より控えめだ。

一箸つけた相方は
「へぇ~っ、オツな味ですねェ」ーいたく気に入られたご様子。
「ハナシの種に一度は食べといて損はないでしょ?」―と、J.C.。
この辺りで瓶ビールからデンキブランに移行した二人である。

デンキブランは同じ浅草のランドマーク「神谷バー」が発祥の地。
ブランデーにジン、そこにワインやキュラソー等々を配合したものだが
一口すすっての第一感はイタリアン・ヴェルモットのそれだ。
チンザノやガンチアの赤を感じさせる。
したがってかなり甘口。
ただし、アルコール度は30度に達するから
調子に乗って”連杯”すると、あとで脚にくる。
殊に甘いもの好きな女性には危険な酒と言えなくもない。

ニシンとクジラだけではあまりにもの足りない。
メニューとにらめっこしていたJ.C.、ふと気がついた。
「三岩」に来るのは秋口から冬にかけてなんだと―。
いつもたらちりやかき鍋を突つきながら燗酒を飲んでいたのだ。
この時期ならほとんど「神谷バー」に直行だもんネ。

=つづく=