2015年9月25日金曜日

第1194話 鰊と鯨と穴子と数の子 (その4)

浅草・すし屋横丁の「三岩」では鍋で清酒を飲むのが常だった。
それも鍋を”囲む”というのではない。
いつも独りか二人だから、”突つく”というのが当たっている。

このシーズンに鍋物は出さないので
あらためて品書きを吟味すると、
そのヴァリエーションは意外にも限定的だ。
小品はべつとして目立ったところでは
天ぷら・フライ、それに生モノはまぐろのみである。

ふ~む、記憶をたどると、
この店の天ぷらはかなりのレベルだったことを思い出した。
T栄サンも天ぷらは大好きなハズ。
異論はあるまい。
そこで穴子の天ぷらを1人前お願いしてみた。

5分少々で到着したアナゴ君は
ごま油の香り薫るいかにも下町的、
いいえ、浅草的な天ぷらであった。
上・下2片で丸1尾ぶんをさらに4片に分け、
互いに上半身と下半身を味わえるようにする。

いや、マイッたぞなもし。
何にマイッたんだ!ってか?
その旨さにでございますヨ。
浅草三大天ぷらの「A」、「S」、「D」をはるかに超えている。
穴子本体の質もさることながら、揚げ上がり、
殊にチリチリと素材にまとわりついたコロモがすばらしい。

穴子に先制パンチを見舞われたわれら二人。
海老だのイカだのあるなか、今度は盛合せを追加したのだった。
登場したのは、海老・キス・イカに青唐である。
穴子ほどではないにせよ、これらもすべて合格点。
これは冬場にも頼まなきゃいけないネ。
鍋を差し置いても注文しなけりゃならないネ。

それから数週間後、同じ店で、
これまた同じ二人を見ることができた。
何のこたあない、別件でやり取りしているあいだに
どちらからともなく、
「あの穴子、また食べたいなァ」―と相成ったのであった。
いや、好きだネ、われわれも―。

ビールと同時にアナゴ君をお願いした。
そうしておいて他品の物色に入る。
当夜は、にしん酢をパス。
代わりというのではないが、数の子に目をつけた。
これも以前に試しており、
取りあえずの一品として重宝するのだ。
案の定、数の子は細身ながらもわれらの期待に応えてくれた。

例によってデンキブランに切り替える。
壁の品書きに”三岩のおすすめ マグロフライ”を見とめ、追加した。
う~ん、悪くはないが、ごくフツー。
この店はフライではなく、やはり天ぷらでしょうヨ。

=おしまい=

「三岩」
 東京都台東区浅草1-8-4
 03-3844-8632