2016年1月14日木曜日

第1273話 食べ比べて ゆず切り (その3)

根岸の里の住人、正岡子規が愛した羽二重団子、その本店を左手に
ワンコインランチで近隣の人気を集める「思い出定食」を右手に
それぞれ見ながらJR日暮里駅前にやって来た。

その気になれば、”昼から酒場”の「いづみや」は目と鼻の先。
サッポロラガー、いわゆる赤星の大瓶が待っているけれど、
なぜか当日はその気にならなかった。
まずはそばである。
ゆず切りである。

目当ての「とお山」の数軒手前で足が止まった。
ややっ、これもまた日本そば屋じゃないか!
こんなところにそば屋なんてあったかいな?

見たところ最近開業した新参の店舗ではない。
店の前を何度も通り掛かっているはずなのに見過ごしていた。
文字通りの素通りで、こんなこともあるんだなァ。
マスト・ペイ・モア・アテンションである。

でもって店先の品書きを吟味すると、
あらまっ、ゆず切りがあるではないの。
何の躊躇もなく入店の巻と相成った。
ちなみに屋号は「大宝家」という。

昼のピークを過ぎているというのに
テーブルは五割がた埋まっている。
客はほぼすべてジモティらしく、それなりの人気店とみた。
あらためて品書きに目を通すこともせず、
かねて狙いのゆず切りをお願いした。

この8分後、失意のどん底とまでは言わぬが、
落胆の淵に沈む自分がいた。
だめじゃん、コレ。
そばの実の芯とその周りだけで打った更科そば自体は悪くない。
でもネ、ゆずの香りが薄すぎるんですわ。

ゆずをガツンと利かせりゃいいってもんでもないが、あまりに弱い。
ユウヅウが利かないヤツは困ったもんだけれど、
ゆずの利かないゆず切りは味気ないったらありゃしない。

過去を振り返っても行き当たりばったりで飛び込んだそば屋、
いや、そば屋に限らず、すべての飲食店に共通するが
”当たり”に出会うケースはきわめてまれなのだ。
とは言え、よくよく考えれば香りが足りないものの、
更科系のそばはそこそこなのだから
期待しすぎたこちらの方に非があるかもしれないねェ。

ランチを終えて散歩の再開。
歩きながら思った。
やはり不完全燃焼につき、
近々どこかへまたゆず切りを食べに出掛けよう。

=つづく=

「大宝家」
 東京都荒川区西日暮里2-18-7
 03-3891-3775