2018年4月6日金曜日

第1844話 桜のあとを 櫻で締める (その1)

桜並木を抜けて谷中霊園をあとにした。
ケーキ屋「マルグリート」を右に見たあと、
台湾スイーツの「愛玉子」を左に見て
突き当たった言問通りを左折する。

界隈の地番は上野桜木。
昔から桜に恵まれた土地柄らしい。
花は桜木、人は武士・・・か。
花も人も散り際は潔くありたいもの。
麻生(あえて呼び捨て)! 判ってんのか? 

ここでハッと思い当った。
そうだ、この先にも桜並木があるじゃないか!
徳川慶喜の墓所に続く通りは
スイーツファンなら知らぬ者とてない、
「パティシエ・イナムラ・ショウゾウ」のある道だ。

花の下を歩いてみると、こちらのほうがより美しい。
花見の人は少なく、花の散りはさほどでない。
のどかな春の日を実感した。
桜を愛でながら再びハッと思い当った。
そうだ、今宵は櫻を飲もうじゃないか!
何のこっちゃい?
これでは読者に判りませんな。
まっ、先をお読みくだされ。

やって来たのは根岸の里である。
時刻は16時過ぎ。
目当ての酒亭が開くまでにかなりの余裕があった。
鴬谷、入谷あたりを散策して時間を費やす。

昭和の名残りというよりも、
江戸情緒すら漂う酒亭「鍵屋」に到着したのは
開店直後の17時5分だった
おそらく列を成していたのだろう、
すでに6割がた席が埋まっている。

カウンター内の女将にすかさず問われた。
「ビール、お酒?」―彼女のキマリ文句だ。
花の雲の下でビールは飲んだから
いきなり酒のつもりだったが、やはりちと飲みたりない。

幸い、ここには小瓶がある。
しかもアサヒスーパードライ。
大瓶はキリンラガーかサッポロ赤星の取り揃えで
まさしく渡りに舟の小瓶だった。

突きだしは数十年間変わらぬ茹で大豆の醤油掛け。
けして旨いものではないが
ヨソではなかなか味わえぬ稀少な一品、
いにしえの江戸を偲ぶ、よすがとしよう。

=つづく=