2018年4月11日水曜日

第1847話 ヒョンなことからクスクスを (その2)

上野桜木から根津交差点に続く善光寺坂。
バー「桃と蓮」のランチメニューに
クスクスを見とめて決断したところだ。
料理に自信がなければバーで出せる一品ではない。

茶室のにじり口みたいな低く狭い木戸を引き、
腰を屈めて入店した。
あらっ、またずいぶんと暗いねェ。
バーカウンター内に初老のチーフが立っている。
「営業してますか?」
「ええ、やってますヨ」

コンパクトな店内のカウンターに椅子は6脚。
常連をつかんでないと、
商売が成り立たないんじゃないか?
余計な心配までしてしまう。

ラムと野菜のクスクスをお願いして
徐々に気配を探り、雰囲気に溶け込もうとする自分がいた。
バックバーに掲げられたフードボードに目を凝らすが
薄暗くてなかなか読み取れない。
ゲーテじゃないが
「もっと光を!」
どうにか読んだメニューは

ノルウェーサーモンのディル漬け
トリッパ・ア・ラ・ロマーナ
自家製燻製盛合せ
スペシャル・レバーパテ
トルティージャ(スペインオムレツ)
サバカツサンド(イスタンブール風)
参鶏湯の雑炊

おやまあ、何とインターナショナルな品揃えだこと。
思うに店主は若い頃、世界各地を放浪したに相違ない。
自分がそうだから容易に察しがつく。
すかさず訊ねると、案の定だった。
サバカツサンド(イスタンブール風)
なんて、実際にイスタンブールの街を歩かなければ、
浮かんでこない発想だ。

しばらくして小サラダが整った。
トマトとレタスの変哲もないサラダには手をつけず、
あとからやって来るクスクスの箸休めならぬ、
フォーク安めにする腹積もり。

目の前に抜栓されたワインボトルが並んでいる。
ベソス・デ・カタとパソス・デ・タンゴ。
前者のラベルには女性の紅い唇が描かれており、
セパージュはマルベックとあった。
マルベックならアルゼンチン産にほぼ間違いあるまい。
後者はタンゴを謳っているから
これもまたアルゼンチンであろうヨ。

=つづく=