2013年12月12日木曜日

第728話 「あしたのジョー」の町から (その3)

北九州からやって来たメルとも・N目サン。
酒杯を交わすのは初めてながら
メルとも→のみともに深化する気配あり。

2軒目は山谷に残る有形文化財と奉っても
過言ではない名酒場「大林」だ。
相方は店先にたたずみ、早くも感嘆の声をもらしている。
地元の小倉に名店あれど、こんなタイプは皆無だという。

引き戸を引いて身体をすべりこませ、
すぐ目の前のカウンターに着いた。

 ♪   今日の仕事はつらかった
   あとは焼酎をあおるだけ  ♪

 「山谷ブルース」の世界をイメージしていたN目サン、
あまりにも粋にさばけたお江戸・下町の空気に酔いしれている。
酔いしれてはいても酔っ払っているわけではないのに
いきなり店主にガツンとやられた。

「どっかで飲んで来てない?」ー
ハハ、この文句はここのオヤジの常套句。
顔を覚えられているからだろうか、
J.C.がモロに指摘されることはないが
常に同伴者が詰問されてしまう。

先日も「キン肉マン」の中野和雄サンがいきなりやられた。
そのときの彼は正真正銘のシラフ。
にもかかわらず、常套句を浴びせられたのだった。
客をイジクるのが生きがいなのかもしれない。

そこで対応するJ.C.、
「とっ、とんでもない?」ーちょいと語気を強めて応えると、
オヤジは一応、素直に引き下がってくれるのだ。

ビールに酎ハイ、炭酸系は飲んできたから日本酒にした。
銘柄は白雪、ぬる燗でお願い。
小皿にホンのちょっとの白菜漬が突き出しだ。
下町だからこういうものにチャージはしない。

一品だけ所望したつまみは下町の定番、炒り豚。
あまりポピュラーではない炒り豚とは
豚のバラや小間切れを玉ねぎと一緒に炒りつけたもの。
手っ取り早くいうと豚と玉ねぎのケチャップ炒めだ。
浅草の「水口食堂」、王子の「天将」がその正統派。
大島の「ゑびす」は一風変わって塩味で仕上げている。

いつ訪れても「大林」の客はまばら。
立て込んでいるのを見たことがない。
南千住、三ノ輪、東向島、どの駅からも離れているからなァ。
都営バスが一番便利だが
当世、バスに乗って飲みに行く酔狂な呑ん兵衛は少なかろう。

早々に勘定を済ませる。
終始、ブスッとした表情を崩さぬオヤジだが
店を出る際、「ありがとうございました」の声を背中で聞いた。
めったにないことである。
N目サンが律儀にも振り返って会釈をした。

=つづく=

「大林酒場」
 東京都台東区日本堤1-24-14
 03-3872-8989
 注:電話は非公開なので no reply の可能性あり