2017年1月27日金曜日

第1546話 初めて入った”奥様公認酒場” (その2)

文京区・湯島の裏通り。
「岩手屋」のカウンターでO戸サンと酒を酌み交わしている。
鉤型のカウンターに連なるのはどちらさんも常連のご様子。
いずれも和やかな表情でそれぞれの酒と肴を楽しんでいる。

おっと、まつも(松藻)であった。
その名の示す通りにこの海藻は
松葉を連想させる鮮やかな緑色と鋭い形状をしている。
三陸海岸の名産はほとんど市場に出回らず、
穫れたら高級料亭に直行の宿命を背負い、
食通に珍重される逸品であるそうな。

焼き海苔のように板状にまとめられ、
大きさはたたみいわしくらい。
口元に運ぶと磯の香がプ~ンと鼻腔に抜けた。
色が色だけに海苔は海苔でも青海苔のそれに近い。
こりゃ、いいモンに遭遇したゾ、頬のゆるみを感じた。

たら子好きのO戸サンがチョイ焼きで所望する。
それを聞いた隣りの先客、
こちらはかなり年配のご婦人なのだが
焼きたら子を追随した。

先刻から何気なしに拝見していると、
このご婦人、ウイスキーの小瓶を手酌でグイグイ飲っている。
ストレートではないものの、かなり濃い目の水割りだから
相当の呑ん兵衛であることに疑いの余地はない。
ふ~む、老婦人侮り難し。

岩手の酒、七福神の本醸造を熱めの燗でお願い。
この空間に身を置いたら
日本酒を避けて通ることなどできやしない。
親指と人差し指でつまんだ酒盃を一息にあおる。
舌から喉へ、喉から胃の腑へ、
すべり落ちる美酒に身体が震えた。
いや、たまりませんな、マッタク。

今一度、品書きをチェックし直し、
ばちまぐろ赤身づけを追加する。
高価な本まぐろじゃないところがよろしい。
この辺りが奥様公認の由縁かもしれない。
実際、ばちの赤身は旨かった。

2本目のお銚子。
締めにひっつみを注文する。
ひっつみは岩手県・北上盆地を中心に食される、
一種のすいとんである。
おでんがそうであるように
汁気のある煮物は燗酒にピタリと寄り添う。

謳い文句に惑わされず、もっと早くに来ればよかった。
今さらながらにそう思う。
再訪する日も近いことだろう。

「岩手屋支店」
 東京都文京区湯島3-37-9
 03-3831-9317
 近くに本店あり