ドッピア&パニーニのあとは
いつも通りにひたすら歩く。
天神町の交差点を左折して
早稲田通りを往った。
なじみの「よしやセーヌ」に入店。
珍しい鮮魚と出逢えるのが楽しみだ。
この日は鹿児島産の夜光貝。
海中最大の貝がコレ。
初めてお目に掛かるが
正直言って度肝を抜かれた。
興味のある方は魚図鑑をご覧あれ。
先が長いので何も買わずに
神楽坂を下ってなおも真っ直ぐ。
早稲田通りの起点に到着した。
靖国神社のドデカい第一鳥居が
その地点である。
境内の桜はまだつぼみのまま。
本殿には向かわず、
くるりUターンして九段坂を下る。
ほうら、千代子が唄い出した。
♪ やさしかった 兄さんが
田舎の話を 聞きたいと
桜の下で さぞかし待つだろ
おっ母さん
あれが あれが 九段坂
逢ったら泣くでしょ
兄さんも ♪
(作詞:野村俊夫)
「東京だョおっ母さん」は
1957年3月のリリース。
J.C.一家四人が故郷・長野を追われ、
東京に落ち延びたのがこの頃だ。
「おっ母さん」は覚えてないが
三波春夫の「船方さんよ」は
よ~く覚えている。
小学校に上がる1年前だった。
九段下の昭和館で映画ニュースを
3本見て先を急いだ。
九段会館(旧軍人会館)を横切り、
内堀通りを竹橋に至ると
左手に毎日新聞社。
経営は苦しいのに
相変わらずビル本体は立派だ。
あれは金融界に身を投じた1年後、
1981年のことだった。
毎日新聞社最上階のレストラン、
「アラスカ」で夕食後の帰り際。
思いがけない人と出逢った。
中学・高校時代の恋人、
N村K子がクローク係をしていた。
卒業後も付いたり離れたりの
繰り返しだったのだが
この出逢いが焼けぼっくいに
熱い火を付けてしまった。
わが女性遍歴において
出逢いと別れの繰り返しが
幾度も重なるのは彼女一人のみ。
人生のほろ苦き思い出である。
=つづく=