2015年2月17日火曜日

第1036話 食堂で飲むのが好き (その2)

富山市に転勤になったのみとも・N村サンから便りが届いた。
この人は現役の検事さんである。
弁護士の知人はいるけれど、検事の友人はこの人だけだ。
とまれ元気そうな様子、何よりであった。

前話では東京都内の気に入り大衆食堂を列挙してみたが
惜しくも閉店してしまった3軒が懐かしい。

銀座1丁目でハーフの店主と美しい奥さんが
二人で切盛りしていた「タイガー食堂」
銭湯みたいな瓦葺きの建物に風格が漂っていた、
浅草・竜泉は鷲神社前の「不二食堂」
つい1年ほど前に暖簾をおろした、
御徒町ガード下の、その名も「御徒町食堂」
それぞれに想い出が詰まっている。

そう、そう、”食堂”といえば、
東京都外ながら忘れえぬ2軒があった。

青森県・八戸市の「板橋食堂」
素朴な中華そばと稲荷ずしがウリ。
ひなびた裏町のうらぶれた食堂だった。

昔別れた恋人に理由(わけ)あって数年ぶりで会うため、
ふるさとに引いていた彼女を訪ねたのだった。
といいつつ、その訪問もはるか昔の1990年、
すでに四半世紀もの時が流れたことになる。
この食堂はずいぶん前に閉業したと伝え聞いた。
残念至極。

もう1軒は埼玉県・秩父市の「パリー食堂」
花の都・パリをパリーとすると、一気にレトロ感が横溢する。
フランクの「好き好き好き」1番の歌詞もまさしくそんな感じ。
今は昔、養蚕で栄えた時代を
偲ぶよすがとするにふさわしいファサードが印象的だ。

2006年12月3日、秩父の夜祭に当時の恋人と出掛けた際、
ここでひと夜の晩酌を楽しんだが、あまりに居心地がよく、
もう祭などどうでもいいやという気分になった。
確か、当日スペシャルのイノシシ汁をいただいた覚えがある。

2年後のやはり真冬、旅仲間とともに再訪すると、
店自体はそのままながら、暖房がまったく効かずに寒い思いをした。
こちらは今も営業中につき、お出掛けの際には一訪をおすすめしたい。

さて、今回紹介する大衆食堂は「巣鴨ときわ食堂」。
都内に50軒近く展開する”ときわ”の中ではもっとも繁盛している1軒だ。
初訪問は2001年7月。
まだ改装する以前で店内には昭和の匂いが立ち込めていた。
客入りも今と比べりゃ、3分の1に満たなかったろう。
現在の繁栄の秘訣も含め、当店の人気ぶりを次話で紹介しよう。

=つづく=