2015年5月22日金曜日

第1104話 何処よりも此処を愛す (その8)

今春は例年になく、桜花が散り急いだ。
その四月初め、
浅草は「弁天山美家古」にて、最初のにぎりは平目である。
慶応2年創業の老舗が供する白身は
この平目昆布〆と真鯛の松皮造りが二大定番になっている。

 ♪  乙姫様の御馳走に
   鯛や比目魚(ひらめ)の舞踊り
   ただ珍しくおもしろく
   月日のたつのも夢のうち ♪
       (作詞者不明)

古くは「浦島太郎」に謳われたごとく、
御馳走は鯛&平目と相場が決まっている。
多種多彩な白身魚の中には
星がれいや皮はぎのようなニッチに君臨する、
暫定王者的存在もあるにはあるが
それはごく少数、乙姫様の晩餐にお呼びは掛からない。

2カン目はなぜか真鯛をスキップして赤貝を選択した。
朱色とオレンジのグラデーションが美しい。
食味も文句なしにすばらしい。
産地を訊きそびれたが、おそらく宮城の閖上(ゆりあげ)であろうヨ。
鮨屋における貝の双璧は赤貝とはまぐり。
「美家古」では赤貝は甘酢にくぐらせ、はまぐりは煮はまで提供する。

ここで清酒・大関の常温を所望する。
改築する以前の当店では
つけ台の奥隅に菰樽(こもだる)が雄姿を見せていた灘の銘酒だ。
東京の鮨屋・蕎麦屋では菊正と大関に出会う機会が多い。
ここ十数年、大手を振って酔客を睥睨(へいげい)する、
純米やら大吟醸やらより、J.C.は時代遅れの菊チャン・関チャンを愛する。
なぜか? フフッ、子どもの頃から馴染んだ酒ですからネ。

続いての小肌にはおぼろをカマせてもらう。
「美家古」のように〆がキツめの小肌には
おぼろの甘みがピタリとハマる。
平成も早や四半世紀、
こんな江戸前シゴトはトンとみられなくなった。

4カン目はかつおだ。

 目には青葉 山ほととぎす 初がつお

江戸の俳人・山口素堂の句を取り上げるまでもなく、
かつお(勝つ魚)は戦国の昔から縁起のよいサカナとして愛された。
でもネ、「美家古」のかつおには物足りなさが残るんですわ。
何処よりも愛する鮨店ながら、かつおだけは不満なのだ。

=つづく=