2016年7月28日木曜日

第1413話 クラムだって恋をする (その6)

平日の明るい時間だというのに
浅草のランドマーク「神谷バー」は大盛況だった。
この店の2階は「レストラン神谷」が正式名。
カジュアルな1階が「神谷バー」で食券制を採用している。
J.C.は煙草のけむりと騒音にまみれた、
1階を利用することはほとんどない。
「神谷バー」といったらイコール2階なのだ。

中ジョッキを飲みながら着信したメールをチェックする。
つまみは欲しくないから頼まなかった。
夕暮れどきに過ぎゆく時間の流れは
各駅停車もいいところ、ゆるゆるのゆるである。
でも好きだなァ、このひととき。
お替わりの電氣ブランをあおって階下に降りた。

どこぞへ河岸を替える前にふと思い出す。
わさびを1本買っておかねば・・・このことであった。
自宅の冷蔵庫の生わさびがチビでしまって要買い足し。
購入するのはいつも浅草のスーパーマーケットだ。
「神谷バー」からその「オオゼキ」へは徒歩2分。
目の前の雷門通りを渡った。

真っ先にわさびを選りすぐり、
最良の1本をバスケットに投じたら
とにかく目的を果たした安心感を抱きつつ、
ザッと店内をパトロール。
というより徘徊だねこれは―。

鮮魚コーナーに目を凝らしたときである。
ん? おや?
視線を離さぬ物体に遭遇したのであった。
青いネットに包まれて
ふむ、青ネットねェ。
赤ネットなら甘栗や蜜柑だが、どう見ても貝である。
それも二枚貝だということは遠目にも判る。
いやはや二枚貝と二枚目のご対面であった。

パックを手にとっていささか驚いた。
ラベルには千葉産ホンビノスと明記されているものの、
どこか本邦のハマグリを想起させる貝殻模様なのだ。
15粒ほど入って税抜き399円、格安と言わねばならない。
ユニクな模様と廉価な値付け、
わさびの隣りに放り込んでレジに向かった。

帰宅後、ネットを破って塩抜きである。
真ん中2粒のガラをご覧くだされ
周りを取り囲むのは紛れもなくホンビノス。
しかるにこの2粒は違いますゾ。
これは日本のハマグリとのハーフなのだ。
東京湾の最深部での国際結婚。
国を超えて言葉を超えて、そう、クラムだって恋をする。

=おしまい=

「神谷バー」
 東京都台東区浅草1-1-1
 03-3841-5400

「オオゼキ」
 東京都台東区雷門2-15-1
   03-5830-0731