2020年3月26日木曜日

第2358話 中継ぎは 鯛や平目の 舞踊り (その1)

門仲を、というより、
深川を代表する立ち飲み酒場「ますらお」。
ほとんど休まないので呑み助にはまことに貴重な店だ。
去年の5月1日、いわゆる令和元年元日に
赴いてみたら珍しく休業していた。
そんなこともあって最後に訪れたのは一昨年2月。
その際の面子は三匹のオッサンだった。

当店は土日祝に限り、開店前倒しの15時スタート。
春分の日の本日は早い時間から飲めるのだ。
かなりの人気店につき、行列必至ながら
5分過ぎなら問題なかろうと、おっとり刀で引き戸を引いた。

案の定、すんなり入店できたが驚いたことにJ.C.が一番乗り。
カウンターに促される。
3時間半も歩いたのだ、ノドはカラッカラ。
ビールの美味さ倍増が保証されている。
保証されてはいるが生憎、ここの生はサントリー・プレモルで
瓶はキリン一番搾りときたひにゃ、キリンでいくしかない。
一番乗りが一番搾りに絞り込んだ瞬間である。

つまみは生モノに決めていた。
ラインナップは、平目薄造り、真鯛昆布〆糸造り、
鰯たたき、ぶり刺し、かつお刺しの5品。
平目とちょいと迷って真鯛をお願いした。

塩昆布と和えた真鯛の細切りに一箸つけると、
ふむ、いい塩梅の〆まり具合だ。
貝割れ・わかめ・穂じそが脇を固め、頂上にわさびがチョコン。
わさびの量が少なく、増量を頼む前に味わってみたら
ありゃりゃ、コイツはエセわさじゃないか!
此処は東京の立ち飲み酒場で唯一、本わさを貫く店だったハズ。
銀座の鮨屋で修業した店主の矜持が如実に表れていたのに
とうとう断念した様子だ。

コストがとてつもなく掛かるわりに
そこを理解して、ありがたく味わう客などほとんどおらん。
経営者としては耐え難く、バカバカしくてやってられん、
という気持ちになるのはよく判る。
判るけれども一流の料理人として
本わさ以外の使用はこれまた耐え難いこと。
結局、店主は料理人である前に経営者だったのだ。

真鯛にエセわさを使う気になれず、搾りを追加した。
いえ、一番搾りじゃなく、生搾りすだちサワーというのを―。
べつにすだちサワーが飲みたいわけじゃなかったが
すだちそのものが欲しかった。
それならすだちを1つ注文すれば済むことなれど、
高級鮨屋ならいざ知らず、
安価な酒場でルーティンにないものを求めるのは
はばかられるし、嫌われたりもするのだ。

=つづく=