正月の浅草は大変な賑わいになる。
J.C.も若い頃は毎年1月2日、
観音さまに手を合わせ、
寅さん映画を観たあとに
西浅草の「みよし」で
イカの活け造りを楽しんだ。
その習慣がパッタリ途絶え、
今は正月じゃなく歳末に訪れる。
此の街は年の初めより、
終わりのほうがシックリくるんだ。
浅草寿町行きバスを西浅草三丁目下車。
言問通りで外人カップルに道を訊かれた。
丁寧に対応したあと、
「何処カラ来タノ?」
「オーストラリアデス」
「オーストラリアノ何処?」
「メルボルン」
思い出すのは2017年4月。
雷門通り「酒富士」で隣りに座った娘だ。
オーストラリア・ブリスベン出身のブリは
長野・白馬のホテルのフロント係だが
里帰りのため、翌日には成田を発つ手はず。
かつ丼を食べる彼女に
酒を飲ませたり、鯨を食わせたりした。
あの明るい笑顔が今もよみがえる。
せっかくだから久しぶりに
思い出の「酒富士」へ行ってみようかー。
そう言やあ、何度も行ってるのに
かつ丼は食べてないなァ。
カウンターに着き、ドライ大瓶と
かつ丼だと重いので、かつ煮を通した。
飯のないぶん味が濃くなるけど
さすがに店の人気メニューだ、いい感じ。
肉自体は薄めながら脂身の付き具合が好い。
品書きの菊正宗の隣りに樽酒があった。
「樽酒も菊正ですか?」ー若女将に訊ねると
「いいえ、こちらなんです」
一升瓶には金龍山とあった。
吉野杉の樽に仕込まれた奈良の酒だ。
いつも飲み慣れてるせいか、
家に常備の菊正のほうが好みかな?
さりとて金龍山は浅草寺の山号。
年の瀬に雷門で金龍山に出逢ったのも
何かの因縁でありましょう。
おかげ様をもちまして
当コラムも今話でちょうど3700回。
日々のご愛読にあらためて感謝いたします。
明日からは巳年。
なるったけ蛇(ヘビ)ーな難題を避け、
御巳大切になさって下さいまし。
どちらさんも、よりよいお年を!
「酒富士」
東京都台東区浅草1-6-1
03-3843-1122
Zooとも・白鶴と月例の錦糸町。
夕暮れどき、喫茶「ニット」に赴くと
店先で相方が待っていた。
ん? んん?
シャッターが半分下りてるじゃないかー。
はは~ん、何かの都合で早仕舞いしたな。
実は前回来たときに
オーナーの婆ちゃんと約束したんだ。
次回はビーフシチューを食べるってー。
終業したものは詮ない、ヨソを当たろう。
界隈をぶらぶらして「和助」に入店。
たこ焼き・お好み焼き・もんじゃ・
鉄板焼き等を専門とする店である。
忘年会真っ盛りの12月半ばだから
予約で満席だったが
19時までに席を空ける約束で
掘りごたつの小上りに靴を脱ぐ。
喫茶店がお好み焼き屋に
転じたのは仕方ないとして
相方は帰宅後、母上と夕食だから
そんなには食べられない。
ドライ中瓶を注ぎ合い、カチン。
そうしておいて品書きとにらめっこ。
二人寄れば文殊の知恵。
合意したのはカレーチーズ文殊。
もとい、カレーチーズもんじゃ。
ビーフシチューがもんじゃになっちまった。
家を出るときにこの展開は
まったく予想できなかったヨ。
2人して1品じゃカッコがつかない。
通常はかきバターにするところなれど
浅草「ニュー王将」でよく食べてるし、
帆立バターに迂回してみた。
滅多に敷居をまたがぬ、お好み焼き屋。
粉モノ好き女子の領域とはいえ、
オッサンの居心地が悪いこともない。
もんじゃ、帆立、ともに楽しめた。
中瓶を3本空けて早めのお開き。
1時間半の滞空だった。
相方を門仲行きのバス停まで送り、
「それじゃまたネ、よいお年を!」
「和助」
東京都墨田区江東橋4-20-12
03-3846-2241
西武新宿線・都立家政で鴨バーグを食べ、
西武池袋線・富士見台から帰ったその3日後。
またもや池袋線でやって来たのは
富士見台の一つ先、練馬高野台である。
本日の昼食は「鰻 まつむら」。
うなぎ問屋の直営店は人気なため、
予約必須と聞き、電話を入れておいた。
風格漂う店構えは予約で満席と見え、
暖簾が仕舞われていた。
時間通りの12時15分に引き戸を引く。
ダイニングは3部屋ぶち抜きで
それぞれに4人掛けが2つづつ。
畳敷きだが椅子に座る。
脚と脚の間に橇(そり)みたいに
滑らせる仕掛けがある椅子だ。
奥はいくつも石灯籠が配置された庭。
通されたのは一番手前の襖に近い卓。
披露宴なら末席(ばっせき)に当たる。
まっ、独りだから仕方ないやネ。
他の客は揃って2人連れである。
予約の際に料理を注文したため、
皿出しは極めてスムース。
サッポロ赤星を飲んでいると
最初に鰻の干物と肝焼きが運ばれた。
ドイツで鰻の燻製を食べたが
鰻の干物は生まれて初めてだ。
6片の細切りはそのまま半分。
残りに粉山椒を振った。
余分な水分が飛び、旨みが凝縮している。
うむ、これはアイデアですな。
ありそでなかった逸品と云うほかはない。
肝焼きも実にけっこうな味わい。
鰻重は半尾分の〈梅〉を頼んである。
(ごはんにタレを掛けないで下さい)
この言葉を飲み込んで大正解。
控えめなタレ掛かりが好みにピッタリだ。
鰻自身は蒸し・焼きともにカンのペキ。
直近10年で最高の鰻重だった。
当店の鰻はすべて静岡産。
素材がいいから何を食べても
納得、満足、至福の三段跳びである。
肝吸いには小さな丸麩とみつば。
香の物はきゅうり・かぶ・白菜。
いずれも手抜かりなく、
会計は中瓶2本と合わせて5010円也。
石神井川のほとりをそぞろ歩き、
笹目通りを北上して光が丘に向かう。
春の風公園のかえる池にはカエルならぬ、
カルガモが20羽余り泳いだり、眠ったり。
渡りをしない彼らは大自然の試練に
もまれることもなく性格温厚にして
人を怖れることもない。
動物好きのJ.C.は汚れた心を
洗われる思いがしたものでした。
「鰻 まつむら」
東京都練馬区富士見台4-42-1
03-3970-5562
西武新宿線・都立家政に遠征。
トンチンカンな駅名は
東京府立中野高等女学校に由来する。
同校が同じ中野区の桃園町から
この地に移転する際、
PTAが西武鉄道に新駅を切望し、
西武が応えて府立家政駅が開設された。
その後、府立家政は都立家政に改称され、
現在は都立鷺ノ宮高校になっている。
西武は東鷺ノ宮駅への改称を打診したものの、
家政銀座商店街の存在大きく、断念した由。
東急東横線の学芸大学と
都立大学みたいな現況だけれど
あちらはすでに大学が跡形もない。
こちらは本体が残っているからまだマシか。
訪れたのは先月27日に開業1周年を迎えた、
「ビストロあっちゃん」。
シェフがアツコかアツシだろうネ、おそらく。
家政銀座商店街に店舗はあった。
カウンター4席に4人掛け2卓の小体な店だ。
ビールはサッポロSORACHIの生のみ。
同じサッポロのエビスほどではないにせよ、
やはり重たく好みじゃないが、しゃあない。
白いオムライス、骨付き鶏ももコンフィ、
豚タングリル、豚ヒレカツなど並ぶなか、
100g・200gから択べる鴨のハンバーグを
もちろん小サイズでお願いした。
最初にビーフ風味のコンソメとミニサラダ。
ほどなく鴨バーグの赤ワインソースが
キャロット・ブロッコリ・
マッシュドポテトを従えて登場。
かなり小さな真ん丸バーグだが
わがストマックにはちょうど好い。
バゲットも2切れ。
それなりに美味しくいただき、
会計は1760円也。
男性シェフの名はやはりアツシくん。
貰ったレシートに
= 都立家政にありそうでなかった
「ビストロあっちゃん」
よろしくお願いします =
とあった。
温かい陽射しの下、
隣り駅の鷺ノ宮界隈を散策し、
新青梅街道を西へ、アカシア通りを北へ。
西武池袋線・富士見台まで
テクテク歩いて往きました。
「ビストロあっちゃん」
東京都中野区鷺宮1-30-13
03-5327-8484
銀座「グリーングラス」のママ・Y子と
亡き半チャンを偲んでグラスを重ねた日。
あとから出勤して来たHルに
カラオケを歌わせたらセミプロ級だった。
あちらこちらで歌ってるそうで
谷中よみせ通りの J.C.行きつけスタジオ、
「グランプリ」に同伴することとなった。
ニューうたともの誕生である。
16時の約束だが J.C.は15時に先乗り。
旧知の常連・スーさんがすでに
仲間5人と盛り上がっている。
何でも年忘れカラオケ大会とのこと。
この人が居るといつも
裕次郎ばかりをリクエストされる。
何せ、当スタジオではママや常連に
”裕ちゃん”と呼ばれている J.C.なんだ。
さっそく声が掛かって
普段は誰も歌わない「帰り道別れ道」を。
何てったって年の瀬につき、
浪花の小姑も許してくれるだろう。
♪ 優しく肩を 抱かれてみたい
せめて一度 甘えたくて
横顔を のぞく
目をそらし 足も止めず
帰り道 たどって
何気ない その顔が
今夜は 憎い ♪
(作詞:増永直子)
この曲は1974年5月のリリース。
作曲は裕次郎と同い年の盟友・鈴木淳で
彼の自信作だが、あまりヒットしなかった。
メロディーラインの美しい曲なのに残念。
Hルが時間通りやって来て
こちらサッポロ黒ラベル、
あちら角ハイボールで乾杯。
彼女は
「酔っぱらっちゃった」(内海美幸)
「折鶴」(千葉紘子)
「二人でお酒を」(梓みちよ)
J.C.は
「風速40米」(裕次郎)
「私には貴方だけ」(桂銀淑)
「夕子の涙」(三田明)
お互いほかにもずいぶん歌ったが
こういうのって何を歌ったか
思い出せないんだよネ。
Hルとはこれから月イチで
歌うことになりましたとサ。
「グランプリ」
東京都台東区谷中3-13-10
03-3821-6376
石神井川、別の名を滝野川、または音無川。
川に架かる板橋を南へ渡るとここから仲宿。
晩酌用のつまみを調達するため、
スーパー「よしや SainE」に立ち寄った。
近くの「ライフ」は肉類がいいけど、
「SainE」はサカナが頭抜けている。
御徒町「吉池」にもないほどの珍魚に
お目に掛かることすらあるのだ。
案の定、居た、居た、居ました。
読者の方々はボウズギンポ(坊主銀宝)を
ご存じでありましょうや?
体長1mにもなる黒い大魚で
ズドドンと不格好なんだが食味はバツのグン。
ご多分にもれず、北海道産だ。
大きめの切り身を2つ買い求める。
その日は片割れを煮付けにする。
もう片方は翌日にちり鍋仕立て。
どちらも上品な白身の面目躍如であった。
ついでにシマダヤのすいとんも買う。
すいとんなんて何年ぶりだろう。
最後に食べたのは戦時中。
いや、まだ生まれてないや。
荒川区・町屋の「丸福食堂」で15年前だ。
さらに仲宿を南下して往く。
此処から平尾宿になる地点で
とある鳥肉専門店に足が止まった。
「鳥新」は明治2年創業だという。
どこまで本当か判らんが文明開化の時期は
明治天皇が肉食奨励の令を発する前。
世間一般に牛鍋は無かったハズ。
鳥肉は庶民の口に入っていたのかな?
まっ、いいや。
さすがに老舗だ、品揃えは豊富。
惣菜類はむろんのことに
主婦があまり手を掛けずに
食卓を彩る食材が多彩。
薄切りモモ肉のバジル風味や
タンドゥーリ仕立ては売切れていた。
居酒屋でしか見ない手羽餃子と
鳥&豆腐のハンバーグを買ってみた。
これにて今夜の肴はバッチリ。
板橋区役所前から三田線で帰りました。
=おしまい=
「よしや SainE 仲宿店」
東京都板橋区仲宿43-6
03-3962-1591
「鳥新」
東京都板橋区仲宿393
03-3962-2983
板橋上宿の「長寿庵」。
ビールを注ぎ直してノドを潤す。
店頭の立て看板にあった、
ごまサバ漬け丼セット(1200円)が
気になって熟慮の末、発注した。
青背のサカナは酢〆にしないと
どうも苦手なんだがネ。
漬け丼はどんぶりでなく重箱で来た。
ワリと厚めに切られたサバは7切れ。
白胡麻が蒔かれ、青小ねぎが散る。
脇に干し桜海老と大根おろし。
あとはチューブ生姜に大葉1枚。
ごはんの上の刻み海苔はいいが
ヒタヒタの胡麻醤油だれは最悪。
いくらなんでも掛け過ぎでビショビショ。
牛丼ですら完全つゆ抜きを好む身には
ほとんど拷問に近い。
きゅうりぬか漬けはまずまずながら
2枚のたくあんは上等とは言い難い。
サバをどうにかやっつけたものの、
飯はほとんど残した。
セットはもり・かけ・冷やしたぬきから択べ、
なんとなく冷やしたぬきでお願い。
するとこれが二重丸に花丸を足したいほど。
揚げ玉・茗荷・わかめ・貝割れ・
海苔・かまぼこ・花がつお、
それぞれの役割りをはたしていた。
油の質が良いので揚げ玉が旨い。
茗荷の香りも好いアクセント。
素晴らしいのは真っ白な細打ちそば。
町場のそば屋ではなかなか逢えない逸品だ。
冷やしたぬきは天国、ごまサバ丼は地獄。
天と地をこれでもかと味わいつつ、
天が勝り、再訪に確定の赤ランプが点く。
満足しての支払いは1980円也。
さっきの隣りの女性が店内で何か買っている。
千円札1枚で入手したのは絵馬だった。
すると離れた席の女性も同様に購入。
皆さん一心不乱に書き込んでいる。
これは隣りの縁切榎(榎大六天神)に
奉納するためのもの。
帰りに天神さまに立ち寄ると
此処でも1枚千円で売られていた。
あとで知ったが絵馬を納めるのは
そのほとんどが女性だという。
世の中には男と切れたがってる女が
あふれ返っているんだヨ、きっと。
いや、驚きました。
くわばら、くわばら。
=つづく=
「長寿庵」
東京都板橋区本町18-9
03-3961-2421
好天に恵まれた日に
言問通りでバスの四面待ち。
行く先は四通り。
浅草寿町(東)、池袋東口(西)、
上野松坂屋(南)、早稲田(北)。
カッコ内は千駄木三丁目を出たあと、
バスが最初に向かう方向である。
真っ先に来た早稲田行きに乗った。
揺られながら考える。
千石一丁目で都営三田線に乗り換える?
猫又坂下から茗荷谷か大塚へ歩く?
終点の早稲田まで行っちゃうか?
結局は薬局、千石で降りて
西高島平行きに乗り込んだ。
板橋区役所前で下車。
ここは江戸四宿の一つ、板橋宿の真ん中だ。
江戸城から近い順に
平尾宿・仲宿・上宿と北に連なり、
板橋宿を形成している。
活気に満ちた仲宿商店街は大好き。
この道筋は東京でも5本の指に入るネ。
そのぶん飲食店はちょいと淋しくなるけど、
上宿のほうに優良店が並んでいる。
今日の昼めしは縁切榎隣りの「長寿庵」。
都内に数多ある「長寿庵」の中で
当店は源流の流れを汲むそうだ。
縁切榎は榎大六天神社の御神木で
祀られる大六天は神道ではなく仏教の神。
維新後の神仏分離で消滅の危機に直面するが
ひっそりと祀られていたため、
どうにかこうにか生き延びたらしい。
仏教の神社があるなんて初めて知ったヨ。
それはそれとして、狭い間口とは裏腹に
「長寿庵」の店内は広がりを見せていた。
隣りとの間隔がキツい二人掛けに着く。
ビールはキリンラガーのみ。
グラスに注いで飲もうとしたとき、
卓上の品書きを手に取ったら
グラスに当たり、引っくり返した。
自分の膝小僧を濡らすのは当然の報いだが
問題は隣りの若い女性客だ。
「ビールが跳びませんでしたか?」
「あっ、だいじょうぶです」
取り合えず難を逃れ、ホッと一息。
やれやれ。
=つづく=
この4月に8年ぶりで開かれた同窓会。
区立上板橋一中の20期生なんだが
みんな歳を取ってしまい、
この先、あと何回出席できるのか?
まったく知れたものではない。
よって、毎年開いておくれヨ、
いや、まずは年末の忘年会を頼むヨと
あちこちから幹事へ要望が募り、
日曜日の午後、新宿につどったのでした。
会場は西口のユニクロが入るパレットビル。
5階の「はなの舞」なる大箱居酒屋だ。
全国的に店舗を展開しており、
何度も見掛けているが利用は初めて。
開催の10分前、13時20分に到着すると、
参加者総勢19名のほとんどが出揃っていた。
年寄りは仕掛けが早いや。
今回の目玉はO類サン。
在学中に言葉を交わしたことはあまりないが
瞳の大きな可愛いコという記憶は残っている。
事前にメールでやり取りした。
「お会いしても判らないかも・・・」
「いや、絶対にボクはキミが判るヨ。
判らなきゃ探し当てる、宝探しか? ハハハ」
なあんてネ。
ところが実際はすぐ判らなかった。
たぶんこの人だな、とは思ったが
頼りは胸元のネームプレート。
まあ、何とか探し当て
懐かしの談笑をひとしきり楽しむ。
毎度のことでJ.C.が乾杯の音頭を取った。
こういう席では飲むことに専念する主義。
食べものを口にすることはほとんどない。
刺し盛り、豆腐サラダ、鳥の水炊きなんぞが
次々に運ばれるなか、箸をつけたのは
出汁巻き玉子1切れ、鳥照焼き1片のみだ。
そのぶん一番搾りの中ジョッキを
10杯は飲んだだろうな。
楽しい宴は時の経つのが早く、
予定の3時間は瞬く間に過ぎ去る。
大方のメンバーが通りの向かい、
カラオケボックス「まねきねこ」に移動。
ただし、幹事・N中クンのお達しにより、
カラオケは厳禁。
ボックスを単なる集いの場として利用だ。
此処でも飽きずに生ビール。
お開きは19時。
思い出横丁が目の前で手招きしていた。
独りで飲み直しとも思ったが帰りが億劫。
都営大江戸線の外回りに乗った。
上野御徒町での一飲が賢者の選択でした。
「はなの舞 西口パレット店」
東京都新宿区西新宿1-1-1
パレットビル5F
03-5325-5235
「カラオケまねきねこ 新宿西口店」
東京都新宿区西新宿1-3-3
03-5990-5371
第二球技場のピッチをしばし眺め、
あの氷雨の日を振り返った。
あと数カ月であれから丸60年。
ずいぶん歳を取ったものよのぉ。
深沢と八雲、世田谷と目黒の区界を歩み、
駒八通りを南下して
九品仏こと浄真寺の西側を抜け、
東急大井町線・尾山台駅前にやって来た。
この沿線、というより、
世田谷区で一番好きな街だ。
緩やかな坂を上ってゆく。
これはハッピーロード。
東武東上線・大山駅前の商店街と同名だが
あちらは板橋区民、いわゆる庶民の町。
対してこちらはセレブ・タウン。
そのわりにネーミングがダサ過ぎないかい?
尾山台に来れば立ち寄る、
「オーボンヴュータン」に入店。
まずは晩酌用のフレンチ惣菜を
何点か買い求める。
ニョッキ・パリゴー(ベシャメルソース)、
ピエ・ド・コション(豚足カツレツ)、
ドフィノワ(じゃが芋のグラタン)、
フロマージュ・ド・テート(豚カシラ煮凝り)、
ソーシス・フュメ(スモーク・ソーセージ)。
帰宅後、2日に分けて完食した。
買い物が済んだら奥のカフェへ。
いつものピノー・デ・シャラントを1杯。
冷たいのがないため、ロックでお願いすると
クラッシュド・アイスで来た。
この酒は一種の酒精強化ワイン。
発酵途中にコニャックを加えて
酵母の働きを抑えることにより、
糖の分解を止めて甘みを残す。
造り手はコニャックのレイモン・ラニョー。
大好きなヴァン・ド・リキュールである。
たまには一級品のフランス菓子をと
アリ・ババ(サヴァラン)を所望したが売切れ。
菓子でも惣菜でも夕方になれば
ほとんど売切れてしまうのが当店の弱点だ。
代わりにサン・ロランを一つ。
バターと玉子を使った焼き菓子は何だかなァ、
あまり口に合わなかった。
これは店のせいじゃなくて
そんなに菓子を好まぬ自分のためだ。
ハッピーロードを駅に向かいながら思案する。
どうしよう、二子玉川へ出て田園都市線、
いや、大岡山から三田線直通かな?
どっちも似たり寄ったりで大差ないから
先に来たほうに乗るとしましょう。
サヨナラ尾山台、また来る日まで。
「オーボンヴュータン」
東京都世田谷区等々力2-1-3
03-3703-8428
本日の遠征先は世田谷区・駒沢大学。
メトロ半蔵門線から直結する、
東急田園都市線で三軒茶屋の一つ先だ。
時間に余裕があり、三茶から一駅歩いた。
昼食は最近ハマッてるタイカリー。
その名も「タイカリーピキヌー」。
ピキヌーはタイの小さな唐辛子。
ネズミのフンを意味する。
タイのビール、チャーン(象)をお願い。
カウンターに貼られたメニューをのぞく。
8種類ほど並んでいるが
写真が小さい上に照明が暗くて見にくい。
店主推奨のチキンカリーは
辛さのレベルがかなり高い。
人気を二分するグリーンカリーに回避した。
タイカリーの中では一番好きだし、
辛さも穏やかなんでネ。
チキンが多いグリーンながら
当店は珍しくもビーフ。
ナスとキャベツもふんだんに使われ、
トップに赤&黄のパプリカが散っていた。
甘味をおさえた自然な味は
インパクトが薄いぶん、奥行きはしっかり。
いままで食べたタイカリーで
もっともデリケートなタイプだ。
ライスはジャポニカ米だが炊き上がり好く、
近所に在ったら月イチで通うだろうな。
ビールをシンハ(ライオン)にスイッチ。
以前よりクセが弱まったような・・・。
会計はカリーと小瓶2本で計2500円也。
満足感を抱いて、さあ、散歩、散歩。
進路を南に取り、テクテク歩く。
駒沢大学をすり抜けてほどなく、
駒沢オリンピック公園に到達した。
あれは忘れもしない1965年4月29日。
往時の天皇誕生日で
中学2年生になったばかり。
朝からずっと小雨がそぼ降り、
四月末にしては異常に寒い日であった。
J.C.は中学1年から高校2年まで
サッカー部に籍を置いた。
その間、芝生のピッチで
プレイしたのは生涯一度きり。
それがその日の駒沢第二球技場だった。
試合後、両校の顧問教師は
生徒の身体を心配したものとみえ、
敵味方揃って近所の銭湯へ直行。
呉越同舟ならぬ、呉越同浴と来たもんだ。
あの頃の先生方は情が熱かった。
今さらながらにつくづくそう思う。
=つづく=
「タイカリーピキヌー」
東京都世田谷区駒沢1-4-10
03-3422-7702
今日は阪東妻三郎(バンツマ)主演、
「決闘高田の馬場」を観るため、
普段よりずいぶん早めに家を出た。
神保町シアターは99人収容の小さな劇場で
通常2~30番台のチケットを得るのだが
今日は5番と来たもんだ。
時間が早いからか、映画が不人気のせいか、
それは判らない。
開演の14:15分まで3時間以上ある。
近くの店でタイム・キリングは不可能。
遠くへ行くことにした。
都営三田線に乗り、御成門で下車。
浜松町駅そばの「鯛樹」へと歩いた。
11時半の開店からまだ10分程度。
だのに順番待ちが3人並んでいた。
まあ、このくらいならいいだろう。
しかるにおよそ20分待って入店。
4席しかないカウンターの左隅に滑り込む。
あとは四人掛けが2卓のみ。
これじゃすぐ満員になるわけだ。
献立は宇和島鯛飯定食一本やり。
ほかには何も無い。
サッポロ赤星を通して待つ暇もあらばこそ、
5分足らずで調った。
わかめと小ねぎを添えた真鯛刺しに
生玉子を落とした出汁醤油。
ごぼうの胡麻和え、釜揚げしらす、
宇和島さつま揚げ。
あんかけの煮ものは、鯛の唐揚げ・
揚げ茄子・大根・豆腐・ブロッコリー。
なめこと大根葉の味噌椀に盛りのよい白飯。
多彩な陣容ではあった。
鯛は朝締めとみえてコリコリの食感。
けれども鯛飯より鯛茶漬けの味付けが好き。
生玉子&出汁醤油より胡麻だれがいい。
ほかのおかずはまあそれなり。
期待を超えるほどではない。
会計は1800円の800円で2600円也。
新橋までぶらぶら歩き、
三田線で内幸町から神保町へ戻る。
館内は空いており、半分も埋まっていない。
「決闘高田の馬場」は剣戟(けんげき)映画。
早い話がチャンバラ映画だが
チャンチャンバラバラに尽きるだけで
映画としての体(てい)を成していない。
今日はガックリ、多くを語るまい。
客の不入りの理由も判ったような気がした。
時代劇シリーズは何本か観る予定だったが
受けた打撃は大きく、すべてよすことにした。
国破れて山河あり、障子破れてサンがあり。
なのでした。
「旬菜 鯛樹(たいき)」
東京都港区浜松町1-24-5
03-3431-1113
隅田川の右岸、隅田公園を歩む。
滝廉太郎作曲の「花」の歌碑に出逢った。
作詞者・武島羽衣の自筆が刻まれ、
教え子たちにより、昭和30年に建立された由。
隅田公園千年桜プロジェクトのパネルもあった。
有名な三春滝桜(千年桜)の子孫木を
公園のシンボルツリーとして
次世代に受け継ぐプロジェクトを推進とのこと。
1本の柱に2つの照明が灯る街灯を
土鳩とゆりかもめが仲良く分け合う姿を見て
思わずスマホでパチリ。
ほほえましいスナップをお見せしたいが
写真は載せないことにしたのでご容赦を。
浅草1丁目1番地1号の「神谷バー」へ。
最近は2人連れなら2階に上がるが
独りのときはもっぱら食券制の1階席。
いつも通りにドライ大瓶と電氣オールドをー。
インバウンドあふれるエンコの街で
当店はいつ来ても外人率が極端に低い。
むしろ外人向きのスポットと思われるが
食券制がいけないのかな?
日本人ばかりの現状が不思議でならない。
四半刻を過ごして退店。
雷門から仲見世を経て
本堂までは芋の子を洗うが如し。
君子は危うきに近寄らない。
せっかくの買い物ついで、
雷門前の「まるごと北海道」を思い出した。
北海道の物産が並ぶ郷土ショップである。
目当てはただ一つ。
乾麺の即席ラーメンである。
本場北海道ラーメンシリーズの函館(しお)、
札幌(味噌)、旭川(醤油)に加え、
二夜干し釧路醤油、煮干しラーメン、
しじみラーメンと計6袋も買っちまった。
すべて旭川の藤原製麺のものである。
滅多に買わないインスタントラーメンだが
藤原製麺だけはベツ。
独特の歯ごたえと舌ざわりが好きなんだ。
今のところコレ以上の袋麺はございませぬな。
全部で4つ。
けっこうな荷物を抱えることになった。
そろそろ帰ろう。
雷門の真ん前から
池袋東口行きのバスに乗り込んだ。
発車、オーライ!
今日もいい日でありました。
=おしまい=
「神谷バー」
東京都台東区浅草1-1-1
03-3841-5400
「まるごと北海道」
東京都台東区雷門2-12-10
03-3842-0510
玉の井と向島を分け隔てる鳩の街。
おでん屋の店先でブッ倒れそうになった。
何と屋号が「佃忠」と来たもんだ。
実は前日、タバギンの「佃忠」に立ち寄った。
生憎、厚揚げと餅巾着しか残っておらず、
ガラスケースはスッカラカン。
またもや鮮魚店「魚壮」に迂回したのだった。
それにしても昨日の今日で「佃忠」アゲイン。
単なる偶然とは思えぬ自分がいた。
店の女将に
「田端銀座の『佃忠』さんとはお仲間?」
「エッ? ええ、まァ」
あまり話したくないみたいだが、重ねて
「暖簾分けとか?」
「あっちは弟がやっていて・・・」
「じゃあ、貴女がお姉さん?」
「そうです」
「いえ、昨日ネ、寄ったら売り切れてました」
「あっちもそこそこ売れてますからネ」
せっかくなので買いました。
ずいぶんと、いや、しこたま。
つみれ・ボール・昆布は10個単位。
あとは、ごぼ巻き・いか巻き・△揚げ・
餅巾着を2個づつ、締めて1760円也。
こりゃ、3日は食べ続けなきゃならん。
鳩の街を突っ切り、水戸街道に出たとき、
聞き覚えのあるワアワア、わあわあ。
ありゃりゃ、さっきそば屋「ともえ」で
出食わした5人組が左側からやって来た。
店でも道路でもやたらにかしましい連中だ。
酒とつまみだけで、長居はしてない様子。
彼らが鳩の街に入ってゆく。
ん? いったい何処へ?
男はスーツ、女性は和装・洋装が二人づつ。
後姿を見送りながら、ふと好奇心が疼いた。
よせばいいのに彼らを尾行し始めちまった。
迷路のような狭い路地に入り、
あちこち迷いながらも到達したのは
「千代田」なる立派な料亭。
入口で記念写真なんぞ撮ってるヨ。
すると他にも続々と来訪者が現れた。
女のほうが多いけど、男もちらほら。
ほとんどが和服姿である。
はは~ん、これは小唄の発表会だな。
かつて経験のある J.C.にはピンと来た。
「探偵物語」はこれにておしまい。
歩行者専用橋、桜橋で隅田川を渡る。
午後の陽射しが川面に光り、
キラキラとまぶしい。
=つづく=
「佃忠蒲鉾店」
東京都墨田区向島5-49-5
03-3614-2604
浪花の小姑が小言を垂れるのを
覚悟の上でのっけからいっちゃいます。
♪ 温かな昼下がり
通り過ぎる雨に
濡れることを
夢に見るよ
風に吹かれて
胸に残る想い出と
さよならをするために ♪
(石坂浩二)
「さよならをするために」は1972年のリリース。
「白いブランコ」以来、鳴かず飛ばすだった、
ビリー・バンバンを窮地から救った。
作詞は俳優の石坂浩二である。
地蔵坂通りを歩くのは5年ぶりくらいかな?
美味しいいなり寿司屋があったハズだが・・・
あった、あった、ありました。
「松むら」は浅草・清川と
北千住東口にもあり、独立採算だろうが
いなり自体はみなクリソツ。
ジュワジュワの油揚げに酢めしは五目だ。
いなり寿司とかんぴょう巻きが
4つづつの詰め合わせをあがなう。
このコンビは俗に助六と呼ばれるが
当店はその呼称を使わない。
地蔵坂を突き当たって墨堤通り。
道の向こうに「向じま 志"満ん草餅」が見える。
創業明治2年、隅田川の渡しで往来する、
客目当ての茶店として誕生した。
数年前までJ.C.の初詣は近くの白髭神社。
毎年、その帰りに立ち寄ったものだ。
手に持つ袋は増えるがガラス戸を引く。
草餅は餡入りと餡無しの2種類。
無しは白みつ&きな粉で食する。
それぞれ2個にみたらし団子を2本。
袋の手ごたえがズシリときた。
墨堤通りを南下してほどなく先日観た、
「渡り鳥いつ帰る」の舞台、鳩の街に到着。
水戸街道側を入口とすればこちらは出口。
久しぶりに来てみて気づいた。
どこにも鳩の街の表記が無い。
以前はアーチや街灯に
看板が見られたものだが・・・。
おそらく地域に暮らす人々が
旧紅燈街の印象(汚名?)を嫌ったのだろう。
こういうことは彼らの自由で
部外者がとやかく言うものではない。
でも、ちょいと淋しい気持ちになりました。
道筋の中ほどに1軒の物販店。
おでん種を売る傍らで
煮えたおでんが湯気を立てている。
何度も通っていながら気づかなかった。
店名を見上げて思わずのけぞり、
そのまま後ろに引っくり返りそうになった。
=つづく=
「稲荷ずし 松むら 向島店」
東京都墨田区東向島1-15-12
050-5594-5098
「志”満草餅」
東京都墨田区堤通1-5-9
03-3611-6831
最近はバスが好き。
なるべく地下鉄を避けるようになった。
景色がまったく見られないもんネ。
まっ、近頃はみんなスマホに夢中だから
景色なんか必要ないわな。
ホントにイヤな世の中になったもんだ。
今現在、一番の気に入り路線は
日暮里発・亀戸行きである。
このルートは飛びっ切り。
日暮里→三河島駅前→荒川区役所→三ノ輪→
泪橋→白髭橋→百花園→東向島広小路→
橘通り→福神橋→亀戸駅前
と走り、ほとんどが気に入りのスポット。
亀戸まで乗ることはあまりない。
東向島広小路で降り、
水戸街道を南へ歩くケースが多い。
この日も街道沿いの「きそば ともえ」へ。
ごくフツーの日本そば屋である。
ドライ大瓶に冷奴が付いた。
気が利いてるねェ。
本日のランチ(800円)は鳥照焼き丼とそば。
もり・かけ・たぬき(冷 or 温)から択べる。
冷やしたぬきでお願いしてみた。
もりとたぬきは同値扱いだから
冷たいそばには揚げ玉だけがパラパラ。
ほうれん草やナルトは無し。
ところがどっこい、そば美味し。
コシの強い細打ちはかなりのレベルだ。
つゆも上々である。
ともに減量してあると云うものの、
そばはたっぷり一人前あるし、
照焼き丼もミニサイズを超えている。
皮付きもも肉がプリッと弾力に富み、
いいんだけれどタレの掛け過ぎで甘辛過ぎる。
2枚のたくあんをどうにか1枚やっつけ、
キューちゃん風は1切れ箸を付けただけ。
静かな店内がにわかに騒々しくなった。
ワアワア、わあわあと
入店して来たのは5人組。
オジさん1人にオバさん4人だ。
「飲みものとつまみだけでいいかネ?」
オジさんが店主の了解を得る。
各自ビールとそば酎ハイで晴れやかに乾杯。
どこまで平和なんだい、此の国はサ。
逃げるようにして、お勘定は1450円也。
さっき来た水戸街道をちょいと戻り、
地蔵坂通りを左折した。
陽光うららかにして温かな昼下がり。
ほうらビリー・バンバンも歌い出す。
気を持たせるつもりはないけど、
以下次話であります。
=つづく=
「きそば ともえ」
東京都墨田区東向島1-33-9
03-3611-7553
先日、のみとも・半チャンを偲び、
一緒に杯を捧げた銀座のママ・Y子と
河岸を浅草に代え、一飲に及ぶことに。
先週行った「ニュー王将」を再訪した。
実は彼女、エンコの女なのである。
この街に棲んでいながら未訪と聞いて
それじゃ、ダメじゃん!
と相成った次第なりけり。
アーケードのひさご通りを抜けた地点で
17時の待ち合わせ。
ワイン好きだってんで今宵は持ち込み。
バローロ テッレ・ダヴィーノ '18 を
2日前に抜栓しておいた。
ダヴィーノは好きな作り手なので
いつも言問通りは動坂下の食料品店、
「Jupiter(ジュピター)」で調達する。
当店ではレトルトの各種タイカレーや
ノザキのコンビーフカレーなども買う。
カウンターを予約してあり、
速やかに落ち着き、生ビールで乾杯。
と思いきや、それができない。
ママのタヨちゃんより娘のマユミのほうが
泡ナシの注ぎ方が上手なので
マユミが居るときは彼女にお願いするが
今日は韓流のコンサートとやらで欠勤。
代わりに旦那のK介が出勤だ。
泡ナシを指示したらホントに泡完全抜きで
ふちまでいっぱい、イッパイ。
よってリフト・アップかなわず、
二人して口で迎えにゆく。
日本酒でありがちな無作法を
生ビールで強要されるとは思わなかったばい。
此処へ来ると顔ぶれは変われど、
頼むモノはいつも一緒。
「オススメは何?」と必ず相方に訊かれ、
答えは常に同じだからだ。
カニサラダ・カキバター・メンチカツ。
ゴールデン・トリオを発注する。
料理が出揃ったところでバローロに移行。
2日前に抜栓したおかげで香りが際立つ。
飲み口もバツのグン。
滑らかにノドを滑り落ちてゆく。
店主夫婦と義理の息子にわれわれ、
5人でよくしゃべり、よく笑った。
20時過ぎにママの Y子は銀座へ出勤。
居残った J.C.は
サッポロ赤星中瓶を何本飲んだかな?
6~7本はやっつけたと思う。
今宵はビールで酔いました。
「ジュピター(Jupiter)動坂店」
東京都文京区本駒込4-41-4
03-3824-2431
「ニュー王将」
東京都台東区浅草5-21-7
03-3875-1066
上野アメ横のレトロ喫茶「丘」。
ナポリタン後のコーヒーを楽しんでいる。
コーヒーは専門分野じゃないから
四の五の言える立場にない。
それでもそこは老舗、美味しくいただけた。
手元の「散歩の達人」に
「丘」も掲載されている。
紹介されていたのはナポリタン。
これは単なる偶然に過ぎまい。
さあてと、これから向かうのは
ガス・ステーションならぬ、
ビア・ステーションだ。
「丘」が3年前にビールの提供を
ストップしちまったからネ。
行きつけの立ち飲み酒場、
「たきおか」に飛び込んだ。
ドライ大瓶と焼きとんはバラタレを2本。
朝鮮焼肉にも似たニンニク醤油味は
豚バラニンニク、略称バラニンと呼ばれる。
ビールの補給は済んだし、
他に寄るところもあるので
滞空はたったの15分。
アメ横を御徒町に戻った。
駅前のサカナのスーパー「吉池」へ。
例によって晩酌の肴の調達だ。
まぐろがずいぶん値上がりしている。
ミナミマグロはそうでもないが
本マグロの高騰ぶりは
出した手を思わず引っ込めさせる。
バチマグロ赤身に良いサクがあり、確保。
野菜ならともかく鮮魚売り場で
バスケットを携えることはない。
つい、つい、余分なものまで
放り込んじまうからネ。
珍しくもホッケの刺身があった。
このサカナは十中八九、
開きにされて干される。
刺身だと繊細な旨みが楽しめて
恰好の酒友となるのだ。
地下に降り、ウルメイワシの丸干しも。
以上、3点にとどめおいた。
あとは上野広小路と湯島天神下の間に
位置する「業務スーパー」に立ち寄り、
家の在庫が少なくなったブランデー。
レミーかヘネシーが理想なれど、
庶民はお手頃価格のダーヴェル・フレール。
その XOで御の字なんざんす。
「丘」
東京都台東区上野6-5-3 尾中ビルB1
03-3711-6621
「立ち飲み たきおか」
東京都台東区上野6-9-14
03-3833-2777
「吉池」
東京都台東区上野3-27-12
03-3831-0141
「業務スーパー 上野広小路店」
東京都台東区上野2-3-4
03-5812-2168
今日は近場ばかりなれど
あちこちと忙しい。
家を出て最初に団子坂下の青果店へ。
前日に取り寄せを頼んでおいた、
生わさびをピックアップ。
バスに乗ってノガミ(上野)へ。
手元不如意につき銀行で現金の引き出し。
お次は14時近くに遅いランチだ。
上野三大レトロ喫茶の一翼を担う「丘」へ。
「王城」と「古城」はどちらも
ここ1年ほどの間に訪れたが
「丘」は何と30年ぶり。
階段を降りてステッップ・イン。
ずいぶんガタが来てるねェ。
シャンデリアはぶら下がってるが
絨毯みたいな床材が擦り切れてるヨ。
先客も単身が2名のみで淋しい。
オニジさんに
「ビールありましたよネ?」
「今、出してないんです」
「エッ、いつから?」
「3年くらい前にやめました」
いつの間にやら純喫茶になっていた。
毎回ミートソースでもないもんだから
たまにはナポリタンをいってみよう。
ホットコーヒーと
セット(950円)でお願いした。
1964年、東京五輪の年に
開業した「丘」は今年で60周年。
当時と変わることのないナポリタンは
まさに喫茶店のソレである。
極太のスパゲッティに
具材はハム・玉ねぎ・ピーマン。
ケチャップがふんだんに使われてかなり甘い。
でも、昔から喫茶店のナポリタンはこうだ。
お決まりのパルメザンと
タバスコもサーヴされた。
レジ横にあった「散歩の達人」は上野特集。
10年以上前の号だった。
” 濃い上野 ”
アレもコレも、ぎゅっと詰まった魅惑の街
そうかなァ?
パラパラめくりながらフォークをあやつる。
レトロ喫茶のレトロなナポリタンを
古い雑誌を眺めながら食べてると
だんだん旨さが加味されてきた。
不思議なもんですねェ。
=つづく=
この日は北区のタバギン(田端銀座)へ。
うなぎと焼き鳥の「都鳥」は
マークしていたが初めての訪れである。
13時前に暖簾をくぐると先客はゼロ。
「いらっしゃいませ~」
迎えてくれたオニジさんの白衣の汚れが
目について少々気になった。
日曜日で休みなのか
女性スタッフがいないため、
おそらく厨房の彼が
接客に出て来たものと思われた。
よって大目に見ることにしよう。
うなぎ屋では最小サイズを択ぶのが常。
そこに肝焼きを1本プラスするのだ。
うな丼(1850円)と肝焼き(350円)を通す。
ビールはキリンラガーの中瓶のみ。
頼まざるを得ない。
「ごはんにはタレをかけないで下さい」ー
いつもそうお願いするが初めての店では
どんな状態で出て来るのか判らないし、
デフォの姿を拝む意味合いもあり、
あえて指示しない。
15分ほどで肝焼きが運ばれた。
8尾分くらいあろうか?
みっしりと串打ちされ、ふくら雀状態。
こいつは食べ出があるゾ、粉山椒を振る。
焼き上がりも味も、まことにけっこう。
うな丼に乗せるため、1/3ほどを残す。
10分遅れてうな丼が調う。
再び粉山椒を振り、口元へ運ぶ。
これまた想像以上の出来映えにニンマリ。
ただし、タレの分量は多過ぎた。
香の物はきゅうりぬか漬け&キャベツもみ。
そして歯応えがとても好いたくあん。
この店は当たりである。
お勘定は2750円。
帳場に店主らしきオジイさんが現れた。
この御仁を見ただけで店の年季が判る。
次回はうなぎ好きのニューめしとも、
S蘭を連れて来よう。
帰りにタバギンのおでん種屋「佃忠」で
晩酌用に何か買おうとしたが
あにはからんや定休日。
砂町銀座に本店のある鮮魚店、
「魚壮」に迂回したのでした。
「都鳥」
東京都北区田端3-7-6
03-3821-0205
神保町シアターにおける、
「映画に生きるー田中絹代」もいよいよ大詰め。
この日は永井荷風による三つの短篇、
「春情鳩の街」「にぎりめし」
「渡り鳥いつかへる」を原作とした映画、
「渡り鳥いつ帰る」(1955)。
上手いことまとめ上げたのは久保田万太郎。
監督が「警察日記」の久松静児。
今世紀初頭に一度だけ観た記憶が残っており、
前回の「流れる」に負けず劣らず好きな作品だ。
舞台は玉の井(東向島)と
向島の中間に位置する鳩の街。
荷風が愛した紅燈街でも比較的新しい。
戦災で焼け出された玉の井の業者が
移転して開いた新興カフェー街が此処。
敗戦の年、昭和20年5月に数軒がオープンし、
8月には数十軒に膨れ上がっていた。
いつB29の爆撃を受けるか判らぬ空の下で
いったいどんな人種がエッセエッセと
性なる行為に励んだのだろう。
明日死ぬかもしれないならヤることは一つか。
それはそれとして「渡り鳥いつ帰る」は
「流れる」同様に女優陣が豪華。
田中絹代を始め、淡路恵子・久慈あさみ・
岡田茉莉子・高峰秀子・桂木洋子。
「流れる」との大きな違いは
男優たちの存在が重要で
田中とともに娼館を営む亭主が森繁久彌。
あとは脇役陣ながら
左卜全・中村是好・藤原釜足など。
笑えるのは原作者の永井荷風。
昭和24年、浅草のストリップ劇場、
「ロック座」で「渡り鳥いつかへる」が
寸劇として上演された。
すると本人が「僕も出よう!」と舞台に上がる。
こんな感じであった。
舞台の中央におでんの屋台がある。
上手から出て来た荷風先生は
屋台のおやじに声を掛ける。
「おじさん、忙しい?」
「おや、産婦人科の永井先生じゃござんせんか?
まあ、お休みになってお一つ」
「や、ありがとう、一杯いただくか」
そこへ赤い洋装の若い女が通りかかる。
「あんた、なかなか可愛いネ、
そこまで一緒に帰ろう」
手を組んで去ってゆく。
観客はもちろん、楽屋裏も拍手喝采だった。
「渡り鳥いつ帰る」は今日(火)の正午、
明日(水)夜、明後日(木)夕方、
その翌日(金)午後と4回の上映を残している。
7日(土)からは新シリーズ、
「マキノ雅弘の時代劇傑作選」が始まる。
皮切りはあのバンツマの華麗なる立ち回り、
「決闘高田の馬場」
(「血煙高田の馬場」改題短縮版)であります。
穴子天せいろのあと、腹ごなしの散歩。
参道に天台宗安養院が門を構えていた。
境内に足を踏み入れると
一対の立派な狛犬のお出迎え。
その脇に山主による立て札がある。
アブナイ!
危険ですから
狛犬に~
おい、おい、こいつはヤベエ。
近寄ると狛犬が噛みつくのかえ?
と思いきや、
狛犬に登ったりして遊ばないでください。
山主
やれやれ。
目黒不動門前に比翼塚あり。
権八・小紫の悲話伝える比翼塚
処刑された愛人白井権八と、
彼の墓前で自害した遊女小紫。
その悲話は [後追い心中] として
歌舞伎などで有名だが、
この比翼塚は二人の来世での幸せを祈り、
たてられたという。
さっき上った、かむろ坂は小紫ゆかりの坂。
禿(かむろ)は江戸の世の高級遊女に仕える、
召使いの少女のことである。
恋仲だった小紫は権八が葬られた、
冷法寺の墓前で自ら命を絶つ。
帰らない小紫を案じたかむろは
目黒に向かい、主人の死を知る。
その帰途、当地付近で暴漢に襲われそうになり、
桐ケ谷二つ池に身を投げて自害する。
彼女を憐れみ、かむろ坂と名付けられた由。
目黒不動、泰叡山瀧泉寺の山門をくぐった。
仁王門脇の池で2匹の龍が
湧水を吐き出している
と思ったら手水場にもう1匹、
小さいのが水を吐いていた
辰年のせいでもあろう、みんな元気だ。
急な石段を上り、お不動さまに手を合わせ、
石段を下らず、裏手に廻って退出した。
北上して目黒通りに出ると
左手に寄生虫館が建っている。
不動前在住の GFと訪れたのは20年前のこと。
権之助坂を上がり、目黒駅へ。
そうだ! 駅ビル内の東急プレッセで
アルゼンチンの馬刺しでも買って帰ろう。
JR日暮里駅で乗った山手線外回りを
五反田で下車した。
今日は目黒不動界隈を散策するつもり。
最寄りは目黒駅だが
五反田からの道筋を往きたかった。
別段、理由はないけどネ。
目黒川に沿って歩き、
東急目黒線の高架をくぐったところで
山手通りを横断すると、かむろ坂下。
都内屈指の桜の名所である。
坂を上り、桐ケ谷通りを右折してほどなく、
お不動さまの門前に出た。
すぐにはお参りせずに
門前通り(参道)の緩やかな坂を下ってゆく。
参拝の順路を逆行しているワケだ。
時刻は13時15分。
となると、まずは昼めし。
参道途中に在ったとんかつ屋と
ジンギスカンが2軒まとめて消えていた。
更地になって跡形もない。
門前のうなぎ店「にしむら」に戻っても
テイクアウトのみでイートインは出来ない。
それではと赴いたのが参道のそば屋だ。
「海老民 本店」の店先は何回か通っており、
本わさびの有料提供も承知している。
ドライ中瓶を手酌しながら品書きの吟味。
お通しは枝豆だった。
おっと! 穴子天せいろが目を射抜く。
そば屋に穴子が居ると
かなりの確率でお願いしてしまう。
海老天にはまったく反応しないクセにー。
接客のオネエさんに
「本わさびはいくらになるのかな?」
「ええ~、そうですね」
「フツーのせいろが700円で
わさびせいろが1000円だから
300円の差額を払えばいいんだよネ?」
「そうなりますが・・・」
「それじゃ、穴子天せいろを本わさびで」
「ハイ、あのぉ、今日はわさび切れてまして」
「ハア~ッ! 初手から言うてくれい!」
怒鳴りつけはしないけど何てこったい!
穴子1尾に茄子・ピーマン・さつま芋付き。
天ぷらはまずまずながら期待を下回った。
そばにさほどのコシはないが
なかなかの噛み締め感あり。
つゆは塩気控えめでやさしい感じ。
支払いは2300円也。
再び門前通りを行ったり来たりする。
=つづく=
「海老民 本店」
東京都目黒区下目黒3-11-10
03-3711-6621
この春に早逝されたのみともを偲んで一昨夜、
男女4人が浅草観音裏「ニュー王将」につどう。
仏は横浜・伊勢佐木町にかつて存在した、
カレー・ミュージアムの
初代名誉館長・O野チャン。
多くの仲間に愛された人である。
此処を彼と最後に訪れたのは
2016年の今頃、8年前になる。
あのときは6~7人だったかな?
かなり盛り上がった。
そのあと一人のメンバーの発案で
台東区から豊島区・駒込に移動し、
何とも不気味な酒場で二次会となった。
今もあるだろうか・・・あのヘンな店?
それはさておき当夜の顔ぶれは
幹事役のパン専門家・P子。
O野チャンを含めた去年の忘年会で
初めて顔を合わせたSおり。
彼女はたまたまJ.C.の大学の後輩だった。
あちらは政経学部卒、
こちらは文学部中退だけどネ。
そしてO野チャンの弟子に当たるMクン。
彼とは今宵が初顔合わせ。
いやはやカレーを語り出したら
とどまることを知らずにノンストップ。
ベシャリは師匠どころの騒ぎではない。
まずは故人に敬意を表して献杯。
P子が角ハイ、他の3人は生ジョッキだ。
料理は先乗りした J.C.が
あらかた択んでおいた。
最初にまぐろ赤身&中とろ盛合わせ、
ずわい蟹たっぷりのカニサラダ。
何を食べても高水準の「ニュー王将」。
初訪の Sりと Mクンは早くもご満悦である。
続いて当店の人気 No1 メンチカツ。
このメンチは東京一、いや日本一。
ってことは押しも押されもせぬ世界一。
ずんぐり丸い球体から肉汁があふれ出す。
そうして人気 No2のカキバター。
あとは何だったけかな?
Mクンが追加したのは
ハゼフライとハムカツだったな。
中ジョッキを8杯も飲ったので
この夜も記憶が、ちと曖昧。
最近多いんだよネ、こういうの。
気を付けなきゃアカンな。
降りしきる雨の中の帰り途。
傘を忘れた J.C.は後輩と相合傘。
4人揃って浅草駅へ歩き、
メトロ銀座線の乗客となったのでした。
「ニュー王将」
東京都台東区浅草5-21-7
03-3875-1066
今日は神保町シアターで
成瀬巳喜男監督の「流れる」(1956)。
原作は幸田露伴の娘の幸田文。
製作は東宝である。
女性映画の旗手、成瀬の名に恥じぬ、
豪華な女優陣に圧倒されてしまう。
田中絹代・山田五十鈴・杉村春子・
高峰秀子・岡田茉莉子・中北千枝子。
主役級のオンパレードと来たもんだ。
J.C.はこの作品をこよなく愛する。
廃れゆく花街、滅びゆく色街、
柳橋の芸者置屋が舞台で
此処は J.C.が十年余り暮した場所なのだ。
懐かしさに涙が流れそう。
NYから帰国後、住まいを浅草と決め、
いろいろ物件を当たってはみたものの、
四半世紀前のエンコの街に
気に染まるヤサは見つからなかった。
それならと柳橋の住宅付置義務ビルに入居。
商業ビルの階上に住居をいくつか設け、
そのおかげで税金が軽減されるのが
住宅付置義務のしくみである。
当時の勤務先は日本橋、遊興先は浅草。
ちょうど中間が柳橋でいずれにも好都合。
柳橋の最寄り駅は浅草橋なんだが
浅草と日本橋の合成語と思われるくらい。
映画の置屋はスタジオの大掛かりなセット。
現地ロケもふんだんに織り込まれている。
置屋の前の通りがたびたび映されて
実際の柳橋にもよく似た小路があるが
映画の道幅は断然広くてセットと判る。
さすがにJR総武線の高架は
実写に頼るほか手立てがない。
老舗商家の袖看板もいくつか見える。
天ぷら「江戸平」は閉業したが
うなぎ「よし田」、和菓子「梅花亭」は
現存して営業を続けている。
隅田川を意味する、
「流れる」のタイトルは原作のまま。
成瀬はのちに高峰秀子&加山雄三のコンビが
新鮮にして秀逸な傑作「乱れる」を撮るが
幸田文に「流れる」なかりせば
「乱れる」のタイトルは生まれ得なかった。
「流れる」は今日の夜、明日の夕方、
明後日の夜と計3回の上映が予定されている。
思い入れの強い J.C.ならずとも
本作は貴方の心に深く刻まれましょう。
おすすめします。
桜上水から荒玉水道道路を一路北上。
ほどなく神田川に差し掛かる。
此処に架かっているのは神田橋。
神田川に神田橋があることを初めて知った。
タイトルロールはどれほどのものかと
期待したが、ごくフツーの地味な橋だった
川沿いに歩を東に進めると、今度は永福橋。
川に別れを告げて永福通りを北へ。
途中に禅曹洞宗の萬歳山・永福寺があり参拝。
真っ直ぐ往くと京王井の頭線の永福町駅だから
駅名も高円寺や祐天寺に倣って
永福寺で良かったんじゃないの?
駅前の「大勝軒」には
平日の13時過ぎだってのに10名ほどの列。
さすがこの町のランドマーク的存在だ。
店先でシナチクの匂いがプ~ンと来た。
むろんスープも香るがシナチクが上回る。
ほぼ線路沿いに明大前へ歩いた。
立ち寄ったのは肉まんの「ハイ!ママヨシ」。
当店も甲州街道沿いにあり、
今日は双六(すごろく)じゃないが
振り出しに戻ったことになる。
奇妙奇天烈な店名は
なんでも名付け親に店主が借金しており、
断るに断れなかったらしい。
そこは理解できるが
せめて理由や由来くらい訊いといて
欲しいものですな。
店頭の貼り紙もユニーク。
”すぐ食べられる温かいものはありません”
”大きい肉まん・中位の肉まん・ミニ肉まん”
まっ、いいけどサ。
購入したのは
ミニ肉まん2ヶ、ミニあんまん1ヶ。
そして餃子と焼売を1人前づつ。
さて、そろそろ帰るとしましょうかー。
明大前の駅前商店街はすずらん通り。
そうだ、いつもお世話になる「松屋」が
界隈にあるんじゃないかな?
あった、あった、ありました。
「松屋」じゃなくて「松屋食堂」があった。
当店は牛めし「松屋」、とんかつ「松の家」、
カレー「マイカリー食堂」と
同系列の三業態すべてを提供している。
それも一つのカウンターでこなしてしまう。
エニウェイ、目当ての中瓶をポチッ!
学生を中心に老弱男女が入り乱れ、
食ってる、食ってる、食ってます。
どこまで平和な国なんだろ?
日本て国はー。
「ハイ!ママヨシ」
東京都杉並区和泉2-8-1
03-3327-1171
「松屋食堂 明大前店」
東京都杉並区松原1-36-7
090-2091-7412
この日は京王線・下高井戸に遠征。
駅舎が松原3丁目にあるため、
てっきり世田谷区だと思っていたら
地番の下高井戸1~5丁目は杉並区である。
目当てはオジさん独りが奮闘する中華「栄龍」。
台東区入谷に同名店があって1年前、
Zooとも・白鶴とおジャマしたが
両者はまったくの無関係。
どうもチャイニーズとコリアンは
同じような、似たような、屋号が多い。
もっとも日本だって
そば屋なんかは店名の重なりが顕著だ。
「藪」「砂場」「更科」「満留賀」
「長寿庵」「松月庵」「尾張屋」などなど。
「栄龍」は下高井戸駅から徒歩5分。
甲州街道沿いにあった。
考えるに京王線と甲州街道は
どこまでもピタリと寄り添う。
京王線を西に進めば甲州街道とは
分倍河原でいったん袂を分かつが
高幡不動でまたランデブー、
と思う間もなくその先の南平でまた分かれる。
ところが結局は薬局、
終点の高尾で寄りを戻してゴールイン。
こんなに間近で顔を合わせていたら
口臭(甲州)にKO(京王)されちまうぜ。
くわばら、くわばら。
町中華「栄龍」の一番人気はカレーライス。
二番が半チャン・ラーメンである。
一番と二番じゃ一番がいいに決まってる。
ドライ中瓶とともに
カレーをライス少な目でお願いした。
するとこれが自宅で作る、
ポークカレーに瓜二つであった。
マイカレーの決め手は一も二もなくニンニク。
これでもか!というくらい大量にぶち込む。
あとはオニオンと豚バラ肉。
「栄龍」のカレーの甘さを控えて
ニンニクを増量したら J.C.カレーの再現だ。
食後の散歩はまず隣り町の桜上水へ。
駅前のスーパー、京王ストアを視察する。
目が留まったのは
東京スリランカチキンカレー(中辛)
今は亡き、のみとも・O野チャン。
彼の息がかかっている。
東京カレー屋名店会 (都内8軒)×
横濱カレーミュージアム初代名誉館長
小野員裕監修
と来たもんだ。
謹んで1パック買い求めました。
=つづく=
「栄龍」
東京都杉並区下高井戸1-16-11
03-3323-8117
「京王ストア キッチンコート 桜上水店」
東京都杉並区桜上水5-29-52
03-3303-9111
バスが来ないので千駄木から根津へ歩いた。
池之端の行きつけで昼飲み兼昼めしの予定だ。
根津の交差点を越えたとき、
不忍通りを上野方面から来る、
大塚行きのバスが見えた。
またもや反射的にかつ、衝動的に飛び乗る。
大塚へは東大農学部→菊坂下→
文京区役所→小石川を経て往くが
どこか途中で気に染まる店があるハズ。
頭の中の記憶をフル回転させる。
思い当たったのは1軒の日本そば屋。
東京屈指の桜の名所、播磨坂下で遭遇し、
そのうち行こうと決めていた。
黒澤明の「赤ひげ」の舞台となった薬草園、
今は小石川植物園の正門そばである。
「斉藤庵」なんぞと人の苗字に
”庵” を継ぎ足した珍妙な屋号だが
まっ、いいか。
店内は五分の入り。
接客のオバちゃんに促され、
テレビの真正面の卓に着く。
ビールはキリン一番搾り中瓶。
ラガーよりは相手にしやすい。
空腹でもないのに初訪の店では
ついつい、セットに目がいく。
注文一つで二つの味が楽しめるからだ。
ミニ丼セットがズラリ並ぶ中、
ミニエビかつ丼セット(980円)が珍しい。
「セットはおそばの量も少な目ですか?」
「いいえ、おんなじ量です。
少なくできますが、お値段一緒です」
「じゃ、ミニエビかつ丼をそば少な目でー」
「はい、かしこまりました」
エビかつ丼につい釣られちゃった。
そばは相当にコシが強い。
つゆも町場のそれとしては辛口だ。
ただし、肝心のエビかつがイマイチ。
自家製だろうか? 出来合いだろうか?
判然としないが、う~ん、イマイチ。
エビかつは飯よりパンとの相性が良い。
モスバーガーの海老カツバーガーとかネ。
お勘定は1580円也。
さっきバスで来た千川通りを北西に歩く。
界隈は飲食店が多い。
10分少々で猫又坂下に到達、此処は不忍通り。
自宅前を通る松坂屋行きのバスを待ちました。
「斉藤庵」
東京都文京区白山3-1-24
03-3811-1466
文京区と新宿区の間を走る地蔵通り。
メトロ有楽町線・江戸川橋駅にほど近い。
「魚谷」のランチタイムは大盛況で
客が忙しく出たり入ったり。
みなさん幸せそうにどんぶりめしを
ワシワシ掻っ込んではいるけれど
金目鯛煮付けを食うJ.C.は
何か今一つもの足りない。
美味しさは水準に達しているものの、
満足度がイマイチなんだ。
う~ん、これは造り手の腕じゃなく、
舌の問題だと心づいた次第なり。
北里柴三郎&ワンコインで支払って
オツリは10円玉1個。
オモテに出て地蔵通りを東へ進む。
水道町の交差点を右折し、赤城坂を登る。
先日の麻布鳥居坂も急だったが
赤城坂も息切れを誘うほど。
道標にこうあった。
赤城神社の近くにある坂なのでこの名がある。
明治時代に発行された
『新撰東京名所図会』によれば、
「・・・峻悪にして、車、通ずべからず」
とあり、かなりきつい坂であった。
登り切って赤城神社に一礼し、神楽坂上。
此処へ来れば毎度のことながら
よしや系列のスーパー、
「SainE(セーヌ)」に立ち寄る。
この日は晩酌の友となる煮魚用に
カスベ(エイ)と銀ダラを購入した。
さっき金目の煮付けを食べたばかりなのにネ。
ここまで書いたが今話はこれで終わらない。
「魚谷」の4日後のことである。
世界野球プレミア12のドミニカ戦当日だから
早い話が今日現在から3日前の18日・月曜だ。
試合前にTVのチャンネルをザッピングしていて
滅多に観ない「孤独のグルメ」に指先が停まる。
井之頭五郎こと、松重豊が商店街の入口で
「こんな所にこんな可愛い商店街が・・・」
ビックリポン、地蔵通りであった。
つい、釣られて見入ると
「魚谷」に入ってゆくじゃないのっ。
単なる偶然とは思えない J.C.、
いや、単なる偶然だネ、コレはー。
しかれども彼の注文が金目鯛刺身と
銀ダラ煮付けと来たもんだ。
何かもう一品に白飯とウーロン茶。
夕暮れ時だから2品限定のランチに
しばられることもない。
ことここに及び、
単なる偶然とは思えない自分の眼が
TV東京の画面に釘付けとなりました。
「魚谷」
東京都文京区関口1-2-8
03-3268-8129
「SeinE 神楽坂店」
東京都新宿区神楽坂6-11-1
03-3268-3266
かつての花街・神楽坂の北側に
地蔵通りなる商店街が走っている。
”地蔵物語”と記したペナントが
文京区・関口から新宿区・水道町にかけて
ズラ~ッと続いている。
本日の昼めしは地蔵通りの和食「魚谷」。
12時半に到着すると
店先に順番待ちが1人、5分で入店できた。
店主夫婦だろうか?
2人だけの切盛りが客をさばいてゆく。
基本、ランチは2種類のみ。
その日は、金目鯛煮付け、
鮭と鯖の塩焼きだった。
鮭と鯖を一緒盛りにするのは珍しい。
両者の仲が別段、好いわけでもなさそうだが
敵対関係にはなさそうだ。
呉越同舟ということもあるしネ。
どちらも940円と比較的お手頃。
周りを見ると人気はキッチリ二分されていた。
カウンターは6席ほど、
入れ込みの板の間が4人掛け4卓。
靴を脱いで奥の4人掛けに独り着く。
OL・リーマンともに
若者と中年が入り混じっている。
女性の比率がちょいと高いかな?
みんな近くの会社勤めらしく、
近隣の住民はほとんど見当たらない。
金目鯛とドライ中瓶を所望する。
ビールをトクトクしていたら
アッという間に配膳された。
おっそろしく速い。
キャパがあまりないのに
客がどんどん入って来るから
迅速にこなすがための二者択一なんだ。
金目・鮭・鯖、サカナ嫌いはどないする?
そんなお客はハナから来ない。
何たって「魚谷」だもの。
大きい切り身の金目1切れに
出汁巻き玉子も1切れ。
切り干し大根に白菜漬けと
野菜たっぷりの味噌汁は
豚小間らしきが散見され、豚汁かな?
ごはんの盛りは大目だった。
いただきまっす!
=つづく=