2014年5月14日水曜日

第837話 心に沁みる有楽町 (その1)

  ♪ あなたを待てば 雨が降る
   濡れて来ぬかと 気にかかる
   ああ ビルのほとりの ティー・ルーム
   雨も愛しや 唄ってる 甘いブルース
   あなたと私の 合言葉 
   「有楽町で逢いましょう」  ♪
      (作詞:佐伯孝夫)

佐伯孝夫と吉田正のコンビによるムード歌謡の名曲、
「有楽町で逢いましょう」が
東京の街の隅々まで流れたのは昭和32年。

この年、長野から上京してきたわが一家は
父親の学友や母親の親戚を頼ってその日暮らしの仮住まい、
いわゆるデイ・トリッパーさながらだった。

最初に転がり込んだのが板橋区・中板橋。
そこから渋谷区・富ケ谷、文京区・根津、大田区・平和島と、
たった一年の間に城北・城西・城南を転々とした。
小学五年のときには城東・深川に転居したから、
足掛け5年で帝都の東西南北を制覇したことになる。

とにかく都落ちの正反対、
”都上り”で再起を目論んだ父親に率いられ、
一家総出で足を踏み入れた花の都・東京だった。

「有楽町で逢いましょう」を歌ったのは今は亡きフランク永井。
もっとも好きな歌手の一人である。
殊に冒頭で紹介した「有楽町で逢いましょう」は
心に深く刻まれる思い出のナンバー。
歌謡史に輝く名曲は小学校に上がる前のマセガキの心をもまた打った。

この年のJ.C.のベストスリーはもちろん「有楽町で~」と
初代コロンビア・ローズの「東京のバスガール」、
そして三波春夫の「船方さんよ」だ。
同年は三波のアタリ年で
「チャンチキおけさ」、「雪の渡り鳥」もヒットしているが
なぜか、「船方さんよ」を数多く耳にした記憶がある。

代々木上原の商店街、
現在、古賀正男記念館のある場所から
そう遠くないところに住んでいた一時期が昭和32年だった。
今でもこのエリアを訪れると、
往時を思い起こし、胸の奥で甘酸っぱいモノが弾ける。

 ♪ 心に沁みる 雨の唄
   駅のホームも 濡れたろう
   ああ 小窓にけむる デパートよ
   今日のシネマは ロードショウ かわす囁き 
   あなたと私の 合言葉
   「有楽町で逢いましょう」  ♪

ご存知の方も多かろうが
実はこの曲、大阪のデパート「そごう」が
東京に進出する際のキャンペーンソングであった。

=つづく=