2016年5月5日木曜日

第1353話 ズブロッカは桜餅の匂い (その5)

女郎衆のリクエストを却下すること能わず、
仕方ないのでスペインの赤ワイン、トーレスを抜いてやった。
飲むピッチを下げさせ、
彼女たちの胃をプロテクトするために
注文したストロガノフとシャシリクだったのに
返って火に油を注ぐ結果となった。
しかも俗に言うチャンポンだヨ、これは―。

ちなみにストロガノフはいわゆるビーフシチュー。
牛肉はもちろん、
サワークリームと玉ねぎ、マッシュルームが主要食材だ。
殊にサワークリームの酸味が必須で
手に入りやすい生クリームで代用すると、
本場の味に比して間が抜けた感じになる。

バターライスやヌイユ(平打ちロングパスタ)を添えることが多く、
米や麺のほうがパン系より相性がよい。
J.C.はバターライスが好みで
アメリカのハッシュドビーフや本邦のハヤシライスよりずっと好きだ。

なぜか?
洗練された大人の味がするからネ。
スパゲッティに例えれば、
ナポリタンとポモドーロ、
あるいはミートソースとボロネーゼくらいの違いがある。

シャシリクは香辛料に漬け込んだ肉のバーベキューで
ラム使用がポピュラーながら、牛・豚・鶏肉でも構わない。
カスピ海沿岸地方ではキャヴィアのお母さん、
チョウザメまで焼いちゃうらしい。

ロシア南西部の祭りには欠かせないファーストフードだから
日本の屋台でおなじみのイカの丸焼きみたいなもんだろうか。
世界最古のワインのふるさと、グルジアが発祥とされ、
なるほど名産の赤ワインとはピッタリである。

野郎二人はトーレスを1~2杯飲っただけでズブロッカに戻る。
もう料理どころか、つまみすら要らない。
ただ、ただ、グラスを重ねるだけである。
とは言うものの、立て続けにあおると
ノドや胃を傷めそうな強い酒、
あいだにバルティカをチェイサー代わりにはさむ。
でも、この飲み方はノドを守っても
かえって酔いを助長するんだよな。

四人ともしたたかに酔って星の見えない外に出た。
白山通りは西片の交差点で三人をクルマに押し込め、
”また逢う日まで”と手を振った。
こちらは酔い覚ましに帰路も歩きと決める。
千鳥足で言問通りの坂を上り始めたが
けっこうキツいねェ、この坂は―。

=おしまい=

「海燕」
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