2023年7月19日水曜日

第3321話 銀座で毎晩 飲んだ日々 (その3)

2008年に上梓した「文豪の味を食べる」。
その梶山季之の稿で
バー「魔里」を取り上げた。
かなりの長文につき、
ダイジェストでお届けしたい。

=飲む・打つ・買うの無頼漢= (梶山季之)

それにしても「魔里」なる店名はどうしたことだ。
普通の神経の持ち主ならば、
「魔」の字は使わぬものだが
人里離れた魔界でも暗示しているのだろうか。
ママの本名は茉里子ながら
頑として「魔」の字にこだわったそうだ。
当時は緑魔子なんて女優もいたことだし、
こういうのもアリだったのだろう。

数回訪れているうち「魔里」が
トンデモない店であることが判明してきた。
かっては銀座を代表する文壇バーで
全盛期の昭和40年代に出入りした、
文人・有名人は数知れず。
それも大物ばかりが顔を見せていた。
ザッと挙げてみるだけでも、
柴田錬三郎・吉行淳之介・川上宗薫・
結城昌治・野坂昭如・生島治郎・
長部日出雄・筒井康隆・田辺茂一・
立川談志・リーガル秀才・坂田本因坊、
そうそうたる曲者が並ぶ。
本コラムの主役・梶山季之もそのうちの一人。
というよりも、このバーにおける、
中心人物が彼だった。
そして何を隠そう、梶山の愛人こそが
「魔里」のママだったのである。

こうなるとシメたもの。
当代きっての売れっ子作家は
酒ばかり飲んでいて
いつメシを食うのか不思議に思っていた。
その彼が行きつけた店の全貌が
ここに明らかになる。
なんか吉良邸の絵図面を手に入れた、
赤穂浪士のようなうれしさがこみ上げてきた。

すでに閉店した店も混じっているが列挙すると、
築地「ふく源」、銀座「浜作西店」、
六本木「鳥長」・「瀬里奈」、
代沢「小笹寿司」といったところ。
ソウル生まれのソウル育ちという素性に
トップ屋あがりの猛烈な書きっぷりから想像して
焼肉や鉄板焼きが好物かと思っていたら
意外にも日本料理が中心だ。
肉よりはサカナ、天ぷらよりは鮨を好んだという。
そばも好きだったとみえ、
気に入りの「赤坂砂場」では
昼から板わさで菊正を飲み、
もりかざるをたぐって締めとした

=つづく=