2016年2月10日水曜日

第1292話 十年ぶりの中華そば (その4)

昨日のつづきである。
伊勢正三が書いてイルカが歌った「雨の物語」。
”僕”と外出するわけでもないのに
何だって”彼女”は化粧なんかおっ始めたんだろう?
窓の外には雨が降ってるというのにサ。

GFから返って来た言葉は

「彼女は外出っていうより出勤なのヨ」
「出勤? なあんだ、OLの朝の化粧か―」
「・・・・・・」
「ん? んなわけないわな」
「・・・・・・」
「あっ、そうか! 水商売なんだネ」
「ピンポン!」

だって。

そうだったのか。
真相を知った途端、
俄然、歌詞に深みが加わり、味わいが出てきた。
それにしてもこういう舞台になると、
オンナは深読みするもんだなァ。
オトコにゃ、いえ、自分ですけどネ、まったくあきまへんわ。

脱線もほどほどにして元の線路に戻らねば―。
谷中の「一力」であった。
暖簾を見て胸が弾んだのだった。

ガラリ、ガラスの引き戸を引いて身体をすべり込ませると、
カウンターの端に店のオバちゃんが腰掛けている。
おもむろに腰を浮かせて
「いらっしゃあい!」

カウンターの中にはオジさん、
いや、オジさんではなく、オジイさんだネ、
村山元首相みたいに長い眉毛が真っ白だ。
ずいぶん見ないあいだに変貌しちゃって昔の面影はない。

ここしばらくラーメン(600円)と餃子(500円)だけの提供らしい。
”中華料理”と銘打った暖簾は出ていても
これから先ずっとメニューが増えることはあるまい。
ビールが飲みたいけれど、とても注文できる空気じゃないし、
おそらく置いていないだろう。

4席ほどのカウンターに小卓が2つ、ほかに客はいない。
ラーメンだけをお願いして
目の前にあったスポーツ新聞を開いた。

=つづく=