東京の東のはずれは江戸川区。
そのまたはずれの篠﨑で
都営新宿線の電車を降りた。
江戸川の川底をくぐって
もひとつ先は終点の本八幡、千葉県・市川市だ。
駅から真西に進路を取って急ぎ足。
鮮魚店直営の食堂「魚昭」には先刻電話を入れた。
のちほどおジャマする旨伝えると
「待ってますよぉ!」
オバちゃんはずいぶん元気だ。
出掛けに手間取ったのと
乗り継ぎに手こずったのとで
ランチ営業時間内にたどりつけるかどうか、
ビミョーな時刻になっていた。
店は柴又街道沿いの小岩消防署裏で地番が鹿骨。
なんだか不気味な町名じゃないか―。
足立区・鹿浜は“しかはま”だが
江戸川区・鹿骨は“ししぼね”と訓ずる。
今は昔、藤原氏が奈良・春日大社を創建するとき。
常陸の鹿島神宮から分霊があったのだが
その際に多くの神鹿を連れて奈良に向かった。
途中で没した鹿をこの地に葬ったのが地名の由来だ。
13時45分に到着。
「さっき電話くれたお客さん?」
「ですっ」
オバちゃんじゃなかったヨ、オバアちゃんだヨ。
それにしても元気だなァ。
サカナ屋さんの二階に上がった。
眺めの良い部屋で待ち受けていたのは
♪ 長い髪の少女 孤独な瞳 ♪
じゃなくって、明るい瞳の少女は
高校三年生くらいかな?
「お客さん、遠くからですか?」
「文京区から来たんだヨ」
文京区が判ったかどうか判らんが
「迷いませんでした?」
「うん、ちょっと迷った」
「私も知らないとこだと迷います」
「そりゃそうだネ」
素直な好い子はオバアちゃんの孫娘。
取って付けたお愛想ではなく、
心からあふれ出る真実の愛想があった。
一番搾りの中ジョッキを通しておいて
ハゼ天ぷら定食(770円)と迷った末、
ひらめフライ定食(880円)を半ライスでお願い。
あらためて壁に窓にズラリ貼られた短冊を眺めた。
=つづく=