2015年3月23日月曜日

第1060話 なんとなく再びエスニック (その2)

所用で出向いた麻布十番から
新橋→銀座→京橋→日本橋→神田→末広町を経て上野に到着。
さらにもうひと踏ん張り、恩賜上野公園と谷中霊園を横切って
夕陽の名所、夕焼けだんだんに歩き着いた。

階段を降れば谷中銀座である。
夕焼けだんだんも谷中銀座も荒川区と台東区の区境に位置している。
北側が西日暮里、南側が谷中だが
地図によると、どちらも正確な地番は荒川区・西日暮里のようだ。

この日のJ.C.、いきなり階段を降りはしなかった。
夕焼けだんだんの上にしばしたたずみ、西空を見上げる。

  ♪ 利根の 利根の川風よしきりの
   声が冷たく 身をせめる
   これが浮世か
   見てはいけない 西空見れば
   江戸へ 江戸へひと刷毛(はけ)
   あかね雲              ♪
        (作詞:猪又良)

猪又良の詞に長津義司の曲、そして三波春夫の唄と
三拍子揃った永遠の名曲「大利根無情」が
列島に流れたのは1959年。

その56年後の今、西空を見上げている。
もっとも「大利根無情」で江戸の方角の西空を見つめているのは
下総の国は笹川の繁蔵の食客、平手造酒(ひらてみき)。
時は天保15年(1844年)、171年も以前のことだ。
平手造酒は実在の人物で東流斎馬琴の講談、「天保水滸伝」の主役。
この名作はたびたび映画化されてもいる。

夕焼けだんだんから臨む西空に夕陽の姿はもうなかった。
なかったが1軒の料理屋に目がとまった。
何度も前を通り過ぎたことのある、その店は「深圳(しんせん)」。
中国屈指の大都市、広東州・深圳は香港の新界に接し、
広東語ではシェンヂェンと読まれる。

店頭の品書きを見ると、
一般的な中華料理ではなく、中華風エスニックの趣きあり。
つい先日、ミャンマー料理の「TAWARA」を訪れたばかりだが
なんとなく再びエスニックを食べようという気になった。
よって気が変わらぬうちに入店の巻。

カウンターだけの小体な店には8席ほどしかない。
ノドの渇きをうるおすため、さっそくドリンクメニューに目をやる。
ビールは青島(チンタオ)、パンダの小瓶がともに450円。
青島黒の小瓶は600円、スーパードライ大瓶が700円。
あとは甕出し紹興酒が1合で700円。
当然、気に入り銘柄の国産大瓶を所望する。

努めて泡立ちを抑えながら手酌で注いだ1杯は
ノドの奥をカスケイド(小滝)のごとくにすべり落ちていった。
「クゥ~ッ!」―あまりの旨さに言葉を失う。
いやはや、たまりません。
たとえ愚か者のそしりを免れなくともお構いナシ。
この1杯、いや、この1瓶のために
遠路はるばる2時間半を歩き抜いてきたのだ。

=つづく=