2012年2月9日木曜日

第248話 権平さんの中華そば (その1)

お婆ちゃんの原宿の異名をとる、
巣鴨のとげぬき地蔵ストリート。
べつに婆ちゃんが恋しくなったわけでもないのに
通りをぶらぶらと散策していた。
人通りが少ないのは冷たい風のせいだろう。
今年の冷え込みは年寄りの身体にドクだ。

曇ってるからよう判らんが、そろそろ夕暮れどき。
世間一般の常識からして晩酌を始めても
白い眼で見られない時間帯に差し掛かりつつあった。
いや、まだちょいと早いかな? 
うん、早いよ、だって飲み屋が暖簾を出してないもの。

近くには通し営業を貫く大衆食堂が何軒かあるから
落ち着きどころを探すのに苦労はない。
ただ、もうちょっと歩き回って
エネルギーを発散しようという気があった。
ノドの渇きもイマイチだからビールの旨さもそこそこ止まり、
それでは今日一日に悔いを残すことになる。

ピカッとひらめいて進路を大塚方面にとった。
正確には巣鴨新田なる一角で
都内に唯一残るチンチン電車、
都営荒川線には同名の停車場がある。

目的地は「千通食堂」 。
店名は”ちどおりしょくどう” と訓じる。
齢(よわい)八十を超えるご夫婦二人きりで営む食堂だ。
オヤジさんが83歳、オカミさんは87歳の姐さん女房。
傍目にも仲のよさが伝わってくるおしどり夫婦と見受けた。

北大塚3丁目交差点そばの角地に店はある。

この佇まいに魅了された

まずは、よお~くご覧ください。
中華そば屋・たばこ屋・大衆食堂が三位一体となり、
単にレトロなんて言葉で表現してほしくないほどにレトロ。
これには真っ赤な「三丁目の夕日」も真っ青だろう。
われながら上手いネ、どうも。
最近は誰もほめてくれないから自賛することにしております。
悪しからず。

オカミさんの姿が見えないのは気にかかるが、とりあえずビール。
銘柄はキリンラガー、その大瓶だ。
カウンターの中でオヤジさんが
何かをガシガシ削り始めたと思ったら
小ぶりの冷奴がお通し代わりに運ばれた。
力をこめて生姜をおろしていたんだネ。
サービスの冷奴におろし立ての生姜を添えてくる、
これだけで善人にして良店であることが知れようというものだ。

かなり歩いたし今日は健康的な一日にしようと考えて
野菜の補充を試み、肉野菜炒め(580円)を所望した。
壁の品書きを見上げると、串かつ・とんかつ・ハムエッグ、
焼き魚に中華モノ全般と、何でもありの様相を呈している。
でもここへ来たら締めはほとんど支那そばと呼びたい、
中華そばに決めてるもんネ、浮気はせんもんネ。

そこへガラリと引き戸が開き、
出掛けていたオカミさんが戻って来た。

=つづく=